カオスジャーニー 第六話 密かな期待

  • 2014.06.22 Sunday
  • 16:46
密かな期待


願い事よ、届け!
あのお星様まで、私の願いを乗せて飛んで行け!
この世界は遊園地。みんな私の言うことを聞いて、何でも欲しい物を買ってくれる。
洋服だって、オモチャだって、立派な家だって、戦車やミサイルだって買ってくれる。
それに・・・人の命だって買ってくれるもん!欲しい物はみんなみんな買ってくれる!
お金もちのおじさんと、偉いおばさんが買ってくれる。
それに、最近は新しいお友達も出来てとっても楽しいわ!
みんなは悪魔だって言うけど、そんなのどうだっていいもん。
ピッピはとっても良い子で、いつも私の傍で寝てくれるの。
でもここには人間がいないから、ちょっとお腹減ってるみたいで可哀想。
死神ばっかりじゃお腹壊さないか心配だけど、でもピッピは強いからへっちゃらよね!
ねえピッピ、さっきのお兄さんとっても弱くて笑っちゃったね。
ええっと、なんだっけ?何とかの神様のご加護・・・だっけ?
よくわかんないから忘れちゃった!でも夢があってカッコイイお兄さんだったね。
私は楽しく遊びたいだけだし、生まれ変わりとかどうだっていいしね。
でもあのお兄さんはとっても必死だったね。
祖国の為だ〜!とかいって、弱っちい神様従えて一生懸命喚いてたもんね。
うふふ!思い出すと可笑しくなっちゃった。
どうして誰かの必死な顔ってこんなに笑えるのかしら?
ああ、そうだ!おじさんとおばさんまたちっちゃくなっちゃったのよ。
私のからだの中で、えんえん泣いてるけどどうしてだろ?
死なせて〜とか言ってるけど、どうして私の中が嫌なのかな?
ここでたくさん遊んだら、またお家に帰ってたくさんオモチャを買ってもらわないといけないのにさ。
私はね、自分の大事なものは絶対に捨てたりしないんだもん。
だって、そんなことしたら私を捨てたあいつらと一緒だから・・・・・。
あ!見てピッピ。さっきとは別のお兄さんがいるよ。
次はあのお兄さんに遊んでもらおうよ!
今度はじっくり・・・いっぱいいたぶってあそぼうね。
さっきみたいに一口で食べちゃ駄目だからね!・・・・・うふふ。


            *


龍二は立ち止まって壁を見つめていた。
「流れ方が・・・・変わってる?」
通路の壁を流れて行く緑の光は、気のせいか輝きを増しているように感じた。
緩やかな川のように流れていたのが、心電図のように蛇行しながら流れていっている。
「これは世界を構成していた物質と魂だってクリムトが言っていたけど、明らかにさっきと変わってるよな。いったい何があってこうなってるんだ?」
一人で呟いて見ていると、ふと人の顔のようなものが流れていった。
「今のはいったい・・・?」
注意深く見つめていると、やはり人の顔が流れていっている。
目を凝らさないと分からないくらいに薄くだが、確実に人の顔があった。
「これが魂ってやつなのか?なんか・・・見ていて気持ちのいいもんじゃないな。」
人の顔に混じって精霊や妖精の顔も流れていて、それを見ていると複雑な気持ちになった。
「・・・メリッサ・・・・。」
どうしても彼女のことが頭から離れないでいた。
これは恋なのかとも考えたが、少し違うような感じだった。
もっと別の何かが心に引っ掛かる。そう、例えるなら一種の洗脳のように感じる。
もやもやとした心を抱えながら光を眺めていると、一瞬見えた顔が龍二の視線を惹いた。
「メリッサッ!」
慌てて光を追いかけ、何度も彼女の名前を叫んで壁を叩いた。
「おい、メリッサ!聞こえるか!俺だ、龍二だ!」
必死に彼女の顔を捜して追いかけるが、流れは複雑に混じり合っていて、もうメリッサを見つけることは出来なかった。
「・・・メリッサ・・・。」
壁を叩きつけ、龍二はがっくりと項垂れた。一瞬彼女の顔が見えた時、飛び上がるほど嬉しかった。メリッサ以外のものは何も目に入らないほど興奮し、何とかこの光の中から引き出せないものかと思った。
「俺は・・・どうして彼女にここまで惹かれるんだ・・・。やっぱり俺はメリッサを・・・。」
強気な彼女の顔を思い浮かべて悲しみに浸っていると、突然子供の声が響いた。
「ねえお兄さん。私と遊んで。」
顔を上げて振り向くと、ピンクのドレスを着た女の子が立っていた。ブラウンの長い髪を揺らし、黄色い瞳に透き通るような白い肌をした可愛らしい女の子だった。
後ろで手を組み、首を傾げてニコニコと龍二を見つめている。
「子供・・・?どうしてこんな所に・・・。」
「ねえねえ!一緒に遊びましょうよ。」
少女は龍二の手を引っ張ってピョンピョン跳びはね、ふわふわと長い髪を揺らした。
そして髪の間からは、ある種族に特徴的な長い耳がのぞいていた。
「エルフ?・・・いや、妖精か?」
「うふふ、私は妖精のアンネ。ねえねえ遊ぼ!何して遊ぶ?どんな遊びがいい?」
「い、いや、ちょっと待ってくれ。なんで妖精がここに・・・・、」
そう言いかけた時、跳びはねるアンネを見つめて恐る恐る尋ねた。
「もしかして・・・・君も資格者なのか?」
アンネは跳びはねるのをやめ、首を傾げて宙を見つめた。
じっと何かを考えている様子だったが、やがてニコリと微笑んでわざとらしく言った。
「わかんない。」
「分からない?でもこの場所にいるってことは資格者じゃないのか?」
しかしアンネは龍二の質問には答えなかった。
かわりに満面の笑みを浮かべ、両手を広げて元気いっぱいに叫んだ。
「じゃあ鬼ごっこしよっか!私が鬼で、お兄さんが逃げる役ね!」
「いや、それより俺の質問に・・・・、」
「じゃあピッピを呼ぶからちょっと待っててね。」
「ピッピ?」
アンネはくるりと回ってドレスの裾を翻し、指を咥えて大きく口笛を鳴らした。
それは山びこのように遺跡に響き渡り、耳が痛むほど強烈な音だった。
「おい、やめてくれ!耳が痛い!」
するとアンネは龍二の後ろを指差してニコニコと微笑んだ。
「ピッピ!」
「・・・だからなんなんだよ、そのピッピっていうのは?」
呟きながら後ろを見ると、そこには大型トレーラーほどの巨大な狼がいた。
「な、なんだありゃあ・・・・。」
狼は口からはみ出るほどの巨大な牙を持ち、長い舌を出してヨダレを垂らしている。
そして死神以上の凶悪な殺気を放ち、ぐしゃぐしゃの黒い体毛を逆立てて尻尾を揺らしていた。
「ピッピ、こっちおいで!このお兄さんが遊んでくれるって!」
アンネが手招きをして呼ぶと、狼は耳をつんざく雄叫びを上げてこちらに走って来た。
龍二はその姿に恐怖をおぼえ、空震銃を構えて引き金に指をかけた。
「止まれ!止まらないと撃つぞ!」
しかし狼は止まらない。それどころかより勢いを増して迫ってくる。
「クソッ!」
舌打ちをしながら狼の額に狙いを定め、銃の引き金を引いた。
強烈な空気の振動が狼の眉間を直撃するが、まったく意に介さない様子で走ってくる。
龍二は二発、三発と銃を放つが、狼にはまったく効かなかった。
「なんて化け物だッ・・・。」
「グウオオオオオオンッ!」
狼は巨大な口を開けて、空震銃よりも強力な雄叫びを上げた。
それを喰らった龍二は遥か後方に吹き飛ばされ、ゴロゴロと床を転がって壁にぶつかった。
「がはッ・・・・。」
全身がバラバラになりそうな痛みに耐えながら立ち上がると、アンネが空震銃を持って笑っていた。
「お兄さん楽しいオモチャを持ってるのね。これも〜らい!」
まるで親にプレゼントを買ってもらったように喜び、ぴょんぴょん跳びはねて空震銃を構えた。
「じゃあピッピ、鬼ごっこ始めようか。」
アンネの背中からドレスを切り裂いて妖精の羽が現れ、小鳥のように飛び上がって狼の背中に飛び乗った。
「それじゃいくわよ、頑張って逃げてね!」
