セカンド・コンタクト 第八話 過去を映すシアター(2)

  • 2014.05.11 Sunday
  • 13:33
【春休みに、お父さんが旅行に連れて行ってくれた。いつも仕事が忙しいのに。たくさん休みが取れたんだ。僕は嬉しくなって、車の中でずっとはしゃいでいた。弟とお菓子の取り合いになって喧嘩して、お母さんに怒られちゃったけど、でもずっとはしゃいでたんだ。
今日泊まる旅館が見えて来て、ワクワクした。海のそばにある大きな旅館だった。
ここは魚が美味しいってお父さんが言ってた。旅館の人に案内されて、木の匂いのする部屋に行った。窓から海が見えて、ベランダに出て写真を撮った。
部屋の中には綺麗な花が飾ってあって、僕はお父さんに聞いたんだ。
「これって桜?」
「いいや、これはボケの花だよ。綺麗だろ。」
「ボケっていうの?変な名前、カッチョ悪い。」
僕は弟と一緒に笑った。ボケの花は赤い花びらをしていて、それをむしったらお母さんに怒られた。
もう夕方だったから、ちょっと海を散歩してから晩ごはんを食べた。刺身や魚のから揚げが出てきて、とっても美味しかった。
夜には温泉ではしゃいだ。そうしたら怖いおじさんの頭に桶をぶつけて、大きな声で怒鳴られた。肩に龍の絵が描いてあって、ものすごく怖いおじさんだった。でもお父さんが僕を守ってくれた。ブルブル震えてたけど、大きな背中で僕と弟を守ってくれたんだ。
お風呂から上がると、すぐに眠くなって布団に入った。弟はおねしょをしちゃって、それを誤魔化そうと隣の部屋に隠した。
でも旅館の人に見つかって、お父さんとお母さんにチクられたんだ。だから拳骨を落とされて泣いていた。
朝ごはんを食べてから旅館を出て、近くにある遊園地に行ったんだ。とても小さな遊園地で、あんまり人はいなかった。
お母さんはジェットコースターに乗るのを嫌がってたけど、僕と弟が説得して、一緒に乗ることになった。途中で自動の写真を撮られて、すごく不細工に写ってた。お母さんはプリプリ怒って、「そんな写真いらない!」って拗ねちゃった。
とても楽しい旅行だったけど、今日帰らなきゃいけないんだ。お父さんは明後日から仕事だから、明日は家でゆっくりしたいんだって。
だからお昼の二時くらいに遊園地を出て、家に帰ることになった。
高速道路に行く途中に、すごく綺麗な池が見えた。僕はお父さんに言って、車を停めてもらった。
「ああ、綺麗ねえ。」
お母さんと弟は手をつないで池まで下りた。僕はお父さんに支えられながら、ビクビクして池までの坂道を下りた。
近くで見ると、池は底まで透き通っていた。メダカやザリガニがいるのが見えて、手で捕まえたんだ。そうすると、お父さんが僕の肩を叩いた。
「ほら、あそこにもボケの花があるよ。」
お父さんは池の向こうにある花を指差した。そこにはたくさん花が並んでいて、赤いのやピンク色のがあった。
「どれがボケの花?」
「あの赤いやつだよ。ピンクのやつは桜だ。」
「どう違うの?」
そう尋ねると、お父さんは困っていた。
「花の色が違うんだよ。」
自信のなさそうな顔で言って、花の話はやめてしまった。
僕は池の向こうに咲いてる花を見て、すごく綺麗だなと思った。だから近くまで行って、もっとよく見ようと思ったんだ。
「危ないから池に落ちるなよ。」
お父さんが心配そうに言った。僕は「うん」って頷いて、気をつけながら池の周りを走って行った。
池はとても大きくて、向こうに着くまで時間がかかっちゃった。こんなに大きいなら、これはきっと湖なんだと思った。
ボケの花の近くに着いた時は、しんどくなってハアハア言っていた。
「えっと・・・どれがボケの花だっけ?」
さっきお父さんに教えてもらったのに、すっかり忘れてしまった。
「・・・・このピンクのやつがボケかな?赤いやつが桜だっけ?」
どっちがどっちか分からなくなって、もうどっちでもいいやと思って花に手を伸ばした。
ピンクの花は高い所に咲いていて、手が届かなかった。でも赤いほうは、何とか手が届いたから、花びらを一つだけ千切ったんだ。
クンクン臭いをかぐと、不思議な香りがした。でも嫌いな匂いじゃなかったから、ポケットに入れて持って帰ることにしたんだ。
「お〜い、帰るぞ。」
お父さんが僕を呼んで、ブンブン手を振っている。僕は走って戻ろうとして、つまずいて池に落ちそうになった。
でもその時、近くにいたおじさんが助けてくれた。僕をしっかり掴んで、池の上まで引っ張ってくれたんだ。
「大丈夫かい?」
おじさんはコーヒー臭い息を吐きながら、僕の頭を撫でてくれた。その隣には、すごく綺麗な女の人が立っていた。
優しい顔をしていて、まるで天使のような人だと思った。
「僕、気をつけてね。池に落ちたら溺れちゃうよ。」
女の人は、僕に顔を近づけて頭を撫でてくれた。その時、僕はすごくドキドキした。
きっと・・・これが恋ってやつなんだと思った。ドラマとかで、男の人が女の人を好きになるやつだ。僕は助けてもらったお礼と、そして女に人に好きになってもらいたくて、さっきの赤い花びらを渡した。
「・・・これ、あげる。」
花びらは、ポケットの中で萎れてシナシナになっていた。
「これは何?」
女の人は首を傾けて笑った。僕はドキドキしながら、「桜」と言ってそれを渡した。
「桜・・・?うん、ありがとう。」
女の人はニコリと笑って、また頭を撫でてくれた。僕は恥ずかしくなって、走ってお父さんの所に戻ったんだ。車に乗って、さっきの女の人を振り返った。女の人は、おじさんと仲良く池のそばに座っていた。
そして僕が見ていることに気づいて、笑いながら手を振ってくれたんだ。
僕も手を振り返したかったけど、恥ずかしくなって隠れた。胸はドキドキしていて、これはやっぱり恋なんだと思った。
《将来大人になったら、あんな人と結婚したいな・・・・。》
誰にも言えないドキドキを感じて、お父さんの隣の席で揺られていた。
車は高速道路に乗って、グングン走って行った。途中でサービスエリアに寄って、ご飯を食べた。僕はジュースを買ってもらい、弟はアイスクリームを買ってもらった。
それでまた車に乗って、高速道路を走ったんだ。道はまっすぐ伸びていて、どこまでも平らだった。
お父さんは運転しながら野球のラジオを聴いていて、弟はお母さんと一緒に寝ていた。
僕はなにもやることがなくて、とにかく退屈だった。何度もあくびをして、窓の外を眺めていた。最初はよかったんだけど、だんだん景色を見るのも飽きてきた。だからちょっと悪戯をしてやろうと思ったんだ。
お父さんがラジオのボリュームをいじっている間に、空き缶をブレーキの下に入れたんだ。
バレないようにサッとやったから、お父さんは全然気づいてなかった。
僕はワクワクしながら、知らん顔でお父さんの様子を見ていた。
お父さんは僕の仕掛けた悪戯に気づかずに、どんどんスピード上げていく。車の針は100キロを超えて、グングン速くなっていく。その時、僕は少しだけ怖くなった。
《もしブレーキがきかなかったらどうしよう・・・。》
このままブレーキがきかなかったら、車はどこかにぶつかってしまうかもしれない。けど、悪戯をしたことがバレたら怒られてしまう。
言いたい気持ちと言いたくない気持ちが混ざり合って、僕は黙り込んでしまった。そして寝たフリをしたんだ・・・。
でもやっぱり気になるから、ちょっとだけ目を開けて前を見た。そしたら、前の方にたくさん車が並んでいた。
《・・・渋滞してる・・・ブレーキかけなきゃ・・・。》
僕は心配になり、心臓がバクバクしてきた。それで思いきって、空き缶のことを言おうとしたんだ。
でもその時、お父さんはブレーキを踏んで、首を捻った。そして空き缶が挟まっていることに気づいて、「あれ、落ちたのか?」と言いながらそれを取り除いたんだ。
そのおかげで、ちゃんとブレーキが掛った。車はスピードを落としていって、前の車にぶつからずに済んだ。
《・・・よかった・・・・。》
車が事故を起こすことはなかったし、悪戯がバレて怒られることもなかった。
ホッと一安心して寝たフリをすると、後ろからクラクションの音が聞こえた。ブッブー!と何度も鳴らしていて、すごく嫌な予感がした。
思わず後ろを振り返ると、ワゴン車がすごい速さでこっちに走って来た。
《このままじゃぶつかる・・・・・。》
そう思った時、お父さんが「危ない!」と言ってハンドルを切った。でも・・・・間に合わなかった。
後ろから来た車が、すごい音を立ててぶつかった・・・。
僕の車はボン!といって、前の車を押しながら隣の車線に出てしまった。そして前からやって来た大きなバスと・・・・ぶつかったんだ・・・。
その瞬間、僕の目の前が真っ白になった。一瞬だけバスのナンバープレートが見えて、それから何も見えなくなった。
辺りが真っ暗になって、身体が動かせなくなったんだ。なにか暖かいものが、頭の横に流れているのを感じた。
それはまるで、真っ暗な夜の中に、手足を縛られて放り出されたような感じだった。記憶もぐちゃぐちゃになって、さっきまで何をしていたのかも思いだせなかった。
でも・・・ほんの少しだけ、誰かに呼ばれたことを覚えている。
『・・・浩太君・・・』
それは女の人の声だった。すごく悲しい声で、泣いているように感じた。
そして・・・僕はその声を知っている。それは、あの池にいた女の人の声だった。僕が初恋をして、赤い花びらをあげた、あの女の人の声だった。
その時、僕は思った。
《・・・あの女の人は・・・・やっぱり天使だったんだ・・・。だから・・・僕はいま、きっと天国にいるんだ・・・。》
何が起きたのか分からないけど、良くないことが起きたのは間違いないと思った。
だから、僕は死んで、天国にやって来たんだと思った。あの女の人に連れられて、神様のいる天国に来たんだ。
《天国には・・・お父さんもお母さんもいるかな?健司もいるかな・・・?》
もしみんながいるなら、天国に行ってもいいやと思った。
それに、この女の人が一緒に来てくれるなら、それはとっても嬉しいことだから。
しばらくすると、耳も聞こえなくなった。でもその代わり、真っ白な光が見えて、お父さんとお母さん、それに健司が見えたんだ。
みんな手を繋いで、真っ白な光の方へ歩いて行っていた。僕はついて行こうとしたんだけど、全然追いつかなかった。みんなは僕を置いて、どんどん先に行ってしまう。
《待ってよ!置いていかないで!僕も一緒に行くから!》
僕は一人になるのが怖くて、必死にみんなを追いかけた。でもぜんぜん追いつかなくて、とうとう泣いちゃったんだ。
《嫌だよ!なんで置いていくの?一人ぼっちにしないでよ!お父さん!お母さん!健司!みんな行かないで!》
どんなに叫んでも、みんなは待ってくれなかった。そして真っ白な光の中へ消えちゃったんだ・・・。
《お父さん・・・お母さん・・・健司・・・。》
真っ白な光は消えて、また夜みたいになった。僕は座り込んで、膝を抱えて泣いていた・・・。
その時、ほっぺに何かが当たった。いったいなんだろうと思って見てみると、赤い花びらがくっついていた。
《これって・・・僕があの女の人にあげたやつだ・・・・。》
赤い花びらはシナシナになっていて、色も汚くなってた。でも・・・すごく綺麗に感じた。
僕はその花びらを手でつまんで、じっと見つめた。それで何となく、それを口の中に入れちゃったんだ。
味はしなかったけど、代わりにとても気持ちが落ち着いた。でもそのあと、すごく不思議なことが起こったんだ。
僕の目の前に、僕とおんなじ姿をした子が現れたんだ。その子は僕を見つめて、何かを言いたそうにしていた。でも何も言わずに、背中を向けて走って行っちゃったんだ。それでスーッと暗闇の中に消えていった・・・。
そのすぐあとに、頭の上から光が降ってきた。なにかと思って見上げてみると、暗い世界のなかに、ぽっかり丸い穴が空いていたんだ。
僕はじっとその穴を見つめた。もしかしたら、あそこから外に出られるかもしれないと思って、必死にジャンプして手を伸ばした。
でも全然届かなくて、また悲しくなって泣いちゃったんだ。
光が射す穴の向こうには、あの池のおじさんがいた。それで忙しそうに歩きまわっていた。
いったいなにをしてるんだろうと思って見てると、赤い花びらの桜に話しかけていたんだ。
《あの桜って・・・池のそばに立ってたやつだ・・・。》
それは僕が花びらを千切った、あの桜だった。おじさんは一生懸命桜に話しかけていて、うんうんって頷いてた。
それから大きな瓶を抱えてきて、桜の前に置いたんだ。瓶の中には、透明な茶色い液体みたいなのが入ってた。
《あれはなんだろう?ドロドロしてて、まるでカブトムシの餌みたい・・・・。》
おじさんは桜の花びらをたくさん千切って、それを茶色い液体の中に入れていた。それでまた桜の木に話しかけると、とても不思議なことが起こったんだ。
あのドロドロの茶色い液体が、グネグネ動き出して、僕の形に変わっていった。おじさんはそれを見て、すごく満足そうに笑ってた。
そして・・・・いきなり僕の方を振り向いて、手を伸ばしてきたんだ。光の射す穴はふさがれて、何も見えなくなった。
僕は怖くなって、ギュッと目を瞑ってた。でもまた光が射してきたから、そっと目を開けてみたんだ。
そしたら・・・目の前にあのおじさんがいた。
「おはよう、浩太君。」
おじさんはニコリと笑って、僕の頭を撫でてくれた。そしてこう言ったんだ。
「浩太君、今は辛いことは忘れようね。この薬を飲んだら楽になるから。」
おじさんは赤くて丸い薬を僕に飲ませた。それはまるで、あの桜の花びらみたいな匂いがした。
それから僕はすぐに眠っちゃって、目が覚めた時には病院にいたんだ。そしてお見舞いに来てくれたおじさんが、僕にこう言った。
「浩太君、これからはおじさんと一緒に暮らすんだよ。」
「・・・お父さんとお母さんは?健司はどこ行ったの?」
そう尋ねても、おじさんは何も教えてくれなかった。すごく気まずい顔で、ただ笑っているだけだった。
でも・・・僕は知っていた。お父さんとお母さんと健司は、もうこの世にはいないってことを。それでもって、それは僕が悪戯をしたせいだってことを・・・・。
けど・・・もっと大事なことを忘れてるような気がした。おじさんは僕のことを『浩太君』って呼ぶんだけど、僕ってほんとにそんな名前だったかな?
ていうか、僕っていったい誰なんだろう?これって、記憶喪失ってやつなのかな?
なにかとっても大事なことがあるはずなのに、それを思い出せなかった。
しばらく入院してから、僕はおじさんの家で暮らすようになった。おじさんは広い家に一人で住んでいて、大学の先生をやってるって言ってた。
おじさんの家には、小さなに鉢植えに植わった桜があった。そしてその横には、綺麗な女の人の写真が飾ってあったんだ。
その写真を見たとき、僕の胸はズキリと痛んだ。
《誰だろう・・・この女の人・・・・?どっかで会ったような気がするんだけど・・・・。》
それはとても不思議な感覚だった。初めて見る人だったのに、前に会ったような気がしたからだ。
おじさんにその女の人のことを尋ねると、「それは僕の娘だ」って教えてくれた。
そして・・・自分で自分の命を終わらせたって言ってた。大きな事故を起こして人を死なせてしまい、「私は許されないことをしたから、生きているのが苦しくなった」って死んだらしい。あんまり聞いちゃいけないことなんだって思って、それからはその女の人のことは聞かなくなった。
おじさんは女の人の写真をどこかに隠して、それから一度も口にしなかった。僕も、いつの間にかその女の人のことを忘れていた。
僕はおじさんに育てられて、どんどん大きくなった。新しい学校で友達も出来たし、高校に上がる頃には彼女も出来た。
けど・・・家族を死なせたことは忘れられなかった・・・。だから・・・いつも孤独だった・・・。
誰にも打ち明けられない秘密。永遠に俺を苦しめる辛い過去・・・・。どれだけ時間が経っても、心に焼きついた傷が消えることはなかった。
やがて高校を出て大学に上がった頃、おじさんは亡くなってしまった。以前から心臓に病気を抱えていて、夜に布団に入ったきり、目を覚まさなかった・・・。
俺はたった一人の身内を失い、途方に暮れることになった。いっそのこと自殺でもしようかと、本気で考えたこともあった。
あまりに精神的に辛かったので、おじさんがよく飲んでいた薬を飲むことにした。
それは真っ赤な丸い薬で、花の香りがするのだ。おじさんはこの薬のことをこう言っていた。
『もしどうしようもなく辛くなったら、これを飲みなさい。きっと気持ちが楽になるから。』
俺はタンスの引き出しを開けて赤い薬をつまみ、口の中に放り込んだ。
すると妙なことが起こった。俺の頭がぐにゃぐにゃと揺さぶられて、記憶が曖昧になっていったのだ。そして・・・おじさんの顔を思い出せなくなってしまった。
俺の・・・俺のたった一人の身内だったのに、その顔を忘れてしまったのだ。
《なんてこった・・・おじさんの顔を忘れてしまうなんて・・・。こんな薬は飲まなきゃよかった・・・・。》
今さら後悔しても遅く、その後の人生も孤独に苦しむことになった。
しかし・・・そんな俺に転機が訪れた。仕事場の近くの土手を散歩している時・・・ミサという女に出会ったのだ。
ミサはとても不思議な魅力を持っていて、一目見て好きになってしまった。
ミサの方も俺に興味を持ってくれたようで、次第に仲は深まり、付き合うことになった。
あれは・・・すごく幸せな時間だった・・・。孤独の辛さや、家族を死なせた罪悪感から解放され、ただただミサとの時間を楽しんでいた。
一人ぼっちだった俺に、ようやく光が射した瞬間だった・・・・・。】


            *


一旦映像が途切れ、おじさんが近くに来て肩を叩いた。
「大丈夫かい?」
心配そうに顔を覗き込み、窺うような視線を向けてくる。
「こうして映像で見ると・・・少し辛いな・・・。全部思いだしたから大丈夫だと思ってたんだけど・・・。」
「無理はしなくていいよ。まだ続きがあるから、それまで外の空気を吸って来たらいい。」
「・・・ああ、そうするよ・・・。」
薄暗いシアターホールを後にして、外に出て山の空気を吸った。
蒸し返るような熱気が肌をにじませ、余計に気が滅入ってくる。近くの自販機で缶コーヒーを買い、ベンチに座ってタバコを吹かした。
「・・・曖昧なもんだ、人の記憶なんて・・・。あの事故は、父がハンドルを切り損ねたせいじゃなかったんだな・・・。」
長い長い時間のせいで、記憶と現実が食い違うというのはよくある。そして間違った記憶を真実と信じ込み、無駄に苦しむ羽目になるのだ。
チリチリとタバコを吹かし、足元に灰が落ちる。それを踏みつぶして、一気に缶コーヒーを呷った。
「あの事故は、俺のせいでも父のせいでもなかったんだ・・・。あれは、あの時追突して来た車のせいだ。そして・・・その車を運転していたのは、あの女だ・・・。だから、俺は悪くない。何も背負う必要なんてなかったんだ・・・。」
自分が犯したと思っていた罪は、実は他人が犯した罪だった。そしてその他人とは・・・・おじさんの娘である。
あの池のほとりで、俺が初めて恋をしたあの女が、おじさんの娘だったのだ。
俺の家族を奪ったのはおじさんの娘、だから俺は何も背負わなくていい。しかし、新たな問題が出てきた。
ミサという女は、俺が描いた幻想の女性である。そしてその元になったのは、おじさんの娘なのだ。
だから・・・俺は家族を殺した女を愛していたことになる。もちろんミサとおじさんの娘は別人だが、しかし無関係というわけではない。
あの時俺がおじさんの娘に恋をしたから、ミサが生まれた。それはつまり、ミサを愛するということは、おじさんの娘を愛するということに他ならない。
俺は・・・今の今まで、家族を殺した女を愛していたのだ。そして彼女を復活させる為、多くの命を奪ってきた。
その事実は俺を悩ませ、ミサを愛する気持ちが揺らぎ始めた。
《このまま・・・このままミサを愛し続けていいのか・・・?家族を殺した張本人なのに・・・・俺は・・・・、》
ミサを愛するか否か?それはミサを取るか、家族を取るかの選択だった。
それは簡単には答えの出せない問題ではあったが、やはり決着はつけねばならない。どちらを取るか・・・自分で選ばなければいけないのだ。
そしてその選択をするには、まだ早すぎる・・・。
なぜなら、あの映像にはまだ続きがあるのだから。きっとあの先に続く映像は、おじさん自身のことだろう。
俺の知らないもう一つの真実。それを知った時、俺は答えを出すことが出来る。
そして・・・ミサを取るか家族を取るかで、俺の未来は大きく変わる。
もしミサを選ぶなら、俺は人間の肉体を得て生きようとするだろう。しかし家族を取るなら・・・ここで終わらせなければならない。
なぜなら・・・俺はただのクローンなのだから・・・。
おじさんの持って来た鉢植えのボケに触れた時、ハッキリと自分が何者であるかを知った。そう・・・あの鉢植えのボケの木こそが、俺の本体なのだ。
そしてあのボケの木は、あの池に生えていたものだ。俺が花びらを千切り、須田の娘に渡したあのボケの木だ。
俺は・・・そのボケの木が生み出した幻影。ただし他のクローンと違い、肉体を持っていた。クローンから大量に樹液を取り出し、それを固めて作った肉体だ。
そして・・・それをやったのはおじさんだ。彼が俺の為に、この肉体を用意したのだ。
俺は覚えている・・・・。美波浩太の意識を受け、彼の姿になった時のことを。そして、おじさんの手によって樹液の肉体に入れられた時のことを。
だから・・・俺は美波浩太ではない。彼とよく似た、まったくの別人なのだ。
しかし彼の意識は受け継いでいる。どういう理由でそうなっているのか分からないが、きっとおじさんの知る真実の中に、その答えが含まれているのだろう。
「俺はただのクローン・・・。ならば、もし家族を取る選択をした場合・・・これ以上生きている理由はない。しかし、その答えを出すにはまだ早い。あの映像の続きを見て、自分の未来を選ばなければいけないんだ・・・。」
タバコを灰皿に押し付け、僅かに残っていたコーヒーを飲み干す。空き缶をゴミ箱に投げ入れ、おじさんの待つシアターに戻った。
「もういいのかい?」
「ああ、早く続きを見せてくれ。でないと・・・俺は未来を選択出来ない。」
「・・・・そうだな・・。じゃあ続きを再生するよ、そこへ座ってくれ。」
おじさんは最前列の椅子に手を向け、機械をいじり出した。
《俺は・・・・本当のことを知りたい・・・。おじさんのこと、彼の娘のこと、そして・・・・あの巨木のこと。それらの全てを知った時、必ず道が見えるはずだ。》
背後から光が投影され、スクリーンに映像が浮かび上がる。
ここから先は俺の知らない真実がある。眉間に皺を寄せ、射抜くようにスクリーンを睨んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
映像は、あの事故より少し前に遡っていた。おじさんと彼の娘が、池のほとりでボケの木を眺めている。どうやらまだ俺は来ていないようだ。
おじさんが娘に向かって話しかける。
「ミリサ・・・。」
ミリサ・・・・それが彼女の名前だった。ミリサはおじさんに振り向き、ボケの花に触れて笑っていた。
彼女の笑顔は、まさにミサの笑顔そのものだった。その表情、その立ち方、その仕草、そしてその声・・・・・。
胸に中に鮮明にミサが蘇り、思わず目を逸らす。しかしすぐに顔を上げ、彼女を見つめた。
ミリサは「お父さん」と言って、ボケの木にもたれかかっていた。そして足元に生えるツクシを抜き、「これ、から揚げに出来る?」と笑っていた。

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