カオスジャーニー 第四話 競う者達

  • 2014.06.20 Friday
  • 17:40
競う者達


何かを創るということは、何かを壊す始まりである。
全てのものは止まっているように見えても動いている。
それはお前の立っている世界も同様である。不朽不滅のものは存在しない。
初めての試練を乗り越え、そのことに気づいたなら大変喜ばしいことである。
知るということは壁を見つめることであり、お前は自分の壁に気づいたのだ。
狭い鳥籠から飛び立つには、まずは壁を知ることである。
しかしそれはきっかけに過ぎない。知ることだけでは無知と変わらない。
これからお前は行動を起こさなくてはならない。
傷つき、仲間を失ったとしても、それは実に些細なことである。
全てを捨てる。そこから始まる。だからお前は知るべきだったのだ。
お前の世界がいかに脆いか、いかに幻かということを。
今、お前はようやく産声を上げた。戦うに相応しい資格を持った。
希望も愛も絶望も失くしたお前が、再び立ち上がるのはなぜか?
私は言った、全てを捨てよと。しかしそれは、真なるものを除いてのことである。
お前の心は空になりながらも戦いの道を選んだ。真なるものに気づいたからである。
『意志』
それは希望や絶望や感情に支配されない、存在の在り方を決めるものである。
選択はお前に任されている。
お前の意志こそが道を選び、その先へ歩みを進めるものである。
これからお前は出会うだろう。お前と同様に戦いの道を歩む者と。
それは手を取り合って共に戦う者でもなく、話し合いで和解するべき者でもない。
競うべき者である。戦い、葬り、お前の足場として積み上げる者達である。
いつか私の元へ手を伸ばせるように、屍の山を積み上げるがいい。
もうお前はそのことに悲しみは抱かない。そして喜びも抱かない。
しかし油断は禁物である。気を抜けば再び鳥籠に戻され、幻に苦しむことになるだろう。
ゆめゆめ自分の意志を忘れぬことだ。
さあ、戦いに赴くがいい。他の意志を砕き、他の意思を葬ってここまで来るのだ。
私はいつでも見ているぞ。
お前の魂、そしてお前の戦いを・・・・・・・。


            *


龍二は部屋の扉を出て立ち尽くしていた。
またあの声を聞き、気がつけば立ち上がって部屋の外に出ていた。
「・・・何もない・・・空っぽだ・・・。生きている意味さえ分からない。」
何も求めず、何も望まないはずなのに足は進んでいく。
どこへ行くのか、どこへ行けばいいのかもわからないのに、ただ足を動かして歩いて行く。
メリッサを失って気づいたことがあった。
家族や仲間を失って絶望していた自分にとって、彼女の支えがどれほど大きかったかを。
独りではとうに自殺していたかもしれない。
しかしメリッサが尻を叩いてくれるから、とりあえずここまで来てみた。
そのメリッサさえ失い、行くあてもないし、心の拠り所さえなかった。
いっそスサノオの力を暴走させて暴れるだけ暴れて、弾け飛んでしまおうか。
本気でそう考えるが、メリッサと引き換えに繋ぎ止めたこの命を無駄には出来なかった。
《誰でもいいから・・・俺の前に現れてくれ・・・。》
その願いに応えるように、背筋に悪寒が走って死神の群れが現れた。
遺跡の大きな通路の前後を挟まれ、鎌をもたげて龍二に敵意を向けている。
「誰でもいいとは思ったが、お前らは別だ・・・。何もかも俺から奪った悪魔め。
全員塵になるまで叩き潰してやる!」
龍二の闘志はスサノオの力を引き出し、皮膚は硬化して紋章は赤く輝き出す。
死神は二十体はいた。しかし龍二は全く恐れをみせず、拳を構えて突進していった。
「殺せるもんなら殺してみろ!俺が逆にお前らを狩ってやる!」
龍二の動きは速かった。死神の鎌をかい潜り、機関銃のように拳を放ち、大砲のように豪快な蹴りを放った。瞬く間に五体の死神が粉砕され、砂塵と化して飛び散った。
宙に舞った死神の鎌を掴み、龍二はさらに勢いを増して突っ込んでいく。
「仲間の鎌でくたばれ!」
