木立の女霊 最終話 女霊は消えない(2)

  • 2014.09.29 Monday
  • 11:11
あの悪霊の事件から一年経つが、紗恵には会っていない。一度だけ連絡があったが、それも無視した。
誰も彼女を話題にしようとしなかったし、触れてはいけない空気になっていた。
このまま何年も経てば、紗恵のことどころか、去年の忌まわしい出来事さえ風化していくのかもしれない。全ては幻で、ただの悪夢だったと思うようになるかもしれない。
「俊一・・・。なんや切ない顔して・・・。」
克博に肩を叩かれ、草に止まった蛍から顔を上げた。
「ちょっと考え事しててな。」
「去年のことか?」
「ああ・・・。あの時は大変やったけど・・・いつかただの悪夢やったと思うようになるんかな・・・。」
そう言うと、克博はニコリと笑って肩を殴った。
「痛ッ!何すんねん・・・・。」
「ええやないか、それで。あれはただの悪夢やった。あの時しつくこく聞いてきた警察だって、結局はそう言いくるめたやないか。」
「そうやったな。紗恵のお父さんが顔の広い人やから、上手い具合に誤魔化してくれたっていうのもあるけど・・・。」
そう言ってから、しまったという風に口を噤んだ。
この一年間禁句にしていた名前がポロリと出てしまい、気不味い顔で木立の中を見つめた。
「なあカッちゃん。もうあのこと言うてもええんとちゃう?」
朱里が克博の腕を引いて上目遣いに見上げる。
「なんやねん、あのことって?」
興味を引かれて身を乗り出すと、克博は険しい顔で唸った。しばらく腕を組んで蛍を見つめ、真っ暗な木立の方を睨んで喋り出した。
「実は・・・紗恵のことなんやけどな・・・・。」
「なんやねん、お前が言い淀むなんて珍しいな。俺に気い遣ってんのか?」
「・・・ああ、遣ってるよ。パッと言える内容じゃないからな。」
克博は真剣な目で睨む。俊一は思わず顎を引いて息を飲んだ。
「あいつな・・・亡くなってんねん。今年の春に・・・・。」
「はあ?亡くなってる?どういうことや・・・・。」
思わず強い口調で聞き返すと、克博は足元の草をブチブチと引き千切りながら答えた。
「その・・・事故で亡くなったんや・・・。猛スピードでトンネルの壁に激突してな。」
「それほんまか?だってあいつ・・・車の運転は上手かったのに・・・。」
「酒を飲んでたんや。それもベロベロになるくらいに・・・。」
「酒を飲んで・・・でもあいつは見かけによらず慎重な性格やぞ。そんなことするはずが・・・・・。」
そう言いかけた時、朱里が言葉を遮って呟いた。
「あの子・・・ごっつう落ち込んでたらしいで。姉ちゃんの事故を黙ってたこと・・・。それと・・・俊一に愛想を尽かされたこと・・・。」
「俺に愛想を尽かされて・・・?どういうことや?」
「あんた覚えてるかな?奥田っていうあたしの同級生。お父さんが電車の事故で亡くなった子なんやけど・・・。」
「ああ、お前が入院してる時に話したな。俺が写真を見せてくれるように頼んでくれって言うた子やろ?」
「うん。実はな、その子と紗恵って従姉なんや。」
「・・・・マジで?」
「あたしも最近知ったんや。だからここまで紗恵の事故に詳しいわけなんやけど・・。
それでな、紗恵って、ほんまにあんたのことが好きやったみたいで、どうやったら許してもらえるかずっと考えてたんやって。
だからもう一回会って、きちんと謝って許してもらおうと思ってたみたい・・・・。でもあんた、それを無視したやろ?」
朱里は顔を上げて切ない目で見つめる。俊一は雷に打たれたように固まっていた。
確かに紗恵からメールが来たことがあった。
『もう一度会いたい』
その一行だけの、シンプルなメールが。
「あの子・・・物凄いショックを受けたみたい。俊一はもう二度と私のことを許してくれへんのやって・・・。
それから死人みたいに落ち込んで、姉ちゃんが死んだ時のあんたみたいになってらしいで。」
「・・・そ・・そんな・・・。そこまで思い詰めてたんか・・・。」
「ずっと家に引きこもってたらしいんやけど、ある日発狂したように喚き出して、ずっとお酒を飲むようになったんやって。
それでそのまま車に乗って・・・あんなことに・・・・・。」
俊一は身体から力が抜けていくのを感じた。それと反比例するように鼓動だけが早くなり、乾いた唇から荒い息が漏れる。
克博はそんな俊一を落ち着かせるように肩を叩いた。
「お前さ、あの時のこと覚えてるかな?紗恵のカメラにおかしなもんが写ってたことを。」
「おかしなもんって・・・。お前のアパートに集まった時の写真か・・・?」
「そうや。去年のあの夜、紗恵がおらんようになった時にあいつのカメラを確認したやろ?」
俊一は思い出していた。あの恐ろしい夜、突然紗恵がいなくなり、そのカメラの画像を確認して妙な写真を発見した。
写っているはずのない紗恵が、皆と楽しそうに談笑している写真だった。
「これは朱里ちゃんと話し合って考えたんやけど、あれって志士田が写したんとちゃうかな?」
「志士田が・・・?」
「だってそれしか考えられへんやろ?他に写真を撮れる奴はおらんかったんやから。
だからな、あれは紗恵が志士田に頼んで撮ってもらったんちゃうかと思って。」
「何でそんなことすんねん?わざわざ志士田に頼まんでもええやろ。」
すると克博は首を振り、千切った草を投げ捨てて言った。
「紗恵はな、あんまり人に好かれるタイプとちゃうねん。だから・・・ほとんど友達がおらんかった。俺の知る限り、希美ちゃんに匹敵するくらい交友関係は狭かったなあ。
でも希美ちゃんとの一番の違いは、お前がおらんへんかったってことや。いくら友達が少なかろうが、希美ちゃんとお前は親友以上の仲やろ?でも紗恵にはそんな相手はおらへん。
だから・・・きっと憧れてたんやと思うで。お前と一緒に、みんなで集まってワイワイ喋ったりすることに・・・。」
意外な言葉だった。性格の派手な紗恵には、たくさんの友達がいると思っていた。
紗恵と付き合っている時、俊一をなかなか友達に紹介しようとはしなかった。
しかしそれは紹介するのが嫌なのではなく、紹介するほどの友達がいないだけだった。
「今思えば、バシャバシャとみんなの写真を撮ってたのも、それが理由かもしれんな。紗恵は・・・どうしても四人で写ってる写真が欲しかったんやろ。」
克博はしみじみした声で言い、俊一と顔を見合わせた。
言いようの無いモヤモヤした感情が渦巻き、俊一は蛍に指を近づけて言った。
「あの時のカメラって・・・今はどこにあるんや?」
「分からん。警察が捜したらしいけど、どこにも見つからへんかったってさ。」
「そうか・・・。・・・どいつもこいつも、なんで生きてる時にハッキリ言わへんねん。」
宗方、立花、そして紗恵。誰もかれも相手の正面に立つ勇気のない者だと思ったが、それは自分にも言えることだった。
「俺も人のことは言えへんわなあ・・・。あんなことがなかったら、ずっと希美に気持ちを伝えられへんままやったから・・・・。」
希美に愛していると伝えた時、彼女は笑ってこう言った。
『それ、生きてる時に言うてほしかったわ』
あの言葉は紛れもない本心だったのだろう。きっと希美は、昔からあの言葉を待っていたはずだ。お互いの気持ちは知っているはずなのに、ずっと目を逸らしていた。
《ごめんな・・・勇気の無い男で・・・。これからは何回でも言うよ。毎年ここへ来て、お前に『愛してる』って伝えるから・・・許してや・・・・。》
そう思いながら飛び交う蛍を見つめる。美しい蛍は踊るように舞い、暗い木立の中を揺らいでいる。闇を遊泳するように、死者の宴が行われている。
その美しさは目を奪うほど幻想的で、思わず見惚れてしまった。
その時、ふっと木立の中で何かが動いた。
「なんや・・・・?」
月の青白い光を受けて、木立の中に四角い何かが浮かび上がる。そして月明かりを反射してギラリと光った。
克博と朱里もそれに気づいたようで、手を握り合って見つめていた。
四角い何かはスッと動いて木立の中から現れ、ゆらゆらと宙に浮いていた。
「あれは・・・・・。」
それはカメラだった。黒く、そして頑丈そうな造りをした高そうなカメラだった。
月明かりを受けて光ったのは、装着しているレンズのせいだった。
「おい・・・俊一・・・あのカメラって・・・・・。」
克博は朱里の手を引いて思わず立ち上がる。俊一もゆっくりと腰を上げ、唾を飲んでそのカメラを凝視した。
高級感のある頑丈そうなカメラ。それは紛れもなく紗恵のカメラだった。
よく見るとストラップが着いていて、真ん中からいびつに千切れている。
宙を浮くカメラはひとりでに動き、スッとレンズを持ち上げてこちらを向いた。
「い・・・嫌・・・・また・・・・またこんなことが・・・・。」
朱里は恐怖に瞳を揺らして克博にしがみつく。そして恐怖を感じているのは俊一と克博も一緒で、土手からじりじりと下がりながらそのカメラを睨みつけた。
宙に浮くカメラのレンズは確実に三人を捉えていて、気味悪く光っている。
そしてカメラの後ろに白い霧が現れ、ゆらりとスタイルの良い女が出て来た。
「さ・・・・紗恵・・・・。」
死んだはずの紗恵が木立の中でニコリと笑い、カメラを構えてレンズを向ける。
そしてシャッターに手を掛け、ゆっくりとこちらに迫って来た。
「お・・・おい・・・俊一・・・・。」
「分かってる・・・。」
俊一と克博は朱里の腕を掴み、木立の舞う土手から離れて行く。
しかし紗恵は小川の縁まで歩き、水に沈むことなく川面に立った。そしてファインダーを覗いたまま、またニコリと笑った。
「に・・・逃げよ・・・・。」
朱里の震える声と同時に、紗恵はシャッターを切った。
カシャリという機械的な音が響き、カメラを構えたままこちらに走って来る。
「いやああああああああ!」
「逃げるぞ俊一!」
「分かってる!朱里!手え離すなよ!」
二人は朱里の手を引っ張って駆け出した。月明かりが照らす青白い土手道を、全速力で逃げていく。
後ろからは紗恵の足音とシャッターを切る音が響き、物凄い速さで迫って来る。
三人は振り向くことなく走り続け、心臓が爆発しそうな勢いで足を動かした。
終わったと思った悪夢は、一年の時を経て再び始まった。
これが本物の夢なら、今すぐに覚めてほしい。誰もがそう思ったが、紗恵は確実に迫って来る。
シャッターを切りながら、笑顔を振りまいて・・・。
その顔は嬉しそうで、そして幸せを感じさせるほど楽しそうだった。
『みんな・・・・こっち向いて・・・。一緒に写ろう・・・。』
明るい声が背中に響き、ぞくりと悪寒が走る。
車まで百メートル足らずだが、そこに着くまでに紗恵に追いつかれそうだった。
《ほんまに・・・どいつもこいつも・・・・・・。》
ロクな女が寄ってこないと嘆きながら、俊一は朱里の手を引いて逃げて行く。
しかし紗恵の足音はすぐそこまで迫っていた。シャッターを切る音を聞く度に、恐怖で心臓が跳ね上がる。
『逃げきれない』
三人はそう思った。しかし足は止められない。またあの悪夢の中に足を踏み入れることだけはごめんだった。
絶望を感じながら走り、息が切れて顔が上がる。
そしてふと見上げた夜空には、月をバックにあのシルエットが浮かんでいた。
丸い目に鋭い爪、そして人の何倍もある大きな翼。
あの時恐悪霊を連れ去った恐ろしい猛禽が、翼を羽ばたいて冷たい風を起こした。
その風は三人の間を駆け抜け、思わず目を瞑った。
『みんな・・・もう一度・・・・一緒に・・・・・。』
紗恵の手が俊一の首元に迫る。冷たい指が彼を捕まえようとしていた。
しかしその瞬間に突風が吹き抜け、恐ろしいミミズクが弾丸のように飛び去った。
かつての恋人は鋭い爪で捕らえられ、月夜の空へと連れ去られて行く。
俊一達は呆気に取られてその光景を眺めていたが、すぐに我に返って車に駆け出して行く。
そして慌てて車に乗り込む途中、高い空から冷たい声が響いた。
『まだ・・・終わりじゃない・・・。私には・・・まだ時間がある・・・。終わりじゃない・・・・終わりじゃないよ・・・・俊一・・・・・。』
身も凍る恐怖を感じながらミミズクの舞う空を見上げ、克博に背中を押されて車に乗り込んだ。
「行くぞ!飛ばすからな!」
克博はエンジンを掛けてギアを入れ、思い切りアクセルを踏み込んだ。
誰もいない夜の道を高速で駆け抜け、あの恐ろしい場所から逃げていく。
「しゅ・・・俊一・・・・肩・・・・・。」
朱里が震えながら肩を指さす。するとそこには一匹の蛍が止まっていた。
「うわあああああああ!」
窓を開け、慌ててその蛍を追い払う。
淡い光はふわっと舞い上がり、死者の集うあの木立へ戻って行った。
俊一は頭を抱えて恐怖に項垂れた。もう何も見たくないし、何も聞きたくなかった。
それは克博と朱里も一緒で、限界を超えた恐怖が冷静さを奪っていった。
車は信号を駆け抜け、猛スピードで走って行く。その先には遮断機の下りた踏切があった。
しかし車は止まらない。それどころかさらにスピードを増していく。
目の前の赤い点滅に気づいた朱里が、必死に克博の腕を揺さぶった。
「ちょ・・・ちょっとカッちゃん!」
「え・・・・・ああッ!」
克博は慌ててブレーキを踏むが、勢いのついた車は止まらない。
朱里は助手席で身を屈めて顔を覆い、克博は引きつった顔でハンドルを握りしめた。
車は踏切に迫り、電車が警告音を鳴らす。目の前に眩いライトが走っていく。
「ハンドル切れ!」
俊一は弾かれたように身を乗り出し、サイドブレーキを力いっぱい引き上げた。
車は蛇行して歩道の段差に乗り上げ、大きな音を立てて踏切の横にある電柱にぶつかった。
電車は車のすぐ横を走り抜け、赤い点滅が消えて遮断機が上がっていく。
間一髪で危機を脱した車は、側面がへこんでタイヤが歪んでいた。
「みんな・・・大丈夫か・・・?」
前の席を見ると、克博と朱里は青ざめた顔で放心していた。
俊一は力が抜けて座席にもたれ、虚ろな目で宙を睨んだ。
事故を免れた安堵と、死にかけた恐怖で思考が止まっていく。乾いた唇を舐め、じっと前を見ていると、ルームミラーに丸い月が映っていた。
流れる雲が丸い月を覆い始め、青白い光が失われていく。
《もう・・・ごめんや・・・こんなことは・・・・・・・。》
事故の音を聞きつけた周りの住人がパラパラと現れ、不安そうな顔でこちらを見つめている。
その内の一人が車に駆け寄り、窓を叩いて尋ねた。
「大丈夫?救急車呼ぼうか?」
それはとても美しい女で、短い髪にクリーム色のワンピースを着ていた。
それは立花とは別人だったが、フラッシュバックのようにあの悪霊のことが蘇り、俊一は首を振って頭を抱えた。
克博も朱里も、これ以上はごめんだとばかりに呆然と俯く。
「ねえ、救急車呼ぼうか?」
俊一は項垂れたまま顔を覆い、もう二度とあの場所には行くまいと決めた。


              -了-

 

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