稲松文具店 第十六話 捕らわれた仲間(1)

  • 2014.09.04 Thursday
  • 19:05
下町の風情を残す情緒溢れる街に、場違いな高級マンションが建っている。
地上十階建てのそのマンションは、どの建物より高く、田舎の街並みを見下ろしていた。
「凄いですね・・・。これが社長のマンション・・・。」
俺はバベルの塔を見上げるような気持ちで、ゴクリと息を飲んだ。
「この最上階が兄の部屋なんだけど、それ以外にも二つ部屋を持っているのよ。
溝端さんの兄妹は、きっとそのどちらかの部屋に軟禁されているはず。」
課長も緊張した面持ちでマンションを見上げ、植え込みの陰に隠れながらケータイを取り出した。
「まだ祐希さんから連絡はないわね。上手くやってくれるといいんだけど・・・。」
心配そうな顔で呟く課長を見て、俺もなんだか不安になってきた。
もし祐希さん達が社長のアレを見つけ出せなければ、俺達が溝端さんの兄妹を救出しないといけない。
あの社長のことだから、きっと厳重に警備をしいているはずだろう。
だから会長も手を貸してくれている。
マンションの周りにはゴツイ男たちが身を隠していて、いざという時は戦ってくれるはずだ。でも人質の救出となれば、力だけでどうにかなるもんじゃない。
無理に突入すれば、それこそ溝端さんの兄妹を危険に晒すことになるわけで、今はとにかく祐希さんからの朗報を待つしかなかった。
「辛いもんですね、ただ待つっていうのは・・・。」
「そうね・・・。じっとしていると余計に焦ってくるから。
でもここは我慢よ。祐希さん達なら、きっと兄のアレを見つけ出してくれるはずだから。信じて待ちましょう。」
俺と課長は目を合わせて頷き、マンションの最上階を見つめた。
社長は今頃、溝端さんを捜して街を走り回っているだろう。もちろん一人ではなく、大勢の部下を連れて血眼になっているはずだ。
祐希さん達は上手く隠れながらそれを追っているわけだけど、もし見つかったら一貫の終わりだ。
「大丈夫ですよすかね、あの人達は・・・。祐希さんと溝端さんはともかく、箕輪さんには荷が重い仕事なんじゃ・・・。」
「そんなことないよ。箕輪さんはすごくしっかりした人だから、きっと上手くやってくれるはず。」
「そうですかねえ・・・。あの人、けっこう抜けてる所がありますよ?仕事だってちょくちょくミスってるし。」
「でも冴木君ほどじゃないでしょ?」
「ま、まあ・・・そりゃそうですけど・・・・。」
「大丈夫よ。ちゃんと仲間を信じないと、上手くいくものもいかないわ。」
「そういうもんですか?」
「私はそう思ってる。信頼出来る仲間や友達ほど、頼りになるものはないもの。兄や溝端さんの情報を集められたのだって、私の友達のおかげなんだから。」
「え?あれってオウムのおかげじゃないんですか?」
「まさか。いくらオウムが人の言葉を覚えるっていったって、そこまで上手くいくわけないでしょ?これにはちょっと秘密があるのよ。」
「秘密・・・ですか?それってどんな・・・・、」
そう言いかけた時、課長に口を塞がれた。
「し!静かに!誰か出て来た・・・・・。」
課長は俺の手を引っ張ってサッと身を隠す。
ああ・・・柔らかいなあ・・・・課長の手は・・・・。
しかし今はそんなことで惚気ている場合じゃない。俺は植え込みの陰から首を伸ばし、マンションの入り口を見つめた。
「あれは・・・・ロッテンマイヤーさん!」
「だから声が大きいって!」
また課長に口を塞がれ、植え込みに引き戻された。
「・・・なんでロッテンマイヤーさんがこんな所に・・・・・。」
あまりにも場違いな人物の登場に、一瞬思考が停止する。
あんな事務のおばちゃんが高級マンションに住んでいるわけはないし、かといって社長の愛人なわけがない。
きっと・・・きっとどこかで社長と繋がりがあるんだ。
植え込みに隠れながら注意深く観察していると、右手に何かを持っているのに気がついた。
