カオスジャーニー 第三話 石碑への道

  • 2014.06.19 Thursday
  • 18:16
石碑への道


ようこそ、歴史を創る資格を持つものよ。
これからお前は一つの頂きを目指し、戦いの道を歩まなければならない。
お前の行く手には多くの障害と困難が待ち受けるだろう。
それはお前の友であったり、恋人であったりするかもしれない。
そしてお前の他にも歴史の創始者たる資格を持つ者がおり、それらと戦い、常に勝利を収めていかなければならない。
しかし戦いに負けたからといって案ずることは無い。
なぜなら、その時はお前も我が石碑の中に取り込まれ、再び輪廻の時を待てばよいのだから。死は旅立ちの喜びであり、生は孤独の苦行である。
お前は私に辿り着くまでにいくつもの岐路に立たされ、選択を迫られるだろう。
前に進む為には愛しい者を手にかけることになるかもしれないし、時には裏切りも必要だろう。
まだお前の心の中には正義という名の炎が宿っているが、それは恐ろしく脆い信念である。
お前は知らない。正義とは、善悪とはかけ離れた所にあるものだということを。
もし私まで辿り着きたいのなら、全てを捨てることから始まると知れ。
希望も、信念も、情熱も必要ない。絶望さえも不要だ。
取るに足らない幻を振り払った時こそ、お前の心が見えてくる。
まずは試練を与えよう。
石碑への道を歩むにあたって、お前が本当の資格者かどうか、とても簡単な試練を与えよう。他の資格者達は、もうすでに私へと繋がる道を歩き始めている。
お前が最後の旅人だ。
この試練を乗り越え、他の者と競い、葬り、ここまで来るがいい。
そして私の元へ辿り着いた時、お前は自分の意思に気づくだろう。
なぜなら、そこには最後の選択が待っているからだ。
感情や幻に惑わされていては、絶対に私まで辿り着けない。
今は自分の意思を知らなくてもいい。しかし、意志は持つべきだ。
ここから始まる。お前の旅、お前の戦い、そこには揺るぎない意志が必要だ。
私は待っている。資格を持つ者が私の元へ辿り着くのを。
さあ・・・もう行くがいい。講釈の時間は終わりだ。
まずは私の与えた試練に立ち向かうのだ。
もし生き延びていれば、また会いに来よう・・・・・。


             *


暗い闇の中に、薄く光が射している。
どこか遠くの方から声が聞こえ、何も見えない暗闇の中を歩いていった。
声のする方向へ歩くにつれて光は強くなり、やがて光り輝く出口に辿り着いた。
誰かが自分を呼んでいる。
とても心地のいい声で、何度も自分の名前を呼んでいる・・・。
「・・・じ・・、・・うじ・・・・。」
《ああ、光が、声が強くなる。誰かが俺に触れている。とても暖かく、安心できる・・・。》
「・・・うじ・・・、・・・りゅうじ・・・、龍二ってば!」
頭の中に鮮明に声が響き、龍二は目を開けて飛び起きた。
「龍二!」
名前を呼ばれて隣を見ると、メリッサが心配そうに見つめていた。
龍二は霧がかった意識を振り払うように、強く目を閉じて眉間を押さえた。
《まただ・・・またあの声だ・・・。しかし、あれはメリッサではなかった。
てっきり彼女の声だと思っていたが、あれは別ものだ・・・。》
龍二は混乱していた。朝の稽古を終えて基地に着き、それから死神に襲われてからは何がどうなっているのかまったく分からなかった。
しかし自分が生きていることは確かで、横にいる精霊と黄色い空の中へ来た所までは覚えている。
「ちょっと龍二!返事くらいしてよ!心配してたんだから。」
メリッサに肩を殴られ、龍二は目を開けて首を振った。
「・・・すまん。ちょっと妙な夢を見たもんでな。俺はいったいどうなってたんだ?」
「覚えてないの?」
「ああ、空の中まで来た所は覚えているんだが、そこから記憶が無いん・・・・、」
そう言いかけてメリッサを見た時、周りの異様な事態に気づいた。
「なんだ・・・これは?」
龍二とメリッサは石造りの大きな部屋の中にいた。
それはとても奇妙な場所で、天井にも床にも壁にも、薄い緑の光がゆらゆらと流れていた。
まるで川のようにどこからかやって来て、どこかへ流れていくような感じだった。
そして大きな部屋の床には、いくつもの死神の骸が転がっていた。
折れた鎌や引き裂かれた衣、よく見ると天井にも死神の骸がめり込んでいた。
「なんなんだこれは・・・?それにここはいったいどこなんだ?」
呆然と部屋の中を見回していると、メリッサは首を曲げて龍二の顔を覗き込んできた。
「本当に覚えてないの?これ全部龍二がやったんだよ。」
「俺が・・・?この死神どもを倒したっていうのか?」
「そうだよ。空の中の遺跡に入った時、いきなり死神の群れと出くわしたんじゃない。
そしたら龍二はパニックになっちゃって逃げ惑って、代わりに私が戦ってさ。
でも私の首が斬られて頭が落ちた時、突然叫び出して死神をどつき回してたじゃない。」
「死神をどつき回すって・・・・?いや、それよりお前大丈夫なのか?
首を斬られたって言ってたけど・・・・・でも生きてるよな?」
「まあね。私は水で出来てるから、それくらいじゃ死なないもん。
魂さえ抜かれなければ大丈夫よ。」
「そ、そうか・・・精霊はそう簡単に死なないんだったな。」
「でもあのままだったら危なかったわ。龍二が暴れてくれたおかげで助かったけどね。
でもこれで貸し借りは無しだから、お礼は言わないわよ。」
「いいさ、そんなのは。しかし・・・よくもまあこれだけの死神に勝てたもんだ。
もしかして俺にはすごい力があるのかもな・・・・。」
冗談で言ったつもりだが、メリッサは唇を尖らせて龍二の鼻を弾いた。
「痛ッ!何すんだよ・・・。」
「何度も言ってるけど、あなたの身体にはスサノオの力が宿ってるのよ。
それを引きだせばこれくらいの死神は楽勝よ。」
「そうか・・・これがスサノオの力だったのか・・・。
なんか、これがあれば死神も大した敵に思えなくなってきたな・・・。」
「あ〜あ、調子に乗り始めた。これって早死にする奴の特徴じゃない?」
「いや、実際にこれだけの死神を倒したんだから、ちょっとくらいは誇っても・・・、」
「でも覚えてないんでしょ?」
「ま、まあ、それは・・・・・。」
メリッサは呆れたようにため息をつき、龍二の鼻に指を当てて顔を近づけた。
あとほんの数センチで唇が触れそうなほど顔を近づけられ、龍二はうろたえながら顔を引いた。
「な、なんだよ・・・。」
「いい、スサノオの力を使って記憶を失くすっていうことは、完全にその力を扱えていないってことなの。だからあまりに調子に乗ってると、その力が暴走して身体が吹き飛ぶわよ。」
「か、身体が吹き飛ぶ・・・?」
「そうよ。今は私のあげた水の結晶のおかげでどうにかなってるけど、その限界を超えたらあなたは死んじゃう。だから絶対に思い上がっちゃダメよ。いい?」
「あ、ああ・・・。分かったよ・・・。」
龍二が頷くと、メリッサは鼻息を荒くして「よろしい」と笑った。
自分の中に大きな力が宿っているこことは、確かに武器になる。
しかし強力な武器ほど扱いが難しいというのは、軍の学校で何度も教わったことだった。
《そうだな・・・思い上がったらいけないんだよな・・・。》
龍二は自分の手を見つめ、拳を握って部屋の中を見渡した。
「なあメリッサ。ここはどこなんだ?ずいぶん奇妙な場所だけど・・・。」
「ここは石碑へ繋がる遺跡よ。ここを抜けないと石碑には辿り着けないの。」
「いきなり石碑の所へは飛んでいけないのか?」
「それは無理よ。この遺跡を抜けた者でないと、石碑の主は認めてくれないわ。」
「石碑の主?なんだそれは?」
メリッサはしまったという風に眉を寄せて顔をしかめた。
そして龍二から顔を逸らし、誤魔化すように鼻歌を歌い出して部屋を歩いていく。
「おい、ちょっと待てよ!お前何か隠してるだろ!」
そう言ってメリッサの肩を掴んだ時、部屋じゅうに恐ろしい気配が満ち溢れた。
「これは・・・。」
身も凍る恐ろしい気配だったが、それは死神の気配とは違った。
肌に絡みつくようなベトベトとした気持ちの悪い気配で、怖いというよりはおぞましいと言った方が正しいものだった。
「メリッサ・・・これはどうなってるんだ?」
「分からない。でも何か恐ろしい者がやってくる・・・。」
メリッサはサッと龍二の後ろに隠れ、身を竦めて部屋の様子を窺った。
部屋の奥には一つの扉があり、龍二は出来ることならあそこへ駆け出してこの部屋から逃げ出したい気持ちだった。
しかし自分の後ろで怯えるメリッサの息づかいが、かえって冷静にさせてくれた。
《そうだ・・・。誰かを残して逃げるわけにはいかない。
俺はもう・・・あの時みたいな惨劇はごめんだ!》
そう思った途端カッと身体が熱くなって力が湧いてきた。
薄い緑に光っていた胸の紋章は、燃えるような赤に変わって強く光り出した。
《何かとんでもない化け物が来る・・・。
しかし、来るなら来い!スサノオの力で叩き潰してやる!》
部屋を満たしていたおぞましい気配はさらに強くなり、そして黒い稲妻が走ったかと思うと一人の女性が立っていた。
薄いピンクのワンピースに若草色のジャケットを羽織り、白い肌に短い黒髪を揺らして龍二を見つめていた。
「龍二・・・。」
それは龍二の婚約者、美春であった。
「美春!」
龍二は叫んで駆け出し、強く美春を抱きしめた。
「美春!お前生きてたのか!」
「・・・龍二。よかった・・・また会えた・・・。」
二人の恋人はお互いの存在を確認するように強く抱き合い、涙を流して再会を喜び合っていた。
「俺は・・・てっきり死神に殺されたものだと思ってた。よかった・・・。」
二度と会えないと思っていた恋人が、今目の前にいる。
そしてこの腕で抱きしめることが出来る。それは予想もしていなかった喜びで、胸の中に熱いものが込み上げてひたすら涙が溢れ出て来た。
「その人知り合い?」
メリッサは首を傾げて二人の顔を覗き込んだ。
「ああ、俺の婚約者だ。ずっと昔から一緒に育って来た幼馴染さ。」
「へえ〜、龍二にもそういう人がいたのねえ。」
茶化すように笑われ、龍二はいささか恥ずかしくなって美春を抱いている腕をほどいた。
「よく生き延びてたな。本当によかった・・・。」
「・・・うん。でも、本当は・・・死んでるんだけどね・・・。」
「死んでる?何を言ってるんだ?ちゃんと生きてるじゃないか。」
「違うの。私は確かに死んだはず。死神に首を斬られて、自分の魂が身体から離れていくのを感じたもの・・・。」
「だったらどうしてここにいるんだ?」
「分からない。大きな塔みたいな所に閉じ込められて、気がついたらここにいたから。」
「塔?もしかして石碑のことか?」
「石碑って何?」
「それは・・・、いや、難しいことはいいだろう。言っても混乱するだけだろうしな。
とにかくお前はこうして生きている。それで十分じゃないか。」
龍二は満足していたが、メリッサはじっと黙って美春を睨んでいた。
《この子・・・人間のくせにどうしてこんなに恐ろしい気配を・・・。》
考えるメリッサであったが、頭に閃くものがあって龍二の肩に飛びついた。
「離れて!この子あなたの命を狙ってる!」
龍二はメリッサに引っ張られて後ろに倒れ、その瞬間に何かが頭上を駆け抜けていった。
鋭い音が短く響き、赤い血飛沫が飛び散ってメリッサの頭が宙を舞っていく。
龍二はそれをスローモーションのように見ていた。
宙に舞ったメリッサの頭は弧を描いて床に落ち、ゴロゴロと転がって壁にぶつかった。
そして彼女の身体は力を失くしてその場に倒れ、斬られた首が龍二の方を向いて血を流していた。一瞬何が起こったのか分からなかったが、ハッと我に返って龍二は立ち上がった。
「メリッサあああああ!」
床に転がる彼女の頭を見つめて放心していると、首筋に冷たい殺気を感じて反射的に身を屈めた。さっきと同じように何かが頭上を駆けていき、小さな風圧が龍二の髪を揺らした。
咄嗟に前転してその場から離れ、立ち上がって後ろを振り返ると、美春の異常な姿に言葉を失くした。
「ねえ龍二・・・。私・・・死にたくなかった。まだまだやりたい事がたくさんあったの。」
「美春・・・。」
彼女の首にはツギハギの痕があった。斬られた首を無理矢理縫いつけたようにいびつに歪んでいて、その目は白く濁って口から血を流している。
そして両腕の先はまるで死神の鎌のように変化し、メリッサの首を切った血が滴っていた。
「お前・・・それじゃまるで・・・・。」
これではまるで死神のようだと思った。美春から放たれる殺気は背筋が凍るほど冷たく、身に纏う雰囲気は死神のものとそっくりであった。
「私はまだ生きたい・・・。だから、その精霊の魂をもらうわ・・・。
そして・・・龍二の肉体を私にちょうだい。幼馴染の一生のお願い・・・、ね?」
美春は血の涙を流して鎌を振り上げ、龍二の首に斬りつけてきた。
「やめろ!」
考えるより先に手が動いて鎌を掴んでいた。
しかし美春はもう一つの鎌を振り上げ、龍二の肩に突き刺した。
「ぐあああ!」
「痛い?」
おぞましい顔を目の前に近づけ、美春は血の涙を流しながら笑っていた。
「この程度で痛いなんて言っちゃ駄目よ。だって、私は首を切り落とされたんだからッ!」
笑顔は憤怒の表情に変化し、口を開けて龍二の喉笛に噛みついた。
「がッ・・・。やめろ・・・。」
美春の歯は喉に食い込み、龍二の喉笛を食い千切ろうとしている。
ミチミチと嫌な音が響き、肩に刺さった鎌が肉を斬り裂いて首元に迫ってくる。
《このままじゃ殺される・・・。俺だってまだ死にたくないッ!》
身に宿るスサノオの力は、龍二の想いに応えるように身体を熱くした。
胸の紋章の輝きが増し、肉体に力が漲って皮膚が硬くなっていく。
首元に迫っていた鎌は皮膚の硬さに負けてポキリと折れ、喉笛に噛みついていた歯もボロボロと砕けて飛び散った。
「このッ・・・、いくら幼馴染の婚約者だからって、黙って殺されてたまるかッ!」
握っていた鎌を砕き、拳を構えて美春を殴り飛ばした。
部屋を揺らすほどの轟音が響き、縫いつけられていた美春の首が宙を舞って壁に激突した。
「はあ・・・はあ・・・。」
目の前には頭を失った美春の身体が立っていて、ゆらゆらとふらつきながら部屋をさ迷いだした。
「あ・・・ああ!俺はなんてことをッ・・・・。」
家族のように一緒に育ち、結婚まで約束した最愛の人を殺してしまった。
龍二は自分のしでかしたことに怯え、ふらふらと歩く美春の身体を見つめていた。
恐怖と罪悪感で動くことが出来ずにいると、誰かに肩を叩かれて飛び上がった。
