木立の女霊 第七話 死者は手招きする

  • 2014.09.19 Friday
  • 13:48
俊一は夢の中でうなされていた。
青白い顔をした短い髪の女が、こちらに向かって手招きをしている。
蛍が飛び交う小川の向こうに立ち、ニッコリと微笑みながら手招きをしている。
《俊一君・・・こっちおいでよ。俊一君・・・・・。》
女は木立の中に立っている。月明かりを受けて、クリーム色のワンピースが冷たい青色に映っている。
《ねえ、こっちにおいでよ。希美ちゃんもいるから・・・こっちにおいで・・・。》
俊一はゆっくりと後ずさり、背中を向けて逃げ出した。
土手の砂利道を力いっぱい走り、車が止めてあるコンビニまで向かう。
女は手招きをやめ、顔だけ浮かせて追いかけて来る。音も無く、スーッとこちらに飛んで、笑いながら追いかけて来る。
俊一は後ろを振り向かずに走っていく。土手を抜け出し、コンビニまで走って車に乗り込む。
すぐにエンジンを掛け、ギアを入れて急発進する。周りには何の灯りもなく、ヘッドライトだけが頼りだった。
信号を曲がり、大きな道をぐんぐんとスピードを上げて逃げていく。
その時、ヘッドライトの照らす先に女の顔が浮かんだ。
《行こうよ・・・。私と一緒に行こうよ・・・。》
女は笑い、こちらに向かって飛んで来る。
俊一は絶叫してハンドルを切り、女の顔をかわして走り抜ける。
アクセルを全開まで踏み込み、メーターが振りきれるほどスピードを出した。
そして家に到着すると、車から降りて家に逃げ込んだ。
必死に父と母を呼ぶが、誰も出て来ない。明かりは点いているのに、まったく人の気配がなかった。
《誰か・・・誰かおらんのか!オトン!オカン!誰でもええ!誰か来てくれ!》
必死に叫んでいると、カタカタとドアが揺れた。
そしてゆっくりとノブが回され、ドアの向こうから女の顔が現れた。
《俊一君・・・俊一君・・・・。わたし・・・綺麗になったでしょ・・・。もう・・・ブスじゃないでしょ・・・・だから一緒に行こうよ・・・俊一君・・・。》
女はまっすぐに家の中を飛んで来る。
俊一はまた絶叫して窓から逃げ出そうとする。
しかし窓には雨戸が引いてあって、いくら開けようとしてもビクともしなかった。
《ねえ・・・好きなの・・・ずっと前から・・・好きなの・・・・。だから・・・・私と一緒に行こう・・・俊一君てば・・・・。》
《来るなああああああッ!》
テーブルを持ち上げ、渾身の力で女を叩く。
しかしテーブルは女の顔をすり抜け、俊一の目の前に迫った。
《うわああああああッ!嫌やあああああああッ!》
するとガタガタとドアが揺れ、その向こうから女の身体が走って来た。
首の無い恐ろしい身体が、全力でこちらに向かってくる。女の顔は身体とくっつき、俊一に手を回して抱きついてくる。
顔を舐め回し、服を引き裂いてキスをしてくる。その力は強烈で、まったく抗うことが出来なかった。
《俊一君!好きなの!あなたのことが好き!ねえ好きなの!俊一君!私の俊一君!ずっと一緒にいて!ねえ俊一君!》
《嫌やああああああッ!離れろおおおおおおおッ!》
女は大きく口を開け、俊一の顔に噛みつく。そして歯を立てて肉を食い千切ろうとしてきた。
俊一は恐怖と痛みで失禁し、一番大切な親友の名前を叫んで手を伸ばした。
《希美いいいいいいいいいッ!助けてくれえええええええええッ!》
その時、ふっと辺りが暗くなった。
木々のざわめく音が聞こえ、暖かい風が頬を撫でていく。
暗闇の中に青白い夜空が浮かび、ミミズクの鳴き声が響いて木立から飛び出していく。
そして・・・・蛍の光が舞った。
