セカンド・コンタクト 第八話 過去を映すシアター(1) 

  • 2014.05.11 Sunday
  • 13:30
『過去を映すシアター』


淀んだ沼に、蓮の花が咲いている。うだるような日差しの中、俺は須田とならんで蓮の花を見つめていた。
「これが・・・・あの湖の正体・・・・。」
沼のほとりに立ち、深緑に淀んだ水面を掬った。ヘドロが手に纏わりつき、生臭い臭いが鼻を刺激した。
後ろに立つ須田は、ポケットから一枚の写真を取り出して見せつけた。
「昔は綺麗だったんだよ。ほら、これがその時の写真だ。」
須田が見せた写真には、透き通るような美しい池が写っていた。ほとりにはボケの花が立ち、青い空が赤い花びらをひき立てている。
その写真を受け取り、震える瞳で睨んだ。
「・・・そうだよ・・・ここだ・・・。昔・・・ここへ遊びに来たんだ・・・。父と母と・・・そして弟と・・・。」
昔の記憶が蘇り、右腕の傷に鈍い痛みが走る。その痛みは、脳に刺激を与えてあの時をフラッシュバックさせた。
俺が悪戯をしたせいで、父の車が蛇行し・・・・対向車とぶつかって事故を起こした。
家族は死に、俺だけが生き残った。みんなを死に追いやったクセに、俺だけが生き残ってしまった。しかし・・・それは間違いだった。
「美波君・・・・。」
須田が俺の肩を叩き、ポケットから缶コーヒーを取り出した。
「飲むかい?」
「・・・・・・・・・・・。」
「昔は好きだったんだよ。僕のコーヒーをいつもせがんでいたじゃないか。忘れてしまったかい?」
須田は悲しそうな目で俺を見る。
「・・・覚えてるよ・・・。覚えてる・・・・。」
封じていた記憶が蘇り、堪らなくなって背を向けた。
「我慢することはない。泣きたい時は泣けばいいんだよ。」
「・・・・しばらく・・・・一人にしてくれないか・・・・。」
「分かった・・・車で待ってるよ。」
須田は踵を返し、あぜ道を歩いて車へ引き返していった。その背中はとても悲しく、そしてある種の闘志に燃えていた・・・。
俺は写真を握りしめて腰を下ろし、淀んだ沼を見つめた。
「変わるもんなだ・・・人の記憶ってのは・・・・。」
あの大きな湖の正体が、こんなに小さな沼だったなんて・・・・。
「あの頃はまだ子供だったから・・・・きっと大きく見えたんだな・・・。子供と大人じゃ・・・感じ方が違うもんだ・・・。」
子供のころは大きいと思っていたものが、大人になると小さく感じることはよくある。
広いと思っていた幼稚園の運動場は、フットサルすら出来ないほどの狭さだし、食べきれないと思っていたポテトチップスの袋も、今では物足りなく感じる。
大人になった今、子供のころの記憶がいかに曖昧か思い知らされた。
あの魔境の湖も・・・それと同じだった。
テニスコートほどの広さしかないのに、水平線が見えるくらいに大きいと思い込んでいた。その曖昧な記憶が、あの湖を生み出していたのだ。
「まったく・・・人の記憶ってやつはアテにならないな・・・・。でも、この場所から・・・全てが始まったんだ・・・。」
もう一度沼の水を掬い、鼻に近付けて臭いを嗅いでみる。
「・・・臭くて堪らないな・・・。あれから二十年・・・よくもここまで汚れたもんだ・・・。」
手に付いたヘドロを払い落し、近くの草で拭いた。そして沼の向こう側に回り、何もない地面にそっと手を触れた。
「ここに・・・ここにボケの花が生えていたんだな・・・。その一部が、あの鉢植えの木ってわけか・・・。」
須田に渡されたあの鉢植えには、小さなボケの木が植わっていた。それに触れた瞬間、パッと赤い花びらが咲いた。
あの瞬間、止まっていた俺の時間が動き出した。封じていた記憶が蘇り、自分のことをハッキリと知ることが出来た。
「・・・俺は・・・美波浩太ではなかったんだな・・・。彼の意識を反映させた・・・ただの幻影なんだ。」
自分だと思っていたものが、実は自分ではなかった。それは言葉に出来ないほどの衝撃であったが、思うほど俺を苦しめなかった。
自分を知ること、そして真実を知ることで、大きく救われることもあるのだから。
俺は・・・家族を死なせてはいなかった。一生背負わなければならないと思っていた十字架は、実は他人のものだったのだから・・・。
そう思うと、心が晴れやかになった。魔境の湖の空のように、一点の曇りもなく透き通っていた。
「・・・行くか・・・。そろそろ終わらせなければ・・・・この曖昧な記憶の生を・・・。」
ほとりから立ち上がり、あぜ道を歩いて須田の車に向かう。立ち止まって沼を振り向くと、一瞬だけ巨大な湖が見えた。


