水面の白影 第十三話 忘れ去られた御神体

  • 2014.10.12 Sunday
  • 12:12
JUGEMテーマ:自作小説
あの池に行ってから十日後、俺は破魔木神社というところに来ていた。
『隆志、この神社に行って、神主さんに話を聞いて来い。その方がお前も納得するやろ。』
叔父さんにそう言われ、地図を片手にここまでやって来た。
「知らんかったな・・・・こんな神社があるなんて・・・・。」
ここは俺の家から車で三十分ほどの場所にある神社で、美しくも歴史を感じさせる外観をしていた。
周りには大きな木立が並び、まるで神社と外の世界を隔てているようだった。
入り口から伸びる参道は綺麗に整備されていて、遠くに見える階段に光が射している。
そして目の前の鳥居には『八幡神』と書かれた石札が掛けられていて、そこから小さなツタが伸びていた。俺は後ろを振り返り、空き地に停めた車を見つめた。
「信也のやつ・・・・ここまでついて来たクセに、土壇場でビビりよってからに。」
未だに真実を知ることを恐れる信也は、車の中からこちらの様子を窺っていた。
「ほんまに甘ったれな奴やで。でもまあ、無理に連れて行ってもしゃあないか。」
信也の乗る車に手を振り、鳥居を見上げて中へ入った。参道は木立の壁に囲まれていて、射し込んだ光が強い陰影を作っている。
俺はその影を踏みしめながら、一歩一歩足元を見つめながら歩いていった。
「そういや朋子さん、何の連絡も返してくれへんなあ。大丈夫なんやろか。」
あの日から十日、朋子さんに何度も連絡を取ろうとしたのだが、まったく返事がなかった。心配なので家まで押し掛けようとかと思ったが、なぜか叔父さんに止められたのだ。
『朋子ちゃんは朋子ちゃんで、色々と事情があるんや。そのうち会えるから、今はほっといたれ。』
まるで全ての事情を見透かしたような顔で、叔父さんは笑っていた。
「いったい何やっちゅうねん。分からんことばかりでイライラするわ。」
ブツブツ言いながら参道を抜け、階段を上がって境内の見える場所に立った。
「なかなか立派な社やな。」
破魔木神社の社は、地方の神社にしてはなかなか大きかった。
「綺麗やし、どこにも汚れがない。きっとここの管理者が丁寧に掃除してるんやろなあ。」
一人で納得しながら歩いて行くと、左手に続く歩道があった。何かと思って覗いてみると、歩道の先には小さな社があった。
「こっちにも社があるんか。」
一つの神社に複数の社があるのは珍しくない。しかし妙にその社が気になり、気がつけば足を向けていた。
大きな御神木の陰を抜け、社の前に立つ。するとなぜか線香の香が漂い、思わず首を傾げた。
「なんで線香の匂いがするんやろ?」
線香を焚くのはお寺であって、神社ではない。不思議に思いながら社に近づくと、おかしなことに気づいた。
「あれ・・・・?この鐘って神社の鐘と違うぞ・・・・。」
社から垂れさがる鐘は、明らかに神社のものとは違っていた。この鐘は確かお寺で使うものだ。
「なんでお寺の鐘が・・・・?」
不思議に思い、一歩下がって社を睨んだ。すると隣に白い立て札があることに気づき、そこに書かれた文字を読んでみた。
「ええっと・・・ここはかつて神仏習合の時代に、神と仏を共に祭っていた・・・・。しかし明治政府の神仏分離令のせいで、観音像を別の場所に移さなくてはならなくなった。
その時に建てられたのが、このお堂である・・・・。しかし残念ながら、当時の仏像や御神体のいくつかは、神仏分離令の混乱の際に失われてしまった。
幸い信心のある有志のおかげで、仏像は復元することが出来た。しかし御神体のいくつかは、まだ失われたままである・・・・。」
・・・・なるほど、ここはかつて神様と仏様を共に祭っていたのか。神仏習合というのは、大学の歴史科で聞いたことがある。
神道の神様と、仏教の仏様を一緒に祭ってしまうことだ。だからお寺の中にお稲荷さんがあったり、神社の中にお堂があったりした。
でも明治政府がそれを許さなかったから、神道と仏教は切り離されてしまったのだ。
「ということは、ここには神仏習合の名残があるってことやな。確か鳥居に書かれてた八幡様かて、神道から仏教に帰依した神様や。
ふう〜ん・・・・なんか意外な知識が手に入ってもたな。どうでもええけど。」
