稲松文具店 第十九話 秘密の旅館(2)

  • 2014.09.07 Sunday
  • 19:59
課長は女将の脇を通り抜け、廊下の奥へ向かう。
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
慌てて課長を引きとめ、女将は廊下の奥に向かって大声で叫んだ。
「支配人!ちょっと助けて〜!」
課長は目をつり上げて廊下の奥を睨む。すると先ほどロッテンマイヤーさんと話していたおっさんが、「なんだ?」と顔をしかめながら現れた。
「あ、あの・・・・こちらの方が・・・・。」
「んん?今日は誰も入れるなって言っただろうが。使えん女だな。」
そう言いながら女将を睨みつけ、課長を見つけて固まった。
「き・・・北川課長・・・。なんでここに・・・?」
「あなたこそこんな所で何をしているんですか、段田専務?」
課長は段田という男の前に立ち、ギロリと睨みつける。
「な、何って・・・・ここは旅館だよ?泊まりに来ているに決まっているじゃないか。」
「段田専務お住まいは、ここから車で十分のくらいの所ですよね?ならこんな近くの旅館に泊まりに来たりしますか?」
「そ、それは私の自由だろう・・・。とやかく言われる筋合いはないよ。」
「そうですね・・・。なら佐々木さんはどこにいらっしゃるんですか?さっきこの旅館の前で話し込んでいましたよね?」
「な、なんで知っているんだ・・・・。」
段田の顔が一気に青ざめる。血の気が引くというのはこういう事を言うのだろうと、分かりやすいほど青くなっていた。
「段田専務、率直にお尋ねします。ここに兄が来ていますね?」
「い、いや・・・・それは・・・・。」
「私の目を見て答えて下さい!」
「・・・う・・・ううう・・・・・。」
中年のおっさんが、若い女性に威圧されている。課長って・・・いつもこんな感じで会議をやっているのかな?
「兄さんが・・・ここへ来ていますね?」
「・・・・ええ・・・まあ・・・・。」
「ならもう一つお聞きします。この旅館に、女性のライターが訪れませんでしたか?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・いるんですね、ここに?」
段田の顔はますます青ざめ、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「段田専務、私を兄の所まで案内して下さい。彼を説得しないといけないんです。そして・・・・捕まった祐希さん達を助けないと・・・。」
課長は射抜くような視線で段田を見据える。二人の間に重い空気が流れ、ピリピリと緊張感がみなぎっていた。
すると段田はいきなり笑い出し、課長をドンと突き飛ばした。
「きゃあ!」
「課長!」
課長は柱にぶつかり、頭を押さえてうずくまった。
「大丈夫ですか!・・・おいてめえ!いきなり何をする・・・・、ぐあ!」
段田は鬼の形相で俺の胸ぐらをつかみ、力任せに壁に叩きつけた。
「お前は知ってるぞ・・・。確かハリマ販売所の社員だな。社長とつるんでコソコソと人の会社の情報を盗み出していた小僧だろう?」
「・・・し、知ってるのか・・・あんた?」
「当たり前だ。俺もお前と同じで、社長とつるんで色々とやってるからな。」
「い・・・色々と・・・?」
「ああ、邪魔な奴を罠にかけたり、脅しをかけて黙らせたり・・・。最近だと溝端の兄妹も誘拐したな。」
「お、お前が・・・・溝端さんの兄妹を・・・・。」
「命令したのはあのボンボンだぞ。俺は実行しただけだ。ていうかそんな事はどうでもいいんだよ。お前・・・確かうちの会社を辞めたはずだろ?
