木立の女霊 第九話 死んでも消えない想い(2)

  • 2014.09.21 Sunday
  • 19:02
「黒くて長いもん?どれ?」
克博が指さした先には、人の髪らしきものが散らばっていた。
「うそ!何これ・・・。」
紗恵が怯えて後ろに隠れる。
「なんで人の髪が落ちてんねん・・・。」
「・・・克博。お前別の女を連れ込んだな?」
「アホ言え!俺は朱里ちゃん一筋や!」
「じゃあこの髪はなんやねん?どうも女の髪っぽいけど・・・。」
そう言って俊一が膝をついて見下ろした時、トイレから悲鳴が上がった。
「いやあああああああッ!」
「どうした!」
克博が慌ててドアを開けようとする。
「待って!今パンツ下ろしてんねん!ちょっと待って!」
中から朱里の声が響き、少し待ってからノックをした。
「もうええか?」
「うん・・・。」
克博はゆっくりとドアを開け、その途端に朱里が抱きついてきた。
「トイレに虫が浮いている!」
「虫?」
俊一と克博はトイレの中を覗き込んだ。すると便器の中に大量の黒い虫が浮いていた。
「なんや・・・これ・・・。」
「気持ち悪いな・・・。お前ちゃんと掃除しとんか?」
「当たり前や!こんなに虫が湧くことあるかい!それにこれ、便所に湧くような虫とちゃうぞ。」
克博はトイレットペーパーを手に巻きつけ、便器に浮かぶ虫を掴んだ。
「見てみい。これ蛍やぞ。」
「蛍?んなアホな・・・。なんで便所に蛍が・・・。」
その時背後で何かが光り、カシャンッ!という機械音が響いた。
「今度はなんやッ?」
慌てて振り向くと、紗恵がカメラを構えてクローゼットの中を写していた。
「お前何してんねん・・・。おどかすなや。」
「いや・・・なんか写るかなと思って・・・。」
そう言ってカメラをいじり、何回もシャッターを切っていく。
「嫌や!怖い!」
「大丈夫や。みんながついてる。」
克博は朱里を抱き寄せ、クローゼットの中をじっと睨みつける。
「ついでにトイレも撮っとこか。」
紗恵は蛍が浮かぶ便器に向けて、数回シャッターを切った。
「もうええやろ。」
俊一が言うと、紗恵はカメラを渡してきた。
「怖いから俊一が見て。」
「何やねんそれ・・・・。」
俊一はしぶしぶカメラを受け取り、たくさんあるボタンを見て顔をしかめた。
「どれを押したらええねん?こんなごついカメラの操作なんか分からんわ。」
「ここのボタン。」
紗恵はポチっとボタンを押し、撮った画像を表示させた。そしてサッと俊一の後ろに隠れた。
「自分で撮ったんやったら自分で見ろよ・・・。」
十字キーを押して画像を送り、先ほど撮った写真を確認していく。
「どれも普通の写真やな。変なもんは写ってないぞ。」
「ちゃんと最後まで見てよ。」
紗恵は俊一の服を掴んで顔だけ覗かせる。
「クローゼットの写真はおかしなとこはないな。トイレの写真も・・・変わったところはない。なんも写ってへんわ。」
そう言って次々に写真を送っていくが、途中で手を止めて画像に見入った。
「これ俺らやんか。」
「うん、さっき撮ったんや。」
「いつの間に・・・。」
液晶に表示される写真は、先ほど皆で座っている時のものだった。
朱里が克博に寄り添い、俊一はじっと前を睨んで神妙な顔をしている。
「こんなん撮ってるなんて気づかへんかったわ。」
「みんな話に夢中やったからな。何となく撮ってみたんやけど、上手いやろ?」
「そら上手いけど・・・黙って撮るなよ。」
「自然な表情がええんよ。それが人を撮る極意や。」
「偉そうに言いよって。」
俊一は紗恵にカメラを返した。
「どれもええ感じに写ってるなあ。もういっぺん写真に熱中してみよかな。」
紗恵はご機嫌に画像を確認していく。しかし途中で「ん?」と声を上げ、首を傾げながらカメラを操作していた。
「どうしたん?」
朱里が克博の手を引いて覗き込む。
「いや・・・ちょっとおかしいねん。写ってるはずのもんが写ってないんや・・・・。」
「・・・どういうこと?」
「ずっとみんなの表情を撮ってたんやけど、一人だけ写ってない・・・。ちゃんとシャッター切ったのに・・・・。」
「どれどれ。」
克博と朱里は顔を近づけて覗き込み、紗恵は怪訝な顔で画像を見せていく。
俊一は三人から離れて居間に戻り、ある異変に気づいて立ち尽くしていた。
そしてそっと床に膝をつき、ここにいるはずのない生き物の死骸を見つめていた。
「おい、みんな・・・・。」
