セカンド・コンタクト 最終話 一つになる時

  • 2014.05.11 Sunday
  • 14:38
『一つになる時』


もう・・・何度同じ記憶を繰り返しただろう・・・・。
家族の無惨な死体が目に焼きつき、カビ垢のようにこびりついてしまった。
少年は《じゃあもう一回》と言って記憶を巻き戻すが、もはやその必要はなかった。
なぜなら・・・・記憶を巻き戻さなくても、アリアリと事故の光景が目に浮かぶからだ。
愛する家族が目の前で死んでいく・・・・そして凄惨な死にざまを晒している・・・・。
これはもう・・・地獄としか言いようがなかった・・・・・。
俺の心は破綻し、もはや少年と戦うどころではなかった。辛うじて残った自我を保つのに精いっぱいなのだから・・・。
《はい、それじゃもう一回。》
少年は目の前に現れ、淡々と同じセリフを繰り返す。彼の顔は機械のように無機質で、人間らしい表情は感じられなかった。
俺は少年を見つめる。彼の額の花びらが輝き、また記憶が繰り返される。
しかし・・・しかしほんの僅かな一瞬、少年の瞳の奥に宿る感情を見た。
それは・・・・喜びだった・・・・。
苦しむ俺を見て、言いようのないくらいの喜びを感じているのだ。
《・・・楽しんでいるのか・・・・俺の苦しむ姿を・・・・・。》
もう勝負はついている。俺は敗北を宣言し、少年の勝利を認めたのだから。
しかし、それでも執拗に記憶を巻き戻すのは・・・ただ俺を苦しめる為だった。
《・・・お前にも・・・ちゃんと感情があるんだな・・・。そうでなきゃ、苦しむ相手を見て喜びなど感じないだろう。ミリサに与えられた仮初の精神にも・・・ちゃんと人間らしい部分があるんだ・・・・。》
地獄の苦しみを味わっているというのに、妙に冷静に少年を分析してしまう。
《はいもう一回》《まだまだ、もう一回》《それじゃもう一回》
記憶の再生は留まるところを知らない。いったいどれだけ俺を苦しめれば気が済むのか・・・・。やはり・・・やはりミリサを殺されたことが許せないのか?それとも、俺と一つに戻るのがそんなに嫌なのか?
少年の考えは読めない。しかし・・・俺を苦しめることに喜びを感じていることだけは確かだ。
《この少年の怒りは正しい・・・・。俺だって、もしミサを殺されたら・・・・この少年をとことんまで苦しめるかもしれない。だって・・・愛しい者を奪われることは・・・自分が死ぬよりも辛いんだから・・・・。》
もう勝負はついた以上、俺に抗う術はない。少年の心が満足するまで、ボロ雑巾のようにいたぶられるだろう。
《・・・ミサ・・・すまない・・・。俺は・・・・お前と未来を歩むことは出来そうにない・・・。許してくれ・・・。》
胸にミサの顔を思い描き、約束を果たせなかったことを詫びた。
《・・・・・・・・・・。》
《・・・・・・・・・・・・・・。》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・。》
《・・・・・・ん?ミサ?・・・・・そうだよ、まだミサは生きているんだ・・・。
それなら、なぜ少年はここまで俺をいたぶるんだ?彼はミサのことをミリサだと思い込んでいるはずだ。だったら・・・愛しい者を奪われてはいないということだ。それなのに・・・・ここまで俺を苦しめるのはどうしてなんだ・・・?》
とつぜん浮かんだ疑問は、悶々と煙を上げて大きくなっていく。それはやがて火となり、心を照らす大きな炎になった。
