セカンド・コンタクト 第十話 ミリサと巨木

  • 2014.05.11 Sunday
  • 13:49
『ミリサと巨木』


DVDを見終わった俺は、車を停めてある小さな駐車場に戻っていた。
寂れた街に寂れた山が、心地の良い哀愁をもって心に流れ込んでくる。
DVDの内容は気が滅入るものだったが、この哀愁が少しだけ心を安らかにしてくれた。
「美波君・・・・飲むかい?」
おじさんが遠慮がちに缶コーヒーを差し出してくる。俺はそれを睨みつけ、手を伸ばして奪い取った。
プルタブを開けてコーヒーをすすり、タバコに火を付けて煙を吐き出した。
「・・・ピエロになった気分だよ・・・。どうやら俺は、あんたとミサに踊らされていたらしい。」
不機嫌そうに言うと、おじさんは口を開きかけて黙り込んだ。
「何か言えよ。」
「・・・そうだな・・・。すまない・・・としか・・・。」
「それだけか?」
「・・・これはミリサの意志なんだ。人間を守りたいという彼女の意志が・・・君を戦いの道へ引きずり込んだ。」
「なんだ?娘を言い訳に使うつもりか?」
「いや、そういうつもりじゃないんだ・・・。ただ・・・僕は彼女の意志を尊重してやりたかっただけだ。」
おじさんはベンチに腰掛け、手を組んで視線を落とした。
「あのDVDの続き・・・聞きたいかい?」
おじさんは遠慮がちに尋ねてくる。俺は彼を一瞥してから顔を背け、スチールの缶を握りつぶした。
「それも自分の為か?」
「なに・・・?」
「自分の知っていることを全て喋ることで、楽になろうとしているんだろう?」
「違う!僕はただ、君に真実を伝えようと・・・・・、」
おじさんはベンチから立ちあがって後ろに近づいてきた。俺は振り向きざまに彼の胸倉を掴み、思い切り殴り飛ばしてやった。
鍛えられた拳がおじさんの顎を打ち抜く。赤い血が飛び散り、よろけながら尻もちをついていた。
「どうだ?前よりいいパンチだろ?」
「・・・ああ、強くなってるよ・・・。もう素手じゃ敵いそうにない・・・。」
おじさんは口元の血を拭いながら立ちあがる。俺はすかさす拳を構え、彼の腹にボディブローをめり込ませた。
「がッ・・・・。」
「前にあんたにボディブローを食らった時、一撃で膝をつかされた。しかし今は逆だな。」
「・・・ああ、本当に強くなったよ・・・。」
おじさんは両手を上げて首を振り、あっさりと白旗を上げた。
「拳銃を使って反撃してもいいんだぞ?」
「いや・・・そんなことは出来ないよ・・・。」
「なぜだ?今まで二回も俺を撃ったじゃないか。」
「あれは君を傷つける為にやったんじゃない。」
「そうか・・・ならあんたは黙って殴られ続けるわけだ。」
俺はまたおじさんの胸倉を掴み、腹に一発お見舞いした。口から唾液が流れ、苦しそうにうずくまっていた。
「どうした?反撃しなくていいのか?俺はこのままあんたを殺すかもしれないぞ?」
「・・・いいや、君はそんなことは出来ない。ミリサが見込んだ男が・・・そう簡単に人を殺せるものか・・・。」
その言葉を聞き、俺は笑いを堪えきれずに吹き出した。
「はははは!そう簡単にだって?それは本気で言っているのか?」
俺は靴の先端でおじさんのこめかみを蹴り飛ばした。
「あがあッ!」
「なあ、あんた・・・。今の俺が・・・いったいどんな気持ちでいるか分かるか?」
そう言って、もう一発おじさんの顔を蹴り飛ばす。彼の鼻はボキリと曲がり、噴水のように鼻血が飛び出した。
「おごおッ・・・・・。」