「あれは・・・何ですかね?指に引っかけてクルクル回してるけど・・・。」
「多分・・・鍵じゃないかな?遠くてよく見えないけど、多分鍵だと思う。」
「鍵・・・・か。でもロッテンマイヤーさんは免許を持っていないはずだから、車じゃないですね。家の鍵・・・・ってわけでもなさそうだし・・・いったい何の鍵なんだ?」
ロッテンマイヤーさんは陽気に鍵を回し、軽快な足取りで歩いていく。
「・・・あの鍵は気になるわね。後をつけよう。」
課長は気配を殺しながらゆっくりと後を追う。そして俺の方に振り返り、チョイチョイと手招きをした。
「で、でも・・・溝端さんの兄妹は・・・・。」
「分かってる。けどロッテン・・・、佐々木さんはきっとこの騒動と無関係じゃないと思うわ。ただの勘だけど・・・・そう思うの。」
「・・・分かりました。課長がそこまで言うなら尾行しましょう。ここは会長の部下が見張ってますから、ちょっとくらい抜けても問題ないだろうし。」
溝端さんの兄妹のことは会長の部下に任せ、俺達はロッテンマイヤーさんの後をつけていく。
住宅地を抜け、信号を曲がり、最近出来たばかりのコンビニに入って行くロッテマイヤーさん。見つからないように駐車場の壁に身を隠し、じっと様子を窺った。
「何してるのかしら?」
課長は首を伸ばして店の中の様子を見つめる。俺も課長の下から顔を出し、目を細めて様子を窺った。
「・・・雑誌かなんかを読んでますね・・・。店で肉まん食いながら・・・。」
「・・・ただ買い物に寄っただけなのかな?」
課長はさらに首を伸ばして覗きこむ。すると俺の頭に胸が当たった。
「ちょ、ちょっと・・・課長・・・・。」
「まだ雑誌を読んでる・・・。ただの立ち読みかな・・・。」
「い、いや・・・・あのですね・・・課長の胸が俺の頭に・・・・・。」
「じっとしてて。あんまり動くとバレちゃうから。」
「は・・・はい・・・。」
ああ・・・なんと幸せな時間か・・・。
課長の胸が頭に上に乗ってるなんて・・・しばらくこのままの体勢でいてほしいな。
「あ!出て来た・・・隠れて!」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・ちょっと冴木君!ボーっとしてないで早く!」
課長は俺の腕を引っ張って壁に隠れる。そしてチラチラと顔を出して様子を窺い、ゴクリと息を飲んだ。
「レジ袋を持ってるけど、何を買ったのか分からないわね・・・。この騒動と関係のあるものかな?ねえ、冴木君はどう思う?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「冴木君・・・?どうしたの、顔が真っ赤だけど・・・。もしかして風邪でも引いてる?」
課長は心配そうに顔を覗き込み、おでこに手を当ててくる。
「ちょっと熱いかな・・・。もし体調が悪いなら、後は私一人で・・・・、」
「・・・いえいえ!滅相もない!この通り元気ピンピンですよ、ええ!さあ、気合を入れて尾行を続けましょう、ええ!」
「気合は入れても、気配は消してね。バレたら尾行の意味がないんだから。」
諭すように注意され、課長は手招きをしながら尾行を再会する。
・・・課長・・・俺は風邪なんか引いていません・・・。
ただ・・・恋の病にかかっているだけです・・・・それもあたなに対して・・・。
「・・・冴木君!早く!・・・。」
「す、すいません・・・・・。」
そそくさと立ち上がり、電柱に隠れる課長の元へ走った。
「ねえ、佐々木さんの家ってこの辺だっけ?」
課長は考えこむように口元に手を当てた。
「いや・・・この辺じゃないと思いますよ。いつもは駅の方から出勤して来ますから。」
「じゃあ家に帰るつもりじゃないみたいね。駅とは反対の方に向かってるから。
それにハリマ販売所とも違う方向だし・・・いったいどこへ向かってるんだろう?」