立て札から顔を上げ、とりあえず観音様を拝んでおく。
「ええっと・・・観音様やったら手は叩かん方がええんやったっけ・・・・?」
お賽銭を入れて鐘を鳴らし、手を合わせて頭を下げた。お堂の中からは線香の香が漂っていて、妙に心が落ち着いた。
「線香っちゅうのは、なんか気持ちが落ち着くな。そういう成分でも入ってんのかな?」
しばらくお堂の前に立ちつくし、線香の匂いを嗅いでいた。すると後ろからポンと肩を叩かれ、思わず飛びのいてしまった。
「な、なんやッ・・・・・。」
まだ昼間だというのに、背筋に冷たい汗が流れる。そして恐る恐る振り向くと、そこにはよく知る人物が立っていた。
「こんにちは。久しぶりだね。」
「と・・・・朋子さん!」
思いがけない人物の登場に、一瞬思考が停止する。どうして朋子さんがここにいるんだ?何の連絡も寄こさなかったクセに、なんでこんな時に、こんな所で・・・・。
「あはは、固まってるね。この恰好にビックリした?」
朋子さんは恥ずかしそうに笑いながら、実に特徴的な衣装を見せつけた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
朋子さんは、白と赤の二つのカラーが眩しい、清楚な巫女さんの衣装を着ていた。それに今日は薄く化粧をしていて、短い髪を後ろで束ねていた。
《この人・・・・こうして見るとめっちゃ美人やな・・・・。巫女さんの恰好も様になってるし、もしかしてこれが仕事なんか?》
その美しい巫女姿に目を奪われていると、また照れくさそうに笑った。
「こんな恰好してるなんて意外だったでしょ?」
「・・・・・いや、めっちゃ似合ってるよ、それ・・・・。」
別に妙な下心はない。加奈子を裏切るつもりもない。しかし美しいものは美しいので、ここは素直な気持ちを述べた。
すると朋子さんは「ありがとう」と頷き、サッと踵を返した。
「今日ここへ隆志君が来ることは知ってたよ。」
「知ってた・・・?もしかして叔父さんから聞いたん?」
「まあね。でも信也君は一緒じゃないの?」
「いや、車におるよ。」
「そっか・・・また怖がっちゃったんだね。でもいつかは知ることだから、この機会に聞いておいた方がいいと思う。悪いけど呼んで来てくれるかな?」
朋子さんは真剣な顔で振り返る。俺は「分かった」と頷き、一目散に信也のところまで走った。
「おい信也。車から降りろ。」
「なんで?俺ここでええよ。」
「・・・・ほんまに降りんでええんか?」
「ええって言ってるやん。中で待ってるから、早よ用事済まして来てよ。」
信也は背中を向け、座席を倒してスマホをいじり始めた。
「そうか・・・・そら残念やな。今やったら朋子さんの巫女姿を見られるのに。」
「・・・・え?なんて?」
さっきまでの態度が嘘のように、信也の目が輝きだす。
「だから、今やったら巫女さんの格好をした朋子さんが見られるねん。」
「・・・・ウソや。こんな所に朋子さんがおるわけないやん。」
「それがおるんやなあ〜。俺も理由は知らんけど、でも確かにこの神社におるんや。それも巫女さんの恰好をしてな、巫女さんの。」
「・・・・・巫女さんの・・・・朋子さん・・・・。」
きっと入れ食いとはこういうことを言うのだろう。糸を垂らして一分もしないうちに、信也は餌に食いついた。
「なあ信也、どんなに誤魔化しても、お兄ちゃんの目えだけは誤魔化せへんで。」
そう言いながら車に乗ると、信也は「何がや・・・?」と目を泳がせた。
「お前・・・・朋子さんに惚れてるやろ?」
「・・・・いいや、全然。」
「嘘つけ。お前の態度を見てたらバレバレや。」
「違うもん。あれは弟的な意味で仲良くしてるだけや。」
「そうやな。弟的な雰囲気を演出することで、朋子さんに近づいてるんやもんな。それも手えまで握って。」
ニヤニヤしながら指でつつくと、「アホなこと言うな!」と怒られてしまった。
「俺が朋子さんのこと好きになるわけないやろ!」
「なんでや?」
「なんでって・・・・まず歳が違うやん!俺は十七で、向こうは二十五や。それに朋子さんは男に興味ないねん。だから好きになるはずがないやん。」
「でもそれは最近知ったことやろ?」
「そ、そうやけど・・・・・。」
