水面の白影 第十話 巡る季節(2)

  • 2014.10.09 Thursday
  • 12:23
時として、恋人の笑顔というのは恐ろしいものだ。いっそ怒ってくれた方がマシなのに、ニコニコと見つめられるほど怖いものはない。
「ええっと、あの・・・・・今日は学校来おへんかったな?やっぱり夜更かししてしんどかったんかな?」
「うん、隆志が昨日九回もやるから。」
「いやいや、そんなにやってへんやん。ていうか家に来るならメールの一つくらい寄こすとかやな・・・・、」
「なんで?」
「いや・・・なんでって・・・・。」
「彼女が来たら困ることでもあるの?」
「・・・・・全然。いつでも来てええんやで、なあ?」
そう言って加奈子の隣に座る信也に目を向けると、笑いを噛み殺していた。
《こいつ・・・こうなることを予想して加奈子を呼んだな・・・・。》
思い切りガンを飛ばすと、加奈子は「こっち見いな」とドスの利いた声で言った。
「はい・・・・。」
「なあ・・・一つ聞きたいんやけど、その人誰なん?」
加奈子は笑顔のまま、俺の横に座る朋子さんを見つめた。
「なんかこの人ずっと黙ってるけど、いったい誰なん?なんで隆志の部屋に来てんの?」
顔は笑顔でも、声に殺気がこもっている。別に朋子さんとはやましい関係じゃないけど、正直に話すことは出来ない。
《絶対に広明のことをバレるわけにはいかんからなあ・・・・。でもこのままやったら完全に浮気と勘違いされるし・・・・。》
俺は周りに座る三人を見渡し、引きつった笑顔で立ち上がった。
「お茶・・・・淹れよか?」
「いらん。」
加奈子がピシャリと言う。
「でも暑いやん?喉乾いてるやろ?」
「いや、エアコン効いてるし。」
「ああ、エアコンなあ・・・・文明の力ってすごいよな。夏でも涼しい風が出せるんやから。」
「そうやな。・・・・・で?」
「・・・・・・・・で?」
思わず聞き返してしまう。加奈子の笑顔がだんだんと限界に達していて、これ以上誤魔化せばキレてしまうだろう。
そうなればさらに機嫌が悪くなるわけで、しばらくは会ってすらもらえなくなる。
《どうしよ・・・・どうするのが正解や・・・・?広明のことを話すわけにはいかん。でも加奈子に嫌われるのも勘弁や・・・・。いったいどうしたら・・・・・。》
立ち上がったままオロオロとして、せわしなく手を動かした。するとこの修羅場を作った張本人の信也が、堪え切れずに吹き出した。
「はははははは!めっちゃ困ってる!なはははははは!」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
いったい何がそんなにおかしいというのか?兄貴が困っているのがそんなに楽しいのか?だんだんと腹が立ってきて、真剣な目で信也を睨んだ。
どうやら俺が本気で怒っていることに気づいたらしく、ビクッとした様子で加奈子の後ろに隠れた。
「おい信也。何を笑ろとんねん?」
「いや、別に・・・・。」
「お前な、今日の朝から調子に乗り過ぎやぞ。いくら弟やいうたって、ここまでされたら本気で怒るぞ、ええ?」
腕まくりをして柔道で鍛えた筋肉を見せると、信也はサッと目を逸らした。
「お前あれやろ?最近ボクシングかじって調子に乗ってんねやろ?言うとくけどな、俺はまだまだお前には負けへんで?なんやったら喧嘩してみるか、おお?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
信也は完全に加奈子の後ろに隠れ、俺の視界から消えようとする。
「隠れても無駄や。一発くらい拳骨落とさな気がすまへん。ほれ、顔出せ。」
ズンズンと近づいて頭を掴むと、加奈子が「やめてや」と叩いてきた。
「冗談でなに本気で怒ってんの?」
「冗談?なんの冗談や?」
「あのな・・・・今日全部信ちゃんから聞いたんや。隆志と信ちゃんが、広明って叔父さんのことを調べてるって。」
「なんやて?全部聞いたってどういうことや?おい信也、答えんかい。」
加奈子を押しのけて信也の胸倉を掴む。すると怯えた様子で「ごめん・・・・」と呟いた。
「ごめんってんなんやねん?お前もしかして、加奈子に全部あのこと喋ったんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「黙ってへんと答えんかい!」
大声で拳を振りあげると、加奈子が慌てて止めに入ってきた。
「だからやめてって!」
「うるさい!お前はちょっと引っ込んどれ!」
「引っ込むわけないやん!ええから話聞いてよ!」
加奈子は本気で俺を突き飛ばし、信也をかばうように手を広げた。
「信ちゃんは悪くないで。私が無理矢理押しかけて、全部喋らせただけやから。」
「・・・・・どういうことや?詳しく説明せえ。」
さっきとは別の意味で怒りが湧いてくる。無理矢理押しかけた?信也に全部喋らせた?
状況がまったく掴めないが、それでも確かなことがある。それはまたしても加奈子がトラブルを引き起こそうとしていることだ。
「あのな・・・・前々からずっと疑ってたんや・・・・。」
「疑う?何をや?」
「だから・・・・あんたが浮気してるんとちゃうかって・・・・。」
加奈子は上目づかいに俺を見る。
「隆志って、たまに電話を持ったまま私の前から消えるやん?ほんでトイレとか風呂場にこもって、コソコソと誰かと喋ってるやろ?だからこれは怪しいと思ったわけ。」
加奈子の声に少しだけ怒りが含まれている。俺は腰を下ろし、正面に向かい合った。
「・・・だからな、いっぺんだけ隆志のこと尾けたんや。」
「尾けた?」
「うん・・・・。悪いとは思ったけど、でも気になって仕方なかったから・・・・。あんたが学校に行ったあと、こっそりと後を尾けたんや。
そしたら・・・・そこの女の人と喋ってるの見たから・・・・。」
そう言って朋子さんを睨む。
「それいつや?」
「・・・・三カ月くらい前かな?あんたは学校に行かんと、島根まで行ってたやろ?」
「てことは・・・・島根まで追いかけて来たんか?」
「うん・・・・。バイクに乗ってな。」
「・・・・呆れるわ・・・なんちゅう執念や。」
「彼氏の浮気を突きとめる為やったら、女はそれくらいするで?」
加奈子はさも当然のように言う。俺は「そこまでするのはお前くらいや!」と言いたかったが、とりあえず我慢しておいた。
「その女の人を見た時、これは絶対に浮気やと思った。でも二人は全然イチャイチャせえへんし、ファミレスで話してるだけやった。
ほんでそれが終わると、あんたはすぐにこっちに帰って来たから、浮気と断定出来へんかったんや。」
「・・・・ほんで、それからどうした?」
呆れた顔で尋ねると、加奈子は泣きそうな顔になった。
「・・・・今日だって、あんたはまたコソコソと電話してたやんか?」
「コソコソしてないがな。あれは信也からの電話や。」
「ウソや!きっと風呂場に入ってから、そこの女に電話を掛けてたんや!だから私はもう我慢出来へんようになって信ちゃんに電話を掛けた。
そしたらこの部屋に来てる言うから、押しかけてきたわけ。そこで信ちゃんに問い詰めたんや。隆志は浮気してるんと違うかって・・・・。」
加奈子は泣きべそをかき、信也がティッシュで拭ってやっていた。
「・・・・私があんまりしつこく問い詰めるもんやから、信ちゃんはとうとう観念して喋ったんや・・・・。だから信ちゃんは悪くない!悪いのは私なんや!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
なんなんだろう、この展開は・・・・・。俺は必死に広明のことを隠し通そうとしていたのに、加奈子はそれを知っていたというのか。
いや、それよりもだ・・・・信也の馬鹿はなぜそのことを俺に言わない?こんなに大事なことを喋ったのに、なにをヘラヘラ笑っていたのだろう?