ロッテンマイヤーさんはデカイお尻を振りながら歩いて行く。片手に買い物袋を下げ、河原沿いの大通りをひたすら進んでいく。
そしてバス停のベンチに座り、ケータイを取り出して電話を掛けていた。
「誰と話してるんだろう?」
俺達は蓋の開いた側溝に身を隠し、じっと様子を窺った。
通りがかりのおばちゃんが怪訝そうにこちらを見つめるが、愛想笑いを返して誤魔化した。
「・・・なんだか神妙な顔をして話してるわね・・・。それにレジ袋の中から何かを取り出してるわ・・・。あれは・・・・雑誌?いや、もっと分厚いわね・・・もしかして・・・。」
課長は息を飲んでロッテンマイヤーさんを見つめる。拳を握り、眉を寄せて、興奮気味に頬を紅潮させていた。
「・・・間違いない・・・。やっぱりアレだわ・・・。ということは・・・まさか!」
課長の目がクワっと見開かれる。側溝から身を乗り出し、不用意に姿を晒してロッテンマイヤーさんを凝視する。
「課長!見つかっちゃいますよ!」
「分かってる!けど・・・落ち着いてなんかいられないわ!」
俺は課長の腕を引っ張り、側溝の中に引き戻した。
「ここは落ち着いて下さい。さっきそう言って俺を宥めたのは課長でしょう?」
「でも・・・佐々木さんは兄さんのマンションから出てきて、アレを持ってるのよ。
これって、どう考えてもおかしいじゃない。」
「いや、たまたまってこともあるわけだし・・・。」
「じゃあ冴木君は、佐々木さんがアレを読むと思う?年配の女性が、子供向けの、しかも女の子向けのマンガを。」
課長は、ロッテンマイヤーさんが買い物袋から取り出したアレを指さした。それは小学生くらいの女の子が読みそうな、『ピュアラブ☆』という少女漫画雑誌だった。
「まあ・・・どう考えてもロッテンマイヤーさんが読む雑誌じゃないですね。」
「でしょ?」
「でも子供さんの為かもしれませんよ?」
「いいえ、佐々木さんは子供はいないはずよ。旦那さんと二人暮らしだから。」
「じゃあ・・・旦那さんが読むとか?」
真剣にそう答えると、課長は「はあ・・・」とため息を吐いた。
「冴木君・・・・私達の周りで、ああいうマンガを好きな人が一人だけいるでしょ?」
「俺達の周りに・・・・・?」
「・・・・私達は誰のマンションを見張ってたんだっけ?」
「誰って・・・社長のマンションに決まって、・・・・・・あああああ!」
「そうよ。私達の周りでああいう雑誌を読む人は、兄さんしかいないわ。」
そうなのだ、社長は少女マンガが大好きなのだ。それも大人が読むようなものではなくて、小さな女の子が読むようなマンガを好む。
現実には有り得ないような、甘ったるい恋愛を描いたマンガを。
「兄さんは・・・このことだけは絶対に人に知られたくないのよ。
あの人は完璧主義なところがあって、しかも凄く自分のイメージを気にするから。」
「ていうか、あんな大企業の社長なら、絶対に知られたくないでしょうね。俺が同じ立場でも隠すかも・・・。」
「冴木君もああいうのを読むの?」
「ち、違いますよ!もし社長の立場だったらの話です。でも・・・どうしてロッテンマイヤーさんがあんな物を・・・・・。」
そう呟くと、課長はじっとロッテンマイヤーさんを見つめながら答えた。
「これは私の推測だけど、佐々木さんは兄さんに雇われてるんじゃないかな?」
「雇われてる・・・?」
「うん。だっていい歳した男の人が、自分で少女マンガを買いに行くのは抵抗があるでしょ?だから佐々木さんに頼んで買って来てもらってるのよ。」
「でも自分で買いに行かなくても、ネットを使えば済むじゃないですか。」
「それはないわ。ネットで買えば履歴が残るでしょ?兄さんは完璧主義者だから、いかなる痕跡も残したくないのよ。だから佐々木さんに頼んで買って来てもらってるのんだわ。
きっとそれなりのお金で雇ってるんじゃないかな?口止め料も含めて。」
「ははあ・・・・それは有り得ますねえ・・・。でもそうなると、これからロッテンマイヤーさんが向かう先は・・・・。」
「うん、きっと兄さんの秘密がぎっしり詰まってる場所だわ。溝端さんが言っていたように、多分どこかで部屋を借りているのよ。
きっとそこに大量の少女マンガを隠しているはず。それを押さえれば、兄さんの暴走を止められるかもしれない・・・。」
課長はグッと目に力を込めて言う。
なんだか思いもよらない方向に事態が転がり始めたけど、俺は慌てなかった。なぜなら、ここ最近はそんな事ばかりで、いちいち驚いていたら身がもたないからだ。
「このまま後をつければ、きっと兄さんの秘密の部屋に辿り着く。冴木君、バレないようにしっかり尾行しましょう。」
「それは分かってますけど、祐希さん達はどうします?この事を連絡しといた方がいいんじゃないですかね?」
「そうね。じゃあちょっと電話を入れておいてくれる?」
「分かりました。」
俺はケータイを取り出し、祐希さんの番号に掛ける。コール音が鳴りだし、息を飲んで電話に出るのを待った。
「・・・・・・・・・・。」
・・・・繋がらない。ずっとコール音が鳴りっぱなしだ。
「どうしたの?電話に出ない?」
「ええ・・・。車を運転してる最中なのかな?ちょっと箕輪さんの方に掛けてみます。」
最近登録したばかりの箕輪さんの番号を呼び出し、ボタンを押す。コール音が鳴り、じっと耳を澄ます。しかし途中で留守番電話サービスに切り替わり、思わずケータイを見つめた。
「箕輪さんも出ない・・・。どうなってんだ?」
「もしかしたら、兄さんが近くにいて出られないのかもしれないわ。溝端さんに掛けてみて。」
「はい。・・・ああ、でも俺あの人の番号を知らないんです。」
「じゃあ私が掛けるわ。ちゃんと佐々木さんのことを見ててね。」
課長はケータイを取り出し、神妙な顔で電話を掛ける。
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・どうですか?」
「・・・ダメだ・・・。こっちも出ない。」
「どうなってんだ・・・。誰も電話に出ないなんて・・・。もしかして何かあったんじゃ・・・、」
そう言いかけた時、ロッテンマイヤーさんに動きがあった。俺達の後ろからバスがやって来て、こちらを振り向いたのだ。
「マズイ!しゃがんで!」
課長は俺の頭を押し付け、側溝に身を屈める。
ああ・・・また・・・また課長の胸が・・・・・。しかも今度は顔に当たってる・・・それもさっきより強く・・・。
あと一分このままだと、きっと俺は昇天してしまうだろう。頬に押し付けられる課長の胸は、それほどの至福を与えてくれた。
「バスに乗ったわね・・・。私達も追いかけないと・・・。」
課長は側溝から飛び出し、キョロキョロと周りを見渡した。
「でもどうやって追いかけよう・・・?こんな場所にタクシーなんて来ないし・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「ねえ冴木君、いったん車まで戻って・・・・って、冴木君?また顔が真っ赤になってるけど大丈夫?やっぱり風邪を引いてるんじゃ・・・。」
「・・・いえ、ぜんぜん平気です。・・・多分・・・。」
「ならいいけど・・・。調子が悪かったら無理しなくていいからね。」
調子は悪くないけど、心はざわついている。二度も課長の胸が・・・・・。ああ!今日はなんていい日なんだ!いやいや、全然良くない日なんだけど・・・・それでもいい日だ!
「それじゃ車まで戻ろう。あのバスは海沿いの図書館まで向かうはずだから、後を追いかけないと。」
課長は「行こう!」と言って走り出し、車を止めてある空き地まで戻る。
「俺の恋の病・・・・本当に火が点きそうだ・・・・。」
火照った顔を押さえながら、課長の後を追いかけて行った。

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM