カオスジャーニー 第十話 露の中の夢

  • 2014.06.26 Thursday
  • 16:33
露の中の夢


希望って残酷よね。
最初から絶望しかなければ、無駄に傷ついたりしないのに。
でもね、誰だって希望にすがりたがるの。
暗い闇の中に、寒い夜空の中に灯がともっていたら、みんなそこに群がるでしょ?
この石碑はね、絶望の中に灯る光なのよ。こんなものがあるから、みんな争って傷つくの。
無くなればいいんだわ。石碑も、生まれ変わりも、みんな無くなればいい。
憎しみや悲しみを否定するわけじゃないのよ。私は争いの種を消し去りたいだけ。
世界がどうあるかなんて、そこに生きる者達が決めるべきでしょう?
一人一人の『意思』がいちいち反映されていたら、世界はおかしくなっちゃう。
私はね、一人の『意思』なんてどうでもいい。大事なのは『全体』よ。
たった一人の魂が、その『全体』を塗り替えるなんて絶対にあっちゃいけない。
みんな自分の居るべき場所で暮らして、家族や仲間がいればそれでいいはずでしょ。
それってとても素敵なことなのに、目の前に『希望』をぶら下げられると豹変するの。
よく自分の胸を探ってみて。家族がいて、仲間がいて、夢があって、他に何が必要なの?
あなたにとって本当に望むものは、世界を創り変えることなの?
それとも誰かを生き返らせたい?それなら私が代わりにやってあげるわ。
あなたの大事な人を生き返らせてあげる。この石碑の主になってね・・・・・。
私はあなたのことが好きよ。人としても、男としても・・・・。
利用していたのは謝るけど、でも誰でもよかったわけじゃない。
あなただからこそ、私は選んだ。
天啓のように、運命のようにあなたが落ちて来たあの瞬間。
この人こそが私の求めていた人だって思ったわ。
ねえ、あなたの答えを聞かせて。
あなたは私の考えをどう思う?どう感じる?馬鹿だって思う?それとも賛同してくれる?
言葉じゃなくてもいいの。私が知りたいのはあなたの心。
精霊は外見も言葉も信用しない。相手の心だけを信じるの。
だからあなたの心を見せて。そしてあなたの心を聞かせて。
私はあなたを知りたい。あなたの中の、本当の『意思』を。
だから、あなたの答えを聞かせて・・・・・・。


            *


メリッサは石碑の前に立っていた。
その横には別の精霊の男が倒れていて、大きな樹の神が姿を現わして二人を見つめていた。
《精霊よ・・・。同志を手に掛けるとは、実に許し難し。だがこれもまた定めなり・・・。》
壮大な巨木の神は、幹に茂る葉を揺らして消えていった。
メリッサは男の骸を水で包み、元素に分解して宙に放った。
肉体から抜き出た魂は、悔しそうな顔を見せて石碑の中へと吸い込まれていった。
「ごめんね。仲間なのに・・・。」
寂しそうな顔を見せ、メリッサは龍二の方へ近づいて来る。
そして彼の一歩手前で止まり、真っすぐに目を向けて手を伸ばしてきた。
「あなたの心を聞かせて。私の問いに、あなたの『意思』が背くかどうかを。」
彼女は目を閉じて龍二の胸に触れた。そこはスサノオの紋章が光る場所で、メリッサの手に反応して熱く輝いていった。柔らかく、そして優しい手だった。
清らかな水が身体の中を駆け抜け、そして心地良く満たされていく。
龍二の頭の中に、女神のような美しい一人の女性が現れた。
どんな宝石よりも綺麗で、どんなガラスよりも透き通った身体。
サザナミのように揺れながら、穏やかな顔で微笑みかけてくる。女は水の身体を持っていた。そして、その胸の中には小さく光る彼女の『意思』が宿っていた。
《これが・・・メリッサの本当の姿。水の精霊、ウンディーネの姿か・・・。》