《ミサは生きている・・・。そうだよ、ミサは生きているんだ・・・。家族が死んだのは辛いけど・・・・まだミサがいるじゃないか。だったら・・・ここで負けを認めるわけにはいかない。俺には・・・俺の帰りを待つ人がいるんだ。俺はまだ・・・全てを失ったわけじゃない!》
記憶は延々と繰り返される。反対車線に乗り出し、バスと衝突して家族が死ぬ。するとまた少年が現れ、《もう一回》と呟いた。
「なあ・・・ちょっと待ってくれないか・・・・。」
少年に話しかけると、彼は何も答えずに記憶を巻き戻した。次に現れた時にも話しかけたが、やはり何の返事もなかった。
「こいつ・・・俺を無視する気か?」
少年は冷淡に俺を睨んでいる。いくら言葉を投げかけても、眉一つ動かすことなく記憶を繰り返すだけだった。
「おい・・・聞いているのか?お前に尋ねたいことが・・・・、」
しかし少年は何も答えない。ただ記憶を繰り返すばかりで、俺の言葉に耳を傾けようとしなかった。
《なんだ?俺の声が聞こえていないのか?・・・・いや、そんなはずはない。さっきやめてくれと頼んだ時、『いやだ』と答えたんだから・・・。じゃあやっぱり、俺の言葉を無視しているだけか・・・?》
少年は額の花びらを輝かせ、また記憶を巻き戻す。家族の凄惨な死体が目に映り、吐き気を催した。
《クソッ・・・・・見たくないと思っても、強制的に目に飛び込んでくる・・・。》
目を瞑ることもできず、顔を逸らすことも出来ず、まざまざと嫌な光景を見せつけられる。
いったいもう何度めになるのだろう・・・・。いくら見ても慣れることなど出来ない。それどころか、より苦痛は増していく。
《精神的な苦しみっていうのは、繰り返せば繰り返すほどストレスが増すというけど・・・・もう限界だ・・・。この光景を見せられる度に・・・・自我が崩壊しそうになる・・・・。》
それでも何とか耐えて、凄惨な光景をやり過ごす。しかし・・・そこで違和感を覚えた。
《・・・・ん?これ・・・・さっきと変ってないか?》
無惨な家族の死体は、明らかに今までと様子が違っていた。
《確か・・・目玉が飛び出しているのは健司のはずだ。なのに・・・今はお父さんの目玉が・・・・。それにお母さんは下半身を失っていたはずだ。それが・・・今はしっかりと足がついている。これはどういうことだ?》
疑問に思っていると、また記憶が巻き戻された。二度、三度、四度・・・・・そして五度目の時、また様子が変わっていた。
《今度はお母さんの目玉が飛び出している・・・・。それに・・・健司の足がない・・・・。これは、いったいどういう・・・・、》
その時、今までに幾度となく見せつけられた凄惨な光景を思い出した。
《待て、ちょっと待て!よくよく思い出すと・・・・今までにもちょくちょく死体の状態が変わっていたじゃないか。あまりの辛さに忘れてたけど、絶対に死体の状態は変わっていたはずだ・・・・。》
注意深く観察していると、また死体の状態が変わった。それも・・・今度はかなり大きな変化があった。
《健司の顔がない・・・・。それに、お父さんとお母さんが重なって倒れている。これは・・・・どう考えてもおかしい!》
もしこれが俺の記憶だというのなら、死体の状態が変わったりはしないはずだ。
それなのに、目に映る死体の様子は変わっている・・・・。いったい・・・これは何を意味しているのか・・・・?
《・・・・記憶・・・じゃないのか・・・?これは、俺の記憶じゃないのかもしれない・・・・。》
そう思った時、稲妻に打たれたようにあることを思い出した。
《そうだ!あの寂れた山で、おじさんにDVDを見せられた時・・・・俺の家族はこんな死に方をしていなかったぞ。確かに目を背けたくなる映像だったけど、ここまで凄惨な死に方じゃなかった。ということは・・・・これは・・・・もしかして・・・・、》
事故の記憶が終わり、再び少年が現れる。無機質な表情の中には、微かな喜びが浮かんでいた。
「・・・・そうか・・・・そういうことか・・・・。」
俺はようやく気づいた。何度も見せられたあの光景は、俺が作り出した幻だということを。
そして・・・この少年も、俺が生み出した幻であるということを・・・・。
「・・・ようやく分かった・・・。俺は・・・・毒に感染していたんだな・・・。心を惑わす・・・クローンの毒に・・・。」
俺が見ていたのは、記憶などではなかった。あれは・・・俺がもっとも恐れる凄惨なイメージだったのだ。
そして無機質なこの少年も、俺が描いた彼のイメージ・・・・。冷徹で、残忍で、でもその中に仄暗い喜びを感じる悪魔。
全ては俺の勝手な思い込みだった。ではなぜ、少年は俺に毒を感染させ、延々と偽の記憶を見せつけたのか?それは俺を苦しめる為でも、俺を倒すためでもない。ただ・・・・時間を稼いでいるだけだ。
「あいつ・・・・頭の回るガキだ・・・。俺が毒に感染している間に・・・ミサを奪うつもりなんだ!」
記憶は終わり、また少年が現れる。そして額の花びらを輝かせ、また記憶を繰り返そうとした。
「もうそんな手は喰わない!とっと消えろ!」
拳に花びらを浮かび上がらせ、金色に光る花粉を纏わせた。身体に熱が戻ってきて、皮膚が赤く染まっていく。俺の姿が少年から大人に戻っていく。幾度の戦いで鍛えられた拳が、この手に戻ってきたのだ。
「しょうもない小細工をしやがって・・・・。ガキだからって手は抜かないぞ!」
少年が記憶を巻き戻そうとした瞬間、俺の拳が彼の額を撃ち抜いた。
《ぎゃああああああああ!》
少年は雄叫びを上げてのたうち回り、やがて一枚の花びらとなって消え去った。
そして次の瞬間、景色にヒビが入った。ガラスのように亀裂が走り、大きな音を立てて砕け散った。
その向こうには、山の頂上が広がっていた。辺りに巨木の破片が飛び散り、朽ちた根っこが倒れていた。
「戻ってきた・・・。」
膝に手をついて立ち上がり、ミサと少年の姿を捜した。
「ミサ!どこだ!」
さっきまでミサが立っていた場所には、誰もいなかった。そして少年の姿も見えない。嫌な予感が渦を巻き、瓦礫を分けて二人の姿を捜した。
「ミサ!少年!どこだ!」
大声で叫んでいると、微かに返事があった。
「・・・浩太・・・・。」
「ミサ!」
声の聞こえた方を振り返ると、巨木の根元にミサはいた。
「ミサ!大丈夫か?」
巨木の破片を蹴り飛ばし、根っこの元へ駆け寄る。ミサは巨木の根元に座りこみ、自分の身体を抱いていた。
「ミサ・・・・。」
「・・・浩太・・・・。」
ミサの姿は変わっていた・・・。皮膚に木目模様が入り、長い髪は枝のように硬くなっている。そして身体のあちこちから枝が伸びて、赤い花を咲かせていた。
「これは・・・おじさんの時と一緒だ・・・・。ということは・・・あの少年は・・・まさか・・・。」
ミサの肩に手を回し、腕にかかえて抱き上げようとした。しかし彼女の足は根っこと繋がっていて、立ち上がることさえ出来なかった。
「おいミサ!いったい何があった?もしかして・・・あの少年に無理矢理同化させられたのか?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
そう尋ねると、ミサは何も言わずに涙を流した。
「ミサ、答えろ!少年はどこにいる?」
《ここだよ。》
とつぜん少年の声が響き、思わず辺りを見回す。
《ここ、ここ。お姉ちゃんの中に決まってるでしょ。》
「ミサの中だと・・・?」
少年の声は、ミサの背後から聞こえる。しかし彼女の後ろには誰もいなかった。
「・・・まさか・・・・。」
俺は恐る恐るミサの髪を掻き分けてみた。硬い髪がポキリと折れ、ミサは痛そうに顔を歪めた。
「ごめん・・・ちょっと我慢してくれ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
ミサは目を瞑って痛みに耐える。俺はそっと彼女の髪を掻き分け、少年の顔を見つけた。
「やっぱり・・・・同化していたのか・・・・。」
少年の顔は、ミサの後頭部に埋まっていた。顔じゅうから枝を伸ばし、赤い花びらを咲かせている。
「お前・・・・あんな下らない偽の記憶を見せている間に・・・・よくもミサを・・・。」
拳を握って睨みつけると、少年はケラケラと笑った。
《拳なんか握ってどうするの?殴るつもり?》
「ああ、今すぐにでもお前を叩き潰したい。でも・・・・それは出来ない。」
《そうだよね、お姉ちゃんが傷つくもんね。》
少年は木目模様の目を動かし、無機質に俺を睨んだ。
《お兄さんも、このお姉ちゃんが好きなんだね?》
「ああ、ミサは俺にとって一番大切な人だ。だから誰にも渡したりはしない。」
《ふう〜ん・・・。でもね、それは僕も同じ。お姉ちゃんは、僕にとって一番大切な人だもん。だから誰にも渡さないよ。》
少年の声は本気だった。もし無理矢理にでもミサを奪い返そうとするなら、きっと心中も辞さないだろう。俺は拳を下ろし、力を抜いて少年を見つめた。
「・・・どうすればミサを返してくれる?」
《・・・無理だよ。だってお姉ちゃんは、昔から僕と一緒にいるんだもん。でも・・・このお姉ちゃんは、僕の知ってるお姉ちゃんとちょっと違う気がする。いつもより、もっと優しい心を感じるから・・・・。》
「・・・・・そうだよ、彼女はお前のお姉さんじゃないんだ。ミリサなんかと一緒にするな。」
《・・・・そうだね、やっぱりちょっと違うような気がするけど・・・・僕はこの人を知ってるよ。》
「なに・・・・?」
《ずっとずっと昔にね、このお姉ちゃんは、あのお姉ちゃんの中に閉じ込められたんだ。でも僕が助けてあげたから、あのお姉ちゃんの中から逃げることが出来た。》
「なんだと?ミサを助けた・・・?」
《うん。このお姉ちゃんが、僕の知ってるあのお姉ちゃんの中に吸い込まれて、栄養に変えられようとしてたんだ。
でも、僕がそれを守った。だって・・・僕、このお姉ちゃんのこと好きになったんだもん。優しい心をしていて、近くにいるととっても暖かいんだ。だから逃がしてあげたの。もう一人のお姉ちゃんに食べられないように。》
「そうか・・・・それでミサは巨木に吸い込まれても助かったのか・・・。」
ミサが無事に巨木から逃げ出せたのは、この少年のおかげだった。ということは、彼はミサの命の恩人ということになる。
《ねえ・・・お兄さん・・・。》
「なんだ?」
《僕ね・・・・もうすぐ死ぬと思う。》
「・・・なぜだ?」
《だって・・・あのお姉ちゃんがもういないから。僕の身体は、お姉ちゃんの力がないと腐ってしまうんだ。それに・・・・、》
「それに?」
少年は一瞬口を噤み、間を置いてから答えた。
《それに・・・・もう寿命が来てるんだ。僕の心はお姉ちゃんの作りだしたクローンだから、そんなに長い寿命はないんだ。だから寿命が来るたびに、お姉ちゃんが他のクローンの寿命を吸い取って与えてくれてたんだけど・・・・それももう出来ない。だから僕には・・・宿主が必要なんだ。》
少年は悲しそうに目を閉じ、顔から生える枝をポロリと落とした。
《僕には宿主が要る。でも誰でもいいわけじゃない。悪いけど・・・・僕はお兄さんと一緒になるのは嫌だ。だってあのお姉ちゃんは、お兄さんのことを嫌っていたから。だからお姉ちゃんから生み出された僕も、お兄さんのことを嫌ってるみたい。こんなんじゃ・・・一緒にいたら苦しむだけだよ。》
「それが・・・俺と同化するのを拒む理由だったのか。」
少年の本心を知り、なぜここまで俺と一緒になることを拒絶するのか理解出来た。
彼の言う通り、ミリサが俺を嫌っていたなら、その分身である彼も俺のことを嫌うのは道理だ。
「・・・じゃあどうすればいい?俺はお前の肉体と同化したい。そしてお前は宿主を探している。俺たちの利害は一致しているが・・・それでもやはり拒むのか?」
《宿主はしっかり選ばなくちゃいけないんだ。だってこの先の寿命を、その人と一緒に生きることになるんだから。もし気に入らない人と一緒になったらどうなるか・・・・クローンといっぱい戦ってきたお兄さんなら知ってるんじゃないの?》
「ああ・・・知ってるよ。そういう奴らを食い物にする男と戦ったからな。」
《だったら・・・やっぱり僕とお兄さんは一緒になれない。》
「じゃあこのまま死ぬっていうのか?俺が気に入らないからって、同化より死を選ぶのか?」
そう尋ねると、少年は目を開けて答えた。
《お兄さん・・・僕と取り換えっこしない?》
「取り換えっこ?」
《うん。僕はこの肉体をお兄さんにあげるよ。でもその代わり・・・・このお姉ちゃんを僕にちょうだい。》
「な・・・なんだって・・・?」
顔をしかめて聞き返すと、少年はまた目を瞑った。そして苦しそうに表情を歪め、額に大きな亀裂が入った。
《やばい・・・もう・・・・死にかけてるみたい・・・。》
「おい、大丈夫か?」
《・・・ねえ、もう時間がないんだ・・・。僕の肉体をあげる代わりに、このお姉ちゃんをちょうだい。そうすれば・・・僕はこのお姉ちゃんと一緒になれる。肉体は無くなるけど・・・・・ずっとお姉ちゃんの心に住むことが出来る。それで・・・・二人でここじゃない世界へ行くんだ・・・。》
「ここじゃない世界・・・・?」
《あの世とか・・・天国とか・・・・そう呼ばれる世界・・・。でも本当は違う。僕たちは・・・この星を捨てて宇宙に帰るんだ。人の目には見えない宇宙を・・・・光になって漂うんだ・・・。この星に来る前の・・・あの光に戻って・・・・。》
少年の声は力を失くし、弱々しく枯れていく。そのことが、彼に死期が迫っていることを物語っていた。
《・・・このお姉ちゃんが・・・・お兄さんの大切な人だって分かってる・・・。それでも・・・・僕にちょうだい・・・。だって・・・もう僕たちしかいないんだもん・・・。宇宙から降り注いだ光は・・・・ここにいる三人しかいないだもん。》
少年の目から、樹液の涙が流れる。額に入った亀裂は顎まで伸び、今にも砕け散ろうとしていた。
《・・・僕は・・・もう一人ぼっちは嫌だ・・・・。一人で死ぬのも・・・一人で宇宙に帰るのも嫌なんだ・・・・。だからお願い・・・僕を一人にしないで・・・。このお姉ちゃんと・・・・ずっと一緒にいさせて・・・・・。》
「・・・それは・・・・、」
それは無理だと言おうとして、口を噤んだ。なぜなら・・・孤独の辛さは、俺もよく知っているからだ。死ぬにしろ、宇宙へ旅立つにしろ、一人ぼっちでは悲しい・・・。俺には・・・・痛いほど少年の気持ちが理解出来た。
しかしだからといって、簡単にミサを譲ることは出来ない。俺が今まで戦ってきたのは、全てミサの為なのだから・・・。
いったいどう答えればいいのか分からず、途方に暮れてしまう。
《・・・お願い・・・一人にしないで・・・・・。》
少年の顔に入ったヒビは、音を立てて広がっていく。やがて頬が取れ、左目が落ちていった。
「・・・俺は・・・・俺は・・・なんて答えたらいい・・・・?分からないよ・・・・こんなのは・・・・。」
その場に膝をつき、頭を抱えて突っ伏した。もう少年には時間がない。考えている余裕はない。今すぐにでも答えを出さないと、彼はたった一人で消えていくことになる。それは分かっているけど・・・・・。
「・・・なんで・・・なんで上手くいかないんだ・・・。最後の最後で・・・・どうしてこんな展開になるんだよおおおおお!」
思い通りにいかないことに腹を立て、そして答えの出ないもどかしさに腹を立て、地面を殴りつけて頭を掻きむしった。
「・・・いいじゃないか・・・・俺と一緒になれば・・・。そうすりゃ三人で幸せに暮らせるんだ・・・・。もうじき死ぬってのに・・・・好き嫌いで宿主を選んでる場合かよ!」
立ち上がって少年の顔を見つめ、彼の頬に触れた。
「なあ・・・もういいじゃないか・・・俺は出来る限りお前に合わせるよ・・・。ミサだって独り占めしたりしない・・・・。だから・・・もう俺でいいじゃないか・・・。俺で・・・・俺で我慢してくれよ・・・。」
少年の樹液が俺の指を伝い、ポタポタと地面に落ちていく。それは泡のように消え去り、少年の命の終わりを告げていた。
《・・・・一人は・・・嫌だ・・・・。お姉ちゃんと・・・・一緒に・・・・。》
そう呟いた時、黙っていたミサが口を開いた。
「・・・浩太・・・もういいじゃない・・・。」
「ミサ・・・・。」
ミサの目からも樹液の涙がこぼれ、地面に落ちて小さな木を生やした。
「私は・・・・本当は死ぬはずだった。でもこの子のおかげでこうして生きてるわ。だから・・・この命はこの子にもらったも同然よ。それなら・・・・この子のワガママを聞いてあげたいの。」
「いや、でも・・・・、」
言いかける俺の言葉を遮り、ミサは首を振った。
「分かってる・・・浩太の気持ちはよく分かってるわ・・・。私だって・・・浩太と一緒にいたい・・・。でも・・・やっぱりこの子を一人で死なせるわけにはいかないわ。だって・・・もう私たちだけだもの・・・宇宙から降り注いだ光は・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「大丈夫・・・私は死ぬわけじゃない・・・。ただ・・・この子と一緒に帰るだけ・・・。
あの水族館のモノレールが・・・ここじゃない世界へ旅立ったように・・・私たちもここじゃない世界へ旅立つだけよ・・・。誰の目にも見えない・・・・あの宇宙へ・・・・。」
ミサの身体にヒビが入り、ボロリと左腕が落ちていく。
「ミサ!」
「・・・浩太・・・私の子供を・・・預けるわ・・・。」
「ミサの子供・・・・?」
「そこに生えてるでしょ?私の樹液から生まれた・・・小さな子供が・・・・。だから・・・浩太はここに残って・・・その子を育ててあげて・・・。いつか・・・いつかきっと・・・綺麗な花を咲かせて・・・浩太を孤独から救い出すから・・・。」
ミサはニコリと笑い、腕を回して少年の顔に触れた。
「・・・一緒に行こうね・・・・私たちのいた・・・あの宇宙へ・・・・。」
そう言って目を閉じ、穏やかな表情で天を仰いだ。
「・・・さようならじゃないよ・・・。浩太が私のことを覚えていてくれるなら・・・・きっとまた会えるから・・・・。出会いは一度きりじゃない・・・。今度は二度目の・・・・新しい出会いが待っている・・・・・・・・・・・。」
ミサは一瞬だけ俺に向かって微笑み、小さく頷いた。そして・・・・彼女は崩れ去った。
ボロボロと身体が朽ち果て、藻屑のように土へと還っていった。
「ミサ!行かないでくれ!俺を一人にするな!」
叫びながら手を伸ばすと、二つの丸い光が土から浮かび上がった。それはユラユラと回りを漂い、やがて一つになって上昇し始めた。
《・・・・浩太・・・・またいつか・・・・会おうね・・・・。二度目の・・・・新しい出会いを・・・信じてるから・・・・・。》
「ミサああああああ!」
ミサは花びらのようにヒラヒラと舞い上がり、やがて空に吸い込まれて見えなくなってしまった。俺は呆然と立ち尽くし、空に向かって手を伸ばしたまま膝をついた。
「そんな・・・・ミサ・・・・・ミサあああああああああ。」
頭を抱えてうずくまり、脇目もふらずに泣き叫んだ。
「俺が・・・俺が今まで戦ってきたのはお前の為なんだぞ!お前と一緒に生きる為に・・・・死にそうな想いで戦ってきたのに・・・・。それなのに・・・なんで俺を残して行っちまうだよおおおおおお!」
届かなかった想いが溢れ出し、拳を握って地面を叩きつけた。目の前にはミサの残していった小さな木が生えていて、幼い枝を揺らしている。
「・・・ミサ・・・・。」
その木を両手で包み、そっと土から引き抜いた。すると何かがヒラリ落ちてきて、俺の指に触れた。
「これは・・・・赤い花びら・・・・。」
その花びらを摘まみ上げようとすると、指から抜けてスルリと落ちた。そして次の瞬間・・・俺の肉体に変わっていた。
二十年前の・・・あの時の少年のままに・・・・。
「・・・・戻ってきたんだ・・・俺の身体が・・・・。」
そっと自分の肉体の胸に触れ、その温もりを感じた。小さな胸はしっかりと鼓動を刻んでいて、安らかな寝息を立てている。
「・・・戻ろうか・・・一つに・・・・。」
目を閉じ、手の平に赤い花びらを浮かび上がらせる。その花びらを通じて、俺の心と肉体が結ばれていく。長い間離れ離れになっていた二つの自分が、ようやく再開し、本来の形に戻ろうとしていた。
「・・・二度目だ・・・。お前は産まれた時から俺の傍にいて・・・・こうして二度目の出会いを果たした・・・。だから・・・これは戻るんじゃなくて・・・前に進む為の出会いだ。」
初めてこの山へ来た時、須田は『セカンド・コンタクト』という言葉を使った。
あの巨木と会った俺に、格好をつけてそう言ったのだ。
出会いは一度きりではない。それなら・・・ミサにだってまた会えるはずだ。いつか・・・彼女との二度目の出会いが訪れるまで・・・俺は生きていないといけないのだ。
心と身体を一つに結び、正真正銘の美波浩太として・・・・ミサとの再会を果たす。
それまでは、彼女の残したこの木を大切に育てよう。毎日世話をして、いつか花を咲かせるその日まで・・・。
花びらの力は、俺の心と肉体を繋げていく。意識がまどろみ、何かに吸い寄せられるように眠りに落ちた。
・・・・どれくらいそうしていただろう。次に目を覚ました時には、俺は子供に戻っていた。二十年前の、あの時の少年に・・・・。
小さな自分の手を見つめ、妙な違和感を覚える。二十年ぶりの自分との再会は、恥ずかしいような、それでいて嬉しいような、不思議な感覚だった。
いや、それだけじゃない。だんだんと・・・大人だった頃の感覚が消えていく。記憶はそのままに残っているが、感覚は幼い少年に退行していく。
「ここからまた・・・大人になっていくんだ・・・。消えていた二十年間を埋める為に・・・・しっかり生きていかなきゃいけないんだ・・・。」
小さな木を胸に抱きかかえ、ミサの消えた空を見上げる。するとわずかに空が波打ち、意識の世界から現実の世界へと戻ってきた。
冬のように枯れていた山に緑が戻り、夏という季節に相応しい装いとなった。
しばらくそのまま空を見上げていると、登山客が俺を見つけて近寄って来た。
「僕・・・こんな所で一人でどうしたの?お父さんとお母さんは?」
若い女性は心配そうに俺を見つめ、後ろを振り返って恋人らしき男を呼んだ。
「ねえ、こんな所に子供が一人でいるんだけど・・・・。」
「子供が一人で?なんで?」
「知らないわよ。でも放ってはおけないでしょ?とりあえず下まで連れて下りようよ。登って来たばっかりだけど。」
若いカップルは、俺に目線を合わせて顔を覗き込んでくる。
「なあ僕、名前は?」
「・・・美波浩太・・・。」
「そうか。じゃあお兄さんたちと一緒に山を下りよう。お父さんとお母さんのところに連れて行ってやるから。」
俺はじっと若いカップルの顔を見つめた。そしてパッと閃いて小さく頷いた。
《この人たち・・・・どっかで見たことがあると思ったら、おじさんの大学に来ていたカップルだ。あの胡散臭い研究室で、デートをしてたカップルだ・・・。》
俺は二人に連れられて山を下りた。女の方が俺の抱えている木を見て、「それ何?」と尋ねてきた。
「・・・僕の子供・・・。」
「君の子供・・・?」
「僕の彼女の・・・子供・・・・。」
カップルは顔を見合わせ、盛大に吹き出した。
「そっかあ、じゃあ大事に育てないとね。」
女は俺の頭を撫で、背中を押して歩いて行く。男の方はリュックからコップを取り出し、「これに入れたらいい」と渡してくれた。
「ちゃんと育てたら、もっともっと大きくなって、綺麗な花を咲かせるよ。な?」
「うん、きっと赤い花びらの綺麗な花よ。それも・・・不思議な力を持った、特別な花ね。」
俺は足を止め、若いカップルを見つめた。
「なんで知ってるの?」
「ん?何が?」
「どうして・・・この木が赤い花を咲かせるって知ってるの?」
そう尋ねると、若いカップルはまた顔を見合わせて笑った。
「実はさ、大学の研究室で聞いたんだよ。不思議な力を持った、赤い花びらの木のことを。」
「そうそう、だから冗談で言ってみただけよ。」
二人は可笑しそうに笑い、また俺の背中を押して歩き出した。
「実はさ・・・俺たちこう見えても子供がいるんだよ。ケンジっていうんだけどな。」
「ケンジ・・・?」
「ああ、賢いっていう字に、治めるっていう字で賢治だ。いい名前だろ?」
「・・・・僕の弟も・・・・同じ名前だったよ。字が違うけど・・・。」
「そうか、ならいい友達になれるかもな。」
男は俺の手を取り、女も俺の手を握った。それはまるで、我が子と手を繋ぐ親のようだった。
「あ、あの・・・・・、」
言いかける俺の言葉を遮り、女が口を開いた。
「山を下りたら、一緒に暮らそうか?きっと賢治のいいお兄ちゃんになれるわよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
女はニコリと微笑みかけ、男も同じように微笑んだ。
「そうだな、それがいい。四人で一緒に暮らそう。きっと楽しいぞ。」
鼓動が高鳴る。握った手が汗ばみ、懐に入れた小さな木が揺らいでいるのを感じた。
女はまた微笑みかけ、俺の頭を撫でて言った。
「・・・二十年もよく頑張ったね。でも・・・もう一人じゃないよ。」
高鳴った鼓動が破裂しそうになる。懐にしまった小さな木に、幼いつぼみが付き始めた。
「・・・あ・・・・ああ・・・・・・・。」
声にならない声が漏れ、目元が熱くなって視界がにじんでいく。
二人は俺の手を握りしめ、声を揃えて呟いた。
「・・・おかえり・・・浩太。」
止まっていた時間が動き出す。二十年の時を超えて、二度目の人生が始まろうとしていた・・・・・。


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