楽しそうに言いながら空震銃を撃ってくるアンネ。龍二はたまらずその場から逃げ出した。
「やめろ!誰も遊ぶなんて言っていなぞ!」
「私が遊ぶって言ったら遊ぶの。お兄さんの意見なんか聞いてないわ。」
アンネは狼の背中をペシペシと叩き、「行け!」と合図を飛ばした。
狼の顔がさらに凶悪に歪み、雄叫びを上げて襲いかかってきた。
「冗談じゃねえぞッ!」
全力で駆け出し、遺跡の通路を逃げていく。アンネは楽しそうに鼻歌を歌いながら、空震銃を構えて笑っている。
いきなりの危険な展開にパニックになり、なんとか狼を振り切ろうと通路の角を曲がった。
しかし狼は巨体に似合わない俊敏さで龍二を追いかけて来る。
「ほらほら!早く逃げないとピッピに追いつかれちゃわよ!」
狼の咆哮と空震銃の連射が襲いかかり、龍二の身体はミシミシと悲鳴を上げていく。
しかし立ち止まればあの狼と戦わねばならず、それは本能が拒否していた。
《こいつは俺だけじゃ勝てない。ハルバティよりよっぽど強い敵だ!》
しかしさすがに狼の足には勝てない。龍二のすぐ後ろには巨大な牙が迫っていた。
《このままじゃ喰われるだけだ!なら・・・・》
咄嗟に横に飛び退いて狼の牙をかわし、スサノオの力を解放して拳を構えた。
逃げることと生き延びることは違う。
ハルバティとの戦いで学んだことを今こそ活かす時だった。
「子供と遊んでいる暇はない!来るならこいッ!」
「わあ!カッコイイ!それじゃプロレスごっこに変更しましょう。」
アンネは狼に合図を飛ばし、空震銃を撃って楽しそうに笑った。
「凶器は反則だぞコラ!」
狼は龍二の身の丈を遥かに超える口を開けて飲み込もうとしてきた。
「なにくそッ!」
『危ない時は自ら敵の懐に飛び込むのも兵法である。』
剣の稽古の時に父から教わった言葉を思い出し、龍二は狼の口の中に飛び込んでいった。
狼は飛び込んできた獲物を噛み砕こうと口を閉じるが、龍二はスサノオの怪力でそれを防いでいた。
「たかが獣にやられてたまるか!」
狼の力と龍二の力は拮抗し、骨の軋む音を立ててせめぎ合う。
しかし空震銃の衝撃が身体を貫いて膝をついてしまった。
「あはは!それそれ頑張れ〜。」
アンネは空震銃を連射し、龍二の必死な姿に笑い転げそうになっていた。
強力な空気の振動は龍二の身体にダメージを与え、狼の顎は彼を噛み砕こうとする。
限界までスサノオの力を引き出そうとするが、身体の中で水の結晶が暴れ回っているのを感じて力をセーブした。
《これ以上スサノオの力を解放したら、また水の結晶が・・・。でもこのままだと・・・。》
絶体絶命とはこのことだと思い、なぜか笑いが込み上げて身体が震え出した。
「あれ、もしかしてお兄さん泣いてるの?大人のくせに恥ずかしい〜。」
アンネは狼の背中から飛び上がり、龍二の近くに舞い降りた。
そして狼の口の中で震える龍二の顔を覗き込むと、彼が笑っていることに気づいた。
「あらら、怖すぎて頭がおかしくなっちゃったのね。もういいわピッピ。やっちゃって。」
壊れたオモチャで遊んでもつまらない。アンネは龍二という人形を処分することにした。
狼は顎に力を入れ、唾液を分泌させて臭い息を吐いた。
それは酸の唾液と、毒の吐息であった。アンネも銃を構え、龍二に向かって引き金をひく。
「・・・・あら?何にも起こらない。これも壊れたみたいね。」
空震銃はエネルギーが尽きて振動を撃てず、アンネは羽でそれを細切れに切り裂いた。
「さて、新しい遊び友達を探しに行かなきゃ。ピッピ、早く食べちゃって。」
狼は酸と毒で弱らした龍二を舌で包み、ゴクリと一飲みにした。
彼は喉を通って食道に運ばれ、硫酸の溜まる胃袋に落ちていった。
「あ〜あ、つまんなかったわね。けっこう強い人かと思ったのに。」
アンネはつまらなさそうに言い、狼の背中に乗って次なる獲物を探しにいく。
鋭い狼の嗅覚で他の資格者を探し、ここへ来てから二人を葬っていた。
龍二はその三人目の犠牲者となる。いや、なる予定だった。しかし彼はまだ生きていた。硫酸をものともせず、硬質化した皮膚のおかげで生き延びていた。
『危ない時は敵の懐に飛び込め』
彼が本当に狙っていたのは口の中ではなく、胃袋の中だった。
狼の反応が素早いせいで危うく噛み砕かれそうになり、アンネに空震銃を撃たれた時は本当に死を覚悟した。しかし運は自分に味方してくれた。唾液の酸も、毒の吐息も彼には効いていなかった。そして空震銃のエネルギーも切れ、狼も舌でくるんで一飲みにしてくれた。もし噛み砕かれていたらその時点で勝負は決していた。
全ては偶然と運のおかげ。
しかしハルバティとの戦いがなければ、途中で諦めていただろうと思った。
『この戦いはきっと、これからの俺にとって糧となる』
あの言葉は嘘では無い。ましてや幻想でも思い上がりでも無い。
本当に『死』の瀬戸際に立って見えた、紛れも無い自分の声だった。
《諦めない・・・。あの緑の光の中にメリッサを見たとき、もう一度彼女に会うと決めた。
だから・・・ここでは死ねない・・・。俺は死なないッ!》
胃袋の中でスサノオの力が溢れる。
アンネはすぐに異常に気づいて狼から離れ、唇を噛みしめて様子を窺った。
重い音が胃袋の中から響き、狼は口を開けて唾液を撒き散らす。
それはアンネにも飛び散って彼女の羽を溶かした。
「ああ!私の大事な・・・・、」
泣きべそをかいて羽を見つめていると、また重い音が響いて狼はのたうち回った。
「ピッピ!しっかりして!」
アンネは狼に駆け寄り、涙をこぼしながら必死に頭を撫でた。
その時また重い音が響き、狼の口から大量の唾液と毒息が撒き散らされた。
苦痛の雄叫びはビリビリと空気を揺らし、アンネの肌を切り裂いていく。
彼女は痛みに苦しみながら、それでも狼の頭を撫でる。
「ピッピ!死んじゃダメ!私を一人にしないで!」
アンネの身体はボロボロだった。撒き散らされた酸と毒を受け、顔も腕も爛れていた。
雄叫びの振動は皮膚だけでなく骨も折り、もはや立つことさえ出来なかった。
しかしそれでも狼の名前を叫んで抱きついた。
「ダメ!やめて!お願いだからピッピを殺さないでッ!」
あの男は生きている。なぜだか分かららないけど、ピッピの中で生きている。
そして・・・私の友達を奪おうとしている。
あってはならない!自分のものを誰かに奪われるなど、絶対にあってはならない!
今よりもっと幼い頃に人間に捕らえられ、どうしようもない変態どもに売られた。
でも両親や仲間は助けに来てくれなかった。
『自然の民は心で繋がっている』
妖精の長老はそう言っていたのに、私を地獄の中から救い出す自然の民はいなかった。
《私は捨てられたんだ・・・。いらない子だったんだ・・・。》
そして地獄から救い出してくれたのは、自分が最も嫌っていた人間だった。
アンネは人間が憎かった。そして自然の民も憎かった。
優しい老夫婦は愛を注いでくれたが、やはり人間を憎む気持ちは変わらず、とことんわがままを言って困らせてやったのに、あの人達は笑顔を崩さなかった。それがまた逆に憎かったから、死神に殺されたあとも自分の中に閉じ込めてやった。決してあの石碑にいけないように、ずっとこの中で苦しめて、養分を吸うだけ捨って消してやるつもりだった。
でも・・・・ピッピが消えてこの人達までいなくなったら、私はほんとうに一人ぼっち・・・。
《憎しみよりも、孤独の辛さの方が嫌だ・・・。》
アンネの涙は止まらず、また重い音が響いて狼は悶えていた。
そしてピクピクと痙攣して動かなくなり、もぞもぞと喉の奥が動いて龍二が出て来た。
「・・・許さない・・・ピッピをいじめるなんて・・・許さない・・・。」
悲しみの涙は怒りの涙に変わり、爛れた皮膚の上に落ちていく。
美しかった容姿は見るかげもなくなり、龍二は胸を痛ませてアンネの傍に膝をついた。
「狼は殺していない。本当ならトドメを刺したいところだが、そうなったら君は・・・。」
この狼を失えば、アンネは死ぬ。他の資格者に命を狙われ、あっさりと葬られるだろう。
そのことが龍二を悩ませ、狼にトドメを刺せないでいた。
「ばっかみたい・・・。だったらピッピと一緒に私を殺せばいいのに・・・。」
アンネの言う通りだった。この狼はアンネに宿る神で、放っておいたらまた力を取り戻して襲ってくるかもしれない。
狼を倒すことには抵抗を感じないが、アンネを手に掛けることは躊躇っていた。
《これも甘さなのか・・・?相手が子供でも、容赦するのは甘さなのか?》
龍二は迷いながら拳を握り、倒れた狼の方を見つめた。
《やはりトドメを刺すべきか?なんならこの子は俺が守ってやれば・・・・。》
龍二はまたしても忘れていた。それこそが幻想や思い上がりであるということを。
せっかく気づいたはずの真実、『戦って他者を糧とする』。
そのことが彼の心から消えかかっていた。そしてアンネはその隙を見逃さなかった。
小さく息を吸い込み、魔法を唱えて息を吐きだした。
アンネの息は小さな針となって龍二の神経に突き刺さり、その動きを封じてしまった。
「あはは!油断してるからそうなるのよ!ピッピは死なない、ずっと私と一緒にいるんだから!」
狼は黒い粒子となってアンネの中に吸い込まれ、傷ついた彼女の身体は癒されていった。
「うふふ、これで形勢逆転ね。今のお兄さんならピッピがいなくても勝てるわ。」
アンネは羽を広げ、先端を刃のように鋭くした。
「じゃあねお兄さん。とっても楽しかったわ、バイバイ。」
アンネの羽が龍二の首に振り下ろされる。しかし砕けたのは彼女の羽の方だった。
「悪いな。あの狼ならともかく、君の力じゃ・・・・。」
龍二は刺さっていた魔法の針を抜いて立ち上がった。
「どうして・・・?魔法が効いてなかったの?」
「いいや、効いていたけど、そんなに深くは刺さってなかったから。
生憎俺の皮膚は頑丈でね。腕力とそれだけが取り柄なんだ。」
「・・・・・そう・・・。」
もう勝てない。ピッピは傷を負ってるし、自分の力は通用しない。
アンネは戦うことを放棄してその場に座り込んだ。
「もういいわ。サクッとやっちゃってよ。同情とか憐れみとかいらないからさ。」
明るい声でそう言われ、龍二は自分の拳を見つめて考えた。
やるべきか?それとも・・・・。
アンネは何も言わずに座り込み、ただ宙を睨んでいる。そこに死に対する恐れはなかった。
「なあ・・・どうしてそんなに平然としていられるんだ?『死』が目の前にぶら下がっているのに・・・。」
「別に死ぬのは怖くないわ。だって、それより怖いことを知ってるもの。」
「死より怖いもの?それはなんだ?」
アンネは両手を開いて見つめた。そこには人間の老夫婦が痩せた顔で映っていた。
苦痛に顔を歪め、何かを必死に叫んでいる。
「この人達なんて叫んでるか分かる?死なせてくれって言ってるのよ。」
「死なせて・・・。どうしてそんなことを?」
「だって、死ぬっていうのは楽になることだもん。一番怖いのは、どこにも行けずに『孤独』になることだから・・・・。」
アンネは二人の魂を解放し、緑の光に吸い込まれて行くのを眺めていた。
「これで・・・ピッピだけになっちゃった。」
「・・・・・あの狼は、いったい何の神なんだ?」
「フェンリル・・・。本当はオーディンていう神様が宿るはずだったんだけど、ピッピが食べちゃったから・・・。」
「そうか。でもピッピは友達なんだろ?」
「私はね、そう思ってる・・・。でもピッピは自由になりたいだけ。
石碑の主になって、何でも思い通りにしたいだけ。」
龍二はかける言葉が無くなり、アンネの後ろに立って拳を構えた。
この子を可哀想と思うのは、自分の思い上がりなのかもしれない。
少女は今、孤独という死より辛い痛みに耐えている。
龍二の中に迷いはなくなり、赤く光る拳に力を込めた。
「ここで終わらせるが・・・いいか?」
アンネは宙を見つめたまま頷き、龍二の拳が振り下ろされた。
痛みを感じることはなかった。
強力な打撃は一撃のもとにアンネを塵に還し、彼女の中に宿っていたフェンリルは憎らしそうに吠えてどこかへ消えていった。
「・・・子供まで手に掛けるとは・・・ますます人から離れていくな・・・。」
罪悪感はあったが、悲しみはなかった。
それに縛られるようでは先に進めないことを自覚していた。
龍二の前にはアンネの魂が立ち、二コリと手を振って緑の光へ吸い込まれていく。
「次は幸せに生まれ変われますように・・・。」
目を閉じてそっと願い、顔を上げて緑の光を見つめた。
するとまたしてもメリッサの顔が見えて、龍二は一目散に駆け出した。
「メリッサ!」
今度は彼女の顔は消えなかった。そして口を動かして何かを伝えようとしている。
「なんだッ?何を言っているんだッ?」
壁に耳を当てて目を閉じると、微かにメリッサの声が聞き取れた。
《もう・・・少し・・・。も・・・う・・・こし・・・で・・・。》
「もう少し?何がもう少しなんだッ?」
《私は・・・もう・・・ぐ・・・も・・・る・・・。》
「何だ?何を言っているか分からない!」
龍二は壁を叩きつけた。いったい何で出来ているのか知らないが、スサノオの力で殴ってもビクともしなかった。
これを壊せば何とかなるんじゃないかと思っていたが、そうもいかないらしい。
メリッサのことばかりに気を取られ、龍二はひたすら焦ってばかりいた。
《あわて・・・ない・・・で・・・。いま・・・は・・・じぶん・・・こ・・・を・・。》
「分からない・・・。俺だってどうしてこんなにお前が気になるのか・・・。」
恋人でもない、家族でも友人でもない。恋愛感情でも友情でもない。
そのどれでもないものが龍二の心を惹きつけていた。
感情を言葉に出来ないもどかしさをおぼえながら、光の中のメリッサに手を触れた。
《あなた・・・は・・・つよ・・・い・・・。わたし・・・の・・・のろい・・・も・・・、
うちか・・・って・・・つよく・・・・な・・・った・・・。》
「呪い?何のことだ?」
《こころ・・・の・・・そこに・・・みず・・・の・・かがみ・・・みえた・・・はず・・・。》
「水の鏡・・・?もしかしてハルバティの時に見えたやつかッ?」
《そう・・・あれ・・・は・・・、あなたの・・・こころを・・・ふうじ・・こめる・・・、
わたしの・・かけた・・・のろい・・・。かんじょうに・・・まけないよう・・・に・・・。》
「そうだったのか・・・。あれはお前が・・・・。」
もしあの鏡で自分の姿を見なければ、とっくに殺されていた。
またしてもメリッサのおかげで命拾いしたことを知り、何がなんでも彼女を助けたくなった。
「お前をそこから出すにはどうしたらいいッ?」
しかしメリッサは首を振った。そして諭すような静かな口調で言った。
《わたしの・・・ことは・・いい・・から・・・。
あかい・・しにがみに・・きを・・・・つけ・・・て・・・・。》
「・・・赤い死神?なんだそれは?」
壁に手を当てて尋ねる龍二だったが、メリッサの顔は薄くなって消えてしまった。
「おい、メリッサ!メリッサ!返事をしてくれッ!」
どこを捜しても彼女の顔は見つからず、龍二は途方に暮れて項垂れた。
再び彼女に会ったことで、さらにその心は惹かれていき、何も出来ない自分を呪った。
《・・・だいじょうぶ・・・わたし・・・は・・・すぐ・・・もど・・・る・・・。》
それだけ言い残し、メリッサの声は聞こえなくなった。
なぜか彼女に会いたい。どうしても会いたい。これも呪いなのか?
言いようの無いもどかしさを抱え、龍二は遺跡を流れていく光を見つめていた。

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