セカンド・コンタクト 第九話 もう一つの真実(2)

  • 2014.05.11 Sunday
  • 13:45
【『私は許されないことをした。もう・・・生きているのが苦しい。ごめんなさい、お父さん。』
その書置きを見つけた僕は、家を飛び出してミリサを捜した。
《ミリサ!頼むから死なないでくれ!僕を・・・僕を一人にしないでくれ!》
それはミリサの身を案じるというよりは、自分が孤独になることを恐れていただけだった。
ミリサの捜索を始めてから一時間後、近くの土手に生えるボケの木に、ロープで首を吊っている彼女を見つけた。
「ミリサ・・・・どうして・・・・。」
身体から力が抜けて、その場にへたり込んだ。そして・・・すぐにミリサの後を追おうと決めた。妻と娘を失い、もうこの世に未練などなかったからだ。
しかし、ミリサの服に一枚の花びらが付いているのに気づいて、それを手に取ってみた。
その瞬間、また頭に声が響いた。
『・・・僕は・・・美波浩太・・・。もう一人の美波浩太・・・。今は・・・心だけ・・・。』
それはあの少年がミリサに渡した花びらだった。少年の血を吸って真っ赤に染まり、鼓動のように脈打っているのを感じた。
その時、どこからともなくミリサの声が響いた。
『・・・お父さん・・・この子を人間にしてあげて・・・。それが私の・・・最後のお願い・・・・。』
「ミリサ!」
それはとても悲しく、そして切実な声だった。
『私はここにいる・・・。お父さんの目の前の・・・このボケの花・・・・。』
「この木が・・・ミリサだって?」
『・・・私は・・・ミリサであってミリサでない・・・。彼女の意識を受けた映し身・・・。でも、その意志は受け継いでいるわ。だから・・・私のお願いを聞いて。浩太君の花びらをあの池のほとりに持って行って、そこから樹液を取り出して身体を作ってあげてほしいの。そして・・・いつか本物の人間になるまでの間・・・浩太君をその身体に入れてあげて・・・。』
僕は混乱していた。あまりに不可解な出来事に、頭が冷静に働かなくなっていたのだ。
しかしミリサの頼みとあらば聞かないわけにはいかない。質問したいことは山ほどあるが、今は彼女の頼みをきいてやることにした。
「分かった・・。この花びらを持って、あの池に行けばいいんだな?」
『うん・・・。それと、私の花びらを一枚持って行って。それを・・・その子の中に・・・・、』
そこでミリサの声は途切れた。何度も呼びかけたが、もう返事はなかった。
僕はミリサの花びらを一枚千切り、少年の声のする花びらと一緒に、そっとハンカチに包んだ。それをを内ポケットにしまい、ミリサの亡骸を下ろして車に乗せた。
そして知り合いのいる斎場に連れていき、金を渡して内密に焼いてもらった。
ミリサは小さな骨の欠片になり、それを壺に入れてもらった。そしてそのまま車を走らせ、あの池を目指したのだ。
四時間車を走らせ、あの池に着いた。そして池のほとりに立つボケの木に近づくと、またミリサの声がした。
『この木の樹液を取り出して、この子の身体を作ってあげてほしいの。もし樹液が足りなかったら、私の木を使って。』
「ミリサ・・・僕は分からないよ・・・。いったい何がどうなっているのか・・・。」
ミリサの骨が入った壺を置き、ボケの木に手を触れた。
『・・・いいよ、教えてあげる。でも科学者のお父さんには、ちょっと抵抗のある話かも・・・。』
「ミリサの言葉なら信じるよ。だって・・・ミリサはたった一人の娘なんだから。」
『ありがとう・・・。』
ミリサはたっぷり間を置き、穏やかな口調で話し始めた。
『この世界には・・・目には見えないものがあるの。見ることも触れることも出来ないけど、でも確かにそこに存在しているわ。それが・・・私やこの子よ。』
「ミリサとあの少年が・・・?」
『遥か昔・・・人類が誕生したのと同じ時代に、宇宙から光が降り注いだ。その光は命を持っていて、ずっと長い間宇宙を旅していたの。そしてこの青い星を見つけて、地上に舞い降りた。そこで初めて人間と出会い、その光は感動を覚えたわ。』
「人間と出会って感動を・・・?」
『人間は・・・二つのものを持っている。それは心と体よ・・・・。この二つはまったく正反対にあるものなに、人間はその両方を持っていた。
心は目に見えないし、触ることも出来ない。でも自分の意思を持っている。身体は目に見えるし触れられるけど、意思は持っていないわ。
心が身体に入ることで、意思が目に見えるようになり、誰かに触れられるようになる。命を持った光は、それがすごく羨ましかった。だから・・・人間というものに憧れ、この星に住むことを決めたの。』
「それは・・・確かに僕には抵抗のある話だな・・・。」
『やっぱり信じられない?』
「いいや、ちょっと戸惑っただけさ。ごめん、続きを聞かせてくれ。」
僕は目の前にミリサを思い描き、彼女に手を向けた。すると頭の中の想像でしかなかったミリサが、本当に目の前に現れた。
「ミリサ!」
思わず抱きしめると、ミリサは僕の背中に手を回して抱き返した。
