木立の女霊 第十一話 闇から這い出る死者

  • 2014.09.23 Tuesday
  • 15:46
四人は克博の車でのあの蛍の小川に来ていた。
「うう・・・気持ち悪い・・・。」
「大丈夫?顔色悪いで・・・。」
朱里は今にも吐きそうな勢いで身を屈める。
「お前飲み過ぎやねん。ビール三本にワイン一本やぞ。」
「だって怖いんやもん。酒で誤魔化そうと思って・・・。」
俊一は呆れた顔で息を吐き、克博が背中を撫でて心配そうにしていた。
「車の中おるか?」
「嫌や!一人だけ残ったら余計怖いもん!」
そう叫んだ途端に嘔吐し、紗恵がハンカチで口元を拭ってやる。
「出だしから締まらんなあ・・・。」
朱里が落ち着くまで待ち、気を取り直してから出発した。
「ここから遠いんか?」
「いいや、百メートルほどやからすぐや。」
俊一は懐中電灯を取り出し、スイッチを入れて土手を歩いて行く。
「なんか・・・不気味やわ・・・。」
「だから家におれって言うたのに。」
空には厚い雲が覆っていて、辺りは完全な暗闇だった。
山の麓に流れる小川の音が妙に不気味に聞こえ、時折風が木立をゆらしてざわめきが響く。
土手の砂利を踏みしめる足音が緊張感を掻きたて、四人の心に不安と恐怖が湧き上がる。
皆は黙って歩く。気を紛らわす為に何かを話したいと思うが、思うように言葉が出てこなかった。
「ここや。」
俊一は足を止め、木立の中に懐中電灯を向けた。
「蛍がおらんな?もう時期が過ぎたんか?」
「いや、懐中電灯のせいや。消したらよう見えるで。」
そう言ってスイッチを切ると、周りに暗闇が押し寄せる。
しかしその代わりにポツポツと緑の淡い光が浮かび上がり、暗い木立の中を舞い始めた。
「おお!綺麗・・・・。」
朱里はパッと表情を明るくし、思わずその光景に見惚れる。
「そうやな、ほんまに綺麗や。余計なもんさえおらんかったらな・・・。」
再び懐中電灯のスイッチを入れ、木立の中に向ける。
闇を切り裂く橙の光が、暗い木立の中を映し出していく。
四人は注意深く木立の中を見つめ、恐怖と戦いながら意識を集中させる。
「・・・・・おる?」
朱里が不安そうに尋ねるが、俊一は首を振った。
「分からん。前はあのあたりにおったんやけど・・・。」
そう呟いて電灯を向けると、何かの顔が浮かび上がった。
「きゃああああ!出たああああ!」
朱里は克博の後ろに隠れ、紗恵は唾を飲んで後ずさる。しかし俊一は落ち着いた様子で言った。
「あれはただの鹿や。この山にはようおるんや。」
「し、鹿・・・?」
朱里と紗恵は気が抜けたように息を吐き、ホッと安堵の顔を見せる。
「ん?どうした克博?」
「・・・・・・・・・・・・。」
克博は直立不動で立ち尽くし、足元を震わせて一点を見つめていた。
そしてゆっくりと手を上げ、木立の中に向かって指さした。
俊一は顔を強張らせてその指の先を追い、懐中電灯で照らした。するとそこには小さな影が動いていた。
「・・・あれは・・・野良猫か?」
「いや・・・違う。タヌキや。」
「ああ、この山は原生林やから、野生動物がようさんおんねん。そんなにビックリするもんと違うやろ。」
「そうじゃない・・・・。タヌキの足元をよう見てみい!」
「タヌキの足元・・・?」
震える克博の言葉を聞いて、注意深くタヌキの足元を見つめた。
そこは土が掘り返されていて、その中から何か丸いものが覗いていた。
カジカジと音を立て、タヌキはその『何か』に必死に齧りついている。
