水面の白影 第十一話 魂の眠る場所

  • 2014.10.10 Friday
  • 12:26
夜を迎えた地方都市に、鈍い月の光が射している。時刻は午後九時、繁華街の人通りは賑やかで、明日は土曜ということもあって若者が多かった。
「焼き肉、焼き肉!」
信也は嬉しそうに鼻歌を歌い、なぜか朋子さんと手を繋いでいた。そして朋子さんも嫌な顔一つ見せずに、信也の鼻歌に合わせてハミングを刻んでいる。
《この二人・・・・いつの間にこんなに仲良くなったんや?》
疑わしい目つきで見つめていると、加奈子に肘をつつかれた。
「朋子さんに妬いてる?」
「アホか。全然妬いてへんっちゅうねん。」
「ホンマ?」
「ホンマや。」
「じゃああたしとも手え繋ご、ほら。」
加奈子は強引に俺の手を握り、「焼き肉、焼き肉!」と口ずさんだ。俺はうんざりした顔で三人を睨み、窘めるように言った。
「お前らなあ・・・・焼き肉焼き肉ってうるさいぞ。今から誰に会うか分かってんのか?」
加奈子と手を離し、腕を組んで睨みつける。すると信也は「分かってるよ」と生意気に反論し、朋子さんにむかって「な?」と首を傾げた。
「・・・・広明さんに会いに来たことは分かってる・・・・。でも焼き肉なんて久しぶりだから、ちょっと嬉しくなって・・・・。」
朋子さんは申し訳なさそうに言うが、その顔は焼き肉の誘惑に負けていた。
「・・・ヤブサメの焼き肉・・・・一度でいいから食べてみたかった・・・・。一つ夢が叶う・・・・。」
「朋子さん・・・・見かけによらず食い意地が張ってるんやな・・・・。」
「・・・女は誰でも美味しいものが好き・・・・。それに比べたら、男なんて刺身に乗っかったタンポポ以下の価値しかない・・・・・。」
「なかなか辛辣な言い方やな・・・。過去になんかあったんか?」
「・・・・余計な詮索はしない・・・。それが協力する約束でしょ?」
朋子さんは唇を上げて、いかにも不機嫌そうな顔をした。
「分かってるって、ちょっと聞いただけやん。それにいつの間にか信也と仲良うなってるし・・・。手え繋いで歩くなんて、ちょっと二人の仲を疑ってしまうわ。」
そう言うとまたしても加奈子が肘をつつき、「やっぱり妬いてるやん」と睨んできた。
「だからあ・・・・もうその話はええやろ。いつまで引っ張るねん。」
加奈子はまた手を繋ごうとしてきたが、俺はそれを無視して歩いていった。
《こいつら全然あかんわ・・・。このまま広明に会ったら、絶対にアイツに取り込まれてしまう。ここは俺がしっかりせんと。》
一ヶ月ぶりの地元の街は、なんだか新鮮に見えた。建築中だった大きなデパートも完成し、改装中だった駅も綺麗になっている。
それに夜に来るのなんて久しぶりだから、少なからずテンションが上がってしまった。
しかし俺まで焼き肉に呆けたら、いったい誰が広明を問い詰めるというのか?
