木立の女霊 第十話 対峙する決意

  • 2014.09.22 Monday
  • 19:06
朱里の言う通り、希美の部屋には志士田の住所を記したアドレス帳が残っていた。
それを頼りに志士田の家までやって来たが、彼の母に意外な事を聞かされた。
「行方不明なんです・・・。去年の秋ごろから・・・。」
「行方不明ですか・・・?」
痩せ形で疲れた顔をした志士田の母は、胸の前で手を組み、落ち着かない様子で話した。
「一応警察に相談はしたんですけど、事件性が無い限りは捜せないって言われて・・・。」
「でも・・・息子が行方不明なんですよね?普通は捜してくれるんじゃ・・・。」
「その・・・書き置きがあったんです。」
「書き置き?どんな書き置きですか?」
「ちょっと待ってて下さい。」
志士田の母は腰を上げ、階段を上がって二階へ行った。
俊一は出されたお茶を飲みながら、殺風景な家の中を見渡した。
「なんか・・・時間が止まってるみたいな家やな。すごい寂しい感じがする。」
「そら息子が行方不明やからな。賑やかな部屋やったらおかしいやろ。」
「いや、そういう意味じゃなくて・・・。」
朱里と間のずれたやり取りをしていると、志士田の母が一枚の紙を持って戻って来た。
「これなんですけど・・・。」
そう言ってテーブルの上に萎れた紙を置く。
俊一は頭を下げてそれを手に取り、横の三人が首を伸ばして覗き込んだ。
『俺はクズや。どうしょうもないクズや。何の取り柄もない、見た目もパッとしないしょうもない男や。初めて出来た彼女も、俺の事は真剣に見てくれへん。
弓ちゃんには好きな男がおる。それは分かってる。でもいつか俺の方に振り向いてくれると思って、何でも彼女に尽くしてきた。どんなワガママでも聞いたし、どんなお願い事でも聞いた。
でも・・・やっぱり俺の事は見てくれへん・・・。ほんまに・・・どんな頼みでも聞いてきたのに・・・。もうええ、俺は生きてる価値なんか無いんや。
そう、俺はクズなんや。外見も中身もない、正真正銘のクズや。
だから・・・旅に出る。ちゃんとケジメをつけて、ここじゃない所へ旅に出る。俺は、生まれ変わらなあかんのや。だからお母さん、俺のことは捜さんといて。ごめんな・・・。』
俊一は何度も書置きを読み返し、息を吐いてテーブルに置いた。
「なんか意味ありげな書き置きやな・・・。」
朱里が口を尖らせて言う。
「これは警察には見せたんですか?」
俊一が尋ねると、母は小さく頷いた。
「持って行きました。でも・・・そのせいで警察は捜してくれなくなったんです。」
「どういうことですか?」
「利夫はもう大人ですから、自分の意志でどこかへ行ってしまったんだろうと・・・。事件性を臭わせるものじゃないし、多分恋愛関係のトラブルで悩んでたんじゃないかって。
だったら警察は何も出来ないと言われました。」
「ああ、あたしそれ知ってる。民事不介入ってやつやろ?」
朱里が胸を張って言うが、誰も相槌さえ打たずに黙っていた。
「元々大人しい子だったから、急にいなくなるなんて考えられないんです。でも興信所に頼んで捜してもらうようなお金も無いし・・・。」
「あの・・・失礼ですが、もしかしてお父さんはいらっしゃらないんですか?」
「はい、大分昔に亡くなりましたから。だからあの子だけが家族だったんです。どこかにいるなら、早く帰って来てほしい・・・・。」
母は涙ぐみ、指で目尻を拭っている。涙もろい紗恵も同じように目尻を濡らし、小さく鼻をすすっていた。
克博は肘で俊一を突き、顔を近づけて小声で言った。
「・・・おい、どうする?行方不明なんやったら話聞かれへんで・・・?」
「・・・そやな・・・でも一個だけ確認したいことがあんねん・・・。」
俊一は背筋を伸ばして座り直し、書き置きを母に返して尋ねた。
「すみません。一つだけ聞いてもいいですか?」
「はい・・・何でしょうか?」
「利夫君って、車を持ってますか?」
「車ですか?持ってますよ。」
「その車を見せてもらうことって出来ますかね?」
「すいません。今は無いんです。多分利夫が乗って行ったんやと思いますけど・・・。」
「じゃあ利夫君は、自分の車に乗って行方不明になったってことですか?」
「多分・・・そうやと思います。それ以外考えられへんから・・・。」
「じゃあその車って、最近何か変わった所はありましたか?」
「さあ・・・。私はほとんど車に近づかへんから、よく分かりませんけど・・・。」
「そうですか・・・。」
俊一はガックリと肩を落とし、克博がまた小声で聞いてきた。
「なんで車のことなんか聞くねん?」
「ちょっとな・・・気になることがあって・・・。」
俊一と克博は小声で話し合う。すると母は書き置きを手にして呟いた。
「でも・・・あの子がおらんようになる前、ちょっと変わったところがあったんです。」
「変わったところ?どんなところですか?」
「特別なことじゃないですけど・・・すごい元気が無いというか、何かを考えてるというか。まるでずっと自分を責めてるような感じでした。ブツブツ独り言も多かったし・・・。」
「それっていつ頃くらいから?」
「・・・去年の夏前くらいやったかなあ・・・。急に元気が無くなって。でも中々自分の感情を表に出さん子やったから、何があったんかは知りませんけど・・・。」
「そうですか・・・。去年の夏前から・・・。」
俊一にはある考えがあった。しかしそれを志士田の母の前で言うわけにはいかず、お茶を飲み干して立ち上がった。
「お忙しいところをすみませんでした。お話聞かせて頂いてありがとうございます。」
「ああ、いえ・・・あの子の友達が家に来るなんてほとんどなかったですから。
こっちこそ、ありがとうございました。久しぶりに息子のことを話せて、ちょっと楽になりましたから。」
俊一が目配をすると、横の三人も立ち上がった。母は玄関まで見送りに来て、頭を下げて言った。
「もしあの子のことで何か分かったら、何でも教えて下さい。」
「はい、もちろんです。それじゃあ失礼します。」
俊一達は会釈を残して外に出る。母はゆっくりと玄関のドアを閉め、四人はその様子を振り返った。
「なんか可哀想やな・・・あのお母さん・・・。」
「うん・・・。たった一人の家族やのに・・・。」
朱里と紗恵はしんみりとして俯くが、俊一は別の意味で俯き、暗い顔をしていた。
「どうした?お前もしんみりしてんのか?」
克博が尋ねると、俊一は首を振って重い息を吐いた。
「ちょっとな、考えたくないことを考えてたんや・・・。」
「なんやねんな?抱え込まんと言うてみろよ。」
俊一は頷き、志士田の家を見上げながら言った。
「去年希美が死んだやろ。あれは・・・事故じゃなかったんちゃうかと思ってな・・・。」
「事故じゃない?ほな何やねん?」
「志士田の書き置きを読んだ時に、直感みたいなもんが働いた。あの書き置きの中にこう書いてあったやろ、『弓ちゃんの頼みは何でも聞いた』って。
だから・・・もしかしたら、希美を撥ねた奴って志士田ちゃうかと思ってな・・・。」
「はあ?何を馬鹿なこと言うて・・・・、」
呆れた声で言い返す克博だったが、紗恵と朱里がその言葉を遮った。
「実はあたしもそう思った・・・。お母さんの前やからよう言わんかったけど・・・。」
「うん、多分何にも感じてないのカッちゃんだけやで。」
「おいおい、何やねん。人を鈍い奴みたいに・・・。」
克博は不機嫌そうに三人を睨むが、朱里はそれを睨み返して言った。
「あの書き置きをよく思い出してみいな。志士田は宗方の為やったら何でもしたんやで。どんなワガママでも聞いたし、どんな頼み事でも聞いたって書いてあったやんか。
だから・・・・・・、」
「だから?」
問い返す克博だったが、朱里は言いづらそうに口を噤んだ。そして代わりに紗恵が答える。
「志士田君は、宗方さんに頼まれて希美ちゃんを撥ねたんかもしれん・・・。」
「はあ?なんでそんなことすんねん?」
「だって宗方さんは俊一のストーカーなんやで。俊一と仲の良い女の子は気に食わへんはずや。実際に私も嫌がらせを受けたわけやし。」
「でも希美ちゃんは彼女とちゃうやんか。」
「そう、彼女じゃないよ。でも・・・ある意味恋人以上の関係やんか。
私が付き合ってる時だって、二人の間に入る隙間はなかった。それが原因で別れたようなもんなんやから。
それくらい二人は強い絆で結ばれてた・・・。それなら、宗方さんは希美ちゃんのことを恨んでてもおかしくないやろ?」
「いや、そらそうやけど・・・。でも普通そこまでするか?」
克博は納得のいかない様子で腕を組む。しかし俊一は静かな声で言い返した。
「普通やったらそこまでせえへんやろな。でも宗方を普通の奴と思うか?色々とあいつのことが分かって来たけど、明らかに普通じゃない奴や・・・。」
「・・・でも、それやったら希美ちゃん・・・殺されたってことになるで?」
「・・・そうやな。希美を撥ねた奴はまだ捕まってないから、真相は分からん。でも・・・宗方が関係してるのは間違いない・・・。」
全てのことは想像でしかないが、俊一には確信があった。宗方弓子が希美を殺したと。
しかしその宗方弓子はもういない。そして志士田は行方不明。
これ以上何かを調べるのは無理だと思い、克博は皆に言った。
「宗方は死んでるし、頼みの綱の志士田は行方不明。もう無理やな・・・。」
「何が無理なんや?」
俊一は威圧的な声で返す。
「だって何の手掛かりもないんやで?これ以上何を調べるいうねん?」
「お前・・・何か勘違いしてないか?」
「勘違い?何がや?」
克博も威圧的な声で返す。
「ええか。俺らは探偵ごっこやってるんと違うで。志士田が行方不明なんてどうでもええねん、あのお母さんには悪いけどな。
それと・・・希美が事故死やったかどうかなんて、今さら分からんのや。どっちにしたって、希美が生き返るわけじゃないんやし・・・。
俺が知りたいのは唯一つ。いま身の周りで起こってる心霊現象のことや。
宗方弓子が関係してるのは間違いなさそうやけど、あいつはもう死んでんねん。それやったらどうするか?」
「どうするねん?俺がさっき言うた通り、何の手掛かりも無いんやぞ。」
「いや、ある。」
俊一はハッキリと言い切った。強い目で、強い口調で、確信を持って言い切った。
「なんやねん・・・えらい自信たっぷりに・・・。」
俊一はポケットに手を入れ、ティッシュを広げて蛍を取り出した。
「俺が病院で言うたことを覚えてるか?」
「ん?何か言うてたっけ?」
「ああ、やらなあかんことがあるって言うたんや。」
「あたし覚えてる。えらいカッコつけて言うてたもんなあ。」
「別にカッコはつけてないけど・・・。」
「あたし気になってたんや。やらなアカンことって何なん?」
朱里は興味深そうに顔を寄せる。
「・・・実はな、こっちから乗り込んだろうと思ってんねん。」
「乗り込む・・・って、どこに?」
「幽霊のおる場所に。」
「幽霊のおる場所!もしかして・・・あの蛍の所?」
紗恵が怯えながら言う。
「そうや。元々はあそこに行ってから始まったんや。あの日から俺らの周りでおかしなことが起こり始めてる。それに・・・どうも蛍ってのが重要な気がするんや。
それやったら、もう一回あそこに行って確かめたろうと思ってな。」
「でも確かめるって・・・何をどうすんの?」
「あの場所に行って幽霊に会うことが出来たら、全ての謎はハッキリすると思うねん。俺・・・今度は逃げへん!つけ回されてばっかりはゴメンやからな。
だからもし幽霊に会うことが出来たら・・・・・戦うしかないやろ。」
「戦うって・・・・相手は幽霊やで?どうやって戦うの?」
朱里が疑問符の浮かぶ顔で首を傾げた。
「何も殴り合いをするわけとちゃうで。ほら、お前居酒屋で言うてたやんか、幽霊は伝えたいことがあるから現れるって。
だから幽霊が出て来たら、逃げるんじゃなくて向かい合うんや。それで・・・そいつが何を伝えようとしてるかを聞く。」
「なんか・・・カウンセリングみたいやな。」
首を傾げたまま、朱里の眉に皺が寄る。
「でも襲いかかって来たらどうする?私・・・幽霊となんか戦いたくないで・・・。」
紗恵は肩に掛けたカメラのストラップをギュッと握りしめ、不安そうに言う。
しかし俊一は安心させるように笑った。
「大丈夫、そうなったら俺を残して逃げてくれ。怖かったら今ここで降りてくれてもええで。」
「そんな言い方されたら、逆に降りにくいわ・・・。」
紗恵の困る顔を見て、俊一はポンと肩を叩いた。
「正直な・・・あんまりええ予感はせえへんねん。あの場所に行ったら、多分良くないことが起こると思う。でも・・・これ以上ビクビクしてるのは嫌やねん。
幽霊にしろ人間にしろ、ストーカーされるのはゴメンや。だから・・・ここらで向き合わんとあかん。これは俺の問題やから、みんなを巻き込むつもりは無いで。
嫌やったらなんも気い遣う必要はない。ここで降りたらええねん。」
「・・・俊一・・・・・・。」
紗恵は切ない顔でカメラを握る。そして覚悟を決めたように頷いた。
「私も行くよ。怖いけど・・・ここで降りるのは嫌や。私だって幽霊を見たんやし。それにあの幽霊が宗方さんやとしたら、逃げるのはゴメンや。
なんで死んだ後までつき纏われなあかんの?自己中なのもええ加減にしてほしいわ。」
怒りを含んだ声でそう言い、「私の武器はこれや!」とカメラを掲げてみせた。
「俺も行くぞ。ここまで来たら最後まで付き合うわ。」
「おお、克博。やっぱり勢いだけはあるな。」
「それが取り柄やからな。それにお前は何でも一人で抱え込むから、近くで見とかんと心配なんや。」
「お前は俺のオカンか。」
俊一は笑い、朱里の方に目を向けた。
「お前は・・・・家におるか?」
「嫌や!あたしも行く!そら怖いけど・・・でも大丈夫!きっとまた姉ちゃんが守ってくれるから。」
「そうやな・・・。希美はお前のこと大事にしとったから、きっと守ってくれるわ。」
「それに姉ちゃんにメールで言われたからな。俊一に力を貸してあげてって。
だから協力したる!でも事が終わったら本骨ラーメン奢ってや、四杯くらい。」
「だから太るぞお前・・・。」
朱里の冗談で皆が笑い、克博が「よっしゃ!」と声を上げる。
「ほな今日の夜に行ってみよう。それまで俺の家で焼き肉でも食べようや。」
「ええなそれ!女子は金出さんでもええよね?」
「当たり前や。俺と俊一の奢り。最後の晩餐や!」
「だからさあ、毎回嫌な例えをするなや・・・。」
四人は冗談に笑いながら志士田の家を後にする。
克博と朱里は腕を組んでイチャつき、紗恵はカメラを向けて二人を撮る。
俊一は足を止めて志士田の家に引き返し、手に乗せた蛍をそっと庭に埋めてやった。

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