木立の女霊 第十三話 木立の女霊

  • 2014.09.26 Friday
  • 17:43
私の名前を覚えていてくれたなんて嬉しい・・・。
あなたの言った通り、私は立花美佐。希美の友達よ。
初めて会ったあの日から、ずっとあなただけを見ていた。だって、私とあなたは運命の赤い糸で結ばれた恋人なんだもの。
なのに・・・色んな人がそれを邪魔するの・・・・。
まずは宗方さん・・・あの人はずっとあたなのことをつけ回していた。私と同じようにあなたに一目惚れして、コソコソとストーカーみたいにつけ回していたわ。
まったく・・・汚らわしい女よね。私とあなたとの間に入る隙間なんて無いのに、あんなに必死になっちゃって・・・。だからね、私はあなたを助けようとしたの。
志士田君のことは知ってるわよね?あの宗方さんと付き合っていた、地味で貧相な男。
彼も可哀想よね。あんな馬鹿な女を好きになっちゃって、しかも全然自分の方を見てもらえないんだからさ。ああいうのを、女心に疎いっていうのよね。
志士田君はそのことを悩んでいて、いつも私に相談していた。
それはもう真剣に、本気で悩んでたわよ。だから私も本気でアドバイスしたの。
宗方さんが志士田君に振り向かないのは、俊一君がいるせいだって。
だから彼のいない世界へ行けば、きっと宗方さんはあなたのことを見てくれるって。
そしたらさ、あの男は面白いことになっちゃったの。
彼ね、宗方さんと心中しようとしたのよ。ナイフを買って、それで彼女を殺して、自分も死ぬつもりだった。でもね・・・逆に殺されちゃったのよ!
面白いでしょう?彼女と遠い世界へ旅立つはずが、自分だけで逝っちゃったのよ。
これってもうコントよね!せっかく彼に宗方さんを殺させようとしたのに、自分だけ殺されてるんだもの。ほんとう・・・・外見だけじゃなくて中身もないダメ男だわ。
だからね、宗方さんは私が殺したの。彼女も馬鹿な女だから、志士田君を殺してしまったことを私に相談しに来たの。ふふふ・・・彼をそそのかしたのは私なのにね。
私は宗方さんと一緒に、志士田君の死体を車に乗せてここまで来た。
そして彼の死体をこの山に埋めて、ついでに宗方さんも殺して埋めたの。
どう?凄いでしょ私。あなたをつけ回す悪いストーカーをやっつけたのよ!
あなたの為なら、人を殺すことくらい何てことはないからね。
でも・・・まだ邪魔者は残っていた。
あの野々村紗恵とかいう芸術家気どりの狡賢い女が・・・。
ひどい女よね、彼女は。希美が死んで落ち込んでいるあたなを見捨てたんだもの。
でもね、それだけならまだよかった。それで大人しく身を引くなら、私は何もしなかったわ。
なのにあの女ったら、いつまで経ってもあなたのことを忘れようとしなかった。
自分からフッたくせに、またヨリを戻そうとしていたの。
だからね、ちょっと懲らしめてやろうと思ってさ。
最初に言っておくけど、彼女はまだ生きているわよ。殺そうと思えばいつでも出来たけど、そんな生温いことはしないわ。生きたまま地獄を味あわせてやろうと思ったの。
私ね、野々村紗恵の秘密を知っているのよ。何か分かる?
ものすごく、ものすご〜くとんでもない秘密よ。
彼女ね、希美の死に関わっているのよ。希美を撥ねた暴走車は、たくさんお酒を飲んでいたの。
で、それを誰と飲んでいたかっていうと、野々村紗恵と一緒に飲んでいたの。
あの車の運転手は彼女の元恋人で、あなたと付き合っている時もちょくちょく会ってたのよ。そして彼が車を運転することを知りながら、一緒にお酒を飲んでいたの。
野々村紗恵は、べロべロに酔っぱらった元カレの車で家に送ってもらったわ。
そしてその後、あの車は希美を撥ねることになった。
あはは!私はあなただけじゃなくて、あの女のこともずっと見てたからね。だからことあるごとに邪魔をしてやったわ。
新しい恋人が出来た時、新しい仕事が決まった時、そして・・・恋人と婚約した時。
全部全部、私がブチ壊してやった!私が死んだあとだって、ずっとずっと苦しめてやったわ!