奴からの誘いにのってせっかくここまで来たんだから、それなりの収穫は持って帰らなければならない。
俺は深呼吸して気持ちを落ち着かせ、繁華街の奥にある焼き肉屋を目指した。
《ヤブサメか・・・・超がつくほどの高級店やな。ブランドもんの肉しか扱わへんし、牛タンなんか暑さが二センチもあるらしいからな。
そう考えると、こいつらがはしゃぐのも無理ないか・・・・・。》
焼き肉を連呼する三人を引き連れ、繁華街の奥へと向かう。すると煌々と照らす繁華街の通りに、こじんまりとした品のある店が見えてきた。
「ここがヤブサメか・・・・なんか絶対に金持ちしか入られへん雰囲気やな・・・。」
ヤブサメはややベージュな外観に、モダンな造形をした店だった。入り口には会員制と書いてあり、値段は全て時価となっている。
《怖いな・・・・奢りじゃなかったら絶対に入られへん店やわ。》
店の前で息を飲んでいると、入り口のドアが開いてスーツ姿の男が出て来た。そして俺たちに向かってニコリと笑い、丁寧に頭を下げた。
「斉藤様でいらっしゃいますね?」
「え?ああ・・・・そうですけど・・・・・。」
「星野様より承っております。中でお待ちなので、どうぞお入り下さい。」
そう言って機敏な動作で入り口の前に立ち、中に手を向けた。
「・・・・ほな行くか。」
「うんうん!」
「・・・・早く行って喰い倒しましょう・・・・。」
「この際広明はどうでもええわ。食べるだけ食べたら帰ろ。ついでにお土産ももらって。」
どいつもこいつもヤブサメの焼き肉に魅了され、本来の目的を忘れている。美味い食い物というのは、人の心を飲みこんでしまうらしい。
《俺一人で来た方がよかったかな・・・・・。》
チラリとそう考えるが、今さら後悔しても遅い。俺たちはスーツの男に案内され、立派な内装の店に上がった。
そして暖色のかかった照明に照らされながら、二階の大きな部屋へと案内された。
「こちらです。」
スーツの男はそっと襖を開け、中に向かって頭を下げた。
「星野様、お連れ様がご到着です。」
するとやや間を置いてから、「おお、来たか」と懐かしい声が響いた。その声を聞いた瞬間、カッと胸が熱くなった。
《広明・・・・この奥におるんやな・・・・。あかん、喉が渇いてきた・・・・。》
ゴクリと唾を飲み、動機の早くなった胸を押さえる。さっきまで浮かれていた三人も、少しばかり緊張しているようだった。
俺はみんなの先頭に立ち、畳の匂いのする部屋に足を踏み入れた。
「・・・・・・・・・・・。」
大きなテーブルの端っこに、広明がポツンと座っている。そしてなぜか服装は学生時代のジャージを着ていて、その隣に高そうなスーツが放り出されていた。
「おお、よう来たな!まあまあ座ってくれ。」
広明はパッと明るい笑顔になり、純粋に俺たちとの再会を喜んでいるようだった。誰もが困惑した顔で見つめ合い、小さく会釈をしながら広明の向かいに座った。
「ははは、そんな対面にばっかり座らんでええやん。ほら信也、俺の隣に座れ。」
そう言って手招きをし、隣の座布団を叩いた。信也は困ったように愛想笑いを見せるが、叔父の迫力に負けて隣へと移動していった。なぜか朋子さんを連れて・・・・・。
それを見た広明は、「なんや?信也の彼女か?」と冗談まじりに笑った。
「いや・・・・彼女とちゃうけど・・・・。」
「ははは、冗談や。お前とその人じゃ歳が離れ過ぎとるからな。」
広明はタバコに火をつけ、じっと二人を見比べていた。
「信也は今年で十八やろ?」
「・・・・うん。」
「そんでそっちのぺっびんさんは・・・・・若くて三十、妥当なところで三十六いうくらいかな、どうや?」
広明は自信満々で朋子さんを見る。すると朋子さんの唇が大きく上がり、「二十五です」と答えていた。