『お父さん・・・これはただの幻よ。お父さんの意識を受けて、私の花びらが幻影を見せているだけ。』
「これが・・・幻だって・・・?」
『そうよ。宇宙から降り注いだ光は、人間と共にこの星に住むことを決めた。そして人間を観察するうちに、あることに気づいたの。』
「あること・・・?それはなんだい?」
そう尋ねると、ミリサは身体を話して僕を見つめた。
『それはね・・・人間の意識の波長と、光の意識の波長がとても似ているってこと。』
「意識の波長・・・?」
『科学者のお父さんなら知ってるでしょ?心っていうのは、頭の中を走る電気信号だって。その電気の流れが、とてもよく似ていたってこと。だから・・・光は人間の意識を反映させて、仮初の身体を持つことが出来るの。ほら、こんな具合に。』
ミリサは手を広げ、そっと僕の頬に触れた。
『でもこれは本物の身体じゃない・・・。だから・・・・光は本物の身体を欲しがったのよ。人間と光は意識の波長が似ているから、人間の心の中に入ることが出来る。』
「人間の心の中に入るだって?」
『人間の方が心を許してくれたら・・・光は意識を同調させて心に入り込むことが出来るの。そしてその人間が死ぬまで、ずっと心に住み着くわ。でも人間には寿命があるから、いずれ死んでしまう。その時に・・・光は人間の身体を自分のものにするの。』
「・・・それは、人間の身体を乗っ取るてことかい?」
『そう・・・なるわね。でも光は決して、人間を傷つけようとしているわけじゃないわ。
だから寿命を終えてその人の心が死ぬまで、ずっと待ってるの。それに、中にはその人間のことをあまりに愛するがゆえに、一緒に死を選ぶ光だっているわ。』
「ということは・・・その光は人間と分かりあえる部分を持っているということか?」
『うん。さっきも言ったけど、光の意識と人間の意識の波長は似ているから、同じような心を持っているってことね。』
ミリサの話はあまりに現実離れしていて、すんなりと受け入れるにはやはり抵抗があった。
『なあミリサ・・・。その・・・宇宙から降り注いだ光っていうのは、いったい何者なんだ?』
「ただの光よ。でも命を持っている。宇宙にはたくさんの波長が飛び交っているから、きっとそれが元になって生まれたんだと思う。』
「とういことは・・・その光がいつどこで、そしてどうやって生まれたのか・・・詳しいことは分からいってことか?」
『うん。』
「自分のことなのに?」
そう尋ねると、ミリサは可笑しそうに笑った。
『お父さんは、自分が生まれる前のことなんて覚えてる?』
「いいや、覚えてるはずがないだろう。」
『そうよね。自分が存在する前のことなんて、覚えてるわけがないわ。私たち光は、気がつけば自分の意思を持っていた。大事なのはそれだけよ。今、自分がここにいることこそが重要なの。だから光の成り立ちなんて考えたこともないわ。』
妙に筋の通った意見に、思わず肩を竦めて笑ってしまった。
「まさかミリサの口から、そんな哲学的な意見が出てくるなんて思わなかったな。」
『ふふふ、私はミリサであってミリサじゃないからね。彼女の映し身・・・いわばクローンだから。』
「クローンか・・・。まさか自分の娘のクローンに会う日が来るなんて思わなかったよ。」
肩を竦めてそう言うと、ミリサは陰のある表情で答えた。
『・・・実を言うと、私という存在そのものがクローンなの。』
「・・・どういうことだい?」
顔をしかめて尋ねると、ミリサはボケの木に触れて目を閉じた。
『宇宙から降り注いだ光は・・・人間に憧れ、人間の肉体が欲しいと思った。でも人間には心があるから、そう易々と身体を乗っ取るなんて出来ないし、したくなかった。そこで目を付けたのが・・・・植物ってわけ。』
「植物・・・?」
『植物には人間のような意思はないわ。だから身体に入り込むのは簡単だったの。それに・・・簡単にクローンも作れるしね。』
「植物のクローンって・・・・もしかして株分けのことかい?」
『そうよ。植物は簡単にクローンが作り出せる。それは光にとって都合のいいことだった。
なぜなら・・・光はたくさん自分を分割して、この星の全ての人間と同化しようと思ったから。人間に憧れ、人間の肉体を欲しがり、いつしか人間そのものに成りたいと願ったから。だからたくさんクローンを作り出し、人間の心に入る隙を窺っているの。』
「なるほど・・・だからボケの木に宿っているわけだ。」
そう言うと、ミリサは首を振った。
『最初はボケの木じゃなかったわ。そもそも、植物ならなんでもよかったの。だから時代によっては、桜や杉の木に入っていた。そんなことをしていると、いろんな植物の特徴が混ざってぐちゃぐちゃになっちゃったのよね。だからほら、このボケの花だって、よく見るとおかしな所がある。』
ミリサはボケの花に触れ、僕の方に近付けた。
「・・・なんだこりゃ?ボケの花にサクランボがなってる・・・。」
花びらの合間に、小さなサクランボが実っていた。いや、それだけではない。
よく見ると小さなイバラも生えているし、それに・・・これは松ぼっくりか?
『ね?色んな植物がごっちゃになってるでしょ?』
「ああ、これは不思議だな。植物学者に見せたら、涙を見せて喜びながら研究する素材だ・・・。」
『今までに宿主にしてきた植物の特徴が、全部混ざり合っちゃったの。ボケの花に乗り換えたのは最近だから、またいつか別の植物にするかもしれない。』
「どうしてそんなことを?」
『だって同じ植物でクローンを作るより、色んな植物でクローンを作った方が生き残れるでしょ?』
「ああ、なるほど。多様性で生存率を上げているわけだ。」
『それもあるけど・・・クローンは寿命が短いんだ・・・。だからなるべくたくさんクローンを作って、人間と同化する機会を増やしてるの。』
「クローンは短命か・・・。寿命はどれくらい?」
『クローンによって差はあるけど、だいたい五年から十年くらい。たまに三十年以上も生きたりするクローンもいるけど。』
「個体差があるわけだな。きっと環境や状況によって左右されるんだろう。植物なら、土や水に原因があるのかも・・・・、」
一人でブツブツ呟いていると、ミリサは可笑しそうに笑った。
『お父さん、学者の顔になってる。』
「・・・え?ああ・・・これは悪い・・・。つい興味が湧いちゃって・・・。」
苦笑いしながら謝ると、ミリサは首を振った。
『ううん、それでいいの。お父さんには、もっともっと私たちに興味を持ってもらいたいから。』
ミリサは憂いのある顔で微笑み、ボケの花から手を離した。
「・・・何か事情がありそうだね?」
『・・・あのね・・・実はちょっと困ったことになってて・・・・。』
ミリサは言いづらそうに俯き、僕の袖を握った。
『氷ノ山って知ってる?』
「氷ノ山か・・・。兵庫県と鳥取県にまたがる大きな山だな。学生の頃に一度だけ登ったことがあるよ。それがどうかしたのかい?」
『その山の頂上に・・・大きなクローンが立ってるんだけど・・・、』
「大きなクローン・・・?」
『うん・・・。宇宙を漂う光がこの星に下りて、最初に生み出したクローン。とっても大きくて、寿命だって死ぬほど長いの。』
「へええ・・・そりゃまた興味をそそられる話だな。」
『私たちは、巨木のクローンって呼んでるんだけどね。その巨木のクローンが・・・・オリジナルの意志に反発して悪いことを始めたの。』
「悪いこと・・・?」
『うん・・・。勝手にクローンを作り出して、人間を乗っ取ろうとしてるの・・・。その巨木から生まれたクローンは、人の心に住み着いたあとに、勝手にクローンを作り出すの。
それを延々と繰り返していけば、やがてこの星は・・・・、』
「ネズミ算式でクローンだらけになるわけだ。」
『うん。でもそれだけじゃない。巨木から生まれたクローンは・・・毒を持っているの・・・・。』
「毒・・・?」
穏やかでないその言葉に、わずかに鼓動が速くなった。
『巨木のクローンは、人の心を惑わす毒を持っているの。その毒を受けた人間は、心に隙が出来て乗っ取られやすくなるわ。』
「それは・・・恐ろしいな・・・。」
『氷ノ山に立つ巨木のクローンは、自分こそが地球の生命の頂点だと思ってる。だからお父さんには、その巨木と、巨木から生まれたクローンをやっつけてほしいの。そうしないと・・・いつかこの地球はクローンだらけになっちゃうわ。』
ミリサは僕の手を握り、訴えかけるような目で見つめた。その目はとても力強く、本気でこの星のことを心配しているようだった・・・。
『私は人間が好きよ。不器用だし、時に悪さもするけど・・・それでも人間が好き。だから、お父さんに人間を守ってほしいの。でも一人で戦うには無理があるから、この子を育てればいいわ。』
「この花びらの少年をか・・・?」
『その子は私と同じで、オリジナルから生まれたクローン。だから、きっと人間の為に力を貸してくれると思う。その為に・・・ちょっと細工をしておくけどね。』
「細工って・・・いったい何をするつもりだ?」
そう尋ねると、ミリサは僕のポケットからハンカチを取り出し、赤い花びらをつまんだ。
