稲松文具店 第二十話 冴木対隼人(1)

  • 2014.09.09 Tuesday
  • 12:09
風情のある上品な旅館の部屋に、肌のひりつく殺気がみなぎっている。
俺と隼人・・・二人の視線と殺気がぶつかり、重く淀んだ空気が漂っていた。
「兄さん・・・・。」
重い沈黙を破ったのは課長だった。
「兄さん、話があってここまで来たの。」
「翔子・・・お前も完全に俺の敵に回ったんだな。残念だよ。」
「違うよ、敵とか味方とか、そういう事じゃない。私はただ、兄さんに話を・・・・、」
「ははは、何の話だ?どうせ俺を止める為の説得だろう?そんなものを聞く気はない。」
隼人は俺から目を逸らし、課長の前に立った。
「翔子・・・俺はこれでもお前の事は大切に想ってるんだぞ。だから・・ここらで手を引いてくれ。冴木や他の馬鹿どもには鉄槌が必要だが、お前には拳を振り上げたくない。」
「それは私も同じよ。兄さんを追い詰めるようなマネはしたくない。でも・・・あなたは祐希さんや箕輪さんまで巻き込んだ。それにまったく関係のない子供たちまで・・・。」
「関係なくはないさ。あのガキどもがこの旅館を見つけたんだ。ガキのクセに大人の事情に首を突っ込むとどうなるか・・・しっかり分からせる必要があるだろ?」
隼人は諭すような口調で笑いかける。課長は反論しようと口を開きかけたが、諦めたように首を振った。
「やっぱり・・・もう何を言っても無駄ね・・・。だったらやる事は一つ。みんなと力を会わせて兄さんを倒すわ!」
課長は隼人に詰め寄り、その目を睨み返した。
「段田専務、祐希さん達をお願い。私と冴木君は・・・兄を止めるから。」
課長の視線を受けた段田は、小さく頷いて部屋を出ようとした。しかし隼人に腕を掴まれ、逆手に捻じり上げられた。
「段田・・・俺を裏切ったらどうなるか分かってるんだろうな?」
「・・・・・・・・・・・。」
「俺はお前の罪を知ってるんだぞ?家に火を点けて父親を殺した罪を。」
「・・・・・・・・・・・・。」
隼人は薄ら笑いを浮かべながら段田に顔を近づける。
「親父から虐待を受けていて、それが憎くて殺したんだろう?幸い自分がやったとバレてはいないようだが、その罪を知る人物はいる。だから・・・分かってるよな?」
段田は目を逸らして足元を見つめ、悔しそうに唾を飲み込んだ。
「兄さん・・・どういうこと?」
課長が二人の間に割って入る。すると隼人は肩を竦めて段田を指さした。
「コイツはな、高校を出るまでは父親に虐待を受けていたんだよ。そして大学に進学してから一人暮らしを始め、ようやく父親から解放された。
しかし・・・・今度は弟が酷い虐待を受けるようになった。だから弟と共謀して、家に火を放って父親を殺したんだ。」
「・・・段田さん、それは本当なの?」
「・・・・・・・・・・・・。」
段田は答えない。固く口を閉じ、意地でも喋るまいとしているようだった。それはまるで・・・自分の兄妹を守る時の溝端さんと同じ目だった。
「お前が家に火を点けた時、隣の家の住人がそれを目撃していた・・・。面倒に関わるのが嫌だから警察には言わなかったようだが、金をチラつかせたらすぐに喋ったよ。
主犯はお前、実行犯は弟だったと。まあとっくに時効ではあるが、これが世間にバレたら困るよなあ?法律では裁かれなくても、社会的な制裁は受けることになる。
お前はともかく、教師をやっている弟は・・・どうなるかな?だから・・・この事実をバラされたくなければ、俺を裏切るのは止めた方がいい。」
隼人は腕を捩じったまま、脅すように睨みつける。
なるほど・・・やっぱりこの男は正真正銘のクズらしい・・・。課長には悪いけど、この男は同じ人間とは思えなかった。俺は北川隼人の手を握り、グッと力を込めた。
「おいクズ、この手離せよ。」
「冴木・・・・無理をするな。そんなキャラじゃないだろう?」
「それはお前も一緒だろ?課長から聞いたぞ。本当は気が弱くて繊細な人間だって。」
「ははは!それは昔のことだ。人は経験を積むことによって変わっていく生き物だ。
弱い者が強くなることもあれば、その逆もある。」
「ゴタクは聞きたくねえよ。いい歳こいて少女マンガとぬいぐるみを集めてるおっさんがよ。」
そう罵ると、隼人の眉間に皺が寄った。
「・・・・なんだって?もういっぺん言ってみろ?」
「だから、いい歳した大人のクセに、少女趣味に走ってんじゃねえって言ってんだよ。もしかしてロリコンかおっさん?
それともその歳で少女マンガみたいな恋愛をしたいって思ってんのか?なんていうかまあ・・・・人に知られたら恥ずかしい趣味だよな?」
「・・・お前・・・誰にもの言ってんのか分かってるのか?」
隼人のこめかみに血管が浮かぶ。握った手はあっさり払われ、恐ろしいほどの力の差を感じさせられた。
《やばい・・・・ちょっと挑発しすぎたか・・・。》
かなり辛辣な言葉を並べたが、これは祐希さんから指示された作戦だった。
『いい、冴木君。普通に戦っても絶対に勝ち目はないわ。だから相手を挑発するような言葉を並べて、とにかく逆上させるの。
そうすれば、向こうは怒りに任せて突っかかってくるから、その隙を狙うしかないわ。絶対に慎重な態度を取らせてはダメよ。組み合ってもダメ。いいわね。』
祐希さんにそう強く念を押された。確かにまともに戦っても勝ち目はない。それはさっきの腕力の差から考えても明らかだ・・・。
だから・・・突っかかって来い!隙を狙って内股をかけて・・・とにかく転がすんだ。
そうしたら・・・あとは祐希さん直伝の締め技でねじ伏せるしかない。
隼人は寝技が苦手らしいから、そこにしかチャンスは無いんだ・・・。
「オラ、どうしたよロリコン野郎?秘密の部屋にはいっぱい変態の趣味が詰まってるんだろ?いくらカッコつけたって、ただのロリコンじゃあ・・・・気持ち悪いよなあ。」
なるべく馬鹿にするような口調で挑発し、極めつけにとペチペチと頬を叩いてやった。
隼人は怒りを通り越して震えだし、猛獣のように歯を剥き出している。
《・・・怖ええ・・・・。マジで目え逸らしたい・・・。》
でも負けるわけにはいかない。一瞬のチャンスを逃せば、勝ち目は一ミリもなくなるんだから・・・。
俺と隼人の睨み合いは続く。激しい殺気がビリビリと伝わってきて、背中に冷や汗が流れてきた。そして・・・・隼人が動いた。段田の手を離し・・・・サッと手を伸ばして来る。
《・・・来い!触れた瞬間に内股をかけてやる!》
息を飲んでタイミングを窺う。鼓動が速くなって、口の中がカラカラだ。
「・・・・・・・・・・・。」
来ない・・・・。隼人は伸ばした手を引っ込め、じっと俺を睨みつけるだけだった。
そして腰に手を当てて「ははははは!」と笑い、ポンポンと俺の肩を叩いた。
《・・・な、なんだ・・・?挑発が効かなかったのか?》
「なあ冴木・・・。」
「なんだよ・・・・?」
「内股を狙ってるのがバレバレだ。重心の位置・・・相手に悟られないように気をつけないとな。」
「・・・・ッ!」
まずい!・・・・と思った次の瞬間、俺の身体は宙を舞っていた。そして綺麗に一回転し、凄まじい勢いで畳に叩きつけられた。
「げはッ・・・・・。」
何とか受け身は間にあったものの、背中を強打して息が出来ないほど苦しい。
「俺を挑発して隙を作るつもりだったんだろ?考えが甘過ぎだ。」
隼人は俺の襟に手を回し、両手で絞るように締めあげた。
「ぐげッ・・・・・。」
「どうせ寝技なら俺に勝てると踏んでいたんだろう?それも甘い。いくら寝技が苦手だといっても、昨日今日に柔道を始めた奴には負けんよ。」
「ぎッ・・・・・。」
隼人の締めは強烈だった。抜け出そうとしてもビクともせず、確実に俺の意識を奪っていく。
「簡単には落とさない・・・。じっくり苦しませてから落としてやる。その後は腕の一本でももらうか・・・。
言っておくが、関節技の苦しみは締め技の比じゃないぞ。意識を保ったまま激痛に耐えなければいけないんだからな。」
「ぐごごッ・・・・・。」
襟が首に食い込み、俺の意識を断ち切ろうとしてくる。言いようのない苦痛と恐怖に襲われ、思わずタップした。
「はははは!もうギブアップか?まだそんなに力を入れてないのに。」
「ぎゅうッ・・・・・。」
ああ・・・こりゃ負ける・・・。いくら特訓を積もうが、長年武道をやってきた人間に勝てるはずがなかったんだ・・・。
隼人の言うとおり、俺の考えが甘かった・・・。潔く負けを認めるしかない。・・・・そう思った時、ガシャン!と何かが割れる音が響いた。