俺は今日、初めて朋子さんの歳を知った。名前と連絡先、あとは住所くらいしか知らないから、歳を知ってちょっと驚きだった。だって実際より大人っぽく見えるから・・・。
「ははは、悪いな。間違えてもたうたわ。これでも人の年齢を当てるのは得意なんやけどなあ・・・・歳がいくと衰えるもんや。」
「いえ・・・・別に怒ってませんから・・・・。」
朋子さんは唇を上げたまま、ムスっとした表情で目を逸らしていた。その時・・・俺はふと気付いた。
《広明のやつ・・・・わざと年齢を間違えよったな・・・・。ああいう言い方をしたら、相手は怒ってほんまの歳を言うはずや。》
きっと広明の奴は、初めて会う人間の情報を知りたかったのだろう。ではなぜそんなことをするのかというと、俺たちのことを警戒しているからだ。
《ずっと疎遠やった甥っ子が、いきなり連絡を取ってきたんや。何事かと警戒するのも無理ないわな。特に広明みたいな神経質な性格ならなおさらや。》
俺は冷めた目で広明を睨み、いまにでも母のことを問い詰めたい気持ちになった。するとそんな俺の心を見透かしてか、広明は「お母さんのことやろ?」と鋭い質問をしてきた。
「あのな、今やから言うけど、お前らコソコソと俺のこと嗅ぎまわってたやろ?」
広明は笑顔のままでそう言った。俺と信也は顔を見合わせ、心臓の縮こまる思いでいた。
「そんなに緊張せんでええよ、別に怒ってるんと違うからな。」
「・・・・・ああ、いや・・・・・。」
何も答えることが出来ずに黙っていると、ゆっくりと襖が開いて店員が入ってきた。
「お、肉が来たみたいやな。とりあえずは食べようや。ここの肉ごっつう美味いんやで。」
黒い服に白い頭巾を被った店員が、丁寧な動作で肉を並べていった。どれも高そうな皿に乗っていて、テレビでしか見たことのないような綺麗な肉だった。
「とりあえず一通り頼んどいたんや。カルビに牛タンに、ロースとホルモンやな。後で野菜も来るけど、女の子らはどうする?野菜は先の方がええか?」
広明はそう言って、加奈子と朋子さんに視線を飛ばした。二人は遠慮がちに首を振り、さっきまでのテンションはどこへやらという感じで黙っていた。
「ほな野菜は後でええか。とりあえず飲み物でも頼も。俺はウーロン茶、黒ウーロンの方な。お前らはどうする?」
広明に問いかけられ、俺たちは顔を見合わせる。
「俺は・・・・・とりあえず水でええわ。」
「ほな俺もお兄と一緒で。・・・・あ、でも・・・・やっぱりソフトドリンクで。ジンジャーエールとかにする・・・・。」
「・・・・私はお酒がいい・・・・。ビールで。」
「じゃあ私もお酒。チューハイで。」
加奈子がそう言うと、広明は声を出して笑った。
「ここにはそんな安い酒はないで。確かええワインがあったやろ、肉に合うやつ。あれ持って来たって。」
店員は畏まった態度で頷き、サッと部屋から去っていった。
「ほらほら、遠慮せんと肉焼きよ。なんぼでも追加してええから。」
広明は腕まくりをして、率先して肉を焼き始めた。そして焼き上がった肉を俺たちの皿へと配っていった。
「焼き立て食わな美味しいないで。話は後でも出来るから、とにかく食え。」
広明にせっつかれ、みんなは戸惑いながら肉に手をつける。しかし肉を口に入れた途端、誰もが表情を崩した。
「美味ッ!」
「・・・・柔らかいし肉汁が下品じゃない・・・・。いくらでも食べられそうな気がする。」
「これヤバイな!今まで食べてきた肉が、まるで肉じゃないみたいや!」
たった一口食べただけで、一瞬でその美味さの虜にされていた。それは俺だって同じで、箸を握ったまま黙っていた。
「どや隆志、美味いやろ?」
「あ、ええ・・・・めっちゃ美味しいです。」
「ははは、その言葉が聞きたくて連れて来たんや。ほら、どんどん食べ。」
広明は完全に世話係に徹して、みんなの肉を焼いていく。それはまるで、面倒見のいいお父さんのようであった。
