セカンド・コンタクト 第十二話 エンドレスの記憶(1)

  • 2014.05.11 Sunday
  • 14:35
『エンドレスの記憶』


夏の山に雪が降っている。まるで真冬のように、ヒラヒラと白い雪が舞っている。
雪は深く降り積もり、大地を覆い隠していく。季節を無視した異様な光景に、俺は思わず息を飲んだ。
「この雪は・・・あの巨木が降らせているのか・・・?」
目の前には巨人のような大木がそびえていて、圧倒的な迫力で俺を見下ろしていた。
《浩太・・・来ると思っていたわ・・・・。》
巨木の中からミリサが現れて、ヒラヒラと舞う雪に手を向けた。
「綺麗でしょ・・・これ。」
「・・・いや、夏に雪なんて不気味だよ。これはお前の仕業か?」
そう尋ねると、ミリサはクスクスと笑った。
「これは雪じゃないわ、よく見て。」
ミリサは手に乗せた雪をフッと吹いた。その雪はユラリと舞って俺の方へ飛んでくる。
「これは・・・花びらか?」
「そう、これは色を失くした花びらよ。まるで雪みたいでしょ。」
ミリサは花びらを握りつぶし、後ろにそびえる巨木を見上げた。
「もうそろそろ・・・・私も寿命だわ・・・。見て、全ての花びらが枯れようとしている・・・。」
巨木は無数に枝分かれしていて、色を失くした花びらを散らしている。それはとても幻想的で、そして切ない光景だった。
「綺麗よね、命が燃え尽きる瞬間って・・・・。」
ミリサは一瞬だけ俺の方を振り向き、ニコリと微笑んだ。そして巨木の中に手を突っ込み、一人の少年を引きずり出した。
その少年は死神のように真っ白な顔をしていて、人間なのかマネキンなのか分からないほど無機質な表情をしていた。
「その少年は・・・まさか・・・。」
「そう、浩太の肉体。見た目は少し変わっちゃったけど、あの時の面影を残しているでしょ?」
ミリサは少年を後ろから抱きしめ、愛おしそうに頬ずりをした。
「ああ・・・可哀想な浩太・・・。いくら肉体があったって、心がなければ意味なんてないのに・・・。」
「おい、俺の身体に気易く触るな!」
「いいえ、この肉体は私のものよ。だって・・・長い長い間一緒にいたんだから。今ではお互いに愛し合っているんだもの、ねえ?」
ミリサは少年を抱き上げ、まるで自分の子供のように胸に埋めた。
「馬鹿なこと言うな。誰がお前なんかと愛し合うものか。俺を騙し、おじさんを操り、大勢のクローンまで犠牲にしたクセに・・・。俺は断じて、お前を好きになったりはしない!」
拳を握って叫ぶと、ミリサは肩を揺らして笑った。
「私はあなたに言ってるんじゃなくて、この子に言ってるのよ。」
「同じことだ。その肉体は俺のものなんだからな。」
射抜くように指を突きつけ、拳を握ってミリサに詰め寄った。
「今日・・・俺はお前を倒しにきた。俺にとって大事なものを取り返す為、そしてクローンの拡散を防ぐ為に。」
「私と戦うっていうの?」
ミリサは背を向け、長い黒髪を揺らして呟いた。
「大人しく降参しろと言ったって、お前が頷くわけがないだろう?だったら・・・この拳で殺すしかない!でもその前に・・・・一つ聞きたいことがある。」
「なあに?」
「おじさんはどこだ?俺を置いて一人でここへ来たはずだ。」
「・・・・・・・・・・・。」
ミリサは何も答えず、俺の肉体を抱えたまま巨木に歩いて行った。
「おい、質問に答えろ!おじさんはどこにいる?」
命令的に質問を投げかけると、ミリサは俺の肉体を抱いたまま振り返った。
「ふふふ。そんなに心配しなくても、ちゃんと会わせてあげるわよ。」
「・・・会わせるだって?ということは・・・やはりここにいるんだな?」
「ええ、拳銃を構えて私を殺しにやって来たわ。だから・・・・私は反撃した。」
「反撃・・・だと?いったい何をした?」
降り積もった花びらを蹴り分け、ミリサに近づいて手を伸ばした。するとその瞬間、彼女は薄く微笑みながら巨木の中に消えていった。
「おい!おじさんに何をしたんだ!」
《あの男がどうなったか・・・自分の目で確かめればいいわ。》
ミリサは笑いながら言い、巨木をドクンと波打たせた。次の瞬間、背後に気配を感じて振り向くと・・・そこにはおじさんがいた。
「おじさん!」
慌てて駆け寄ろうとしたが、異変に気づいて足を止めた。
「・・・おじさん・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
おじさんは拳銃を握ったまま動かない。いや・・・正確には動けなかった。なぜなら・・・おじさんの身体は、まるで木のように固まっていたからだ。
顔の半分に木目模様が浮かび、手足から枝が生えて花を咲かせている。
「おいミリサ!これはどういうことだ!おじさんに何をした?」
《クローンと同化させたのよ、無理矢理身体に入り込んでね。今は自分が誰だか分かっていないわ。》
「そんな・・・なんてことを・・・・。」
俺は巨木を睨み、そしておじさんに歩み寄った。
「おじさん・・・分かるか、浩太だよ・・・。」
そっと手を触れてみると、おじさんは息をしていなかった。その代わり、身体からミシミシと枝が伸びてきて、その先端に実をならせた。
「なんだ・・・この実は・・・?」
実は気持ちの悪い模様をしていた。アケビのような形の中に、黒い粒々が浮かんでいる。手を伸ばしてその粒に触れてみると、パラパラと地面に落ちていった。
「これは・・・何かの種か?」
息を飲んで様子を窺っていると、黒い種は瞬く間に根を伸ばし、そして凄まじい速さで成長していった。
「これは・・・・おじさんが生えてきているのか・・・?」
《そうよ、その男がいくつも生えてきているの。面白いでしょ?同じ人間が何人も産まれるなんて。」
「馬鹿なことを言うな!すぐにやめさせろ!」
《どうして?浩太の大切なおじさんが、何人も産まれてくるのよ。喜べばいいじゃない。》
「そんなことが出来るか!同じ人間を何人も作り出すなんて・・・そんなことが許されるはずがない!」
巨木に向かって拳を向けると、また笑い声が返ってきた。
《だったら殺せばいいわ。》
「なに・・・?」
《無駄な分のおじさんは全部殺して、オリジナルだけ残しておけばいい。そうしたら、気が向いた時にまたクローンが作れるから。便利でしょ?》
「お前・・・・・・、」
ミリサの言葉は俺を怒らせた。身体はさらに熱を帯び、より赤く染まっていく。
「もういい・・・お前と話し合うことなどない。今すぐに死ね!」
拳を握って殴りかかろうとした瞬間、後ろから大勢のクローンが抱きついてきた。
「美波君!」
「おじさん・・・離してくれ!今はあの巨木を倒さないと!」
「駄目だ!そんなことをしたら・・・僕が消えてしまう!」
「なんだって・・・?おじさんが消える・・・・、」
そう聞き返した時、おじさんは俺の腕に噛みついてきた。
「何をするんだ!」
「君の・・・・君の身体を食わせてくれ!そうすれば、僕の寿命が延びるんだ・・・。」
「おじさん・・・・。」
おじさんの顔は恐怖に歪んでいた。それは死への恐怖、そして自分が消えることに対する恐怖だった。
「・・・・違うな、あんたらはおじさんじゃない。あの人が、こんなに醜く生に執着するものか!」
握った拳を振りおろし、おじさんのクローンを叩き潰していく。しかし黒い種がパラパラと落ちて、いくらでもクローンが湧いてきた。
「クソッ・・・切りがないな・・・・。」
ジリジリと後ずさると、背中に巨木がぶつかった。
《浩太、いくらクローンを殺しても無駄よ。本体を仕留めないと。》
「本体・・・・?」
《最初に現れたおじさんが本体よ。彼を仕留めない限り、いくらでもクローンは湧いてくるわ。》
「お前・・・・俺におじさんを殺させるつもりか?」
《それ以外に生き残る道はないわ。戦ってその男を消すのもいいし、黙って殺されるのもいいし。それは浩太の自由よ。》
ミリサは勝ち誇ったように笑い、白い花びらを舞わせた。
「・・・・また・・・またこんな卑劣な手段で・・・俺を追い詰めようというのか・・・・。」
握った拳に力を入れ、思い切り巨木を殴ろうとした。しかしその瞬間、目の前に俺の肉体が出てきて盾となった。
《殴りたいならどうぞ。でもこの子が死ねば、浩太は人間になれなくなる。それでもいいの?》
「・・・お前は・・・俺の心の中をお見通しってわけか・・・・・。」
拳を握ったまま固まっていると、おじさんのクローンがまた襲いかかってきた。身を守る為に応戦したが、やはりクローンは際限なく湧いてくる。
どうしたものかと困っていると、おじさんの本体が口を開いた。
「・・・美波君・・・・・。」
「おじさん!」
「・・・僕は・・・また失敗した・・・・。格好をつけて一人で来たら・・・このザマだ。もう・・・コーヒーを飲むことも出来ない。」
「大丈夫さ、また元に戻れる!」
「・・・・無理だ。僕はその巨木に戦いを挑み・・・そして負けた。今は・・・・ただの操り人形だよ。」
悲しそうにそう言って、木になってしまった身体を動かした。
「これ以上・・・・君の邪魔をすることは出来ない・・・。だから・・・僕を殺してくれ・・・。君の手で・・・・終わらせてほしいんだ・・・。」
「駄目だよ、そんなことを言ったら!だって・・・俺はまだ、おじさんに何の恩返しもしていないんだから!」
クローンを殴り飛ばし、おじさんの本体に近寄った。先ほどよりも樹木化は進んでいて、もはや口を動かすのも辛そうだった。
「おじさん・・・また元に戻れるさ。俺が・・・俺が必ずあの巨木を倒すから!だから諦めないでくれ!」
「・・・・うう・・・ああ・・・あ・・・・・。」
「せっかく娘に会えたんだぞ!あの巨木を倒せば、俺とミサと・・・・そしておじさんの三人で暮らせるんだ!だから俺を信じて・・・・、」
しかし俺が言い終える前に、おじさんはゆっくりと首を振った。
「・・・いいんだ・・・もう・・・いいんだよ・・・・。」
「いいって・・・・なにがいいって言うんだよ?なにもいいことなんかないじゃないか!」
おじさんおの肩を掴んで揺らすと、枝からヒラリと花びらが落ちた。
「美波君・・・・僕は・・・・幸せだよ・・・・。」
「幸せ・・・・?なんで?今にも死にそうなのに・・・・。」
おじさんはミシミシと鳴らして木の身体を動かし、ツクシの生える山の稜線を見つめた。
「病院に電話を掛けて・・・・ミリサが流産していたことを知った時・・・目の前が真っ暗になった・・・・。いったい・・・僕は今まで・・・何の為に戦ってきたんだろうって・・・・。
でも・・・そんな僕に・・・君が希望を与えてくれた・・・・。」
「俺が・・・・?」
「だって・・・・ミサちゃんに会わせてくれたじゃないか・・・。僕の・・・本物の娘に・・・。」
「あれは俺のおかげなんかじゃないよ。たまたまあの場所にミサがいただけで・・・・、」
そう言うと、おじさんは苦しそうに首を振った。
「いや・・・・そんなことはないよ・・・。君が・・・君が僕をミサちゃんに導いてくれたんだ・・・。僕は・・・最後の最後で・・・・本物の娘に会うことが出来た・・・・。こんなに嬉しいことはないよ・・・。」
おじさんの目から、樹液の涙がこぼれ落ちる。その樹液を求めて、ワラワラとクローンどもが集まって来た。
「おじさんに触るな!この偽物どもが!」
拳を振ってクローンを叩きのめし、おじさんを守るように立ちはだかった。
「・・・美波君・・・・。君は・・・信じないかもしれないけど・・・・僕は君のことを・・・本当の息子のように思っていたんだ・・・。
妻と娘を失くし・・・・一人ぼっちだった僕にとって・・・君だけが生きがいだった・・・・。
だから・・・何としても・・・・君には生き延びてほしい・・・。正真正銘の人間となって・・・ミサちゃんと一緒に・・・未来を歩いてほしいんだ・・・。」
おじさんはそう言って、自分で自分の身体を毟った。割れた皮膚から大量の樹液が流れ、魑魅魍魎のようにクローンが集まってくる。
「寄るなって言ってんだろうが!」
いくら拳を振っても、流れ出る樹液に惹かれてクローンが群がってくる。そして遂には俺を突き飛ばし、おじさんを貪り始めた。
「おじさん!」
慌てて助けようとすると、おじさんは「これでいい」と言った。
「これが・・・これが僕の生み出した業だよ・・・。身勝手でワガママな僕には・・・・ピッタリの最後さ・・・。」
「そんな・・・おじさんは身勝手なんかじゃ・・・・、」
「いいや・・・僕は身勝手だよ・・・・。妻と娘を失った真実から目を逸らし、偽りの真実に浸っていたんだ・・・・。そのせいで・・・・たくさんの命を傷つけてきた・・・。だから・・・こでれいいのさ・・・・。」
おじさんは目を閉じ、クローンどもに身体を差し出した。溢れる樹液はクローンに吸い取られ、おじさんの身体が枯れていく・・・・。
「美波君・・・・君にはまだ・・・・最後の戦いが残っている・・・。あの巨木を倒して・・・・ミサちゃんとの未来を掴むんだ・・・。」
「・・・おじさん・・・。」
俺は堪らなくなって俯き、自分の頭を掻きむしった。クローンどもを叩き潰しておじさんを助けることは出来る。しかし・・・きっとおじさんはそれを望んでいないだろう。
なぜなら・・・おじさんの顔は、もう楽になりたいと言っていたからだ。
「・・・不思議だ・・・・もうじき死ぬってのに・・・全然怖くない・・・。もう・・・これで終わりに出来るのかと思うと・・・・安らぎさえ覚えてくる・・・。」
おじさんの顔は、実に穏やかだった。目を閉じ、全身で喜びを感じているようだった。
「・・・一つ残念なことがあるとしたら・・・・君たちの未来を見られないことだ・・・・。
僕は・・・・この目で見たかったな・・・・。君と・・・ミサちゃんの晴れ姿を・・・・。そして・・・・二人の子供を・・・・この腕に・・・・抱きたかっ・・・・・た・・・・・・・。」
「おじさん!」
おじさんは消えた・・・。クローンどもに食いつくされ、跡形もなく消え去った。
「てめら・・・・いつまでも群がってんじゃねえよおおおおお!」
胸の中に、灼熱のような怒りが沸き起こる。花びらの拳は赤黒く染まり、金色の花粉を纏って渦を巻いた。
俺はその拳を構え、クローンどもに向かって走り出した。そして・・・・全ての怒りをぶつけるように、拳を振り下ろした。
おじさんに群がっていたクローンに拳が触れると、一気に花粉が舞い上がった。そして蟻地獄のように渦を巻いて、クローンを土の中へと消し去っていった。
「・・・おじさん・・・・ごめん・・・。たくさん助けてもらったのに・・・・何も恩を返せなかった・・・・・。」
無力な自分の手を見つめ、がっくりと膝をついた。頭を抱えて地面に突っ伏し、恥ずかしげもなく声を上げて泣いた。
しかし・・・今は泣いている場合ではないことを、すぐに思い知らされた。なぜなら・・・あの巨木の寿命が、すぐそこまで迫っていたからだ。
全ての花びらを散らし、枝が枯れ落ち、そして太い幹には亀裂が走っている。
「・・・分かってる・・・・。お前はこのまま死なないんだろう?大量のクローンをばら撒いて・・・・この星を自分で埋め尽くすつもりなんだ・・・。そんなこと・・・・そんなことをさせてたまるか!」
再び拳に花粉を纏わせ、巨木に殴りかかった。硬い音が響いて巨木は割れ、それと同時に大量の樹液が空に飛び散っていく・・・・。
「まずい!あの樹液がクローンか!」
樹液を止めようと思って拳を構えたが、もはやどうすることも出来なかった。大量の樹液は稲妻のように炸裂し、四方八方へ飛び散っていく。
「くそッ・・・・なんてこった・・・・。」
このまま樹液が飛び散れば、それこそ巨木の思うツボだ。かといって、俺に樹液の拡散を防ぐ術はない。
歯がゆい思いを抱きながら、ただ樹液が広がるのを見ているしかなかった・・・。

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