「何を食うてんねん?」
目を凝らしてじっと見つめると、そこには顔を逸らしたくなる恐るべきものがあった。
「あ、あれは・・・・・・。」
懐中電灯を持つ手が震え、思わず落としそうになる。
タヌキが必死に齧りついているもの。それは人の頭だった。かなり腐敗しているようで、肉がそげ落ちて骨が見えている。
しかし、それでもハッキリと人の顔だと分かった。
「な、なんで・・・?なんであんな所に人の頭が・・・・。」
幽霊を探しに来たつもりが、気がつけば死体の頭を見つけていた。それは心霊現象とは異なる生々しい恐怖感だった。
「おい俊一!引き返そう!これは警察に知らせた方がええで!」
「そ、そやな・・・。ちょっと車まで戻るか・・・。」
咄嗟に踵を返すと、何かにぶつかってこけそうになった。
「痛ッ・・・。何やねん・・・・って、紗恵!どうしたッ?」
「あ・・・あ・・・・アカン・・・。腰が抜けてもて・・・足が立たへん・・・・。」
その顔は血の気が引いて真っ青になっていて、手にしたカメラがカタカタと揺れていた。
「お前・・・まさか撮ったんか?」
「・・・勢いで・・・シャッター押してもた・・・。どうしよう・・・・。」
「撮ったもんはしゃあない。それも警察に見せよう。ほら、おぶったるから肩に手え回せ!」
「ご・・・ごめん・・・。ありがとう・・・・・。」
カメラを受け取り、背中に紗恵をおぶる。昔より軽くなったなと余計なことを考えながら歩きだすと、克博が困ったようにこちらを見ていた。
「朱里ちゃん・・・気を失ってるわ・・・。」
「だから家におれ言うたのに・・・。しゃあない、お前抱えたれ!」
「そ、そやな・・・。ふん!・・・・・って、けっこう重いな・・・。」
よろめきながら朱里を抱きかかえ、二人は顔を見合わせてから走り出した。
車までは百メートルほどだが、なぜかとても長い時間のように感じられた。
「まだ着かんのか?もうけっこう走ってるぞ!」
「もうすぐや!早よ行くぞ!」
片手で懐中電灯を持ち、片手で紗恵を支えて走る。息を切らせながら、必死に暗闇の土手道を駆け抜けていく。
しかしいくら走っても車は見えてこず、体力が尽きかけて足が遅くなった。
「そんなアホな・・・たった百メートルやぞ・・・。もう着いてもええやろ。」
「これちょっとおかしいぞ。絶対に百メートル以上走ってるって!」
克博の言う通り、確かに百メートルは過ぎていた。しかしいくら進んでも車は見えず、ついに体力の限界を迎えて足が止まった。
「ちょっと休もう・・・。すまん、一旦下りてくれ・・・。」
「ああ・・・ごめん・・・。」
そっと紗恵を下ろし、懐中電灯を落として大の字に寝転ぶ。克博も朱里を抱えたまま腰を下ろした。
「なんで車に着かへんのや?これおかしいやろ・・・・・。」
「・・・いや、それだけじゃないぞ・・・。もっとおかしなことが起こっとる・・・。」
克博は息を切らしながら木立の中を指さす。
地面に落ちた懐中電灯が暗闇を照らし、その先でタヌキが人の頭を齧っていた。
「なんでや・・・さっきと同じ場所やないか・・・。」
「そうや。あんだけ走ったのに、全然進んでないねん。」
「んなアホな・・・。いったいどうなって・・・・・、」
呆然としてそう言いかけた時、突然女の悲鳴が聞こえた。
『ぎゃああああああああああッ!』
一瞬にして全員が凍りつき、恐怖を通り越した悪寒が背中を駆ける。
ざわざわと木立が揺れ、蛍の光がポツポツと消えていった。
「な、なんや・・・・。誰かおるんか・・・・・。」
