カオスジャーニー 第七話 亡者の道

  • 2014.06.23 Monday
  • 18:33
亡者の道


旅は順調のようである。
余計なものを削ぎ落し、自分の真実に気づくことは難儀であるが、お前は着実に私に近づいている。そして、戦いはあらゆる場所で行われている。
私を目指す者達も、ずいぶん数を減らしたようだ。
しかしまだ足りない。さらにふるいにかける必要がある。
私へと続く道は平坦ではない。力だけでは乗り越えられない道もある。
ここから先、お前はさらに自分を磨く必要がある。
自分の真なる声を聞き、それに触れねばならない。
しかし覚えておくといい。自分を知るということは、自分を否定することでもあると。
自分を殺さなければ、自分の真なる声には気づかないだろう。
迫りくる敵は力で砕けても、己の中の敵はそうはいくまい。
心が力に飲み込まれた時、お前は亡者の道に吸い込まれ、私の糧となるだけだろう。
助けが必要になるかもしれない。自分と向き合う時、それを支える魂がいる。
お前は未熟であり、己の中の敵に打ち負かされるだろう。
しかし、他者を糧としてそれを乗り越えることは可能である。
他者を喰らうことは罪ではない。命とは、命を支える究極の糧である。
だがお前が他者を喰らおうとする時、他者もお前を喰らおうとするだろう。
命は輪廻だけでは回らない。弱肉強食の連鎖を必要とする。
お前は捕食者とならなければ、あっさりと他者の糧となるだろう。
お前の近くに、お前を見る者がいるはずだ。
一人ではない。一方は力を持ち、一方は美しさを持つ。
どちらを取るかはお前しだいである。
そして、どちらを糧とするかもお前しだいである。
信じないことである。他者の声も、他者の想いも。
ここは全てが平等であり、それは善と悪にも言えることである。
善いことは無い。悪いことも無い。
決めるのは自分であり、迷いは『死』を呼ぶ鐘となる。
赤い衣を纏った『死』の狩人が、いつでもお前の首を狙っているのだから。
他者はお前の糧となり、お前も他者の糧となる。逃れられぬ連鎖である。
そのことを、ゆめゆめ忘れぬことだ・・・・。


            *


龍二は強くなっていた。いや、正確には力が増していた。
『死』を背負った戦いの中に身を置くことで、敵を葬る術を知るようになった。
遺跡に着いてからの旅は彼を鍛え上げ、力ある戦士へと成長させていた。
「もう死神程度は怖くないな。恐れるのは資格者だけか・・・。」
アンネを葬り、龍二はさらに遺跡の奥へと進んでいた。地図などなくても、遺跡を流れる光を辿れば先へ進めるはずと考え、ひたすら大きな通路を歩んでいた。
何度か襲ってきた死神も難なく倒し、最も警戒すべき敵は資格者だけであると思っていた。
《出来れば出会いたくないが、そうもいかないんだろうな。》
龍二の予感は的中し、通路の遥か先にある扉の前に、一人の男が佇んでいるのを見つけた。
「クリムト・・・・。」
遠くからでも分かるほど存在感のある雰囲気を纏い、腕を組んで扉を見上げていた。
龍二は足を止め、脇にそれる通路に身を隠した。
《とんでもない敵がいたもんだ。正直彼とは戦いたくないな・・・・。》
それは彼に恩義を感じているせいでもあったが、それ以上に恐れを抱いているからだった。
自分が成長するにつれ、彼の持つ力がどれほど強大か分かってきた。
クリムトに助けられた時、彼の身に宿る神の力、そして彼の持つ戦士の胆力を感じた。
