カオスジャーニー 第九話 愛だけを信じる男

  • 2014.06.25 Wednesday
  • 09:57
愛だけを信じる男


愛しい女がいたのさ。
出会ったのは十九の時だ。それから二十年、俺達は常に一緒にいた。
別れたことも浮気をしたこともあったさ。でもな、必ずその女のところに戻って来ちまうんだ。いい女だった。美人とはいえないが、腹の据わったいい女だった。
子供が産めない身体でな、そのことを気に病んでいたが、俺はそんなことはどうでもよかった。
でもそれを言うと怒るんだよ。私は子供が欲しいってな。あんたの子供が欲しいって。
方法が無いわけじゃなかったが、俺はそれを許さなかった。
子供が欲しい気持ちは分かるが、どうしてその為に自分の身体を傷つける必要があるんだ?俺は断固反対したが、あいつは譲らなかった。
人工の子宮を入れる手術ってのがあってな、かなりリスクを伴うが、それをやると言ってきかないんだよ。俺は折れたよ、あいつの本気は初めて見たからな。しかし神のご加護か、それとも持って生まれた強運のせいか、リスクの高い手術は無事成功。
それから一年後にあいつは身籠った。もちろん俺の子供だぜ。
嬉しいもんだな。子供なんていらないって思ってたのに、妊娠した途端に父親面するようになっちまった。
でもあいつはそのことを喜んでたな。これからは最愛の人がもう一人増えるって。
でもな、俺は違った。俺にとっての最愛は、子供じゃなくてあいつだけだ。
あいつさえいれば、それでよかった・・・・。
しかし事件は起こった。生まれてきた子供は死産だったのさ。出産前まで生きてたのに、取り上げた時には死んでいたよ・・・。
あいつは号泣したな。それで自分を責めていた。何度も俺に謝ってな。
死産の原因はあいつのせいじゃない。人工子宮の不具合のせいだったんだ。
それでもあいつは自分が許せなかった。そして、あまりに自分を責めるあまり、『死』を望んだんだ。その時鐘の音が響いてな、赤い死神があいつの命を狩りやがった。
俺の目の前で、呆気に取られるくらいあっさりやってくれやがった。
失ったよ、何もかも。あいつが・・・あいつとの愛が俺の全てだったんだ。
俺はあいつを生き返らせたいが、あいつはそんなことを望んでないだろう。
だからせめて、死産した子供を生き返らせたいのさ。
俺とあいつの愛を受け取った子供が生き返ってくれれば、俺はそれでいい。
ただ・・・願わくば、生まれ変わってからも・・・もう一度あいつと・・・・。


            *


遥か上まで続く階段の先には、大きな広間があった。
見渡すのほどの巨大な広間で、天井は無く、黄色い空から太陽の光が降り注いでいる
そして広間の奥には、荘厳さを漂わせる大きな扉があった。
クリムトはその扉の前に立ち、背中を向けたまま自分のことを語った。
大きくて逞しい背中だが、そこには一人の男の悲しみが宿っていた。
龍二は何も言わずに彼の話に耳を傾けていた。
本気で誰かを愛するということは、こういう男のことを言うのかもしれない。
そう感じながら、一歩前に出て拳を構えた。
クリムトはゆっくりと振り返る。彼は実に涼やかな顔をしていた。
そして顔の左半分には、大きな火傷の痕があった。
「やってくれたな青年。まさか不意打ちされるとは思ってなかったぜ。」
しかしその目に怒りはなく、火傷を触りながら笑っていた。
龍二は言葉に詰まったが、唾を飲んでから素直な気持ちを語った。
「すまない・・・。あんたには色々と助けてもらったのに・・・・・。」
「気にするな。ここは殺し合いの戦場だ。油断した俺が悪かっただけさ。」
クリムトは右手を前に出し、雷霆を造り出して龍二に向けた。
まだ彼の顔は笑っている。まるで自分の教え子を見つめるように。
「成長したな、青年。初めて会った時は、吹けば飛んでいきそうな顔をしてたくせによ。」
「ああ・・・。生き残れたのが自分でも不思議だよ。俺には何の『意思』もないのに・・・。」