空を切り裂いて龍二の鎌が一閃し、死神は彼の攻撃に反応することすら出来ずに両断されていく。目の前を塞いでいた死神は残り一体だけとなり、龍二は地面を蹴って鎌を投げつけた。死神は手綱を引いてかわそうとするが、龍二の放った鎌は高速で回転しながら死神を粉砕していった。
「なんだよ・・・全然大したことないな。俺の国を襲った時の威勢はどうしたッ!」
勝ち誇ったように叫び、床に落ちている鎌を何度も踏み砕いて怒りを露わにした。
「いったいこの鎌でどれだけ殺しやがったッ!俺は絶対におまえらを・・・・、」
その時背中に衝撃を感じ、龍二は膝をついて後ろを振り返った。
『愚かなり・・・人の子でありながら死に抗おうとするか・・・・』
背中には死神の鎌が刺さっていた。
油断して後ろの敵に隙を与えたことを後悔したが、時はすでに遅かった。
死神は龍二の周りを囲み、首元に大きな鎌を当てて見下ろしていた。
『死神に狙われるということは・・・その者に死が迫っているということである。
それは変えようのない運命・・・悲しむことなく死を受け入れよ・・・・。』
首に当てられた鎌が引かれ、龍二の喉元に食い込む。
なんとか逃れようと身体を動かした瞬間、別の死神が鎌を突き立てて両足の腱を切断した。
もはや立ち上がることも出来ず、龍二は死を覚悟して死神を睨みつけた。
「いいさ、このまま死ぬなら暴れてやる。お前らも道連れだ。」
龍二の身体がさらに熱くなる。紋章は痛いほど輝き、拳に力が集まって赤く光り始めた。
『無駄だ・・・死を受けいれよ・・・・』
死神の鎌は龍二の拳より速かった。
しかし首が切り落とされる一瞬前に、雷光が龍二の頭上を飛び抜けていった。
閃光と爆音に身を竦めていると、もう一発雷光が走って死神を粉砕していった。
「な、なんだ・・・・。」
龍二を囲っていた死神は全滅し、鎌だけが残されて地面に散らばっていた。首元に手を当てると大きな切り傷が走っていたが、幸い骨の手前で止まっているようだった。
「助かったのか・・・。でも今の雷はいったい・・・。」
膝に手をついてゆっくり立ち上がると、後ろから声を掛けられた。
「危なかったな。あんた危うく死ぬところだったぜ。」
張りのある低い声がして振り向いてみると、黒い軍服を着た長身の男が立っていた。
髪は赤く、女のように背中まで伸びている。冷たさを感じさせる切れ長の目をしていたが、その顔は美男と呼べるくらいに整っていた。
手には大きな銃を持っていて、薄く笑いながら龍二に近づいてくる。
「あんたも資格者だろ?生身の人間がこんな所にいるわけないもんな。」
男の目は赤く光っていた。身体から発する雰囲気は人のものではなかったが、死神や美春のような邪悪なものでもなかった。
「その軍服は・・・アテイナ国の軍人か?」
「おお、そうだぜ。あんた詳しいな、軍事マニアか?」
「いや、俺はヨスガ国の軍人だ。・・・見習いだけど・・・。」
男は可笑しそうに笑い、銃で肩を叩きながらじろじろと見つめてきた。
「死神の衣を腰に巻いているだけか。ずいぶん貧相な格好だな。これやるよ。」
男は腰に付けていた短剣を外し、龍二の手に押し付けた。
「そいつを差しときゃちっとは軍人らしく見えるだろ。まあここでは何の役にもたたん武器だがな。」
「・・・いいのか、もらっても・・・。」
「構わないさ。俺にはこの銃があるし、身に宿ったゼウスの力もあるしな。」
「ゼウス・・・。ということはさっきの雷は・・・?」
男はニヤリと笑い、右手を龍二の前に向けた。
するとその手の中に小さな電気が発生し、パッと光って棒状の雷が生まれた。
それは神話に出て来るゼウスの武器、雷霆と呼ばれるものだった。
間近で見ているだけでも凄まじい力を秘めているのを感じ、思わず息を飲んで後ずさった。
「ははは、怖がるなよ。別にあんたにコイツを使おうなんて思ってねえ。」
「・・・すごいな。身に宿った神の力を自在に扱えるのか?」
「凄いなってあんた・・・。もしかして力のコントロールも出来ないのか?