淡い薄緑の光が、ふわふわと揺れて女の上に降りてくる。蛍の光はパッパと点滅し、それを合図に無数の蛍が舞い出した。
女は蛍に気を取られ、顔を上げてそれを睨みつける。
女にとまっていた蛍は俊一の顔に舞い降り、パッと光って弾けた。
《・・・俊一・・・守るから・・・・大丈夫だから・・・・・。》
《希美・・・・。》
弾けた光の中から希美が現れ、俊一を抱きしめる。
女は絶叫して希美に襲いかかるが、夜空を舞う無数の蛍がそれを許さなかった。
女の前に飛び出し、何かの信号のように光を点滅させる。
すると先ほどのミミズクが颯爽と現れ、女を鷲掴みにしてさらっていった。
《いやああああああッ!俊一くうううううううんッ!》
耳を塞ぎたくなる絶叫を残し、女は暗い夜空に連れ去られていった。
《あ、ああ・・・・助かった・・・・・。》
安堵の涙を流していると、希美が腕をほどいて離れていった。
《・・・まだ・・・終わりじゃない・・・。あの子は・・・またやって来る・・・。でも・・・心配しないで・・・。私が・・・俊一を守るから・・・・・。》
希美はパッと光って弾け、蛍に戻って夜空に消えていく。
俊一は手を伸ばし、泣きながら彼女の名を叫んだ。
《希美!行くな!俺は・・・俺はお前が好きやねん!傍におってくれえええええ!》
その叫びは月明かりの照らす夜空に吸い込まれ、風が揺らす木立のざわめきだけが響いていた。


            *


誰かの声が聞こえる。
一つだけではない。二つの声が自分の名前を読んでいる。それもよく知る親しい者の声が・・・。
闇の中に薄っすらと光を感じ、俊一はゆっくりと手を伸ばした。
すると誰かがそれを掴み、強く握って揺さぶりかけた。
《・・・あったかい・・・。これは・・・誰の手や・・・?》
光が強くなり、自分を呼ぶ声が大きく響く。
握られた手は強く引っ張られ、俊一を闇の中から引き上げていった。
「・・しゅ・・・ち・・・、しゅん・・・いち・・・。・・・・・・おい俊一!」
ハッキリと自分を呼ぶ声が聞こえ、俊一はハッと目を開けた。
「おお!よかった・・・。目え覚ましたか・・・・。」
そこには安堵を見せる克博の顔があった。
そしてその隣では、朱里が俊一の手を握って涙ぐんでいた。
「俊一いいい・・・・よかったあ・・・・・・。」
朱里はグスグスと鼻を鳴らし、手を握ったまま抱きついてきた。
「お前ら・・・・。ここで何してんねん?」
「何してんねんやあるかい!家に行ったら、お前が部屋で倒れてたんやないか!」
「は?倒れてた・・・・?」
「そうや。白目剥いて、死人みたいに真っ青な顔して倒れてたんや。」
「・・・なんのこっちゃ分からん・・・。俺は写真を見てただけやのに・・・・・。」
「混乱しとるな・・・。まあしゃあないけど・・・。」
俊一は朱里の頭を撫でて身体を起こし、じっと辺りを見回した。
「どこやここ?俺の部屋とちゃうな・・・。」
「病院や。部屋で倒れてるお前を見つけて、すぐに救急車を呼んだんや。」
「救急車って・・・そんな大袈裟な・・・。」
「大袈裟なことあるかい!こっちがどれだけ心配したと思ってんねん!」
ここまで怒っている克博を見るのは初めてのことで、俊一は目を伏せながら朱里の背中を撫でた。
「お前も心配してくれてたんやな・・・。」
「当たり前やん・・・。死んだんかと思ってたわ・・・。」
「死ぬわけあるかいな。いや、でも・・・・・。」
「でも?」
朱里は抱きついたまま顔を上げ、潤んだ瞳でじっと見つめてくる。
「・・・夢をな・・・見たんや・・・。恐ろしい夢を・・・。」
「夢?何の夢?」
「それは・・・・、」
ごにょごにょと口を噤んでいると、俊一の母が病室に入って来た。