見惚れるほど美しく、龍二は思わず頭の中で手を伸ばした。メリッサはそっとその手を握り、自分の胸に持っていく。そして胸の中に輝く、彼女の『意思』に触れた。
それは優しい想いで溢れていた。万物を慈しむ心があった。
他者を傷つけることを嫌い、自分より他人のことを先に考える、穏やかな心だった。
しかしそれと同時激しい怒りもあった。
うねる波のように、荒れ狂う川のように、激しい怒りが渦巻いていた。
恩恵と破壊、優しさと畏れ、慈しみと憤怒。
それはまさに水が持つ二面性であった。美しく、そして恐ろしい・・・。
龍二は知った。彼女の心を、そして彼女の『意思』を。
それは『調和』であった。
善と悪、光と闇、陰と陽、幸と不幸、生と死。そして・・・人と自然の民。
全ては平等。全てのものが等しく世界に在るべきであり、『調和』こそが世界の根源。
それに気づいた時、彼女の姿は消えた。
美しい水の身体はパッと弾け、虹を輝かせて消え去ってしまった。
「龍二・・・・。」
メリッサは悲しい目で龍二を見つめていた。
彼女もまた、龍二の『意思』を知った。
そして、それはとうてい自分とは相容れないものだった。
龍二はメリッサの手に触れ、そっと自分の胸から離した。
メリッサの『意思』を知り、そして自分の『意思』もはっきりと知ることが出来た。
龍二は思い出していた。ここへ辿り着くまでに戦った数々の強敵を。
転生を繰り返す老婆、ハルバティ。死を恐れる彼女の意思は『永遠』
狼を駆る妖精の少女、アンネ。彼女は孤独を恐れていた。その意思は『絆』
光の神を宿した聡明な男、鳴上。光を戴く彼の意思は『善』
そして、ただ一人の女を愛した誇り高い戦士、クリムト。彼の意思は『愛』であった。
ならば自分の『意思』は・・・・。
龍二の中に宿る意思、それは『闘争』であった。
激しく燃え盛り、戦いの中にこそ真実を見出す、真っ赤な『闘争』であった。
それはメリッサの『調和』とは対を成すものであり、手を取り合って進むことは出来なかった。龍二は今はじめて気づいた。どうして彼女に惹かれていたのかを。
水の結晶が消えたあとでも、どうして彼女を忘れることが出来なかったのかを。
それは自分とは正反対の存在だったからである。
引き合う磁石のように、互いが互いに惹かれ合っていた。
龍二は彼女の『調和』に憧れ、メリッサは彼の『闘争』に希望を抱いた。
龍二の予想は正しかった。メリッサに会えば、きっと自分の『意思』を知ることが出来る。
しかし、それは戦いの鐘が鳴らされた瞬間でもあった。
もしかしたらという淡い期待を抱いていた。
もしかしたら、メリッサと手を取り合い、新しい世界で暮らせるのではないか。
失ったものは取り戻せないが、新たな宝物を手に入れることが出来るのではないか。
そんな幻想はあっさりと打ち砕かれた。
自分が最も欲していた『意思』を知ることで、淡い期待は露の中の夢と消えてしまった。
「残念だわ・・・あなたとなら、一緒に新しい世界を創れると信じていたのに・・・。」
「・・・・俺も残念だ。でも戦いは避けられない。この拳で砕いてきた奴らの為にも。」
二人は静かに見つめ合い、やがてメリッサは龍二から離れていった。
「仕方ないね。石碑の主になれるのは一人だけ。私は必ず自分の『意思』を・・・。」
メリッサは石碑の前に立って振り返る。
彼女の身体から大きな力が放たれ、水が溢れて石碑の周りを渦巻いていく。
「なんて凄い力だ・・・。飲み込まれそうなほどだ・・・。」
水は龍二の足元にも及んでいて、二人の立つ天空の橋を壊して樹が生えてくる。
そして水の中から土が生まれ、樹は養分をすってどんどん巨大化していく。
太い根を張り、石碑に絡みついてわさわさと伸びていき、やがて龍の姿に変わっていった。
「これは・・・なんて化け物だ・・・。」
天空の橋は崩れ落ち、代わりに大地が出来あがっていた。
樹で出来た龍はまだ養分を吸い上げて大きくなる。水と土が龍に力を与えていく。
メリッサは龍の頭の上に立ち、龍二を見下ろして言った。
「この神の名は燭龍。石碑の主、黄龍が自然の象徴なら、燭龍は自然そのもの。
万物を内包し、流転させる森羅万象の神よ。」
それはまさに自然の民、ウンディーネに相応しい神であった。
龍二は燭龍を見上げ、全身を金属化させて拳を構えた。
「メリッサ、俺は自分の『意思』を知った。しかしまだ見えないものがある。」
「それは何?」
「俺の中には『世界』が無い。こんな風に『世界』を創りたいという想いが無いんだ。
それに、誰かを生き返らせたいという想いもない。
でもお前との戦いに勝てば、それも掴めるような気がする。」
そう言うと、メリッサは可笑しそうに笑って首を傾げた。
「やっぱり龍二の意思は『闘争』なのね。戦いの中に真実を見出そうとする。
いいわよ、私だって負けられない。誰だって、一度は本気で戦わなくちゃいけないから。」
メリッサは両手を上げ、身体を水に変えていく。
彼女は燭龍の中に吸い込まれていき、自分の神と同化した。
すると燭龍の額に大きな目が現れ、身をよじって雄叫びを響かせた。
《あなたの『意思』が勝つか、私の『意思』が勝つか、戦って決めましょう。
いくわよ龍二ッ!》
「望むところだ!」
龍二は頷き、高く飛び上がって樹に駆け上った。
そして一気に燭龍の顔まで到達し、拳を握って思い切り殴りつけた。
硬いスサノオの拳は簡単に樹を砕き、燭龍のこめかみに突き刺さった。
しかし敵はあまりにも大きく、ビクともしない様子で龍二を振り落とした。
「うおおおお!」
咄嗟に身を翻して着地すると、燭龍は息を吸い込んで胸を膨らませた。
《あなたは炎。激しい戦いの炎よ。だったら芯まで凍らせてその炎を消してあげるわ。》
燭龍は吸い込んだ息を吐き出し、一瞬にして辺りを冬に変えてしまった。
激しい吹雪が龍二に吹きつけ、立っている場所が凍って転んでしまった。
「こんな程度でッ・・・・。」
起き上がろうとするが、吹雪の威力は増していく。
風は速くなり、雪は雹に変わって弾丸のように降り注ぐ。
「うおおおおおおッ!」
雹の弾丸は激しく襲いかかるが、硬質な金属の身体はそれを跳ね返していた。
《やっぱり頑丈ね。だったらもっと寒くしてあげる。》
燭龍はまた息を吐き出し、辺り一面が白銀の世界に覆われていく。
嵐はブリザードへと変わり、マイナス百二十度の風が龍二の身体を凍らせていく。
そして雹も巨大化して威力を増し、氷の砲弾となって機関銃のように襲いかかる。
「うおおおおおおおッ!」
メリッサの攻撃は激しかった。他の資格者ならこれで勝負はついていただろう。
しかし龍二は違った。彼の肉体は、雹の砲弾を受けても傷一つ付かなかった。
完全に引き出したスサノオの力は、並大抵の力では傷つけることが出来ないほど頑強だった。龍二は凍った身体で拳を構え、スサノオの力を解放していった。
身体は熱くなり、もうもうと湯気を立てて凍った身体を溶かしていく。
そして身体はまだまだ熱くなる。胸の紋章が輝き、右腕に力が溜まっていく。
「防戦一方でいられるか!今度はこっちの攻撃に耐えてみろッ!」
構えた右腕から七本の光の棒が突き出てくる。龍二は拳を握り、燭龍に向けて七支刀を放った。螺旋の赤い光がブリザードを切り裂いて燭龍を貫いていく。
「いくら巨大でも所詮は樹だ。壊すのは容易い!」
そう叫んで再び七支刀を撃とうとすると、メリッサの笑い声が響いた。
《それはどうかしら?樹はいくらでも伸びるのよ。ほら、こんな具合に。》
大地から水と養分を吸収し、わさわさと樹が伸びて傷が塞がっていく。