肉を食べている間、誰もが本来の目的を忘れていた。女性陣はお酒も入って饒舌になり、普段は大人しい朋子さんまで楽しそうに喋っていた。
「あのな、隆志ってマジで絶倫やねん。このままやと結婚した時に困りそうやわ。」
「断るのも女のたしなみですよ?いくらでも抱かせてたら、男はすぐに調子に乗るから。」
「ほんまやな。今度いっぺん断ったろ。それか『愛してる』って言わなセックスさせへんようにするねん。」
「ああ、それいいですね。私も男が出来たら、美味い物を食べさせないとやらせないようにしよう。」
さりげなくおっかない事を言う女たちを尻目に、俺と信也はひたすら肉を頬張っていた。
広明はそんな俺たちを見つめながら、実に嬉しそうにしていた。
「怖いな、女っちゅうのは。」
「ええ・・・ほんまに・・・・。」
「隆志の彼女、お気楽そうに見えてしっかり者やで。結婚したらええ嫁さんになるよ。」
「いや、お互いまだ学生やから、そこまでは考えてないですけど・・・・。」
「そんなん言うてたら、あっさり他の男に取られるで、なあ信也?」
「え?俺?」
「信也も好きな人くらいおるやろ?」
「ええっと・・・まあそれなりには・・・・。」
信也は顔を真っ赤にして、それを誤魔化すようにジュースを飲んでいた。
「信也はちょっと俺に似てるな。女には奥手過ぎて、なかなか彼女が出来へんタイプや。」
「でもその割に朋子さんと手を繋いでましたけどね。」
からかいながらそう言うと、広明は「ああ、あれは違うな」と笑った。
「あれはお互いを異性として見てないから出来ることやねん。そこの人、ええっと・・・・朋子さんやったっけ?」
「はい。」
「朋子さんは信也のことを可愛い弟くらいにしか見てへんよ。異性としてはまったく意識してないな。
それに信也は信也で、歳の割に子供っぽいとこがあるやろ?だから年上の女性に甘えたがるところがあるんやろな。」
「ああ、それは確かに・・・・・。」
箸を止めて頷くと、広明は真剣な顔で呟いた。
「・・・・お母さん、いきなりおらんようになってしもたからな・・・・・。寂しかったやろなあ・・・・。」
広明は心の底から切ない目をして、信也の頭を撫でた。そして思いもかけない事を口走り、俺と信也は肉を吹き出しそうになった。
「・・・・俺もな、いきなり姉ちゃんがおらんようになって寂しかったわ・・・・。なんであの時、姉ちゃんを守ることが出来へんかったんやろうって、今でも悔やんでる。」
楽しかった空気が、一瞬にして凍りつく。隣の女性陣は今の言葉に気づいていないようで、相変わらずキャッキャとはしゃいでいた。
でも俺と信也だけは、まるで時が止まったように固まってしまった・・・・。
「お前らがコソコソと俺を嗅ぎまわってる理由は知ってるで。お母さんがおらへんようになったことは、俺が関係しとると疑ってるんやろ?」
広明の目が鋭く光る。テーブルに肘をつき、射抜くような視線で睨んできた。
どう答えていいのか分からずに黙っていると、「隠さんでええよ」と笑われてしまった。
「もし立場が逆やったら、きっと俺も同じことをしてると思う。でもな、これだけは信じてほしいねん。
俺は・・・・ずっと姉ちゃんを守ろうとしてた。俺にとっては一番大切な人やったから、この命に代えても守ろうと思ってたんや。
でも・・・・何も出来へんかったなあ・・・・。姉ちゃんが苦しんでたのに、何も出来へんかった・・・・・。」
広明の目に、少しだけ光るものが滲んでいた。それを悟られまいと、すぐにタバコを吹かして誤魔化していた。
「・・・・・あの、さっきから言ってる意味が分からないです。」
思い切って口を開くと、広明は目を動かして言葉の先を促した。
「・・・もう正直に言いますけど、俺と信也は叔父さんを疑ってます。お母さんがおらんようになったあの日、絶対に叔父さんの家に行ったはずなんです。
証拠はないけど、でも絶対にそうやと確信があるんです。」
そう、あの日母は実家に行ったはずなのだ。家に引きこもっている叔父を心配して、しょっちゅう出かけていたから・・・・。だからあの日、叔父と母は顔を合わせているはずだ。
そして何があったのかは分からないけど、母は帰って来なくなってしまった。そこには想像したくない最悪の考えもあるけど、口には出来なかった。
すると広明は、テーブルに肘をついたまま呟いた。
「お前ら・・・・幽霊って信じるか?」
唐突な質問に、「幽霊?」と聞き返してしまう。広明は「幽霊や」と繰り返し、初めて肉に手を付けた。
「・・・・美味いな、何回食べても飽きへんわ。」
「叔父さん、質問に答えて下さい。幽霊って何ですか?・・・・いや、そんなことはどうでもええ。お母さんのことについて何か知ってるんやったら、今すぐ教えて下さい。」
箸を置いて真っすぐ見つめると、広明は肉を頬張りながら答えた。
「・・・・俺はな、幽霊を見たことがある。それどころか喋ったことだってあるねん。」
「そんな話はどうでもいいです。お母さんのことを聞かせて下さい。」
広明は目を動かして眼光を飛ばす。それは身も凍るような迫力だったけど、なぜか違和感を覚えた。
《広明ってこんな目えやったっけ・・・・?俺が知ってる広明の目はこんなんと違うぞ。もっと不気味で怖くて、しかも時々青く見える時があった・・・・。》
違和感を覚えたのは信也も同じらしく、肉を口に入れたままに固まっていた。
「・・・・叔父さん、一つ聞かせてもらっていいですか?」
「ええよ、何でも聞き。」
「叔父さんて、もしかして双子とかじゃないですよね?」
そんなことあるわけがないと思いつつ尋ねていた。すると広明はすぐに吹き出し、箸を向けて「お前面白いこと言うな」と笑った。
「なんで双子やなんて思うねん?」
「いや、だって・・・・なんか俺の知ってる叔父さんの目と違うから・・・。」
「ほう、どんな風に違うんや?」
「・・・・俺の知ってる叔父さんの目は、もっと不気味で怖かった・・・。いっつもどこ見てるんか分からへんし、時々青く見えたから。」
「そうか・・・・そらまた面白い話やな。」
「いや、面白くないですよ。これは冗談で言ってるんじゃなくて、実際にそうやったから。信也だって覚えてますよ。」
そう言って信也の方に目を向けると、コクコクと頷いていた。
「俺も信也も、ずっと叔父さんのことを怖がってました。それは全部あの不気味な瞳のせいなんです。
あの目はなんというか・・・・人間の目とは思えませんでした。だから叔父さんが怖くなって、そっちの実家には行かへんようにしてたんです・・・・。」
「・・・・なるほどな。だから双子やと思うたわけか?」
「はい・・・。もしかしたら、もう一人叔父さんがいるのかなって・・・・。」
網の上では肉が焦げていて、無意識に視線を落としていた。焦げた臭いが鼻を刺激し、思わずクシャミをしてしまった。
《今日広明に会ってからずっと思ってたけど、どうも違う感じがするんやなあ・・・。姿形は一緒やけど、中身が別人というか・・・・。
俺の知ってる広明は、絶対にこんな奴じゃなかった。見た目は優しそうでも、中身は得体の知れへん不気味さがあったからな。》
疑問に感じているのは信也も同じで、あれだけ勢いのよかった箸が止まっている。さすがに肉をバクバク頬張る気分じゃないらしく、遠慮がちにジュースをすすっていた。
広明は何も答えず、黙々と肉を食べていた。時折何かを考える表情を見せながら、ボタンを押して店員を呼んでいた。
「そっちのお嬢さん方、何か追加するか?」
そう言いながらメニューを渡すと、サッと奪い取って二人で眺めていた。
「ようさん食べてくれ、今日は全部俺の奢りやから。」
「・・・・ありがとうございます。」
「おっちゃんええ人やなあ。私もこんな親戚ほしいわ。」
「そうか、そら嬉しいこと言うてくれるな。」
広明は肩を揺らして笑い、隣に置いたスーツから財布を取り出した。
「ほなここにお金置いとくから、好きなだけ食べえ。」
そう言って大勢の諭吉さんをテーブルに置き、「よっこらしょっと」と立ち上がった。
「おっちゃん帰るん?」
加奈子が肉を摘まみながら尋ねる。
「いや、ちょっと出かける。そこの二人を連れてな。」
立ち上がった広明は、ニコリと笑って俺たちを見つめた。
「隆志と信也を?ほな私も行く。」
加奈子は何の迷いもなく札束を掴み、入るだけの肉を口に詰め込んだ。
「わはひはははひほはのじょやはら、ほんなほひへもひっひょにいふねん。」
「ははは、何言うてるか分からんけど、今日は勘弁してくれへんか?可愛い甥っ子と久しぶりの再会やねん。今日は身内同士で、積もる話でもしたいがな。」
「ああ・・・ほへはっはらひゃあないな。まはほんほ、やひひくほごっへな?」
「おう、いつでも肉くらい食わしたる。隆志の嫁さんになってくれたらな。」
そう言って加奈子の肩を叩き、それから朋子さんを見つめた。
「あんたももしよかったら、これからもこいつらと仲良うしたってくれ。特に信也とな。そうしたらええ男を紹介したる。」
「信也君ならいいですよ。でも男はいりません。出来れば食べ物にして下さい。」
「ははは、相当男を嫌ってるな。」
「当たり前です。あんなもんは猿より身勝手な下等動物です。」
「でも信也も男やで?」
「まだ男じゃありません、男の子です。子供は嫌いじゃないですから。」
「そうか。でも余計なお世話かもしれんけど、あんたは男を欲しがってるように思うな。せやけど過去のトラウマがそれを邪魔しとる。
だから・・・・俺がアイツの代わりに謝るわ。すまんかった、この通り・・・・。」
広明は深く頭を下げる。腰を直角に曲げ、前髪を垂らして朋子さんに謝罪していた。
「・・・・やめて下さい。あなたに謝られたって、私はあの男を許せませんから。」
「そうやな・・・・気持ちは分かるわ。俺から見ても、アイツはどうしようもない男や。でもな、世の中みんなあんな男ばっかりとちゃうで。
いっぺんでええから、ほんまに好きな人と真面目に付き合ってみ。人の持つ色が見えるあんたなら、きっとええ男を選べるやろ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
朋子さんは何も答えず、焦げた肉をがっついていた。そんな彼女の姿を見ながら、俺と信也は首を傾げていた。
《なんで広明が朋子さんの秘密を知ってんねん・・・・?それになんか二人にしか分からんような会話をしとるし・・・・。この二人、もしかして顔見知りなんか?》
そんな俺の考えもよそに、広明は素早くスーツに着替えた。そして俺と信也の肩を叩き、「ちょっとドライブでも行こうや」と笑いかけた。
「ドライブって・・・・どこ行くんですか?」
「行ったらわかる。そこにお前らの欲しがってる答えもある。」
「俺らの欲しがってる答えって・・・・もしかしてお母さんのことですか?」
「そうや。だから叔父さんと一緒に行こう。もうそろそろ・・・・お前らにも教えとかなあかんからな。」
広明はスタスタと歩いて部屋を出て行く。その背中はまるで、戦場に赴く戦士のように思えた。
《やっぱりこの人は、俺の知ってる広明と違う。だってあの人は、こんなに逞しい背中をしてる人ちゃうかったもん。
もっとこう・・・・自分のことしか考えてないような、そんな雰囲気の人間やった。》
俺と信也はしばらく迷っていた。本当に広明について行っていいのか?この人について行って、無事に帰って来られるのか?
頭の中でグルグルと葛藤が芽生えるが、気がつけば立ち上がっていた。
「加奈子、朋子さん・・・・俺ちょっと行って来るわ。」
「ほうよふだはら、ひをふへてね。」
「ええ加減口の中のもんどうにかせえ。」
加奈子の頭をグリグリと撫で回し、広明の後を追って行く。
「隆志君。」
不意に朋子さんに呼び止められ、足を止めて振り返った。
「・・・・その・・・・傷つかないでね・・・・。」
「ん?何が?」
「・・・・・行けば分かる・・・。」
朋子さんは申し訳なさそうに目を伏せる。いったい彼女が何を言おうとしているのか、それが分からないほど俺は子供じゃない。
「まあちょっと行ってくるわ。でも後で迷惑掛けるかも。」
「・・・・迷惑?」
「信也のことや。俺は覚悟してるけど、こいつはまだまだガキやからな。もし真実を知って傷ついたら、慰めたってくれへんか?」
「・・・・いいよ。ずっと黙ってた私にも責任があるから・・・・。」
「そうか・・・ほな知ってるんやな、お母さんのこと。」
もしやと思って尋ねると、朋子さんは「ごめん・・・・」と俯いた。
「別に謝らんでええよ。朋子さんのおかげで、信也は精神的に安定しとったからな。だから仲良くしたってくれて感謝しとる。
例えそれが・・・・・・叔父さんの意図したことやったとしても。」
「・・・・隆志君・・・・もう全部分かって・・・・・。」
朋子さんは泣きそうな顔で酒を呷った。そして青い顔をしている信也の傍に行き、ポンポンと背中を叩いた。
「信也君・・・・お兄ちゃんと一緒に行っといで・・・・。」
「・・・・嫌や・・・・。」
信也はイヤイヤというふうに首を振る。膝を抱えて座り込み、その中に顔を埋めていた。
「怖い気持ちは分かるけど、でも信也君だっていつかは知ることになるよ?今ならみんながついてるから、傷ついても大丈夫・・・・。だからお母さんに会って来ないと、ね?」
「嫌や言うてるやん!俺は行きたあない!」
信也の肩が細かく震えだす。小さな泣き声が部屋に響いていった。
「ここまで聞いたら、いくら俺かて分かるよ・・・・。お母さんがどうなったんか・・・。だから行きたくない!俺はここで待ってる!お兄だけ行って来たらええねん!」
「信也・・・気持ちは分かるけど、俺がついてるから大丈夫や。だから一緒に・・・・、」
「嫌や言うてるやん!俺は絶対に行かへんからな!」
癇癪を起した信也の声が、鼓膜を揺らして痛みを感じさせる。すると黙って見ていた加奈子が、「もうええやん・・・・」と呟いた。
「いったい何のことかさサッパリやけど、信ちゃんここまで嫌がってるんや。無理に連れて行ったら可哀想やで?」
信也は朋子さんに背中を撫でられ、加奈子から「大丈夫?」と心配されていた。俺はこの不甲斐なくも憎めない弟に、若干の羨ましさを覚えていた。
《信也・・・・お前は羨ましいやっちゃで。もう十八やいうのに、美人が二人も慰めてくれるなんて・・・・。俺が絶倫やったら、お前は間違いなく女たらしや。》
加奈子と朋子さんに免じて、信也を連れて行くことはやめにした。
どんなに泣こうが、いつかは真実を目の当たりにするわけで、それまではもう少し甘えさせてやってもいいかもしれない。
「ほな俺だけで行ってくるわ。悪いけど信也のことは頼むな。」
「うん、こっちは大丈夫だから、心配しないで行ってきて・・・・。」
俺は朋子さんに手を振り、いつまでも泣き虫な弟を残して部屋を出た。そして店の入り口まで行くと、広明が壁にもたれて待っていた。
「やっぱり信也は無理やったか?」
「うん、絶対に行かへんって泣き喚くから。」
「そうか・・・。まあ無理に連れて行ってもしゃあないからな。俺らだけで行こう。」
広明は店の外に出て、近くにあるコインパーキングに向かった。そして黒のBMWに乗り込み、俺も助手席へと乗り込んだ。
「ほな行くか。」
「うん、お願い。」
広明は器用にハンドルをさばき、狭いパーキングを抜けていく。そして大通りに出て信号に捕まった時、疲れを感じさせる声で言った。
「お母さんの所に行くまでに、さっきの質問に答えたろ。」
「さっきの質問?」
一瞬なんのことか分からずにいると、広明は「双子のことや」と笑った。
「あれな、はっきり言うて当たってるんや。」
広明は一瞬だけ笑い、すぐに真剣な表情に戻った。
《当たってる?どういうことや?さっきは否定してたのに・・・・。》
信号が変わり、車はゆっくりと滑り出す。答えの得られないまま、俺は母の眠る場所へと運ばれていった。

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