「いいじゃねえか。正直なところ、『意思』だの『意志』だのって、俺にはどうでもいいクソったれな話さ。俺が必要としていたのはあいつだけ。ただそれだけだ。」
意外な言葉だった。クリムトほどの男なら、きっと他の資格者に負けない強い『意思』があると思っていた。
《俺だけじゃなかったのか・・・。何も無いのは・・・・。》
「あるさ。」
クリムトにそう言われ、龍二は心を読まれたのかと思って赤面した。
ゆっくりと顔を上げると、彼は雷霆を握りしめたままこちらへ歩いて来る。
まだ笑っている。殺気は纏っていない。そのことが逆に怖かった。
「ここまで来てそんな顔するんじゃねえよ。お前にだって『意思』はある。
ただそれに気づかないだけだ。そうでなけりゃ、お前に葬られた奴らも浮かばれんぜ。」
確かにその通りだった。今まで拳を交えた強敵達は、みんな何かを望んでいた。
それを、その『意思』を砕いて俺はここに立っている。
逃げることも、引き返すことも許されない。
龍二は殺気を纏った。腕に力を入れ、拳を赤く輝かせてクリムトを睨む。
「いい目だ。腹を括った戦士の目だ。今なら戦うに値する。」
クリムトも龍二と同じように殺気を纏い、鋭い眼光で睨みつける。
しかしまだ笑っている。そして雷霆を構えて龍二に尋ねた。
「亡者の道で一緒にいた精霊、あれはあんたの女か?」
「いいや、でも石碑でもう一度会うと約束した。今の俺にとっては・・・それが全てだ。」
「そうか。なら俺を越えて行かんとな。女との約束をすっぽかす男にはなりたくないだろ?」
龍二は笑って頷いた。そしてお互いの笑みは消え、激しい殺気がぶつかり合う。
龍二は驚愕していた。クリムトから放たれる殺気は、前よりずっと強力になっている。
《強くなったのは、俺だけじゃないってことか・・・。》
クリムトの気迫は凄まじい。圧倒的な迫力に、龍二は思わず息を飲んだ。
その瞬間、クリムトの足が動いた。一瞬で間合いを詰め、龍二の喉元に雷霆を突いてくる。
「くッ・・・・。」
身体を反らしてかわし、咄嗟に反撃に移る。
龍二の拳とクリムトの雷霆が激しくぶつかり合い、眩い閃光が飛び散る。
パワーは龍二が勝っていた。スサノオの腕力はクリムトの攻撃を押し返す。
しかしクリムトの動きは早く、そして洗練されていた。
まったく無駄がなく、まったく隙もなく、龍二の拳はあっさりとかわされる。
「雑だな青年!力に頼り過ぎだぞッ!」
クリムトは龍二の拳をかわしながら身体を回転させ、回し蹴りでカウンターを放った。
強烈な蹴りが龍二のこめかみにヒットし、続いて雷霆が右足を貫いた。
「ぐああああ!」
「どうした!格闘はお前の土俵だろう!俺に負けてどうするッ!」
クリムトのアッパーが龍二の顎にめり込む。よろめきながら後ろへ下がると、雷霆が腹を貫いて激痛が走った。
「がああああッ!」
思わず膝をつくと、首元に雷霆が当てられていた。
「どうした青年。女に会いに行くんじゃなかったのか?」
クリムトは冷淡な目で見下ろす。龍二は腹を押さえて血を吐きながら彼を睨んだ。
『甘えは許さない。戦え。』
彼の目はそう言っているような気がした。負けている場合じゃない。
痛がっている場合じゃない。戦わなければ・・・、メリッサには二度と会えない。
そうなれば、自分の『意思』には気づくことさえ出来ない。
激しい闘志は痛みを忘れさせた。
龍二はさらに身体を熱くして立ち上がり、拳を構えてクリムトを睨みつける。
「そうだ、まだまだこんなもんじゃないだろう。お前の目は死んでいない。」
雷霆は輝きを増し、電気を放って巨大化する。
龍二は拳を構えたままじりじりと下がり、足を開いて腰を低く落とした。
「迎え撃つつもりか?そんな逃げ腰じゃ俺には勝てんぞ!」
クリムトは雷霆を振りかざした。放電が強くなり、耳をつんざく雷鳴が響く。
「迎撃出来るものならしてみるがいい!特大の雷をくれてやるッ!」
雷霆は広間を満たすほど強く輝き、特大の雷が龍二に落とされる。
それはまさに神の雷で、ゼウスの力そのものであった。
広間が大きく揺れる。雷鳴は音が大きすぎて衝撃波に変わり、壁や床を破壊していく。
稲妻の高熱は空気さえ押しのけて爆発を起こし、広間に続く階段はヒビ割れて崩れていく。
そして数十億ボルトにも達する雷は、龍二の立っていた場所に穴を開けて下に広がる広間を粉砕していった。雷が消えたあとには、散乱する瓦礫と生温い空気だけが残っていた。
しかしクリムトは警戒を怠らなかった。まだ龍二の気配が生きていたからだ。
雷霆を構え、慎重に辺りを見回して行く。その時、背後で僅かに空気の揺れを感じた。
考えるより早く身体が動き、振り返って雷霆を放とうとした。だがそれは不可能だった。龍二の腕が雷霆を持つクリムトの腕を捻じり上げ、一瞬でへし折っていた。
「くッ・・・・・。」
クリムトは反対の腕で雷霆を造り出し、再び雷を落とした。
しかしそれは先ほどの雷ほど強力ではなかった。
龍二は雷を受けながらも突進し、クリムトにタックルを喰らわせて床に押し倒した。
「このッ・・・・。」
クリムトは雷霆を振り上げ、閃光弾のように輝かせて龍二の視界を奪い、その隙に彼を蹴り飛ばして立ち上がった。
折れた腕がズキリと痛むが、素早く体勢を立て直して龍二を睨む。
しかしその姿を見て唖然とした。
「お前・・・どれだけ頑丈なんだ・・・。あの雷でも致命傷にならなかったのか・・・?」
龍二の身体は黒く焼けただれ、筋肉と骨が剥き出しになっていた。
そして左腕を失い、その顔は半分以上が大きく焼かれて骨が丸見えになっていた。
「・・・・俺は・・・まだ生きている・・・・。拳も動くぞ・・・。」
あまりの気迫に、今度はクリムトが息を飲んだ。
しかしすぐに冷静さを取り戻し、折れた腕を雷霆で焼き落として構えを取った。
「信じられんな・・・。俺はてっきりかわしたもんだと思っていたのに・・・。
まともに喰らって生きてやがるとは。」
龍二はゾンビのような身体で構えを取り、床に落ちているある物を指差した。
それはクリムトからもらった短剣だった。
初めて彼と会った時、みすぼらしい龍二の格好を見かねてくれた物だった。
龍二はふらつく身体を必死に支えながら、それでも構えを崩さずに言った。
「雷が落ちる瞬間・・・あれを上に投げたんだ・・・。
雷が・・・高い所へ先に落ちるのは・・・当然だろう・・・・?」
「・・・その隙に逃げたっていうのか?」
龍二は答えない。しかしクリムトは呆れたように床の短剣を見て呟いた。
「あんなものをまだ持っていたなんて・・・。」
短剣は特別な物ではなかった。軍で支給される装備の一つで、ただの飾りのような物であった。こんな所では何の役にも立たない代物なのに、それをずっと持っていた龍二のことを考えると、途端に可笑しくなって声を上げて笑ってしまった。
「お前は本当に律義な奴だな!途中で誰かから服を奪えばいいものを、未だにあんなもんを持っているなんて・・・。しかもそれで俺の雷から逃れるなんて・・・。こりゃあコントだな!」
可笑しくて仕方なかった。戦いの最中だというのに、敵に隙を見せて笑っていた。
クリムトは目尻を濡らしながら龍二を見つめ、まだ笑いを堪え切れない様子で尋ねた。
「いいアイデアだと言いたいところだが、お前はとんでもない阿呆だな。
雷を落とす前に逃げる時間をくれてやっただろう?どうして同じ場所に立っていたんだ?」
そう尋ねると、龍二はクリムトの顔を指差して答えた。
「俺も・・・あんたに火傷を負わせたからな・・・。しかも不意打ちでだ・・・。
だから・・・ここは逃げるべきじゃない・・・そう思っただけだ。・・・これでお合いこさ。」
そう言って龍二は爛れた顔で笑う。するとクリムトは腹を抱えて盛大に吹き出した。
まるで極上の喜劇を見せられた子供のように、目に涙を溜めて笑いに笑っていた。
「ははははは!勘弁してくれ!これ以上俺を笑わせてどうするつもりだ!」
戦いのことなど頭から吹き飛んだように、ただひたすら笑っている。
そして腹を押さえながら笑いを堪え、指で目尻を拭って龍二に顔を向けた。
「お前は本物の馬鹿だな。どうしようもないクズな馬鹿共は何人も見てきたが、お前はそいつらとは違う。正真正銘、本物の馬鹿だ!」
クリムトは大きく息を吸って呼吸を整え、笑顔を消して雷霆を構えた。
「青年。お前の馬鹿さ加減に敬意を払って、本気でいかせてもらう。
小細工はしない。これが俺に宿る、最大最後の力だ。」
雷霆は輝きを増し、白銀に光る槍に変わった。それはゼウスの雷で練り上げた最強の神器であった。
「この白銀の槍を以って俺の最後の攻撃とする。これを放った後、この場に立っているのは俺かお前かのどちらかだ。さっきのように防ぐことは出来ない。
勝ちたければ、お前も最強の技で攻めて来いッ!」
クリムトは槍を逆手に持って足を開き、龍二に狙いを定めた。
その槍から発せられる力は、先ほどの巨大な雷をも遥かに凌ぐ力だった。
龍二の肉体は徐所に再生を始めている。失われた左腕も肘まで伸びていた。
しかしクリムトは完全に再生するまで待ってはくれないだろう。
ここで応戦しなければ、もう後はなかった。
龍二は自分の右腕を見つめる。その中には七支刀を越える力が宿っていた。
『天叢雲剣』
スサノオの持つ最強の武器が、龍二の腕の中でその力を解き放つ瞬間を待っていた。
《感じる・・・。この武器は、クリムトの槍に劣らない。しかし・・・。》
迷いがあった。クリムトの言う通り、おそらくこれが最後の攻撃になるだろう。
しかし自分の中に『意思』はなかった。
クリムトのように、誰かを生き返らせたいという想いもない。
そんな自分が彼を越えてまで先に進んでいいのか・・・?
たった一人の女に会う為に、そこまでするものなのか・・・・・?
「迷うな。」
クリムトに言われ、龍二は顔を上げた。
彼の目は真剣だった。恐ろしいほど澄んでいて、透き通る空のように濁りが無い。
それは何の迷いもなく、ただ戦うことだけを考えている戦士の目だった。
「ここは戦場だ。迷いは『死』を呼ぶ。それに・・・女と会う約束があるんだろ?」
彼はそう言って強く睨んだ。龍二は思い出したように頷き、拳を握って低く構えた。
クリムトは笑って頷き、両者から放たれる力がピリピリと空気を揺らした。
お互いが攻撃の隙を窺い、やがて二人の呼吸さえ同調して無音の緊張が高まる。
静かだった。力と闘志だけが渦巻いて、とても静かだった。
そして、その静寂を破ったのは龍二の方だった。
『危険な時ほど、相手の懐に飛び込め』
このまま立っていたら死ぬ。本能がそう告げていた。そして地面を蹴って駆け出した。
身を低くして、拳を脇に構えたまま疾風のように間合いを詰めていく。
その身体は極限まで熱くなって、うっすらと赤く光っていた。
クリムトは落ち着いていた。迫りくる龍二の動きを見据え、力を抜いて槍を握っている。
この槍を止められるのは、同等の威力を備えた強大な神器のみ。
充分に敵を引きつけ、至近距離から最大の威力で撃ち出すつもりだった。
龍二は近づく。風のように速く迫る。クリムトは槍を握りしめ、雷神が敵を迎え撃つ。
「来い青年ッ!」
白銀の槍は稲妻を放ち、龍二の腕は赤い光を纏って金属と化していた。
クリムトは歯を食いしばり、渾身の力で槍を撃ち出した。
そして龍二も持てる力の全てを注いで拳を撃ち出した。
二つの大きな二力が激突する。白銀の槍と赤い金属の拳、スサノオとゼウス、そして龍二とクリムト。両者の力は拮抗し、力と力のせめぎ合いが起こる。
しかし白銀の槍の威力は凄まじかった。神の雷で出来た槍はさらに力を増し、龍二の拳を溶かして穴を開けていく。そして拳は貫かれ、その腕を破壊して肩から突き抜けていった。
強力な力で撃ち抜かれた龍二は、力を失ってその場に崩れ落ちた。
クリムトは槍を投げた体勢のまま、倒れていく彼を見つめていた。
そして満足したように頷き、口から血を吐いて膝をついた。
「見事だ青年・・・。この勝負、お前の勝ちだ・・・。」
クリムトはゆっくりと仰向けに倒れていく。そして倒れた地面に血が滲んでいく。
彼の腹には大きな風穴が空いていた。
それは龍二の撃ち出した、『天叢雲剣』が空けた穴だった。
「・・・・まさか・・・こんな技だとは・・・思わなかったな・・・。」
クリムトは血を吐きながら呟き、穴の空いた腹に手を当てた。
白銀の槍を放った時、一瞬何かが身体を通り抜けていくのを感じた。
そして龍二が白銀の槍とせめぎ合っている時、身体の異変に気づいた。
腹に穴が空いている・・・。
龍二の持つ『天叢雲剣』、それは強力な『振動』であった。
大気を揺らす空震銃と同じく、拳から発する赤い力を振動させ、敵を貫く武器であった。
龍二が拳を撃ち出した時、すでに勝負は着いていた。
『天叢雲剣』は、白銀の槍より速くクリムトを貫いていた。
「俺に近づいて来たのは・・・この技の射程が短い為・・・そうだろ・・・?」
龍二は再生を終えた左手をついて身体を起こし、砕けた右腕の痛みに堪えながら答えた。
「あのまま睨み合っていたら、俺は間違いなく死ぬ。
そう思ったから駆け出しただけだ。こんな技だなんて、俺も知らなかった・・・。」
「お前・・・もしかして・・・あの技を初めて使ったのか・・・?」
「ああ・・・ここへ来る直前に使えるようになった。
だから、イチかバチかの一騎打ちだったな・・・。」
クリムトはまた笑った。腹の穴が痛むが、それでも笑わずにいられなかった。
「俺は・・・甘く見ていたな・・・。あれは、スサノオの神器なんだろ・・・?
てっきり・・・力押しのパワータイプの武器だとばかり思っていたから・・・。
相手が振動じゃあ、俺の槍とぶつかることもないわな・・・。俺の負けだよ、完全に。」
龍二は首を振って立ち上がり、クリムトの傍に膝をついた。
腹に空いた大きな穴は、どくどくと血を流して地面を赤く染めていく。
クリムトは龍二を見つめ、とても穏やかな顔で笑っていた。
傷の痛みで顔をしかめているが、それでも目は優しく笑っていた。
「お前はいいな、頑丈な身体で・・・。俺にとっちゃ、これは致命傷だ・・・。」
「クリムト・・・。すまない、何度も助けてもらったのに・・・すまない・・・。」
「いい男が泣くなよ馬鹿たれ・・・。それよりちょっと身体を起こしてくれないか?
『アテナイの軍人は伏して死なず』って教えがあってな・・・・。」
龍二は涙を拭いて頷き、彼の肩を抱えて抱き起こした。
逞しい身体だった。触れているだけで強さを感じる、鍛え抜かれた身体だった。
「そういやまだ名前を聞いてなかったな・・・。教えてくれよ・・・。」
「・・・龍二。円龍二だ・・・・。」
「そうか、龍二か。良い名前だな・・・。龍二か・・・・・。」
クリムトの身体から力が抜けていく。目は虚ろになり、呼吸は浅くなっていく。
彼は力を振り絞って手を持ち上げ、龍二の頬に触れて呟いた。
「・・・生き残れよ・・・龍二・・・。死んだら駄目だ・・・生きろよ・・・。」
その言葉は龍二の涙を溢れさせた。
クリムトを抱く手に力を入れ、強く目を閉じて泣いた。
その時だった。突然恐ろしい気配を感じて目を開けると、二人の傍にあの恐ろしい敵が立っていた。
赤い衣に身を包み、黒い骨の馬に乗った、あの死神が立っていた。
龍二は一瞬我を忘れて固まった。
赤い死神は大鎌を振り上げ、音も無く斬り下ろした。
それはクリムトの首を一閃し、彼の頭は身体から離れて龍二の腕の中に落ちた。
あまりに呆気ない出来事に、何が起きたのか分からなかった。
しかし自分の腕に落ちたクリムトの頭を見て、発狂したように泣き喚いた。
「クリムトオオォッ!ああああああッ!」
途端に体内でスサノオの力が暴走し、傷ついた身体が異常な速さで再生していく。
『その者は『死』を望んだ。故に我は来た。そして汝もまた『死』を望んだ者。
我が鎌により、安息の『死』を受け入れよ。』
赤い死神は龍二を睨み、再び鎌を振り上げる。
龍二は怒りで我を忘れそうになっていた。
しかしスサノオの力に飲み込まれる一歩手前で踏みとどまっていた。
心を御し、力だけを引き出して赤い死神を睨みつける。
「この骸骨野郎がッ・・・・。誰もてめえなんぞ呼んでねえッ!。」
白銀の槍で砕かれた右腕は再生し、雷に焼かれた身体も完全に復活していた。
そして右腕には大きな力が蠢き、『天叢雲剣』がその力を解放しようとしていた。
『我が『死』からは逃れられぬ。我は定め。『死』という抗えぬ定めなり。』
死神の鎌が龍二の首に目がけて振り下ろされる。
しかし龍二は逃げない。赤く輝く右腕を上げ、死神の鎌を受け止めた。
金属同士がぶつかる硬い音が響き、死神の鎌はヒビ割れて砕け散った。
「お呼びでないのに『死』を運んで、何が定めだ。お前の趣味に付き合ってられるかッ!」
『天叢雲剣』が宿った右腕は金属と化し、凄まじい力で赤い死神を殴り飛ばした。
重たい轟音が響き、死神は馬から吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
主をやられた馬は立ち上がって大きく鳴き、黒い身体を風に変えて死神の中に吸い込まれていく。その力を吸収した死神は、鎌を復活させて龍二に襲いかかってきた。
禍々しい気を纏い、凄まじい速さで鎌を振ってくる。
しかし龍二はまったく動じることなくその場に立っていた。
死神の鎌が首に食い込むが、一ミリたりとも傷つけることは出来なかった。
いまや龍二の身体は、全身が死神の鎌より硬くなっていた。
スサノオの力は完全に引き出され、そして心はその力に飲み込まれることはなかった。
龍二は首元の鎌を掴み、右腕を脇に構えた。
死神は鎌を引き抜こうとするが、スサノオの力の前にビクともしない。
「死神のくせに何を慌てている?お前は『死』の象徴なんだろう?」
『我は恐れを抱かない。だが、我が『死』を避けることは許されぬ。
汝が真に力のある者ならば、その手で『死』を打ち砕いてみるがいい!』
死神は鎌を放し、赤い衣を翻して両手で呪いを放ってくる。
それはどんな相手でも魂を抜き取る恐ろしい呪いであったが、それでも龍二は慌てなかった。脇に構えた右腕が熱い。弾けそうなほど、そして溶けてしまいそうなほど・・・。
「お前も死神なら『振動』に弱いんだろう?望み通り砕いてやるッ!」
構えた拳を撃ち出し、龍二は『天叢雲剣』を放った。
拳から赤い光が撃ち出され、波状に振動して巨大な破壊力を生み出す。
赤い死神は一瞬で木端微塵に粉砕され、塵となって消えていった。
「疫病神め・・・。お前さえいなけりゃ、クリムトの奥さんも・・・・・。」
龍二は振り返り、骸となったクリムトを見つめた。
さっきまで勇ましく戦っていた戦士は、ピクリとも動かずに横たわっていた。
「・・・クリムト・・・・。」
すると広間に雷鳴が響き、彼に宿っていたゼウスが姿を現わした。
逞しい肉体に立派な顎髭をたくわえ、威厳のある目で龍二を見つめている。
《素晴らしい戦いであった。お前も、この男も・・・。》
そう言って小さく笑い、雷霆をふりかざして稲妻と共に消えていった。
倒れていたクリムトの身体は、ゼウスの稲妻に焼かれて姿を消していた。
《戦え、龍二・・・。最後まで・・・・・。》
彼の魂が龍二の前で微笑み、光となって黄色い空に吸い込まれていった。
そして途中で向きを変え、何処かへと飛んでいく。
《あの先に・・・石碑があるんだな・・・・。》
龍二は大きな扉を開き、遺跡の外に出てみた。
黄色く霞む空の中に、塔のような巨大な石碑が浮かんでいる。
目の前にはその石碑に続く道が伸びていて、空に架かる吊り橋のようだった。
「クリムト・・・俺は戦うよ。自分の『意思』の元に。」
龍二は空に架かる橋を歩いていく。
石で出来た足場を踏みしめながら、拳を握って歩いていく。
《少しだけ、ほんの少しだけ自分の『意思』が見えた。
あとは彼女に会うだけだ。その時にこそ、俺は本当の・・・・、》
龍二は全身から大きな力を発していた。
石碑に群がっていた死神の群れは、その力に引き寄せられるように龍二の元に集結した。
とんでもない数の死神が周りを埋め尽くし、鎌を振り上げて襲いかかってくる。
しかしもう死神は敵ではなかった。
赤く光るスサノオの拳は、紙人形のように死神を粉砕していく。
「疫病神どもめ!狩れるもんなら狩ってみろッ!」
群がる『死』を叩き潰し、龍二は石碑を目指して天空の橋を駆けていった。

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