セカンド・コンタクト 第十一話 ミサとの約束 

  • 2014.05.11 Sunday
  • 14:30
『ミサとの約束』


夏の山は青く茂っているものだ。木々はこれでもかと葉を茂らせ、来たるべき冬に備えて力を蓄える。
しかし・・・・ここは違った。氷ノ山の麓に来た俺たちは、山の異様な姿に言葉を失くしていた。
「これは・・・どういうことだ?木が枯れている・・・。」
命を謳歌しているはずの夏の山が、まるで真冬のように葉を落としていたのだ。
足元には茶色い葉が散らばり、木々は生気を失くして朽ち果てている。
「どうしてこんなことに・・・・?」
足元の葉を拾い上げると、須田はコーヒーを片手に口を開いた。
「きっと・・・これは幻さ・・・。」
「幻・・・?」
「この山自体が・・・・意識の世界に覆われているんだ。ほら、見てごらん。遠くに歩く人たちは、まったくこの異常な景色に気づいていない。」
おじさんは親水公園のそばにある旅館を指差した。そこには学生らしき男女が数人いて、楽しそうにワイワイとはしゃいでいた。
「みんなこの異様な景色に気づいていない。それに・・・この場所に入れるのは、僕たちだけのようだ。」
そう言いながら、今度は公園の入り口に視線を向けた。
若いカップルが登山ウェアを来てこちらに歩いてくるが、公園の入り口に入ったところで消えてしまった。
「なッ・・・消えたぞ!」
「きっと・・・あの場所が分かれ道になっているんだ。」
「分かれ道?」
「現実の世界と、意識の世界の分かれ道さ。いま僕らが立っているのは意識の世界なのさ。」
「・・・ということは・・・この景色は俺たちにしか見えていないということか?」
「ああ。そしてこんなことが出来るのは・・・・・、」
おじさんは山の上を見上げ、コーヒーを呷った。
「こんなことが出来るのは、ミリサ・・・いや、あの巨木くらいのものだろう。」
「・・・だとしたら・・・すごい力だな。山全体を意識の世界で覆うなんて・・・。」
「ははは、オリジナルの君が驚いてどうするのさ。あの巨木は君が生み出したんだろう?」
おじさんは可笑しそうに言い、近くのゴミ箱に缶を投げ捨てた。
「俺が巨木のクローンを生み出した時、多くの力を分け与えてしまったんだ。」
「どうしてそんなことを?」
「俺は・・・ただ人間と同化出来ればそれでよかったからな。だから不要なものは、あの巨木にあげてしまった。もし俺が人間と同化出来なかった時、あの巨木が俺の意志を継いでくれればいいと思って。」
「なんだよ、君もなかなかに身勝手じゃないか。こうなりゃみんな悪者だな。」
おじさんは意地悪そうに言い、ポケットから新しい缶コーヒーを取り出した。
「・・・いいや、一人だけ身勝手じゃない奴がいる。」
「へえ、それは誰だい?」
「ミサだよ。」
「ミサちゃんが・・・?」
俺はおじさんの横に並び、山の上を見上げた。
「あいつは・・・決して他人を振り回すような奴じゃなかった。小さなワガママはたくさんあったけど、どれも笑って許せる可愛いものさ。でも・・・俺やおじさん、そしてミリサのように、自分の為に他人を傷つける奴じゃないんだ。それは・・・恋人だった俺が一番よく知っている。」
「美波君・・・・。」
「ここまで来て多くの事が分かって来たけど、まだミサの事だけは分からない。あいつがクローンであるということ以外は、何一つ知らないんだ。ただ・・・あいつの正体には心当たりが・・・・・、いや、これは今言っても仕方ないか・・・。」
「彼女は・・・何も語らなかったのかい?自分のことを。」
「ああ、あいつは自分のことは嫌っていたからな。そしてミサの過去を知る奴はいたが・・・・おじさんが殺した。」
「僕が・・・・?」
おじさんは以外そうな顔で呟く。俺は指を向け、銃を撃つフリをして笑った。
「おじさんが殺しただろ、人間の肉体を持ったクローンを。斎場で焼いてもらったじゃないか。」
「ああ!彼のことか・・・・。」
「ミサの過去を知っていたのは彼だけだ。しかし・・・・もしかしたら・・・あの巨木なら・・・・。」
俺は拳を握り、花びらを強く浮かび上がらせた。それは血のように赤く染まっていき、わずかに熱を帯び始めた。
「俺には戦う理由がある。肉体を取り戻すこと、そしてミサのことを知ること。その為なら・・・たとえ俺が生み出したクローンであろうと・・・戦いを挑む。」
そう言うと、おじさんは俺の肩を叩いて歩き始めた。
「僕にだって戦う理由はあるよ。今までの愚行の罪滅ぼしさ。」
おじさんは振り向き、憂いのある顔で缶コーヒーを握りしめた。
「いくらミリ・・・、あの巨木に操られていたとはいえ、君を利用していたんだ。それに・・・多くのクローンを殺してしまった。だから・・・あの巨木を倒すことが、せめてもの罪滅ぼしさ。」
「・・・・そうだな。お互いに戦う理由はあるわけだ。」
俺はおじさんの背中を押しながら登山道に入り、枯れた木々を見上げた。
「早く行こう。この異様な景色は・・・きっと何かの前触れに違いない。放っておくと取り返しのつかないことになる気がするんだ。」
「僕も同感だよ。さっきから嫌な予感がビンビンしてるんだ。」
俺たちは並んで山を登り始めた。俺は花びらの力を、そして須田は薬の力を使い、頂上まで一気に駆け上がった。
枯れた木々は上に登るほど酷くなり、とうとう木の姿さえ見えなくなってしまった。
「みんな枯れ果ててしまっている・・・。まるで力を吸い取られているようだ。」
「実際に吸い取られているみたいだよ。ほら、これ。」
おじさんは枯れた木の根元に膝をつき、何かを拾い上げた。
「これは花びらだ。枯れて色を失くしているけど。」
「ああ、確かに花びらだな・・・。ということは、ここにもクローンが立っていたのか?」
そう尋ねると、おじさんは立ち上がって回りを見渡した。
「きっと・・・この山にある全ての木がクローンなんだ。」
「なんだって?これだけの木が全てクローン?」
「そうじゃないと、木が枯れている理由に説明がつかない。あの巨木はクローンの力を吸い取り、何かをしようとしているんだ。」
「自分が生み出した命を使ってまで・・・何かを企んでいるというのか・・・。」
「おそらく・・・枯れているのはこの山だけじゃない。きっと全てのクローンが、力を吸い取られているはずさ。」
おじさんは花びらを投げ捨て、一目散に走りだした。
「急ごう!もう立ち止まって話をしている暇はない。早く・・・早くあの巨木を仕留めないと。」
「分かっている。その為にここまで来たんだからな。」
俺とおじさんは険しい山道を駆け上った。岩を飛び越え、渓流を飛び越え、脇目もふらずに山頂を目指した。しかし、途中で足を止めた。
「どうした美波君?急がないとあの巨木が・・・、」
「分かってる。でもちょっと待ってくれ。」
俺が足を止めたのは、ミサが消えた場所だった。
「あの時・・・あいつはここで姿を消したんだ。だから・・・もしかしたら、ここにあいつのクローンのクローンが生えているかもしれない。」
目を凝らして辺りを見つめ、まだ生きている木がいないか探してみる。しかし何も見つからず、諦めて首を振った。
「駄目だな・・・。ここにはいないか。」
そう呟いて戻ろうとした時、ふと妙なものが目に入った。
「これは・・・なんでこんな所に・・・?」
俺の目に入ったもの、それは小さなツクシだった。
「どうしてこんな季節にツクシが・・・・。」
膝をついてツクシを見つめていると、おじさんが寄って来た。
「どうしたんだい?」
「いや・・・こんな所にツクシが・・・。」
「ツクシ?どれどれ。」
おじさんは腰を曲げ、眉を寄せてツクシを睨んだ。
「ああ、ほんとだね。これは間違いなくツクシだ。」
「でもツクシってのは春に生えるもんだろう?」
「ああ、ツクシは春に生えるものだよ。しかし・・・・こいつはちょっと妙だな・・・。」
おじさんは首を傾げながらツクシに触れた。
「何かおかしなところでもあるのか?」
「まず夏にツクシが生えているのはおかしい。それに・・・スギナが見当たらない。」
「スギナ?」
「ツクシっていうのは、スギナという植物が胞子を飛ばす為に生やすものなのさ。だからツクシの傍にはスギナが生えている。ほら、見たことあるだろう?ツクシの傍に、杉のような小さな雑草が生えているのを。」
「ああ・・・そういえば・・・。」
「ツクシとスギナは根っこで繋がっているのさ。ツクシは胞子を飛ばす為に、そしてスギナは光合成を行って栄養を蓄える為に生えてくる。
だからツクシは胞子茎と呼ばれ、スギナは栄養茎と呼ばれるんだ。まず最初にツクシが顔を出し、春の終わりには見られなくなる。
しかしスギナの方は、冬が来るまでは見ることが出来る。特に夏なんかになると、他の雑草と混じってそこらじゅうに生えているよ。だから農家にとっては、スギナは難防除雑草として嫌われていて・・・・、」
「ちょっと待ってくれ。ウンチクはもういいから・・・・。」
そう言うと、おじさんは「すまない・・・」と頭を掻いた。
「つい学者のクセが出てしまった。要するに、このツクシは色々とおかしいということだ。どれ、ちょっと根元を掘ってみようか。」
おじさんは指で土を掻き分け、顔を近づけて観察した。
「・・・なんだこりゃ?根が生えていないぞ・・・。」
「根っこがない?」
「こんなはずはない。根のない植物なんて、口を持たない人間と一緒だぞ。いったいどうやって生きているんだ?」
おじさんはらさに深く掘っていく。すると後ろから「やめて」と声が掛った。
《こ・・・この声は・・・・・、》
ゆっくりと後ろを振り向くと、そこにはミサが立っていた。
「ミサ!」
俺は彼女に駆け寄り、強く抱きしめた。
「よかった・・・また会えた・・・。」
「浩太・・・。」
ミサは一瞬だけ俺を抱きしめ、すぐに身体を離した。そしておじさんの手を掴み、ツクシを掘るのをやめさせた。
「やめて。私を掘り起こすのは。」
「ミサちゃん!これが君だって?」
おじさんは呆気に取られて固まっていた。
「このツクシは私なの。だから・・・このままにしておいて。もう少しで胞子が飛ぶから。」
「胞子が・・・・?いったい何を言っているんだ?」
ミサは黙って土を元に戻し、小さなにツクシに触れた。
「このツクシがないと、あの巨木の企みは止められない。」
「なんだって?あの巨木の企み?」
おじさんは顔をしかめて聞き返す。するとミサは山の上を見つめ、小さな声で語り出した。
「あの巨木は・・・もう限界なの・・・。」
俺とおじさんは顔を見合わせ、山の上を睨んだ。
「あの巨木は、自分の目的の為に力を使いすぎた。だから・・・もうすぐ寿命を迎えるわ。
その時に・・・大量のクローンをばら撒くはずよ。」
ミサは憂いのある顔で俯き、自分の手を握った。
「ミサ、いったいどういうことか詳しく聞かせてくれ。」
俺は彼女の横に立ち、背中にそっと手を置いた。
「浩太・・・・あの巨木の目的は、全ての人間と同化することよ。だから大量にクローンを飛ばして、強制的に人の心を乗っ取るつもりなの。
もしそんなことを許せば・・・この星は全てクローンで埋まってしまう。」
「それを防ぐのに、このツクシが関係あるのか?」
「・・・うん。もう少しすれば、このツクシから大量に胞子が出る。そして辺り一面ツクシだらけになるわ。そのツクシはまた胞子を飛ばして、さらにツクシを増やす。そして・・・そのツクシでもって、クローンが広がるのを防ぐの。」
「・・・たかがツクシにそんなことが出来るのか?」
「浩太・・・ツクシを侮っちゃ駄目よ。ツクシってね、とっても生命力が強いの。どこにでも生えているし、根を抜かない限りはすぐに伸びてくる。
だから私はこの植物を選んだ。ツクシと同化することで、どんどん胞子を飛ばすことが出来るから。そうすれば、巨木のクローンがばら撒かれるのを防ぐことが出来る。」
ミサは俺を見つめて笑い、そっと手を握ってきた。
「浩太・・・・私にはこれくらいしか出来ない。だから・・・浩太があの巨木をやっつけてきて。そうしないと・・・浩太はいつまで経っても人間になれない。」
「ミサ・・・・。」
「あの巨木には、浩太の身体が眠っている。だから・・・巨木をやっつけて、正真正銘の人間になって。それこそが・・・私の願い・・・・。」
ミサは身体を寄せ、そっと抱きついてきた。俺の胸に顔を埋め、長い髪を揺らしている。
「私は・・・浩太に生きていてほしい・・・。だって・・・私は浩太のことが好きだから。」
「ミサ・・・・。」
俺は彼女の髪に触れ、そっと上を向かせた。そして吸いこまれるような黒い瞳を見つめた。
「なあミサ。お前は・・・・いったい誰なんだ?俺はお前のことを愛しているけど・・・何も知らないんだ。だから教えてほしい。いったいお前が何者なのか?そして・・・どうして俺のことを好きになったのか?」
それは心の叫びだった。ミサを愛していると言いながら、彼女については何も語ることが出来ない。いつだって、ただただ『ミサ』と名前を呼んでいるだけだ。だから・・・俺は知りたい。ミサのことを、もっと知りたいんだ・・・。
じっと見つめていると、ミサはニコリと笑って「いいよ」と頷いた。そしてツクシの近くに腰をおろし、指でツンとつついた。
「私はね・・・本当は人間として生まれるはずだった。そこのおじさんの娘として。」
そう言って、ミサはおじさんを見つめた。
「僕の娘としてだって・・・・。それは・・・まさか・・・・。」
「そう、私がミリサ。あの時・・・病院で流産した赤ちゃんだよ。」
それを聞いたおじさんは、フラフラとよろけながら木にもたれかかった。
「そ、そんな・・・・ミサちゃんが・・・僕の娘・・・・。」
俺は黙って腕を組んでいた。もしかしたらそうなんじゃないかと思っていた。というより、それ以外に考えられなかった。きっとミサの家族もクローンだったのだろう。孤独を紛らわす為に、寄り添って暮らしていたに違いない。
「ビックリするよね、いきなりこんなこと言われたら。でも・・・これは本当のことなんだ。」
ミサはツクシを撫でて立ち上がり、おじさんに向かい合った。
「私はミリサとして産まれるはずだった。お母さんのお腹の中で、今か今かと外に出るのを待っていたの。そしていよいよ出産の時が近づいた時・・・・クローンが現れた。」
「クローンが・・・・。」
「私が生まれた病室の近くに、ボケの木が立っていたでしょ?あれは巨木が生み出したクローンなの。あのクローンは、ずっと私の肉体を狙っていたみたい。だから・・・出産の瞬間、私を殺しに来たわ。」
「なんだと!ミサを殺しにだって?」
俺は思わず声を荒げ、ミサに詰め寄っていた。
「浩太、顔が怖いよ。」
「ミサ、お前はクローンに殺されたっていうのか?あの・・・巨木のクローンに・・・・。」
「うん。」
ミサは何でもないことのように頷く。
「うんってお前・・・・そんなに簡単に頷くことかよ!」
「だって仕方ないもん、殺されたんだから。」
「・・・・・・・・・・・。」
「何?」
「いや・・・すまない、続けてくれ。」
俺は顔を逸らして続きを促した。
「出産の瞬間になって、私は殺された。小さな毒針みたいなのを撃ち込まれて死んじゃったんだよね。そしてクローンに身体を乗っ取られたの。一旦土に還してから、また作り直して奪ったみたい。」
「なんで作り直す必要があったんだ?」
「さあ?見た目が気に入らなかったんじゃない?」
「いや・・・そんな安易な理由なわけがないだろう。」
「そんなのあの巨木に聞いてよ。私は知らないもん。」
「・・・・・・・・・・・。」
「ふっふっふ。浩太、私を誰だと思ってるの?私はミサだよ?そんな細かいこと、いちいち知るわけないでしょ。」
「・・・胸を張って言うことか。」
この懐かしいやり取り。やっぱり・・・こいつはミサだ。正真正銘、本物のミサだ。
「どうしたの?ニヤニヤして。」
「いや、なんでもないよ。先を続けてくれ。」
ミサは頷き、話を続けた。
「私の身体はクローンに乗っ取られちゃったんだけど、心の方は無事だったのよね。」
「どうしてだ?」
そう尋ねると、ミサは俺を見つめて首を傾げた。
「それはね・・・浩太のおかげ。」
「俺の・・・?」
以外な答えに、俺は面喰って間抜けな面を晒してしまった。
「覚えてない?私が生まれる時、隣の部屋では浩太が産まれてたんだよ?」
「なんだって?俺が産まれていた・・・?」
「だって私と浩太は同い年でしょ?それに誕生日も一緒だし。」
「いや、どっちも聞いてないぞ。」
「あれ?そうだっけ?」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「ふっふっふ。甘いなあ、浩太は。私を誰だと思ってるの?私はミサよ。言い忘れなんていっぱいあるんだから。」
「・・・胸を張って言わなくてもいいよ。それで?どうして俺がお前の心を守ったんだ?」
そう尋ねると、ミサは表情を引き締めて俺の手を握った。
「私の心がクローンに奪われようとした時、浩太が赤い花びらを飛ばして守ってくれたの。」
「・・・なに?赤い花びらだって・・・?ちょっと待てよ、赤ちゃんだった俺に、そんな力があるわけが・・・・、」
そう言いかけた時、ミサは首を振った。
「あるよ、浩太にはあったの。」
「どうして?俺はまだ赤ん坊だし、花びらの力なんて持っていなかったんだぞ?」
「ううん、ちゃんと持っていたの。だって・・・・浩太の両親は、クローンと同化した人間だから。」
「俺の親が・・・クローンだって・・・・。」
衝撃的な事実に、一瞬思考が止まった。
「クローンじゃなくて、クローンと同化した人間ね。浩太の両親には、クローンの力が宿っていたの。浩太はそれを受け継いでいるから、最初から花びらの力を持っていたのよ。」
「そんな・・・・そんなことが・・・・・。」
俺はおじさんと同じように木にもたれかかり、目を瞑って頭を振った。
「そんな馬鹿な・・・。じゃあ何か?俺は最初から人間じゃなかったってことか?」
投げやりな口調で尋ねると、ミサは首を振った。
「そうじゃない、浩太は間違いなく人間よ。そして・・・クローンと人類から生まれた、初めての人間でもある。だからミリサは浩太に目を付けたのよ。」
「じゃ・・・じゃあなんで、俺が産まれたときに乗っ取らなかったんだよ!どうしてお前の方を選んだんだ?」
「それはすごく簡単な話よ。私の身体を乗っ取ったクローンは、もう寿命が近かったの。だから力も弱まっていた。花びらの力を持つ浩太を乗っ取るほど、強くはなかったってだけ。」
「・・・なんだよそりゃ・・・。」
俺は腰をおろし、地面に引っ張られるように項垂れた。
「・・・なんだか・・・よく分からなくなってきたよ、自分のことが・・・。真実だと信じていたものが、あまりにも裏切られ過ぎて・・・もう何がなんだか・・・・・。」
自分のこと、ミサのこと、そして両親のこと・・・・。全てが俺の知っていた真実とは違った。
誰もかれもがクローンだの巨木だのと・・・・もういい加減うんざりしてきた。
「・・・・健司は・・・?俺の弟も・・・・花びらの力を持っていたのか?」
「ううん、彼は普通の人間だよ。だって養子だもん。浩太が小さい時にもらわれてきたから覚えてないだろうけど。」
「・・・・そうか・・・健司は普通の人間か・・・・。それをきいて、ちょっとホッとしたよ。」
もし・・・もし俺の回りの人間が全てクローンだとしたら、それは耐えられない。誰もかれもがクローンだなんて・・・・そんなのは御免だった。
「浩太・・・・大丈夫?」
「・・・ああ・・・ちょっと堪えたけど、大丈夫さ。」
「じゃあ続きを話してもいい?」
ミサは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「・・・ああ、ここまで来たなら、全部聞かせてくれ。」
「うん。じゃあ私たちが産まれてからのことを話すね。」
ミサは少しだけ口調を和らげ、俺の隣に腰を下ろした。
「あのね、肉体を奪われた私は、しばらく浩太の心の中に住んでいたんだ。でもある時、私の心はクローンに取り込まれた。そのクローンはちょっと変わっていて、他のクローンを食べて寿命を延ばしていたの。」
「他のクローンを・・・・。それってまさか、あの男じゃ・・・・。」
「あの男?」
「鮎の見える橋の上で会った男だ。彼も他のクローンを食べて寿命を延ばしていると言っていた。それに・・・ミサのことを知っているようだった。あの男は・・・ミサのことを昔の恋人のように言っていたが・・・。」
そう言うと、ミサは盛大に吹き出した。
「あははは!私に元彼なんていないよ。浩太が初めての恋人。」
「いや、しかし・・・・・、」
「多分そのクローンの男の人は、私の知っている人じゃないよ。だってクローンを食べるクローンは、ごく稀にいるもの。」
「そうなのか?」
「きっとそのクローンの男は、浩太の心の中を読んだんだよ。そして上手いこと言ってどこかに連れて行って、肉体を乗っ取るつもりだったんだよ。」
「そんな・・・まさかあの男が・・・・。」
「クローンって基本的には大人しいんだけど、中には悪い奴もいるんだ。人の心を惑わせて、人間を乗っ取ろうとする奴が。浩太、そのクローンに乗っ取られなくてよかったね。」
ミサはポンポンと俺の肩を叩きながら笑った。
「じゃあ・・・あの時おじさんが男を撃たなかったら・・・俺は乗っ取られていたってことか・・・・。」
どうやら俺は、知らないうちにまた助けられていたらしい。それなのに、俺はおじさんに殴り、蹴り飛ばしてしまった・・・・。
「おじさん・・・すまない・・・。俺は・・・・、」
そう言っておじさんに謝ろうとした時、その姿が見えないことに気づいた。
「あれ?おじさんはどこ行ったんだ?」
おじさんは忽然と姿を消していた。さっきまで近くにいたのに、今はどこにも姿が見えなかった。
「おじさん!どこだ?」
大声で呼びかけても返事はなく、まさかとは思いつつ頂上を睨んだ。
「・・・おじさん・・・一人で行っちゃったのか・・・?」
呆然と頂上を見つめていると、ミサが肩を叩いてきた。
「あのおじさん・・・・ううん、お父さんは・・・浩太にこれ以上戦わせたくないみたい。」
「どういうことだ?」
「浩太が私の話に夢中になっている時に、一人でフラっと歩いて行っちゃったの。一瞬だけこっちを見て、口に指を当ててシーってしてたから。」
「そんな・・・・なんで言わないんだよ!」
思わずミサを怒鳴りつけてしまい、すぐに後悔した。
「いや、ごめん・・・ミサが悪いわけじゃないよな・・・。」
「いいよ、謝らなくても。それよりさ、私の話の続きを聞いて。」
ミサはクイクイと俺の袖を引っ張った。
「じゃあ頂上を目指しながら聞くよ。おじさんを放っておけないから。」
「ダメ。ここで聞いて。」
「どうして?歩きながらでいいだろう?」
「無理なの。私はここを動けないから。それに・・・私のことを聞きたいって言ったのは浩太だよ。」
ミサは真剣な目で訴えかけてくる。俺はその視線に射抜かれ、仕方なしに頷いた。
「分かった・・・。でもあまり時間がないんだ。」
「うん。」
ミサは小さく微笑み、俺の手を握って話を続けた。
「さっき言った、私を取り込んだクローンっていうのが・・・あの巨木なの。」
「なんだって?あの巨木が?」
「なんかねえ・・・複雑だよね。せっかく浩太に守ってもらったのに、結局あの巨木に取り込まれちゃってさ。浩太の心から抜け出してフラフラしてたら、他のクローンに捕まってここへ連れて来られたんだよね。そして・・・パクっと一口でね。」
「・・・・よく生きてたな。」
「ふっふっふ。こう見えても私、悪運はいいんだよ。巨木に飲み込まれたのに、なぜか吸収されなかったんだよね。でもそのおかげで、あの巨木の考えていることが分かったってわけ。だから何としても浩太を守らないとと思って、必死こいて逃げ出したんだ。
そしてあの土手に先回りをしておいて、浩太に出会ったわけ。以上、話は終わり。」
ミサは握った手をブンブンと振り、ニコニコと笑った。
「ねえ浩太・・・。」
「なんだ?」
「ずいぶん冷静じゃない?」
「もう何を聞いても驚かないよ。それに・・・こうしてまたお前に会うことが出来た。それだけで満足さ。あとはあの巨木を倒して、どうにかしてお前を復活させる。そうなりゃ全てはハッピーエンドだ。」
俺はミサの手を握り返し、そっと抱きしめた。
「待っていてくれよ、ミサ。もう少し・・・もう少しで・・・また元通りになるから。そうしたら、また二人でどこかに出かけよう。そして・・・いつまでも俺の傍にいてほしい。お互い人間になって、死ぬまで一緒にいたいんだ。」
俺は素直な自分の気持ちを打ち明けた。しかし・・・ミサは何も答えなかった。
「・・・ごめん、いきなりポロポーズなんて、ちょっと引いたか?」
「・・・ううん、そんなことない。すごく嬉しいよ。」
「そのわりには浮かない顔をしているじゃないか。やっぱり・・・全てが終わったあとで言えばよかったかな?」
照れながら頭を掻くと、ミサは顔を隠すように俯いた。
「・・・ミサ?」
「・・・・・・・・・・・。」
ミサの肩は小さく震えていた。そして俺の背中に手を回し、痛いほど爪を立てて抱きついてきた。
「浩太・・・・私も浩太のこと好きだし、ずっと一緒にいたい・・・。」
「ミサ・・・。ずっと一緒にいられるよ。俺がお前を人間にしてやる、必ずそうすると約束するよ。だから・・・泣かないでくれ。何も心配することはないんだから。」
そっとミサの背中を撫で、安心させるように頭を包みこんだ。
「大丈夫、心配ない。きっと全てが上手くいく。だって・・・俺たちは散々辛い目に遭ってきたんだから。だからここらで幸せにならないと、不公平ってもんだろ?」
ミサの涙を拭い、頬を包みこんで笑いかけた。彼女の目は潤んでいる。それは涙のせいだけではなく、心から溢れる悲しみのように思えた。
「そんな目をするな。俺はいつだってお前の傍にいるし、何があっても守ってみせる。その想いだけを胸に戦ってきたんだから・・・俺を信じてくれ。」
「・・・・・・・・・・・。」
ミサは何も答えず、また俯いてしまった。
「・・・もう行かなきゃ。おじさんを一人で行かせるわけにはいかないから。それに・・・・あの巨木を放っておくわけにはいかない。だから・・・ここで待っていてくれ。必ず・・・必ず戻って来るから。」
ミサの顔を上げさせ、そっと唇を重ねた。久しぶりのキスの感触は、情熱と安らぎの火を灯してくれた。
「それじゃ・・・・。」
ミサの頭を撫で、名残惜しさを感じながら身体を離した。
「浩太・・・好き・・・好きだよ・・・・。」
「ああ、俺もお前が好きだ。全てを終えて、二人で新しい人生を歩こう。」
小さく手を振り、おじさんを追って山道を駆け上がって行く。そして途中で振り返ると、ミサの姿は消えていた。
「ツクシに戻ったのか・・・。ミサ、俺はきっと戻って来る。何があっても必ずだ。」
踵を返し、再び山を駆け上がった。今は・・・ミサのことは胸の奥にしまっておこう。戦いに余計な感情を持ちこむと、絶対に良い結果は訪れないのだから。
それは今までのクローンとの戦いで経験済みだし、そして何より・・・この燃えるような熱い心に身を委ねる必要があるからだ。
《あの湖面の魔境の時のように・・・もっと熱くならないといけない。俺自身が花びらのように赤く染まらなければ、きっとあの巨木は倒せない。だから・・・もっと、もっと熱をくれ!この身を焼き尽くすほどの・・・・耐えがたい熱を・・・・。》
もはや薬は必要ない。この心を戦いに委ねるだけで、いくらでも力が湧いてくるのだから。
身を焼き尽くす熱に晒されながら、最後の戦いが待つ山頂を目指す。やがて身体は赤く染まり、超人的な身体能力を発揮して一気に頂上にたどり着いた。
そして・・・そこにはあの巨木が待っていた。その姿を見た途端、喜びとも怒りともつかない感情が湧き上がり、身体はさらに赤く染まっていった。
やはり・・・俺は戦いの時にこそ最も輝く人種だと感じた。そして、そういう人種であることを最後にしなければと思った。
この戦いの先には、ミサとの平穏な暮らしが待っているのだから・・・。

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