「うわあ!」
「なにビックリしてるのよ。ほんとうに怖がりね、軍人のくせに。」
そこには首を切り落とされたはずのメリッサが立っていた。
何事もなかったかのように首はつながり、平然と腕を組んで笑っている。
「ど、どうして・・・。死んだんじゃなかったのか?」
「だから言ったでしょ、魂を抜かれない限りは平気だって。人間と一緒にしないでよね。」
メリッサは腕を組んだままゆらゆらと歩く美春に近づいた。
じっと彼女の身体を観察し、何やらふむふむと頷いている。
「この子はあれね。完全に肉体を滅ぼさないとまた再生してくるわね。」
「再生・・・?死んでいないのか?」
「ていうかもう死んでるから。なんていうか・・・今はゾンビみたいなものよ。
さ、さ、早くやっつけちゃって!いくら恋人でもまた殺しにかかって来られたら嫌でしょ?」
「簡単に言うなよ!美春は俺の幼馴染で、本当の家族みたいなもんなんだ!」
「でも首をぶっ飛ばしたじゃない。自分が死ぬのが嫌だったんでしょ?」
「それは・・・身を守るために仕方なく・・・、」
「仕方なく彼女を殺そうとしたのよね?」
メリッサに言い返され、龍二は返す言葉が無くなって黙りこんでしまった。
確かに彼女の言う通り、自分が死ぬくらいだったら殺した方がマシだと思って殴った。
それが愛しい幼馴染であっても・・・。
「ねえ龍二。あなたのやったことは間違ってないわ。いくら恋人だからって黙って殺される道理はないもの。あなたは生きる為にやっただけ。悲しむことなんかないわ。」
メリッサの言うことは筋が通っていると感じる龍二だったが、人間には感情がある。
何でも理屈通りにいかないのが人というものじゃないのか?
龍二は膝をつき、頭を抱えて項垂れてしまった。
「俺は精霊みたいに達観してないんだ・・・。いくらなんでも、美春を手にかけるなんて出来ない・・・・。」
「あ、そ。でももうじき彼女は復活するわよ。ほら、自分の頭を捜しあてたもの。」
メリッサの言葉で顔を上げてみると、美春は自分の頭を首元にねじ込もうとしていた。
いびつな形の首がさらに歪んで、もはや人間の姿には見えなかった。
無理矢理頭を押し込んだせいで、首は押し潰されておかしな形になっている。
しかも頭と胴体は前と後ろが逆になっていて、美春は背中を向けてヨタヨタとメリッサの方に襲いかかってきた。
「べえ〜、もうあんたなんかにやられるもんか!」
水の羽を作って天井まで舞い上がると、舌を出して勝ち誇った顔で茶化すメリッサ。
美春は奇声を上げて折れた鎌を振り回すが、メリッサはお尻を向けてペンペンと叩いた。
「ゾンビなんかにやられたりしないよ〜だ。べろべろべ〜。」
美春は悔しそうに地団駄を踏むが、さすがに天井までは攻撃が届かない。
そしてとりあえずメリッサのことは諦めて龍二の方を睨みつけた。
「龍二、お願い!私を生き返らせてよ!私達は家族も同然でしょ!」
「俺だってお前に生き返ってほしいよ!でも・・・なんで俺が死ななきゃいけないんだ!」
「いいじゃない!私のことを愛してるんでしょ!だったら私のお願いを聞いてよ!
みんな死んだのよ!私の家族も、龍二のおじさんやおばさんだって死んでる!
なのにどうして龍二だけ生き残ってるの!こんなの、こんなの不公平だああああああッ!」
憎しみと怒りで顔を歪ませ、美春の殺気はさらに膨らんでいく。
それは黒い稲妻となって部屋に飛び散り、床に転がる無数の死神の骸を磁石のように引き寄せていった。黒い稲妻は美春と死神の骸を飲み込み、ブラックホールのような小さな穴から何かが這い出てきた。
「龍二いいいい!私を生き返らせてよおおおおおッ!」
「・・・み、美春・・・・。」
それはもう人の姿ではなかった。
腐敗したスライムのような身体をして、表面には死神の髑髏がいくつも浮かび上がっている。そしてその中に一際大きく美春の顔が浮かんでいた。
「あらあ・・・これはもうゾンビですらないわね。龍二、あなたが早くやっつけないからこんなことになっちゃったのよ!」
「そ、そんなこと言われたって・・・・。」
メリッサはうろたえる龍二の元に舞い降り、巨大な怪物と化した美春を見上げた。
「この子は生きることも死ぬことも出来ず、ただ痛みに苦しんでるわ。
本当に彼女のことが大事なら、ここで終わらせてあげなさいよ。」
「・・・・・俺は・・・恋人を殺すのか・・・。」
メリッサはもう何も言わず、怪物と化した美春を睨んだ。
「これは怨念の集合体、コープスって奴よ。悪霊とゾンビが合体した最悪のアンデッドね。」
「美春が・・・そんな化け物に・・・。」
「こいつを倒すには完全に肉体を消滅させるしかないわ。だから龍二の本気の力で思い切りぶん殴って。スサノオの腕力なら余裕でいけるはずだから。」
「・・・で、でも・・・・。」
未だにうじうじと迷う龍二に腹を立て、メリッサは思いっきり彼の頬を引っ叩いた。
「いつまでもメソメソしてるんじゃないわよ!男なら自分の女にケジメをつけなさい!」
メリッサの言葉は胸に突き刺さった。
《そうだ・・・。美春は苦しんでいるんだ。楽にしてやらないと・・・。》
龍二の肉体はさらに熱くなって、握った拳に力が集まってくる。
皮膚はさらに強くなって鉄より硬くなり、拳は倍以上に膨らんで赤く光り出した。
「じゃ、あとはよろしく。」
メリッサはササっと龍二の後ろに隠れ、身を屈めて耳を塞いだ。
「龍二いいいいいいいいッ!身体をちょうだいいいいいいいいッ!」
美春は苦痛に顔を歪めて襲いかかってくる。
血の涙を流し、もはや人間の名残さえ捨てて怨念に取り憑かれた悪魔と化していた。
《美春・・・すまない。今楽にしてやるからな・・・。》
空手の正拳突きのように拳を構え、足を開いて床を踏ん張った。
そして膝と腰を回し、まるで速射砲のようにスサノオの拳を撃ち出した。
「龍二いいいいいいいいいいいいいッ!」
渾身の一撃は赤い閃光を放ち、一撃で美春の肉体を吹き飛ばした。
飛び散った破片は粒子に砕かれて消滅し、取り込まれた死神達は塵となって宙に消えていった。その中から淡い光を放つ美春の魂が飛び出し、全ての怨念から解放されて人の姿に戻っていく。先ほどのまでの苦痛が嘘のように微笑み、龍二の前に降り立ってニコリと笑いかけた。
《龍二・・・ありがとう・・・。・・・・さようなら・・・・。》
「美春・・・。」
彼女は宙に舞い上がり、壁を流れる緑の光に吸い込まれてどこかへと流されていった。
戦場のようだった部屋の中には静けさだけが残り、美春の気配は完全に消え去った。
「・・・美春・・・すまない・・・すまない・・・・。」
恋人を手にかけた罪悪感は胸を貫き、耐えがたい苦痛となって龍二を痛めつけた。
胸の紋章が疼き出し、身体は異常なほど熱くなって弾けそうなくらい力が溢れてくる。
「・・・うう・・・美春うううううううッ!」
雷鳴のような絶叫を放って龍二は暴れ回った。
目につくものを全て殴り飛ばし、部屋は破壊されて瓦礫が積み上がっていく。
「まずいッ!あれほど気をつけろって言ったのに!」
龍二の身体の中ではスサノオの力が暴走していた。
メリッサのくれた水の結晶さえそれを止めることが出来ず、パキンと割れてスサノオの力に飲み込まれてしまった。
「美春!美春うううううううッ!」
「落ち着いて!このままじゃ死んじゃうわよ!」
もう手が付けられなかった。このままではすぐに龍二の肉体は弾け飛び、彼の魂は石碑に飲み込まれることになる。それはメリッサにとっては何としても阻止したいことだった。
《ここで死なせたら、何の為に人間なんかに協力してるのか分からなくなっちゃう!》
もはや迷っている暇はなく、メリッサは龍二に抱きついて強く唇を重ねた。
そしてあの時と同じように水の結晶を押し込み、サッと離れて龍二の様子を窺った。
水の結晶は喉を通り抜け、強引に体内へ侵入していく。
苦しみにのたうち回っていたが、やがて落ち着きを取り戻して大人しくなっていった。
「龍二・・・大丈夫?」
四つん這いになって項垂れる龍二の背中を撫で、メリッサは不安そうに顔を覗き込んだ。
「・・うう・・・美春・・・・。」
龍二は涙とヨダレで顔を濡らし、大きく息を吸い込んで顔を上げた。
「・・・情けない!恋人を殺して・・・また暴走しそうになって・・・情けないッ!」
悔しそうにガンガンと床を殴りつける。あまりの自分の不甲斐なさに腹が立って仕方なかった。メリッサはしばらく好きなようにさせておいた。彼が落ち着くまで背中に手を当て、悲しげな顔でただ見つめていた。
「メリッサ・・・。」
龍二は鼻をすすり、メリッサの腕を掴んで謝った。
「・・・またお前に助けられた。・・・すまん・・・。」
「いいわよ、別に。でもまた水の結晶を使っちゃったから・・・私は・・・・。」
彼女の声には力が無かった。まるで病人のように覇気を失くし、何日も徹夜を続けた時のようにやつれた顔をしていた。
「どうしたメリッサ?もしかしてお前まで傷つけたんじゃ・・・・。」
「違うわ。水の結晶は私の魂を削って作るの・・・。短時間に二つは堪えたみたい・・・。」
「魂を削って・・・。そこまでして俺を助けてくれたのか・・・・?」
メリッサは何も言わずに目を閉じ、力を失くして倒れていった。
「メリッサ!」
咄嗟に彼女を抱きかかえ、肩を揺さぶって何度も名前を叫んだ。
「メリッサ!メリッサ!しっかりしろ!何で俺の為にそこまでするんだッ?」
彼女の身体はじっとりと濡れ、龍二の腕に水が滴ってくる。
「お前・・・身体が・・・・・。」
メリッサは少しだけ目を開き、小さく口を動かして呟いた。
「私・・・まだ死ねないわ・・・私はまだ・・・・やることが・・・・・・・。」
そう言いかけて、メリッサは水となって龍二の腕からこぼれ落ちた。
龍二は自分の腕を見つめ、肘から滴る彼女の水滴を見つめて叫んだ。
「メリッサあああああ!」
強く拳を握り、手に残った滴を抱き寄せる龍二。彼の足元にはじわりと濡れた床が広がっていた。
《龍二・・・。大丈夫、私はまだ死なない・・・。ちょっとだけ・・・休ませて・・・。》
「メリッサ!」
肉体を失くしたメリッサは霊体となって龍二の前に立っていた。
それは透き通った綺麗な水の身体で、風を受けた水面のようにゆらゆらと揺れていた。
《少しだけ・・・お別れね・・・。でもすぐ会えるから・・・その時まで、死なないで・・・。》
「おい、メリッサ!どこへ行くんだ!」
メリッサの霊体はふわりと宙に浮かび、美春と同じように部屋を流れる緑の光に吸い込まれていった。
「メリッサ!待ってくれ!俺は助けられてばかりで、何も返してないぞ!」
龍二も緑の光に駆け寄るが、触れても叩いても何も起こらなかった。
「くそ!また俺のせいで・・・、俺が情けないから・・・・。」
壁に頭を打ちつけ、何度も殴りつけて項垂れた。
「もう嫌だ・・・。どうして俺だけ生き残って・・・みんな戻って来てくれ・・・。
俺を・・・・・俺を独りにしないでくれえええええええッ!」
龍二の絶叫は部屋にこだまし、やまびこのように反射していた。
自分で叫んだ言葉が自分の胸を引き裂き、力無く横たわって膝を抱えてうずくまった。
「・・・・俺は・・・これから独りで・・・どうしたらいい・・・。
誰か教えてくれ・・・・頼むよ・・・・。」
龍二は精神的な負荷に耐えかねて気を失い、真っ暗な意識の底に落ちていった。

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