「それに朋子さん美人やし、無愛想に見えて実は優しいやん。マザコンのお前が惚れる条件は備えてるやろ?」
「誰がマザコンやねん!」
「お前に決まっとるやろ。」
ペシっと信也のおでこを叩き、車から降りて振り返った。
「まあ来たくないんやったら来んでええで。朋子さんの巫女姿を見逃すだけやから。」
そう言い捨てて神社に戻ると、パタパタと足音が聞こえてきた。
「待ってえや!誰も行かへんなんて言うてないやん!」
「思いっきり言うてたわ、このドアホ!」
泣きそうな顔の信也を叩き、頭を掴んで参道の奥を向かせた。
「ほれ、お前の大好きな朋子さんが境内の前に立っとるぞ。」
「・・・・・ホンマや。ほんまに朋子さんや・・・。しかも巫女さんの恰好してる!」
信也は嬉しそうに震えだし、少女マンガのように目を輝かせていた。
「十日も連絡取れへんかったんや。寂しいて仕方なかったんやろ?早く行って来い。」
そう言ってバシっと背中を叩くと、「朋子さ〜ん!」と駆け出していった。
「分かりやすいやっちゃで。」
おそらく朋子さんとの恋が成就する可能性は低いだろう。でもこうして元気が出るのはいいことだ。俺は笑いを噛み殺しながら、二人の待つ境内へと歩いて行った。


            *


「初めまして、神主の星野と申します。」
朋子さんに案内されて、境内の横にある家に入った。すると白髪混じりのおじさんに出迎えられて、丁寧に頭を下げられた。
「・・・・お邪魔します。」
俺も丁寧に頭を下げ、まだ朋子さんとイチャイチャする信也の頭も下げさせた。少し緊張しながら中に入ると、エアコンの効いた居間に通された。
「麦茶くらいしかないんですが、よろしいですか?」
「ああ、いえ・・・お構いなく。」
星野と名乗った神主さんは、奥へと引っ込んでいく。俺は部屋の中を見渡し、「普通の家やな・・・」と呟いた。
タンスにテーブル、座布団にテレビ。それに本棚には洋画のDVDが詰まっていて、綺麗に整頓されていた。
しかしその中で、一つだけ目を引くものがあった。それはテレビの横の棚に置かれた、狛犬の像だった。
「すごいリアルやな・・・。何で出来てるんやろ?」
その狛犬は、まるで命を持った生き物のように見えた。そして所々が禿げていて、中から骨らしきものが覗いていた。
もう少し詳しく見てみようと近づいた時、神主さんがお茶を持って来た。
「それ、あまり触らない方がいいですよ。」
「え?ああ・・・・すいません。」
慌てて手を引っ込め、背筋を伸ばして座る。神主さんはニコリと笑い、お茶を置いて向かいに座った。
「めっちゃ喉乾いててん。」
信也はロクに挨拶もせずにお茶を飲む。しかも右手を朋子さんと繋いでいるもんだから、慣れない左手でゴクゴクと飲んでいた。
「あ、もうないわ。お代わりってもらえるんかな?」
すると朋子さんは、「これ飲んで」と自分の分を差し出した。
「サンキュー。」
「何がサンキューや。朋子さんに浮かれて調子に乗るな。それとええ加減手を離せ。」
ちょっと強めに頭を叩くと、不満そうな顔で手を離した。
「すいません、まだガキなもんで・・・・。」
神主さんに頭を下げると、「いえいえ、いいんですよ」と笑われた。
「仲の良いご兄弟ですね。」
「いや、手が掛るだけですよ。」
「でもしっかりと弟さんのことを見てらっしゃる。まだ若いのに立派なものです。」
そう言ってちびりとお茶を舐め、先ほどの狛犬の方に振り向いた。
「これ・・・なんだか分かりますか?」
「はい、狛犬でしょう?」
「そうです、狛犬です。でもただの置き物じゃありませんよ。悪い物を退治する力を持っているんです。」
「はあ・・・・。でもそれが狛犬の役目なんじゃ・・・・・?」
「そうです。だからこいつの骨をどこかの池に投げると、報われない魂も浄化されるんですよ。あなたはそれを目の当たりにしたはずですよ?」
「・・・・・・・・・・・。」
神主さんの目に、優しさとは違う色が浮き上がる。そしてすぐに柔らかい表情に戻り、またお茶を飲んでいた。
「きっと今のあなたの頭の中は、ごちゃごちゃに混乱しているでしょうね・・・・・。」
まるで俺の心を見透かしたように言い、ズズッとお茶をすすった。
「実は・・・・最近よく分からないことばかりで・・・・・、」
「分かっています。だからここへ来られたんでしょう?全てを知る為に。」
