カオスジャーニー 第五話 見ざる聞かざる言わざる

  • 2014.06.21 Saturday
  • 18:04
見ざる聞かざる言わざる


何も知らないのは幸せなこと。彼はきっと私のことを気にかけている。
若い人間の男をたぶらかすなどちょろいものだ。
人間は情に弱い。特に男というのは色情にはめっぽう弱い。
私は自分の美しさには自信がある。精霊の中でも特に美人な方だと思っている。
しかしそんなことはどうでもいい。どうでもいいが・・・こういう時には役に立つ。
精霊は外見など気にしない。ただ相手の心だけを見る。
だから美女と野獣なんて、精霊の恋の間ではしょっちゅう起こる。
でも人間はすぐに外見に騙される。それが美しい外見であれば、無条件に心が惹かれる。
あの青年、悪い子ではないが力はある。しかし悲しいかな、まだまだ経験が足りない。
そのおかげで彼に近づくことが出来たけど、あのままではこの先頼りない。
どうにかして鍛え上げたいけど、肉体のない今ではどうすることも出来ない。
なんとか私の肉体が再生するまで生き延びていてほしいけど・・・。
軍人のくせにあの情けなさは悲しくなってくる。しかし愚痴を言っても始まらない。
私は絶対にこんなところで死ぬわけにはいかないのだから。
何としても石碑に辿り着き、彼らの思惑を阻止しなければならない。
あんな樹の神様に新たな世界を任せるわけにはいかない・・・。
精霊や獣人、エルフや妖精。みんな心は綺麗だし、高い能力を持っている。
しかし人間に比べると、ただ一つだけ欠点がある。
とにかくオツムが弱い。馬鹿ということはないけど、人間ほど考える力が無い。
だから高度な社会性が持てないし、いつだって人間に苦渋を舐めさせられる。
人間は狡猾だし残忍だが、とても頭は良い。
自然の民と人間が手を取り合って共生出来れば一番いいのだが、それは難しいだろう。
だって・・・人間には尽きることのない欲望があるのだから。
大事なのは偏り過ぎないことだ。
世界は誰のものでもない。人間のものでも、精霊や獣人のものでもない。
・・・・龍二。悪いけど、あなたに呪いをかけさせてもらうわ。
見ざる聞かざる言わざる、そういう心を閉ざす呪いをね。
私が戻るまで、あなたには絶対に生きていてもらわないと困るから。
ごめんね、利用して・・・。この戦いのあと、もし私でよかったらお嫁さんになってあげるわ。一回くらいの浮気なら許してあげるし、ちゃんといい奥さんになってあげる。
だから・・・今は我慢していて。・・・辛いだろうけど・・・お願い・・・。


            *


クリムトからもらった銃は強かった。
彼と別れて遺跡を進む龍二は、あの後すぐに死神の群れに囲まれた。
しかし空震銃の一撃で大半の死神は消し飛び、残った死神は拳で砕いていった。
「本当に強力な武器だな。ヨスガの最新鋭の武器でも死神には効かなかったのに。
どうしてこんなものを造り出していたんだ・・・。」
彼は言っていた。これは対死神用の銃だと。
ならば死神が襲来してくることを予想していたことになる。それに龍二の質問には何でも答えることが出来たし、どこからあんな情報を仕入れたのか不思議だった。
もしかしてヨスガ以外の国では、この事態を全て予想していたのかもしれない。
「俺の国は軍隊は強力だけど、諜報は他国に劣っているからな。
しかしいくら諜報部隊が優れていても、こんな事態になることを予想出来るものなのか?」
考えを巡らせていると、遠くの方の開けた場所に死神の群れがいることに気づいた。
《まだこちらには気づいていないようだな。別の道を探すか、それとも不意打ちするか?》
しかし死神の様子は明らかに変だった。誰かに殺気を向けているようで、龍二は銃を構えて注意深く観察してみた。死神は全員が天井の方を見上げている。
そして手綱を引いて高く飛び上がり、鎌を振り上げて天井に斬りつけていた。
その瞬間に赤い光線がいくつも走り、死神の群れを焼いていった。
《なんだ・・・?天井に誰かいるのか・・・。》
銃を構えたままゆっくりと近づいてみると、また赤い光線が走って死神を焼いていった。
威勢よく鎌を振り上げていた死神達は、戦意を失くしたようにこちらに逃げてくる。
「しまった!」
龍二の姿は丸見えだった。死神は彼の存在に気づき、鎌を振り上げて襲いかかってくる。
だが龍二は落ち着いていた。クリムトからもらった銃が彼に安心感を与えていたからだ。
銃口を向けて引き金を引くと、重い爆音が響いて空気が揺れた。
襲いかかってきた死神はバラバラに吹き飛ばされ、その後ろから別の死神が迫ってくる。
「ただの的だぞ!」
二度、三度と引き金を引き、激しい空気の振動によって死神達は塵に分解されていく。
後ろには赤い光線、前には龍二の銃、最後に残った死神は馬から降りて鎌を捨てた。
「おいおい、死神が命乞いか?」
勝ち誇ったように銃を向ける龍二だったが、死神は予想もしない行動に出た。
衣を脱ぎ去り、自分の鎌で自分の首を飛ばしたのだった。
死神の髑髏は宙を舞い、キャッチボールのように龍二の元へ飛んで来た。
「最後のあがきかッ!」
銃を向けて狙いを定める龍二だったが、低い声が聞こえてきて動きを止めた。
『汝に力を貸そう・・・。我が力を受け取るがいい。』
死神の声に一瞬思考が止まり、銃を落として髑髏を受け取っていた。
『我は死神・・・。他者の糧に在らず。汝、我が力を使い、歪んだ魂を討ち払え。』
死神の髑髏は砂塵となって胸の紋章に吸い込まれていった。
「うお!何だよ!死神が俺の中に・・・・、」
『我が力失くして、汝にあの敵は討てず。あれは欲望の覇者、死の仏なり・・・。』
「死の仏・・・?」
死神の声は消え、龍二の胸の紋章は黒く染まっていった。
そして死神の使っていた鎌は宙に浮き上がり、龍二の左手に吸収されていった。
「ど、どうなってんだ・・・?」
龍二の疑問に、死神は最後の声で答えた。
『これは我が意志だけに在らず、ある精霊の頼みでもある。』
「ある精霊?もしかしてメリッサかッ?」
『死神とは『死』そのもの。死とは滅びである。それを糧にするなど断じて許されぬ。
欲望の覇者、死の仏を討ち、歪んだ輪廻を絶ち切るのだ・・・・・・。』
「おい!俺の質問に答えろ!ある精霊とはメリッサのことか?死の仏とはなんだッ?」
しかしもう死神の声は返ってこなかった。
その代わりに不思議な力が湧いて来て、左手の爪がナイフのように鋭く伸びてきた。
それは黒く磨かれた宝石のように美しい光沢を放っていて、禍々しい気を纏っていた。
「これじゃまるで死神の鎌じゃないか・・・。俺はこんなもんはほしくな・・・、」
その時殺気を感じて咄嗟に飛び退いた。
するとさっきまで立っていた場所に赤い光線が走り、熱風を放って燃え上がった。
「これは死神を焼いていた光線・・・。どうして俺を狙って・・・・。」
「狙うのは当たり前でしょ。資格者同士が出会ったら殺し合うのが運命だもの。」
耳をつくような高い声がして顔を上げると、紫のサリーに身を包んだ美しい女が立っていた。長い黒髪を頭の上で縛り、艶のある褐色の肌に愛らしい垂れ目で龍二を見つめている。
「初めまして坊や。そしてさようなら。」
女は合掌し、経を唱えて手を広げた。
すると赤い光線を放っていた広間の天井が揺れ、竜のように巨大な蛇が現れた。
「なんだこの化け物はッ・・・・・。」
「これは輪廻の蛇。宇宙の無限を描く私の可愛い分身。あなたもこの中で私の糧となりなさい。」
女はゆっくりと浮き上がり、巨大な蛇の口に飲み込まれていった。
彼女を飲み込んだ巨大な蛇は、表面に赤い玉をいくつも浮かび上がらせて禍々しい姿へと変わっていった。
「これじゃ蛇というより・・・足の無いムカデみたいだ・・・。」
そう呟くと、女はどこからともなく高い笑い声を響かせた。
『あなたの力は・・・スサノオね。武力一辺倒の神じゃ私に太刀打ち出来ないわよ。
我がヴィローシャナ、そしてこのナーガ・ラジャの力にひれ伏しなさい!」
蛇の皮膚に浮かぶ赤い玉が輝きだす。そして燃えるように揺らめいて熱風を放った。
「まずいッ!」
龍二は慌てて駆け出した。その瞬間に赤い玉から高熱の光線が放たれ、遺跡の広間を一瞬にして火の海に変えていった。
「うおおおおお!」
全力で光線から逃げ出し、元来た道を戻って通路の中に避難していった。
「うふふ、お馬鹿さん。そこでは私の炎から逃れる術はないわよ。」
蛇は龍二を追いかけて大きな通路の中に入ってきた。
そしてあっと言う間に追いつき、龍二の行く手を塞いで光線を放った。
「うわあああ!」
灼熱の光線が龍二の身体を焼いていく。このままでは丸焼にされてしまうと思い、闘志を抱いてスサノオの力を引き出した。皮膚は一瞬にして硬くなり、右手は赤く光り出す。
硬質化した皮膚は熱にも強いようで、丸焼けになることは避けられたが大きなダメージを負ってしまった。
「・・ううッ・・・・。」
龍二は身体から煙を上げて苦しみ、それでも立ち上がって逃げようとする。
「馬鹿ね。ここでは逃げ場が無いって言ったでしょ。」
蛇の尻尾は龍二の逃げ場を塞ぎ、反対側には蛇の頭がこちらを睨んでいた。
完全な挟み撃ちとなり、もはやどこにも逃れる場所はなかった。
「じゃあこれで終わりね。適当に焼いたら食べてあげるわ。」
再び蛇の赤い玉が輝きだす。熱が溜まり、熱風が龍二の髪をなびかせる。
《そんな・・・。いきなりこんな化け物と出くわすなんて・・・・。》
誰かに助けを求めようにも、自分の叫びを聞いてくれる者など誰もいなかった。
ここにいるのは、自分と敵だけ。追い詰められた龍二は、膝をついて頭を抱えた。
《嫌だ・・・・。死にたくない・・・死にたくない・・・・誰か・・・・。》
死の恐怖に震えた時、クリムトから言われた言葉を思い出した。
『何でも人に頼っていると生き残れないぞ』
その言葉が浮かんだ時、龍二は心の中で叫んだ。
《・・・情けない!こんなんだから俺は、メリッサも助けることが出来ずに・・・・。》
悔しかった。死ぬほど悔しかった。
父に言われた『逃げることは恥ではない』という言葉を、どこかで都合のいいように解釈していた。逃げることと生き延びることは違う。
生き延びるとは、『死』と戦うことである。そのことに気づいた時、龍二は立ち上がった。自分に向けられる無数の赤い玉を睨み、拳を構えて力を溜めた。赤い玉から光線が撃ち出され、業火を上げて飛んでくる。
龍二は思い切り床を蹴って腰を回し、渾身の力で拳を振り抜いた。
それはボクシングの右フックのように大きな弧を描き、赤い光線を弾き返して蛇に直撃した。
「ぎゃああああああ!」
蛇は一瞬にして業火に包まれ、絶叫を上げて自分の炎に焼かれていった。
「ざまあみやがれ!ヨスガの軍人を舐めるな!」
メラメラと燃えながら、蛇は苦しそうに悲鳴を上げて灰になっていった。
龍二は拳を握って飛び上がり、歓喜の雄叫びを上げて灰になった敵を睨みつけた。
「見たか!余裕こきやがって!俺だってやれば出来るんだ!俺はもう臆病者じゃないぞ!」
何度も勝利の咆哮を上げ、自分の力だけで強大な敵を打ちのめしたことを喜んだ。それと同時に悲しみも湧き上がり、どうしてもっと早くこの勇気を出せなかったのかと悔んだ。
「あの時俺がもっとしっかりしていれば・・・美春も苦しませずに済んだし、メリッサだって助かっていたかもしれない・・・。」
しかし今それを思っても意味は無く、龍二は燃え盛る通路を抜け出して先へ進んだ。
落としていた空震銃を拾い上げ、それを肩に担いで後ろを振り返った。
《クリムト。あんたの言葉のおかげで助かった。・・・ありがとう。》
彼のくれた銃を握り、心の中で深く感謝した。
そして自信に満ちた顔で前を振り向いた時、倒したはずの女の顔があった。
「うわあッ!」
「何驚いてるの?あれで勝ったつもりかしら?」
女は合掌してニコリと微笑み、龍二の顎を蹴り飛ばした。
「がはッ!」
龍二は壁に激突して倒れ込み、口から血を流して女を睨んだ。
「ど、どうして・・・倒したはずじゃなかったのか?」
「言ったでしょ、私は輪廻を描く化身だと。だから死を喰らっていくらでも転生する。
私にとって『死』は栄養と一緒なの。だからあなたの『死』も食べさせてちょうだい。」
女は顔を歪めてマントラを叫び、合掌した手を頭上に持ち上げた。
すると彼女の背中から四本の腕が生えてきて、葬ったはずの蛇が再び復活してきた。
「さあ、ここからが本番。私・・・若い子って好きなの。たっぷり味あわせてね。」
蛇のように長い舌を出して舌舐めずりし、女と蛇は同化していった。
「こ、これは・・・・・。」
女は美しい仏の姿に変わり、彼女の腰から下は巨大な蛇の身体となっていた。
先ほどの禍々しい姿とは打って変わり、拝みたくなるほど神々しい金色に輝いていた。
「さあ、前戯を楽しみましょう。そのあとゆっくり食べてあげるわ。」
仏の姿には似合わない鋭い牙を見せ、女は六本の手で合掌した。
それを花でも咲かせるように開くと、辺りに良い香りが漂ってきた。
桃色の小さな粒子が漂い、蓮の花びらが美しく舞い散って龍二を魅了する。
《ああ・・・これは・・・なんて心地良いんだ・・・・・・。》
龍二の心に、何の苦痛もない平穏が満ち溢れる。
闘志は掻き消され、代わりに喜びだけが湧きあがってきた。
それは生まれたばかりの時に母に抱かれたように、そして愛しい恋人の乳房に抱かれているように、全ての苦痛を忘れさせてくれる快感だった。
発動していたスサノオの力は消え、龍二は膝をついて女を拝んでいた。
《もう戦いなんてどうでもいい・・・。ずっと、この平穏の中に・・・・。》
仏と化した女は、愛しい我が子を抱きしめるように龍二の頭を抱えた。
龍二は豊満な乳房に顔を埋め、指を咥えて童心に返っていく。
「ふふふ、何も怖がることはないわ。あなたは私の中で、永遠の平穏を過ごせるのだから。」
「・・・・・・・・・。」
赤ん坊のように親指をしゃぶり、龍二は膝を抱えて丸まった。
女は蛇の身体で龍二を包み、強く抱き寄せて自分の乳を吸わせた。
「良い子ね。もうおねんねの時間だから、ゆっくり休みましょうね。」
女は口を開け、牙を伸ばして龍二の首元に突き立てた。
しかし龍二は痛みを感じない。極上の快感と心地良さが、彼に痛みを忘れさせていた。
全てが満ち足り、全ての苦痛が消えていく。龍二は完全に敵の術に嵌っていた。
《ああ・・・もう・・・溶けて無くなってしまいそうだ・・・。》
女の牙は確実に龍二から力を奪っていく。若い生気と活力を吸い上げ、自分の糧に変えていく。しかしそれはただの前菜に過ぎなかった。
彼女のメインディッシュは龍二の『死』であった。身に宿る仏の力は『死』を糧にして力を増し、転生を繰り返すことによって強大になっていく。
女にとって『死』とは、より自分を輝かせる最高の食材であった。
龍二は幻覚を見せられているだけだった。違法な薬物より何百倍も強力な毒が彼の頭と精神を侵し、自分が思い描く理想を見せられているだけだった。
それは龍二自身の甘さであり、そこのことに気づかない彼は確実に死に近づいていた。
龍二は女にしがみつき、赤子のように彼女の乳首に吸いつく。
そしてそこから放出されるミルクも、龍二を破滅に落とし込む毒であった。
もう龍二だけの力では逃れられない。快楽は確実に人を堕落させ、破滅させていく最強の毒であった。しかし龍二はある違和感を覚えていた。
快感の底にゆらめく仄暗い何かがそれを感じさせる。そこに漂うのは、強烈な嫌悪を感じさせる呪いであった。臆病者の龍二をさらに臆病にさせる、呪いの鏡であった。
その鏡は綺麗な水で出来ていて、まるで美しく輝く湖面のようであった。
快感の底に溺れていく龍二は、水の鏡に映る自分の姿を見た。
大の大人が指をしゃぶって座り込んでいる。
そして醜い老婆が自分を抱きかかえ、垂れ下がった乳を必死に貪っている。
それは目を逸らしたくなるほど情けなく、そして恥ずかしい姿であった。
《これが・・・・今の俺の姿・・・・。》
あの蛇を倒した自信はどこかへ吹き飛び、叫びたくなるほどの羞恥心が彼を襲った。
全ては幻想。強い自分も、戦いに勝利した自分も、何もかもが幻想。
《俺はまた・・・・・幻の中に生きている・・・・。》
その時、再びクリムトの言葉が蘇った。
『決して感情や幻想に振り回されちゃいけない。
自分の意志が崩れた時、そいつは間違いなく死ぬ。』
何気なく聞いた彼の言葉が、どうしてここまで鮮明に蘇るのか分からなかった。
しかし確かなことが一つある。このままでは、確実に自分は死ぬ。
敵に傷一つ与えることも出来ず、情けない姿を晒したまま死んでいく。
《それは・・・・それだけは・・・・。》
水の鏡には醜い自分の姿が映り、クリムトの言葉は龍二を正気に戻させていく。
理想と現実。幻想と真実。
二つの存在が葛藤を生み出し、毒を打ち消して快楽を砕いていく。
あれほど心地良いと思っていた香りは悪臭に変わり、ズキっと首元が痛んだ。
途端に我に返って目を開くと、女の乳房が目の前にあった。
そして乳首から口を離して顔を動かすと、細長い牙が自分の首元に突き刺さっていた。
「う、うわああああッ!」
ドクドクと赤い血が吸い上げられ、女は恍惚とした顔で血の味を楽しんでいる。
「い、嫌だ!離れろおおおお!」
牙から逃れようと必死に暴れるが、女はしっかりと龍二を締め上げていた。
《このままじゃ死んじまう・・・。スサノオ、力を貸してくれ!》
その想いに応えてスサノオの力は再び目覚め、龍二の身体を熱くしていく。
皮膚が硬くなれば牙を折れるかもしれないと考え、強い闘志を抱いてスサノオの力を解放していった。
女は龍二から強力な力が溢れて来るのを感じ、彼の頭を掴んで無理矢理乳を吸わせた。
快楽の毒が龍二の口に注がれ、またしても快感の幻が襲ってくる。
闘志は快楽に取って代わられ、スサノオの力が減退していく。
《嫌だ・・・まだ死にたくない・・・・死にたくないんだッ・・・・。》
必死に快楽の毒に抵抗し、ひたすらに身体を動かして逃れようとした。
すると一瞬だけ女の顔が苦痛に歪み、龍二を締め上げる力が弱まった。
《なんだ?何が効いたんだ・・・?》
女は元の表情に戻って血を吸い始めるが、龍二の頭にはある考えが浮かんでいた。
それあの死神のことだった。
自分の首を飛ばして龍二の中に入り込み、そして鎌も吸収されていった。
左手の爪はまるで死神の鎌のように禍々しい気を放ち、怪しく黒光りしている。
《もしかしたら・・・この爪が・・・・。》
快楽の毒は口から溢れるほど強烈に流れ込んでくる。しかし龍二は戦った。自分の幻想、自分の甘さと戦い、堕落の一歩手前で踏みとどまっていた。
残された力を左腕に集中させ、女の身体に爪を食い込ませて一気に引き裂いた。
「ぎゃあああああ!」
女は苦痛に喘ぎ、牙を抜いて龍二の血を吐き出した。
《効いている。死神の爪なら、この化け物を引き裂ける!》
龍二はもう一度深く爪を突き立て、渾身の力で腕を振り上げた。
蛇の鱗が舞い、女の鮮血が勢い良く吹き出す。
「この小僧がああああああッ!」
女は化け物のように顔を歪ませて牙を向き、再び龍二の首元に噛みつこうとした。
「どこが仏だ!てめえはただの化け物だッ!」
女の牙が迫り、龍二は死神の爪で迎え撃つ。
僅かに龍二の爪の速さが勝り、女の顔に食い込んで深く突き刺さった。
「ぎゃあああああ!」
「醜いんだよてめえは!あの世ので仏さんに謝ってこいッ!」
突き刺さった死神の爪に力を入れ、思い切り振り抜いて女の顔を引き裂いた。
女は絶叫して顔を覆い、逃げるように龍二から離れていった。
顔を覆った手の隙間から血が滴り、苦痛と憎悪に顔を歪ませて龍二を睨みつける。
「このガキッ・・・。よくも私の顔に傷を・・・・。」
「黙れ!人を惑わしやがって・・・。俺は知ってるぞ!お前は美人なんかじゃない。
本当は醜い老婆なんだろう!」
龍二は爪を向け、女の攻撃に備えてじりじりと距離を取っていく。
本当ならここで一気に決めてしまいたいが、この敵はいくらでも再生する。
それをどうやって仕留めようかと考えていた。
「・・・・どうして私の本当の姿を知っている?誰にも見せたことは無いのに・・・。」
女は手をのけてこちらを睨んだ。
それは龍二の言った通り、骨に皮を被っただけの醜い老婆の顔だった。
「化けの皮を剥がされるってのはこのことだな。そこにお前の仮面が落ちてるぞ。」
龍二と女の間には、美しい仏の顔が落ちていた。
それは死神の爪で切り裂かれてもなお、美しさを保ったままだった。
しかしすぐに皺が刻まれて醜く変化し、ドロドロに溶けて無くなっていった。
《そうか・・・。この爪は相手に『死』を与える武器なのかもしれない。》
龍二は考えた。転生を繰り返すということは、『死』を知らないということだ。
だったら、死神の爪で『死』を刻めばこの敵を葬ることが出来るかもしれない。
そして龍二の考えは正しかった。
死神の爪によって付けられた彼女の傷は全く再生する気配はなく、刻印でも押されたようにしっかりと残っている。そうと分かれば恐れる必要はなく、地面を蹴って駆け出した。
「細切れに切り裂いてやる!二度と復活してくるなッ!」
「調子に乗るんじゃねえぞクソガキイイイイッ!」
女は仏の神々しさを投げ捨て、醜い蛇の身体を露わにして赤い玉を光らせた。
「させるかッ!」
咄嗟に空震銃を構え、女に向けて引き金を引いた。強烈な振動が女に襲いかかり、体勢を崩して一瞬の隙が出来た。龍二はそれを見逃さずに爪を構えて飛び上がり、女に向かって振り下ろした。死神の爪は鋭く敵を抉り、女の腕が二本斬られて宙を舞った。
「このガキッ!」
醜い顔で長い髪を揺らし、女は赤い光線を放ってくる。
しかし龍二は焼かれなかった。解き放ったスサノオの力が彼を守っていた。
胸の紋章は赤く輝き、硬質化した皮膚には赤い光線は通用しなかった。
「今までで一番身体が熱くなってる・・・。これがスサノオの本当の力か・・・。」
身体じゅうに力が漲っていた。今ならどんな敵でもこの拳で砕けそうな気がして、強い闘志の宿った目で女を睨んだ。
「うう・・・・こんな・・・・こんなガキに・・・・。」
女は龍二を甘く見たことを後悔していた。
自分が余計な戦いを経験させてしまったが為に、彼は成長してしまった。
遊ぶことなくあっさりと仕留めておけば、自分の勝利は揺るがなかったはずなのに。
《・・・・油断してしまった・・・・・。》
後悔しても時すでに遅し。
龍二の力は女を上回り、死神の爪という恐ろしい武器まで持っていた。
「私の輪廻は・・・ここで終わるというのか・・・・。」
途端に女の表情は絶望に変わり、龍二は死神の爪を向けて言った。
「あんたは俺より強かった。但し・・・・・それはさっきまでの話だ。
葬る前に一応名前を聞かせてくれないか?」
「・・・・ハルバティ・・・・・・。」
「そうか。ハルバティ、あんたとの戦いはとても勉強になった。
この戦いはきっと・・・これからの俺にとって糧となる。」
よもや自分が他者の糧になるとは思ってもおらず、ハルバティは『死』の恐怖に絶叫して逃げ出した。龍二は素早く駆け出し、鬼のような力でハルバティを殴り飛ばした。
彼女はトラックに撥ねられた人形のように軽々と宙を舞い、壁に叩きつけられて絶命した。
龍二は死神の爪で彼女の首をはね落とし、二度と転生出来ないようにトドメを刺した。
葬られたハルバティの肉体はドロドロに溶けて無くなり、彼女の魂は広間を流れる緑の光に吸い込まれていった。
「歪んだ転生は終わりだ。次はまっとうに生まれ変わってくるんだな。」
ハルバティの魂が緑の光に流されて消えて行くと、役目を終えた死神の爪はボロボロと砕け散った。
「・・・死神の力に助けられるなんて・・・。しかしおかげで助かったよ。」
あの死神に感謝しながら左手を見つめていると、突然辺りに神々しい光が満ち溢れた。
そして光の中に蓮華の花が咲き、真の仏であるヴィローシャナが姿を現した。
その姿はとてつもなく巨大なで、放たれる光は威厳と優しさを備えていた。
《・・・見事な戦いであった・・・。この先も、己を見失うべからず・・・。》
ヴィローシャナは微笑みを残して消え、龍二は息を飲んで心と身体を震わせていた。
仏教徒ではないが合掌して礼を捧げ、先へと続く遺跡の道を駆け出していった。

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