でもそれに耐えられなくなったんでしょうね。あの馬鹿女、こともあろうにあなたの所に助けを求めに行ったの。
自分が希美の死に関係していることは上手い具合に伏せて、あなたに取り入ろうとした・・・。
しかも途中で志士田君に罪を着せようとしていたわよね。『宗方さんに頼まれて志士田君が撥ねたんだ〜』なんて言ってさ。ほんとうに、狡賢くて意地の悪い女だわ・・・・。
私の一番嫌いなタイプよ。
でもね、まだ生きている。もう死にかけているけど、一応生きているわ。
だって楽に死なせたら腹が立つでしょ?こういうのは、最後までとことん追い詰めて苦しめないとね。
でも・・・あの子には悪いことをしちゃったわ。
あの朱里ちゃんっていう子、健気よね。あんなに幽霊を怖がっていたクセに、野々村紗恵を助けようと私に掴みかかって来たのよ。
そしたらさ、野々村も調子づいちゃって、カメラで私に殴りかかって来たの。
だから仕方なく朱里ちゃんも襲ったわけ。まだ死んでないと思うけど、ほんとうに悪いことをしちゃったわ・・・。だってあなた、彼女のことを妹のように可愛がっていたんでしょ?
それならあの子は敵じゃないわ。あなたの愛する妹なら、私の愛する妹だもの。
私ってこう見えても家族愛は強いのよ。ううん・・・憧れっていうのかな?
ずっと昔に両親と弟を失くしてるから、こういう家族の絆には弱いのよ。
だからこそ・・・希美には手を出さなかった。
あなたは彼女のことを家族のように想ってたんでしょ?女というより、もっともっと大切な存在として見ていたんでしょ?だからね、それは私にとって複雑だった・・・・。
出来れば希美を消してしまいたいけど、それをするとどれだけあなたが悲しむか・・・。
昔に家族を失ったことがある私には、そのことが簡単に想像出来たもの・・・。
それに希美のことは女として見ていないようだったから、大きな障害にはならなかった。
いい、全ては宗方と野々村という邪魔者のせいなの。
あの下らない馬鹿女どもが余計なことさえしなければ、私は生きている時にあなたと付き合えたかもしれない。
でも・・・・私は遅かった・・・・。
希美は死んじゃって、あなたは心を閉ざしてしまった・・・。
死んだ人間っていうのは、心の中で永遠の存在になってしまうの。
その人が愛しければ愛しいほど、忘れられない存在になってしまうのよ。
だから・・・そこに割って入るには、私も死ぬしかないと思った。
希美に勝つ方法はそれしかない。自分も死者となって、あなたの心に永遠に生き続けてやろうって決めたの。
普通はね、生きている時に出会って、その後に死んで心に残るものなの。
だから私は順番が逆になっちゃったわね。死んでから会いに来ちゃったんだもの。
でもそんな些細なことはどうでもいい。
私達はこうして二人だけの世界に来ることが出来たんだから!
ほんとうはあなたを殺すつもりなんてなかったのよ。
ただ私のことを永遠に心に住まわせてくれればそれでよかった。いつでも私のことを想って、いつでも私のことを考えていてくれれば、それでよかった・・・。
でもね、あなたが最後にあんなことを言うんだもの・・・。
愛してるって言ってって頼んだのに、あんな暴言を吐くんだもの。
『誰が言うか、この変態女』
これってね、女の子に向かって言う言葉じゃないわよ。あなたは知らないでしょう?
私がどれだけあなたのことを愛していたか、どれだけあなたのことを見つめていたか。
そういう私の気持ちとか、私の努力とか、何にも知らないでしょ?
