木立の女霊 第十四話 木立の女霊(2)

  • 2014.09.27 Saturday
  • 18:16
俊一は息を飲みながらゆっくりと立花に近づく。そして彼女の前に立ち、そっと手を伸ばして触れようとした。
《アカン!やめて!》
希美が飛びつき、強く抱きしめて後ろへ引っ張っていく。
俊一は手を伸ばしたまま悲しみに暮れる立花を見つめ、切ない顔で呟いた。
《立花・・・こんなことせんと・・・生きてる時に言うてくれれば・・・・。》
その言葉に彼女は顔を上げ、何かを求めるような視線を向けた。
《・・・もっと素直に言うてくれれば・・・・友達くらいにはなれたかもしれんのに・・・。》
泣いていた立花の顔が見る見るうちに希望に満ち溢れ、小川から立ち上がって歩いて来た。
『ほんと・・・・?ねえ・・・・それほんと・・・・・?』
《アカンて俊一!あんたは何も分かってない!悪霊に隙を見せたらどういうことになるか・・・・・・、》
言いかける希美の言葉を遮り、立花は俊一に抱きついて来た。
その力は強く、あっさりと希美から引き離されてしまった。
《やめて!それ以上俊一を傷つけんといて!》
希美は必死に俊一を守ろうとするが、立花に突き飛ばされて小川の中に倒れた。
『ねえ・・・ほんとに・・・ほんとに友達になってくれるの・・・?』
抱きしめる腕にさらに力を入れ、拒否を許さない目で睨んでくる。
《そ・・・その前に・・・・、この腕を離してくれ・・・・・。》
『嫌!もう逃がさない・・・・。だって俊一君言ったじゃない。友達ならいいって。だから・・・・・ずっと友達でいましょ・・・。これから先も・・・・二人だけの世界で。』
立花は喜びで涙を流しながら、さらに力を入れて抱きしめる。
俊一の首元に顔を埋め、絶対に離すまいと万力のように締め上げる。
『逃がさない・・・どこへも行かせないから・・・。私達は友達・・・・。ずっとずっと一緒にいる・・・・・。誰にも邪魔はさせない・・・。』
そう言って顔を上げ、満面の笑みで俊一を見つめた。
《ま・・・待ってくれ・・・・・。俺はそんなつもりで言うたんとちが・・・・、》
『逃がさないから!絶対に絶対に、あなたを逃がさないからあああああッ!』
凄まじい雄叫びを上げて俊一を押し倒し、小川の中から彼を引き上げる。
『行くの・・・・二人だけの世界に・・・・・行くのよ・・・・。だって・・・・私達は友達なんだから・・・・・・。』
《待ってくれ!やっぱり今の無しや!お前とは友達も無理や!》
『そんなの許さない・・・。だって・・・・友達になってくれるって言ったじゃない。』
俊一は激しく後悔していた。下らない同情をしたが為に、この悪霊は勘違いしてしまった。
なぜ希美があれほど止めようとしていたのか、今になって理解した。
《俊一を返してって言うてるやろ!》
希美は小川から駆け出して立花に掴みかかるが、蚊でも払うように簡単に突き飛ばされてしまった。
《希美に手え出すなや!》
そう叫んで立花の手を振り払い、倒れた希美の元へ駆け寄ろうとした。
しかし立花はそれを許さない。美しい顔を歪ませ、鬼のような表情で迫って来る。
『逃がさないって言ってるでしょおおおお!どこへも行くなああああああああああッ!』
その叫びと共に、彼女の顔と身体は醜く腐敗していく。土葬した墓場から抜け出して来たような、おぞましい姿で襲いかかってくる。
『俊一いいいいいいいいいいいッ!』
骨が剥き出しになった手で俊一の襟首を掴み、凄まじい力で持ち上げる。
そして思い切り地面に叩きつけ、馬乗りになって首を絞めにかかった。
『あんたはまだ生きてる!ちゃんと背骨を折ったのに、希美が余計な力を使って守ったからまだ生きてる!
だから・・・・・ここで殺す!ちゃんと殺して、二人だけでここじゃない世界へ行くのよおおおおおおおッ!』
「がッ・・・・・がはッ・・・・・・。」
腐敗した立花の手が喉に食い込み、首の骨がメキメキと音を立てる。
力を込めて引き離そうとするがビクともせず、殴っても蹴ってもまるでこたえていなかった。
《・・・ええ加減に・・・・せえよ・・・・。この・・・・自己中女が・・・・・。》
俊一は怒りを込めて睨み、ガンガンと立花の背中を蹴り上げる。
『あんたが言ったんでしょおおおおお!友達になろうって!だったら友達になってよ!
今さら逃げるなんて絶対に許さない!どこへも行かせないからああああああああッ!』
首の骨が嫌な音を立て、背骨を折られた時のように軋み出す。意識が遠のき、視界がぼやけて滲んでいく。
《もう・・・・終わりか・・・・。ここで・・・・・死ぬんか・・・・・・。》
その時、頬に暖かいものを感じて手を触れた。するとそこには蛍が止まっていた。
触れた瞬間にそれが希美だと分かり、そっと手で包み込んだ。
《大丈夫・・・・守るから・・・・大丈夫・・・・・。》
優しい声が響き、蛍は俊一の手の中から飛び上がった。
そして淡い光を強く輝かせ、暗い木立の中に消えていった。
すると木立から大量の蛍が押し寄せ、立花の目の前でピカピカと点滅しだした。
『邪魔するなああああああああ!』
立花は蛍を鷲掴みにして握り潰していく。しかし蛍は怯まない。
木立の中からどんどん押し寄せ、立花を取り巻いて光を点滅させる。
『・・・・やっぱり・・・・みんな私のことを嫌ってるのね・・・・・。こんな場所でも・・・・・私を求める人はいない・・・・・。』
その声は切なく、そして悲しみに満ちていた。立花は蛍を無視し、首を絞める手に力を入れた。
『でもいいの・・・・。もうすぐ俊一君が一緒に来てくれるから・・・・・。あなたが傍にいれば・・・・・・他に何も要らないわ・・・・・。』
立花は腐乱した顔で涙を流し、泣き笑いの表情で見つめる。
俊一は彼女の頬に触れ、落ち着いた声で静かに言った。
《ごめん・・・・俺は・・・・お前と友達になるのは無理や・・・・。同情はするけど・・・・でも・・・・俺はお前が嫌いや・・・・。》
『・・・・・・・・・・・・・・・。』
その言葉は立花の胸を貫いたが、それでも彼女は表情を崩さなかった。
悲しみに満ちた目で笑い、涙を流しながら顔を近づけて来る。
《やめろこの変態女!誰がキスさせるか!》
俊一は顔を逸らして立花を押しのけようとする。
しかし彼女は動かない。さらに顔を近づけ、腐敗した顔で唇を求めてくる。
『俊一君・・・・好き・・・・。あなたのことが・・・・好き・・・・。』
立花の目から溢れる涙は、赤い血に変わっていく。
死んでも消えない激情が、彼女を本物の化け物へと変えようとしていた。
無数の蛍はそれを警戒するように忙しなく飛び回り、淡い光を警報のように光らせる。
立花の力は強く、俊一には成す術がなかった。彼女の唇が目の前に迫り、抵抗するのを諦めて力を抜いた。
《・・・ええか、よく聞けよ。俺が好きなのは・・・希美だけや。女として愛しているのは・・・・希美だけや。俺を殺したって、そのことは変わらん。
俺は・・・死んだら希美のところへ行く。あいつと二人だけで、ずっと一緒におる。死んでも・・・・お前のもんになったりせえへん・・・・・。》
俊一は真っすぐに立花を見つめて言った。その瞳は一点の濁りもなく、その言葉は一切の嘘がなかった。
それは確実に立花の胸を貫き、歪んだ激情が壊された。
彼女はピタリと動きを止め、身を反らして顔を覆った。
『・・・んんんんん・・・・うううえええあああああああああああ!』
今までで最も大きな叫びが響き渡る。悲しみと怒りと絶望が入り混じった、地獄の悪魔のような叫びだった。
『てえめえええええええ!私がどれだけ愛してると思ってんだよおおおおおお!どれだけ守ってやったと思ってんだよおおおおおおおおお!
自己中なのはてめえのほうだろうがああああああああああッ!』
激しい怒りは身体を震わせ、腐った肉がそげ落ちて骨が露わになっていく。
それは悪霊というより、魂を狩りに来た死神のような姿だった。
『消してやる!私のものにならないんなら・・・消してやるううううううう!』
恐ろしい化け物になった立花は、また首を絞めにかかってきた。
その力は先ほどの何倍も強力で、ギロチンに掛けられているような絶望感だった。
《もう・・・マジで・・・・無理や・・・・。》
今度こそ終わりだと諦めかけた時、冷たい風が吹いて木々がざわめいた。
そして木立の中から何かが飛び出し、暗い夜空へ舞い上がって行った。
《来た・・・・。もう・・・・時間切れや・・・。》
蛍となった希美が呟き、ふわっと俊一の胸に舞い降りる。
《じっとしてて!動いたらアカンよ。》
そう言ってピカピカと光りを点滅させる。
辺りを舞う無数の蛍が一斉に飛び散り、何かを避けるように逃げていく。
分厚い雲が途切れて月明かりが射し、俊一は思わず顔を上げた。
《あれは・・・・。》
輝く月に何かのシルエットが浮かんでいる。そのシルエットは空気を切り裂くように翼を羽ばたき、ビュっと冷たい風が走った。
それはミミズクだった。まん丸な目を光らせ、鋭い爪をギラリと光らせてこちらに飛んでくる。
立花はそれに気づかずに首を絞め続ける。怒りと憎しみだけを宿した化け物となって、今にも俊一の命を奪おうとしていた。
あまりの苦しみに身を悶えさせると、また希美が言った。
《動いたらアカン!じっとしてないと・・・・・、》
その時だった。強い風が頭上を駆け抜け、俊一は思わず目を瞑った。
立花は異変に気づいて顔を上げたが、時はすでに遅かった。
巨大なミミズクの恐ろしい爪が、彼女の身体を貫いて鷲掴みにしていた。
そして弾丸のように駆け抜け、一気に空高く舞い上がった。
『いやあああああああ!待って!お願い待ってええええええ!』
月明かりが照らす夜空に、立花の悲鳴が響き渡る。
『行きたくない!あの世になんか行きたくないいいいいいい!地獄なんか嫌ああああ!俊一いいいいいいいいいいい!うえああああああああああ!』
俊一は呆気に取られてその光景を見つめていた。
ミミズクは立花を鷲掴みにしたまま、深い山の方へと飛んで行く。
その先にはうっすらと赤い鳥居が浮かんでいて、この世ならざる怪しい気を放っていた。
『嫌ああああああああああ!ごめんなさい!ごめんなさいいいいいいいいい!
あそこに連れて行かないでえええええええええ!俊一いいいいいいいいいいッ!』
しかしミミズクはその頼みを聞き入れない。それどころかさらに爪を食い込ませ、絶対に逃がすまいとしっかりと締め上げる。
そして二度、三度と羽ばたいて、風を切ってスピードを増していった。
ミミズクは吸い込まれるように山の鳥居を目指し、立花は恐怖で絶叫していた。
《俊一・・・・・。》
人の姿に戻った希美が、寄り添うように抱きつく。
俊一は彼女の肩を抱き寄せ、立花の最後を見つめていた。
『俊一いいいいいいいいい!嫌あああああああああああ!』
ミミズクは立花を鷲掴みにしたまま、風のように鳥居の下をくぐる。
恐ろしい悪霊は、悲鳴を響かせて鳥居の向こう側へと連れ去られてしまった。
《お・・・・終わったんか・・・?》
息を飲んで睨んでいると、この世ならざる怪しげな鳥居は、ぼやっと陽炎のように消え去った。
辺りには静寂が戻り、月明かりが照らす木立の中に無数の蛍が舞っていた。
《俊一・・・・・大丈夫?》
希美は心配そうに顔を覗き、彼の手を握りしめた。
《ああ・・・間一髪やったわ・・・。もう少しで首が折れるところやったけど・・・。》
ゾッとしながら首を擦っていると、希美は強く抱きついてきた。
《よかった・・・よかった・・・・。》
《希美・・・・・。》
俊一は彼女の背中に手を回し、しっかりと抱きしめた。
二人はしばらく抱きしめ合い、小川の流れる心地の良い音に耳を傾けていた。
《お前が助けてくれたんやな・・・。あの時、背骨を折られて死んだと思ってたけど・・・。》
《・・・うん。間に合ってよかった・・・。》
希美は顔を上げ、目と鼻を赤くして小さく笑っていた。
《なんか・・・夢みたいやな・・・。さっきまでの出来事も、こうしてお前と会えるのも。出来ればずっとこの夢が覚めんといてほしいな・・・・。》
俊一は本心からそう言った。ずっと希美と一緒にいられるなら、このまま死んでも構わない。
しかし希美は強く首を振り、立ち上がって言った。
《そんなんアカンよ。俊一はまだ生きてるんやから、ずっとこんな所におったらアカン。》