「おい信也。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
信也は少しだけ顔を出し、目を伏せたまま俺に向き合った。
「お前・・・・・どこまで喋ったんや?」
「・・・・全部・・・・。」
「全部?一から十まで全部か?」
「うん・・・・・。」
「広明のことも、奴を調べてることも、そんで朋子さんのこともか?」
「・・・・うん。」
「このアホ!加奈子に問い詰められたくらいで、何をペラペラ喋っとんねん!」
思わず手が出て、信也の頭を叩いてしまう。
「やめて!信ちゃんは悪くないから!」
「ドアホ!誰が信也を殴らせたと思ってんねん!お前が余計なことに首を突っ込むからこないな事になっとんやろ!」
「だって気になったんやから仕方ないやん!」
「誰でも人に知られたくないことはあるやろ!お前はな、そうやって子供の頃からいらんトラブルを引き起こすねん!ちっとは成長せえ!」
「そんなん隆志に言われたくないわ!だいたい私をのけ者にするのが悪いんや!最初から私にも言うといてくれたら、こんなことにはならんかった!」
「ほな何か?俺が悪いっちゅうんか?」
「そんなん言うてへん!あんたが黙ってたのが悪いって言うてるんや!」
「おんなじ意味やないか!」
「違うわ!あんたは悪くない!私も悪くない!信ちゃんも悪くない!」
「ほな誰が悪いんや?」
「それは・・・・そこの女に決まってるやろ!」
加奈子は親の敵でも睨むように朋子さんを指差した。
「全部そこの女が悪いんや!」
「なんでやねん・・・・。信也から話を聞いたんやったら、俺と朋子さんが何にもやましいことは無いって知ってるやろ?」
「私に黙って会ってる時点でやましいの!だいたい何やねん・・・人の色が見えるって。
隆志ってそういうオカルトみたいなんめっちゃ嫌うやん?デートの時に占い行こうって言うただけで嫌な顔するクセに。」
「朋子さんの力はほんまもんや。だから広明を追い詰めるのに協力してもらってんねん。」
「ほな私も混ぜてよ!」
「なんでやねん!どういう理屈でそうなるか意味が分からんわ・・・・。」
呆れてものも言えないとはこういうことだ。俺は憮然と顔をしかめ、コンビニで買ったオニギリを頬張った。
すると黙って見ていた朋子さんが、「あの・・・・」と手を挙げた。
「加奈子さん・・・・でしたよね?」
「そうや。ていうか気安く人の名前呼ばんといてくれる?」
「ああ・・・すいません・・・・。でも誤解のないように一応言っておこうと思って・・・。」
朋子さんはチラチラと俺の方を見つめ、そして目に力をこめて言った。
「・・・・私と隆志君は、ほんとうに何もありませんから・・・。そこだけは分かって下さい。」
「当たり前や!もし隆志にちょっかい出してたら、死ぬまで呪いの手紙出したるからな!」
「それは・・・嫌ですね・・・・。」
朋子さんは少しだけ困った顔で笑った。この人の笑顔を見るなんて初めてなので、少し意外だった。
「隆志・・・・何をニヤニヤしてんの?」
「してへんがな。」
「いいや、思いっきりニヤニヤしてた。やっぱり浮気してるんと違うの?」
「だからあ・・・・やってないって言うてるやん。ほんっまに話の分からん奴やな。」
もう相手をするのが面倒くさくなってきて、加奈子から顔を逸らした。すると朋子さんはまた笑い、加奈子の顔を真っ直ぐに見つめた。
「私はアリだと思います・・・・。加奈子さんが仲間に加わること。」
そう言うと、加奈子は表情を変えて目を輝かせた。
「それホンマ?」
「はい・・・。だって今のメンバーだけじゃ、広明さんを追い詰めるのは無理があると思うから・・・・。」
それを聞いた加奈子はますます目を輝かせた。そしてさっきまでの怒りはどこへやら、俺の袖をクイクイと引っ張った。
「なあ聞いた?あんたらだけやったら無理やって。」
「うるさいな、横におるんやから聞こえとるわ。」
素っ気なく言い返すと、加奈子はバシバシと俺の腕を叩いた。そしてまた朋子さんに向き合い、子供のように目を輝かせたまま言った。
「それってさ、私が仲間として必要ってことやんな?」
「そうです。はっきり言って、私たちだけじゃあまりにも行動力が無さ過ぎるんです。これじゃいつまでたっても広明さんを追い詰めることは出来ません。」
「ああ・・・・あんた良い人やなあ・・・・。呪いの手紙は許してあげるわ。」
「・・・・ふふ、ありがとうございます。」
おお、今声を出して笑ったぞ・・・・。思わず信也の方を見ると、向こうも意外そうな顔をしていた。
「広明さんを調べて半年以上になりますが、これといって目ぼしい成果はありませんでした。
それはきっと、私たちがコソコソとしか動き回っていないからです。隆志君は頭はいいけど、ちょっと慎重すぎる。信也君も一生懸命頑張ってるけど、ちょっと空回りが多い。
それに私は人の色が見えるという力があるけど、人前に出るのは苦手です。だからここは、加奈子さんのようにグイグイ前に出る行動力が必要だと思うんです。」
「ああ・・・・あんた分かってるわあ・・・・。人を見る目があるよ!」
加奈子はとろけそうな声で言って、朋子さんに近寄る。しかし俺はその間に割って入り、加奈子を牽制した。
「ちょっと待て。」
「なによ?」
不機嫌そうな加奈子を無視して、朋子さんの方を見つめた。
「朋子さん、こいつはな、昔っから余計なトラブルばっかり起こすねん。
小一の時には便所に靴下入れて溢れさせたし、小六の時には盗まれた給食費を探して、探偵気取りで関係ない奴を犯人に仕立て上げた。
それに中二の時には、教育実習の先生のズボンを引きちぎって泣かせたことがあるし、極めつけは高三の時に、お巡りさんを痴漢と勘違いして殴り倒したことがある。
他にも小さいトラブルを挙げたらキリがないほど、ようさんの揉め事を起こしてんねん。だからこんな奴を仲間に入れたら、この半年の努力が一瞬でパアやで。」
そう言うと加奈子は不機嫌そうに唇を尖らせたが、全て事実なので言い返せない。
しかし朋子さんはまた声を出して笑い、「逞しいじゃないですか」と褒めた。
「そういう行動力が、今の私たちには必要なんですよ。だから是非加奈子さんにも仲間に加わってもらいましょう。」
「な?な?ほらな?朋子さんはよう分かってはるわあ・・・。やっぱり人の色が見えるってホンマなんやね?だから私のことを正しく評価してくれんねん。」
何が正しく評価だ・・・・。さっきまではオカルトがどうとか言ってたクセに・・・・。
俺は渾身の嫌味を込めて「お世辞に決まってるやろ」と言ったが、加奈子はまったく気にしていない。そして横に置いていたバッグを掴み、中からスマホを取り出した。
「あのな、今日さっそく行動を起こしたんや。」
「ん?行動を起こした?」
いきなりキナ臭いことを言いだすので、辺りに不穏な空気が漂う。この中で信也だけが事情を知っているようで、何とも言えない顔で黙っていた。
「私な、ちょっと電話を掛けたんや。」
「電話?誰にや・・・・・?」
「誰っていうか、会社に?」
「だから何の会社やねん?」
「広明さんの会社。社長に聞きたいことがるから、代わってもらえますかって。」
食べていたオニギリを吹き出しそうになる。これにはさすがの朋子さんも唖然としていて、引きつった笑顔を見せていた。
「こういうのは直接本人に聞くのが一番やから。でも残念なことに代わってもらえへんかったんやなあ・・・。
社長は今忙しいですとか何とか言って・・・・。これって絶対に何かを隠してる証拠やで。明日は直接会社に乗り込んで・・・・・、」
加奈子が言い終わる前に、俺はその頭を叩いていた。
「痛ッ・・・・。ちょっと!女の子を殴るなんて最低やで!」
「やかましい!お前が彼女じゃなかったら、ガムテープで縛ってアリの巣の近くに捨ててるところや!」
「なんでよ!こっちから動かな何も変わらへんやろ!コソコソしても意味ないやん!」
「そういう問題と違うやろ!お前の行動は無防備過ぎんねん!なんで敵のおる城にノコノコと電話を掛けるんや!
ましてやそこへ直接乗り込むなんて・・・・アホのすることやないか!」
「アホってなによ!学校の成績はあんたよりええねんで!」
「だからあ・・・・そういうこととちゃうやろ!ほんっまに話の分からん女やなあ。」
しばらく加奈子と言い争いを続けていると、信也のスマホが鳴った。
「はいもしもし?・・・・ああ、おばあちゃん?うん、いまお兄のところ。え?今日は帰って来るんかって?
ああ・・・・どうやろなあ・・・もしかしたら泊まるかも。うんうん、ちゃんと勉強はするから大丈夫やで、ほな。」
信也は面倒くさそうに電話を切り、「しつこいねん」とぼやいていた。
「おばあちゃんさっきからチョイチョイ掛けてくんねん。もう電源切っとこ。」
そう言ってスマホをいじっていると、また電話が鳴った。
「またおばあちゃんか?」
「いや、俺のじゃないで。これ加奈ちゃんやろ?」
加奈子はスマホを握り、難しい顔で唇を尖らせていた。
「うん。でも知らん番号なんよなあ・・・・どうしよ?」
困った顔でスマホを見つめているので、「ほっとけ」と言ってやった。
「どうせロクな電話と違うで。無視しとけ。」
「そやな。ほんなら・・・・・。」
そう言って電話を切るのかと思ったら、「もしもし?」と出ていた。
「だからなんでやねん・・・・。言葉と行動が一致してないやんけ。」
もういい加減ツッコむのも面倒くさくなり、残りのオニギリを頬張った。すると朋子さんが髪をいじりながら、首を傾げて言った。
「・・・・いい彼女ね、加奈子さん。」
「全然、見た通りのアホやで。」
「そうかな・・・・。私にはそうは思えないけど・・・・。」
「今に分かるよ。こいつがどれだけアホかってことが。油断してると朋子さんも痛い目に遭うから気いつけよ。」
一気にオニギリを頬張り、お茶で流し込む。するとバシバシと背中を叩かれて、加奈子の方を振り返った。
「なにすんねん!せっかく食うたのに吐きだすとこやったやないか!」
咳き込みながらそう言うと、加奈子はスマホを押しつけてきた。
「なんで俺に向けるねん?」
「いいから出て。」
「だからなんでやねん。どこの誰かも分からへんのに・・・・・、」
そう言いかけた時、朋子さんが加奈子のスマホを指差した。
「・・・・それ、色が出てる・・・・。」
「色・・・・?スマホから?」
「たまに見えるの、電話から色が見えることが・・・・。それにこの色は、間違いなくあの人の色だと思う・・・・。」
「あの人?」
「紫に赤い色が混ざってる・・・。それにすごく強く輝いてるから、これはもう間違いなくあの人の色・・・・・。」
朋子さんは口元に手を当てながらスマホを睨んでいる。彼女がここまで不安そうな顔をするのは珍しいので、いったい誰のことかと考えた。
「紫に赤色・・・・誰のことや?」
首を傾げてそう呟くと、信也が「あいつやん!」と叫んだ。
「お兄!早く出ろ!」
「なんやねんな、急に・・・・。」
「ええから出ろって!」
信也は加奈子からスマホを奪い取り、俺の手に押し付けた。どうやらここにいる全員が電話の主を分かっているらしい。
俺はなんだか仲間はずれな気分になって、唇を尖らせて電話に出た。
「もしもし?」
顔をしかめて尋ねると、すぐに返事があった。
『もしもし?隆志か?』
その声を聞いた途端、背筋が震え上がった。
『久しぶりやな、元気にしてたか?』
「・・・・ああ、うん・・・・まあまあかな・・・・。」
『さっきお前の彼女いう子から会社に電話があってな。ちょっと忙しいから出られへんかったんやけど、堪忍してくれ。』
電話の主は、あの広明だった。
《向こうから電話を掛けてきよった・・・・。長いこと疎遠やったのに、なんで掛け直してくるんや・・・・・。》
さっきの修羅場とは違った意味で、背中に冷たい汗が流れる。お茶を飲んだばかりなのに喉が渇き、上手く言葉が出てこない。
『可愛い甥っ子やのに、ずっと連絡取らんですまんかったな。どうや?今日は信也と一緒に飯でも行かへんか?』
「え?ああ・・・・どうやろ、今は彼女と一緒やから・・・・・。」
『ほな彼女も連れて来たらええがな。どうせ学生の身分で美味いもん食うてないんやろ?今日はヤブサメの焼き肉食わしたろ。知ってるやろ?ヤブサメ?』
十数年ぶりに聞く広明の声は、まったく変わっていなかった。いや・・・・一度だけラジオに出た時に声を聞いているが、こうして話すのはほんとうに久しぶりだ。
スマホを持つ手が震え、何も言葉が出て来なくなる。
『今日の夜はたまたま空いてんねん。遠慮せんでええから、飯でも食いに行こうや。』
広明の声はどこまでも優しい。それは決して演技の優しさではなく、内面から滲み出るような優しさだった。この男がどういう人物なのか、やはり今でも計りかねる。
何も答えられずにいると、電話の向こうからボチャンと音がした。それはまるで、水面に何かを投げ入れたような音だった・・・・・。

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