「やめて兄さん!」
「ぐッ・・・・翔子・・・お前・・・・。」
隼人の腕が離れ、首が楽になる。目を開けて見てみると、課長が割れた壺を抱えていた。どうやらアレで隼人の頭を殴ったらしい・・・。
「冴木君!大丈夫?」
課長は俺を抱え起こし、心配そうに背中を撫でてくれる。
「た・・・助かりました・・・・もう少しで落とされるところだったから・・・。」
「無理して立たなくていいよ。顔が真っ青だから・・・。」
課長は俺の頭に腕を回し、ギュッと抱きかかえる。ああ・・・課長の胸が・・・また俺の頬に・・・・・。
「くそッ・・・・いくら妹とはいえ・・・俺にこんな事をしてタダで済むと思うなよ。」
隼人は頭を押さえて立ち上がり、課長の髪を掴んだ。
「きゃあ!痛い!」
「おい!やめろ!」
「やかましい!どいつもこいつも俺に歯向かいやがって!お前ら全員まとめて・・・・、」
その時、またガツン!と音が響いた。
「ぐあッ・・・・。今度は何だ・・・?」
「おいボンボン・・・いい加減にしとけよ・・・。」
段田はガラスの灰皿で隼人の頭を殴りつけていた。
「段田・・・お前・・・死にたいのか・・・?」
「俺は・・・お前と同じクズだ・・・。だからもう終わらせようや・・・。仲良く刑務所に行こうぜ。」
そう言って灰皿を振り上げ、再び殴りかかろうとする。しかし隼人は咄嗟にそれを受け止め、段田の腕を引っ張って投げ飛ばした。
「ぐごおッ・・・・。」
「刑務所に行くのはお前だけだ。この騒動の全ての責任を背負わせてやる!」
隼人は段田の襟を取り、後ろから襟締めをかけた。
「・・・・・・・ッ!」
段田は声を出す間もなく、一瞬で締め落とされた。苦しそうに白目を剥き、じわりと股間が濡れていく。
「ははは、失禁してやがる!」
「・・・・・・・・・・・。」
立ち上がった隼人は頭を押さえ、フラフラとよろけて壁にもたれかかった。
「ぐッ・・・思い切り殴ってくれやがって・・・・。」
段田の灰皿の攻撃が効いている・・・・。これはチャンスだ!
「課長!今のうちに祐希さん達を助けに行って下さい!それとこの鍵を使って、あいつの秘密を暴いてやるんです!」
俺は課長に鍵を押し付け、隼人の前に立ちはだかった。
「冴木君!一人で兄さんと戦うのは無理よ!」
「いいから早く行って!祐希さんなら勝てるかもしれないでしょ?」
「ああ・・・なるほど!」
「それに秘密の部屋の証拠を押さえないと、コイツはこっちの言う事を聞かないでしょう?そうしないと溝端さんの兄妹も助けられない!」
「わ、分かった・・・・。すぐに戻って来るから、絶対に無事でいてね!」
課長は鍵を握って部屋から駆け出して行く。それを見た隼人は、後を追いかけようと走り出した。
「させるか!」
咄嗟に飛びかかり、思わずひざ蹴りが出る。それは上手い具合に隼人の顔面に入り、顎を押さえて倒れ込んだ。
「ぐッ・・・・冴木いいい!」
「チャンス!」
俺は隼人の足を取り、アキレス腱を抱え込んだ。そして体重をかけてギリギリと締め上げていく。
「ぐああ!おい、足関節は反則だぞ!」
「黙れ!これは柔道の試合じゃないんだよ!だいたい人質を取るような人間が偉そうに言うな!」
「くッ・・・・。お前ら・・・・絶対に後悔させてやる!」
隼人はもう一本の足でガンガンと蹴りつけてくる。そして身体を捻り、俺の技から抜け出そうとした。
「この馬鹿力が・・・・。おいロッテンマイヤーさん!手伝ってくれ!隼人の頭を押さえるんだ!」
「え?わ、私が・・・・?」
「そうだよ!」
「無理無理!そんなの出来ないわよ!」
ロッテンマイヤーさんは慌てて立ち上がり、窓から逃げ出そうとする。
「ちょっと待て!もし隼人を止める事が出来たら、会長から報奨金が出るかもしれないぞ!」
そう言うと、「ほんと・・・?」とこちらを振り返った。
「俺が会長に進言してやる!ロッテン・・、佐々木さんのおかげで社長を倒せたってな!だからこいつを倒すのを手伝ってくれ!」