こりゃまたお間抜けな資格者がいたもんだ。」
男は赤い髪を揺らして豪快に笑い、雷霆を消して龍二の肩に手を回した。
「あんたさ、もしかして今起こっていることがちんぷんかんぷんなんじゃないのか?」
「ああ、そうだよ・・・。いきなり死神が現れて、家族も仲間も全部殺された。
俺を助けてくれた精霊も・・・肉体を失って消えてしまった・・・。」
「そうか。じゃあ何も分からずにここで独りぼっちなわけだ。」
龍二が悲しそうに頷くと、男はポンポンと肩を叩いた。
ゼウスの力を身に宿し、あの死神の群れを一撃で全滅させるほどの強者。
しかも今この世界に起こっている異常事態を全て知っているような発言。
龍二は男を見上げ、頭を下げて頼み込んだ。
「頼む!今何が起こっているのか教えてくれないか。あの石碑や死神・・・。それに身に宿る神の力や、さっきから口にしている資格者とやらの意味を。」
「おいおい、男が簡単に頭を下げちゃイカンぜ。しかも他所の国の軍人によ。」
「それは・・・。いや、俺はとにかく知りたいんだ!自分の身に起こっていること。
そしてこの世界に起こっていることを・・・。その為なら恥などどうでもいい。」
龍二の声は真剣だった。それは心の叫びそのもので、藁にもすがりたい思いで口にした言葉だった。何かを知れば何かが変わるかもしれない。そして・・・その先のことは考えたくなかった。じっと頭を下げていると、男は「いいぜ」と笑った。
「いいかい若いの。俺もあんたも、歴史の出発点に立ってるのさ。」
「歴史の出発点?」
「そうさ。世界は生まれ変わろうとしている。あの石碑が働きだしてな。
これくらいはさすがに知ってるよな?」
「ああ、一緒にいた精霊に教えてもらったよ。でも今一つ要領を得なかったけど。」
すると男は腕を組んで可笑しそうに笑った。
「そりゃあそうだろう。この戦いにおいては人間と精霊は対立することになるからな。
何も知らないあんたに詳しくは教えないだろうさ。」
「・・・・どういうことだ?」
「まあまあ、順番に説明してやるからそう焦りなさんな。」
男は懐からタバコを取り出し、口に咥えて指先から電気を放って火を点けた。
そして短く煙を吐き出し、壁を流れる緑の光を指差した。
「ここを流れているのは、世界を構成していた魂や物質だ。これらは石碑の中へと運ばれ、新たな世界を生み出すエネルギーになる。
でもただエネルギーを集めるだけじゃ駄目だ。それを起爆させるスイッチが必要になる。」
「起爆スイッチ・・・?」
龍二は壁の光を見て考えた。美春もメリッサもこの光に吸い込まれてどこかへ運ばれていった。そしてそれは石碑の中へと向かうらしい。そうして蓄えられたエネルギーを起爆させるにはスイッチが必要・・・・。そこまで考えた時、パッと頭に閃いた。
「もしかして・・・資格者というのは、その起爆スイッチのことを指しているのか?」
「ピンポ〜ン!ご明答。ぶっちゃけいうと俺もあんたも死神に一度殺されているんだよ。
しかしあの石碑に選ばれた命はもの凄い速さで生まれ変わり、半死半生の中途半端な肉体を与えられてこの世に戻ってくる。俺達のこの身体は、半分は死神と同じってわけさ。」
「そうか・・・それであの時メリッサは、俺のことを半分死神だと言っていたのか。」
「メリッサ?お前の女か?」
男は茶化すように煙を吹きかけてくる。
「いいや、俺の命の恩人だ。二度も助けてもらったのに、俺は何も出来なかった。」
「そうか・・・。それは辛かったろうな・・・・。」
