稲松文具店 第十四話 溝端恵子(1)

  • 2014.09.02 Tuesday
  • 19:00
人通りの多い繁華街を歩きながら、コンビニで買った肉まんを頬張る。地方都市の喧噪というのは、五月蠅すぎず静か過ぎず、妙に心地が良い。
「この肉まんウマ!コンビニの食いもんもレベルが上がってきたわよね。」
下手な店で高い金を払うより、コンビニの安い飯の方がよっぽど美味い。
「食べ物って・・・やっぱり昔のクセが抜けないわよね。いくら金を持っても、こういうのが一番美味しいと思っちゃうわ。」
『舌が肥えていないということは、真の金持ちではない。』
昔付き合った成り金の男に言われた言葉を思い出し、「ぷッ!」と吹き出した。
「あの成り金野郎、偉そうなこと言ってたわりには、陰でコソコソ安い食いもん食ってたわよね。生まれつきの金持ちでもなけりゃ、舌なんか肥えるかってんだ。」
金は人生に必要だし、あって困るものじゃない。でも、世の中には確かに金では買えないものがある。それは愛とか友情とか、そんな臭いものではなく、もっともっと現実的なものだ。
「いくら金があっても、時間だけは買えないわ。アラブの石油王だって、時間を巻き戻して人生をやり直すなんて出来ないんだし。」
そう・・・いくら金があっても時間は買えない。なぜなら、時間はだけは万人に平等なんだから。だから自分の歩んできた道は、いくらお金があっても買い戻せない。
私が家を飛び出した時、幼い兄弟がいた。再婚した義父の連れ子で、小三の男の子と、小一の女の子だった。
貧乏を背負わせた親たちは嫌いだったけど、あの兄妹のことは好きだった。金がないもんだからいつも一緒にいて、近くの公園でよく遊んだものだ。
弟の方は運動神経が悪く、ジャングルジムから下りられなくなって泣いていたことがあった。ただし頭は良かったから、いつかは宇宙飛行士になりたいと言っていた。
妹の方は活発で、男子を叩いては泣かせていた。そのせいで何度も教師から注意を受けていたけど、まったく堪えない図太さが好きだった。
あの家を出る時、この幼い兄弟のことだけが気がかりだった。だからもし自分が稼げるようになったら、この子たちに美味しい物を食べさせてあげたいと思ったのだ。
そして、その夢は叶った。
風俗で男たちから巻き上げた金を使い、あの子たちに美味しい物を御馳走してやった。
二人とも美味しい美味しいといってすごく喜んでいた。
この話を頭の固い大人に言うと、決まってこう返ってくる。汚い事をして稼いだお金で、その子たちが喜ぶはずがないと。だから私も、決まってこう返してやる。
『はあ?めちゃくちゃ喜んでるんだけど?』
そう、あの子たちはめちゃくちゃ喜ぶんだ。私がお金を持って帰る度に、喜んで抱きついてくる。なぜならあの子たちは、貧乏というものを経験しているからだ。
食う物にも着る物にも困り、風呂だって毎日入れない。ほとんどの子供が経験しているはずの楽しいイベントも、何一つ経験させてもらっていない。
学校では貧乏といじめられ、休日にはゲーム機さえ持っていないから友達の輪に入れてもらえない。かといって、家に帰っても何もない。自動販売機で、ジュース一本買う金もないのだ。
そういう環境で育ってきた人間は、金のありがたみをよく知っている。金がないということは、資本主義社会では『死ね』と言われるのと同じことなのだから。
私も、そしてあの子たちも知っているのだ。お金はありがたいものだと。
でも決してお金が全てと思っているわけじゃない。
ただ貧乏を経験した人間というのは、人よりお金のありがたみを知っているだけのことなのだ。例えるなら、大病を経験した人が、健康のありがたみを知るように。
健康だけが全てじゃないし、お金だけがすべてじゃない。でも、そういうもののありがたみは、誰よりも知っているだけなのだ。
「病気をした人じゃないと、人生の真実は分からないって誰かが言ってたっけ。
ならそこにこう付け加えてほしいわ。貧乏を経験したことがない人間に、人生の真実は分からないって・・・。」
私は病気を経験したことはないけど、貧乏は知っている。だからそれを知らない人間に偉そうなことを言われると、反吐が出るほど腹が立つ。
でも・・・・・仕方ない。世の中の人間は、そのほとんどがヌクヌクと生きているだけなのだから。そして・・・あの子たちはヌクヌクと生きてはいけなかった。
うちのアホ親どもが、闇金に手を出したせいで・・・。
成人したあの子たちを勝手に保証人に仕立て上げ、自分たちは姿をくらまして責任を押し付けた。
法外な利息による莫大な借金だけを残され、あの子たちは途方に暮れた。私の元ヘ相談に来た時は、本当に疲れた顔をしていた。
『お姉ちゃん、これからどうしたらいい?』
弟は涙交じりの声でそう呟いた。相当追い詰められている・・・・そう感じさせる声だった。
この子たちは何も悪くないのに、またこうやって苦しめられている。あのバカ親どものせいで、背負わなくてもいいものを背負わされている。
そう思うと、身体が燃え上がるくらいに熱くなった。しかし感情だけで解決出来るはずもなく、冷静になってこの子たちを助ける方法を考えた。
闇金の利息は明らかに違法なものだったから、法律に訴えるという手もある。
しかし・・・そうは上手くいかなかった。借金の返済を強要された兄妹たちは、自分たちも違法な仕事に手を染めていたのだ。麻薬の売買という・・・・完全な犯罪に。
普通の仕事より稼ぎはいいと言われ、闇金の人間に勧められてのことだった。いくら借金を返すためとはいえ、麻薬の売買は重罪である。
もし警察にばれたら、金を貸し付けた人間より、この子たちの方が罪が重くなってしまう。
そんなことがあってたまるか!