「ほ、報奨金・・・・。」
金の話となると、ロッテンマイヤーさんの顔色が変わった。さっきまでビビっていたクセに、急にやる気になって隼人の上に飛び乗った。
「ぐはあッ!」
たっぷり肉のついたロッテンマイヤーさんのフライングボディプレスが炸裂し、さすがの隼人も堪らず叫ぶ。
「佐々木いいいいいい!お前もタダじゃおかんぞ!分かってるんだろうなあ!」
「あーあー!聞こえない!何にも聞こえない〜!」
金に目が眩んだロッテンマイヤーさんは無敵と化す。「あわわわわ!」と首を振り、隼人の声を遮っていた。
「ぐうう・・・おのれえッ・・・。どいつもこいつも・・・・。」
「もう観念しろ!それとも足の腱を切られたいか?」
俺は渾身の力で技をかける。隼人のアキレス腱は限界まで引っ張られ、「ぎゃああああ!」と苦しんだ。
「オラ!もう降参しろ!」
「い、嫌だ!誰がお前なんかに・・・・。」
「腱が切れてもいいのか?歩けなくなるかもしれないぞ?」
「構わん!俺は・・・もう負ける事は許されないんだ!必死こいて上を見つめて・・・・周りに劣等感を抱いていたあの頃には戻りたくない!」
「いいじゃないか、戻っても。俺なんか今でも劣等感だらけだぞ?」
「お前と一緒にするな!北川家の人間はな・・・女にしか価値がないんだよ!特殊な力を持つ母も、才色兼備の翔子も・・・・全部北川家の血から来るものだ!
男は常に・・・北川家の女に頭が上がらない・・・。だから・・・俺は・・・・死ぬ気で・・・死ぬ気で努力して来たんだぞおおおお!」
隼人は両手をついて身体を起こし、片手でロッテンマイヤーさんを投げ飛ばした。
「うお!まだこんな力が残ってんのかよ・・・・。」
「冴木!お前に分かるか!裕福な家に生まれるってことは、それなりのもんを背負うってことだ!いつも周りと比べられ、チヤホヤされるのは母と翔子だけ!
そこから抜け出すべく、俺は自分を鍛えてきた!お前みたいに安穏と暮らして人間に、俺の劣等感が分かるのか!答えろコラああああ!」
隼人は血が出るほど唇を噛み、ついに俺の技を振りほどいてしまった。
「くそッ・・・しまった・・・。」
慌てて体勢を立て直すが、隼人の動きの方が早かった。ガッシリと俺に組みつき、ガクガクと揺さぶって壁に叩きつけられる。
「ほら・・・どうした?投げてみろ!」
「このッ・・・・。」
押しても引いてもビクともしない・・・。俺はただただ翻弄されるばかりで、また綺麗に投げ飛ばされてしまった。
「冴木いい・・・お前は許さない・・・・。」
隼人の目は血走っていて、もはや冷静さは失われていた。もしこのまま技をかけられたら、最悪は死ぬかもしれない・・・。
俺は畳に散らばった壺の破片を掴み、隼人に切りかかった。しかしあっさりと防がれ、首に腕を回されてチョークスリーパーを決められた。
「なあ冴木・・・・俺はただ自分に自信が欲しかっただけだ。分かるか?」
「うう・・・・・。」
「俺はな、別に誰にも劣っちゃいない・・・。ただ北川家という特殊な環境に生まれただけだ。
この家系の女は、隔世遺伝で特殊な能力が引き継がれる。そして能力を持たない女であっても、翔子のように才色兼備であることがほとんどだ。」
「ぐうう・・・・・・。」
「男はごく平凡な能力で生まれて来る・・・。だからいつだって北川家の男は女に頭が上がらない。
そしてあの家を引き継ぐのは女と決まっているから、俺はいつまで経っても王様にはなれない。もし母が死んだら、翔子が北川家の頂点に立つことになるんだ。
そしてアイツの生んだ娘に能力が引き継がれ、延々と北川家の血脈が続いていく。その間・・・・男はただ女を支えるだけだ。」
「ぐぐうううう・・・・。」
「いいか冴木!俺はどんなに努力しても頂点には立てない!いつだって北川家の女と比較され、ただ裏方に甘んじるだけだ!
社長?会長?そんなものはただの肩書だ!俺の父だって、母にはまったく頭が上がらない!翔子は母のことを可哀想だと言っているが、それは逆だ!
いつだって母の顔色を窺ってきたのは、俺たち男の方なんだからな!」
「・・・・なんだよ・・・・ここまで来てただの愚痴か・・・?」
「黙れ!俺は誰にも劣っていない!北川家の女が異常なだけだ!なのに・・・どうしてここまで劣等感を感じなければならない・・・・。
どんなにあがいても頂点に立てない悔しさ・・・お前のような野心の無い男には分かるまい!」
「ぐおおおおお・・・・・。」
隼人の怒りがヒシヒシと伝わって来る。確かにこの男の言うとおり、俺は野心など持ったことはない。絵描きになりたいという夢はあったが、あれは野心とは異なるものだ。
そう思うと、この男にはこの男なりの矜持があるのかもしれない。だが・・・どう考えてもやっている事は間違っている!
「あんた・・・・俺より劣等感にまみれてるな・・・・。課長はずっとあんたの事を心配してたのに、あんたは課長にコンプレックスを持ってるだけじゃないか!」
「やかましい!お前に翔子のような妹がいるのか?特殊な力を持った母がいるのか?
俺の気持ちは・・・そういう特殊な環境で育った奴にしか分からない!」
「知らねえよ・・・お前の気持ちなんて・・・。いちいちコンプレックスを振りかざされたら、世の中回るかってんだ・・・。」
「説教じみた事を言うな!大した経験もしていない若僧のクセに・・・。」
隼人の腕に力が入り、俺の首が悲鳴を上げる。しかし・・・諦めるわけにはいかない!
「面倒臭いんだよ、お前は!いつまで思春期やってんだって感じだぜ?
俺はな・・・自己中な正義感を押し付ける奴は嫌いだけど・・・お前みたいに卑屈なコンプレックスを押し付ける奴はもっと嫌いだ。反吐が出るぜ!
てめえに腹が立ってんなら、てめえの中だけで処理しとけってんだ!お前の事なんざ俺の知ったことじゃねえよ、この少女趣味の変態野郎!」
「お前・・・・殺す!」
「ぐごッ・・・・。」
隼人の筋肉が膨らみ、腕に力が入っていく。しかし・・・そのぶん技は雑になっていった。
締め技は完全に決まれば逃げられないが、隙のある技なら抜け出しようがある。
相手を怒らせて隙を作る・・・・祐希さんの指示した戦法は間違っていない。俺がやられたのは、相手を本気で怒らせることが出来なかったからだ。
『柔道は冷静さを欠いたら負ける。』
激しい稽古の中で、祐希さんはよくそう言っていた。
『卑屈な馬鹿は怒らせて隙を作ればいいの。簡単よ。』
祐希さん・・・あなたから教わった技と戦術・・・無駄にはしませんよ!
「オラ!ロリコン趣味のコンプレックス丸出し変態野郎!なに初心者に手こずってんだよ!お前は経験者なんだろ?一瞬で締め落としてみろよ!」
「ほざけ!段田に灰皿で頭を叩かれてなければ、お前ごとき瞬殺だったんだ!」
「でも段田にやられたのはお前が裏切られたからだろ?誰もロリコン趣味の卑屈野郎に従いたくねえよ、この馬鹿!」
「お前えええええ!殺す!手足の骨を全部折ってから殺す!」
「出来もしねえこと言うな!オラ!とにかく締め落としてみろ、妹に負けっぱなしのヘタレ社長!」
「お前はああああああ!殺す!絶対に殺す!」
隼人の力はさらに強くなる。馬鹿みたいな腕力で大蛇のように締め上げてくる。だが・・・それはもう技とは呼べなかった。
ただ力任せに締め上げるだけで、意識を遮断するような力はない。
俺は弓なりに身体を反らし、頭を押し付けてブリッジの体勢を取った。そして一気に身体を回転させ、隼人の技から抜け出した。
「冴木いいいいいい!」
俺は素早く立ち上がり、足を開いて腰を落とした。しかし隼人は怒りで我を忘れ、無防備に突っ込んでくる。腰も浮いているし、不用意に手を伸ばして来る。
そして俺と隼人が組み合った瞬間、後ろから「引きよせて内股あ!」と叫び声が響いた。
それは厳しい稽古の中で何度も聞いた声で、俺の身体は即座に反応した。
隼人の腰の下に自分の腰を入れ、突っ込んでくる勢いを利用しながら相手の股に右足を入れる。そして・・・・相手を引き寄せながら足を振り上げた。
隼人の身体は見事に宙を舞い、綺麗な孤を描いて畳に落ちていった。
「一本ッ!」
祐希さんの声が、突き刺さるように部屋じゅうに響いた。

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