なのに・・・・あの言葉はないわ・・・。いったいどれだけ私が傷ついたと思っているの?
宗方というストーカーから守ってあげて、野々村という狡賢い女から遠ざけて、たくさん守ってあげたのよ。
私がいなかったら、あなたはあの女達に不幸な目に遭わされていたかもしれないのに。
感謝されることはあっても、あんな暴言を吐かれる覚えはないわ。
でもね、今さらそんなことはどうでもいいの。
だってほら、あなたと私は、こうして二人だけの世界に来たんだもの。
ここでお互い蛍になって、暗い木立の中を美しく飛び回ればいいの。
蛍の光は死者の魂。この世ならざるものが舞い踊る、黄泉の宴なのよ。
さあ、私の手を握ってちょうだい。あなたはもう死んだんだから、細かいことは気にしなくていいの。ずっとずっとこの場所で、私と踊るのよ。
もう木立の中の女霊はおしまい。これからは愛しい人と、永遠に愛し合って飛び回るんだから。美しい蛍になってね・・・・・。


            *


暗い闇がどこまでも続いていた。いくら目を凝らしても光は見えない。
《俺は・・・殺されたんか・・・立花美佐に・・・・。》
まるで深海を漂うようにゆらゆらと揺れながら、何の感情も湧かずに闇を見つめていた。
《死ぬってのは・・・こういうことなんか・・・。何の感覚もないし、何の感情も湧かへん。全てが・・・無に還っていくようや・・・・・。》
『自分がいなくなる』
その考えだけが頭を満たし、木立の女霊の言葉を聞いていた。
恐ろしいほど自分勝手で、醜いほど醜悪な考え方。
あんな女に殺されたのかと思うと、情けなくてたまらなかった。
《何が殺す気はなかったや・・・。最初からそうするつもりやったんやろうが・・・。俺の周りで一番性質の悪い女は・・・間違いなくお前や!》
いくら怒っても状況は変わらず、深海のような闇を漂い続けていく。
どうせこのまま消えるのならば、難しいことは考えずにただ目を閉じていようと思った。
《・・・・・・・・・・・・。》
その時、闇を切り裂く一筋の光が降り注ぎ、そこから大きな手が現れた。
神々しく光るその手は、まるで救いの手を差し伸べる仏のように思えた。
俊一はじっとその手を見つめ、弾かれたように闇を泳いでいった。
《もしかしたら生き返れるかもしれん!きっとあれは観音様とか大仏様の手や!》
胸に希望が溢れ、力が漲って闇を泳いでいく。
光り輝く大きな手は、まるで俊一のことを待っているように忙しなく動いていた。
《もうちょっとや!神様仏様!どうか・・・どうか助けて下さい!》
渾身の力で前に進み、腕を伸ばして救いの手に触れようとした。
しかしその時、目の前を一匹の蛍が横切った。
《なんで・・・蛍が・・・・・。》
淡い光を放つ蛍は、ゆらゆらと飛んで俊一の手に止まった。
呆気に取られて蛍の光を見つめていると、頭の中によく知る声が響いた。
《その手に触れたらアカン・・・・。それは救いの手なんかと違う。俊一を地獄へ誘う、恐ろしい女の手・・・・・。》
蛍はピカピカと点滅し、羽を開いて飛び上がる。
そして円を描くようにぐるぐると舞い、パッと弾けて光の粒子に変わった。
《の・・・希美!》
弾けた光の中から希美が現れ、俊一の横にふわりと舞い下りた。
《俊一・・・その手に触れたらアカン。もうすぐ時間が来るから、それまで持ちこたえて。》
《時間が来る?何のことや・・・・・。》
《いいから私の手を握ってて。絶対に・・・俊一のことは守ってみせるから!》
希美は手を伸ばして微笑む。俊一は戸惑いながら腕を伸ばし、彼女の手をしっかりと握った。
すると救いの手だと思っていた神々しい手が、急に血管を浮き上がらせて拳を握った。
《怒ってる・・・・・。》
巨大な拳は怒りで震えていた。