一瞬だけ男の顔に悲しみが浮かんだが、しかしすぐに元の表情に戻って話しを続けた。
「俺達は石碑に選ばれた命なのさ。そして歴史創始の戦いを勝ち抜くため、神から力を与えられた。俺ならゼウス、あんたは・・・・、」
「スサノオだ。」
「ああ、それだ。ヨスガの国の守り神だったな。
どっちも腕っ節に自信のある喧嘩の強い神様だ。
そういう強力な神は、石碑に選ばれた命に力を与えてくれる。」
「どうして神が力を与えてくれるんだ?」
「それはまあ、あれだよ。子供の野球大会で、親が自分の息子や娘を応援するのと同じさ。
世界が転生の瞬間を迎えたってのに、我が子を放っておくわけにはイカンだろ。」
「ずいぶん噛み砕いた言い方だな?何か誤魔化そうとしていないか?」
男はタバコを足元に投げ捨て、グリっと踏み潰してから龍二を睨んだ。
「・・・半分は本当のことさ。護国神として崇められているのに、その魂を見捨てるのは神様としてどうなのって話だ。でももう半分は・・・・自身が石碑の主になりたいからさ。」
「石碑の主か・・・。何度かその言葉を聞いたけど意味が分からないな。」
龍二は腕組みをして首を傾げ、男は小さく笑って指を向けながら言った。
「いいか、さっきあんたが言った通り、俺達はただの起爆剤だ。
身に宿った神の力を持って、あの石碑に辿り着く。
その時に石碑のエネルギーは解放されて、世界は生まれ変わるんだ。
そして石碑まで辿り着いた時、資格者に宿っていた神は・・・・、」
「・・・新たな世界の王となる・・か?」
「そう、神様はいっぱいいるけど、その頂点に立つ神の王となる。
それは一万年ごとに交代するのさ。その時に世界は生まれ変わる。」
男は真剣な顔で龍二を見つめた。その目は嘘を言っている目ではなく、龍二は彼の言葉を信用して、新たな疑問をぶつけた。
「なら俺達は、神様の覇権争いに巻き込まれたってことか?」
「結果的にはな。しかしいくら神といえど歴史創始の掟からは逃れられない。
例えばあんたのスサノオが石碑の主になったとしよう。
そしてスサノオは他の神々が気に食わなかったとしよう。
すると石碑のエネルギーを解放する瞬間なら、他の神々を世界から消し去ることも可能なんだ。生まれ変わりの運命は、神ですら逆らえないからな。
それぞれの神は自分の役割であったり教義であったり、それらを背負う宿命を持っている。
なら歴史創始の時にじっとしているわけにはいかないんだよ。それは自分を崇める者達への責任でもあるから、ああいう噛み砕いた説明をしたのさ。」
「なるほど・・・・。」
そう呟いて頷いたものの、いまいち話が大きすぎてピンとこなかった。
男はそんな龍二をよそに新しいタバコに火をつけ、上に煙を吐き出しながら笑った。
「最初に言ったように、俺達は歴史の出発点に立っている。
一番始めに石碑に辿り着いた者が、新たな歴史を創始するんだ。
実際にその役割を担うのは身に宿った神様だが、実は資格者にもご褒美がある。」
「ご褒美?なんだそれは?」
男は「聞いて驚け」と言わんばかりに目を細めて笑い、龍二に顔を近づけて言った。
「それはな、自分にとって最も愛しい者を生き返らせることが出来るんだ。」
「最も愛しい者・・・?」
「そうさ、家族や恋人や友人。なんなら自分自身でもいいんだよ。」
「自分自身ってどういうことだ?」
「・・・いいか、歴史創始の役割が終わったら、俺達は用無しなんだよ。
だから次の一万年後まで石碑の中に閉じ込められることになる。
その時まで転生出来ないんだ。しかし自分自身が生き返ることを望んだなら・・・。」