何をコソコソと動き回ってんだよ、ええ?」
段田は俺の首を締めあげ、腹にひざ蹴りを入れてきた。
「がはッ!」
「冴木君!」
課長が俺を助けようと段田に飛びかかる。しかしまた突き飛ばされてガラス戸にぶつかった。課長はガラスを突き破って庭に落ち、頭を押さえて血を流していた。
「ふん・・・コネ使って出世したガキが・・・・。俺が今の地位を手に入れるのにどれだけ苦労したかも知らずによ。」
吐き捨てるように言って、「ぺッ!」と唾を吐きかける。汚い唾が課長の頬にかかり、段田は嫌味ったらしく笑う。
「社長の妹じゃなかったら、お前もとっくに潰してるところだ。とりあえずそこで大人しくしとけ。」
そう言ってまた唾を吐きかけようとした時、俺の中で何かがキレた。
「このクソデブ親父がああああ!」
「ああ?誰にもの言ってんだてめえ?殺すぞコラ!」
段田は思い切り俺を殴りつけ、グワグワと揺さぶってガラス戸に叩きつけようとした。
しかし次の瞬間・・・段田の身体は宙を舞っていた。そして固い廊下に背中から落ちて、「げふうッ!」と目玉をひん剥いた。
「き・・・決まった・・・。祐希さん直伝の内股が・・・。」
自分でも驚くくらいに綺麗に決まり、思わず立ちすくんでしまう。
「ごほッ・・・おま・・・なんてことを・・・・げふッ・・・・。」
段田は口からヨダレを流し、苦しそうに胸を押さえていた。
「・・・なんだよ・・・ロクに受け身も取れないんじゃんか・・・。あんた・・・迫力はあるけど弱いだろ?」
段田はギクリとして俺を見上げる。
「よくも課長にひどい事してくれたな・・・。もちろんそれなりの覚悟は出来てるんだよな?」俺はニヤリと笑い、段田の襟を締め上げた。
「はがッ・・・。ちょ、ちょっと待て・・・・。」
「嫌だね。課長に暴力ふるって唾を吐いた罰だ!ちょっとくらい苦しめよ!」
段田の胴体に足を絡ませ、握った襟を絞るように締め上げる。
「ごはッ!・・・・や・・・やめ・・・・。」
祐希さん直伝の締め技が、段田の頸動脈を締め上げる。スーツの襟が首に食い込み、彼の意識を断とうとしていた。
「心配するな、落とすだけだから。うりゃ!」
「ぐふッ!」
段田は海から引き揚げられた深海魚みたいに目を見開き、ヨダレと涙を流してタップする。
「ギブアップは断る!課長を傷つけた罪は万死に値する!でも殺すわけにはいかないから、締め落とすだけで勘弁してやる。」
「ぐ・・・ぐべッ・・・た・・・たひゅけて・・・・。」
段田は必死にもがくが、完全に決まった締め技は外せない。このまま締め落としてやろうとした時、課長が「やめて!」と腕を掴んだ。
「冴木君!手を離して!」
「で、でも・・・こいつは課長を・・・・。」
「いいから。もうやめてあげて。」
「・・・・分かりました。おいおっさん、よかったな。課長に感謝しろよ。」
「・・・はあ・・・はあ・・・てめえ・・・この若僧があ・・・。」
「え?なんて?また技をかけてほしいって?」
「・・・ぐッ・・・くそったれ・・・。」
段田は諦めたように力を抜き、首を押さえて柱にもたれかかった。
「段田さん・・・大丈夫ですか・・・?」
課長は心配そうに段田の顔を覗き込む。
「・・・ぜんぜん大丈夫じゃねえよ・・・死ぬかと思ったぞ・・・。」
そう言って俺を睨みつけ、わざとらしく舌打ちをしていた。こいつ・・・本当に締め落としてやろうか・・・。
「冴木君・・・ちょっと乱暴すぎよ。暴力をふるう為に柔道をやったんじゃないでしょ?」
「・・・すいません・・・。でも課長があんなことされたから、思わず頭に血が昇っちゃって・・・。」
課長はやれやれという風に首をを振り、段田の背中を撫でていた。
「段田さん・・・お願いだから兄と会わせて。じゃないと・・・あの人は何をしでかすか分からない。このまま放っておけば、本当に犯罪者になっちゃうわ。」
「ふん・・・。もうとっくに犯罪者だよ。誘拐に監禁、それに数々の脅迫をしてんだから。
横領や癒着だってある。俺は・・・そういう仕事の尻拭いをさせられてきたんだ・・・。」
「なにを被害者ぶってんだよ。その見返りとして専務の椅子でももらったんだろ?」
俺が嫌味ったらしく言うと、「そうだよ・・・」と項垂れた。
「・・・もういいや。どうせここまで来たら先は見えてる。俺もあのボンボンも刑務所行きだ。あいつの言いなりはもうお終いだ・・・。」
