水面の白影 第七話 変貌する弟

  • 2014.10.06 Monday
  • 17:41
「ああ、また晩御飯考えるの面倒くさいな。今日もカレーでええか。」
冷房の効いたスーパーを歩きながら、適当にカレーの材料を買い込んでいく。そして会計を済ませて外に出ると、ムッとする暑い空気が押し寄せてきた。
「もう十月の中旬やで?もうちょっと暑さがおさまってくれてもええやろ。」
買い物袋を下げながら、熱のこもった駐車場を歩いていく。そして赤いコンパクトカーに乗り込み、冷房を最大まで強くした。
「ああ、あかんわ・・・・やっぱり夏は苦手。これが楽しいと思えるなんて若い頃だけやな。」
学生の頃は夏を謳歌していたはずなのに、いつの間にか苦手になってしまった。きっと子供が出来た辺りからだろうけど、それでも夏を苦手と感じるのはちょっと寂しい。
「・・・・浮気、でもしよかな・・・。子供もある程度大きくなって手が掛らへんし、学校行ってる間やったら大丈夫やろ。
あのアホ亭主は絶対に気づかんやろし、問題は姑だけやな。」
冗談で考え始めただけなのに、家に着く頃には本気になっていた。別に家庭を捨てるつもりなんてサラサラないけど、遊びで恋愛をするくらいならいいじゃない。
新しい恋でもすれば、生活に張りが出来て、夏だって楽しめるかもしれない。
《決まりや。やっぱり男見つけよ。浮気やいうから聞こえが悪いけど、恋愛やって考えれば問題ないもんな。
あのアホ亭主だって外に女がおるんや。バレてないつもりやろうけど、とっくの昔に知っとるっちゅうねん。》
よく女は浮気を許さないというけど、それは家庭を持ってない青臭い女の場合だ。ずっと家に閉じこもって子供の面倒を見ている主婦は、それだけで充分疲れる。
そこへマザコン亭主にベタベタされると軽く殺意すら覚える。それなら外に女を作って、性欲はそこで処理してくれた方が助かるというものだ。
今は三人目の子供を身ごもっているんだし、もうこれ以上子供を産むつもりはない。それはすなわち、もうあのアホ亭主と寝るつもりはないということだ。
《でも妊娠中やから、あんまり無理は出来んよな。なるべく身体の関係は持たんようにせんと。》
浮気といっても、別にセックスをしたいわけじゃない。ただこのまま歳をとって、老けこんでいくのが嫌なだけだ。
外で若い男と付き合えば、老化だって遅まるかもしれない。
その日はさっさとカレーを作り、姑の愚痴を聞き流し、亭主からの求めを断り、子供の制服にアイロンを掛けてから寝た。
そして次の日、子供が学校へ行くのを見送ると、適当な理由をつけて家を出た。姑は相変わらずグチグチ言っていたけど、もうお前の小言に耳を傾けるつもりはない。
主婦としてやるべきことはしっかりやっているんだから、文句を言われる筋合いなどどこにもないのだ。
赤いコンパクトーを駆って、まずは実家に向かう。すると案の定広明だけが家にいて、途中で買ってきたシュークリームを渡してやった。
「お母さんは?買い物?」
そう尋ねると、「近所の寄り合い」と答えた。
「なんか婦人会で飯食いに行くんやって。帰るのは夕方や言うてたな。」
「そっか。ほな昼ごはん一緒に食べる?」
「そうやな。久しぶりに一緒に食べよか。」
広明は嬉しそうに頷き、シュークリームを取り出して頬張っていた。
《なんか・・・・この子ってどっかで成長が止まってるんとちゃうかな?どう見ても二十歳くらいにしか見えへんわ。
・・・・いや、場合によってはもう少し若く見える場合もあるな。》
シュークリームを頬張る広明の姿は、とてもではないが三十を超えた男には見えない。
それは若いというより、どこかで成長が止まったまま、年齢だけを重ねているような感じだった。
《見た目だけじゃなくて、中身なんかは子供そのものやからな。思春期を迎えずに大人になったって感じや。
でもそれって、成長期が来てないってことになるんかな?この子の精神は、もしかして小学生で止まってる?》
広明の顔は子供の頃からまったく変わっていない。とても幼い顔立ちで、色も白いままだ。
それに体系もほっそりしているし、成人した男ならもう少しガッチリしているものだと思う。
どこか浮世離れしたこの子の雰囲気は、そういった子供っぽいところから来ているのかもしれない。
《近親相姦で出来た子供って、何かしら障害を持ってるって聞くもんな。それがほんまかどうかは知らんけど、ちょっとはそういう影響が出てるんとちゃうかな・・・。》
シュークリームを頬張る弟を見つめながら、ソファに座ってテレビをつける。
ちょうど朝の情報バラエティ番組をやっていて、政治家の不倫だの、芸能人の結婚だのを話題にしていた。
なんとなくボンヤリしながら、どうでもいいニュースを流し見する。するとこの前あの池で起きた事件が少しだけ報じられた。
「まだそんなに時間経ってないのに、もうこんなにちっちゃく扱われるんやな。でもまあ、その方が助けるけどさ。」
あんまり長くあの事件を引っ張られると、こっちとしてはまずいことになりかねない。なぜなら長年隠してきた我が家の秘密が、世間にバレてしまうかもしれないからだ。
マスコミというのは何でもかんでもネタにするから、もし我が家に取材に来ても、決して余計なことは喋るなと三和という刑事から言われた。
《世間にバレるのは防げたけど、お母さんのせいで広明にはバレてしもたからなあ。涼しい顔してるけど、内心は悩んでるんと違うやろか?》
キッチンの椅子に座って、ムシャムシャとシュークリームを頬張る弟を見て、少しだけ心配になった。
「なあ広明。」
「なに?」
「最近は病気の方はどう?マシになってる?」
なるべく優しい口調で問いかけると、「どうやろな・・・」と返ってきた。
「その日によって違うから、自分ではよう分からへんわ。」
「そっか・・・。なんか悩みがあるんやったら、いつでも言いよ。私でよかったら聞くから。」
「ああ・・・・うん・・・・。」
広明はシュークリームを頬張ったまま、歯切れの悪い口調で頷いた。
《これはまた悩んでるな。ちょっと聞いたるか・・・。》
ソファから立ち上がり、広明の後ろに回る。
「私も一個食べよ。」
「ああ、これ美味いで。」
「そらそうやろ。一個三百円もするんやから。コーヒーは?飲む?」
「うん。」
インスタントのコーヒーを淹れながら、広明の様子を窺う。その目はまるで死んだ魚のようになっていて、いったいどこに焦点が定まっているのか分からなかった。
「なあ広明、私な、ちょっと考えてることがあるねん。」
「考えてること?」
「うん。聞きたい?」
「・・・・・姉ちゃんがそんなこと言うなんて珍しいな。ちょっと聞きたいかも。」
「ほな二つだけ約束してくれへん?」
コーヒーをテーブルに置きながら、少しだけ首を傾げてみせた。
「一つはな、今から言うことを絶対に誰にも喋らへんってこと。」
「うん。」
「もう一つは、あんたの悩みを聞かせるってこと。これを約束するんやったら、私の考えてることを聞いてもらおかな。」
私は自分の分のコーヒーを持ったまま、再びソファに戻った。そしてじっと広明を見つめ、「どうする?」と問いかけた。
「・・・そうやな、ほな約束するわ。」
「よし、じゃあこっち来て座り。」
そう言ってソファの隣を叩くと、シュークリームを置いて私の横に座った。
「食べながらでええで?」
「いや、食べながらじゃ話出来へんねん。知ってるやろ?」
「ああ、そういえばそうやったな。同時に二つ以上のことが苦手なんやったっけ?」
「うん、昔からや。だから簡単なバイトでもクビになんねん。」
広明は自嘲気味に笑い、すぐに真剣な表情に戻った。
「ほなどうしたらええ?俺の悩みを先に言う?」
「どっちでもええで、あんたの好きな方で。」
「・・・・じゃあ姉ちゃんの話から聞かせて。なんか考えてるって言うたけど、離婚でもするつもりなん?」
広明は透き通るような瞳でじっと見つめて来る。それを見た時、少しだけ背筋が冷たくなった。
《この子って・・・・たまにこんな目えするよな。それにものすごい鋭いこと言う時もあるし・・・・・。》
しばらく黙っていると、「やっぱり離婚か?」と首を傾げた。
「いや・・・・離婚ではないよ。ただちょっと恋愛をしてみようかなと思って。」
「ああ、不倫?」
「あはは、身も蓋もない言い方するな。でもまあ・・・・確かにその通りやな。なんかさ、最近しんどいことが多かったやん?
お父さんが死んだとか勘違いしたり、あんたに出生のことがバレたり。」
「うん。」
「それにな、今日買い物に行った時にふと思ったんや。私っていつから夏が嫌いになったんやろうって。
昔は好きで仕方なかったのに、今は暑くて鬱陶しいとしか思えへん。なんかそんな自分に嫌気が指してな・・・・。
このまま何でも面倒くさくなって、ただ歳を取っていくだけなんやろかって・・・・。」
「じゃあ若さを取り戻す為に、不倫するっちゅうわけやな?」
「・・・・あんたほんまに鋭いこと言う時あるよな。」
思わず弟の肩を小突き、「その通りや」と笑った。
「最近全然生活に張りがなくてさ、このままやったらアカンと思った・・・。
もう三十八になるから、もうちょっと落ち着いてもええんかもしれへんけど、でも今の三十八と昔の三十八じゃ違うやろ?
あの姑は三十八にもなってまだ大人に成りきれてないとか文句言いよるけど、今の三十八はお前の時代より若いっちゅうねん。」
「要するに、向こうのお母さんにもストレスが溜まってるわけや?」
「そうやな。長いこと我慢してきたけど、もう限界やわ。だからな、一応旦那には言うてあんねん。
もしあんたのお母さんがボケたって、私は面倒看いへんよって。だからもしそうなった時の為に、今から老人ホームでも探しといてなって。」
「うん、ええんちゃうかな。自分の実の親と違うし。」
「あ、あんたもそう思う?」
ちょっと嬉しくなって聞き返すと、「俺もオカンの面倒看いへん」と答えた。
「俺とオカンは血が繋がってないから、面倒看んでええねん。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
思わず笑顔が引きつってしまった。別にこの前のことを刺激するつもりはなかったのに、余計なことを言ってしまったと後悔した。
「いや・・・・ごめんな。別にそういうつもりで話をしたわけじゃ・・・・。」
「分かってるって。でもな、俺もオカンに対してちょっと怒ってんねん。」
広明は真顔で私を見つめ、さっきと同じように透き通るような瞳を向けてきた。一瞬その視線にたじろぐが、目を逸らすわけにはいかない。
こっちの話を聞いてもらったんだから、ちゃんとこの子の悩みも聞いてあげないといけない。それに弟から目を逸らすのは、姉としてちょっと屈辱だからだ。
「・・・・うん、いいよ。ちゃんと聞くから話してみ。」
座り直して、正面から弟と向き合う。少し緊張するが、何でもドンと来いと胸を張った。
「俺さ、オカンって酷いと思うねん。ずっと隠してきたことやったら、最後まで隠し通してほしかった。
それやのにいくら感情的になってるからって、俺の目の前であんなこと言わんでええやろ?
『妹を妊娠させた時から、あんたは何も変わってへん!広明だって勝手に持って帰って来て!猫飼うのと違うんやで!』ってさ。あれ酷くない?」
「・・・うん、あれは酷いと思った・・・・。でもお母さん、あの後ちゃんと謝ってたやん。別に広明を責めたわけじゃないよって。」
「分かってるよ。でもそれはオカンの理屈やろ?言われた方のことは考えへんのかな?」
「・・・・そうやな。まあなんて言うか・・・・あの時はお母さんも頭に血が昇ってたから・・・。
でも本当に悪いのはお父さんの方なんやで?あの人がまた浮気なんかしてたから、お母さんは怒ってしもたんや。」
広明の悩みを聞くはずなのに、気がつけば母を擁護していた。同じ女として、そして同じ主婦として、どうしてもフォローしてあげたくなったのだ。
それに頼りない旦那を持つ者同士、やはり庇わずにはいられない。
広明がショックを受けているのは分かるが、それでもこの子はずっと今の母に育てられてきた。
実の妹というとんでもない浮気相手の子供にもかかわらず、本当の息子のように大事に育ててもらったのだ。
だったら広明は、そんな母の気持ちを理解しているのだろうか?未だに親に頼って生きているクセに、母に腹を立てる資格があるのだろうか?
喉元まで出かかった言葉を堪え、なんとか飲み下す。
《今は自分の意見を言う時とちがう。この子の悩みを聞く時や。》
冷静に自分に言い聞かせ、心を落ち着かせる。そして柔らかい笑顔を作りながら、話の先を促した。
「ほなそれが広明の悩みなんやね?あんなこと言われて、それが気になってしゃあないわけや?」
「・・・・そうやな。でもまあ・・・・偉そうなこと言える立場じゃないからな。俺ってニートやから、何があっても親に逆らえる立場とちゃうし・・・。
それに実の子供でもないのに、ここまで育ててもらったんや。ほんまならもっと感謝せなあかん立場やもんな。」
「いやいや、そこまで卑屈にならんでええよ。まあニートのことはあれやけど・・・・・でも実の子供じゃないうんぬんっていうのは、あんたが気にすることと違うやろ?」
「そうかな?」
「そうやで。だって子供は親を選べへんもん。どういう状況で生まれてくるかは、生まれてみんと分からへんやろ?」
我ながら言いことを言ったと思った。でも広明は納得していない様子で、まだ透き通るような瞳で見つめて来る。
《この目・・・・正直気味が悪いな・・・・。》
さっきまでは我慢していたが、やがて耐えられなくなって目を逸らした。すると下から顔を覗かれ、ピタリと目が合った。
「姉ちゃん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
・・・・私は思わず叫びそうになった。ほんの一瞬だけ、この子の目が青く見えたのだ。
まるで外国人のように、吸いこまれるような青い瞳をしていた。しかしすぐに目の色は戻り、また不気味さを感じてしまった。
「・・・・ごめん広明、今日は調子が悪いからちょっと帰るわ。」
無理に笑顔を作り、テーブルのバッグを掴んで立ち上がる。これ以上この子と目を合わせていたら、良くない事が起こりそうで怖かった。
「また来るから。お母さんによろしく言うといて。」
小さく手を振り、広明の反対側からソファを回る。するといきなり腕を掴まれて、「昼ごはんは?」と尋ねられた。
「今日一緒に食べるんやろ?」
《・・・・また・・・また青い瞳になった・・・・。》
その目はまるで少年のように無垢だった。そしてこの世のものとは思えないほど不気味に透き通っていた。
「ごめん・・・今日はちょっと体調悪いから・・・・。」
「でもさっきは一緒に食べようって言うたやんか。」
「さっきはさっきや。今は調子が悪くなったんや。それに私は妊娠中やで?妊婦さんに無理させる気?」
そう言って腕を払おうとするが、まったく放してくれなかった。
「姉ちゃん、その言い訳はないわ。」
「な・・・何がよ・・・?」
「だってさっきまで浮気をするとか言うてたくせに、急に妊婦面したって説得力ないで。」
「それはそれ、これはこれやろ。ええから手え放して。」
「嫌や。」
「怒るで?」
「ええで。好きなだけ怒って。」
《このガキ・・・・。大人しいしてたら調子に乗りやがって・・・・。》
病気だからといつもより甘やかしていたら、ずいぶんとつけ上がっているらしい。
それに今までほとんど怒ったことがないから、よっぽど私のことを舐めているんだろう。ここは一つ本気で怒って、恐いところを見せておかないといけない。
「あのさ、あんた何か勘違いしてない?」
「勘違い・・・?」
「今までずっと甘やかしてきたけど、それもこれもあんたの為を思ってなんよ。あんたみいなガラスのハートじゃ、私が本気で怒ったら傷つくやろ?だから甘い顔見せてたわけ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「でもさ、あんまり調子に乗ってるならもう甘い顔は見せへんで?昔に夜這いをした時は見逃してやったけど、今度はそうはいかへん。
だからええ加減この手を放した方がええで。そうじゃないと、今後二度と口を利かへんし、あんたが昔に夜這いしたこと・・・お母さんにバラすで?それでもええの?」
目に力を入れて睨みつけると、わずかに広明の表情が揺らいだ。
《おお、明らかに怖がってるな。これでも抑えてる方なんやけど。》
私は顔を近づけ、「早よこの手放せよ」とドスの利いた声で言った。広明は途端に勢いを失くし、ゆっくりと手を放して「ごめん・・・」と呟いた。
《何がごめんや。誰がここまで怒らしたと思ってんねん。》
胸の中の怒りは、さらに酷い言葉を吐き出させようとする。しかしこの時点で、広明は相当傷ついているようだった。
《ほんま脆いなこいつ。あんなんでここまでヘコむって、ガラスのハートどころじゃないで。》
もう少しキツイ顔を見せてやろうと思ったが、あまりにヘコむ弟を見て可哀想になってきた。これ以上追撃を加えれば、また以前のように引きこもりになるかもしれない。
そうなったら一番迷惑するのは母なわけで、とりあえずこれくらいで勘弁してやることにした。
「・・・・まあええわ。私も妊娠中でイライラしてたし、あんたも病気やから感情的になってたんやろ?だからこれでおしまい。また来るから、その時は一緒に昼ご飯を食べよ。」
そう言って表情を和らげ、ポンと肩を叩いて出て行こうとした。するとまた腕を掴まれ、ソファの方に引き戻された。
《このガキ・・・・ええ加減にせいよ!》
頭に血が昇り、思わず平手で殴りつけた。しかしそれでも手を放さないので、思い切ってグーで殴った。
「ええ加減にせえよこのガキ!どんだけ甘い顔したら気が済むねん!」
私の拳がヒットしたせいで、広明の鼻から血が流れる。それを見て一瞬ギョッとしたけど、それでも怒りは治まらなかった。
「だいたいな、お前はちょっと甘え過ぎやねん!そら辛い過去があるのは分かるけど、そんなんあんただけちゃうで?
みんな何かしら抱えて生きてねん!それをいつまでもダラダラ甘えやがって・・・・。
ええか、よう聞けよ!お父さんはお前のタバコ代やお菓子代を稼ぐ為に働いてるんとちゃうで!お母さんだって、ええ加減あんたの面倒を見るのはしんどいはずや!」
自分でも耳がキンキンするほどの声で怒鳴った。しかしそれでも声のボリュームを落とすつもりはない。
この馬鹿で甘ったれな弟を、今日こそは矯正してやると決めたのだから。
「そんな甘ったれた考えで、この先どうやって生きて行く気?言うとくけど、私はあんたの面倒を見る気はないで。
もしお父さんとお母さんがそのうちおらんようになっても、私は絶対にあんたの面倒は見いへん!」
掴まれた腕を振り払い、ドンと肩を突き飛ばした。広明は力を失くしたようにソファに倒れ、俯いたまま顔を上げなかった。
「私には私の家族があって、子供だっておる。それにお父さんとお母さんだって、老後の人生があるんや。
ええか広明、あんたがこの家に住んでるだけで、あの二人は老後の貯蓄を切り崩す羽目になるんや。
いくら家族や言うたって、それぞれの人生がある。もうとっくに成人した子供をいつまでも抱えてられへんねん。それくらい分かるやろ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
一度啖呵を切りだすと、中々止まらないのが私の悪いクセだ。一息に言葉をまくしたて、少しだけ深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「私はな、まだまだあんたに言いたいことがある。仕事にせよ恋愛にせよ、あんたは何にでも消極的すぎんねん。そのくせ身内の前やと、あれやこれやと偉そうに愚痴るやろ?
全部自分が悪いクセに、そういうのを棚に上げてるから上手くいかへんねん。一回くらい現実に向き合わんと、ほんまに何も手に入らへんで?
今のままやったら、親の死に目があんたの死に目や。あんたはほんまにそれでええんか?せっかくの人生やのに、こんなんでええと思ってるんか?どうなんや!」
かなり荒い口調でそう言うと、さらに項垂れてしまった。ここまで来ると、もはやただの説教でしかない。
しかし私は何一つ間違ったことは言っていない。それに今となっては、この子の将来を心配する気持ちが出て来た。
「あんたまだ三十二なんやから、まだまだ間にあうよ。今からでも遅くないから、ちょっとずつ前に進んでみいな。
あんたが真面目に自分の人生を生きるんやったら、私はなんぼでも手を貸したるから。私らは姉弟やろ?」
口調を緩めて肩を叩くと、広明はやっと顔を上げた。しかしその顔を見た瞬間、私は背筋が凍った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
絶句して固まる・・・・。なぜなら広明の顔は、この子の実の母にそっくりに見えたからだ。
・・・・いや、そっくりどころじゃない。叔母の顔そのものになっている。まるで彼女の霊が乗り移ったかのように・・・・・・・。
私は息を飲み、ゆっくりと後ずさった。
「ほな・・・・今日はこれで帰るから。今言うたこと、ちゃんと考えてしっかりせなあかんよ・・・・。」
背中を向け、足早に部屋を出て行こうとする。しかしその瞬間、なぜか急に部屋のドアが閉じてしまった。
「なんで・・・・外に誰かおるん?」
ドアノブに手を掛け、ガチャガチャと動かしてみる。しかしドアはまったく開く気配がなく、なぜか鍵まで掛っていた。
「なんやねん・・・・どうなってんの・・・・?」
そう呟いて後ろを振り向くと、そこには広明が立っていた。
「ひッ・・・・・。」
思わず声が漏れて、ドアに背中をぶつけた。
「な・・・何よ・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
叔母の顔をした広明は無言で私を見つめる。そして小さく口を動かしてこう呟いた。
「あんたも同じ場所へ行け・・・・・。」
「は?・・・・同じ場所って何よ・・・・・。」
私はパニックになり、震える目で広明を見つめていた。

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