            *


「着いたぞ。」
須田は山間の道路の脇にある、小さな駐車場に車を停めた。
「ここからは歩きだ。そう遠くないから、五分もすれば着くさ。」
車を降り、寂れた山間の景色を見つめた。
「寂しい場所だろう?」
「ああ・・・人は住んでいるのか?」
「一応ね。ここは三つの市に隣接する街で、それぞれの市が開発に失敗したんだ。さながら現代のゴーストタウンのようだろう?」
「そうだな・・・とても寂しい感じがする。」
俺は駐車場から歩き、山間の道路に出た。遥か遠くまで道が続いていて、大きな建物がポツポツと点在していた。
どの建物も不気味なほど無機質に感じられて、人の気配はまったくなかった。
「ここには色々な施設があってね。巨大な粒子加速器や、大きな展示室とか。あとは喫茶店やスパゲッティ屋もあったな。」
「客が来ないだろう、こんな所じゃ。」
「いや、休日には以外と人が多いんだよ。それに近くに大学もあるから、学生だって利用する。」
「大学があるのか?こんな辺鄙な場所に?」
「ああ、物理ではけっこう有名な大学があるんだよ。大きな粒子加速器もあるから、全国から学者が集まってくる。まあなんというか・・・開発に失敗したゴーストタウンだからこそ、土地は余ってるわけさ。そのおかげで大きな研究施設や建物が造れるわけだ。」
「そうか・・・うまいこと出来てるんだな。」
適当に返事をして、道路を渡って街を見渡した。どこを見ても寂しさしか感じないほどさびれていて、夜になれば不気味さに拍車がかかるだろう。
しかし・・・嫌な感じはしなかった。この独特の寂しさが、胸に心地の良い哀愁を誘ってくるからだ。
「この街の名前を知ってるかい?」
須田がニヤついた顔で尋ねてくる。
「さあ?なにか可笑しな名前でも付いているのか?」
「ここは光の都と書いて、光都と呼ぶのさ。こんなに寂れた場所なのに、なかなかシャレが利いてると思わないか?」
「・・・そうか・・・光都か・・・。うん、いいじゃないか、その名前。」
「そうかい?開発に失敗した街なのに?」
「俺はこの場所が好きになった。ここは寂しい感じがするけど、その中に心地の良い哀愁を感じるんだ。まるで・・・・孤独の中に射す光にように・・・。」
そう言うと、須田は缶コーヒーを握って笑った。
「詩人だね。君は子供のころから感受性が強かったから、芸術家なんか向いているじゃないか?」
「俺にそんなものは似合わないよ。それに・・・俺が求めているのはミサだけだ。その為だけに生きている。」
「そうだったね・・・。」
須田はバツが悪そうに口を噤み、缶コーヒーを呷ってから山の階段を上り始めた。
「こっちだ。この上に・・・君に見せたいものがあるんだ。」
須田は嬉々として山の上を指差す。
「大学から四時間もかけてここまで来たんだ。見る価値があるものなんだろうな?」
「当然さ。君は全てを思い出したから、僕も全てを君に語らないといけない。でも言葉で説明するより、映像で見た方が早いと思ってね。」
「映像・・・?」
「ああ、クローンの意識をDVDに焼いたんだ。それをこれから見てもらう。」
「クローンの意識を・・・DVDに・・・・?そんなことが可能なのか?」
「出来るよ。だって僕は・・・・人とクローンの意識を研究しているんだからね。」
須田は胸を張って言い、踵を返して山の階段を上っていく。その足取りは軽く、初老の体力とは思えなかった。
《・・・須田・・・、いや、おじさん。あなたはいったい・・・何を見せるつもりなんだ?》
かつて俺を引き取って育ててくれた男の背中を見つめ、ゆっくりと階段を上っていった。
「あ、そうそう、美波君。」
「なんだ?」
「DVDを見た後は・・・・最後の仕上げが待ってる。だから一応腹を括っておいてくれ。」
穏やかなではないその言葉に、俺は足を止めて尋ねた。
「・・・おじさん・・。この先に・・・いったい何が待っているんだ?」
おじさんは足を止め、缶コーヒーを呷った。硬いスチールの缶を握りつぶし、脇にあったゴミ箱に投げ捨てる。
「・・・邪魔なものを・・・消さないといけない・・・。」
「邪魔なもの・・・?」
「君が復活する為の儀式が用意してある。もしその儀式に失敗した時・・・・君は消える。」
「・・・なんだと?そんなことは聞いてないぞ。ここへ来れば人間の肉体が手に入ると聞いたからついて来ただけだ。もしまたよからぬことを考えているなら、俺はここで・・・・、」
「待て待て。君が肉体を得て復活する為に、その儀式が必要なんだ。なぜなら・・・復活したいと願っているのは、君だけじゃないんだからね。」
「・・・なんだって?」
顔をしかめて聞き返すが、おじさんはそれ以上答えてくれなかった。顎をしゃくり、ついて来いと促すだけだった。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
《・・・いいさ。そこまで言うなら行ってやる。俺だって、人間の肉体を得て生きたいんだ。そして・・・ミサと再会するんだ。この腕にもう一度彼女を抱きしめ、二人で一つの人生を歩むんだ・・・・。》
山の上には、お椀をひっくり返したような形の建物が三つ並んでいた。
表面は赤茶色に錆びていて、手で触れてみると硬い音がした。
「美波君、こっちだ。」
須田は三つある建物の中央に入り、受付に座っていたスーツの男に話しかけた。
「五十嵐大学の須田です。ちょっとシアターを使わせてもらっていいですか?」
「ああ、はいはい。昨日電話を頂いていたそうですね。別の者から聞いています。」
男は愛想の良い笑いを浮かべ、受付表に記帳を促した。
おじさんが記帳をしている間、俺は建物の中を眺めてみた。
「これは・・・・変わった造りだな・・・。柱が一本もない・・・。」
中はドーム状になっていて、柱が一つも立っていなかった。その代わり、天井から壁に至るまで、いくつもの木が互いを支え合うように組み立てられていた。
近くには木目のドアがあり、どうやら隣り合う建物と繋がっているようだった。その反対側には大きなスペースがあり、、美しい木工細工が並んでいた。
ジロジロと建物の中を観察していると、記帳を終えたおじさんが「行こう」と肩を叩いた。
その手にはリュックから取り出したDVDを持っていて、近くの扉を開けて隣の建物に入った。
俺もその後を追い、中に入る。そして薄暗い建物の中を見渡した。
「ここもドーム状か。それに大きなスクリーンがある。椅子もたくさん並んでるし・・・。」
「ここはシアターさ。」
須田はDVDを振りながら言い、ポケットから薬を出して差し出した。
「これを飲むんだ。」
「薬を・・・?なぜ?」
「誰も来ないようにする為さ。」
「人に見られたらまずいのか?」
「とうぜん。それに・・・こいつを飲まないと意味がない。なぜなら、この建物を作っている木が、君の意識に反応しないからね。」
「この建物が?どういうことだ?」
「この建物はクローンの木を使って建てられているのさ。だからここじゃないと、このDVDは見られない。」
「・・・なんだかよく分からないけど・・・とりあえずそれを飲めばいいんだな。」
須田の手から薬を受け取り、口の中に放り込んだ。辺りは色を失くし、時間が止まる。
「それじゃ・・・上映会のスタートだ。どこでも好きな場所に座ってくれ。」
須田は並べられた椅子に手を向け、スクリーンの横にある機械に近づいていった。そして神妙な顔で機械をいじり、DVDを挿し込んだ。
俺は言われたとおりに椅子に座り、上映を待った。場所は最前列、スクリーンが大きく見える。
機械の操作を終えた須田が、俺に向かって笑いかけてくる。すると後ろから光が射して、スクリーンに映像を映し出した。
俺はやや緊張しながら息を飲み、まっすぐに目を向けて映像を睨んだ。真っ白なスクリーンには、車に乗った家族連れが映し出される。
それは二十年前の・・・あの家族旅行の映像だった・・・。

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