「ああ!良かったあ〜・・・。」
「オカン・・・・・。」
母はベッドの横にバッグを置き、ホッとした顔で俊一の手を握った。
「克博君らが来てくれて、あんたが倒れてるのを見つけてくれたんや。」
「それは聞いたよ。」
「お母さん、それ聞いた時にビックリしてもて・・・。どうしょうかと思ってる時に、克博君が人工呼吸をしてくれたんや。」
「じ、人工呼吸ッ?」
「そうやで・・・。あんた呼吸が浅くなってたから、必死に人工呼吸してくれたんや。朱里ちゃんは一生懸命心臓マッサージをしてくれて・・・ほんまに感謝しいや。」
「・・・そんなにヤバかったん?」
克博の方を向いて尋ねると、腕を組んで難しい顔をしていた。
「まるで死人やったな。いつ死んでもおかしくないって感じやったわ。」
「・・・そこまでひどかったんか・・・。」
「救急車で運ばれてる時も、だんだん呼吸が弱くなってたんや。救急隊の人もマジで焦ってはったわ。」
「そうなんか・・・。えらい大変なことになってたんやな・・・。」
母の手を握り返して呟くと、朱里が鼻水をすすりながら言った。
「でもな、途中で急に元気になったんや。」
「途中で?」
「うん。病院に着く直前に、いきなり姉ちゃんの名前を叫び出して、必死に手を伸ばしてたんや。そしたら急に落ち着き初めて、顔色も良うなってきた。」
「希美の名前を・・・・・。」
「ずっとうなされてたんやで。『来るな!』とか『離れろ!』とか、まるで何かに襲われてるみたいやった・・・・。」
「・・・・・それマジ?」
「大マジや!ほんまに死んでまうんかと思ったわ!」
朱里はまた泣き出し、克博が肩に手を回して抱き寄せた。
「あの時のお前、まるで死神に追いかけられてるみたいやったで。どうなるんかと心配してると、急に希美ちゃんの名前を叫んで・・・・。
それからや、急に元気に成り始めたのは。救急隊の人もビックリしてたで。どうなっとんか分からんって。」
そう言って克博は笑ってみせた。
俊一はやや目を伏せながら二人に顔を向けた。
「あのな・・・俺、悪夢を見たんや。」
「悪夢?」
克博と朱里は同時に首を捻った。
「そうや。とんでもない恐ろしい悪夢やった。でも・・・希美が助けてくれたんや・・・・。」
「希美ちゃんが?それ、詳しく聞かせてくれや。」
俊一は頷き、あの恐ろしい夢を思い出した。たどたどしい説明だったが、皆は真剣な顔で黙って聞いていた。
全てを話し終えると、突然気分が悪くなった。そして近くにあったビニール袋を掴み、顔を突っ込んで嘔吐した。
「大丈夫か?先生呼んでこよか?」
「いや、ちょっと気持ち悪くなっただけやから・・・。」
心配する母の言葉に首を振り、テーブルの上のお茶を飲んだ。
全員が黙りこみ、重い空気が漂う。
その空気を壊したのは、病室に入って来た一人の女だった。
「俊一!」
皆が一斉に振り向くと、そこには長い髪を後ろで括ったスタイルの良い女が立っていた。
「紗恵!」
俊一以外の全員が固まり、重い空気は気不味い空気に変わる。
しかし紗恵はおかまいないしに駆け寄り、俊一の手を握って心配そうに言った。
「さっき家に行ったら、俊一のお父さんに会ってな。あんたが病院に運ばれたって聞いて、心配になって飛んできたんや。」
「オトンが?なんでオトンがおんねん?仕事中ちゃうんか?」
すると母は首を振って言った。
「さっきまでお父さんもおったんよ。でも特に心配ないってお医者さんが言うから、とりあえず家に帰って必要なもん取ってくるって。」
「必要なもん?」
「あんた入院するねん。ここの精神科に。」
「はあ?精神科?ちょっと待てよ!なんでそんなとこに入院せなアカンねん!」