朱里を抱く手に力が入り、克博は必死に辺りを見回す。
紗恵はギュッと俊一に抱きつき、震える手でカメラを握りしめた。
・・・・・静寂が訪れる。風がやみ、小川の音さえ消えて無音の闇が広がる。
『ぎゃああああああああああああッ!』
再び闇を引き裂く恐ろしい叫びが響き、三人は身を寄せ合って木立の中を見つめた。
『逃げ出したい』
全員がそう思った。ここから一刻も早く逃げ出したい。
それは恐怖に負けたからではなく、確実に襲って来るであろう恐ろしい気配に怯えていたからだった。
『うううう・・・・・いやああああああああああ!』
耳を塞ぎたくなる雄叫びがこだまし、不安と恐怖が極限まで高まる。
紗恵は強く目を瞑って耳を塞ぎ、克博は唇を震わせて朱里を抱きしめた。
しかし俊一は違った。今までの三回の叫びは、間違いなくあの女の声だと気づいていた。
それが怒りと闘志を湧き立たせ、身体をカッと熱くして立ち上がらせた。
「来るんやったら来んかいコラアアアアアアッ!いつまでも調子乗ってんとちゃうぞこのクソボケエエエエッ!」
無音の闇に俊一の叫びが響く。それは暗い木立の中に吸い込まれ、溶けるように消えていった。
「おいコラ宗方ッ!ちまちま人のことつけ回しやがってッ!出て来んかいこのヘタレのダボハゼ女がッ!勘違いしてつけ上がるなよ!
ビビってるのは俺らとちゃう。お前の方とちゃうんか?おおコラアアアアアッ!」
俊一の怒りは止まらない。身体はますます熱くなり、怒号は獣の咆哮のように辺りに響き渡る。
「ビビってんなやコラアアアッ!お前から売った喧嘩やろ!何隠れとんじゃあああああッ!」
そう叫んで土手を駆け下り、小川を渡って木立の中へ走って行く。
「おい俊一!戻れ!」
克博の制止も無視し、人の頭が埋まる場所まで駆け寄った。
「どけこのクソタヌキッ!」
頭を齧っていたタヌキは怯えて山の中に逃げていく。
怒りで抑制の効かなくなった俊一は、腐乱した頭を掴んで持ち上げた。
「これか?これがお前か?この腐った頭がお前なんかああああ!」
掴んだ頭を振り上げ、思い切り地面に叩きつけて蹴り飛ばす。
腐乱した頭はサッカーボールのようにコロコロと転がって木にぶつかった。
「なんぼでも蹴ったるわ!オラ!どうしたコラ!何とか言うてみいボケエエエッ!」
ガツン、ガツンと鈍い音が響き、頭の骨にヒビが入っていく。
俊一は猛獣のように歯を剥き、目を見開いて蹴りを入れ続けた。
「もうやめろ!落ち着けって!」
克博が叫ぶが、俊一は止まらない。何度も何度も蹴り飛ばし、ついにはその頭を割ってしまった。
「あのアホ・・・恐怖に負けとるだけやないか・・・。」
克博は知っていた。繊細で傷つきやすい俊一は、追いつめられるとキレて手がつけられなくなることを。それは自分の心を守る為であり、こうなるとしばらくは抑制が効かなかった。
「クソッ・・・・。ごめん紗恵、朱里ちゃん頼むわ。」
「え?ああ・・・・・。」
紗恵の腕に朱里を押し付け、小川を渡って俊一の元に駆け寄る。
そして割れた頭を蹴り続ける俊一を羽交い絞めにし、力任せに抑え込んだ。
「やめろ言うてるやろ!落ち着かんかい!」
「じゃかあしゃああああ!放さんかいコラアアアアア!」
「ええから落ち着け!あんなもん蹴ってどうすんねん!冷静になれ!」
暴れる俊一を何とか抑え込み、彼が大人しくなるまで地面に押し付けていた。
やがて怒号の嵐は治まり、辺りに無音の闇が戻る。
「俊一・・・冷静になれ。怖いのは分かるけど、そんなことしたって何にもならん。」
「・・・はあ・・・はあ・・・・クソッ・・・。出て来い宗方・・・・。」
だんだんと息が落ち着き、熱いほどの怒りが収まっていく。
それと同時に途端に身体が震え、暗い木立の中が恐ろしい監獄のように思えた。
それは激しい怒りの代償だった。激昂するほどの怒りは、確かに恐怖を打ち負かすほどの力があった。しかしその怒りが収まった時、かえって冷静になってしまう。
それはバネのように感情の力を反転させ、先ほどよりもさらに恐ろしい恐怖に見舞われた。
《俺は・・・何をした?死んだ人間の頭を蹴り飛ばして・・・割ってしもた・・・。俺は・・・とんでもないことを・・・・何であんなことをしたんや・・・・。》
自分のしでかしたことを思い出してゾッとし、頭を抱えて呻きだす。
押し殺した声が細く重い泣き声に変わり、暗い木立の中にしんしんと響き渡った。
「俺・・・人の頭を割ってしもた・・・。呪われる・・・酷い目に遭う・・・。」
「大丈夫や。死んだ人間の頭を割ったから何やねん。生きてる人間ならアレやけど・・・。」
「でも・・・これ・・・ヤバイやろ・・・。何で止めてくれへんかってん・・・。」
「何回も止めたがな。今さら何を後悔してんねん、まったく・・・。」
うずくまる俊一を立たせ、服の汚れを払ってやる。そして肩に手を置き、小さく揺さぶって話しかけた。
「ええか、自分に負けんな。ほら、希美ちゃんもよう言うてたやん。『自分に負けたらあかん。怒りとか憎しみとか、それは自分に負けてるんや』って。
ええか、この場で一番ビビってるのはお前や。幽霊が怖いんじゃない。幽霊を怖がる自分にビビってるんや。」
「・・・そうやな。自分に負けたら・・・あかんよな。」
「そうや。まあ取り合えず向こうに戻ろうや。川に入ったから足がびちょびちょや。」
克博は笑いながら言い、俊一の背中を押して歩き出す。そして小川を渡ろうとした時、また女の悲鳴が響いた。
『ぎゃあああああああああッ!』
「またか!」
「おい、落ち着けよ!今は朱里ちゃんと紗恵の所に戻るんや!」
克博に引っ張られ、俊一は木立を睨みながら土手を駆け上がった。
そして元の場所に戻ると、倒れた朱里とストラップの千切れたカメラが落ちていた。
「あれ?紗恵はどこ行った?」
慌てて周りを見渡すが、辺りに人の気配は無かった。
克博は落ちている懐中電灯を拾い上げ、慎重に周りを照らした。
「お〜い!紗恵!どこや?」
電灯を動かしながら呼びかけるが、まったく返事がない。
「紗恵!どこ行ったんや?返事しろ!」
俊一も大声で呼びかけるが、その声は闇に吸い込まれるだけだった。
「車に戻ったんかな?」
「いや・・・さっき戻られへんかったやん。」
「ほなどこ行ったんや?」
克博は辺りを照らしながら呼び続け、俊一は困惑した顔で倒れた朱里の元に寄った。
「まだ気を失ったままか。まあその方がええかもしれんな・・・。」
膝をついて朱里を抱き上げると、彼女の足がカメラに当たった。
「これ・・・何でストラップが千切れてるんやろ?よっぽど強い力で引っ張らんとこんな風にならへんぞ。」
太いストラップは真ん中から真っ二つに千切られていた。それは力任せに引っ張って千切ったような、いびつな切れ方だった。
《紗恵・・・・・。》
俊一はカメラを拾い上げ、千切れたストラップを睨んでいた。

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