「俺はな・・・・ただ普通の人間でいたかった。美波浩太の姿を借りたのは、人間として普通に生きたかったからだ。肉体を持ち、色んなものに触れて、色んなものを見たかった。ただそれだけでよかったんだ。それがどうだ・・・・あんたとミリサとやらが、俺をいいように利用したせいで、俺の人生は滅茶苦茶になった。」
おじさんの脇腹を思い切り蹴りつけると、短く悲鳴を上げてのたうち回った。
「それだけじゃない。あんな映像を見せられたせいで、俺は・・・・俺はもう・・・ミサを愛することが出来なくなってしまった。」
拳を下ろし、だらりと力を抜いた。そして目を瞑っておじさんに背を向けた。
「・・・美波君・・・・。」
「・・・ミサは・・・俺の全てだった・・・。彼女がいるから、俺は生きようとしたんだ・・・。
それなのに・・・それなのに・・・俺のミサに対する愛は、彼女が仕込んだものだったんだ・・・。俺が・・・自分でミサを好きになったわけじゃなかったんだ・・・。最初からそうなるように仕組まれていただけなんだ・・・。」
俺のミサに対する愛は・・・偽物だった。俺はただ、ミリサという女の仕掛けた罠に嵌っていただけだったのだ。
そしてその想いを逆手に取られ、都合のいいように操られていた。
「俺をクローンと戦わせたのは、力を付けさせる為だろう?多くの戦いを経験させて、巨木のクローンを倒す道具にするつもりだったんだ。」
「いや、そうじゃない・・・。ミリサは・・・ミリサは本当に君のことを大切に思っていたんだ。そうでなければ・・・君を選んだりはしなかった。ミリサは君に対して心を開いたから、君を選んだんよ。だから・・・ミサちゃんも一緒さ。彼女もきっと、君のことを本当に愛していたはずだ。」
おじさんは必死な声で語りかける。彼の言葉に嘘がないことは、俺も分かっている。しかし・・・・それでも許せなかった。
俺を利用したおじさんと彼の娘が・・・・。そして、何も知らずに騙されていた自分が・・・・。
「俺は・・・自分の未来を選択しなければならない・・・。あの映像を見て、自分の取るべき道が見えた・・・。」
頬に流れる熱いものを拭い、おじさんを振り返る。そして彼の懐から拳銃を奪い取った。
「・・・この銃で・・・終わらせなければいけない・・・。俺の人生を・・・。」
「よせ!死んでどうなるというんだ!」
手を伸ばしてきたおじさんを蹴り飛ばし、自分のこめかみに銃を突きつけた。
「俺には・・・もうミサを愛することは出来ない・・・。それなら・・・生きていても仕方がないんだ・・・。」
「馬鹿な真似はやめろ!ミサちゃんは本当に君のことを愛していたんだぞ!なぜなら・・・彼女は君の思い描いた理想の女性だからだ!だからミリサとミサちゃんは別人だ。ミリサが君を利用していたからといって、ミサちゃんが君を利用していたことにはならない!」
「・・・それはただの理屈だ。俺は・・・もうミサを愛せない・・・だから・・・ここで終わらせるんだ。」
引き金に指を掛け、グッと力を込める。その瞬間、おじさんの顔が絶望に変わった。
「さようなら・・・・おじさん・・・。」
「美波君!」
俺は目を閉じ、引き金を引こうとした。しかしその時、フラッシュバックのように頭に映像が浮かんだ。
《なんだ・・・・?なんだこの映像は・・・・?》
俺の頭の中に流れた映像、それは銃で自分の頭を撃ち抜く姿だった。
弾丸が頭がい骨を貫通し、血と肉が飛び散って倒れていく。そこへおじさんが駆けてきて、必死に俺の名前を叫んでいた。
《・・・これは・・・知っている・・・知っているぞ!この映像は・・・俺の記憶だ!》
俺は今、初めて自殺をしようとしている。それなのに、過去に自殺した記憶があるのはどういうことなのか?