神々しい輝きは失われ、その代わりに醜く腐敗した手へと変わっていく。
『俊一いいいいいいいいいいッ!』
闇を切り裂く絶叫が轟き、地震のように周りが揺れて巨大な女の顔が現れた。
《た・・・立花・・・美佐・・・?》
彼女の顔は、その手と同様に醜く腐っていた。醜悪な瘴気を撒き散らし、怒りに顔を歪ませて雄叫びを上げた。
その途端に深海のような闇は消え去り、蛍の舞う小川に戻っていた。
『もうちょっとだったのに・・・・もうちょっとで・・・私と俊一は結ばれたのに・・・。邪魔するんじゃねえよおおおおおおおお!』
立花美佐は小川の中に立ち、元の美しい姿に戻って絶叫を上げた。
欲しい物を買ってもらえない子供のように地団駄を踏み、爪を立てて自分の顔を掻きむしっている。
『何で!何でいっつもこうなるのッ!何で私だけ損するのッ!失うばっかりで・・・なんで何も手に入らないのよおおおおおおおお!』
掻きむしった顔から血が流れ、血走った目から涙が溢れて小川に落ちていく。
短い髪は嵐を受けたように振り乱れ、クリーム色のワンピースに顔から流れる血が滴っていく。
『私は・・・・私は一人だった!いっつもそう!誰も私を欲しがらない!
私はいつだって誰かを求めてるのに・・・・誰も私を求めてくれないッ!』
絶叫は悲痛な泣き声へと変わり、立花美佐は小川の中に膝をついた。
《お前・・・・苦しんでんのか?》
《アカンで、同情したら!この子を救うのは私らの役目とちゃうんやから!》
希美は俊一を抱き寄せ、その手をしっかりと握りしめる。
《で・・・でも・・・・なんかこいつの叫びは・・・・。》
俊一は小川の中に突っ伏した立花を見つめた。
彼女は拳を振り回して水を掻き上げ、ただひたすら泣いて悲しみに暮れている。
『・・・何にも無いもん・・・・。私には何にも無い・・・・。なんで大事な家族を奪われなきゃいけないの・・・・?
なんでいきなり一人ぼっちにならなきゃいけないの・・・?どうして・・・・誰も私を見てくれないの・・・?誰か・・・私を・・・。
一人は嫌だ・・・・。寂しいから・・・・怖いから・・・・・。お願い・・・・誰か・・・・・・。』
立花は放心したように空を見上げ、細い声で泣き続ける。
《お前は・・・・。》
俊一はハッキリと分かった。どうして彼女が自分に執着していたのかを。
立花は、男として俊一を欲しがっているわけではなかった。
希美や朱里に向ける愛情を、少しでいいから自分に分けてほしかっただけなのだと。
他人でありながら家族のように希美や朱里に接する俊一は、もしかしたら自分にもその愛情を向けてくれるのではないか?
彼女が欲していたのは、男女の愛ではない。ただ傍にいて、自分を見つめてくれる相手が欲しかっただけだと。
《俊一、アカンで!あの子はもう悪霊なんやから、変な同情を見せたらまた・・・・。》
《分かってる!でも・・・放っとけへんやないか。お前が死んだ時、俺は本気で後を追おうかと考えたこともあった。それくらい大事な人間を失うのは辛いことなんや。
こいつだって昔に家族を失ってる。だから・・・その辛さは分かる。こいつはただ・・・・俺と仲良くなりたかっただけやろ・・・・。》
俊一は希美の手を離し、ゆっくりと立花の方に向かう。
《アカンて!あんたは悪霊がどういうもんか分かってないんや!私だって、今までに何度も止めようとした!でもその度に痛い目に遭ってきたんや!
その子はもう人間と違う!心に隙を見せたら、なんぼでもつけ込んでくるで!》
希美の叫びは鬼気迫るものだった。しかし俊一は止まらなかった。息を飲みながら、ゆっくりと立花に近づいて行った。
木立の中から温い風が吹き、ミミズクの声が聞こえていた。

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM