木立の女霊 第十二話 闇から這い出る死者(2)

  • 2014.09.24 Wednesday
  • 16:48
太いストラップは真ん中から真っ二つに千切られていた。それは力任せに引っ張って千切ったような、いびつな切れ方だった。
俊一は朱里を抱えたままカメラを拾い、ボタンを操作して画像を表示させた。
「これは・・・あの頭を撮った奴やな。これを掴んで蹴ってたんかと思うとゾッとするな。」
身を震わせながら画像を送り、液晶に映される写真を確認していく。
「これは焼き肉の時か・・・。こっちは志士田の家から帰る時やな。他に何か写ってないんか?」
十字キーを押しながら画像を送っていくと、ふと妙な写真が目に入った。それは克博のアパートに集まった時の写真だった。
俊一や克博、朱里が話し込んでいる。
「確か志士田が写ってないんやったよな・・・。」
まるでパソコンで加工して消したように、志士田だけがぽっかりと写真から抜けている。
しかしそのことは問題ではなかった。もっと奇妙なことが、この時の写真に起こっていた。
それは・・・・・紗恵が写っていることだった。
「なんであいつが写ってるんや?このカメラで撮ってたのは紗恵のはずやろ?」
紗恵は笑いながら俊一達と向き合い、身ぶりを交えて何かを喋っている。
その写真には俊一、朱里、克博も写っていて、志士田を除けばあの場にいた人間が全員揃っている。
「どういうことやろ・・・?おい克博!ちょっとこれ見てくれ!」
克博は素早く振り向き、電灯を向けてこちらに走って来た。
「どうした?」
「お前眩しいねん!ライト下げろや。」
「おお、すまんすまん。」
「ちょっとコレ見てくれや・・・。」
俊一は液晶を向けてカメラを差し出す。克博は膝をついてそれを覗き込んだ。
「これは今日の夕方やな。みんなええ感じで写ってるやん。」
「いや、感心しとる場合か。これ見て何かがおかしいと思わへんのか?」
「おかしい?何がおかしいねん?みんなちゃんと写ってるやんか。」
「だから、それがおかしい言うてんねん!このカメラにみんなが写ってるわけないやろ!誰が撮影してたと思ってんねん!」
「んん?誰が撮影してたって・・・・・、ああ!・・・な、何で紗恵が・・・・。」
「そうや。あいつがこのカメラに写ってるはずないんや。あいつがずっと写真を撮ってたんやからな。
お前と朱里はあの時この写真を見たんやろ?変やと思わへんかったんか?」
「いやあ・・・あの時は紗恵が操作しながら見せてくれたからなあ・・・。こんな写真は見せてもらってないで・・・。」
「それマジか・・・?」
暗闇の中に沈黙が落ちる。二人はじっと画像を睨みつけ、困惑して顔を見合わせた。
「他にも見てみた?」
「ああ、一応今日の写真は全部確認した。紗恵が写ってるのはこれだけや。」
「そうか・・・。まあええわ。とりあえずもう一回車に戻ってみようや。
ここにおってもしゃあないし。もしかしたら紗恵も戻ってる可能性があるやろ?」
「・・・そやな。とりあえずここから早いとこ逃げたいわ。」
「じゃあ朱里ちゃんは俺が運ぶわ。懐中電灯とカメラは頼むぞ。」
「分かった。」
俊一は頷いて朱里を預けようとする。しかしふと異変を感じて手を止めた。
「どうした?」
克博が強張った顔で尋ねる。俊一は何も答えず、朱里を寝かせて胸に耳を当てた。
「おい!どうしたんや?朱里ちゃんに何かあったんかッ?」
「シッ!黙って!」
俊一は耳に神経を集中させて、朱里の心音を聞く。
僅かに鼓動が聞こえるが、その音は耳を澄まさなければ聞こえない程弱いものだった。
「まずいぞ!朱里の心臓が止まりかけてる!」
「はあ!なんでや!」
「俺に聞かれても知るか!とにかくこのままやったらヤバイ。早よ車に運ぶぞ!」
克博は血相を変えて朱里を抱き上げ、全力で走り出した。
「ここに来てからおかしなことばっかりや。やっぱり来るべきじゃなかったか・・・。」
今さら悔いても遅く、顔をしかめてカメラと懐中電灯を握った。
そして克博に並んで走り、前を照らして土手道を駆けて行く。
先ほどとは違い、今度は確実に前に進んでいた。
百メートルの道を走り抜け、車のドアを開けて朱里を後部座席に寝かせた。
「紗恵はおるかッ?」
「ええっと・・・後ろまで見えへん。照らしてくれ!」
克博に言われて車内をくまなく照らすが、紗恵の姿は無かった。
「あいつどこ行ったんや!」
「まだ戻ってないんか・・・。でもこのままやと朱里ちゃんが・・・・・。」
思い詰めた顔で朱里を見つめる克博。
俊一は唇を噛んで顔を歪め、舌打ちをしてから木立の方を睨んだ。
「お前は朱里を連れて病院に行ってくれ!俺は紗恵を捜してくる!」
「一人であそこに戻るつもりか?」
「しゃあないやろ!紗恵を一人だけ残して行くわけにはいかへん!ええから早よ行け!」
「わ・・・分かった・・・。朱里ちゃんを病院に運んだらすぐ戻って来るからな!」
「いや、朱里を病院に運んだらその後は警察に行け!人の頭があったんやから動いてくれるやろ。」
「そ、そうやな・・・。ほなすぐ行って来るわ!あんまり無茶するなよ!」
克博は運転席に飛び乗り、エンジンを掛けて車を発信させた。
クラクションを鳴らして手を振り、街灯が照らす夜道を高速で走って行った。
「俺一人になってもたな・・・。朱里はあんなことになってまうし、紗恵はどこに行ったんか分からんし・・・。
これやったら、最初から一人で来といた方がよかったかもな・・・。」
暗闇に一人佇み、彼女達を連れて来たことを後悔していた。妹のように大事な朱里、かつての恋人である紗恵。
そして・・・この世で一番大切だった親友、希美。
どうして自分の周りの女は、普通じゃない目に遭うのか?
もしかしたら、自分のせいでみんなを不幸に巻き込んでいるんじゃないか?
そう思うとさらに後悔が強まり、先ほどの怒りとは別の意味で身体が熱くなってきた。
「俺は・・・誰も守れてないんや・・・。それどころか、いっつも守られてばっかりや。情けない・・・腹が立つほど・・・・情けないわ・・・・。」
握った拳に力が入り、プラスチック製の懐中電灯がミシミシと音を立てる。
『悔しい』
その言葉だけが胸を満たし、希美の言葉がふと蘇る。
《自分に負けたらあかん。怒りとか憎しみとか、それは自分に負けてるんや。》
頭の中でその言葉がリフレインし、希美の笑う顔が思い浮かぶ。
いつでも傍にあった、あの大切な親友の笑顔。もう二度と、その笑顔を見ることは出来ない。
俊一は腹を立てていた。それは希美を撥ねた人間にではなく、彼女を守ってやることが出来なかった自分に対してだった。
そして腹が立っても怒っているわけではなかった。
怒りは恐怖を打ち消すほど強力だが、長くは続かないし、我を忘れてしまう。
「忘れたらあかん・・・今日、何でここに来ようと思ったんかを・・・。」
それは戦う為だった。幽霊と向き合い、いったい何を伝えようとしているのかを聞かなければいけない。そうでなければ、恐らくこの現象は終わらない。
俊一は覚悟を決めた。
先ほどからビンビンと背中に殺気を感じていて、振り向くことを躊躇っていた。
身も凍るような冷たい視線が、自分に突き刺さっている。
それは恐ろしく、そして鳥肌が立つほど気持ち悪く、肌にねっとりと絡みつくような嫌らしい視線だった。しかしここで逃げ出すわけにはいかない。
短く息を吐き、腹を括って瞳に力を入れる。
そして拳を握ったまま、ゆっくりと後ろを振り返った。
「・・・・・・・・・・・・。」
辺りに闇が広がっている。静寂に包まれた暗い夜が、全ての光を奪っている。
そして・・・・その中に真っ白な女の顔が浮かんでいた。
闇からクッキリと浮かび上がり、じっとこちらを睨んでいる。
俊一はその顔を真っすぐに見つめた。恐怖はあったが、目を逸らすことは出来なかった。
ここで逃げれば何も変わらないし、それにこの女が獲物を追いかける猛獣のように襲いかかってくることが分かっていた。
しばらく二人は見つめ合う。女の顔は見れば見るほど美しく、思わず目を奪われるほどだった。
しかしその美しさはどこか不自然で、人工的に作られたもののように感じられた。
女は闇に浮かび上がったまま、ニコリと笑う。
その顔を見て、俊一は自分でも思いもよらない言葉が出て来た。
「お前・・・・・宗方と違うな・・・・。」
女は質問に答えず、ただ笑っている。美しく、そして不気味に・・・・・。
俊一は自分を奮い立たせ、一歩前に出た。
女の表情がわずかに変化し、笑った口元が真一文字に結ばれていく。
「お前は誰や?何で俺のことをつけ回す?」
女は答えない。俊一はもう一歩前に出て尋ねた。
「俺はてっきりお前が宗方やと思ってた。でも・・・・違うな。何でそう感じるんかは分からんけど、でも絶対に宗方じゃない。あいつはもっと違う雰囲気を持ってからな。」
俊一はさらに女に近づく。目を逸らさず、拳を握って足を前に踏み出して行く。
「なあ、教えてくれや。お前はいったい誰なんや?」
女はまたニコリと笑い、音もなくスーッと近づいて来る。
しかし俊一は逃げない。真っすぐに見据え、根の生えた木のようにしっかりと立っていた。
目前に女の顔が迫る。美しい顔が、真っすぐに迫って来る。
そして鼻が触れるかと思うほど近くで止まり、笑顔のまま言った。
《・・・誰だと思う?・・・いいえ、あなたは知っている・・・・。初めて会うわけじゃないもの・・・・。ちゃんと私のことを知っている・・・。》
その声は女にしては低く、そして妙に張りのある聞き取りやすい声だった。
彼女の声は俊一の記憶の深い部分を揺さぶり、眠っていた人物の顔を思い出させた。
「・・・ああ、確かに知ってるわ。俺は・・・一回だけお前に会ったことがある。あれは希美に呼ばれて家に行った時、お前もそこにおったな。
宗方と、志士田と、希美と・・・・そしてお前がおった。」
そう言うと女は嬉しそうに笑い、ふわふわと飛びまわって短い髪を揺らした。
《・・・良かった、思い出してくれたのね・・・・。でも一つ間違いがある・・・。私と会ったのは一回だけじゃない・・・希美のお葬式の時に会ってるわ・・・。
だから二回・・・・二回もあなたと会ってる・・・・・・。》
女はぎこちない動きで気持ち悪く飛び周り、木立に向かって奇声を発した。
それは耳を塞ぎたくなるほど鋭い叫びで、ビリビリと空気が揺れて木立がざわめいた。
すると、暗い闇の向こうで女の悲鳴が響き渡った。
『ぎゃああああああああああッ!』
「こ、これは・・・間違いない!これは宗方の声や!いったいどうなってんねん・・・。」
困惑する俊一を尻目に、女はなおも奇声を発する。
その度に宗方の悲鳴が聞こえ、女は可笑しそうにクスクスと笑った。
《なんや・・・何なんやいったい・・・・。》
息を飲んで悲鳴が聞こえる方を見つめていると、誰かがこちらに走って来る音が聞こえた。
ジャリジャリと土手道を踏みしめ、確実に俊一の方に向かっている。
じっと目を凝らして見つめていると、闇の中からクリーム色のワンピースを着た者が走って来た。もの凄い速さでこちらに駆けて来るが、その者には首がなかった。
さすがに恐怖を怯えて固まっていると、女は首のない身体に向かってふわっと飛んで行った。
そして吸い込まれるように顔と身体が繋がり、ワンピースを翻してこちらに走って来た。
よく見るとその手には丸い物を掴んでいて、こちらに走りながらポイっと投げて寄こしてた。
「な、なんや・・・・?」
思わず反射的に受け取ると、それは腐乱した人の頭だった。
頭蓋骨がパックリと割れ、いくつもヒビが入っている。
「これは・・・・さっき俺が蹴ってた頭やないか・・・・。」
震える手でそれを見つめ、地面に落として後ずさる。すると女はその頭を踏みつけ、ニコリと笑ってメキメキと潰した。
『ぎゃあああああああああああッ!』
潰された頭は空洞になった目を向けて絶叫し、ガクガクと顎を震わせている。
「ちょ・・・ちょっと待て・・・。もしかしてその頭は・・・・・。」
《・・・宗方弓子・・・・。あなたのストーカーだった人・・・・。あなたを困らせた・・・物凄く悪い女・・・・・・・。》
女は笑顔を保ったまま足に力を入れ、遂には踏み砕いてしまった。
『ギャアアアアアアアアアアア痛あああああああああいッ!』
恐怖を喚起する声が響き、小川も木立も波のようにざわめき出す。
そしてその悲鳴が消えると、潰れた頭の中から一匹の蛍が舞い上がった。
それは淡い光を点滅させ、暗い木立の中へと消えて行った。
「・・・あれは・・・宗方やな・・・。さっきのが宗方弓子やなッ?」
女は何も答えない。砕かれた頭を蹴り飛ばし、俊一に抱きついてきた。
その力は凄まじく、胸が圧迫されて呼吸が苦しくなった。
《ねえ・・・呼んで・・・・。私の名前を・・・呼んでよ・・・・。》
そう言ってさらに力を入れて抱きしめてくる。胸だけではなく背中も圧迫され、ミシミシと背骨が軋み出す。
《ねえ呼んでよ・・・私の名前・・・。知ってるでしょ・・・・?呼んでくれいないと・・・・私・・・・・・。》
女の力はさらに強くなる。抜け出そうとするにも、万力のような怪力で締められて身動きすら出来ない。
命の危険を感じた俊一は、声を振り絞って呟いた。
「・・・た・・・立花・・・・。立花美佐・・・・・。」
女は俊一の耳元で満面の笑みを浮かべ、ささやくように言った。
《・・・嬉しい・・・。やっと・・・やっと私の名前を呼んでくれた・・・・。》
そしてベロリと俊一の顔を舐め、強く抱きしめたままキスをしてきた。
嫌らしいほど唇を貪り、目を見開いて舌を絡ませてくる。
「ぐうッ・・・・・がはッ・・・・・。」
《・・・ねえ・・・私のこと好きって言って・・・・。愛してるって言って・・・・。》
女は真っ白な顔に血走った目を浮かばせながら、吐き気がするほど気持ちの悪いキスをしてくる。
「・・・だ、誰が・・・・、誰が言うか・・・・・この変態女・・・・・・。」
女の顔は一瞬にして怒りに歪み、抱いた腕に力を入れた。
「・・・がはッ・・・・・や・・・やめ・・・・・・・、」
俊一は聞いた。自分の背骨がミシミシと悲鳴を上げ、ボキリと折れる鈍い音を。
激痛が走って白目を剥き、痙攣しながら涙を流す。
女の顔が滲んで見え、プツリと意識が途切れて真っ暗な闇に落ちていく。
消えかかる命の中で、ふわりと舞う蛍の光が見えた。

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