木立の中を舞う蛍が希美の周りに集まり、踊るように回り始める。
《ここはあの世とこの世の狭間なんや・・・。向こうに行く前に少しだけ時間がもらえる場所。
無念のうちに死んだ魂とか、どうしても想い残した事がある魂がここに集まってくる。
私は・・・・俊一のことが気がかりやった・・・。私が死んでから抜け殻みたいになってしもて・・・。ほんまはもっと明るくて元気やのに・・・・・。》
彼女の声は風のように俊一の耳に吸い込まれる。心地よく、そして切なく・・・・。
《それにあの子がずっと俊一のことを狙ってたから、このまま向こうに行くわけにはいかへんかった・・・。何としても・・・・あんたのことを守らんとと思って・・・。
だから・・・・・・。》
希美は言葉に詰まり、俯いて肩を震わせる。俊一はゆっくり立ち上がって彼女を抱きしめ、耳元で呟いた。
《ありがとうな・・・ほんまにありがとう・・・。やっぱりお前は、俺にとって一番の存在や。死んでからでもそれは変わらへん。俺が愛してるのは・・・・・お前だけや。》
希美は俊一の顔を見つめ、透き通るような涙を流して笑った。
《それ・・・生きてる時に言うてほしかったわ。》
《・・・・ごめん・・・。勇気が無くて・・・・よう言い出せへんかった・・・。こんなん今さら言うても困らせるだけやのに・・・・・。》
俊一は申し訳ない思いで俯いた。しかし希美は首を振り、俊一の頬に手を当てた。
そしてそっと唇を重ね、すぐに顔を離してニコリと笑った。
《・・・最初で最後のキスやね・・・。でも・・・向こうに行く前に夢が叶った・・・。俊一・・・私も愛してるよ・・・・・大好き・・・・。》
《・・・希美・・・・・・。》
二人は優しく抱き合い、強くお互いの存在を感じ合った。
今日、ここで本当にお別れする。もう二度と、こうして抱き合うことも、触れ合うこともない。
それは胸を締め付けるほど悲しかったが、これ以上ここに留まる時間は残されていなかった。
俊一にも、そして希美にも・・・・・。
《もう行かなアカン・・・。私の思い残すことはなくなったから・・・。それに・・・俊一にはまだやらなアカンことがあるやろ?》
《やらなアカンこと・・・?》
《そう・・・。紗恵ちゃん、まだ生きてるんやで。この小川の向こうで、どんどん体温が奪われてる・・・。早く行かんと死んでしまうから・・・・助けてあげて・・・。》
俊一は希美の肩に手を置き、真剣な目で尋ねた。
《お前は・・・知ってるんか?紗恵がお前の事故に関わってたことを。》
《・・・知ってるよ。でも・・・紗恵ちゃんが撥ねたわけじゃないから・・・。それにどっちにしたって私はもう死んでるんや。生き返ることはないから。
だから助けに行ってあげて。紗恵ちゃんだって、きっと悔やんでると思う。自分を責めて・・・私と俊一に申し訳ない事をしたと思ってるはずやから・・・。
だから・・・憎んだり恨んだりしたらあかんよ。絶対にそんなことしたらあかんで。》
そう言って希美は俊一から離れて行く。
愛おしそうに見つめながら、ゆっくりと木立の方まで下がっていく。
《希美!また・・・また会えるよな?》
しかし彼女は何も答えず、月明かりに照らされた木立の中まで下がって行った。
そして小さく笑い、手を振って囁いた。
《・・・またね・・・俊一・・・・・・バイバイ・・・・・。》
《希美!》
俊一は駆け出し、小川を渡って希美に手を伸ばした。
しかしその手が触れようとした瞬間、彼女はパッと弾けて光の粒子に変わり、蛍となって夜空に舞い上がっていった。
《希美いいいいいいい!》
《・・・さようなら・・・・・・元気でね・・・・・・。》
踊るように、そして歌うように舞いながら、蛍は青白い夜空の中へと消えていく。
俊一は手を伸ばしたまま呆然とし、雲が流れる空を見上げていた。
辺りを飛び回っていた無数の蛍が木立の中に消えていき、それと同時に意識が揺らいでいく。
視界がぼやけて力が抜け、木立の中で仰向けに倒れ込んだ。
《希美・・・また・・・会えるよな・・・。今度は蛍じゃなく・・・人間として・・・。》
黄色い月に向かって手を伸ばし、青白い夜空に希美の顔を思い浮かべる。
流れる雲が月にかかり、光が失われて闇が押し寄せる。
何も見えなくなり、何も聞こえなくなり、何も感じなくなっていく。
俊一は無音の闇の中で目を閉じ、希美と抱き合った温もり、そして彼女とキスをした感触を思い出していた。
やがて身体から完全に力が抜け、眠るように意識の底へ落ちていく。
一匹の蛍が、別れを告げるように夢の中から飛び去っていった。

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