「・・・はい。叔父さんにここへ行けと言われたんです。自分が説明するより、ここの神主さんに話を聞いた方が早いからって・・・。」
水滴のついたコップを掴みながら言うと、神主さんは少しだけ笑った。
「広明さんらしいですね。口ベタな彼のことだから、上手く説明する自信がなかったんでしょう。」
神主さんはお茶を飲み干し、ゆっくりとテーブルに置いた。部屋には時計の音だけが響き、いつの間にか信也も真剣な表情になっていた。
「隆志君。それと信也君。」
急に名前を呼ばれて、俺たちはビクリと顔を上げた。
「私は無駄口というのが嫌いなので、要点だけを説明します。そしてその話を信じるかどうかは・・・あなた達次第です。」
神主さんの目に、また優しさ以外の色が浮かぶ。それは時計の音と相まって、小さな居間に緊張が張り詰めていった。


            *


『かつてこの神社には、多くの神と仏が祭られていました。しかし明治時代の神仏分離令のせいで、数体の仏像と御神体が失われてしまったのです。
幸い仏像は修復され、いくつかの御神体も取り戻すことが出来ました。しかし手元に返ってこなかった物もあります。
そのうちの一つに、水神様の御神体があります。これはその名の通り、水を司る神様です。
水神様は、過去に存在した星野希恵門という人物を神格化したもので、この神社に丁寧に祭られていていました。
ちなみにこの星野希恵門は、不思議な力を持っていたそうです。人の持つ色が見えたり、霊魂と対話出来たりしたといいます。
そしてそういう不思議な力を使う時、決まって目が青く染まっていたそうです。その時は鋭く眼光を放ち、まるで人とは思えない気配を放っていました。
そういう力があったから、彼は周りの人々から畏敬の念で見られ、神の使いではないかと囁かれていたそうです。
しかしその噂を聞きつけたある豪商が、彼の力を金に代えようと企みました。希恵門は断固として拒否しましたが、豪商の方も簡単には諦めません。
そしてあまりに希恵門が抵抗するので、とうとう業を煮やして殺してしまったのです。
それ以来、その豪商は不幸に見舞われることになりました。積み上げた財は賊に奪われ、立派な屋敷は雷を受けて燃え上がりました。
そして本人は病に倒れ、最後には見るも無残な姿になって死んでしまったそうです。
これを知った周りの人々は、希恵門の魂が呪いを掛けたのだと恐れました。そして彼の家の近くの池に、祠を建てて魂を鎮めようとしたのです。
するとその年から、希恵門のいた町ではとんと水害が起こらなくなりました。
毎年のように大雨で作物が被害を受け、台風で川が溢れていたのに、希恵門を祭ってからピタリと無くなったのです。
それ以来、希恵門は水神として祭られるようになりました。そして時代が移って町が姿を変えた後も、町の人々から信仰され、この神社を建てて祭ったのです。
ちなみにこの希恵門には、二人の子供がいました。一人は男の子で、もう一人は女の子です。そしてこの二人の子供もまた、希恵門の力を受け継いでいました。
男の子の方は霊魂と話せる力を、女の子の方は人の色が見える力を。それぞれの姉弟が、分割して力を受け継いだのです。
そして困ったことに、この二人は姉弟でありながら恋に落ちてしまいました。若い二人はその想いを抑え切れずに、禁忌であると知りながら子を成してしまいます。
しかしその事実を町人に知られ、冷めた目で見られるようになりました。それはやがて嫌悪の目に変わり、迫害を受けて村から追い出されてしまったのです。
二人の姉弟は、まだ小さな子供をお寺に預け、自分たちは川に身を投げて自害しました。
それから月日が経ち、その子供は立派な大人に成長します。そしてやはり希恵門の力を受け継いでいて、男の子に現れるという霊魂と話す力を持っていました。
お寺の僧侶は大層その子を可愛がり、きっと仏の化身であると信じて、敬愛の念を持って育てていったのです。
やがてその子は亡くなりますが、その前に子供を遺していました。僧侶の目を掻い潜って、町の女と結ばれていたのです。
そしてその子もまた、希恵門の力を受け継いでいました。今度は女の子だったので、人の色が見える力を持っていたそうです。
こんなことが幾度も繰り返され、希恵門の力を受け継いだ子は増えていきました。それは現代に及ぶまで続き、今でも希恵門の力は残っているのです。
そしてその子孫のうちには、私や朋子さん、それと隆志君や信也君も含まれています。
要するに、星野希恵門の血を受け継ぐ者は、誰でも少なからず希恵門の力を受け継いでいることになるのです。
もちろん個人によって力の差はあります。まったく自覚のない人もいますし、死ぬまで力を開花させられない者もいるようです。
しかし中には強烈にその力を発現させる者もいて、人ならざる能力を発揮することがあります。
この中で言うなら、隆志君と朋子さんがそうですし、あとは広明さんと浅子さんも同じです。
そしてかつてあの池に沈んでいた、浅斗君もそうでしょう。
人ならざる力を持つということは、良い面だけでなく悪い面もあります。いらぬ不幸に巻き込まれ、背負わなくてもいい重荷を背負うことだってあります。
朋子さんは強力にその力を発現させたが故に、人の色からその者の人格を見抜いてしまいます。それはやがて人を信じる心を奪い、他人と距離を取ろうとしてしまったのです。
そして何とかそこから脱する為に、傷つき彷徨った挙句、ここへと辿り着きました。
私には大した力はありませんが、巫女としてここで修業させることで、前よりは落ち着きを取り戻したようです。
そしてそれは広明さんも同じで、彼は死した家族の霊に苦しめられることになりました。
霊魂と対話出来るなどという力の為に、いつでも死人の声を聞く羽目になってしまったのです。
だから家族の眠る池に身を投げようとしたのですが、偶然居合わせた三和という刑事に助けられました。
しかし自分の中に眠るもう一つの魂に支配され、その刑事さえも殺してしまいました。彼は朋子さんと同じように苦しんだ挙句、何かに引き寄せられるようにここへ辿り着きました。
そしてその苦しみから逃れる為に、お堂に祭られている観音様に必死に祈りを捧げていました。
私は彼に声を掛け、しばらくここに住まわせてやりました。そして次第に心の落ち着きを取り戻した頃に、あの狛犬の骨を渡してやったのです。
あれはかつて希恵門の祠に祭られていた狛犬で、邪を退ける力を持っています。だからその骨を池に投げ入れることで、死した魂を鎮めようとさせたのです。
彼には霊魂と話せる力がありますから、狛犬の力を借りれば、きっと上手くやれると信じていました。そしてこの十年間、たった一人であの池の霊を鎮めてきたのです。
これには二つの目的があって、一つは死した霊魂の声から、彼を解放させる為。彼はいつでも死者の声に苦しんでいましたから、それをどうにかしてやりたかったのです。
そしてもう一つの目的は、池の底で眠っているであろう水神様の御神体を引き上げる為です。
失われた御神体の一つが、なぜあんな場所にあるのかは分かりません。しかしあの池に沈んでいることは確かなのです。
水神様はあのような池に沈められたことを、大層怒っておられるようです。
そして再びこの神社に祭られることを願って、自分の力を引き継ぐものを池に呼び寄せ、何とかあの場所から引き上げてもらおうとしていました。
だからあの池に沈んだ霊魂のほとんどは、希恵門の血を引く人間なのです。
あなたのお母さんとおじいさん、そして浅斗君と、彼の母親の幸子さん・・・・。この人たちは水神様の呪縛により、あの池から逃れることが出来なくなっています。
しかし広明さんの除霊のおかげで、今や二体の霊魂を残すのみとなりました。
この二つの霊魂を取り除いた時、ようやく水神様を引き上げることが出来るのです。
ここまで来るのにずいぶん時間が掛りましたが、それは仕方のないことでした。全ての霊魂を取り除かなければ、周りの霊に取りつかれて殺されかねないからです。
広明さんはこの十年、ほんとうによく頑張ってくれました。
彼の中に宿っていたもう一つの魂をここの御神木に封印させ、出来るだけ霊を鎮める作業に集中出来るようにしてあげました。
しかし・・・それももう限界です。いくら狛犬の助けを借りようが、霊を鎮めるのは危険な作業です。だからそろそろ、他の者にバトンタッチをしようと考えたわけです。
さて・・・・ここまで言えば、なぜ広明さんがあなたをここへ寄こしたか分かるでしょう?