「なんでって・・・昨日から調子悪うなってたやないの。」
「いや、でも・・・俺はどっこも悪くないし・・・・・。」
「そんなことあらへん!またおかしなことになったらどうすんの?今日は克博君と朱里ちゃんが見つけてくれたからええけど、あのままやったら死んでたかもしれへんねんで。
もうこれ以上・・・・・心配させんといて・・・・。」
母は強く目を瞑って悲しい顔を見せる。その顔を見ていると、これ以上何も言い返せなかった。
「俊一・・・何があったん?」
紗恵が顔を覗き込む。
「・・・分からん。俺にも分からんわ・・・。」
顔を逸らし、窓の外の木を見つめた。風に揺れながら、陽を受けて青い葉っぱを輝かせている。
朱里は克博から離れ、紗恵の肩をつついた。
「ん?ああ、朱里ちゃん・・・。」
「ああ、朱里ちゃんやあらへん。あんたここへ何しに来たん?もう終わった女のクセに。」
「いや・・・それは俊一が心配になったから・・・。」
「そうじゃなくて、何で俊一の家に行ったん?あんたとっくの昔に別れた女やん。しかも結婚して海外に行くんやろ?やのに何で俊一の家になんか行ったん?」
朱里の口調は厳しかった。明らかに敵意を剥き出しにしていて、紗恵は肩を竦めて俯いた。
「ちょっと・・・困ったことがあって・・・。」
「困ったこと?何よ?」
「・・・宗方弓子って知ってる?」
その言葉に、俊一と朱里は凍りついた。
「あんた・・・何でその人のこと知ってんの・・・?」
朱里の顔は青ざめ、唇が震え出す。
「どうした?大丈夫か?」
克博が心配して手を握ろうとするが、朱里はそれを振り払って紗恵に詰め寄った。
「何であんたがその名前を知ってんのッ?」
「何でって・・・。」
紗恵は朱里の迫力に圧されて困惑する。しかしグッと顎を引いて睨み返した。
「俊一と付き合ってる時、その人に嫌がらせを受けてたからや。」
「嫌がらせ・・・?」
「そうや。無言電話を掛けてきたり、別れろとか手紙を出してきたり・・・。車にペンキぶちまけられたこともあったわ・・・。」
「それホンマかッ?」
俊一はベッドから飛び上がり、紗恵の肩を掴んだ。
「その話詳しく聞かせてくれ!頼む!」
「ええけど、肩放してえや。痛いから・・・・。」
「あ、ああ!すまん・・・。興奮してもて・・・。」
俊一は申し訳なさそうに俯き、ベッドに腰掛けた。
「あんたもあの人のこと知ってんの?」
朱里に尋ねられ、俊一は強く頷いた。
「希美の友達やろ?何回か会ったことがあんねん。」
「そう・・・。で、どんな印象やった?」
「なんというか・・・両極端な奴やなって・・・。」
「あたしと一緒やん!あいつ・・・ちょっと普通じゃなかったよな?」
「お前もそう思うか?俺もあいつに得体の知れんもんを感じることがあったんや。それと・・・実を言うとこの前連絡を取ろうとしたんや。」
「はあ?何でそんなことすんの?あんたの友達でもないのに。まさか・・・気があるとか?」
「違うわ!ちょっと気になることがあったんや。でも番号が変わってるみたいでな、別の知らん人が出たわ。」
そう言うと、紗恵は指をモジモジさせてとんでもないことを言った。
「宗方弓子って・・・もう死んでるで。」
「はあッ?」
「はいッ?」
ステレオのように俊一と朱里の声が重なり、病室に響き渡る。
「ちょっと俊一!病院の中で大きな声を・・・・、」
「オカンはちょっとは黙っといてくれ!今大事な話をしてんねや!」
俊一の剣幕さに、母は憮然として黙りこんだ。
「で、死んでるってどういうことや?」
「どういうことって・・・そのままの意味やけど・・・。宗方弓子って、去年の秋に自殺したんやで。」
「自殺?なんで!?」
「さあ・・・。人づてに聞いただけやから理由は分からんけど・・・。」
「それは確かな情報なんか?」
「どうやろ・・・私の友達の友達がその人と知り合いらしいねんけど、そう言ってたから。」
「そうか・・・。で、お前がさっき言ってた嫌がらせってどういうことなん?」
「どうもこうもないよ。どこから嗅ぎつけたんか知らんけど、私と俊一が付き合ってることを知ったみたいで・・・。なんでか電話番号もバレてたし・・・。
なんとか私とあんたを別れさせようとしてたみたいやで。嫌がらせの手紙とかもだいたいそんな内容やったし。」
「全然知らんかった・・・。なんで付き合ってる時に言わへんかってん?」
「だって、心配するかなと思って・・・・。」
「お前・・・相変わらず変なところで気い遣いよるな。どうでもええとこでは強引なクセに。」
紗恵は機嫌が悪そうに唇を尖らせ、またしてもとんでもないことを言った。
「あの子な・・・なんか整形してたらしいで・・・。」
「整形?」
「うん。だって美人ってわけじゃなかったやん?だから全部整形して生まれ変わるって。」
「それも確かな情報なんか?」
「・・・微妙やな。これも人づてやし・・・・。」
俊一と紗恵、そして朱里は暗い顔で俯く。克博は不機嫌そうに眉を寄せ、俊一を睨んだ。
「何の話か分からん。俺にも説明してくれや。」
「ああ、お前は知らんのやったな。」
俊一が腕を組んで説明しようとすると、母は急に立ち上がってバッグを掴んだ。
「どこ行くねん?」
「一階の喫茶店。ただでさえあんたのことで心配やのに、そんな話聞かされたら余計に気が滅入るわ。あとは若いもん同士でやってんか。」
「ああ、ごめん・・・。」
「別にええよ。だんだん元気になってるみたいやし。下におるから何かあったら呼びに来て。」
「うん、ありがとう。」
母はいそいそと病室を出て行き、俊一は胡坐を嗅いで克博を見上げた。
「宗方弓子っていうのはな・・・・・・、」
俊一は手ぶりを交えて説明していく。途中で朱里と紗恵が合いの手を入れ、克博は神妙な顔で聞いていた。
「・・・なんか、痛い女やな・・・。」
「あ、やっぱりカッちゃんもそう思う?」
「そらそうやろ。そんな嫌がらせして、そんで整形までして、最後は自殺やろ。どう考えても普通の奴と違うやろ。」
「そうやねん。普通の奴と違うねん。なんか・・・気味が悪くなる雰囲気があんねん。」
また重い空気が流れるが、紗恵が唐突に手を上げて質問した。
「あの・・・、もしかして朱里ちゃんと四島君って付き合ってんの?」
「そやで。カッちゃんはあたしにベタ惚れやねん。」
「はああ・・・そうなんや。なんか意外。」
「何が意外やねん?」
「だって、四島君って面食いやと思ってたから・・・。」
「ちょっと!それどういう意味?」
「いやいや、そういう意味とちゃうけど・・・。」
「お前ら、こんな所でバトルするなよ。」
俊一はベッドから立ち上がり、腕を組んでうろうろし始めた。
「あ、落ち着かんようになってる。」
「ほんまや、これまたヤバいんとちゃうか?」
朱里と克博が茶化すように笑う。
「うるさい!ちょっと考え事しとんや。」
ぶつぶつ呟きながらベッドの周りを歩き、急に足を止めて振り返った。
「克博、朱里。」
「ん?」
「何や?」
「うちのオカンを説得してくれ。」
「説得?」
俊一は真剣な顔で昨日の夜のことを話した。朱里の家に行こうとしたら幽霊が現れたこと。
そしてその幽霊が写った写真が消えてしまったこと。
その話を聞いた朱里は恐怖に青ざめ、克博は顔をしかめて難しい表情をしていた。
「お前らやったら、俺の言うてることが嘘じゃないって分かってくれるやろ?
だからオカンを説得してほしいねん。精神科に入院せんでもええって。」
「別にええけど・・・。」
「ん?どうした朱里?暗い声出して。」
「いや、実はあたしも昨日の夜に、似たようなことがあったから・・・。」
「ああ、あのメールのことか?希美から来たって?」
「そう。部屋に誰かの視線を感じて逃げ出そうとしたんや。そしたら蛍が横切って・・・・、」
朱里も昨日の夜のことを説明し、ぶるっと肩を震わせて腕をさすった。
「そうか・・・また蛍が・・・。」
「それでケータイぶっ壊して、ベッドに引きこもってた。」
「・・・・・・・・・・。」
「なあ俊一。あんたこの前冗談で言うたやん。姉ちゃんが蛍に生まれ変わったって。あれな、もしかしたらほんまのことかもしれんで。」
「・・・そやな。俺も今となっては冗談とは思えんわ。何となく言うただけやのに・・・。」
俊一はしばらく目を閉じて考え、一人で頷いて手を叩いた。
「まあ色々ごちゃごちゃしとるけど、今はさっき言うたこと頼むわ。」
「ああ、おばちゃんの説得。」
「そうや。ちょっとやらなアカンことがあるから、こんな所に入院なんかしてられへん。」
「やらなあかんことって何?」
「後で説明する。ああ、それと紗恵。」
「ん?何?」
紗恵は長い髪を揺らして首を傾げる。
「聞きそびれたけど、お前がここに来た理由って宗方弓子が関係してんのか?」
「うん・・・。あのな、信じられへんかもしれんけど、私も一緒やねん。」
「一緒?一緒ってまさか・・・。」
「そう、俊一と朱里ちゃんと同じように、幽霊を見たんや。」
「・・・・・マジで?」
「マジ。ほら、あの日俊一に頼まれて写真取りに行ったやん、蛍の。それであの時写った幽霊が、夢の中に出て来るようになってん。」
「・・・背筋が寒くなるな。」
「それで今日の朝な、その幽霊を実際に見たんや。朝起きてカーテンを開けたら、そこに女の顔が浮かんでた・・・。」
「ほんまかッ?お前大丈夫やったんか?」
「すぐ逃げたから大丈夫やったけど・・・。それからは怖くなって部屋には入ってへん・・・。
そのことを相談しようと思って来たら、あんたのお父さんから病院に運ばれたって聞いてん。」
「そうか・・・。お前も幽霊の被害者か・・・・。」
この場にいる三人の人間が、ここ数日の間に心霊現象を体験している。
そしてそれが始まるようになったのは、あの場所に蛍を見に行ってからだった。
「私な、あの幽霊を見た時にピーンと来たんや。あ、これ絶対に宗方弓子やって。」
紗恵は確信を持ったようにそう言った。
「なんでそう思ってん?」
「・・・分からん。でもそういう直感が働く時ってあるやん。言葉では上手いこと説明出来へんけど、感覚的に悟るっていうか・・・。」
「虫の知らせみたいなもんか?」
「まあそんな感じかな。虫の知らせを受けたことがないから知らんけど・・・。」
「でもお前って、宗方弓子に直接会ったことあんの?」
「一回だけ。俊一と付き合い始めてから、一ヶ月後くらいやったかな?いきなり家に来て、無言で去って行ったけど・・・。」
「でもあの幽霊ってすごい美人やんな。宗方弓子とは似ても似つかん感じやけど・・・。」
そう言うと、朱里が青ざめた顔のまま呟いた。
「宗方弓子って整形してたんやろ?それなら顔が変わってるのは当たり前ちゃうんかな・・・・・?」
「ああ!確かに・・・・・。」
紗恵は納得して頷き、俊一は朱里と同じように青ざめていった。
《間違いない・・・。俺が感じてたモヤモヤはこれや・・・。あの幽霊って、どっかで会ったことがある気がしてたんやけど、宗方弓子なんや・・・。
だからあいつのことがあんなに気になってたんや・・・。》
黙りこむ三人を見て、克博が声を張り上げた。
「ここは葬式会場か!暗いわお前ら!」
「病院で大きな声出さん方が・・・。」
紗恵が顔をしかめて言うが、克博は首を振って言った。
「ええか!うじうじしとってもしゃあない!ここは一発、宗方弓子とかいう女の所に行ったろやないか!」
「いや、もう死んでんねんで?」
「朱里ちゃん、君はこのままでええんか?幽霊だの宗方だの、スッキリせえへんままでええんか?」
「そらええことはないけど・・・・。」
「なら行こうや。その女の家に行ったら、全てがハッキリするやろ。」
克博は威勢良く吠え、病室を通りかかった看護士に怒られた。
「・・・ええか?何でも溜めこんだらアカンねん・・・。外に出さなアカン・・・・。ウンコと一緒や。」
「急に声ちっちゃくなったな。例えも下ネタやし。」
「そんなことはどうでもええねん。行くんか行かへんのかどっちや?」
なぜか踏ん反り返って胸を張る克博。その姿が可笑しくて、俊一はここへ来てから初めて笑った。
「お前はほんまに勢いあるよな。」
「それが俺の取り得や。」
「それしか取り柄がないけどな。」
「朱里ちゃん、それひどいわ・・・。」
「ああ、あと床上手。皮被ってるけど。」
「い、いや・・・だからそういうことは・・・・。」
俊一は声を上げて笑い、ベッドに座り込んだ。そしてお茶で口を湿らせ、息を吐いて言った。
「確かに克博の言う通りや。うじうじしとっても始まらん。ここは一発、宗方弓子の家に行ってみるか。」
しかし朱里は腕を組んで困った顔を見せた。
「でも・・・誰か宗方の家知ってんの?」
「それは・・・・・。」
行くといっても場所が分からなければ意味がなく、俊一は意気消沈して顔をしかめた。
しかしあることを思い出し、表情を変えて朱里に指を向けた。
「希美の友達やったら知ってるかもしれん。ほら、地味な奴が二人おったやろ?」
「ああ、あれか・・・。でも連絡先とか知ってんの?」
「ああ、ケータイに入ってるはずや。昔に教えてもらったやつやから、番号変わってるかもしれんけど・・・。」
「んん〜、宗方の家になあ・・・・。」
朱里が唸っていると、紗恵は小さく手を上げて言った。
「私もついて言っていい?ちょっと怖いけど・・・。」
「おう!来い来い!こういうのは仲間が多い方がええ。」
克博は豪快に言い、紗恵は嬉しそうに笑った。
「よっしゃ!そうと決まれば早よ病院を抜け出さんとな。克博と朱里、悪いけどオカンの説得頼めるか?」
「おお、任しとけ。バッチリやったる。」
克博はグッドサインを見せ、朱里と一緒に病室を出て行った。
「こんな時でも手え繋ぎよるぞあいつら。バカップル度100パーセントやな。」
「ええやん。そんだけ仲の良い証拠や。」
紗恵はにこやかに笑い、後ろで手を組んで窓の外を見つめた。
「なあ・・・俊一・・・。」
「ん?なんや?」
「私な・・・・・・。」
歯切れの悪い声でもじもじと指を動かす紗恵。俊一は首を傾げて尋ねた。
「どうした?言い淀むなんてお前らしいないぞ。」
「ああ・・ええっと・・・。いや!何でもないわ。」
「なんやねん。言いたいことがあるんやったらハッキリ言えよ。」
「ええねん。大したことじゃないから・・・・。」
「お前がそう言う言い方する時は、だいたい大した時やねん。言うてみろよ。」
「いや、だからええって。・・・・ああ、そや!私カメラ取って来るわ。」
「カメラ?何でや?」
「何かの役に立つかもしれへんやろ。ちょっと家に帰って来るわ。すぐ戻って来るから。」
紗恵は長い髪を揺らして病室を駆け出していった。
そして入り口で顔だけ覗かせ、ニコリと笑って手を振った。
「・・・なんやねん。変なやっちゃ・・・。」
お茶を飲み干してゴミ箱に投げ捨てると、向かいのベッドの患者がニコリと笑った。
「可愛らしい彼女やな。兄ちゃんのコレか?」
初老の患者は茶化すように小指を立てた。俊一は苦笑いを見せ、布団を被って寝転んだ。

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