ダナエの神話〜異星の邪神〜 第十話 月の女神と二つの世界(1) 

  • 2014.04.05 Saturday
  • 20:05
「ずっと先までまっくら・・・。なんにも見えない。」
ミヅキはクー・フーリンの肩に掴まりながら、ぼそりと呟いた。
「ここは虚無の闇だからな。光も音も無いのだ。」
「んだ。オラがいなけりゃ、人間なんか一瞬で消えて無くなっちまうだ。」
クトゥルーは長い触腕で結界を張り、虚無の闇を泳いでいく。
「邪神め・・・まさか身体を捨てて逃げるとは思わなかった。しかし・・・このまま逃がしはぜん!必ず仕留めてくれる!」
「クー殿。その心意気はよいが、油断は禁物であるぞ。相手はあの邪神なのだ。いったいどんな手を使って反撃してくるか・・・・。」
スクナヒコナは、ミズキの肩の上で不安そうに呟いた。
「分かっている。いちいち注意するな。」
「分かってないから注意してるんでしょ。さっきだって、危うく殺されそうになってたじゃない。スッチーが助けてくれたからよかったけど・・・。」
ミヅキはスクナヒコナを見つめて、「ねえ」と笑いかけた。
「ミヅキ殿の言うとおり。クー殿は猪突猛進するクセがある。そんなことではいずれ命を落として・・・。」
「だあ〜!うるさい、うるさい!分かったから説教はやめろ!まったく、どいつもこいつも俺を子供扱いしおって・・・・・、」
「・・・どうでもいいけど、もう少し静かにしてけろ。でねえと邪神の臭いを探れねえ。」
クトゥルーがため息交じりに首を振った。
「でもさ・・・邪神てほんとうに恐ろしい奴だね。身体だけになっても動けるなんてさ。」
ミヅキはギュッとクー・フーリンの肩に抱きつき、邪神のことを思い出した。
「あいつ・・・すごい強かったね・・・。ヤマタノオロチがいなかったら負けてかもしれない。」
「邪神は神殺しの神器を持っておるからな。まともにやり合っても勝ち目はない。」
「でもヤマタノオロチには全然効いてなかったね。あれって神様にしか効かないの?」
「神と悪魔だけに効く武器なのだ。どんなに強い神でも、神殺しの神器には勝てん。」
「ふうん・・・でもさ、なんでそんなにすごい武器を持ってるの?」
「分からん・・・。あの神器は地球の物ではないからな。しかし邪神に対抗する為には、あの神器をどうにかせねばならん。その為の鍵が、ラシルの星にあるかもしれない。ヤマタノオロチのおかげで、なんとか邪神を倒すことは出来た・・・。しかしまだ奴の魂は生きている。なんとしても邪神の魂を仕留めねば・・・・。」
「そうだね。でもさ、どうやって邪神の魂を見つけるの?」
ミヅキが尋ねると、クトゥルーが触腕を上げて答えた。
「オラは鼻が利くだ。邪神の臭いはもう覚えたから、近くにいれば分かるはずだあ。」
「じゃあ遠くにいたら?」
「分かんね。」
「それじゃ意味ないじゃん。」
「だども、近くにいたら分かる。まったく分からないよりマシだべ?」
「変な理屈。で、この近くに邪神はいるの?」
「・・・ちょっとだけ臭いが残ってるべ。でもこれは、きっと残り香だ。邪神はもう近くにはいねえと思う。」
「それじゃあ・・・もうラシルの星に・・・、」
「多分な。」
クトゥルーは邪神の臭いを頼りに、虚無の闇を進んでいく。すると遥か遠くの方に、小さな光が見えた。
「もしかして・・・あれが出口・・・?」
ミヅキはごくりと息を飲む。
「多分そうだ。ああ・・・オラなんだか緊張してきたな。別の星さ行くのなんて久しぶりだから。」
「それはみんな同じよ。クー以外はね。」