段田はネクタイを緩め、「ふう・・・」と息を吐き出して課長を見据えた。
「あんたの言うとおり、ここに女のライターが来たよ。御神祐希っていう名前のな。それに溝端恵子も一緒だった。」
「やっぱり・・・・。それで、二人はどこにいるの?」
「社長の部屋で眠らされてるよ。睡眠薬を盛られてな。動けないように手足も縛ってある。」
「ひどい・・・。」
「それだけじゃねえ。箕輪って女も捕まってるぜ。一緒にいたガキ共もな。」
「箕輪さんと・・・子供が?いったいどういうこと!」
「俺も詳しいことは知らねえよ。箕輪と一緒にいたもんだから、ついでに捕まえといただけだ。」
「箕輪さんとその子たちはどこにいるの?」
「佐々木と一緒に一階の客室にいるよ。箕輪は手足を縛ってるけど、ガキどもには何もしてないから安心しろ。」
段田は吐き捨てるように言い、袖でヨダレを拭った。
「あのボンボンは・・・もう抑制が効かなくなってる。会長でさえ止められやしねえ。だから・・・もしあいつを倒せる可能性があるとしたら・・・あんただけだ。」
そう言って課長を見つめる段田。その視線を受け取った課長は、小さく頷いてハンカチを差し出した。
「ヨダレと鼻水・・・拭いた方がいいですよ。」
「・・・・いいよ、大したことはねえ・・・。」
強がりを言いながら立ち上がり、腰を叩いて痛そうにしていた。
「ボンボンは三階の社長室にいる。エレベーターで上がって、廊下の一番奥にある部屋だ。」
「・・・ありがとう。それともう一つ教えてくれない?」
「何だ?」
「あなたなら、兄さんの秘密の部屋の場所を知っているはずでしょ?それを教えてほしいの。」
「秘密の・・・・?ああ、あの少女マンガやぬいぐるみがギッシリ詰まった部屋か。それなら社長室の隣にあるぞ。佐々木が合い鍵を持ってるから、それで開けられる。」
「やっぱりあれはその部屋の鍵だったのね・・・。段田さん、佐々木さんの所に案内して。」
「別にいいけど・・・一つ頼みがある。」
「何?」
「・・・何が何でも・・・あのボンボンをぶっ倒してくれ。あいつのやり方には、さすがに我慢の限界を感じてたんだ・・・。
俺の・・・俺の過去をネタにゆすりをかけて、いいように使ってくれやがったからな。」
段田は悔しそうに唇を噛む。
「でもあんただって散々悪さをして、その見返りを受け取ってるんだろ?なら同罪じゃねえか。」
「・・・そうだな。事が全て終わったら、刑務所に叩きこまれても仕方ねえ・・・。でも・・・これ以上あいつにコキ使われるのはご免だ。」
その言葉を聞いた課長は、「分かった、約束する」と頷いた。
「だから佐々木さんの所へ案内して。そして・・・できれば私達に手を貸してほしいの。
私と冴木君は兄を何とかするから、段田さんは祐希さん達を助けてあげて。」
「・・・分かった。」
段田は俺達の目を見て頷き、「ついて来い」と奥の部屋へ向かった。
「行こう冴木君。兄さんを止めて、みんなを助けなきゃ。」
課長は段田の後をついて行く。しかし俺はあることに気づいて、「段田さん!」と叫んだ。
「何だよ?」
「あの・・・女将さんが腰を抜かして座り込んでるけど・・・。」
「ああ、さっきの喧嘩を見てビビっちまったんだろ。そいつは前にいた旅館の金を横領して逃げてきたんだ。事が終われば、俺と一緒に刑務所行きだ。」
「・・・・そうですか。」
女将は真っ白な顔で放心していて、ブツブツと独り言を呟いていた。
「冴木君、早く。」
「は、はい!」
女将を残し、俺たちはロッテンマイヤーさんのいる部屋に向かった。段田が『梅の間』と書かれた部屋に「入るぞ。」とノックした。
「ああ、段田ちゃん。さっき怒鳴り声が聞こえたど大丈夫?何かあったの?」
「おう、あったあった、大アリだ。今からあのボンボンをぶちのめしに行くことになったんだよ。」
「ボンをぶちのめすって・・・いったいどういう・・・・、」
そう言いかけて、ロッテンマイヤーさんは俺達の姿に気づいた。
「あああああああ!なんで冴木と翔子ちゃんがここにいるの!」
ロッテンマイヤーさんは頬に手を当てて絶叫する。しかし俺たちは彼女を無視して、部屋の隅で震える人質に駆け寄った。
「箕輪さん!それに明君じゃないか!」
箕輪さんと一緒にいた子供って、明君のことだったのか。それともう一人女の子がいるけど、もしかして彼の妹か?