あの時はただただ感心するばかりだったが、今ではその強さが充分理解出来るほど成長していた。だからこそ恐ろしい。今の自分では、いくら策を弄したところで勝てないことは分かっていた。
《どこか他の道を探したいが・・・・。》
しかし緑の光はクリムトの立つ扉の方に流れていた。
身を隠す脇道に逸れても、おそらくここに戻ってくるだろう。ならば・・・・。
龍二は顔だけ覗かせてクリムトの様子を窺い、大きく深呼吸して胸に手を当てた。
鼓動が恐ろしく速い。息も荒いし身体も震える。
《でも・・・行かなきゃ・・・。メリッサに会うには、この先へ進む必要がある。》
メリッサに会いたいという想いは、クリムトに対する恐怖に勝った。
龍二は意を決して先に進み、生唾を飲み込んで彼に近づいていった。
クリムトの背中が大きくなってくる。地に足をついている感覚が消えて、口の中が渇く。
しかしメリッサの顔を思い描いて恐怖を紛らわし、彼に声をかけようとして足を止めた。
「よう青年。何をコソコソ覗いてたんだ?」
《気づかれていたのか・・・。》
恐怖とともに恥ずかしさを感じて思わず顔を逸らしてしまった。
クリムトは腕を組んだまま小さく笑い、龍二の前に立って品定めするように睨んだ。
「・・・ちっとは鍛えたな。でもまだまだ青いな。」
クリムトは手を上げて龍二向ける。龍二は震える身体で拳を構えようとした。
「そう固くなんな。言ったはずだぞ、弱者を手に掛ける気はないと。」
クリムトは龍二の肩を叩いて笑った。途端に安堵が押し寄せ、力が抜けて膝をつきそうになった。
「まあそっちから挑んでくるなら話は別だが・・・・どうする?」
「いいや、やめとくよ。無駄死にはしたくないからな・・・。」
「ははは、それが賢明だ。生き抜くためには謙虚さも必要さ。」
そう言って腕組みをして扉を見つめるクリムト。龍二は彼の横に立って尋ねた。
「この扉は何なんだ?奥から禍々しい気を感じるけど・・・。」
「この先は今までとは違う。亡者が蠢く地獄への落とし穴さ。」
「地獄の落とし穴?なんでそんなものがここに?」
「ただの例えだ。自分に負ける奴は命を落とすって意味さ。しかし・・・・。」
クリムトは眉を寄せて扉を睨みつる。彼ほどの男が入ることを躊躇うとは、よほど恐ろしい何かが待ち受けているのかもしれないと思い、龍二も思わず眉間に皺を寄せた。
「ここを抜けなきゃ先へ行けないんだよな?」
「ああ、俺にとっちゃどうってことのない道だが、あんたにとっちゃ大きな試練になるだろう。」
「そりゃあ俺はクリムトに比べれば弱いかもしれないけど、それほどの試練なのか?」
「・・・分かってないな。力だけじゃ乗り越えられない道もあるんだよ。
今のあんたじゃ死ぬのがオチだろう。だからさ、ちょっとだけ手を組まないか?」
クリムトは肩に手を回してタバコ臭い息を吹きかけた。
「俺はありがたいけど、どうしてあんたが手を組む必要がある?さっき自分にとってはどうということのない道だと言ったじゃないか。」
「そうさ。しかし厄介な敵がいるかもしれん。一人で相手にするのは遠慮したいほどのな。」
「あんたが恐れるほどの敵か?」
「ああ、本来ならここにいるはずのない敵なんだが・・・・、まあごちゃごちゃ言っても仕方ない。今ここで俺と組むか決めろ。」
クリムトの目は真剣だった。詳しく話を聞きたいと思う龍二だったが、彼の眼は質問を許さなかった。イエスかノーで答えろと圧力をかけられ、少し迷ってから頷いた。
「分かったよ、俺もあんたと一緒なら心強い。」
「よし、いい答えだ。じゃあ亡者の蠢く道へピクニックと行こう。」
クリムトは扉を開け、龍二の背中を叩いて中へ突き飛ばした。
転げそうになるのを堪えて中を見渡すと、あまりに異様な光景に言葉を失くした。
「ここは・・・本物の地獄か?」
トンネルのように巨大な通路が遥か先まで続いている。
その中心には竜巻のように風が渦巻いていて、通路を流れる緑の光を吸い込んでいた。
光は竜巻と混じってコーヒーに垂らしたミルクのように揺らめき、死した魂達が叫びを上げて奥へと吸い込まれていた。
「おぞましい光景だろ?亡者の叫びを聞くだけでも気が滅入るってもんだ。
あんたもしっかり気を保ってないと、亡者に取り憑かれて殺されるぞ。さあ行こう。」
クリムトは雷霆を造り出し、それを握りしめて渦の中に飛び込んだ。
「ちょ、ちょっと!待ってくれ!」
龍二も慌てて彼の後を追い、渦の中に飛び込んでいった。
敵に備えてスサノオの力を解放し、拳を握って渦に吸い込まれていく。
その中は亡者の苦痛と嘆きがこだまする恐ろしい場所だった。
奥へと吸い込まれていく龍二に亡者が纏わりつき、身体を寄こせと爪を立ててくる。
「触るな!これは俺の身体だ!」
スサノオの拳で殴りかかるが、暖簾に腕押しという感じで亡者の魂をすり抜けてしまう。
それでも龍二は拳を振り回したが、亡者はさらに押し寄せて龍二にしがみ付く。
「おい、クリムト!どこにいるんだ!こいつらを追い払うにはどうしたらいいッ?」
すると亡者の叫びに混じって、どこからかクリムトの声が返ってきた。
「気をしっかり持て!恐れを見せるな!自分を見失ったらお終いだぞッ!」
「自分を見失ったら・・・・。」
意味が分からず、ひたすらに拳を振り回す龍二であったが、亡者は彼の耳に指を突っ込んで中に入って来ようとする。
「やめろつってんだろッ!俺に触るなッ!」
『カラダヲヨコセッ!オレハマダイキタインダッ!』
おそましい声が鼓膜に響き、龍二の頭を痛めつける。
反対側の耳にも亡者の指が押し込まれ、同じように苦痛の声を聞かされる。
『・・・コトミ・・・・、ドコダ、コトミ・・・・。』
「この声は・・・、それにコトミって・・・。お前もしかして早坂かッ?」
顔を向けると、そこには早坂の顔があった。血の涙を流し、必死に琴美の名を叫んでいる。
『コトミイイイイ!・・・ドコダ・・・ドコニイルウウウウウッ!』
「早坂!俺だ、龍二だ!」
『リュ・・・リュウジ・・・・。コトミハ・・・コトミハドコダ・・・?』
「琴美は・・・死んだよ・・・。死神にやられて・・・・。」
それを聞いた途端、早坂の顔は鬼神のように怒りで歪んだ。
『ナンデッ!ナンデシンダッ!ドウシテマモッテクレナカッタンダヨオオオオッ!』
爪を立てて顔に掴みかかり、水飴のように龍二の中に侵入してくる。
「がはッ・・・。やめ・・・ろッ・・・・。」
それをきっかけに周りの亡者も龍二の中に押し寄せて来る。
鍋の熱さから逃れて豆腐の中に顔を突っ込むドジョウのように、龍二の身体は亡者に侵されていった。
そして体内で暴れ回り、龍二の自我は乗っ取られようとしていた。
《い、いやだ・・・。この身体は・・・俺のものだ・・・。》
スサノオの力を解放して必死に抵抗するが、亡者相手には何の意味も無かった。
思考は食い散らかされ、魂は削られ、自我はヒビ割れたガラスのように失われていく。
《もう・・・自分を保てない・・・・。》
龍二の思考は、『死』を選ぼうとしていた。
亡者に乗っ取られて自分が消えるくらいなら、死んでしまった方が楽かもしれない。
自分という存在が消えていく・・・。それは『死』を上回る恐ろしさであった。
しかし龍二はあっさりと『死』を受け入れることは出来なかった。
いくら頭が死を選んでも、心がそれを拒否している。それはまさしく葛藤であった。
自分の中に自分が二人いて、片方は『死』を望み、片方は『死』を拒否している。
《分からない・・・俺はどうすれば・・・。》
迷いは亡者に隙を与え、どんどん龍二の身体に入ってくる。
その時、カランコロンと涼やかな鐘の音が聞こえた。
《な、なんだ・・・・?》
苦痛に耐えながら音のした方に目を向けると、赤い衣を纏った死神がこちらを見ていた。
真っ黒な骨の馬に跨り、鈍く光る大きな鎌を持って龍二を見つめている。
『恐ろしい』
龍二はそう思った。これは他の死神とは違う。外見は似ているが、身に纏う殺気が目も向けられないほど恐ろしい・・・・。赤い死神は鎌を振り上げて龍二に斬りかかった。
《ああ・・・・終わった・・・・。俺はここで・・・・。》
成す術はなかった。龍二は目を閉じて覚悟を決め、死神の鎌を受け入れた。
しかしその鎌が切り裂いたのは、龍二ではなく亡者の方だった。
「な、なんだ・・・?」
赤い死神は鎌を振り回し、次々に亡者を狩っていく。
『イヤダアアアアッ!コトミイイイィィッ!』
「早坂あああッ!」
鎌で斬られた亡者は、龍二から離れて渦の中に吸い込まれていった。
死神の鎌が亡者を追い払ってくれたおかげで、龍二の身体に力が戻ってきた。
スサノオの力を解放し、赤い死神に目を向けて叫んだ。
「おい、早坂はどうなった!消えちまったかのかッ?」
赤い死神は鎌をだらりと下げ、手綱を引いて龍二の上に舞い上がった。
恐ろしい気が頭上からビリビリと降り注ぎ、顔を逸らしたくなるのを我慢して睨んだ。
「答えろ!早坂はどうなったッ?」
『亡者に死はない。在るべき所へ還っていくのみ。』
「在るべき所・・?あの石碑か?」
『死は転生の儀式なり。何人もそれを汚すことは許されぬ・・・。
我は汝の『死』の願いに応え、その魂を狩りにきた・・・。』
「なに言ってんだ・・・。俺はお前なんか呼んだ覚えはないぞッ!」
『汝は強く願っていた。亡者の苦しみから逃れる為、強く『死』を欲していた。
亡者の欲望は汝の魂を消そうとしていた。それは禁忌なり。『死』は汚してはならぬもの。
汝の願いに応える為、そして『死』を守る為に我は来た。安らかに逝くがいい。』
赤い死神は馬を蹴って手綱を引き、鎌を振り上げて襲いかかってきた。
抗いようのない恐怖が龍二を襲い、戦うことも忘れて死神から顔を逸らしてしまった。
鎌は龍二の首に振り下ろされ、その命を狩り獲ろうとする。
しかし眩い閃光が走って雷鳴が響いた。
「しっかりしろ青年!あっさり死を受け入れるんじゃない!」
クリムトが雷霆を握って龍二の腕を引っ張った。赤い死神は雷の直撃を受けて煙を上げていたが、まったくダメージを負っていない様子で再び襲いかかってきた。
「化け物がッ!お前なんかお呼びでないぞ!」
クリムトは雷霆を振りかざして強烈な稲妻を撃ち出した。それは地震のように遺跡の道を揺らすほど強力な雷だったが、赤い死神は鎌を振って切り払った。
『その者は『死』を望んだのだ。生かすことは苦痛なり。』
「やかましい!誰でも『死』を思うことくらいある!その度にいちいち殺されてたまるか!」
雷霆を槍のように鋭く伸ばし、死神に怯える龍二に呼びかけた。
「青年!いつまでも目を逸らすんじゃない!コイツはお前が呼びよせた化け物だ!
俺も一緒に戦ってやるから正気を保てッ!」
「俺が呼びよせた・・・?」
「そうだ。お前が死を望んだからコイツはやって来た。ここで仕留めないとずっと付き纏われるぞ!」
「で、でも・・・この死神は他の奴とは比べ物にならないくらい・・・、」
「ああ、強い。だから手を組もうと言ったんじゃないか。」
クリムトは龍二に笑いかけ、雷霆を構えて赤い死神に向けた。
「こいつは石碑に辿り着く上で必ず障害となる。誰だって少しは死を考えたりするからな。
その時にこいつは現れ、必ず邪魔をしてくるはずだ。何としても今ここで仕留めないと・・・。」
クリムトの顔は本気だった。龍二はそんな彼の顔を見て、事の重大さに気づいた。
《この男がここまで警戒するほどの敵を、俺が呼びよせてしまったのか・・・。》
自責の念に駆られる龍二だったが、クリムトはその心を見透かしたように笑った。
「別にお前のせいじゃないぞ。どっちにしろコイツは叩き潰すつもりだった。
なぜなら・・・・俺の最も愛する人間を奪ったんだからな!」
そう叫ぶのと同時に、雷霆は光を放って雷を落とした。
赤い死神は鎌で斬り払い、二人に襲いかかって来る。
「あんたの愛しい人を奪われたってどういう・・・・、」
「話は後だ!お前も戦わないと死んじまうぞ!」
クリムトは雷霆で鎌を受け止め、赤い死神の顎を蹴り飛ばした。
そして馬に雷霆を突き刺し、特大の稲妻を放って粉々に吹き飛ばした。
「青年!考えていないで戦え!こいつが今狙っているのはお前の命なんだぞッ!」
クリムトの言葉通り、死神は赤い衣をマントのように翻して龍二に向かってきた。
『恐れることはない。我は汝の『死』そのものなり。受け入れよ。』
赤い死神の動きは速かった。龍二は咄嗟に拳を構えるが、その瞬間に両腕は肘から斬り落とされていた。
「うわああああ!」
一瞬の出来事に恐れを抱く龍二だったが、死神の鎌はもう首元まで迫っていた。
「させるかッ!」
雷霆が鎌を弾いて死神の体勢が崩れる。クリムトはすかさず二撃目を放って死神を吹き飛ばした。赤い衣の一部が焼け落ち、死神は渦に巻かれて姿が見えなくなってしまった。
「油断するなよ!また来るそ!」
油断するなと言われても、拳がない状態でどうすればいいのか分からなかった。斬られた傷口からは徐所に再生が始まっているが、完全に復活するには時間がかかりそうだった。
「青年!渦の傍から離れろ!床に降りて戦え!」
「で、でも・・・どうやって降りるんだ?」
「知るか!気合で何とかしろ!」
クリムトは上手く身体を翻し、渦の流れを利用して床に着地した。
龍二も見よう見真似でやってみたが、バランスを崩して顔から落ちてしまった。
「クソ・・・。失敗した・・・。」
頭を振りながら立ち上がると、首筋に冷たい殺気を感じて咄嗟にしゃがみこんだ。
さっきまで龍二の頭があった場所に鎌が駆け抜け、赤い死神が姿を現した。
『逃げることはない。安息の『死』を受け入れるのだ。』
「嫌だ・・・。俺はまだ死にたくない・・・・。」
龍二は死神に怯えながら後ずさり、壁にぶつかって肘から先の無い腕で構えた。
「青年!」
クリムトは雷霆を振りかざして雷を放とうとする。
赤い死神は鎌を振り上げて龍二の首に狙いを定める。
何もしなければ死ぬ。これは自分が呼びよせた『死』であり、そんなことを望んだ己の弱さを悔やんだ。
《亡者のせいで自分を見失うなんて・・・。俺は弱いままだったのか・・・。》
強くなったと思ったのは錯覚で、ただ力が増しただけということに気づかされた。
力に酔いしれた心の隙を、亡者とこの死神は見逃さなかった。
クリムトが言った『力だけじゃ乗り越えられない道もある』、その意味を今理解出来た。
もっと早く気づくべきだった。自分は弱かったのだと・・・。
瞳に死神の鎌が映る。それはスローモーションのようにゆっくりと自分に迫ってくる。
クリムトの助けは間に合わず、死神の鎌は音も無く龍二の首を斬り抜けた。
一瞬遅れて首から血が溢れ、自分の頭が身体から落ちていく様子を眺めていた。
《ああ・・・頭が落とされても・・・しばらく生きてるって本当だったんだな・・・。》
なぜか昔読んだ本の内容を思い出し、離れていく自分の身体を見つめていた。
しかし彼の首が床に落ちることはなかった。首から溢れた血が身体と繋がり、アメーバのようにウネウネと動いて頭を引き上げていく。雷霆を放とうとしていたクリムトは呆気に取られ、死神はもう一度鎌を振ってその血を断とうとした。
その時龍二の身体からパキンッと音が響き、大量の水が溢れて死神を押し流していった。
死神は渦の中に消え、龍二は水に包まれてあの精霊の声を聞いていた。
《水の結晶が・・・私の魂があなたを生かす・・・。まだ倒れる時じゃないわ・・。》
龍二は思い出していた。水の結晶はメリッサの魂を削ったものだと。
ならば彼女はずっと自分の中にいたことになる。
《もしかしたら・・・それこそがメリッサに惹かれる理由だったのか・・・?》
龍二の血は水の結晶の力を受け、斬られた首を繋いで元に戻していく。そして彼を包む水は弾けて飛び散り、朝陽を受ける湖面のように輝いて人の形を造っていく。
「こ、これは・・・・。」
それは水の精霊ウンディーネだった。さざ波のように揺らめきながら龍二を見つめている。
彼女は渦に吸い込まれる緑の光に目を向け、大きく両手を広げた。
そして何かを呟くと、流れる光の中から一つの魂が飛び出して彼女の身体に宿った。
水の身体は気泡が溢れて真っ白になり、一瞬光ってからメリッサの姿に変わった。
「ただいま。生きててくれてよかった。」
メリッサはニコリと微笑んで龍二に抱きついた。
嬉しかった。言いようの無いほどの喜びが溢れ、思わず涙を流してメリッサを抱きしめていた。しかしそこには異常なまでに彼女に惹かれる感情はなかった。
ただメリッサが復活した喜び、そして再会出来た喜びがあるだけだった。
メリッサは龍二の顔を見つめ、彼の頬を抱いて優しく微笑みかけた。
「よく一人で頑張ったわね。これはご褒美。」
そう言って顔を近づけ、唇を重ねようとする。
しかし龍二は彼女の口を手で塞ぎ、抱いていた腕をほどいて立ち上がった。
「そうやってまた俺に水の結晶を飲ませようとする気だろう?」
「・・・・・・・・・・。」
メリッサは何も言わずに龍二を見つめていた。答えがないのは認めている証拠だと思い、龍二は彼女から顔を逸らした。
「変だと思っていた・・・。あの惹かれ方は異常だった。
水の結晶は確かに何度も俺を助けてくれた。でも・・・呪いでもあったんだろう?」
龍二はメリッサを見ようとしなかったが、彼女は立ち上がって彼の目の前で笑った。
「バレちゃった?」
首を傾げて明るく言うメリッサ。龍二は黙ってその目を見返した。どうしてそんなことをしたのか尋ねたかったが、何となく理由が分かるような気がして黙っていた。
二人で向かい合って沈黙していると、渦の中から再び赤い死神が現れて鎌を振り上げた。
龍二の拳は復活していた。そして素早く構えを取ると、正面から死神を迎え撃った。
赤く光る拳と死神の鎌が硬い音を響かせてぶつかる。
スサノオの拳はビクともせず、死神の鎌は音を立てて砕け散った。
しかし赤い死神は怯まない。壊れた鎌を投げ捨て、右手を向けて死の呪いを放ってきた。
「がッ・・・。」
龍二の身体は途端に力を失い、肉体から魂が抜かれようとしていた。
「龍二ッ!」
メリッサは水の羽を広げて戦おうとしたが、その時突然イカヅチの槍が死神を貫いた。
「よそ見してんじゃねえよ。死神さんよお。」
クリムトは雷霆を槍に変えて死神に突き刺し、ニヤリと笑って雷を放った。
雷は凄まじい炸裂を起こして轟音と閃光が広がり、メリッサは耳を塞いで身を竦めた。
稲妻が消えると、そこに赤い死神の姿は無かった。
しかしクリムトは殺気を纏って辺りを警戒していた。
「・・・・やったのか?」
龍二は胸を押さえながら尋ねるが、クリムトは雷霆を構えたまま首を振った。
「いいや、まだいる。しかし傷は負わせた。あんたはここで休んでろ。」
クリムトは高く飛び上がり、再び渦の中に吸い込まれて行った。
そしてしばらくすると、遠くの方で稲妻が光り、赤い死神と戦っている姿が見えた。
「龍二、大丈夫?」
メリッサは彼の傍に膝をつき、心配そうに顔を覗き込む。
「ああ、何ともない・・・。でも、なんか右腕が変なんだ・・・。」
腕の中で何かが蠢いている。耐えられない程熱くなり、腕が弾けそうな衝撃が走ってうずくまった。そして右腕の中から、赤く光る七本の棒が突き出てきた。
「なんだ・・・これは・・・?」
恐怖に引きつって自分の腕を見ていると、メリッサは歓声を上げて手を叩いた。
「それ七支刀よ!スサノオの剣!すっごい強力な武器じゃない!」
メリッサは慌てて龍二を立たせ、強引に右腕を掴んで赤い死神の方に向けた。
「さ、さ!それを撃ってトドメを刺して!今ならあの男に気を取られてるから当たるわ!」
「撃つってどうやるんだよ・・・?それに今撃ったらクリムトにも当たるんじゃ・・・、」
「いいのよ当たっても!あいつも資格者なんだから、いずれ殺し合うことになるのよ!
だったら今のうちにサクッとやっちゃった方がいいんだから。さあ、撃って!」
メリッサの目は真剣だった。龍二は自分の腕に力を入れてクリムトを見つめた。
「よく聞いて龍二。ここには『善』も『悪』も無いわ。あるのは他者を『糧』とすることだけ。ここは強い『意志』を持つ者だけが生き残れる場所。私も一緒に撃つから早く!」
迷っている時間はなかった。なぜなら七支刀の力は大きく、放っておけば自分が吹き飛びかねないほど強力だった。
《このままだとメリッサまで一緒に・・・・。》
龍二は拳を握り、死神と戦うクリムトを睨んだ。
「クリムトオオオオオッ!」
彼は一瞬だけ龍二に振り返り、その瞬間に七支刀の赤い光が放たれた。
七つの棒は腕から抜けて飛び出し、螺旋を描いて飛んでいく。
クリムトは雷霆を構えて身を守り、赤い死神は衣を翻してかわそうとする。
七支刀は雷霆とぶつかって爆発を起こした。
そしてかわそうとする赤い死神を追いかけて、閃光を放って炸裂した。
「クリムトオオオッ!」
七支刀の光が消えた時、クリムトと死神の姿はなかった。
攻撃が当たって吹き飛んだのか、それとも渦の奥に飲み込まれていったのかは分からない。
しかしどちらにしろ、龍二の胸は激しい罪悪感に襲われていた。
「お、俺は・・・なんてことを・・・。クリムトは・・・ずっと俺を助けてくれたのに。」
床に突っ伏して頭を抱え、後悔と罪悪感で床を叩きつけていた。
メリッサはそっと彼の背中に手を当て、「ごめんね・・・」と呟いた。
どうして彼女が謝るのか、龍二は知っていた。
それは自分を利用している罪悪感からくるものだった。
メリッサもまた一人の資格者である。そして石碑に辿り着く為に俺を利用している。
水の結晶の呪いから解放された今、彼女は特別な存在ではなくなった。
この手に掛けて消すことも出来るが、それならどうしてクリムトを撃ってしまったのか?
自分がメリッサに惹かれる理由は、水の結晶のせいだけではなかったのか?
《どうして俺はクリムトを・・・・。どうして俺はメリッサを選んだんだッ・・・。》
「龍二・・・・。」
メリッサは優しく背中を撫でてくる。龍二はその腕を引き寄せ、強引に唇を重ねて押し倒した。
「お前は・・・なんで俺に纏わりつくんだ?お前も資格者なら、自分の力で戦えッ!」
龍二はメリッサの服に手をかけ、一気に引き裂いた。露わになった乳房に貪りつき、身体をまさぐって指と舌を這わせていく。
メリッサは抵抗しなかった。そっと龍二の頭を抱き寄せ、好きなようにさせていた。
《分からない・・・。なぜメリッサを選んだのか?なぜ彼女を犯そうとするのか?
自分が何をしたいのかも分からない・・・・・・。》
しかし何もせずにはいられなかった。目の前の女が憎く、しかし愛おしさも感じていた。
唇を重ね、手を握り合い、腰に手を回して何度も何度もメリッサの中で自分を解放した。
メリッサはいくらでも水の結晶を飲ませるチャンスがあったが、その必要はないと感じていた。こうして自分を求めてくれるなら、わざわざ魂を削って水の結晶を与える意味も無い。彼は私のことを愛し、逃れられなくなってしまったのだから・・・。
亡者の蠢く地獄の道で、龍二とメリッサはひたすら身体を重ね合っていた。

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