ミヅキはそう言ってクー・フーリンの頭を撫でた。
「ええい!気安く頭を撫でるな!」
「ねえ、ラシルの星ってどんな所?地球とは全然違うの?」
「・・・そうだな・・・昔の地球に似ているかもしれん。まだ人間が文明を持つ以前のな。」
「へええ・・・じゃあ原始時代みたいな感じ?」
「そこまで昔じゃない。ローマ時代より少し前くらいだな。」
「イメージしづらい言い方ねえ・・・。」
ミヅキはワクワクしながら胸を膨らませる。まさか別の星に行けるなんて思ってもいなかったから、嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
「ねえクー。向こうへ行ったら、ダナエっていう子に会うんでしょ?」
「そのつもりだ。ダナエ達と合流してから邪神を討つ!」
「じゃ、じゃあさ・・・私ってダナエっていう子と仲良くなれると思う?アリアンから聞いた話だと、私とすごく似てる子だって言ってたから。」
「確かに似ているな。まったく可愛げがなくて、オテンバなところとか。」
「もう!そういうことじゃなくて、もっと他にあるでしょ?」
「あとは俺を子供扱いするところだな。まったく・・・俺は神様なんだぞ。人間や妖精が偉そうに口を利ける相手じゃないというのに・・・・。」
「そっかあ・・・・じゃあやっぱり私と似てるんだね。はああ・・・・どんな子かなあ。」
ミヅキのワクワクは止まらない。ダナエは月の王様の娘で、しかも妖精である。そんな少女と自分が似ているなんて、これはきっと運命だと感じていた。
「早く会いたいなあ・・・。ねえ、博臣もそう思うでしょ?」
ミヅキは胸に掛けた勾玉を握りしめた。その勾玉の中には、博臣の魂が入っているのだ。
「博臣・・・ごめんね。きっと、きっと元に戻してあげるから・・・。」
邪神を倒したあと、ミヅキはワダツミに相談した。
『博臣を置いて行くのは可哀想だから、一緒に連れて行ってあげたいの。』
そう言うと、ワダツミは自分の勾玉に博臣の魂を入れてくれた。ミヅキはお礼を言ってそれを受け取り、胸にぶら下げている。
《博臣が可哀想だなんて言ったけど、ほんとは違う・・・。ただ・・・私が博臣と一緒にラシルへ行きたかっただけ・・・。だから、何があっても絶対に守らなくちゃ。》
勾玉を握りしめ、胸の中に隠す。ラシルへの出口はだんだんと近づいて来て、やがて眩しい光に包まれた。
「・・・・・・・・・・ッ!」
ミヅキは目を瞑り、ギュッとクー・フーリンの肩にしがみつく。暖かい風が駆け抜け、澄んだ空気が身体を包んだ。
そして・・・ゆっくりと目を空けると、宝石のような青い海が広がっていた。
「これが・・・・ラシルの星・・・。」
ミヅキたちは、ゴツゴツした岩場に立っていた。周りには青い海が広がっていて、静かな波音が響いている。
「綺麗・・・・まるで地球みたい・・・。」
思わず海の方へ歩き出すと、クー・フーリンに肩を掴まれた。
「一人でうろつくな。」
「いいじゃんちょっとくらい。見て、すっごく海が綺麗だよ。ああ・・・水着持ってくればよかった。」
ミヅキはウットリして海を見つめる。
「あのな・・・俺たちは遊びに来たわけじゃないんだぞ。」
「分かってるわよ。ちょっと言ってみただけじゃない。」
プクッと頬を膨らませて怒っていると、突然後ろから声を掛けられた。
「なんだお前らは?」
クー・フーリンは「邪神か!」と叫んで、槍を構えて振り向いた。
しかしそこに立っていたのは邪神ではなく、腹巻きを巻いた中年の男であった。その横には水の身体をした巨大な蛇が立っていた。
