稲松文具店 第十五話 溝端恵子(2)

  • 2014.09.03 Wednesday
  • 19:30
「溝端さん、こんにちわ。」
店にいたのはギネス・ヨシムラではなく、北川翔子だった。そしてその隣にいるのは・・・・冴木。
冴木は相変わらず冴えない顔をしていて、眉を寄せてケータイを見つめていた。
翔子は椅子から立ちあがって私に近づいて来る。いつものように細身のスーツに身を包み、じっと見つめて笑いかけてきた。
「なんであんたがここにいるの?」
動揺を隠せず、威圧的な声が出てしまう。翔子は一瞬だけ目を伏せ、またニコリと笑って口を開いた。
「ギネス・ヨシムラさんなら、ここへは来ないわ。」
「・・・・・・・・ッ!」
なんで・・・・どうしてこの女がそのことを知ってるの?どこから漏れた?まさか・・・・盗聴器でも仕掛けられて・・・・。
「溝端さん。」
「な、何よ・・・・。」
「ちょっと話したいことがあるの。そこへ座って。」
翔子は自分の座っていたテーブルに手を向ける。私と目が合った冴木が、「どうも・・・」と呟いて頭を下げた。
「ビックリしてるよね・・・。まさか私達がいるなんて思わなかったでしょ?」
「・・・・当たり前じゃない。ていうか、なんであんた達がここにいるのよ?柔道の対決はどうしたの?もう終わったの?」
「いいえ、対決はしていないわ。それよりも、もっと大事な用が出来たから。」
「何よ・・・大事な用って・・・・。」
分かっている。翔子がなぜここにいるのか、尋ねなくても分かっている。
彼女はどうにかして私の思惑を知り、それを阻止する為にやって来たのだ。おそらくギネス・ヨシムラの方にも、稲松文具の人間が会いに行っているのだろう。
ならば・・・・ここにいてはいけない。翔子は私の企みを阻止するつもりなのだから、こんな所で話なんかしていられるわけがない。
「悪いけどあんたと話すことなんかないわ。じゃあね。」
クルリと背を向け、ドアに向かって足早に歩き出す。するとギュッと腕を掴まれて、「待って!」と引き止められた。
「逃げないで!お願いだから私達の話を聞いてほしいの。」
「嫌よ!何を考えてるか知らないけど、あんたと話すことなんかないわ!」
店の客が何事かと目を向けてくるが、私はお構いなしに翔子を睨みつけた。
「どうせ私の邪魔をするのが目的なんでしょ?だったら何も話すことなんかない!」
腕を振り払い、スタスタと店から出る。そして駆け足で逃げようとした時、また腕を掴まれて引き戻された。
「お願い待って!大事な話があるの!」
「こっちは話なんてないわよ!これ以上引き止めるなら、警察を呼ぶわよ!」
握っていたスマホを見せつけるが、それでも翔子は動じない。
「ええ、いくらでも呼んで。その代わり私の話を聞いてほしいの。じゃないと、溝端さんだけじゃなくて・・・あなたの兄妹まで不幸な目に遭うかもしれない。」
「あんた・・・あの子たちのことを知ってるの・・・?」
「父さんから聞いたわ。両親の借金を背負わされて、辛い思いをしていたんでしょ?あなたはそれを助ける為に、父さんに雇われた。」
「じゃ、じゃあ・・・・あの子たちのした事も・・・・。」
「知ってるわ。でも私は、絶対にそれを誰かに喋ったりはしない。やったことは許される事じゃないけど・・・でもあなたの兄妹だって、勝手な親の被害者なんだから。」
「当たり前よ!もし誰かに喋ったら、私はあんたを殺してやるわ!これ以上・・・あの子たちを不幸な目に遭わせるわけにはいかないんだから!」
「だから話をしようって言ってるの。このままだと、いずれ兄さんがあなたに復讐を始めるから。そうなったら、きっとあの人は手段を選ばない。
あなただけじゃなくて、兄妹だって的にされるわ。だからお願い・・・・私の話を聞いて。」
翔子は腕を引き寄せて睨みつける。細い腕のクセになかなか力があるもんだと、妙な感心をしていた。
すると店から出て来た冴木が、冴えない顔で翔子の隣に並んだ。
「溝端さん。お願いですから、ちょっとだけ時間を下さい。」
「何よ、冴木のクセに私に頼み事をしようっての?」
「もう時間が無いんですよ。社長はギネス・ヨシムラを脅しにかかったんです。もう向こうの話は決着してるから、モタモタしてるとこっちに乗り込んで来ますよ?」
「それが何よ・・・。もし私を脅そうっていうのなら、こっちだって黙ってないわ。北川一族のことを、洗いざらい世間にぶちまけてやるだけだから。」
「・・・自分の兄妹が人質に取られていても、そんな事が出来ますか?」
「・・・・・・ッ!」
何の事か分からず、一瞬固まってしまった。それと同時に一気に心拍数が跳ね上がり、顔から血の気が引いていくのを感じた。
「なんて・・・・今なんて言ったの?あの子たちが・・・・人質?」
「そうです。社長は溝端さんの兄妹を人質に取っているんですよ。だからもし変な行動を見せれば、あの子たちは・・・・・。」
「・・・そんな・・・・あいつ・・・・そこまでするなんて・・・・。」
クズだった・・・。北川隼人は正真正銘のクズだった。
もうこれ以上、あの子たちに辛い思いはさせたくないのに・・・あの外道め!
「はっきり言って、これはやり過ぎです。でも・・・あの人に逆らえる人はもういないんです。会長だって・・・もう止められない。」
「なによそれ・・・そんなの・・・どうしたら・・・。」
頭がクラクラしてきて、足元の感覚が覚束なくなる。
「大丈夫・・・?」
倒れそうになったところを翔子に支えられ、思わず顔を覆って泣いてしまった。
「・・・なんでよ・・・。なんで私達ばっかりがこんな目に遭うの・・・?嫌だよ・・・こんなの不公平じゃん・・・。」
「溝端さん・・・・・。」
神様は酷いと思った。私達は、ただ貧乏から抜け出したかっただけだ。それなのに、どうして次から次へと不幸を投げかけるのか?
頑張って・・・辛い生活から抜け出したいと思っているだけなのに・・・もう嫌だ・・・。
「ねえ溝端さん。まだ全てが終わったわけじゃない。兄さ・・・いえ、あの人を倒すまでは泣いていられないわよ。
私達も協力するから、一緒に戦おう。その為には、とにかく話を聞いてほしいの。もう時間が無いから・・・・お願い。」
翔子の目は真剣だった。労るような、そして励ますような力強さを感じた。気がつけば、私は答えていた。
「分かった・・・。だから・・・助けて・・・・。」
情けないと思いながら、涙を堪えられなかった。翔子が背中を撫でてくれるが、その手の温もりに安堵を感じるのが、余計に情けなかった。
「さっきの店には入りづらいだろうから、別の場所へ行こう。」
「じゃあ俺、祐希さんに連絡しますね。溝端さんと今から話をするって。」
「うん、お願い。」
翔子は私の肩を抱きながら、繁華街の奥にある公共施設に連れていった。ここは大きな美術展示室がたくさん入っている場所で、一階には喫茶店があった。
私達はその店に入り、隅のテーブルに腰を下ろした。
「ちょっと落ち着いた?」
涙のやんだ私の顔を見て、翔子が安心させるように微笑みかけてくる。
「落ち着くわけないじゃない。あんたの前で泣くのが癪だから我慢してるだけよ・・・。」
そう答えると可笑しそうに笑い、店員を呼んでコーヒーを注文していた。
「何か飲む?」
「いらない。それより話ってのを聞かせてよ。こっちは兄妹の命がかかってるんだから。」
そう言うと、翔子は「ごめんね・・・」と疲れた顔をみせた。
「話っていうのは、溝端さんにも協力してもらいたいことがあるからなの。あの男・・・北川隼人を倒す為に。」
「じゃあさっさと話を進めてよ。こっちは断れるわけがないんだから。」
「そうね・・・。実は昨日兄と・・、いや、あの男と・・・・、」
「無理して辛辣な言い方しなくていいわよ。兄さんって呼べばいいじゃない。」
「そうだね・・・。昨日兄さんと会って話をしたんだ。あなたとエーカクデーを止める為に。
兄さんと父さんはエーカクデーを、私と冴木君はあなたを説得するはずだったんだけど・・・なんだか予想もしない方向に事態が転んじゃって・・・。
今日の朝兄さんからメールが入ってね。空港に着いたギネス・ヨシムラを確保したって。
そして・・・散々脅しをかけてヨシムラさんを黙らせたっていうの。今は青い顔をしてブルブル震えているらしくて・・・。」
「ふん!あの男のやりそうなことね。自分にとって都合の悪い奴は、どんな手を使っても黙らせる。やっぱ正真正銘のクズだわ。」
「・・・私も同感よ。それでね、このまま溝端さんも黙らせるっていうから、必死に止めたのよ。昨日、溝端さんのことは私に任せるって約束したじゃないって反論してね。
兄さんは一応承諾してくれたけど、もうあまり待てないってこっちにも脅しをかけてきたわ。そして絶対に私達が裏切らないように、あなたの兄妹を人質に取ったのよ。
今は兄さんのマンションで、見張りを付けて軟禁されている状態だと思う。」
「・・・警察・・・には行けないか。あの男のことだから、何をしでかすか分からないし。」
「私もそう思う。もし警察が介入すれば、全ての秘密が世間にバレて、元も子もなくなっちゃうから。」
「それは私だって一緒よ。あの子たちが麻薬の売買をしたことがバレちゃうもの。だから・・・なんとか穏便に事を運ばないといけない。
それだったら、私は何をすればいいか言ってよ。こんな所でダラダラ時間を潰してる間にも、あの子たちは怖がってるんだから。」
あの子たちのことを考えると、また涙が溢れそうになる。
しかし今は泣いている場合じゃない。憎き隼人を倒さないと、何も解決しないのだから。
「溝端さん、調子が出てきましたね。いつもの顔に戻ってますよ。」
店に入って来た冴木が、冴えない顔で笑ってみせる。それが癪にさわって、おしぼりをポンと投げつけた。
「あんたに慰められたくないわよ。記憶力以外に取り得が無いクセに。」
「知ってるんですか?俺の記憶力のこと・・・・。」
「当たり前でしょ。あんたの情報を探るくらい素人でも出来るっての。どんだけ隙が多いと思ってんのよ・・・・・。」
「ははは、やっぱキツイですね・・・。」
余計なチャチャが入ったせいで話の腰が折れてしまった。水を飲んで気持ちを落ち着かせ、もう一度尋ね直した。
「それで・・・私は何をすればいい?私に出来ることなら何でも言って。」
「溝端さんには、祐希さんと一緒に兄の動向を探ってほしいの。」
「隼人の動向を・・・・?」
「祐希さんは、箕輪さんと連絡を取り合って兄の動向を監視してるわ。あ・・・箕輪さんって知ってるよね?」
「冴木のいる販売所の女でしょ?どこにでもいそうな個性のない奴だから、顔も忘れちゃったけど。」
翔子は私の毒舌に苦笑いし、困ったように先を続けた。
「それで・・・溝端さんにも祐希さんの元についてほしいの。あなたなら相手の動向を探るのは得意でしょ?」
「得意っていうか、つい最近までやってたからね。まさにあんたの兄貴をさ。」
「だからこの役目は溝端さんにピッタリだと思うの。そして・・・兄の決定的な弱点を掴んでほしいのよ。」
「決定的な弱点?あの男にそんなもんが存在するの?」
「これだけはやるまいと思ってたんだけど・・・兄にはちょっとした秘密があってね。
他人には大した事じゃないんだけど、本人は物凄く気にしているの。だから・・・それを隠している場所を探ってほしいのよ。」
「ほほう・・・それは私も気になるわね。そんで、あのクズはいったい何を隠してるの?」
そう尋ねると、翔子は顔を近づけてヒソヒソと耳打ちをした。
「・・・・・ね?他人からしたら、すごく下らない事でしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
私は黙ってしまった。あまりに衝撃的・・・・もとい笑撃的な秘密に・・・。
「溝端さん・・・・・?」
「・・・ふふ・・・ぐふ!・・・だははははは!だっさあ〜!あははははは!何それ!カッコ悪うううううう!そんな・・・そんな秘密?しょうもなあ〜!」
コンプレックスは誰にでもある。自分の顔が嫌いとか、人と話すのが苦手だとか。
北川隼人の秘密とは、そういう誰にでもあるコンプレックスの類だった。
しかしあまりに幼稚な内容に、あの男に対するイメージが百八十度変わってしまった。
「その程度の秘密なら隠すまでもないじゃん!なのになんでそんなにこだわってんの?」
「きっと・・・兄さんは完璧主義だからだと思う。私がそれを知ったのも、ある日たまたま家で見かけたからで・・・。
でもあの時の兄さんの表情は、この世の終わりみたいな顔をしてたわ。あれ以来一度も『それ』を見ていないから、きっとどこかに隠しているんだと思う。
一度だけ話題に出した時があったんだけど、やっぱり冷や汗を流して青くなってた。頼むから、あの時のことは忘れてくれって・・・・。
だから溝端さんにはそれを探ってほしいのよ。兄がアレをいったいどこに隠しているのかを。それを写真に撮って証拠を押さえれば、こっちの言う事を聞いてくれるかもしれないでしょ。」
「あははは!ああいう男って、意外とそういう所を気にするのもんなのねえ。きょう日そんなのは珍しくないと思うんだけど?」
「でも絶対に他人には知られたくないみたい。そういうのを逆手に取って言う事を聞かせるなんて・・・本当は絶対にやっちゃいけないんだけど・・・。」
「何言ってんのよ、今は緊急事態なのよ。だったら手段なんか選んでられないでしょ?こっちは兄妹まで人質に取られてるんだから。」
「そうね・・・。兄さんの心を抉ることになるかもしれないけど、もうこれしか方法がないから・・・。」
私はまだ可笑しくて笑っていた。男とは、やっぱり周りのイメージを気にするらしい。
それも完璧主義な男ほど、自分のイメージが傷つくことを恐れるようだ。
「よし!何としてもソレの隠し場所を暴いてやるわ。ああいうのって、好きな奴は大量に持ってるからねえ。
隼人くらいの金持ちなら、きっとどこかに部屋を借りて保管してるのよ。だったらその現場を押さえれば、もうこっちのものね。」
ここへ来てようやく勝算が見えてきた。あの子たちが人質になったと聞いた時は、目の前が真っ暗になったけど、今は俄然やる気が湧いてきた。
あいつが必死に隠そうとしているものを明るみに出して、今度はこっちが追い詰めてやる。
私は水を飲み干し、ガン!とテーブルに叩きつけた。
「それじゃすぐに行動開始ね。とりあえずその祐希って奴に連絡を取ればいいんでしょ?」
「うん、祐希さんにはもう伝えてあるから。必ず溝端さんを味方につけるって。あ、でも祐希さんの電話番号は・・・・、」
「それくらい知ってるわよ。これでも一応スパイをやってたんだから。じゃあ私はすぐに隼人のアレを探しに行くけど、あんた達はこれからどうすんの?」
そう尋ねると、翔子と冴木は顔を見合わせて頷いた。
「私は冴木君と一緒に、兄のマンションへ向かう。あなたの兄妹を助ける為に。」
「・・・出来るの?」
「分からない・・・でも父にも協力してもらうから。」
「で、でも・・・もし万が一の事があったら・・・。」
「分かってる。だからこれはあくまで最終手段よ。あなたが兄のアレを見つけてくれれば、全ては解決する。もし上手くいかなかった時は・・・・・私達が必ず助けるわ。」
翔子は胸を張って言うけど・・・私はそれを聞いて胸が重くなった・・・。
あの隼人のことだ。きっとあの子たちの周りは厳重に守りを固めているはずだ。ならそれを救出するなんて、あまりにも危険過ぎる。ここは何としても私が頑張らないと。
「ごめんね、プレッシャーをかけるようなことを言って・・・。」
「いいわよ。何がなんでも隼人の秘密を暴き出してやるわ。この私の手で・・・あいつに引導を渡してやる!」
柄にもなく熱くなり、テーブルを叩いて店を出た。そしてスマホを取り出し、祐希に電話をかけた。
「・・・・ああ、もしもし?祐希さん?溝端だけど分かるよね?実はさっき翔子に会って・・・、」
祐希と連絡を取り、行く場所を指定される。もし隼人に見つかったらアウトなので、よく注意するように言われた。
《誰があんなクズに捕まるもんか。逆にこっちがあいつの弱みを捕まえてやる。笑い出したくなるくらいしょうもないアイツの秘密を・・・・。》
心だけじゃなく、身体も熱くなってきて口調が荒くなる。電話を切り、ポケットにねじ込んで悪態を吐いた。
「隼人・・・あんたの大好きなもの・・・みんなの前にさらけ出してやるわ!」
鬼のような顔をした私を、通行人たちが避けていった。

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