親は子供に責任を押し付けて姿を消し、闇金は借金を無効にされるだけで終わる。でも、この子たちは重い罰を受けて刑務所に行かされるかもしれない。
ダメだ!そんなことは絶対にあってはならない!
この子たちは、ただの被害者なのに。背負わなくてもいいものを背負わされただけなのに・・・。だから、法律に訴えるこは出来ない。
裁判を起こしたりなんかしたら、きっと闇金の連中はこの子たちの犯罪をバラすだろうから。
だから私は考えた。莫大な借金を返すにはどうしたらいいか?
大人になった今では、風俗で男を脅す手は使えない。かといって今は普通の仕事に就いているから、大した金は稼げない。
ない頭を振り絞って考えたが、まったく良いアイデアが出てこない。結局は私も途方に暮れてしまったのだ・・・。
でもこの子たちを見捨てるわけにはいかず、『お姉ちゃんに任せなさい』と安心させるように笑った。
そしてあの子たちから相談を受けて四日後、ある男が私のマンションを訪ねて来た。
稲松文具の会長であり、私の実の父である、北川六郎が。
いきなりやって来たものだから、さすがの私も動揺を隠せずに固まった。北川六郎はそんな私を見て笑い、久しぶりだなと笑いかけてきた。
その時、思い切りコイツを殴り飛ばしてやろうかと思った。。
『大昔に会ったきりにほったらかしだったクセに、何が久しぶりだ。こっちは一生お前となんか会いたくなかったわ!』
そう怒鳴りつけても、まるで笑顔を崩さずにニコニコとしていたのだ。そして・・・私に顔を近づけてこう言ってきた。
『兄妹を助ける為に、金がいるんだろう?』
なぜそれを知っているのかと驚いたが、聞き返す間もなくこう続けた。
『スパイをやってくれないか?危険な仕事だが、もちろんそれなりの報酬は払う。兄妹の借金を返して、たんまりお釣りがくるくらいの報酬を。』
ニコニコしながら言うこの男に、本物の殺意めが芽生えてきた。
コイツは・・・全て知っている。あの子たちの背負わされた借金も、そして犯罪に手を染めたことも・・・・。
狼狽した私の顔を見て、あの男はさらに顔を寄せてきた。そして詳しい話を打ち明け、息子の隼人の情報を探ってくれと頼まれた。
『すぐにとは言わない。じっくり考えて返事をくれればいい。ただし・・・そう長くは待てないから、そのつもりで。』
ほとんど脅しだった。もしこの頼みを断れば、コイツはあの子たちの犯罪をネタに、スパイを強要してくるに決まっている。
どんなに笑顔を作っても、私の鼻は誤魔化せない。北川六郎からは、そういう醜い人間の臭いが漂っていたから。
でも、これは私にとっても決して悪い話じゃない。稲松文具といえば、世界でも有名な文具メーカーである。
その会長が高額の報酬を約束してくれるなら、これは乗らない手はない。私はその場で返事をし、スパイを引き受けた。
報酬の半分を前払いするという約束で、この話は成立したのだ。受け取ったお金で兄妹の借金を返済し、これであの子たちは助かった。
それはよかったのだが、今度は私の方が参ってしまった。
稲松文具に社員という形で潜入した時、北川六郎の子供たちを見て、嫉妬を覚えてしまったのだ。
自信に満ちた顔で仕事をこなし、裏では家族殺しさえ計画している北川隼人。
目を見張るほどの美貌を持ち、世間知らずの甘いっちょろい女、北川翔子。
この二人を見た時、胸に言いようのない怒りが込み上げてきた。
『私たちと、こいつらとの差はいったい何?同じ父を持ち、同じ人間なのに、どうしてこんなに扱いに差が出るの?』