画像を見ていた三人は、俊一に呼ばれて近づいて来た。
「なあ俊一・・・この写真やけど・・・。」
「分かってる。志士田が写ってないんやろ?」
「なんで分かるの?」
紗恵と朱里は身を寄せて怯え、克博は部屋の中を見渡していた。
「あれ・・・志士田は?」
彼は忽然と姿を消しており、克博は不思議に思って窓に近寄ってみた。
「鍵は・・・閉まってるな。玄関から出たんやったら、俺らの近くを通るから気づくはずやし・・・。どういうこっちゃ?」
紗恵と朱里、そして克博は困惑して顔を見合わせる。
「この写真にも写ってないし・・・どうなってんの?」
不穏な空気が恐怖を呼び、克博の表情さえ固くなっていく。
「おるぞ・・・ここに。」
俊一は重い空気を切り裂くように呟いた。
「志士田やったら・・・ここにおる。」
「どこにおんねん?隠れる場所なんかないぞ。」
そう言ってツカツカと歩いて来て、克博は俊一の足元を見つめた。
「ん?なんやそれ?」
「・・・蛍や。もう死んどる・・・。」
「ここにも蛍が・・・?でもどっから入って来たんや?窓なんか開いてへんし。」
「玄関から入って来たやんか、人の姿で。」
「人の姿・・・?お前まさか・・・それが志士田や言うつもりちゃうやろな?」
「いいや、言うつもりやで。それしか考えられへんやん。」
俊一は死んだ蛍を手に乗せて立ち上がった。
「お前らが写真を見てる時に、こっちに戻って来たら志士田はおらんかった。そんでこの蛍が死んでたんや。」
「そんなもん、あいつが置いていったんとちゃうんか?」
「じゃあどっから出て行ったんや?窓は内から鍵が閉まってるし、玄関から出たんやったら、俺らの近くを通ったはずやんな?」
「いや・・・そらそうやけど・・・。でもいくら何でもその蛍が志士田いうのはちょっと。」
「それだけやあらへん。これで確認してみたんや。」
俊一はポケットからケータイを取り出した。
「それが何やねん?」
「さっき志士田に電話を掛けたんや。部屋におらんから、どっか行ったんかと思ってな。でも・・・あいつには繋がらへんかった。」
「それは電源を切ってたからとちゃうの?」
「いいや、そうじゃない。別の人が出たんや。」
「別の人?」
克博は怪訝そうに顔をしかめる。すると紗恵が恐る恐る尋ねた。
「もしかして・・・番号の持ち主が変わってるってこと?」
「そうや。電話を掛けたら、まったく別の人が出た。」
「で、でも!」
朱里が紗恵の腕を握りながら身を乗り出した。
「あんたが志士田に電話を掛けてここへ呼んだんやろ?それやったら番号が変わってるはずないやん!」
「そうやねん。だから不思議なんや。」
「掛け間違えとかちゃうの・・・?」
克博が少し青ざめた顔で言う。
「いいや、それはない。メモリーに登録してあるんやから、間違えようがないやろ?」
「いや、だから別の登録してある人に掛けたとか・・・。」
俊一はケータイを操作し、発信履歴を見せた。
一番新しい履歴は『志士田利夫』になっていた。
「これが最後に掛けた電話や。ちゃんと志士田になってるやろ?」
「・・・・・・・・・・。」
誰もが口を噤み、この事実を認めたくないという風に俯いていた。
「でも・・・その蛍が志士田君っていうんやったら、トイレの蛍は何なん?それに人の髪の毛も散らばってるし・・・。」
「ああ、それなんやけどな・・・。」
俊一はケータイをしまい、手に乗せた蛍を見つめた。
「俺が病院で話した悪夢のことを覚えてるか?」
「悪夢って・・・お前が幽霊に追いかけられて、希美ちゃんに助けられたやつか?」
「そうや。」
すると紗恵は首を捻って尋ねた。
「悪夢って何の話?」
「ああ、お前には話してなかったな。実はな・・・・・、」
あの恐ろしい夢のことを説明すると、紗恵は肩を竦めて朱里に身を寄せた。
「あの夢の中で、俺は希美に助けられた。でも助けてくれたのは希美だけと違う。無数の蛍と、ミミズクのおかげなんや。
だからな、ここから先は俺の想像でしかないけど・・・ええかな?」
「もったいぶらんと早よ言え。ここまで来て遠慮すんなや。」
「それもそうやな。」
俊一は小さく笑い、あの悪夢のことを思い出しながら話した。
「おそらくやけど・・・この部屋に宗方弓子が来てたんとちゃうかな?」
「はあ?何を恐ろしいことを・・・。」
「でも考えてみ、あの濡れた地面と散らばった髪の毛を。クローゼットの中に、普通あんなもんが散らばってるわけないやろ?
お前が浮気してなかったらやけど・・・。」
「だからしてへん言うてるやろ!」
すると朱里はキッと克博を睨みつけた。
「カッちゃん浮気してんの?」
「いやいや、してへんて!俊一!ええ加減にせえよ!」
「悪い悪い、まあそれは冗談として、普通はあんなことにならんわな。でも・・・今ここにおる三人は、ここ数日の間に普通じゃないことを体験してんねん。
俺も朱里も、紗恵だって心霊現象を体験してる。そう考えるとやな、普通じゃありえへんことだって起こる可能性があるやろ?
一番シックリくるのが、宗方弓子がここへ来てたということや。死んだ後も、俺のストーカーを続ける為にな。」
「・・・何よそれ・・・めっちゃ気持ち悪い・・・。」
朱里が泣きそうな顔で紗恵に抱きつく。
「じゃ、じゃあ・・・トイレの蛍は何なん?なんであんなとこに蛍が死んでんの?」
「きっと・・・助けてくれたんとちゃうかな?」
「助ける?誰をや?」
「ここにおる人間。もっと正確に言えば俺やろな。」
そこで紗恵が声を上げた。
「ああ!だから悪夢の話をしたんか?蛍が助けてくれたから・・・。」
「そうや。多分宗方弓子はここで襲いかかってくるつもりやったんやろ。でも蛍がそれを防いでくれた。便所に浮かんでる蛍は、宗方弓子にやられたやつとちゃうかな。」
「ほな蛍が宗方を撃退したいうんか?」
「・・・いや、蛍は守ってくれただけや。ミミズクを呼んで。」
「ミミズク・・・・・?」
「あの悪夢の中に出て来た宗方が本物の幽霊やったとしたら、ごっつう手強い相手や。
押しても引いてもビクともせえへんかったからな。あの時蛍がピカピカと光って、それからミミズクが現れた。
そのおかげで助かったんや。俺だけやったら、とうにやられてたやろな・・・。」
また沈黙が流れる。あまりに馬鹿げた話だったが、誰も口を開こうとしなかった。
「だから言うたやろ。これは俺の想像でしかないって。」
それは誰もが理解していたが、俊一の話は妙に説得力があった。しかし克博は納得のいかない様子で言い返した。
「それやったら・・・お前が手に持ってる蛍は何やねん?そいつが志士田やっていうんやったら、ちょっと矛盾してないか?」
「矛盾?どういう風に?」
「だって蛍はお前を助けてくれたんやろ?でも・・・志士田は宗方と付き合ってたんやで。それやったら宗方の敵に回るようなことするか?」
「・・・それは・・・・。」
言葉に詰まる俊一だったが、その質問には紗恵が答えた。
「・・・志士田君・・・やっぱり納得してなかったんとちゃうかな?」
「何を納得してないねん?」
「だって・・・宗方さんて、志士田君のことどうでもええって思ってたんやろ。それどころか、ずっと俊一のこと好きやったわけやん。
そんな状態で恋人なんか続けられるもんじゃないと思う。だから・・・ずっと我慢してたんとちゃうかな?
自分のことを見てくれへん宗方さんに、嫌気が差してたんかもしれへんで?」
「・・・まあ・・・それは・・・・・。」
今度は克博が言葉に詰まった。しかしすぐに気を取り直して言い返す。
「でも全てはただの想像やん。あんまりにも現実離れしてるし、俺はそんなん信用出来へんわ・・・・・。」
その言葉には強い拒否感が込められていて、俊一と紗恵は黙り込んだ。すると朱里がおずおずと皆を見渡して言った。
「あのさ、ちょっとええかな?」
「ん?どうした?」
「いや、さっきから話聞いてるとな、それって志士田が死んでるってことが前提じゃないと成り立たへんよな?」
「まあ・・・そう考えたらそうやな・・・。」
「だからさ、志士田の家に行ってみいへん?あいつ近所に住んでるんやろ?
姉ちゃんの部屋は昔のまま残してあるから、どっかに志士田の住所とかあるかもしれへんで?」
朱里の言葉に、俊一と克博は顔を見合わせて頷いた。
「私もそれ賛成する・・・。このままモヤモヤして終わるの嫌やもん・・・。」
紗恵もこの提案に納得し、克博は「よっしゃ!」と声を上げた。
「こうなったらとことんまでやったろ!溜まったモヤモヤはウンコと一緒や!外に出さなスッキリせえへん!」
「その例えやめろや・・・なんか気が抜けるわ。」
克博の冗談に朱里と紗恵が笑い、俊一は蛍をティッシュに包んでポケットに入れた。
「ほな朱里の家に行くか。」
「いや、その前に掃除させてくれ。髪の毛やら蛍の死骸やら、気持ち悪うてしゃあないわ。」
俊一と紗恵は掃除を手伝い、朱里は気持ち悪そうに後ろから覗いていた。
掃除を終えて外に出ると、生温い風が吹きつけていた。初夏だというのに、肌寒さを覚えて腕をさすった。

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