「石碑から復活出来るということか?」
「そうだ。しかも死神に殺される前の状態で復活させてくれる。」
「それは家族や恋人も、元の姿で復活できるということか?」
「もちろん。じゃなきゃご褒美の意味がないだろ?」
男の言葉は龍二を悩ませた。どうでもいいと思っていたこの戦いだが、そういうご褒美があるなら戦う意味もあるのかもしれない。それは小さな火となって龍二の心を照らした。
「あとついでに死神のことを説明しとくとだな、あれはただのイレギュラーだ。
俺達のご先祖様がいい加減な仕事をしたが為に奴らは出て来た。」
「それはメリッサからも聞いたな。彼女は随分そのことに腹を立てていたみたいだけど。」
「そのメリッサってのは精霊なのか?」
「ああ、ウンディーネだよ。とても気が強くて、頼りになる女性だった。」
「・・・あんた惚れてるな、そのメリッサって女に。」
男はニヤけた顔で煙を飛ばした。
「い、いや、そういうわけじゃない・・・。ただ色々と助けてもらったから・・・。」
「ははは!いいじゃないか。若いうちはすぐに誰かを好きになるもんだ。
でも気をつけろよ。ウンディーネってのは絶対に浮気を許さねえからな。
見た目の美しさだけに惹かれて恋仲になると、とんでもなく痛い目をみるぞ。」
「だからそういう意味じゃない!」
龍二は顔が火照るのを感じてサッと目を逸らした。
「ははは、まあいい。人の色恋に口を出すのは野暮のすることだしな。
しかし精霊ってのは心の底ではとにかく人間を恨んでやがる。
大昔の悪魔退治の時に自分達の手柄を横取りされ、その後は邪魔者扱いされたんだからな。
そして何より、今の石碑の主は・・・・、」
「主は・・・・?」
男は素手でタバコをもみ消し、真剣な顔になって答えた。
「今の石碑の主は、大自然の神、黄龍だ。奴は自然の中で生きる者達の守り神だ。
精霊や獣人、妖精やエルフにとっちゃ最も敬うべき神なんだよ。
そして黄龍の力を身に宿した資格者は、今でも石碑の中に閉じ込められている。
その者の名は・・・妖精王オベロン。妖精達の指導者にして、マヤ国の初代国王でもある。」
「妖精王オベロン・・・本当にいたのか?」
「今じゃただの伝承と思われているが、彼は実在する。
そして精霊達は自然界の代表としてこの戦いに参加し、新たな自然の神、樹神マヤを石碑の主にしたがっている。そしてマヤの力を宿した資格者は、オベロンを復活させて、再び自分達の王になってもらうつもりなんだよ。」
「そうか・・・それでメリッサは言葉を濁していたんだな・・・。」
「生まれ変わった世界がどのようになるかは、石碑の主になった神の意向による。
黄龍は自然の神とはいえ、調和を重んじる人格者だ。
だから俺達人間も冷遇されずに済んだし、あらゆる種族が奴の恩恵を受けている。
石碑の主としては理想的な神だよな。」
男は肩を竦めて笑い、銃を担ぎ直してタバコを投げ捨てた。
「しかし樹神マヤが石碑の主となったらそうはいかないだろう。
あいつは完全なる自然の象徴だから、もしかしたら俺達人間は酷く冷遇されるかもしれん。
そうなりゃ精霊と人間の立場は逆転、今度は俺達が日陰でこっそりと生きていかなきゃならなくなる。次の一万年後が来るまではな。」
男は面白くなさそうに言い、龍二は不安を抱えた目で投げ捨てられたタバコを見ていた。
もし彼の話が本当だとすると、メリッサはどうして俺に協力したのだろう?
自分の魂まで削って、どうして俺を助けてくれたのだろう?
そんな龍二の心を見透かすように、男は肩に手を置いて言った。
「別に誰に惚れようがあんたの自由だ。しかし注意はしておくべきだぞ。
自然の民ってのはなかなか狡賢いからな。うぶな若者の心を弄んで利用することくらい平気でやる連中だ。まあ、人間が言えた義理じゃないがな。」
「・・・ああ・・・そうだな・・・。」
男は小さく頷き、壁を流れる光を見つめて三本目のタバコを咥えた。
「資格者ってのはそれぞれの思惑があって戦っている。
精霊に限らず、同じ人間同士でも争うことになるだろう。
そして、全ての資格者が確固たる『意志』を持って戦っている。
もしあんたも石碑に辿り着きたいのなら、強い意志を持つことだ。決して感情や幻想に振り回されちゃいけない。
自分の意志が崩れた時、そいつは間違いなく死ぬ。」
最後の言葉は龍二を睨みつけて言った。
それは敵を睨む目ではなく、若者を諭すような厳しい目だった。
龍二はその視線を受け、思わず顔を逸らした。
聞きたいけど聞きたくない言葉が浮かび、それでも黙っていることが出来ずに口を開いた。
「石碑に辿り着けるのは・・・一人だけなのか?」
「当然だろ。何人も歴史の創始者になれるかよ。」
「だったら・・・資格者同士は・・・、」
「殺し合うことになる。」
「・・・・・・・・・・。」
龍二は息を飲んで俯き、鼓動が速くなるのを感じた。
そして拳を握り、ゆっくりと顔を上げて男を見つめた。
「じゃああんたも・・・俺を殺すのか?」
男は何も答えずに右手を前に向け、雷霆を造り出して殺気を放った。
龍二は男から飛び退き、拳を赤く光らせて構えた。
心臓が爆発しそうなほど速くなり、途端に目の前の男が悪魔のように見えた。
『勝てない。』
あれだけの死神を難なく吹き飛ばし、神の力を自在に操れるような奴には勝てない。
『勝てない相手から逃げることは恥ではない。』
これは父から教わった言葉であり、守るべきものがないなら、勝算の無い戦いはするなと厳しく言われていた。
龍二はその教えに従い、近くに落ちていた鎌を男に投げつけて逃げ出した。
早坂ほどではなくても足には自信がある。
さっきの部屋に戻って扉を押さえておけば、奴は中に入って来れないはずだ。
咄嗟にプランを立て、龍二は全力で駆け出した。
しかし男はあっさりと鎌を払い除け、雷霆を振りかざした。
空気が振動して雷鳴が響き、眩いほどの稲光が龍二の横を駆け抜けていった。
「うわあッ!」
思わず顔を覆い、地面に躓いて盛大に転んでしまった。
しかし必死の形相で立ち上がり、龍二は再び走り出す。
だが次の瞬間、身体が弾けそうな衝撃を受けて倒れ込んでしまった。
《やばい!喰らっちまった!でも・・・これは雷の衝撃じゃないッ・・・。》
男は龍二の目の前に立ち、髪の毛を掴んで持ち上げた。
そして雷霆を首元に突きつけ、ニヤリと微笑んで顔を近づけた。
「終わりだ。さようなら、若いの。」
《嫌だ!死にたくない!》
死の恐怖から目を逸らすように顔を背けるが、どれだけ待っても雷は落ちてこなかった。
やがて男の笑い声が響き、龍二は地面に落とされて尻もちをついた。
《な、なんなんだ・・・・。》
龍二は死の恐怖と男の笑い声で混乱していた。
そして呆然と地面に手をついていると、男は龍二の肩を叩いて謝った。
「悪かったな。ここまでビビるとは思ってなかった。」
「な、なんだよ・・・。殺すつもりじゃなかったのか・・・?」
「ああ。ちょっと脅かしてやろうと思っただけなのに、お前本気で怖がるんだもんな。
いくら見習い軍人とはいえ、もちっとしっかりしようぜ。」
そう言って龍二の手を引いて立たせ、深くタバコの煙を吸い込んだ。
「・・・・死ぬかと思った・・・・。」
「あの程度で死ぬようじゃどの道他の奴に殺されるさ。」
男はポンポンと肩を叩き、担いでいた銃を龍二に手渡した。
「短剣のついでにコイツもやるよ。空震銃だ。」
「空震銃・・・?」
「俺の国が密かに造っていた対死神用の銃さ。奴らはどういうわけか振動系の攻撃には弱いらしい。死神を蹴散らす程度なら充分役に立つ。持っていきな。」
男はタバコを投げ捨て、踵を返して去っていく。
「待ってくれ!まだまだ聞きたいことがあるんだ。」
そう言うと足を止めて振り返り、男は指を向けて強い口調で言った。
「何でも人に頼っていると生き残れないぞ。
俺は弱者を手にかけるのは趣味じゃない。だからあんたを生かしておいただけだ。
次に会った時、今より強くなっていたら・・・・・その時は殺し合いだ。じゃあな。」
男は再び背を向けて去っていく。龍二はもらった銃を握りしめ、一言だけ叫んだ。
「あんたの名前はッ?」
「クリムトだ。せいぜい生き残れよ、青年。」
男は背を向けたまま手を振り、堂々とした足取りで去って行った。
龍二は彼の名前を胸に刻み、手にした銃を見つめていた。

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