隼人も翔子も、生まれた時から恵まれた環境にいて、およそ苦労というのを知らないように思えた。
金もあり、服もあり、食い物も娯楽も与えられ、何不自由なく育ってきた兄妹。
かたや全てにおいて貧乏を強いられ、挙句には親の借金まで背負わされる兄妹。
この二つの兄妹の差は、いったいどこから来たのだろう?金か?いや・・・違うと思った。
単にお金だけじゃない。何か・・・・もっと別のものが・・・。
そう、これはきっと縁だ。私達は、お金に縁がなかった。だからあんなに貧しくて、惨めな思いを・・・・・。そう思うと、少しだけ気が楽になった。
《縁というものは、人の力じゃどうしようもない。でも、少しくらい意地悪したっていいじゃない。これは私の怒りじゃない。
あの子達とあんた達に与えられた、不公平の為の仕返しよ。》
私は事あるごとに翔子を罵り、馬鹿にして笑ってやった。
最初はかなり傷ついていたみたいだけど、そのうち慣れてきたようで反応は薄くなった。
でもまあ、それでいいと思った。
言いたいことは言ってスカッとしたし、あんな世間知らずのお嬢さんをいじめたところで、一文の得にもなりゃしないのだから。
でも北川隼人はそうじゃなかった。あのアホ社長のことを調べていくうちに、コイツがどういう人間、いや、クズなのかがよく分かった。
これだけ恵まれた環境にいながら、必要以上のものを掴もうと手を伸ばしている。家族まで罠に嵌め、あらゆる汚い手を使って目的を遂行しようとしていた。
《ああ・・・クズっていうのは、こういう男のことをいうんだな。》
そういうのを実感させてくれるくらい、呆れた男だった。
しかしここで仕事を放り出せば、後でどうなるか分からない。私の実父、北川六郎も相当のクズだから、きっとあの子たちの秘密をバラ撒くに決まっているのだ。
だから耐えた。吐き気がするほど嫌な男だったけど、私情を堪えてスパイの役目をこなしていった。
でも・・・・無理だった。これ以上、こんなクズな所業を追いかけるのはたくさんだ。
だから途中から仕事を放棄した。そして私の雇い主にである父に言ってやったのだ。
『私はもう降りる。これ以上下らない家族喧嘩に付き合っていられない。』
私は手に入れた情報を教えることなく、そう言い放ってやった。
もう北川隼人の計画は大詰めに来ていて、近いうちにエーカクデーに乗っ取られるだろう。
でもそんなのは私の知ったことじゃない。だから凛として、「もう辞める」と宣言してやったのだ。
すると六郎は慌てた。そして案の定、予想していた言葉を吐いた。
『お前の兄妹が、麻薬の密売に手を染めたことは知っている。ここで辞めるなら、この情報を警察に持っていく。』
やはりこの男もクズの類・・・。私はまったく動じることなく、胸ぐらを掴んで怒鳴ってやった。
『もしそんなことをしたら、私があんたの愛人の子供だってことを奥さんにバラすわよ?それでもいいならやってみろ!』
六郎は顔を真っ赤にして怒っていたが、結局は何も言わずに黙り込んだ。
やった・・・。これでこんなやっかい仕事からオサラバ出来る。
あの子たちの借金もなくなったし、これで完全に自由になったから、どこかでのんびり暮らそうか。そう思いながら会長室を出た時、入れ違いに隼人と翔子がやって来た。
私は一瞥をくれて脇を通り抜けたのだが、翔子の抱えているものを見て首を捻った。
《・・・・オウム?》
なんでこの子はオウムなんか持っているんだろう?しかもそれを持ったまま会長室に入って行った。それに隼人まで一緒だ。・・・いったい何事・・・・?
興味をそそられてドアに近づき、そっと耳を当てた。
中からゴニョゴニョと話声が聞こえ、じっと耳を澄ますとオウムの声が聞こえた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
オウムはまるで、人間みたいに饒舌に喋っていた。私が伝えなかった隼人の情報を、ペラペラと六郎に伝えている。そして・・・その後は騒然となった。
六郎は鬼の首をとったように叫びまくり、隼人は自分の身を守るために弁明する。
汚い罵り合いは延々と続き、聞いている方が耳を塞ぎたくなるような醜いものだった。
その時、私は悟った。
ああ・・・私達が貧乏だったのは、縁なんかじゃないんだ・・・。今、このドアの向こうで罵り合っているクズどものせいなんだ。
自分だけの事を考え、悪事の責任は全て人に押し付ける。まるで・・・・自分を中心に世界が回っているように考えている男たち・・・。
だから私たちは貧乏を強いられた。あの子たちが借金を背負うことになったのも、元々はこいつらが貧乏を強いたせいだ。
沈みかけていた怒りがメラメラと燃え上がり、いてもたってもいられなくなった。
今すぐ・・・・今すぐこの手で、こいつらを殺してやりたい!
この後に及んでも、保身の為だけに醜い争いを続けるこいつらを生かしておいてはいけない!私も、あの子たちも、それに冴木だって、こいつらの被害者じゃないか。
自分の部下がナイフで刺されたというのに、その後のことは知らんぷり。ドアの向こうにいる翔子にさえ、軽く同情を覚えたほどだ。
《・・・いいわ、こんなに醜いクズどもは消してやる。》
私が得た情報の全てをエーカクデーに伝えて、この会社と北川一族を破滅させてやる。
巻き添えを食らう翔子は可哀想だけど、それでももう我慢出来ない。
しかし身を焦がす怒りが頂点に達した時、翔子がとんでもないことを言いだした。
なんと、隼人と冴木を柔道で戦わせようと提案したのだ。そしてもし冴木が勝ったら、隼人はこの会社を辞め、北川家から去る。
もし隼人が勝てば、今まで通り社長の椅子に座る。隼人は大笑いしながらこの条件を飲んだ。
『・・・・翔子、あんた見かけによらずやるじゃない・・・。でもそんなことはさせないわ・・・・。隼人も六郎も、私は絶対に許さない。
エーカクデーに全てを伝え、あんたの一族を破滅させてやるわ。』
ドアから耳を離し、足音を立てないようにゆっくりとその場を後にした。その後すぐに行動に移り、エーカクデーに全ての真相を伝えた。
エーカクデーの社長、ギネス・ヨシムラは北川家に恨みを持っていることは知っていたから、絶対に私の誘いに乗ると思っていた。
北川家と稲松文具を潰そうという誘いに・・・。
ギネス・ヨシムラは、年老いた今でも恨みを消していなかった。
復讐しようとまでは思っていなかったみたいだが、私の話を聞いて気が変わったと言っていた。
『共にあの一族を滅ぼそう。長年の業を、今こそ償わせてやるのだ』
その言葉に私も賛同した。
あの一族は放っておいてはいけない。六郎と隼人が死んだとしても、またいずれ似たような奴が出て来るに決まっているのだから。
これ以上不幸を生み出さない為にも、なるべく早いうちに叩き潰さなければいけない。
だから今日、私はギネス・ヨシムラに会う。
彼はアメリカから来日していて、私と直接会って話をしたいと言ってきた。
『君の話を疑うわけじゃないが、信用の出来る人物かどうか、この目で確かめさせてもらいたい』
その言葉を聞いた時、彼もまた北川一族の被害者なのだと感じた。
彼の心には深い猜疑心を植え付けられている。それはきっと、北川一族に対する恨みから来るものだろう。私とあの子たち、それに冴木と翔子。そしてギネス・ヨシムラ。
いや、翔子の母もあの一族の被害者といえるかもしれない。
分かっているだけでこれだけいるのだから、深く掘り下げればもっと多くの被害者がいるはずだ。
その人たちの為にも、私は戦わなければいけない。あの呪われた血筋を終わらせる為に。
肉まんを食べ終え、ペットボトルのお茶で口直しをする。繁華街を通り抜け、信号を渡って近くのカフェに入った。
時計を見ると午後一時。冴木と隼人の対決は終わってるはずだ。
どっちが勝ったのかは気になるが、それも今となってはどうでもいいことだ。私は今日ここでギネス・ヨシムラと会う。
そして北川一族を破滅させる為に、共に手を取り合って戦うのだ。
店に入った私は、ぐるりと店内を見渡した。平日の昼過ぎでも人は多く、狭い通路を歩いて奥の方に目をやった。
確かなるべく目立たない所に座ってるって言ってたはずだけど・・・・。
今日の朝に来たメールを読み返し、スマホを片手に奥へ歩いて行く。すると・・・・思いがけない人物が座っていた。
「溝端さん、こんにちわ。」
「なんであんたが・・・・・・。」
店にいたのはギネス・ヨシムラではなく、北川翔子だった。

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