「きゃあ!怪物!」
ミヅキはサッとクー・フーリンの後ろに隠れる。中年の男は顔をしかめてミヅキを睨んだ。
「おいおい・・・いきなり人を怪物呼ばわりすこたあねえだろう。」
「あんたじゃなくて、その横にいる蛇みたいな奴よ!」
「ああ、こいつか?こいつは怪物じゃなくてミズチってんだ。地球から来た妖怪だ。」
「地球から来た・・・・妖怪・・・?」
ミヅキは目をパチクリさせてミズチを見上げた。
「キュウウ・・・・クルルル・・・・。」
ミズチは切ない声で鳴いて、首を傾げてミヅキを見つめる。
「・・・ちょっと可愛いかも・・・。」
犬の頭を撫でるように、そっと手を伸ばしてみる。
「・・・・・・・・・・・・。」
ミズチは顔を近づけ、フンフンと臭いを嗅いでミヅキに頬ずりをした。
「あはは!この子可愛い。」
しかしその瞬間、ミズチは「ぺッ!」と言って口から海藻を吹き出した。
「きゃあ!」
ミヅキの顔にピッタリと海藻が張り付く。それを見たクー・フーリンは腹を抱えて爆笑した。
「だはははは!よくに似合ってるぞ!」
「うるさい!もう・・・なんなのよいきなり・・・。」
ミズチは「キュッキュッキュ!」と可笑しそうに笑い、また海藻を吐き出した。
「きゃあ!やめてよ!」
「キュッキュッキュ!」
ミヅキは逃げ回り、ミズチは楽しそうにそれを追いかける。中年の男は笑いながら肩を竦めていた。
「珍しいな、ミズチがあんなに懐くなんて。最近だと妖精の王女さんくらいか、ミズチがあそこまで懐いたのは。」
そう言って腹巻きの中からタバコを取り出し、火を点けて煙を吹かしていた。
「いいよなあ、子供ってのは。無邪気だし元気だし。息子の小さい頃を思い出すぜ。」
男は目に涙を浮かべ、孫でも見つめるようにミヅキを眺めていた。
「・・・・・・・・・・。」
クー・フーリンは槍を下ろし、じっと男を睨む。そして小声でぼそりと呟いた。
「・・・キンジロウ・・・?」
「ん?なんで俺の名前を知ってんだ?どこかで会ったか?」
「おお!やっぱりキンジロウか!はははは!よかった、生きていたのか!」
クー・フーリンは男の肩を叩き、嬉しそうに笑っていた。
「なんだよあんた?俺はあんたのことなんか知らねえぞ。」
「ああ、これはすまん。俺の名はクー・フーリン。ダナエの友だ。」
「な・・・・なんだってええええええ!あの王女さんの友達だってえええ!」
キンジロウと呼ばれた男は腰を抜かし、岩場にお尻をぶつけた。
「いてて・・・。」
「大丈夫か?」
「ああ・・・平気だ。それよりあんた!あの王女さんの友達ってほんとうか!」
「ああ、俺はダナエの友人だ。あんたは覚えているか?ダナエが金色の腕輪を着けていたのを。」
「金色の腕輪・・・?そういえば・・・着けていたような、着けていなかったような・・・。」
「俺はあの腕輪に封印されていた、クー・フーリンという者だ。お前はダナエと一緒にラシルの廃墟へ行っただろう?」
「おお!知ってんのか?」
「腕輪の中から見ていたからな。あの時俺は邪神と戦ったのだ。」
「おおお!あの邪神と戦ったっていうのか?そりゃあすげえや!」
「まあな。俺はケルトの戦神だから、あんな邪神に負けたりはせん!」
本当はボコボコにされたクセに、見栄を張って嘘を吐くクー・フーリン。キンジロウは彼の話をすっかり信じ込み、羨望の眼差しで見つめていた。
「すげえ・・・あんた神様だったのか・・・。はああ・・・ありがたやありがたや・・・。」
キンジロウは腹巻きから数珠を取り出し、両手を合わせて拝んだ。
「それで・・・あの邪神はやっつけたんですかい?」
「ううむ・・・あと一歩のところまでいったのだが、残念ながら取り逃がしてしまった。」
「ははあ・・・そりゃ残念なことで・・・。」
「奴めは地球へ逃げこみ、さらに悪事を企んだ。しかし!この俺の活躍によって、邪神を追い払うことに成功したのだ!」
「ふおおおおお!さすがは神様だ!はああ・・・ありがたやありがたや・・・・。」
「だが残念なことに、奴はまたこの星に戻って来た。俺は奴を仕留めるため、こうしてラシルの星にやって来たわけだ。」
「ほえええ・・・そりゃ御苦労なことで・・・・。」
二人の話を後ろで聞いていたスクナヒコナは、呆れた顔で呟いた。
「クー殿は虚言癖があるようだな。本当は邪神に殺されかけたくせに。」
「んだんだ。見栄っ張りだべ。」
「そこ、コソコソうるさいぞ。」
クー・フーリンはコホンと咳払いをしてから、キンジロウに尋ねた。
「ところでキンジロウよ、ダナエはどうした?もうここにはいないのか?」
そう尋ねると、キンジロウは遠い目をしながら海を見つめた。
「王女さんなら、もう行っちまったよ。ジル・フィンとかいう神様に会いに行くって言ってたなあ。」
「そうか。ジル・フィンの元へ・・・・。」
「王女さん、えらく険しい顔をしてたなあ・・・。でもまあ、無理もねえか。大事な友達を亡くしちまったんだ。きっと辛くて堪んねえだろうなあ。」
「大事な友を亡くした?」
「ああ、一緒にいたコウって妖精が殺されただろう?王女さん、すんげえ悲しんでたぜ。我慢して気丈に振舞ってたけど、ありゃあ心の中はどしゃ降りだろうな。」
「・・・・・・・・・・・・。」
ダナエは知らない。コウがまだ生きていることを。クー・フーリンは早くそのことを伝えねばと思い、ジル・フィンの元ヘ向かうことにした。
「キンジロウ、話を聞かせてもらって助かった。俺はすぐにジル・フィンの元ヘ向かう。縁があったらまた会おう。」
そう言って颯爽と去って行くクー・フーリン。しかしスクナヒコナに矢を撃たれて頭を押さえた。
「痛ッ!何をする!」
「何をする!ではない。こっちは何のことかさっぱり分からん。」
「分からんでいい。」
「いいことあるか!手短に説明せい。」
「それは無理だ。俺は説明が苦手だからな。」
「偉そうに言うことか・・・。」
「とにかくダナエに会えばいいんだ。ゴチャゴチャ言ってないでついて来い。」
「やれやれ・・・大事なことも聞かずに、何がついて来いだ・・・。」
スクナヒコナは呆れて首を振り、キンジロウを見上げた。
「もし、そこの殿方。」
「ん?誰か呼んだか?」
「ここだ、ここにおる。」
「ここってどこだよ?」
「だからここだ。お主の足元におるだろう。」
「え?俺の足元・・・・、おお!一寸法師がいやがる!」
「一寸法師ではない!我は国津神のスクナヒコナと申す者だ。」
スクナヒコナは胸を張って名を名乗る。
「国津神って・・・もしかして八百万の神さんのことか?」
「その通り。」
「ほえええ!こりゃ失礼しました!」
キンジロウはパンパンと手を叩き、「ははあ・・・」と頭を下げた。
「一日に二人も神様に会えるなんて・・・今日は御利益のある日だ。」
「そうかもしれんな。ちなみにあそこのタコも神なのだ。」
「え?あんなでかいタコが神様?」
馬鹿にしたように言うと、クトゥルーは「タコでねえ!」と目をつり上げた。
「オラはクトゥルーってんだ。遥か昔に宇宙からやって来たんだあ。」
「ほええ・・・そんな遠いところからわざわざ・・・ナンマンダ、ナンマンダ。」
「キンジロウ殿。感激するのもいいが、ちょっとお尋ねしたいことがあるのだ。」
「ええ、ええ!そりゃもう、何でも聞いて下さい。」
「お主・・・この辺りで女を見なかったか?紫のワンピースを着た、長い黒髪の女なのだが?」
「いや、見てないですなあ。ていうか、紫のワンピースに長い黒髪の女ってまさか・・・。」
「そう、邪神のことである。」
そう尋ねると、キンジロウは「邪神ですってええええ!」と腰を抜かした。
「いてて・・・。また尻を打っちまった・・・。」
「大丈夫か?」
「へ、平気です・・・。それより、邪神ってあの邪神のことですかい?」
「そうだ。奴は身体を捨てて、魂だけとなってこの星に逃げたのだ。もしかしたら見ていないかと思ってな。」
「はああ・・・俺はさっき漁から戻って来たところだから、ちょっと分かりませんなあ。」
「そうか・・・。いや、失礼。もしかしたらと思って尋ねただけだ。」
スクナヒコナは手を振り、「それでは」と言ってクー・フーリンの後を追って行く。
「あ、あの!ちょっと・・・、」
「何だろうか?」
「もし王女さんに会ったら、伝えてほしい事があるんです。」
「ああ、言伝か。構わぬぞ。」
「ミズチがまた王女さんに会いたがってるから、いつでも来てくれって。」
「・・・・ミズチだけか?」
「え?」
「お主もダナエとやらに会いたいのだろう?」
「ああ・・・いや・・・そりゃまあ・・・。」
「恥ずかしがらずに言えばよいだろう。」
「・・・王女さんと別れる時は、言えなかったんです・・・。えらく悲しんでたし、余計なことを言って気を使わせてもアレだし・・・。でも・・・最近よく考えちまうんです。もし息子が生きていたら、孫の顔が見られたのかなと・・・。」
「・・・お主、御子息を・・・?」
「亡くしました、海の事故でね。しかも原因を作ったのはこの俺だ・・・。でも・・・もし息子が生きていたら、孫の顔が見られたのかなって思っちまうんですよ・・・。俺のせいで息子を死なせておいて、こんなことを考えるのは勝手だって分かってるんですがね・・・。歳のせいか、どうも最近はそんなことばかり考えちまって・・・。」
キンジロウは頭を掻きながら切ない笑顔を見せる。そして申し訳なさそうに唇を噛んだ。
「あの王女さんを見てると・・・俺にもこんな孫がいたらなあ、なんて考えちまって。なんだか情けない話ですが・・・。へへへ・・・神様にお話すようなことじゃなかったですね。」
「いいや、そんなことはないぞ。誰でも一人は寂しいものだ。それにお主の話を聞いていて思ったのだが、ダナエという子は人を惹きつける魅力があるようだな。」
「ええ!そりゃもう!あの子がいるだけで、周りがパッと明るくなるんですよ。ありゃあ人徳ってやつですよ、ええ。」
「そうか。ならダナエとやらに伝えておこう。またお主が会いたがっているとな。」
「時間が出来たらでいんです。俺にはミズチもいるし、いちおう飲み仲間だっていますから。でもその・・・ねえ・・・たまに寂しくなっちまうっていうか・・・。」
「うむ、心配せずともきちんと伝えておく。それでは。」
スクナヒコナは手を振って去って行く。
「あ、あの!ちょっと・・・・。」
「何だ?まだ何かあるのか?」
「いや・・・あの子を置いて行っていいのかなと思って・・・?」
「ん、あの子?・・・・ああ!忘れておった!」
スクナヒコナは慌ててミヅキの元に駆け寄った。
「ミヅキ殿!いつまで遊んでおられるのだ?もう行きますぞ。」
「い・・・行きますぞって言ったって・・・・。」
ミヅキはミズチの頭に乗っていた。顔にいっぱい海藻を張り付け、泣きそうな顔をしている。
「おいミズチ、もう放してやんな。」
キンジロウが言うと、ミズチは嫌々とばかりに首を振った。
「キュッキュッキュ!」
「おお、そんなにその子のことが気にいったのか?」
「キュウウウ・・・キュッキュッキュ!」
「そうだな。確かにその子は、あの王女さんに似てらあ。」
「キュウウウウウ。」
「そりゃ無理だよ。ずっと一緒にはいられないって。いいからもう放してやんな。後でお前の好きなスイーツを買ってやるからよ。」
「キュウウ・・・キュッキュ!」
ミズチは頭を振り、ポイっとミヅキを放り投げた。
「きゃあああああ!落ちるううううううう!」
クトゥルーがサッと触腕を伸ばしてキャッチする。
「おつかれだべ。」
「・・・死ぬかと思った・・・・。」
ミヅキは顔に張り付いた海藻をぺリぺリと剥がし、大きなため息をついた。
「それでは行こうかの。キンジロウ殿、お達者で。」
「へい!みなさんも。」
キンジロウは手を振り、ミズチは「キュッキュ!」と鳴いて海藻を吹き出していた。
「ねえクー。これからどこに向かうの?」
ミヅキはクトゥルーの頭の上から尋ねた。
「ジル・フィンという神の元ヘ向かう。ダナエはそこにいるはずだ。」
「ふうん・・・で、ジル・フィンって神様はどこにいるの?」
「シーラ海という海だ。あいつは海の神だからな。」
「ふうん。それってここから遠いの?」
「そう遠くはない。徹夜で歩いて一週間くらいだ。」
「めっちゃ遠いじゃん!」
「途中で抜け道があるから大丈夫だ。そこを通ればすぐに行ける。」
「よかった・・・。一週間もぶっ通しで歩いてられないもん。」
ミヅキは疲れたように寝転がった。そしてスクナヒコナを抱き寄せ、スヤスヤと寝息を立て始めた。
「疲れておったのだな。まあ無理もない。」
スクナヒコナは呪文を唱えてまじないをかけた。それは楽しい夢をみられるまじないで、ミヅキは気持ちよさそうに眠っていた。
しばらく歩くと街が見えてきた。それは深い渓谷の中に立つ街で、金持ちの集まるオシャレな場所だった。
「クー殿。あそこで少し休んでいってはいかがか?」
「駄目だ。そんな時間はない。」
「しかしミヅキ殿は疲れている様子だ。ほんの少しくらいならよいのではないか?」
クー・フーリンはミヅキを振り返る。ぐっすりと眠っている様子を見て、小さく舌打ちをした。
「・・・仕方ない。ほんの少しだけだぞ。」
「かたじけない。」
街に着くと、すぐに宿を借りた。ミヅキは二時間ほど眠ってから目を覚まし、「ここどこ?」とキョロキョロとしていた。
「街の宿だ。お前の為に少しだけ休んでいたのだ。」
「へええ・・・優しいところあるじゃない。よしよし。」
「だから頭を撫でるな!」
ミヅキは多少であるが元気を取り戻した。そしていざ出発しようとしてから、とんでもないことに気がついた。
「・・・誰か、この星の金を持っているか?」
「いや、残念ながら・・・・。」
「私も持ってない・・・・。」
「誰も持ってるわけねえべ。」
「・・・・・・・・・・・。」
クー・フーリンはフロントのお姉さんにニコリと笑いかけ、お金がない事を伝えた。すると奥から支配人が現れ、怖い顔で怒鳴られた。四人は宿で働かされ、丸一日を無駄にした。
翌日、慌てて出発したが、時すでに遅し。ジル・フィンのいる海に辿り着いた時には、ダナエはいなかった。
「ああ、クソ!どこにもいない!」
クー・フーリンは悔しそうに舌打ちをする。
「スクナヒコナよ!お前が宿で休んでいこうなんて言うからこんな事になったんだ!」
「かたじけない・・・。ここは責任を取って切腹を・・・・。」
スクナヒコナは小さな刀を取り出し、クー・フーリンに向かって「介錯をお願いする」と目を閉じた。
「こらこら、そんなことしなくていいから。」
ミヅキはヒョイとスクナヒコナをつまみ上げて、手の上に乗せた。
「いないもんは仕方ないじゃん。どっか他を探そうよ。」
「探すって言ったって・・・いったいどこを探すというんだ!」
「いちいち怒らない。スッチーが怖がるでしょ。」
「私は怖がってなどおらん!ええい、やはり切腹を・・・・、」
「だからやめなさいって。」
「なんだべ、このコントは。」
クトゥルーは呆れたように海を見つめる。すると何かに気づいて、「あれを見ろ!」と叫んだ。
「なんだ?」
「あの海の中から、誰か出て来るべ。」
クトゥルーの差した方を見ると、海面に白い泡が溢れていた。そして光の柱が立ち上り、一人の男が姿を現した。
「おお!あれは・・・。」
男は金色の絹を纏っていた。手には大きな杖を持っていて、海のような青い瞳をしていた。
「ジル・フィン!俺だ!クー・フーリンだ!」
ジル・フィンはニコリと頷き、杖で海面を突いた。すると海底から岩が浮かんで来て、一筋の道が出来た。
「みんな、行くぞ。」
クー・フーリンはジル・フィンの元ヘ走り出した。
「ジル・フィン!俺たちはダナエを捜しているんだ。ここへ来なかったか?」
そう尋ねると、ジル・フィンは小さく頷いた。
「来たよ。一昨日にね。」
「では・・・もうここには・・・?」
「いない。ダナエはもう行ってしまったよ、マクナール海峡を目指してね。」
「マクナール海峡・・・ということは?」
「ああ、ユグドラシルを目指して旅立ったということさ。」
「そうか・・・。ならば俺もマクナール海峡へ向かうしかな・・・・、」
そう言いかけた時、後ろからドンと突きとばされて海へ落ちた。
「ぶはあ!おい、何をする!」
「ごめんごめん、わざとじゃなかったの。」
ミヅキは申し訳なさそうに謝り、ジル・フィンを見つめた。
「・・・あなたが・・・海の神様?」
「そうさ。大海の主、ジル・フィンという。」
「へええ・・・なんだか男前ねえ。別にタイプじゃないけど。」
ミヅキのストレートな物の言い方に、ジル・フィンは肩を竦めて笑った。
「君はあの子とよく似ているね。」
「あの子って・・・もしかしてダナエのこと?」
「そうさ。でもまあ・・・似ているのは当然か。」
「・・・どういうこと?」
ミヅキが不思議そうに尋ねると、ジル・フィンはニコリと笑って答えた。
「君の名前は、高島ミヅキというんだろう?」
「なんで知ってるの!」
「ついでにお父さんの名前も当ててやろう。君のお父さんは、加々美幸也という神話学者だ。ちなみに売れない小説家でもある。」
「ええ!なんで!なんで知ってるの!」
ミヅキは口を押さえて驚いた。
「ミヅキ・・・君はね、ダナエと双子のようなものなんだよ。」
「双子・・・?」
「ああ、ダナエは君をモデルにして生み出されたんだ。君のお父さん・・・加々美幸也によってね。」
「・・・・・・・・・。」
ミヅキは声を失くして固まる。その反応を予想していたように、ジル・フィンは可笑しそうに笑った。
「どうでもいいから俺を忘れるな!」
海から上がったクー・フーリンが、槍を振り上げて怒っていた。

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