銃で頭を撃ち抜いて倒れた俺を、おじさんが泣きながら抱きしめている。そして小さく口を動かし、こう呟いたのだ・・・。
『また・・・失敗だった・・・・・。』
映像はそこで途切れ、次の瞬間にこめかみに衝撃が走った。
途端に身体から力が抜け、目の前が真っ黒に染まっていく。どうやら俺は、銃の引き金を引いてしまったようだ・・・。
「美波君!」
おじさんが慌てて駆け寄ってきて、俺の名前を叫ぶ。暖かい何かが俺の頬に触れ、たらりと口元まで垂れていった。
《おじさんが・・・泣いているのか・・・?》
これではまるで、あの記憶の映像と一緒だ。案の定、おじさんは俺を抱きしめてこう呟いた。
『また・・・また失敗してしまった・・・。』
おじさんは俺を抱え上げ、車へと運んでいく。
《・・・やはり俺は知っている・・・。おじさんは俺を大学に連れて行き、もう一度俺を作り出すつもりなんだ。あの鉢植えのボケの木に意識を反映させて、また俺を作るつもりなんだ。そして新しい肉体を用意して、俺を入れる。きっと・・・きっと今まで、何度もそうやって俺を・・・・、》
そのことに気づいても、時はすでに遅かった。俺はこめかみを撃ち抜き、今にも死にそうになっていたからだ。
《こんなふうに死に直面するのは、あの事故の時以来だな。あの時も、ミリサという女性にこうやって抱えられて・・・・・、》
そう思った時、何かが心に引っ掛かった。
《あれ?そういえばあの事故の時、妙なことがあったよな?》
俺は死にゆく意識の中で、あの事故の時の奇妙な出来事を思い出していた。
《あの事故で死にかけた時、ミリサは俺の名前を叫んでいた。でもこれはおかしい。
だって・・・俺は彼女に名前を教えていないはずだから・・・・。》
あの池のほとりでミリサと会った時、俺は初恋に落ちた。しかしあまりの恥ずかしさの為に、名前すら言えなくてその場を後にしたのだ。
ならば、どうしてミリサは俺の名前を知っていたのだろう?あの池で会う以前に、彼女と出会ったことなどなかったはずなのに・・・・。
《理由はどうあれ、ミリサは俺の名前を知っていた。それはすなわち、あの池で会う以前から、俺のことを知っていたということだ。そしてあの時、ミリサのポケットから赤い花びらが落ちた。それは美波浩太の頬に触れ、彼の血を吸いこんだ。だから・・・俺が今ここにいるわけだ・・・・・、》
そこまで考えた時、ある不吉な考えが過った。
《・・・もし・・・もしあの事故が偶然じゃなかったとしたら?あれはミリサという女が、わざと起こした事故だったとしたら?》
それは何の証拠もないし、何の根拠もない考えだった。しかし・・・天啓のように閃いたのだ。
俺は今までの出来ごとを、順番に思い出してみた。
二十年前、家族で旅行に行き、楽しいひと時を過ごした。海を散歩し、旅館ではしゃぎ、遊園地で遊んだ。
そして次の日、あの池に行った。そこでおじさんとミリサに会い、ボケの花びらを渡した。
そのあと、高速道路で事故に遭った。ミリサの運転する車が、俺の乗る車を反対車線に押し出したのだ。そのせいでバスと衝突し、家族は死んだ。辛うじて美波浩太が生き残り、俺は彼の意識を受けて美波浩太の幻影となった。
その後、ミリサとおじさんの手によって肉体を与えられ、自分を美波浩太だと思い込んで生きてきた。
それから・・・あの土手でミサと出会ったんだ。彼女に惹かれて、俺たちは付き合いだした。ある日、ミサが土手の桜・・・、本当はボケの木だけど、それに触れて『氷ノ山へ連れていって』と言った。俺はミサを氷ノ山へ連れて行き、そこで彼女を失った。しかしあの時、ミサはこう言っていた。
『悪い奴がやって来る』と。
だから早く頂上を目指せと言っていた。そうしないと、俺がまた孤独の辛さを味わう羽目になるからと。
俺は頂上まで登り、そこでおじさんと再会し、そして・・・あの巨木のクローンに出会ったのだ。巨木のクローンは、ミサの声で語りかけてきた。そして俺に薬を渡し、全てのクローンを殺せば、ミサを復活させると約束してくれた。
その言葉を信じて戦ってきたけど、それは嘘だと知った。だから戦いの道から外れようとしたのだが、おじさんによって湖の魔境で戦わされた。
無事に魔境を抜け出した俺は、全てを思い出した。そしてここへ連れて来られて、あのDVDの映像を見せられた。
俺はショックのあまり拳銃で自殺を図り、おじさんは嘆いた。『また失敗だった』と・・・・。
こうやって思い返していくと、どうも引っ掛かることがある。
どこかの誰かが、何とかして俺を戦いの道に引きずり込み、ある目的の為に戦わせているようにしか思えないのだ。
そして・・・そのどこかの誰かとは・・・・おそらくミリサだと思う。
彼女は何故か俺の名前を知っていた。あの池で初めて会ったのに、どうしてか俺のことを知っていたのだ。
《あの池で会う以前に、どこかでミリサに会っているに違いないんだ・・・。そうでないと、彼女が俺の名前を知っていたことに説明がつかない。》
もう一度記憶を掘り起こし、あの池で会う以前に、ミリサに出会っていないか考えた。
《・・・・・・・・。》
《・・・・・・・・・・・・。》
《・・・・・・・・・・・・・・・。》
《・・・・ん?待てよ・・・・今すごく引っ掛かることがあった・・・。》
記憶を巻き戻し、子供の頃まで遡っていく。
二十年前のあの日、俺は家族と共に旅行に出かけた。車の中で弟とはしゃぎ、母に怒られた。そしてその後、海の傍に建つ旅館に泊まったのだ。旅館に着くと、仲居さんが部屋に案内してくれた。それは木の香りがする心地の良い部屋で、窓から海が見えた。俺はベランダに出て写真を撮り、それから・・・・・部屋に飾ってある花を見つけた。
あの時、俺は父に尋ねた。
『これって桜?』
すると父はこう答えた。
『いいや、これはボケの花だよ、綺麗だろ。』
それを聞いた俺は、『ボケっていうの?変な名前、カッチョ悪い』と笑った。
そして・・・ボケの花びらをむしったのだ・・・・。
《俺は・・・確かにあの時、ボケの花びらをむしった・・・。でもむしった花びらは、いったいどこへやったんだろう?ゴミ箱に捨てたのか?・・・いや、違うな。花びらをむしった後は母に怒られて、それから・・・・・・たしかポケットに突っこんだんだ。》
そこまで思い出した時、雷に打たれたように大事なことに気づいた。
《俺はその花びらをポケットに入れて、次の日も同じ服を着たんだ。だからあの池に行った時も、その花びらを持っていたはずだ・・・。
なのに・・・・あの花びらはなくなっていた。あの時俺のポケットにあったのは、池のほとりで千切った花びらだけだった・・・・。》
そこまで思い出した時、俺はおじさんに向かって手を伸ばしていた。
「おじさん、駄目だ!」
「美波君!生きていたのか?」
「俺は・・・まだ死んでいない・・・。きっと・・・弾丸が頭を逸れたんだと思う・・・。」
引き金を引く一瞬、自殺を図る俺の記憶が見えた。あの時、手から力が抜けて狙いが逸れたのだ。だから・・・弾丸は俺の頭を貫通していない。
ただこめかみをかすっただけだ。
「おじさん・・・もうやめないと・・・・。でないと・・・取り返しのつかないことになる・・・。」
「美波君・・・いったいどうしたんだ?」
おじさんは足を止め、俺を地面に寝かせた。
「取り返しのつかないことってどういうことだ?いや、それよりも・・・君が生きていたことの方に驚きだ・・・。」
「手から力が抜けて、狙いが逸れたんだ・・・。でも、今はそんなことはどうでもいい・・・・。
それよりも、おじさんに伝えたいことがある・・・。」
俺は身体を起こし、おじさんの肩を掴んだ。
「ミリサに利用されていたのは、俺だけじゃない。おじさんも・・・・彼女に利用されていたんだ・・・。」
「僕がミリサに・・・・?」
「今・・・はっきりと分かった・・・・。ミリサは、元々人間なんかじゃないってことが・・・・。」
「なんだって?ミリサが人間じゃないだって・・・・?」
おじさんは信じられないというふうに険しい顔を見せた。
「美波君・・・ミリサは正真正銘、僕の娘だよ。彼女は間違いなく人間だ。」
しかし、俺は首を振って言い返した。
「いいや・・・違う・・・。ミリサは人間じゃない。彼女の正体は・・・・あの巨木だ。」
「ミリサが・・・あの巨木だって?そんな馬鹿な・・・・、」
言いかける須田の言葉を遮り、俺は続けた。
「それだけじゃない。俺は・・・やっぱりまだ死ねない。なぜなら、おじさんが言った通り・・・ミサとミリサは別人だからだ。」
「そうだよ。ミリサとミサちゃんは別人だ。例えミリサが元になって生まれた存在だとしても、ミサちゃんは君の思い描いた・・・・、」
「違う、そうじゃない!」
俺は須田の肩を掴んで立ち上がり、彼を見下ろすようにして言った。
「ミサとミリサは、まったくの別人なんだ。あの二人は・・・別々のクローンなんだよ。」
「なんだって?」
おじさんは顔をしかめて聞き返す。きっと彼は俺の話を理解していない。しかし・・・おそらく俺の考えは当たっている。
「おじさん・・・。」
「なんだ?」
「おじさんは色んなところに顔が利くよな?斎場だったり、警察だったり。」
「ああ、それがどうかしたかい?」
「だったら、医療関係にも顔が利くか?」
「それはまあ、大学の同期に厚生省の役人がいるけど・・・・。」
「だったらそのコネを使って、すぐに確認を取ってくれ。おじさんの奥さんが、実は流産していたんじゃないかって。」
「なんだって?僕の妻が流産だって?」
おじさんの顔が一気に曇る。そして胸倉を掴む勢いで詰め寄ってきた。
「美波君、君はいったい・・・何を考えているんだ?」
「・・・とんでもなく馬鹿げたことさ。だからそれを確かめる為に、確認を取ってほしいんだ。おじさんの奥さんが流産をしていないかどうかを。」
「馬鹿な・・・・あり得ない・・・。僕は妻と一緒に病院にいたんだぞ。流産しているなら、その場で知っているはずだ。」
「じゃあ出産には立ち会ったか?」
「いや・・・病室の外で待っていたけど・・・・。」
「ならすぐに確認を取ってくれ。説明はその後でするから。ああ、それと・・・一つだけ確かなことがあるから、それは伝えておくよ。」
俺は拳を握り、自分の胸に当てて言った。
「遥か昔に宇宙から降り注いだ光は、この星でたくさんのクローンを作ったよな?」
「ああ、人間と同化する為にね。」
「・・・そのクローンを作り出した本体は、この俺だよ。」
その言葉を聞いたおじさんは、口を開けて固まっていた。
「もう一度言う。この俺こそが、クローンを生み出したオリジナルだ。」
おじさんはキツネにつままれたような顔で放心し、ヨロヨロとよろけてベンチに座り込んだ。


            *


おじさんが背中を向けてケータイを握っている。低い声で相槌を打ち、何度も小さく頷いていた。
「・・・ああ・・・そうか・・・分かったよ、手間を取らせて悪かったな。今度お礼をするよ。」
そう言ってケータイを切り、浮かない表情で俺の隣に座った。
「・・・美波君・・・君の言うとおりだったよ。妻は・・・流産していた・・・。」
「やっぱりか・・・。」
「僕の友達が・・・ミリサの産まれた病院に問い合わせてくれたんだ・・・。当時の医者はもういなかったけど、記録は残っていた。
でもその記録っていうのが・・・・あまりに現実離れしていたせいで表に出ることがなかったんだ。」
おじさんは頭を抱え、重い荷物でも背負わされたように身体を曲げた。
「ミリサは・・・産まれてきた時には死んでいたそうだ・・・。原因は分からないが、心臓が止まっていたと・・・・。」
「・・・それで?」
「医者たちは慌てたそうだよ、だって・・・出産に入る前までは生きていたんだから。
だからもしこのことが表に出たら、病院の側に原因があるんじゃないかと疑われることを恐れたんだ。医者たちがどうしようかと悩んんでいると、ミリサの死体に信じられないことが起きた。それは・・・・、」
「それは、一瞬で土に還ったんだろう?」
そう答えると、須田は驚いた顔で「なぜ分かった?」と呟いた。
「以前・・・図書館で子供のクローンに絵本を読んでやったことがある。」
「ああ・・・そういえばあったな・・・。僕が仕留めたんだ。」
「あのクローンは、死んだ人間を土に還す力を持っていた。ということは・・・あの子供を生み出した巨木のクローンにだって、同じ力があるはずだ。
そしてあの巨木の正体は・・・ミリサだ。ミリサは死んだ赤ん坊を一瞬で土に還し、自分がミリサに成りすました。そうだろ?」
「・・・ああ、その通りだよ。医者たちはいきなり現れた赤ん坊に驚いたようだけど、それは彼らにとって好都合だった。なぜなら・・・ミリサは流産していないことになるんだから。だから自分たちにあらぬ疑いをかけられて、責められる心配もなくなるわけだ。
医者たちはミリサが流産した事実を隠し、いきなり現れた謎の赤ん坊をミリサだということにした。」
「・・・その時・・・病院にボケの木が立っていたんじゃないか?」
「ああ、それも当たってるよ。あの病院には小さなボケの木が立っていたんだ。それも・・・ミリサの生まれた部屋の近くに・・・。」
おじさんは顔を上げて息をつき、疲れた表情を見せた。
「君の言うとおり・・・ミリサは人間じゃなかったんだ・・・。いや、それどころか・・・ミリサですらなかった。僕が今まで自分の娘だと思い込んでいたのは・・・ミリサとは別人だったんだ・・・。」
そう言っておじさんは俺の方を向き、深く頭を下げた。
「今・・・ようやく君の気持が分かったよ・・・。自分が真実だと思い込んでいたものが、実はまったくの偽物だった・・・。これは・・・実に堪える・・・・。」
「謝らなくてもいいさ。俺はもう怒っていないんだから。だって・・・おじさんだって、あの巨木に利用されていただけなんだから。」
「そう言ってもらえると救われるよ・・・。」
おじさんは疲れた表情で笑い、俺の目を見つめて尋ねてきた。
「でも・・・どうして君はこの事実に気づいたんだい?僕でさえ考えもしなかったことなのに・・・。」
「・・・俺は・・・あの池のほとりでミリサと会う前に、彼女と会っていたんだ。いや・・・この言い方は正確じゃないな。俺がオリジナルなんだから、ミリサは俺が生み出したことになる。だからあの旅館でボケの花に触れた時・・・あれは二度目の接触だったわけだ。」
「旅館・・・・?」
「あの家族旅行の時に泊まった旅館さ。あの旅館の部屋に、小さなボケの花が飾ってあったんだ。きっと・・・あれは巨木のクローンだったんだ。」
「そんな場所にまでミリサが・・・・。」
「ミリサはどこにでもいるさ。自分がこの星の生命の頂点に立つために、あちこちにクローンをばら撒いているんだから。俺はあの旅館で、ボケの花びらを千切った。きっとあの時・・・・毒に感染していたんだ。」
「毒・・・・?」
「ああ、人の心を惑わせる、クローンの毒さ。俺はあの時、ボケの花びらをポケットにしまったんだ。それなのに、次の日になると消えていた。きっと・・・あの花びらは俺の中に吸い込まれたんだ。そして毒に感染し、異常なまでにミリサに惹かれるようになった。
だから池のほとりでミリサに会った時、彼女に一目ぼれしてしまったんだ。まだ恋をするような年頃じゃなかったのに。」
「でも・・・ミリサはどうして君に・・・いや、美波浩太という少年に毒を?」
「それは・・・きっと浩太に惹かれたんじゃないかな?」
「ミリサが・・・?」
「ミリサは俺と同じだったのさ。美波浩太という少年に惹かれ、彼の心に住もうとしていたんだ。だから毒に感染させ、誘惑させた。
そして浩太が家に帰る途中、池のそばの道を通ることも予想していた。だからあそこに先回りして、浩太の身体を乗っ取ろうとしていたんだ。」
そう説明すると、おじさんは何かを思い出したように頷いた。
「あの日・・・本当ならあの池に行く予定はなかったんだ。けど・・・ミリサがどうしてもと言うから、あの池へ連れて行ったんだ。」
「そうさ。ミリサの予想通り、浩太は池に下りて来て、ミリサと出会った。しかし・・・ここで予想外のことが起きてしまったんだ。」
「予想外のこと・・・・?」
「あの池には・・・俺がいたってことさ。俺はあの場所で、ずっと自分に相応しい人間を待っていた。そして・・・浩太と出会った。
本当ならミリサが手に入れるはずだった浩太という少年を・・・俺が先に手に入れてしまったんだ。浩太が俺の木に触れた時、すでに同化は終わっていたからな。」
「触れただけで・・・・?」
「これでも俺はオリジナルさ。クローンみたいにまどろっこしい真似をしなくても、相手の心に入る術は持っている。」
「なるほど・・・クローンとは一味違うってわけだ。」
「でも・・・それがミリサの怒りを買ってしまった・・・。彼女は、なんとしても浩太の心と身体が欲しかったんだ。でも浩太の心には、すでに俺が住んでいる。
だから・・・殺した。事故に見せかけ、浩太を殺して、肉体だけでも手に入れようとしたんだ。」
「そこまでして浩太君の肉体を・・・・・。」
「本当なら・・・美波浩太も家族と一緒に死ぬはずだった。でも俺が守ったんだ。だから死なずにすんだ。そして・・・俺は美波浩太になることを決めた。
彼は命を取り留めたが、そう長くは生きられないと思ったからな。だから浩太の心と同化して・・・今の俺になった。俺は宇宙から降り注いだ光であり、美波浩太という人間でもあるんだ。」
そう・・・俺は人間だ。美波浩太という心を持った、正真正銘の人間なんだ。
ベンチから立ち上がり、拳を握って赤い花びらを浮かび上がらせた。
「今まで・・・ずっと美波浩太の意識の中に生きてきた・・・。しかし、俺は思い出した。
自分が誰なのか・・・どこからやって来たのか・・・。それが分かれば、もう薬なんていらない。あの力は・・・元々俺に宿っていたものなんだからな。」
俺はおじさんを振り向き、拳を下ろして言った。
「おじさんは樹液の肉体に俺を入れて復活させ、その後にあの巨木に会いに行ったんだろう?」
「ああ・・・ミリサにそうするように言われたからね・・・。」
「きっと・・・おじさんも毒に感染していたんだ。だからミリサにつけ込まれ、彼女の言いなりになっていた。でも・・・あれはミリサじゃない。おじさんの娘じゃないんだ。だったら、もう彼女の頼みをきく理由はないはずだ。」
そう言うと、須田はわずかに俯いて首を振った。
「・・・まだ迷いがあるが・・・君の言う通りだよ。あれはミリサじゃない。だったら・・・彼女の言葉をきく必要はないわけだ。」
「そうだよ、おじさんはこれ以上あの巨木に縛られる必要はない。だから・・・最後の戦いに挑まないといけないんだ。」
「・・・分かっている。ここまで来たら、あの巨木がなに企んでいたのかを理解したよ・・・・。浩太という少年を自分のものにし、そしてこの星の生命の頂点に君臨するつもりだったんだ。なんて・・・なんて身勝手な・・・・・・。」
おじさんも腰を上げ、車に向かって歩いていく。
「君が人間の肉体を得るために用意した最後の儀式。それは・・・美波浩太の肉体と戦うことだよ。彼の肉体は巨木の中に吸いこんである。しかし・・・それもミリサの用意した罠だったわけだ・・・。ミリサは君を殺し、美波浩太の心を手に入れて肉体に宿らせる。そうすれば美波浩太は復活するからね。あとは・・・巨木が浩太君の心の中に入れば、目的は達成される。」
おじさんは車に乗り込み、窓を開けて手招きをした。
「今から氷ノ山に行こう。そこでミリサが・・・いや、巨木が待っている。」
俺は頷き、彼の車に乗り込んだ。車はゆっくりと走り出し、寂れた街を遠ざかって行く。
「僕は・・・失敗をしてしまったな。」
おじさんは唐突に呟く。俺は「何がだ?」と尋ねた。
「あの事故の後・・・君を樹液の肉体に入れ、そのあとは病院に連れていったんだ。」
「俺の肉体が眠っていた病院だな?」
「ああ・・・その時、僕は過ちを犯した。一緒について来たミリサに、浩太君の肉体を渡してしまったんだよ・・・。」
「それもミリサの指示だったのか?」
「そうだ・・・。彼の身体をミリサに預け、君を病室のベッドに寝かせた。そして・・・そのことを知っているのは、僕とミリサだけだ。なぜなら・・・薬を使って時間を止め、その隙に入れ替えたんだから。」
「全部・・・・全部ミリサの指示なんだな。」
「ああ、そうだよ。」
「だったらおじさんは悪くない。黒幕はミリサなんだから。」
おじさんを励ますように、そっと肩を叩いた。
「いや・・・いくらミリサの指示とはいえ、僕は過ちを犯した。そのせいで・・・君の肉体は巨木の中に取り込まれている。今から・・・それを奪い返しに行くんだ。僕も出来る限りの協力はするよ。」
おじさんは車を走らせ、北に上って氷ノ山を目指して行く。
《俺には・・・まだ分からないことがある。それはミサのことだ。ミリサは大人になった俺の前に現れるはずだったのに・・・俺が出会ったのはミサだった。これはただの偶然か?それとも、もっと深い理由があるのか・・・・?》
拳に浮き上がった花びらを撫で、じっと考えてみる。しかし・・・・今はまだ分からない。
《あの鮎の見える橋の上で、クローンの男は言っていた。俺は・・・戦っている時が一番輝くタイプだと。もしそうだとするなら、あの巨木と戦うことで、全てが見えてくるかもしれない。》
あの巨木は、俺が最初に生み出したクローンだ。今から・・・そいつを殺しにいくことになる。
《あの巨木は・・・俺が持っていた醜い部分を受け継いでいるのかもしれない・・・。
俺はただ人間と一つになりたかっただけなのに・・・心のどこかで、人間を支配しようと思っていたのかもしれない。それは自分でも気づかないほど小さな欲望だけど、あの巨木はきっと・・・・そういう醜い部分を色濃く受け継いでいるんだ。》
ここへきて、俺は本当に自分の未来を選択することが出来た。
あの巨木を倒し、美波浩太の肉体を手に入れる。そして完全な人間となり、もう一度ミサと会う。
ミサは言っていた。まだ自分のクローンのクローンは残っていると。
ならば・・・それを使って、どうにかしてミサを復活させてみせる。そして・・・・彼女と共に、人間として人生を歩むのだ。
車は寂れた街を抜け、大きな国道に出た。流れゆく景色の中に、今までに戦ったクローンの顔が見えたような気がした。

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