「なッ・・・。こんなんじゃいくら傷つけても・・・・、」
《そう、再生するわ。あなたは頑丈だけど、私はしぶといの。女の執念を甘く見ちゃダメよ。》
燭龍はまた養分を吸い上げて巨大化し、葉っぱを振って緑の風を起こした。
それはブリザードと混ざり合い、龍二の身体をじわじわと腐らせていった。
「なんだこりゃあ・・・・。金属が溶けていく・・・。」
《風は物を風化させる力がある。いくら硬くても、これは防げないでしょ。》
腐り始めた金属は脆くなり、ブリザードの低温と雹の砲弾でヒビが入っていく。
「ぐうッ・・・。こんなに何でも出来るなんて反則だぞ・・・・。」
《だから言ったでしょ。燭龍は森羅万象の神だって。
自然の理は全て私の力。なんだって出来るわよ、ほら。》
メリッサがそう言うと、燭龍は大きく息を吸い込んで咆哮を上げた。
すると途端にブリザードは消え、辺りは真夏のように熱くなって熱風が吹きつけた。
外からの急激な温度の変化に耐えきれず、金属の身体はさらにヒビ割れていく。
燭龍は再び息を吐き出し、辺りを冬に変えて雹の砲弾を撃ち込む。
急激な温度の変化と雹の砲弾が、確実に龍二の身体を破壊していく。
金属の身体を元に戻そうかとも思ったが、そんなことをしたら雹の砲弾にやられるだけだけだった。しかし金属のままでは温度の変化と緑の風にやられてしまう。
龍二は耐えきれなくなって膝をついた。
「ぐッ・・・・。何なんだよ・・・このでたらめな力はッ・・・。」
燭龍の強大な力の前に、龍二は成す術なく打ちのめされていく。
緑の風が金属を溶かし、冬と夏が機械のスイッチのように入れ替わって身体を砕いていく。
ついに龍二は力を失くして倒れ、立ち上がることさえ出来なくなってしまった。
「こ、ここまで・・・来たのに・・・終わるのか・・・。俺はもう・・・ここで・・・。」
悔しさで涙が出て来た。迷いながらも戦いをくぐり抜けて生き残り、クリムトさえ倒してここまで来たのに、何も出来ずに一方的にやられていくだけ。
悔しくて堪らず、思わず声を出して泣いていた。
それを見たメリッサは攻撃の手を止め、静かな口調で語りかけた。
《龍二・・・別にあなたが弱かったわけじゃないわ。ただ相性が悪かっただけ。
私は今でもあなたのことが好きよ。だから・・・これ以上苦しませないように終わりにする。・・・・・ごめんね・・・・・。》
メリッサの言葉は龍二の胸を締めつけた。
こんな時にまで優しさを見せる彼女が、逆に憎らしく感じられた。
《何が「あなたは弱くない」だ・・・。俺はまったくお前に歯が立たないのに・・・。
それに「相性が悪い」ってなんだ・・・・・。
どういう意味でそんな慰めの言葉を掛けて・・・・・・・、ん?相性?》
その言葉が引っ掛かり、傷ついた自分の身体を見て考えた。
並大抵の攻撃は効かないと思っていた頑丈な身体は、見るも無残に砕かれている。
ハルバティの光線も、フェンリルの胃液も、巨神のレーザーや死神の鎌にだって耐えた。
なのにこんなにもあっさりとやられるなんて・・・・。
そこまで考えた時、メリッサの言葉の意味が分かった。もしここに立っているのが自分ではなくクリムトだったら、とうに彼女は負けているだろう。
クリムトの持つ雷霆で一瞬にして焼かれ、樹で出来た身体は木炭に変わっていたはずだ。
《そうか、力だけじゃないんだよな。力と強さは別物なんだ。
それはあの亡者の道で学んだことなのに・・・・。》
思い上がっていた。自分の肉体を過信し、あまりに無防備だった。
戦いには相性がある。この頑丈な身体は、燭龍の前では役に立たない。
ならばどうするか?龍二はヒビの入った拳を見つめて考えた。
《龍二・・・。これが最後の攻撃よ。何か伝えたいことはある?》
しかし龍二は何も答えずに拳を見つめているだけだった。
