ダナエの神話〜神樹の星〜 第八話 海底の廃墟(5)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 18:32

『海底の廃墟』5


ダナエの叫びを聞きつけ、邪龍ニーズホッグが怒りの形相で現れた。
「コラ!ココヘ入ルナト言ッタダロウガ!」
大きな歯をカチカチと鳴らし、巨体をよじって迫って来る。
「ああ、ミミズさん!」
「誰ガミミズダ!オレハ龍ダ!」
「どっちでもいいわ!お願い、この女をやっつけて!こいつは地球とこの星を乗っ取ろうと企む、悪い邪神なの!」
「何イ・・・・。邪神ダト・・・・・。」
ニーズホッグは小さな目を動かし、ギロリと女を睨んだ。
「オオ!ソイツハ知ッテイルゾ!カツテ、ユグドラシルト戦カッタ馬鹿女デハナイカ!」
巨体を捩って面白そうに笑い、耳障りな歯の音を響かせる。
「・・・私もあなたを知ってるわ。遥か昔、ユグドラシルと共に私に戦いを挑んできた蛇龍ね。
あの時は危うく噛み殺されそうになったのを覚えているわ。」
「オマエハ神ヤ悪魔ニ対シテハ強イガ、ソレ以外ノ者ニハタイシタ力ヲ発揮デキナイカラナ。オレノヨウナ幻獣ニハ、滅法弱イコトヲ知ッテイルゾ。」
「その通りよ。だからこそ力を集めているのよ。頭の悪い筋肉馬鹿の蛇龍に殺されるのなんて絶対に御免だから。」
「・・・ヌフフ・・・。シカシ、ココニハオマエノ仲間ハイナイゾ。サア、今ココデ二千年前ノトドメヲ刺シテヤロウ!オレノ胃袋ニ収マルガイイ!」
ニーズホッグは巨体を持ち上げて咆哮し、女に向かって突進していった。
「冗談じゃないわ。こんなミミズもどきに殺されたらシャレにならない。」
女は慌てて渦の中に飛び込もうとする。しかしダナエはその手に噛みついて歯を食い込ませた。
「逃がすもんか!ミミズさん、今のうちにやっちゃって!」
「ダカラミミズデハナイト言ッテイルダロウ!」
地面を揺らしながらニーズホッグが迫ってくる。何でも噛み砕く恐ろしい歯をカチカチと鳴らし、女に襲いかかってきた。
「このデカブツめ・・・。調子に乗るんじゃなくってよ!」
呪いの神器を呼び出し、ニーズホッグを迎え撃つ。
禍々しい刃や棍棒が巨大な蛇龍に襲いかかるが、硬い鱗に跳ね返されてボトボトと落ちていった。
「ソンナ物ハ効カン!オレハ神デモ悪魔デモナイカラナ。」
「ちッ・・・。これだから筋肉馬鹿は・・・・。」
女はダナエを前に出して盾にする。しかしニーズホッグはかまうことなく突っ込んでいった。
そして大きな口を開けて噛み砕こうとする。
「チャンス!お前だけ食われろ!」
ダナエは身軽に飛び上がって回転し、女の顔を蹴りつけて逃げ出した。
「この・・・すばしっこいガキが・・・。」
美しい顔が歪み、般若の形相でダナエに手を伸ばしてくる。しかしそこへニーズホッグの巨体がぶつかり、地面を揺らして壁を粉砕していった。
「ぐう・・・・。ミミズの分際でえ!」
女は壁にめり込んだまま両手を広げ、天を見上げて絶叫する。すると美しい姿は見る見るうちに変貌し、マイマイカブリのようなおぞましい虫に姿を変えた。それはニーズホッグに劣らないほどの巨体で、鋭い大顎をカチカチと鳴らした。
「本性ヲ現ワシタナ邪神ヨ!ソレコソガオマエノ正体、誰カラモ嫌ワレルオゾマシイ虫デハナイカ!ヨクソレデオレノコトヲミミズ呼バワリデキルモノダ!」
「黙れえええええ!この筋肉馬鹿の環形動物が!跡かたも無く溶かしてやるうう!」
湾曲したノコギリのような大顎を開き、毛の並ぶ口から強力な酸を吹き出す。
「いくら硬くても溶かしてしまえば問題ないわ!消えてなくなれ!」