『これは私の木から千切った花びらよ。これを・・・・こうするの!』
ミリサは赤い花びらをボケの木に押し付けた。すると花びらはジュワリと溶けて、木の中に吸い込まれていった。
『これでこのボケの木には、私の一部が宿った。だからこの木から樹液を採って肉体を作り、そこに少年を入れれば・・・きっと私に惹かれるはず。
いつかその子が大人になった時、私はその子の目の前に現れるわ。そうすれば、きっとその子は私のことを好きになるはずだから。そして・・・なんとかして戦いの道に乗せてみせる。無理矢理戦わされるこの子は可哀想だけど・・・・でも人間を守る為だから仕方ないわ。』
「ミリサ・・・・。」
ミリサはハンカチに残った少年の花びらをつまみ、そっとキスをした。
『この子が大人になって、私と再会した時・・・私はもうミリサじゃなくなってる・・・。その時は、この子の思い描く理想の女性の姿になってるはずよ・・・。』
ミリサは花びらを僕の手に返し、ボケの木に触れて目を瞑った。
『・・・お父さん・・・私は人間を守りたい・・・。だって、人間と出会うことで・・・新たな喜びを得られたんだから。』
「新たな喜び・・・?」
『私たちは・・・誰の目にも見えないし、誰の手にも触れられなかった・・・。でも人間と同化することで、触れあう喜びや、愛し合う幸せを知った。
だから・・・これからも人間には生き続けてほしい。いつか種族としての寿命を全うするまで、この星で生きていてほしいの・・・。』
ミリサは僕の方を見て小さく笑い、そしてゆっくりと消えていった。
「ミリサ!」
その瞬間、ミリサの触れていたボケの花が、大量の樹液に変わっていた。お椀のような、大きな赤い花びらに包まれて・・・。
「ミリサ・・・・。」
僕は膝をつき、樹液を見つめた。するとその中に何かが浮いていることに気づき、そっと掬い上げてみた。
「これは・・・・さっきのボケの木・・・・?」
それは、とても小さくて細い木だった。
『それはその少年の本体よ、大事に育ててあげて。そして時期が来たら、その木に触れさせてあげてほしいの。きっと全てを思い出すわ・・・・。その時、その少年は自分の進むべき道を選ぶはずだから・・・・。』
「ミリサ・・・・お前はもう・・・逝ってしまうのか・・・・?」
『ううん、私はまだ死なない。あの巨木を倒すまでは・・・絶対に死ねない。だから私に会いたくなったら、いつでもあの土手に来て。お父さんの意識を映して、姿を現すから・・・・。』
そう言って、ミリサの気配は消えた。
「ミリサ・・・僕は・・・僕はどうしたらいいんだ?いきなりこんな話を聞かされて・・・いったいどうすれば・・・・。」
細い木を握ったまま、しばらく途方に暮れていた。しかしいつまでもこうしていたところで、何かが変わるわけでもない。
「とりあえず・・・ミリサの言ったとおりにしてみるか・・・。この樹液を持って帰って、少年の花びらに肉体を与えてみよう。しかし・・・いったいどうやって樹液から肉体を作り出すんだ?・・・・まあ、それは土手に行ってミリサに聞いてみるか。」
僕は車に戻り、あの池を振り返ってみた。ついこの前ミリサと一緒にここへ来て、春の陽気を楽しんだばかりであった。
それが今ではミリサを失い、こんなにわけの分からない状況になっている。
これは現実なのか、そうでないのか・・・今の僕に判断することは難しかった。もしかしたら壮大な夢を見ているだけかもしれないし、頭がおかしくなって幻を見ているだけかもしれない。
「・・・・・まあいい・・・。夢であれ幻であれ、ミリサの頼みを断るわけにはいかない。きっと・・・きっとミリサの願いを叶えてやるさ。」
樹液がこぼれないようにシートベルトで固定し、細い木をそっと胸のポケットに挿した。
エンジンを掛け、ギアを入れて車が滑り出していく。
一瞬だけ振り返った池のほとりでは、ミリサの幻が手を振っていた。】

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