「冴木いいいい・・・・・。」
箕輪さんはロープで手足を縛られていて、二人の子供をかばうように座っていた。
「おい、何か切る物を寄こせ!」
段田はタンスの引き出しを開け、裁縫用のハサミを寄こした。
「今助けますからね。動かないで下さいよ。」
手足を傷つけないように慎重にロープを切断すると、縛られていた部分が痣になっていた。
「ひどいな・・・どんだけキツく縛ってたんだよ・・・。」
思わず痣の部分に手を当てると、突然箕輪さんが抱きついてきた。
「冴木いいいい・・・遅いのよあんたあ・・・。ちゃんとメールを送ったのに・・・・。」
「箕輪さん・・・。」
箕輪さんは痛いくらいにしがみつき、ボロボロと涙をこぼしていた。
「・・・旅館の前で待ってたら・・・・いきなりそこのおっさんに襲われたの・・・。私と優香ちゃんを捕まえて・・・・助けようとした明君を殴って・・・。」
「殴った?」
明君は口の端に青痣を作っていて、少女を守るように抱きかかえていた。
「明君・・・・大丈夫か?」
「僕は・・・平気です。でも優香が・・・・。」
明君は心配そうに少女の顔を覗き込んだ。
「ずいぶん怯えてるな・・・。明君の妹か?」
「はい・・・。」
優香ちゃんはガシっと兄にしがみついていて、今にも泣きそうな顔をしていた。そして俺の顔を見るなり、サッと目を逸らした。
「大丈夫だよ、私たちはみんなを助けに来たんだから。もう怖くないよ。」
課長がよしよしと優香ちゃんの頭を撫で、明君にも「怖かったね」と肩を撫でた。箕輪さんは鼻をすすりながら身体を離し、赤い目で俺を睨んだ。
「もっと早く助けに来てよ!せっかく隙を見て優香ちゃんがメールを打ってくれたんだから!」
そう言ってバシバシと叩いてくる。なんだよ・・・・さっきまで抱きついてたクセに・・・・。
「すいません。場所を聞いても返信が無かったから・・・。」
「そいつらがずっと見張ってたから、あれ以上送れなかったのよ。もし見つかったら何をされるか分かんないでしょ!」
「す、すいません・・・・。」
なんで俺が謝ってるんだ・・・。でもこれだけ怒れるなら元気のある証拠だろう。あのまま抱きつかれていたら、そっちの方が心配だ・・・。
「だから顔に全部出てんのよ!怖い目に遭ってたんだから、抱きつくくらいいいでしょ!」
「す、すいません・・・。」
また叩かれてしまった。俺は苦笑いを見せながら、ゆっくりと段田とロッテンマイヤーさんを振り返った。
「あんたら・・・この騒動が終わったら覚悟しとけよ。」
自分でもこんな声が出せるのかと思うくらい、威圧的な声が出た。するとロッテンマイヤーさんは「私は知らないわよ!」と手を振った。
「ボンにマンガを届けに来たら、その子たちがいただけよ!私は何もしてないわよ!」
「でもこの状況を見たら、どう考えても異常だって分かるだろ?なんで何も行動を起こさなかったんだよ?」
「そんなこと言ったって・・・こっちの男が見張ってろって言うから・・・。」
段田は小さく舌打ちをして、ロッテンマイヤーさんを睨み返す。
「てめえ・・・やっぱクズだな・・・。なに舌打ちしてんだよ。反省くらいしろや。」
「・・・・・悪かったよ、すまん・・・。」
ぶっきら棒な態度で謝る段田。こいつ・・・もういっぺん投げ飛ばしてやろうか。
「冴木君、とにかくこの子たちを助けないと。優香ちゃんすごく怯えてるから・・・。」
課長は二人の子供の肩に手を置き、心配そうに見つめていた。すると箕輪さんは優香ちゃんのポケットに手を突っ込み、ケータイを取り出して立ち上がった。
「もう警察を呼ぼう。こんなのただの犯罪だもん。」
「いやいや!まだダメですよ!祐希さん達が捕まってるんですから。それに溝端さんの兄妹だって人質に取られてるんですよ?」
「だったらどうしろって言うのよ!この子たちはこんなに怖い目に遭ってるのに、何もするなって言う気?」
「違いますよ!これから社長の所に行くんです。そして祐希さん達を助け出して、社長の暴走を止めるんです。」
「社長を止めるって・・・あんたにそんな事が出来るの?冴木のクセに。」
「やります。やってみせますよ!だから警察はもう少し待って下さい。きっと・・・俺と課長が社長を倒しますから。」
「・・・・・・・・・・・。」
箕輪さんは何も言わずに俺を睨みつける。すると明君が「冴木さんの言うとおりにしましょう」と呟いた。
「僕たちはとりあえず助かったからいいけど、他にも捕まってる人がいるんだから・・・。
警察に知らせるのは、みんなを助けてからでも遅くはないでしょ?」
「そりゃそうだけど・・・・・。」
「それに、僕は冴木さんの事を信じてますから。あんなに一生懸命柔道の練習をして、祐希さんの鬼の稽古にも弱音を吐かなかったんです。
だから・・・・箕輪さんが思ってるより、ずっと強い人だと思います。」
明君は優香ちゃんを抱きよせながらニコリと笑う。
「優香・・・あの人が一番悪い奴をやっつけてくれるよ。だから心配ない。兄ちゃんと箕輪さんだってついてるし。」
優香ちゃんは戸惑いを隠せない目で俺を見つめた。そして兄の方に振り向き、コクリと頷いた。
「・・・はあ、分かったわよ。事が終わるまで警察には連絡しない。」
箕輪さんはケータイをしまい、バシっと俺の肩を叩いた。
「その代わり、絶対にあのクソ社長をやっつけるのよ!どんな方法でもいい。柔道で懲らしめるのもいいし、少女マンガの趣味を暴露してやるのでもいい。
とにかくアイツをギャフンと言わせて!」
「ええ、もちろんそのつもりです。」
俺と課長は顔を見合わせ、小さく頷いた。
段田はロッテンマイヤーのポケットに手を入れて、秘密の部屋の鍵を取り出す。そして俺の方に向かって投げ寄こした。
「これが・・・社長の弱点を暴く鍵・・・。」
「それじゃボンボンの所に行くか。あいつは武道の手練れだから気をつけろよ。」
「分かってるよ。それじゃ箕輪さん、この子たちのことをお願いします。」
「うん、任せて。ああ、それとロッテンマイヤーさんはどうする?さっきからずっと青ざめてるけど。」
「ほっといていいんじゃないですか?自分の為にも余計な事は喋らないだろうし。」
「それもそうね。それじゃ・・・気をつけて行ってくるのよ。私たちは外で待ってるから。」
「はい。」
ここへ来て初めて箕輪さんが笑った。この人・・・・素直に笑うと意外と可愛いんだな。
「意外は余計よ!さっさと行ってこい!」
「は、はい!すいません!」
お尻を蹴られ、慌てながら部屋を出て行く。そして引き戸に手を掛けた時、誰かが近づいて来る足音が聞こえた。
「どうしたの?」
課長は不思議そうに首を傾げる。
「・・・誰かこっちに来てます。宿泊客かな?」
そう言うと、段田が「客はいない」と首を振った。
「じゃあ仲居さん?」
「仲居もいない。というより、この旅館はただのダミーだ。ボンボンの秘密を隠す為だけのな。たま〜に俺や佐々木が客のフリをして来るだけだ。」
「なら・・・・この足音は・・・・?」
足音はだんだんと近づいてくる。あの女将かとも思ったが、これは女の足音じゃない。
もっと力強く、怒りに満ちているような・・・・。そう思った時、咄嗟に「ヤバイ!」と叫んでいた。
「箕輪さん!子供たちをつれて窓から逃げて!早く!」
箕輪さんはキョトンとしながら「なんで?」と問い返す。
「いいから!早く逃げて!」
俺は出窓を開け、箕輪さんと子供たちを庭へ押しやった。
「どっかに隠れてて下さい!絶対に出て来ちゃダメですよ!」
「わ・・・分かった・・・・。」
箕輪さんは子供たちの背中を押しながら、庭を横切って門の方へと走って行った。そしてそれと入れ換わるように、部屋の引き戸がガラッと開けられた。
「おい段田。さっき大きな物音がして・・・・・、」
そう言いかけて、部屋に入って来た男は固まった。
「なんだ・・・?どうしてお前達がここに・・・。」
全ての元凶である男、北川隼人が、俺と課長を睨んで固まっていた。しかしすぐに事態を飲み込んだようで、自信たっぷりに笑いだした。
「ははは、お前達もここへ辿り着いたってわけか。なるほど・・・捕えていた人質もいないし、段田は敵意を剥き出しで俺を睨んでいるし・・・。
ずいぶんと状況が変わってしまったみたいだな。」
隼人はまったく慌てる様子をみぜず、ニコニコと俺の前に近づいた。
「冴木・・・まさか本当に俺の前に立つとは思ってなかったよ。」
隼人の顔から笑顔が消え、鋭い眼光で睨みつける。身体じゅうからピリピリと殺気を放ち、人でも殺しそうな目で俺を見下ろしている。
部屋の中は一気に緊張が高まり、誰も動くことさえ出来なかった。
しかし・・・・負けるわけにはいかない。ここまでやって来て、尻尾を巻いて逃げられるものか!
顎を引き、目に力を込めて睨み返す。
俺と隼人・・・二人の視線が静かな殺気でぶつかっていた。

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