霧状に噴射される呪いの酸が、ニーズホッグに降り注ぐ。しかしニーズホッグはまったく効いていない様子で笑った。
「オレニソンナ攻撃ガ効クカ!節足動物ノ分際デ調子ニノルナヨ!」
ニーズホッグは頭突きをかまして邪神を吹き飛ばし、さらに壁にめり込ませる。爆音が響いて瓦礫が飛び散り、怪獣のような巨体の両者が力と力をぶつからせてせめぎ合う。
ダナエはその戦いぶりに圧倒された。とてもではないが自分の入る隙間はないと思い、ジリジリと後ろに下がっていった。
「こんなの私じゃどうしょうもないわ・・・。あのミミズさんに任せるしかない。」
そう言って長い髪を翻し、ドリューの倒れている場所まで走って行く。
「コウは死んじゃった・・・・。でも、せめてドリューだけは助けなきゃ!」
二人も友達を死なせるわけにはいかない。コウを失くした悲しみは胸を押し潰しそうになるが、それをグッと堪えて駆けていく。そしてドリューの倒れている場所まで戻ると、金次郎が膝をついて座っていた。
「キンジロウ!」
「おお、王女さん!いったい何があったんだ?そこらじゅうに争ったあとがあるし、絵描きの兄ちゃんは倒れてるし・・・。」
「邪神よ!あいつが地球からやって来て、私達の仲間を滅茶苦茶にしたの!」
「なんだってえええええ!あの女がここにいるってのか!」
金次郎はこめかみに血管を浮き上がらせ、拳を握って立ち上がった。殺意に満ちた目で穴の奥を睨み、ダッと走り出す。
「この向こうにいるんだな?デカイ音が聞こえるぜ!」
「ダメよ、そっちに行っちゃ!戦いに巻き込まれて死んじゃうわ!」
「離しておくんな王女さん!俺はあの野郎をぶん殴ってやらねえと気がすまねえんだ!地球で好き勝手に暴れて、この星まで乗っ取ろうと企んでやがる!この坂田金次郎、じっとしているわけにはいかねえんだ!」
金次郎は顔を真っ赤にして邪神の方へと駆けて行く。ダナエはタックルを決めて転がし、馬乗りになって頬を引っ叩いた。
「ダメったらダメ!これ以上誰も死なせないんだから!」
怒りと悲しみに満ちた目から涙が流れ、金次郎の胸にポタポタと落ちていく。
「どうしたんでえ王女さん・・・。もしかして、誰か死んじまったのか?」
「・・・・コウが・・・コウが殺されちゃったのよ!」
「コウって・・・あの妖精か?」
金次郎はダナエをどかして立ち上がり、顎に手を当てて首を傾げた。
「そりゃ妙な話だな。俺はその妖精に呼ばれてここへ来たんだぜ?」
「コウに呼ばれて・・・?いったいどういうこと?」
ダナエは狐につままれたようにキョトンと固まる。金次郎はダナエの背中に手を回し、「こんなところに座ってると濡れちまうぞ」と優しく立たせた。
「俺が気を失ってると、あのコウとかいう妖精が起こしに来たんだよ。そんで画家の兄ちゃんを助けてやってくれって言うから、ここまで来たんだ。」
「それで!コウは今どこにいるの?」
金次郎の肩を揺さぶり、顔を近づけて食い入るように尋ねる。
「それが分からねえんだ。ここに来るまでは一緒にいたんだけど、気がついたらいなくなってたんだ。」
「じゃ、じゃあ、もしかしたら近くにいるかもしれないってことね?」
途端に明るい笑顔になり、手を叩いて喜ぶ。しかし金次郎は「それはどうかな」と顔をしかめた。
「あいつ言ってたんだよ、しばらくこの世にはいられないって。」
「この世にはいられないって・・・どういう意味?」
「さあな。でもけっこう悲しい顔してたぜ。」
「コウ・・・いったいどういうことなの?どうして私の前には現れてくれなかったの?」
一番コウのことを心配していたのは自分なのに、なぜ金次郎の前にだけ姿を現わすのか?
もし生きているなら、今すぐにでも姿を見せてほしいと願うダナエだった。
「王女さん、今はあの妖精よりも、画家の兄ちゃんをどうにかしないと。このままだと死んじまうぜ。」
ドリューは薄く目を開けて宙を睨んでいる。小さく動く唇から微かに息が漏れ、苦しそうに胸が上下していた。
「そうね・・・。今はドリューを助けないと。」
彼の横に膝をつき、腹の怪我の様子を窺う。
「これは・・・私の魔法じゃどうしようもないわ。お医者さんか、治癒の魔法が得意な人に見せないと。」
腹に空いた傷口からはドクドクと血が流れていて、一刻を争うほど危険な状態だった。ダナエはドリューを担いで立ち上がり、出口に向かって歩き始める。
「キンジロウ、この中へミズチを呼べる?」
「出来ねえことはねえと思うが、あんまり中へ入りたがらねえんだよ。ニーズの野郎を怖がってるからな。」
「じゃあ街の入り口まで運びましょ。手をかして。」
「おう、俺がおぶってやるよ。よこしな。」
金次郎はドリューを受け取り、身を屈めて背中におぶる。しかしその瞬間にドスンと地面が揺れて、思わず転びそうになった。
「な、なんだ!地震か?」
「違う、これは地震じゃないわ・・・。邪神とミミズさんが戦ってる音よ。」
大きな音は二度、三度と響き、苦痛に喘ぐような声も聞こえてくる。金次郎は恐怖を覚えて眉を寄せ、サッと走り出した。
「王女さん!早く行くぞ!ここにいたら俺達も危ねえ!」
「そうね・・・。早く逃げましょう!」
二人は出口に向かって駆け出した。しかしダナエはふとある疑問を感じ、周りをキョロキョロ見つめて首を傾げた。
「あれ?どうしてこんなに明るいのかしら?最初に来た時は真っ暗だったのに・・・。」
注意深く目を凝らして辺りを見つめていると、小さな光の粒子がふわふわと漂っているのに気がついた。それは蛍のように美しく、見惚れるほど幻想的だった。
「この光の粒は・・・コウね!コウ、ここにいるのね!」
ダナエは足を止めて叫ぶ。漂う光の粒子を見つめながら、手を伸ばして触れようとする。
「王女さん、何やってんだよ!早く行かねえと・・・・、」
「先に行ってて!私はここに残る!」
「何を言ってんだよ!こんな場所にいたら、いつ邪神とニーズの戦いに巻き込まれるか分からねえんだぞ!」
「分かってるわ!でも私はここに残る!金次郎は早く行って!じゃないとドリューが死んじゃう。」
ダナエは切羽詰まった声で言う。金次郎は躊躇いながらも頷き、出口に向かって走って行く。
「分かった、俺は先に外へ出てる。この兄ちゃんを街の病院に預けたらすぐ戻って来るから、それまで無事でいろよ!」
「うん、ありがとう。ドリューをお願いね。」
金次郎はドリューを背負って穴の出口に向かう。ダナエはその姿を見送り、邪神のいる穴の向こうを振り返った。
「まだ戦いは続いているみたいね。もしミミズさんが負けたら、私はきっと地球へさらわれてしまう・・・・。でも、コウを放ってはおけないわ!」
周りに漂う光の粒子は、間違いなくコウのものであった。しかしなぜ彼がそんな状態になっているのかサッパリ分からなかった。
「いったいどうしちゃったのコウ?どうやったら元に戻るの?」
青い瞳を揺らして語りかけるが、光の粒子はただ空中を漂うだけで、ダナエの声には何の反応も示さない。
「コウ・・・お願い、返事をして・・・。」
そっと手を伸ばして光を包み、手の中に漂う粒子を見つめる。その時一際大きな邪神の叫び声が聞こえて、グラグラと穴の中が揺れた。
「邪神が苦しんでる・・・。あいつの最後を見届けてやらなくちゃ!」
愛しい親友を奪った邪神の末路を見届ける為、奥の穴に向かって駆けていく。そしてクレーターのような大穴に出ると、ニーズホッグが邪神を咥えて持ち上げていた。
「すごい・・・あんなに大きな邪神を持ち上げるなんて・・・。」
思わず息を飲んで戦いに見入ってしまう。邪神は苦しそうに手足を動かし、大顎を鳴らして酸を吐いていた。
「おのれ・・・・、こんなところでくたばるものか・・・・。」
「イクラアガイテモ無駄ダ。オマエノ貧弱ナ攻撃ナドオレニハ通用シナイ。ショセンオマエハ、神ヤ悪魔二シカ勝テナイ中途半端ナ虫ダ。」
ニーズホッグの強靭な顎が、バキバキと邪神の身体を砕いていく。そして軽々と振り回して地面に叩きつけた。
「ごふうッ・・・。このミミズもどきがあ・・・・・。」
「オマエコソ虫モドキダロウガ。コノママ押シ潰シテクレルワ!」
ニーズホッグはゴムのように巨体を縮め、高く飛び上がって邪神を押し潰した。
「ぐへえええええ!」
昆虫のように硬い殻で覆われた邪神の身体は、見るも無残に砕け散る。
口から黄色い酸を撒き散らし、ピクピクと痙攣して息絶えようとしていた。
「そこだ!やっちゃえ!」
ダナエは拳を握って応援する。ニーズホッグはその声援に応えるように雄叫びを上げ、大きな口を開けて邪神の頭に齧りついた。
「コノママ噛ミ砕イテクレルワ!」
白く頑丈な歯が邪神の頭にめり込み、バキバキと嫌な音をたてる。
「私は死なない・・・こんなミミズもどきに殺されるわけにはいかない!」
邪神は凄まじい執念で痛みに耐える。そしてその邪念に呼応して、コスモリングが輝き出した。
青い宝石が黒く染まり、無数の虫が湧いてきてニーズホッグを喰らい尽くそうとする。
「ヌググ・・・コレハコスモリングデハナイカ。ドウシテ貴様ガコンナ物ヲ・・・。」
「あの少女から奪い取ったのよ。この腕輪は大きな力を秘めている。きっと役に立つと思って頂いたんだけど、やっぱり役に立ったみたいね。」
コスモリングから溢れる無数の虫は、邪神の執念の映し身だった。
持ち主の願いに呼応して力を増幅させる、これこそがコスモリングに隠された最後の秘密だった。邪神の底なしの欲望は、コスモリングによって増幅され、小さな虫となっていくらでも湧いてくる。
「うふふ、この腕輪の力なら、神や悪魔以外の者でも葬ることが出来るのね。素晴らしい物を手に入れたわ。」
ニーズホッグは巨体をよじって虫を振り落とそうとするが、次から次へと襲いかかって来る虫達には成す術がなかった。頑丈な鱗は齧り取られ、隙間から中にはいって喰らい尽くそうとしてくる。
「ヌグウウ・・・。痛イシ痒イシ気持チ悪イ!オレニ群ガルナ!」
邪神を離し、あまりの苦痛にたまらず転げ回る。
「ミミズは虫の餌になるのが運命なのよ。骨まで残さず食らい尽くされるがいいわ!」
「ムグアアアアアア!」
「ミミズさん!」
ダナエは苦しむニーズホッグを見かねて、近くに駆け寄って虫を引き剥がした。
「頑張ってミミズさん!こんな虫に負けちゃダメ!」
手で掴んでポイポイと投げ捨てていくが、あまりに数が多すぎてキリがない。どうしようかと困っていると、後ろから誰かの手が伸びてきて首を掴まれた。
「自分から戻って来るなんて馬鹿な子ね。さあ、私と一緒に地球へ行きましょう。」
女の姿に戻った邪神が、ダナエの首を掴んで引きずって行く。
「嫌よ!離して!あんたなんかに利用されたくない!」
必死に抵抗するが、邪神はお構いなしに引きずっていく。そして渦巻く空間の歪に足を入れようとした時、眩い光が背後から迫って来た。
「今度は何!」
何度も邪魔をされ、さすがに頭に血が昇って目をつり上げる。すると目の前に迫って来たのは、光の粒子となったコウだった。
「これは・・・コウの光・・・・。」
光の粒子はダナエを包むように舞い降り、頭の中にそっと囁きかけてきた。
《ダナエ、しばらくの間お別れだ。でも・・・俺はきっと戻って来る。必ず戻って来ると約束する。だから・・・その時までさよならだ。》
コウは優しい声で笑いながら語りかける。そしてコスモリングの中に吸い込まれ、邪神の力を封じて渦の奥へと押し込んでいく。
「この・・・虫モドキめ!まだくたばっていなかったのね。」
《虫はお前も一緒だろ?それも醜くて汚い虫だ。このまま大人しく地球へ消えろ!》
コスモリングから邪神の力が消え去り、代わりにコウの想いに応えて邪神を渦の中へ引き込んでいく。その力は強力で、邪神はもがきながら手を伸ばして怒り狂った。
「おのれ妖精ッ!だからお前らは嫌いなのよ!いつか、いつか必ず根絶やしにしてやるわ!」
怒りに顔を歪ませながら、邪神は渦の中へと消えていった。ダナエは立ち上がって後を追いかけようとしたが、渦巻く空間は苔に覆われて消えてしまった。
「コウ!待ってよ!行かないで!私を置いていかないでよ!」
苔をむしって必死に叫ぶが、もう渦巻く空間が現れることはなかった。
「そんな・・・嫌よ・・・置いていかないでよ・・・私を一人にしないでよお!」
指から血が滲むほど苔をむしり取り、目に涙をためて鼻をすする。遠く離れた惑星で箱舟を失い、そして親友も失った。それらの絶望と悲しみは心を押しつぶし、頭を抱えてうずくまった。
「箱舟も、コウも、それにプッチーまで奪われちゃった・・・。ひどいよ、みんな私の大切な宝物なのに・・・。せめて・・・せめてコウだけでも返してよお・・・・。」
まさかこんな展開になるとは思わず、ラシルの廃墟へ来たことを後悔していた。
ここへ来ればユグドラシルへ辿り着く手掛かりがあると思っていたのに、ただただ仲間を傷つけられて、大切なものを奪われただけだった。
『ねえ、もう戦いなんてやめて、月へ帰りましょうよ。ジル・フィンなら、何か良い方法を教えてくれるかもしれないわ。だからこのまま帰りましょう。辛いことも苦しいことも忘れて、自分の家へ・・・・ね?』
自分の魂が、自分の本当の声を語りかけてくる。この星へ来てからあまりに辛いことが多くて、ダナエの心は完全に参っていた。決して表には出すまいと決めていた言葉を自分に言われると、本当にこのまま月へ帰ってしまおうかとくじけそうになった
「私は・・・できるなら月へ帰りたい・・・。けど、コウを放っておくことは出来ないわ。
それに他の仲間だって、邪神を倒すのに協力してくれているのに、私だけ逃げ出すわけにはいかない。そんなこと、そんなことは出来ないよ・・・・・。」
月へ帰りたいという想いを抑え込み、自分の魂に言い返す。また胸の痛みが襲ってくるのを覚悟して歯を食いしばっていると、思わぬ言葉が返ってきた。
『・・・いいわ、それもまたあなたの本心だもの。でもね、あなたは気づいている。これから先の戦いは、もっともっと過酷になる。今までみたいに、ピクニック気分で楽しむことなんて出来なくなるわ。そのことは、ちゃんと覚悟しているのよね?』
「・・・分からない。自分がどこまで戦えるかなんて、今はまったく分からないわ。でも、このまま逃げ出すのは嫌なの。だから・・・このまま旅を続ける。そして必ずユグドラシルに会いに行くわ。その時に、きっと道が拓けると思うから・・・。」
自分の気持ちをしっかりと伝え、魂の声を待つ。しかしいくら待っても言葉が返ってくることはなく、胸が痛み出すこともなかった。
「何も起こらないってことは、これが私の本心なのね。・・・それなら、こんな所で泣いている場合じゃない・・・。もっともっと強くなって、絶対に邪神を倒してみせる!」
拳を握って涙を拭き、大きく息を吸って立ち上がる。すると後ろからズルズルと音がして、ニーズホッグが喋りかけてきた。
「オマエガ邪神ヲ追イ払ッタノカ?」
「ううん、私じゃないわ。私の親友が追い払ってくれたの・・・・・。」
「ソウカ。ナラバ礼ヲ言ワナケレバナラナイナ。オマエノ親友トヤラハドコニイルノダ?」
「・・・分からない。コスモリングに吸い込まれて、邪神と一緒に地球へ消えていったから。」
「コスモリング・・・・地球・・・・。ドレモ懐シイ響キダガ、感傷ニ浸ッテイル場合ジャナイナ。マサカアノ邪神ガ、地球デ生キテイルトハ思ワナカッタ。コレハナントシテモ、奴ノ企ミヲ阻止セネバランヨウダ。」
ニーズホッグは舌を伸ばしてダナエを包み、頭の上に乗せた。
「オレハオマエノ親友ウノオカゲデ、ナントカ助カッタ。ナラバソノ礼トシテ、何カ力ニナラナケレバイケナイナ。」
「ニーズホッグ・・・・。もしかして私達の味方になってくれるの?」
「味方ジャナイ。力ヲ貸シテヤルト言ッテイルダケダ。オレモアノ邪神ハ気ニ食ワナイシ、オマエノ親友ニハ借ガアル。ダカラ邪神ヲ倒スマデハ一緒二戦ッテヤロウ。」
「ありがとう!ミミズさんみたいな強い味方がいたら心強いわ!」
ダナエはパチパチと手を叩いて喜び、ニーズホッグの頭の上で立ち上がった。
「私は妖精のダナエ。月からやって来たのよ。」
「ソウカ、月カラ来タノカ。コノ星ノ者デハナイト思ッテイタガ、マサカ月ノ妖精トハ思ワナカッタ。」
そうに言ってカチカチと歯を鳴らし、巨体を動かして壁に向かって行く。
「オレハ地球カラヤッ来キタノダ。ユグドラシルノ根元ニ住ンデイタノダガ、アイツハアル日地球ヲ去ッテシマッタ。ダカラ地球ニ残サレタ小サナユグドラシルノ根ッコヲ通リ、コノ星ニヤッテ来タ。モウ二千年以上モ前ノコトダ。」
「へえ・・・ずいぶん昔から住んでいるのね。」
ダナエは感心して呟き、ポンポンと頭を撫でた。
「私はユグドラシルに会いに行かなきゃいけないんだけど、ミミズさんは何か知ってるかな、ユグドラシルに辿り着く手掛かりを。」
「知ッテイルトイエバ知ッテイル。シカシ、知ラナイトイエバ知ラナイ。」
「何それ、何かの謎掛け?」
「違ウ。奴ノイル場所ヘ続ク道ハ知ッテイルガ、ソコヘ辿リ着ク方法ヲ知ラナイノダ。」
「道のりは知っているのに・・・辿り着く方法を知らない?ますます分からないわ?」
ダナエは胡坐をかき、腕を組んで首を捻る。ニーズホッグはズリズリと壁に向かい、腹のデコボコを器用に動かして上に登り始めた。
「トリアエズココカラ出ヨウ。」
揺れる頭にしっかりとしがみ付き、後ろを振り返って眉を寄せるダナエ。ここへ来て失ったものは大きいが、いつかそれを取り戻す為に、戦いの決意を固める。青い瞳を闘志に燃やしてじっと睨んでいると、根っこの穴から金次郎が出て来た。
「キンジロウ!」
「おお、王女さん!無事だったか!」
金次郎は銀の槍を握ってこちらに走って来る。そして槍を掲げながらピョンピョン跳びはねた。
「この槍は王女さんのじゃないのか?途中で落ちてたけど。」
「ああ!忘れてた。ジル・フィンからもらった大事な槍だわ。」
金次郎は槍を掲げたままこちらに走って来る。するとニーズホッグが長い尻尾で巻き取り、頭の上に運んでいった。
「いやあ、こんな見事な槍は初めて見た。きっと王女さんの物だろうと思って拾って来たんだ。」
服の袖でゴシゴシと擦り、両手で持って丁寧に差し出す。ダナエは「ありがとう」と笑って受け取り、槍を立てて強く握りしめた。
「今の私の武器はこれだけ。プッチーも盗られちゃったし、コウもいない。
この槍だけが、私にとってのたった一つの武器・・・。絶対に失うわけにはいかないわ。」
ジル・フィンから譲り受けた銀の槍は、一点の曇りもなく輝いている。幾度も強敵と戦ってきたのに、その刀身は刃こぼれ一つしていない。
「この槍にも、プッチーと同じように秘密が隠されている気がするわ。一度ジル・フィンに会いに行って、これからのことを相談した方がいいかもしれない。」
ニーズホッグは大きな穴を登り切って街に辿り着き、ダナエ達をそっと下ろした。
「オレハイツデモココニイルカラ、力ガ必要ニナッタラ来ルトイイ。」
「うん、ありがとう。きっと協力を頼みに来ると思うわ。」
「本当ハユグドラシルマデツイテ行ッテヤリタイガ、コノ巨体デハ目立チ過ギルカラナ。」
そう言って、小さな目を動かしてカチカチを歯を鳴らして笑う。ダナエは首を振り、ニーズホッグの顔を見上げて微笑みを返した。
「力をかしてくれるってだけで充分よ。でも、また邪神がここに現れるかもしれないから気をつけてね。」
心配そうに言うと、ニーズホッグは穴の中を見下ろして小さく笑った。
「心配ナイ。アノ空間ノ渦ハ後デ潰シテオク。オレノ歯二噛ミ砕ケナイモノナドナイカラナ。」
自慢の歯をニヤリと見せつけ、ガチガチ鳴らして巨体を持ち上げる。そしてクルリと身体を反転させて、自分の住処へと帰っていった。
「またね、ニーズホッグ!」
ダナエは大きく手を振り、ニーズホッグは歯を鳴らして返事をする。そして大きな建物の陰へと消えていった。
「さて、これからが大変ね。今までよりもっと過酷な旅になるだろうから、気を引き締めなくちゃ。」
パチンと頬を叩き、気合を入れて「よっしゃ!」と叫ぶ。そして街の外で待つミズチの元へと向かった。
かつて繁栄を極めたラシルの街は、今でも充分にその面影を残している。この場所に足りないものはただ一つ、ユグドラシルだけ。あの神樹に会うことが、全ての鍵を握っている。その為にも、まずはジル・フィンに会って相談しなければいけない。
これまでの旅のこと、そしてこれからの旅のこと。
金次郎と並んでしばらく歩いていると、後ろの方から何かが砕ける大きな音が聞こえた。
「地球と繋がる空間の渦を潰したのね。これで一つ、邪神の企みが阻止されたわ。」
心の中でニーズホッグに礼を言い、前を向いて再び歩き出して行く。
「あ、そういえばドリューはどうなったの?ちゃんと助かった?」
不安そうに瞳を揺らしながら尋ねると、金次郎は「心配ねえよ」と笑った。
「あの街には良い医者がいるんだ。そいつに任せたから問題ない。まあ・・・治療費は馬鹿みたいに高く付くだろうけど、外のゾンビ達に話したら、金のことなら心配するなって言ってからな。きっと助かるよ。」
「そっか・・・よかった。」
ホッと胸を撫で下ろし、安堵の息を吐く。所々に空いた根っこの穴に注意しながら進んでいくと、ミズチがじっとこちらを見つめて待っていた。
ダナエはサッと駆け寄り、顔を近づけてきたミズチの頭を撫でて「ただいま」と笑う。
「じっと待ってたなんてお利口さんね。」
頭を撫でながら褒めると、ミズチは嬉しそうに鳴いてから口を開けた。
「おっと!へへんだ、もう昆布はくらわないよ。」
ミズチの口から飛んできた海藻をヒラリとかわし、ペチペチと頭を叩く。
「それじゃ王女さん、地上へ戻ろうか。」
金次郎は顔についた海藻をペリペリと剥がし、ミズチに投げ返して街の出口へ歩いて行く。
ダナエもトコトコとあとをついて行き、途中で立ち止まって後ろを振り返った。
「コウ・・・。きっと・・・きっとまた必ず会えるよね。」
小さな呟きは街の中に吸い込まれ、宙を漂って消えていく。ダナエは親友の姿を思い浮かべながら、悲しみを押し殺して濡れる目尻を拭った。
先を行く金次郎が早く来いと呼びかけ、頷いて走っていく。海から射す光が波の揺らぎを地面に映しているが、ダナエの心は揺らぐことなく固い決意に燃えていた。
『必ずユグドラシルに辿り着く。そして、必ず邪神を倒す。』
地面に揺れる光を踏みしめ、根っこの穴を飛び越えて廃墟の出口へと向かっていった。

 

                         (ダナエの神話〜神樹の星〜  −完−)

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM