セカンド・コンタクト 第十二話 エンドレスの記憶(2)

  • 2014.05.11 Sunday
  • 14:36
巨木から大量の樹液がばら撒かれている。もしあれがこの星に広がれば、大量のクローンが生まれ、人間の心を乗っ取られてしまう。
「クソッ・・・・どうすりゃいいんだ・・・・。」
歯がゆい思いでと見上げていると、風に乗ってどこからか花粉が飛んできた。
「なんだこりゃ・・・・?どうして花粉が・・・・。」
不思議に思って見つめていると、それが花粉ではないことに気づいた。
「違う・・・これは花粉よりもっと小さい・・・・。」
そう思った時、俺は山の稜線を振り返った。
「これは・・・・胞子だ!ミサの飛ばした胞子に違いない!」
ミサは言っていた。ツクシの胞子を飛ばして、巨木のクローンの拡散を防ぐと。
「あいつ・・・・やってくれたんだ。ツクシを増やして・・・・あの樹液を止めてくれるつもりなんだ・・・。」
風に撒かれた胞子は、空高くに舞い上がって樹液に吸い込まれる。すると胞子を吸い込んだ樹液は、勢いをなくしてポタポタと落ちてきた。
ミサのおかげで樹液の拡散は防がれ、クローンがこの星を埋め尽くすことはなくなった。
俺は喜んでガッツポーズを取り、ヒビ割れた巨木を睨んだ。
「見たか!お前の思い通りにはいかないぞ。潔く諦めて、俺の拳で塵に還れ!」
全ての力を右の拳に溜め、黄金色に輝く花粉を纏わせた。そして・・・・大地を蹴って、渾身の力で殴りつけた。
地震のような重たい音が響き、巨木のヒビがクモの巣のように広がっていく。それに耐えられなくなった巨木は、内側から弾けるように砕け散った。
破片となった巨木は無数の花びらに変わり、季節外れの桜吹雪を舞い散らす。
それはブリザードのように激しく吹き荒れ、地面に落ちた樹液に吸い込まれていった。
《・・・・よくも・・・・よくも邪魔を・・・・・・。あんたあ・・・・・許さない!》
樹液はムクムクと人の形に変わり、やがてミリサの姿へと変貌した。
《もう・・・私はお終いよ・・・。でも、まだ希望が残っている・・・・。それだけは・・・・それだけは絶対に傷つけさせない!》
「強がりを言うな。もうお前に希望などない!片っ端から叩き潰してやる!」
《やってみろ!この根暗男がああああああ!》
大勢のミリサが雄叫びを上げ、髪を振り乱して襲いかかってきた。その表情は般若のように歪んでいて、もはや俺を殺すことしか考えていないようだった。
「いいさ・・・・最後の戦いだ・・・。もう何の迷いもないし、何の恐れもない。全員派手に散れ!」
襲いかかって来るミリサに、花びらの拳で迎え撃った。ミリサは一撃で砕け散り、悲鳴を上げて死んでいく。
しかし弾けた身体から白い花びらが放たれ、紙吹雪のように襲いかかってきた。
それに触れた俺の腕が、色を失くして枯れていく。
「なんだこれは・・・・。」
枯れ木になった左腕を見つめていると、ミリサは次々に襲いかかってきた。
俺はミリサの手をかわし、背後に回って拳を振るう。しかしさっきと同じように、砕けたミリサからまた白い花びらが放たれた。
「くそッ・・・・なんだこの厄介な攻撃は・・・。」
後ろへ飛んで白い花びらをかわし、ミリサたち睨みつける。
「どうしたの?私を殺すんでしょ?早くやったら?」
ミリサたち可笑しそうにケラケラと笑い、蟻の群れのように次々と襲いかかってくる。
「くそ・・・・。下手に攻撃出来ない・・・。」
はっきり言って、一人一人のミリサは強くない。しかし下手に倒せば白い花びらをばら撒かれ、俺の身体が朽ちてしまう。
成すすべなく追い込まれ、遂には回りを囲まれてしまった。
「浩太・・・あなたは強くなった。でも私の大切なものは渡せない。」
「お前の大切なものだと・・・?」
「決まってるでしょ?あの少年よ。あれだけは・・・なんとしても渡せないわ。だって・・・・あの子を失ったら、私は一人ぼっちになってしまう。」
ミリサの顔から笑顔が消え、孤独の恐怖に怯えていく。
「私は・・・ずっとこの場所に一人で立っていた。長い長い間・・・・ずっと一人ぼっちだったわ。あなたが私を生み出したクセに・・・・私をほったらかしてどこかへ行ってしまったから。」
「・・・それは・・・すまないと思っているよ。でも俺がお前を生み出したのは、俺の意志を継いでほしかったからだ。もし俺が人間と同化するのに失敗した場合・・・お前に後を引き継いでほしかったから・・・・。」
そう言うと、ミリサたちは鬼の形相で怒り狂った。
「はあ?なにそれ?今さら調子のいいこと言ってんじゃないわよ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
「言っとくけどね、美波浩太に目を付けたのは私が先なのよ。それを・・・・それをあんたが横取りしたんでしょ!私をほったらかして一人ぼっちにしたクセに・・・自分だけちゃっかり欲しいものを手に入れやがって・・・・。」
「・・・・ミリサ・・・・。」
「今まで・・・今まで私がどんな気持ちでいたか分かるか!欲しいものは手に入らず、心を寄せられる相手は誰もいない!こんな誰もいない山の上で・・・・ただひたすら孤独に耐えてきた!それなのに・・・・あんたはまた私の邪魔をしようとしている!
絶対に許さないわ!あんたがオリジナルだってんなら、私の寂しさに責任を取れよおおおおおおお!」
ミリサたちは耳をつんざく高い雄叫びを上げ、一斉に飛びかかってきた。
「このままじゃ取り殺される・・・。もう・・・イチかバチかだ!」
拳に花粉を纏わせ、思い切り地面を殴りつけた。すると花粉は竜巻のように舞い上がり、地面に大きな渦が現れた。
飛びかかってきたミリサたちはその渦に飲み込まれ、手を伸ばしてもがいていた。
「いやあ!消えたくない!一人ぼっちのまま消えたくない!」
「・・・すまない・・・ミリサ・・・・。」
「助けてよ!あんたは私の親でしょ?娘を見殺しにする気か!」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ミリサの悲鳴は、どんな刃物よりも鋭く俺の心を抉った。しかしここで手を抜けば、ミリサはまた復活してくるだろう。
俺はもう一度地面を殴りつけ、大きな渦を作り出してミリサたちを飲み込ませていった。
「いやあ!死にたくない!消えたくないよおおおおお!」
「・・・すまない・・・許してくれ・・・・。」
大勢いたミリサのクローンは、瞬く間に花粉の渦に吸い込まれた。最後まで手を伸ばし、助けを求める悲鳴を響かせながら・・・・。
「・・・・ミリサ、お前の言うとおり、俺には責任がある。お前を生み出したクセに・・・何も与えてやることが出来なかった。でも・・・どうすることも出来ないんだ・・・。本当にすまない。」
目を閉じて頭を下げ、ミリサが消えた地面に手をついた。
「・・・・・ミリサ・・・お前のことは忘れない、ちゃんと覚えておくよ。」
俺は身勝手な親だった。自分で生み出した分身を、自分の都合で消してしまったのだから・・・・。しかし今は感傷に浸っている時ではない。まだ・・・・まだ最後の仕事が残っている。
立ち上がって後ろを振り向くと、朽ち果てた巨木の根っこが残っていた。まるで石膏のように白く固まり、一目で死んでいることが分かった。
「あそこに・・・俺の肉体があるはずだ・・・。」
白い花びらを踏みしめ、死した根元に近づいていく。辺りには巨木の破片が散らばっていて、瓦礫のように高く積っていた。
それを掻きわけ、俺の肉体を探していく。すると手に柔らかいものが触れ、そっと瓦礫を掻きわけてみた。
「・・・・あった・・・。無事だった・・・俺の身体・・・。」
まだ少年のまま時間を止めている俺の身体は、傷一つなく無事に残っていた。
そっと手を触れると、氷のように冷たかった。しかし鼓動は刻んでいて、まだ生きていることを感じた。
「よかった・・・。これで・・・これで俺は人間になれる・・・・。」
言葉に出来ない喜びが溢れ、嬉し涙がが頬を伝う。俺は自分の肉体を抱きかかえ、そっと胸に寄せた。
「・・・長いこと待たせたな・・・。ようやく・・・俺たちは一つになれる。離れ離れだった心と身体が、元に戻る時が来たんだ・・・。」
俺は拳にいくつもの赤い花びらを浮かび上がらせ、それを宙に舞わせた。その花びらは俺の心と肉体を包みこみ、再び一つに戻そうとしている。
長かった戦いもようやく終わる・・・。安堵と喜びが押し寄せ、力が抜けていった。
《おじさん・・・・俺はやったよ。あの巨木を倒して・・・肉体を取り戻したんだ。これも全部、おじさんが力を貸してくれたおかげだよ。》
心の中でおじさんに礼を言い、感謝の念を送った。しかし・・・・ふとあることを思い出した。
《・・・・待てよ?あの時、おじさんは確か・・・・・、》
俺は思い出す。あの寂れた山の駐車場で、おじさんが言っていた言葉を。
『君が人間の肉体を得るために用意した最後の儀式。それは・・・美波浩太の肉体と戦うことだよ。』
そうだ・・・確かにおじさんはそう言っていた。しかし・・・これはどう考えてもおかしい。どうして自分の肉体と戦う必要があるんだ?俺の最後の相手は、あの巨木じゃないのか?
疑問は胸の中で渦を巻き、やがて言いようのない悪い予感へと変わっていく。そして・・・・その悪い予感は的中した。
俺の腕の中で眠っていた少年が、突然目を開けたのだ。
「なッ・・・・なんでいきなり・・・・?」
驚きのあまり、思わず落としそうになる。
《・・・僕・・・?》
「な・・・・なに・・・?」
《・・・それ・・・・僕の心だよね・・・・?返してよ・・・・。》
少年は手を伸ばし、俺の胸を鷲掴みにしてきた。その力は強く、指が胸にめり込んでいく。
「ぐあッ・・・・、やめろ!」
《・・・返して・・・返してよ・・・・。僕の心と・・・お姉ちゃんを返して・・・・。》
「お・・・お姉ちゃん・・・?もしかして・・・ミリサのことか?」
《・・・お姉ちゃんは・・・・僕の大事な人だよ・・・・返してよ・・・・。》
少年の指は胸に突き刺さり、心臓を抉ろうとしてきた。
「よせ!」
少年を突き飛ばし、胸の痛みに膝をついた。
《・・・・・・いる・・・・。まだ・・・お姉ちゃんはいる・・・・。》
「なんだと・・・まだミリサが生き残っているのか・・・?」
《・・・お姉ちゃんの花粉が飛んでるもん・・・。まだ生きてるんだ・・・。》
そう言って少年が見上げたのは、ミサの飛ばした胞子だった。風に舞い、辺り一面に漂っている。
《・・・お姉ちゃん・・・。》
少年は俺を突き飛ばし、胞子に向かって手を伸ばす。すると赤い花びらが放たれ、ミサの胞子を絡め取っていった。
「やめろ!あれはミリサじゃない!お前のお姉ちゃんじゃないんだ!」
《・・・お姉ちゃん・・・一人ぼっちにしないで・・・。僕のところに戻って来てよ・・・。》
少年はまた赤い花びらを飛ばし、空中を舞う全ての胞子を絡め取っていく。そして、それを自分の手の中に集め、土の中に埋めていった。
「お前・・・・心がないのに・・・・どうしてそんな真似を・・・。」
立ち上がって少年に近づくと、首の後ろに赤い花びらが浮かんでいるのが見えた。
「これは・・・・俺の拳に浮かんでいる花びらとそっくりだ・・・。」
手を伸ばしてそれに触れてみると、小さく脈打っているのが分かった。
「これは・・・・知っているぞ・・・。俺はこの感じを知っている。これは・・・・クローンの鼓動だ・・・・。」
そう思った時、どうして俺の肉体がこんな真似をするのかが分かった。
「・・・お前には・・・心があるんだな。でもその心は本物じゃない。いわば・・・クローンだ。お前は他のクローンとは真逆の存在なんだな。本物の肉体と、偽物の心を持っているんだ・・・。」
きっと、この偽物の心はミリサが与えたものだろう。一人ぼっちの辛さを紛らわせる為に、仮初の精神を少年に宿したのだ。
「なんてことを・・・・。偽物の心を作り出して・・・・俺の肉体に入れるなんて・・・・。」
再び怒りが湧きあがり、身体に熱が戻ってくる。俺は少年の前に膝をつき、まっすぐに目を見つめた。
「俺は・・・お前の気持ちがよく分かるよ・・・。だって・・・誰だって偽物は嫌だもんな。偽物ってのは・・・どこまでいっても偽物なんだ。だから本物に憧れ、それを欲しがる・・・。」
俺は少年の手を握り、傍へ引き寄せた。
「なあ・・・俺は本物の肉体が欲しい。でもその代わり、お前に本物の心をあげるよ。
だから・・・一つに戻らないか?そうすれば・・・俺たちは本物の人間になれるんだ。」
少年は俺の視線を押し返すように見つめ、小さく口を開いた。
《・・・僕は・・・偽物じゃないよ・・・。》
「・・・ああ、お前はお前だ。でも本物のお前じゃないんだ。だって・・・お前の持っていた本当の心は、ここにあるんだから。」
俺は自分の胸を叩き、優しく微笑んでみせた。
「ここにお前の欲しがっていたものがある。そして・・・俺はお前の肉体が欲しい。俺たちは二人で一つさ。だから戻ろう。大丈夫、怖いことなんかないよ。ただ・・・美波浩太という人間に戻るだけだ。」
《・・・・・・・・・・・・・。》
少年は何も答えずに俺を見つめる。そして何かに気づいて、ふと顔を上げた。
《お姉ちゃん!》
少年の視線の先には、宙に浮かぶミサがいた。その姿はミリサにそっくりで、少年はミサのことを完全にミリサだと思い込んでいた。
「待て!あれはミリサじゃない!ミサなんだ!お前のお姉ちゃんじゃないんだぞ。」
《そんなことない!あれはお姉ちゃんだよ!》
少年は俺を突き飛ばし、宙に浮かぶミサに手を伸ばした。
《お姉ちゃん・・・。》
ミサは少年の元に下りて来て、薄く目を開けた。
「・・・なんで・・・?なんで・・・まだ生きてるの・・・?」
そう言って不思議そうに回りを見渡し、俺に気づいて「浩太!」と叫んだ。
「ミサ!」
「浩太・・・・私・・・まだ生きてるみたい・・・。全ての胞子を飛ばして力尽きたのに・・・まだ生きてるよ・・・。」
ミサは嬉しそうに微笑み、俺に向かって駆け出した。しかし少年に腕を掴まれ、強引に引き戻された。
《お姉ちゃん!》
「誰・・・この子は・・・?」
「俺の肉体だよ・・・・。お前のことを、ミリサだと思い込んでいるんだ。」
「浩太の・・・肉体・・・・。」
ミサは膝をつき、少年に手を触れた。
「これが浩太の肉体・・・・。人間になる為の身体・・・。」
ミサは愛おしそうに少年を見つめる。そしてそっと抱きしめた。
「・・・辛かったね・・・一人ぼっちで・・・。もう大丈夫だからね。」
《お姉ちゃん・・・。》
これは・・・・ハッピーエンドなのだろうか?少年はミサをミリサと勘違いしていて、絶対に離すまいと抱きついている。
「・・・まあ、いいか。俺たちが元に戻れば、全ては解決だ。俺がミサを愛することは、少年がミリサを愛することに繋がるんだから。」
抱き合う二人を微笑ましく見つめ、その肩を抱き寄せた。
「もう終わりだ。辛いことは全てお終い。だから・・・元に戻ろう、な?」
少年の頭を優しく撫でて、ミサから引き離そうとした。しかしその瞬間、少年は怒りの形相で俺を突き飛ばした。
《また殺すの?》
「違う!俺はただ、お前と一つになって人間に戻ろうと・・・・、」
《殺すんでしょ?またお姉ちゃんを殺して、僕を一人ぼっちにさせるつもりなんでしょ?》
「だから違うと言っているだろう!俺はもう・・・誰も殺したりはしない。お前の大切なものを奪ったりはしないんだ。だから・・・戻ろう。美波浩太に戻るんだ。」
必死に宥めようとしたが、少年は俺の言葉を信じなかった。
《・・・嘘つき・・・。お前からは・・・・人殺しの臭いがする・・・。僕が子供だからって・・・上手いこと騙してまた殺すつもりなんだ・・・。》
少年はミサを後ろに隠し、彼女を守るように立ちはだかった。
《お姉ちゃんは僕が守る・・・・。お父さんもお母さんも、健司も守れなかったから・・・お姉ちゃんだけは守るんだ。》
そう言って怒りに顔を歪ませ、憎しみの目で俺を睨んだ。
「浩太・・・・。」
ミサはオドオドと俺たちを見つめ、どちらに味方したらいいのか困惑していた。
「なあ、聞いてくれ。俺はもう誰も傷つけない。だって・・・ミサもお前も、俺にとっては何よりも大切な存在なんだから。」
《・・・・・・・・・・・・・・。》
少年はじっと俺を睨んでいる。決してミサに触れさせまいと、戦う気満々でいるようだった。
「・・・・無駄だな。もう何を言っても。」
俺は少年を諭すのを諦め、拳を握って向かい合った。
「浩太!ダメだよ、自分と戦っちゃ!」
「分かってる・・・。けど、それは無理なんだ。なぜなら自分のことは自分が一番よく知っているからな。そいつはもう俺の言葉を聞くつもりはないらしい。何がなんなんでも、ミサを一人占めするつもりなんだ。」
説得するのが無理だと分かった以上、腹を括らねばならなかった。例え自分が相手でも、ミサだけは譲れない。
「・・・なあ、お前も分かってるんだろう?俺が絶対にミサを譲る気はないと。そして・・・何がなんでも、お前と一つに戻ろうとしていることを。」
《・・・・渡さない・・・。お姉ちゃんも・・・この身体も・・・全部僕のものなんだから・・・。》
少年は俺と同じように花びらの力を使った。皮膚が赤く染まり、湯気が出るほど熱を帯びていく。そして・・・額に赤い花びらを浮かび上がらせた。
「ミサは渡さない。だから・・・今はお前のことを、自分だとは思わないようにする。少年よ・・・・戦って決着をつけよう。そして勝った方が、自分の欲しいものを手にするんだ。いいな?」
《・・・いいよ・・・。だって・・・僕負けないもん!》
少年はニコリと笑って頷き、鋭い眼光で睨んできた。するとミサは少年の前に立ち、戦いをやめさせようと両手を広げた。
「やめて!自分と戦うなんてどうかしてるよ!」
「いいや、どうもしてないさ。誰だって自分と戦ってるんだ。ただ・・・他の奴とはちょっと戦い方が違うだけだ。」
そう言うと、少年はまたニコリとを笑って、額の花びらに手を触れた。
《あのね・・・僕知ってるよ。》
「何をだ?」
《人の心って、とっても弱いんでしょ?だから辛い記憶を、頭の中に閉じ込めちゃうんだ。》
「ああ、その通りだ。人の心は弱い。でも・・・それを乗り越える強さも持っている。
俺はここへ来るまでに、その強さを手に入れた。だから決して・・・自分には負けない。」
《ふう〜ん・・・・じゃあやってみれば。辛い記憶を乗り越えられるかどうか。》
少年は額の花びらを輝かせ、一瞬にして辺りの景色を変えた。
「これは・・・・あの時の・・・・。」
それは二十年前の、あの池のほとりだった。そして・・・・俺は子供に戻っていた。
「なんだこれは・・・?幻覚か何かなのか?」
そう呟くと、どこからか少年の声が聞こえた。
《それはね、お兄さんの記憶だよ。あまりに辛い記憶だから、ずっと奥の方に閉じ込められていたんだ。》
「俺が・・・記憶を閉じ込めていただと?馬鹿な、俺は全てを思い出したんだぞ?記憶を閉じ込めているわけがないだろう。」
《そうかな?人の記憶なんて曖昧なもんだよ?それに・・・ただ思い出すのと、実際に体験するのとじゃわけが違うよ。ほら、もうすぐお兄さんの嫌な記憶がやって来るよ。》
「嫌な記憶だって・・・?」
顔をしかめて尋ねると、また辺りの景色が変わった。
「これは・・・車の中か?旅行の帰りの時だな。」
《・・・もうすぐ・・・もうすぐだよ・・・。怖くて怖くて閉じ込めていた記憶が・・・・お兄さんを苦しめるから・・・・。》
少年の声は消え、クスクスと笑い声だけが響いていた。
「・・・分かってるさ、何を見せるつもりか。あの時の事故の瞬間を見せるつもりなんだろう?しかし生憎、そんなもので俺は動揺したりはしない。なぜなら・・・夢の中で、何度もあの瞬間を見てきたんだからな。」
そう、俺は幾度となくあの事故を体験している。眠っている時に記憶がフラッシュバックして、あの事故を追体験しているのだ。
子供に戻った俺が、記憶の通りに悪戯を仕掛ける。父の隙を窺い、ブレーキに空き缶を挟んでいた。そして・・・渋滞が目の前に迫った。父は空き缶を取り除き、スピードを落としていく。そこへミリサの運転する車が迫り、激しく追突した。俺の車は反対車線に押し出され、正面から迫ってきたバスと衝突した。
目の前がブラックアウトして、意識が途切れる・・・・・・・はずだった。
「なんだ・・・?いつもなら、ここで記憶が途切れるのに・・・。」
不思議に思っていると、ブラックアウトした視界に光が戻ってきた。眩しさに目を細めていると、何かが視界に飛び込んできた。
「・・・・・・・・・・・ッ!」
それを見た俺は、言葉を失くして戦慄した。俺の目に飛び込んできたもの、それは・・・・目玉が飛び出し、首が折れて絶命した、弟の姿だった。
「・・・健司・・・・。」
震える声で呟くと、また別のものが目に入った。
「・・・あ・・・・あああ・・・・・・。」
それは・・・父と母の姿だった。父は顔の半分がなくなり、手足の関節がでたらめな方向に曲がっていた。そして腹は破れ、中から臓器が飛び出していた。
母はもっと悲惨だった。美しい顔が見る影もなく潰れ、左腕と下半身が千切れている。割れた頭から脳がこぼれ落ち、赤黒い血が地面に染み込んでいた。
「・・・・知らない・・・・俺はこんなのは知らないぞ・・・。こんなの・・・・俺の記憶にはない・・・。」
恐怖に戦いて呟くと、クスクスと少年の笑い声が響いた。
《だから言ったでしょ?人は辛い記憶を閉じ込めるって。これは全部お兄さんの記憶なんだよ?でもあまりに辛いから、奥の方へ閉じ込めていただけなんだ。》
「・・・そんな・・・・俺は・・・・この光景を見ていたっていうのか・・・?」
《そうだよ。その目で見たから記憶されてるんだよ。でもあまりに辛いから、何も見なかったことにしてるんだね。だから途中で意識が途切れちゃうんだよ。》
「・・・・・・・・・・・・・。」
少年の言葉は、俺の胸を撃ち抜いた。いくら反論したくても、こうして記憶として保存されている以上、これが真実なのだろう。
そしてその真実から目を逸らす為、記憶を封じていた。
《はい、じゃあお終いね。また一からやってみようか。》
「な・・・なんだって・・・?」
目の前に少年が現れ、額の花びらを輝かせる。すると記憶が巻き戻され、事故の起きる手前の光景に変わった。
俺が悪戯を仕掛け、父が空き缶を抜き、そこへミリサの車が衝突する。そしてバスとぶつかり、家族の凄惨な死に様を見せつけられた。
《はい、じゃあもう一回。》
少年はまた記憶を巻き戻す。さっきとまったく同じ光景が繰り返され、俺の目に家族の死体が飛び込んでくる。
《はい、それじゃもう一回。》
「・・・や・・・やめろ・・・・。」
少年は俺の言葉を無視して、再び記憶を巻き戻す。見たくない凄惨な光景が目に映り、思わず叫び声を上げた。
「分かった!もう分かったからやめろ!」
《やだ。じゃあもう一回ね。》
少年は淡々と記憶を繰り返し、何度も俺に絶望を与える。いくらやめろと叫んでも、《じゃあもう一回》と言って、延々と同じものを見せつけてくる。
《じゃあもう一回。》《それじゃもう一回。》《ほら、もう一回ね。》《まだまだ、もう一回。》
俺は思った。こいつは、正真正銘の悪魔だと・・・。そしていつしか、《じゃあもう一回》と聞いただけで、心が千切れそうになっていた。
「やめてくれ・・・頼むから・・・もうやめてくれ・・・・。」
もう限界だった・・・。何度も何度も家族が死ぬところを見せつけられ、もはや心は砕け散る寸前だった。
「・・・認める・・・お前の言うとおり・・・人の心は弱い・・・。だから・・・・もうこれ以上は・・・・、」
声にならない声を絞り出し、必死に懇願した。しかし・・・少年はまたあのセリフを言った。
《じゃあもう一回。》
見たくない光景が強制的に目に飛び込んできて、俺の心を抉っていく。それは今までのどの戦いよりも、耐えがたい苦痛だった・・・。
「やめろ・・・・もうやめろおおおおおお!」
自分でも耳を疑うほどの大きな声が出る。それは・・・・敗北を認めた瞬間だった。しかしそれでも、少年はあのセリフを言う。
淡々と、そして冷徹に・・・・機械のようにあの言葉を繰り返した。
《はい、じゃあもう一回。》
俺は・・・・自分の心が割れる音を聞いた・・・・・。

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