メリッサは彼が覚悟を決めたのだと思い込み、ブリザードの冷気を集めて特大の氷塊を造った。今の龍二ならこれで充分に砕けるはずだと考え、優しい口調で最後の言葉をかけた。
《大丈夫、痛くないからじっとしてて。苦しませたりしなから。
もしあなたが生まれ変わったら、また会えるといいね・・・・。》
メリッサは激しい嵐を巻き起こし、突風に乗せて巨大な氷塊を撃ち出した。
凄まじい速さで氷塊は龍二にぶつかり、大地を揺らして砕け散った。
砕かれた地面から土が飛び散り、粉々になった氷塊がもうもうと白い煙を上げる。
メリッサはじっとその場を見つめ、悲しそうな声で呟いた。
《龍二・・・ごめんなさい・・・。あなたのことはずっと忘れないから・・・。》
メリッサの悲しみに呼応するように枝が揺れて葉がざわめく。
しかしいつまで経っても龍二の魂は出てこなかった。
《・・・・生きている?まだ死んでいないの?》
ブリザードが白い煙を消し去ると、その中から拳を構えた龍二が現れた。
熱い身体が氷を溶かし、目を赤く光らせて闘志を燃やしていた。
《あれを喰らってもまだ生きてるなんて・・・・。でも次は耐えられないでしょ!》
メリッサは再び巨大な氷塊を造り、風に乗せて撃ち出した。
ダンプカーよりも巨大な氷塊が凄まじい速さで飛んでくる。
しかしその氷塊は、龍二に当たる前に粉々に砕け散ってしまった。
《そんなッ・・・。あれだけの氷塊がどうして・・・・。》
砕かれた氷塊の中で、龍二は右腕を突き出して立っていた。
その腕からは赤い光が放たれていて、波のように揺らめいていた。
それは『天叢雲剣』だった。
二度の氷塊の攻撃は、強烈な振動によってガラス細工のように砕かれていた。
龍二は絶体絶命の中で考えていた。どうすれば生き残れるかを。
それは守ることではなく、攻めることにあると見出した。
何もしなければ確実に『死』を迎える。
自分の意思である『闘争』に従い、座して死ぬのだけはやめようと思った。
死ぬなら戦って死ぬ。生き残ることはその先にある。
龍二は右手を脇に構え、ヒビ割れた身体のまま駆け出した。
《・・・ほんとうにあなたって人の予想を裏切るわよね。もちろん良い意味でだけど。》
心なしかメリッサの声は弾んでいた。
それは彼が生きていたからではなく、どんな状態でも前に進もうとするその姿勢に心を打たれていたからだった。しかし自分も負けてはいられない。
『調和』の意思の元に、世界を創り上げなければならないのだから。
《もうあなたはボロボロよ。これに耐えられる?》
燭龍は葉を揺らして緑の風を巻き起こし、ブリザードは雹の砲弾を飛ばしてくる。
しかし龍二は止まらなかった。
《右腕でしか技を撃てないことはないはずだ。今の俺なら・・・。》
龍二は左手で七支刀を放った。螺旋の赤い光が雹を打ち砕いて一筋の道が出来る。
一瞬出来た道を全力で駆け抜け、緑の風の浸食にも怯まずに樹の根っこに飛びついた。
「うおおおおおおッ!」
掛け声と共に右手から『天叢雲剣』を放ち、樹の根を粉砕して大きな穴を開けた。
そしてその穴から中に入り込み、拳で樹を砕きながら燭龍の体内へ侵入していった。
《この中なら敵の攻撃を受けずに済むはずだ。そして俺だけが攻撃出来る!》
右手からは『天叢雲剣』、左手からは『七支刀』を放ち、燭龍の体内を滅茶苦茶に破壊していった。堪らず燭龍は雄叫びを上げ、身をよじらせて苦しんだ。
《やるわね龍二。でもその程度じゃ負けない!》
燭龍は大地から水と養分を吸い上げ、傷ついた身体を再生させていく。
そして伸びた枝が体内に入り込み、龍二に巻き付いて締め上げていった。
《このまま私の中で消化してあげるわ!》
巻き付いた枝から酸の樹液が放たれ、煙を上げて金属の身体を溶かしていく。
しかし龍二の攻撃は止まらない。締め上げられた状態からでも『天叢雲剣』と『七支刀』を放ち、僅かに出来た隙間から枝を抜け出していく。
そして渾身の力で赤い拳を乱れ撃ちし、迫りくる木の枝を叩き潰していった。
メリッサも負けじと養分を吸い上げて枝を再生させ、樹液を出して溶かそうとする。
破壊と再生が燭龍の体内で繰り返され、その攻防はずっと続くように思われた。
しかしメリッサには限界がきていた。
養分を吸い過ぎた大地は痩せてヒビ割れ、水分も失われて砂に変わっていく。
《まずい!このままじゃ・・・。》
メリッサは攻撃の手を止め、大気の水分を集めて大地を復活させようとした。
龍二はその隙にどんどん破壊していく。拳を振り、技を放って敵の体内を崩壊させていく。
《ダメだわ・・・。このままじゃ・・・・。》
龍二の攻撃は勢いを増していく。大地が復活するより速く、燭龍の体内を侵入してくる。
このままでは完全に樹が砕かれると思い、メリッサは燭龍の頭を切り離して飛び上がった。
メリッサと燭龍の頭を失った樹は、葉っぱを散らして大きな枯れ木に変わってしまった。
大地は完全に養分と水分を失って砂に変わり、根っこの間からぼろぼろと崩れ落ちていく。
龍二は枯れた木にしがみ付き、てっぺんまで昇ってメリッサを睨んだ。
彼女は水を纏う樹の龍と化していて、額の大きな目を向けながら言った。
《凄いわね、ここまでやるなんて。でもまだ終わりじゃない。私は負けられないの!》
そう叫ぶと、額の大きな目がゆっくりと閉じていった。
すると辺りの光は失われ、明るかった空が夜に変わり始めた。
「また妙な攻撃を・・・。しかしもう再生は出来まい。ここで一気に決める!」
龍二は両手に力を溜めて構え、宙に浮かぶメリッサを睨んだ。
「これで終わりだッ!」
構えた拳を打ち出すと、両腕から『七支刀』が放たれた。
二つの赤い螺旋がメリッサを襲う。
しかしその瞬間に燭龍の額の目は完全に閉じ、辺りは夜の暗闇に変わった。
突然訪れた闇は『七支刀』の光を消し去り、メリッサの姿は見えなくなってしまった。
《今は常闇の夜。全ての光は失われる。》
どこからともなく彼女の声が響き、龍二は耳を澄まして気配を探った。
右上の方から何かが動く気配を感じ、もう一度『七支刀』を放った。
しかし撃ち出された螺旋の光は闇に飲み込まれて消え去り、代わりに何かが龍二の左腕を斬り落とした。
「ぐあッ!」
《言ったでしょ。常闇では全ての光が失われるって。
そして水はどんな物でも断つ力を持っている。例え丈夫な金属でもね。》
闇の中から水の剣が放たれ、龍二の胸を貫いていく。
「がはッ・・・・。」
《この程度じゃあなたは死なないでしょ。もっと弱らせてから、燭龍の口で飲み込んであげるわ。》
常闇の中から、水の剣は容赦なく襲いかかる。
肩を貫かれ、腹を斬られ、両足も撃ち抜かれ、遂には右腕も斬り落とされてしまった。
そしてトドメとばかりに頭を撃ち抜かれ、龍二は力無く倒れていった。
《すごいね、頭を撃たれて生きてるなんて。でももう終わりよ。
すぐに飲み込んであげる。大人しくしててね。》
辛うじて生きているものの、龍二は大きなダメージを受けて気を失いそうになっていた。
「もう、ここまでか・・・・。でも・・・黙って死ぬわけには・・・・。」
クリムトは言った。『アテナイの軍人は伏して死なず』と。
ならば自分も、ヨスガの軍人、そして『闘争』の意思を持つ者として最後まで戦おうと決めた。もはや両腕はない。しかし戦う武器は無くても命はある。
せめて、戦う意志を持ったまま最後を迎えよう。
ボロボロの身体に鞭を打ち、龍二は足を踏ん張って立ち上がった。
「さあ来いッ!この命が尽きるまで、俺は戦ってみせるぞ!」
龍二の声は常闇に響き渡る。その力強い声は、闇の中に身を隠すメリッサに届いていた。
龍二は闘志の衰えない目で闇を睨みつける。赤い目で敵が迫って来るのを待つ。
しかし・・・・・・、来ない。
闇の中に静けさだけが広がり、敵の動く気配は無い。
《メリッサ。トドメを刺すことを躊躇っているのか?それとも・・・・。》
龍二は闇を見つめながらあることを思った。
この頑丈な身体をここまで簡単に傷つける水の剣。
そんな優れた武器があるなら、どうしてもっと早く使ってこなかったのかと。
《・・・・まさか。あの水の剣は・・・・。》
龍二は考えた。あれは水の結晶と同じで、メリッサの魂を削る技なのではないかと。
大地を失い、巨木を粉砕されて追い詰められた彼女は、自分の命を削る最後の攻撃を使った。そのせいで今は力を失っている状態なのかもしれない。
それならば条件は五分だ。お互いに決め手がない状態で膠着している。
しかし再生の力はお互いが持っている。メリッサは魂を抜かれない限り復活してくる。
ならば、勝負の鍵はどちらが先に強力な攻撃を仕掛けるか。
《『七支刀』は左手でも撃てた。ならば『天叢雲剣』も・・・・・、》
しかし今はその左手もない。再生を待つには時間がかかり過ぎる。
それにこの暗闇の中では、敵の位置も把握出来ない。
どうするか・・・・・。
時間は流れる。常闇の沈黙の中で、見えない死神の鎌が首元に当てられているようだった。
下手に動けば、自分からその鎌に突っ込んでいくことになる。
さっきは攻めることで生き延びた。ならば今度は・・・・。
龍二は力を溜めて静かに待つ。暗闇の中でも目を開け、全ての五感を研ぎ澄ましていた。
・・・・何かが動いた・・・・。
静かにゆっくりと動く気配がある。微かな空気の流れを感じる。
メリッサは力を取り戻していた。大気の水を集め、削った魂を復活させていた。
そして彼女には龍二の姿が手に取るように分かった。
燭龍の二つの目は、常闇の中でもはっきりと龍二の姿を捉えていた。
《今の彼に武器はない。傷も負って弱っているし、このまま一飲みにする!》
なるべく気配を悟られないように、ゆっくりと動きながら龍二の元へ近づいていく。
そして彼の近くまで来た時、口を開けて一気に飲み込もうとした。
しかし龍二を口に入れた瞬間、燭龍の身体は弾け飛んだ。
樹で出来た身体は細かい木片となって飛び散り、大きな頭は龍二を咥えたまま枯れ木の下へ落ちていった。
石碑に絡む枯れ枝にぶつかりながら落下し、大きな根っこにぶつかって止まった。
龍二はもぞもぞと燭龍の口から抜け出し、口の中から赤い光を漏らして立ち上がった。
燭龍の額の目は開き、辺りに光が戻って黄色く霞む空が浮かび上がる。
空を満たす光を背中に受けながら、龍二は頭だけとなった燭龍を見下ろしていた。
《なんで・・・。今のあなたに、両腕は無いはず・・・・・。》
メリッサは燭龍の目を動かして龍二を見上げた。
そして彼の口から微かに赤い光が漏れていることに気づき、呆れたように呟いた。
《口から力を放ったのね・・・。ほんとうに、あなたって人の期待を裏切るわよね。》
メリッサの言う通り、龍二は口から『天叢雲剣』を放った。
以前の龍二なら無理な芸当であったが、クリムトとの戦い、そして燭龍との戦いがさらに彼を成長させていた。
《やっぱりあなたに宿る意志は『闘争』なのね。戦いの中に真実を見出す・・・。
どうりでここまで生き残って来られたはずだわ。》
メリッサは笑い声を響かせ、燭龍の頭は枯れ木となって崩れ去った。
「メリッサ・・・。今まで助けてくれてありがとう。お前がいなきゃ、俺はとっくに・・・。」
メリッサの魂は燭龍から抜け出し、龍二の前に立って小さく笑った。
《私・・・負けちゃった。でも・・あんまり悲しくないのはなんでかな?
龍二、あなたは本当に強くなった・・・。最後まで戦ってね・・・。》
そう言って強く抱き付き、唇を重ねてニコリと微笑んだ。
そして龍二から離れ、水の身体に姿を変えて陽の光を透き通らせた。
それは湖面に光る朝陽のように輝き、思わず手を伸ばしたくなる美しさだった。
彼女は宙に浮き上がり、手を振りながら石碑に吸い込まれていく。
《・・・私・・・龍二のこと大好きよ・・・。
また・・・いつかどこかで・・・会えたらいいね・・・・・・・。》
そう言って微笑みを残し、朝露のようにパッと弾けて石碑に消えていった。
龍二は枯れた根っこの上で立ち尽くしていた。
メリッサは消え、それと共に彼女の『意思』も消えた。
『調和』の世界を望む彼女の意思は、龍二の手によって露の中の夢と消えた。
「メリッサ・・・。俺もお前のことが好きだよ・・・・。
自分の意思に気づかせてくれてありがとう・・・。またいつか、きっと会おう・・・。」
寂しさと悲しさが溢れ、気がつけば涙を流していた。
言いようの無いほどの切なさが胸を満たした時、彼女に宿っていた燭龍が現れた。
それはメリッサが生み出した樹の龍とは比べものにならない大きさで、まるで山そのものが龍に変わったほどの壮大さだった。
《全ては森羅万象の中にあり。我は汝、我は此の精霊、全ては一つである・・・・・。》
燭龍は巨大な身体を持ち上げて咆哮し、風に姿を変えて消えていった。
龍二は黄色く霞む空を見つめ、消えていった者達を思い浮かべていた。
《俺一人になってしまったな・・・・・。》
クリムトもメリッサももういない。死神も亡者も、他の資格者も・・・・。
しかし孤独は感じなかった。
戦いによって刻まれた強敵達の姿は、ありありと思い浮かべることが出来た。
龍二の身体は熱くなり、傷ついた肉体は再生を終えようとしていた。
それと同時に石碑に絡みついていた枯れ木は崩れていき、足場が崩壊して落下しそうになる。
その時石碑から一本の石道が伸び、威厳のある声で囁きかけた。
《資格を持つ者よ。中へ・・・・。》
それはあの奇妙な声だった。今までに何度も龍二に語りかけてきた、優しくて心地の良いあの声だった。
崩れる枯れ木から咄嗟に石道に飛び移ると、その先に一つの扉が現れた。
《この中に、石碑の主が・・・。》
龍二は堂々とした足取りで石道を歩いて行く。
そして扉の前で立ち止まり、再生した拳を握って睨みつけた。
『終わりじゃない』
そう感じた。まだ大きな試練が残っている。戦いの鐘は、まだ終わりを告げていない。
龍二はゆっくりと扉に触れてみた。すると大きな音を立てて扉は左右に開かれていき、中から光が溢れてきた。
《さあ、中へ・・・・。》
強い光が全身に降り注ぐ。身体はますます熱くなり、握った拳に力が入る。
龍二は『闘争』の意思を宿して、石碑に足を踏み入れた。

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