彼は最後の大仕事を、あなた達に引き継いでもらいたいと考えているのです。
隆志君、信也君、そして朋子さん・・・。この三人で、あの池に沈む水神様をここへ戻してもらいたい。
これは広明さんだけの願いではなく、私からのお願いでもあります。だからどうか力を貸して下さい。私も出来る限りのことはさせて頂きます。
・・・・・・ああ、それと、ここまで話したのなら、広明さんの出生のことについてもお話をさせて下さい。
彼の仕事を引き継ぐあなた達なら、充分に知る権利があるでしょうから・・・・・。』


            *


世の中には、聞かなきゃよかったと思うことだってある。見ざる聞かざる言わざるとはよく言ったもので、先人の教えは守るべきだと、今日ほど痛感させられたことはない。
今・・・俺の手には狛犬の牙が握られている。綺麗な布目のお守りに入っていて、何やらお経のようなものまで書かれていた。
それを握ったまま境内の前に立ち、ここに祭られている八幡様に言った。
「八幡様・・・・ここの神主はどうかしてるで・・・・。こっちの答えもロクに聞かずに、一方的にこんなことを押しつけられてしもた。
もし俺らに何かあったら、あいつに天罰を食らわしたってくれ・・・・。」
社を見上げながらそう言うと、隣に立つ朋子さんが「ごめんね・・・・」と呟いた。
「こうなることを知っていながら、ずっと言わなかった・・・・。ほんとうにごめん。」
「ええよ、朋子さんは何も悪くないから。」
「そうそう、悪いのはあの神主やから。」
信也は明るい声でそう言って、また朋子さんの手を握った。
「それにいざとなったら俺が守ったるから、心配せんといて。」
いっちょ前にカッコをつけ、ポケットから狛犬の爪を出して見せた。
「ありがとね、信也君・・・。でも無理しないでいいから、もし嫌なら断ってくれてもいいんだよ?」
「まさか。朋子さんを置いて俺だけ逃げるわけないやん。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
朋子さんはとても辛そうな目をして、右手に握った狛犬の目を見つめた。
「この十日間、ずっと迷ってたの・・・・。私はこうなることを最初から知っていたから、今日ここへ来るのが怖かった・・・・・。」
その声は細く、消えるように弱々しかった。
「ずっとみんなが連絡をくれていたのに、ここへ来るのが怖くて無視してた・・・。出来ることなら、このままみんなの前から消えちゃおうかなとまで思ってたから・・・・。」
「でもこうして来てくれたやんか。」
俺は朋子さんの前に立ち、信也と握り合わせたその手に触れた。
「俺だって、もしこんなことになると分かってたら来てなかったかもしれへん。いや、今からでもこんなことは断りたいわ・・・・。
でもな、これは誰かがやらんと終わらへんことやろ?それにあそこにはお母さんも眠ってるから、それだけは何としても助けてあげたいんや・・・・。」
「そうだね・・・・隆志君にはお母さんを助けるって理由があるもんね。でも私はどうなんだろう?こうして来てみたはいいけど、まだ迷ってる・・・・。
だって死んだ霊魂と向き合うなんて、怖くて怖くて震えそうだから・・・・。」
信也と繋いだ朋子さんの手が、微かに震えている。それを見た時、俺は彼女に手を差し出した。
「狛犬の目・・・・ちょうだい。」
「え?」
「朋子さんは行かんでええと思う。これは元々俺の身内から始まった話やし、後は俺一人だけでやるわ。だから事が終わるまで、信也のことだけ頼むわ。」
「駄目だよそんなの・・・・。隆志君だけ危険な目に遭うじゃない。」
「分かってる、でもええねん。俺はもう大事な人は失いたくないから・・・。信也も朋子さんも、危険な目には晒したくないんや。」
「でも私は・・・隆志君の家族でも彼女でもないよ?信也君はともかく、どうして私にそこまで・・・・、」
「それは・・・・朋子さんには無事でいてもらわんと困るからや。」
そう言って信也の方を見ると、ビクリと肩を震わせた。
「なあ信也?お前、朋子さんのことを・・・・・、」
「あ〜!あ〜!言わんといて!」
「何でやねん?」
「何でって・・・・そんなんお兄から言うことと違うやろ!」
「まあそうやな。でもみんなとっくに気づいてるで。特に朋子さんは誰よりも早く気づいてると思うけど・・・・。」
「は?なんで朋子さんが・・・・・、」
そう言いかけた時、信也は何かに気づいて「ああ!」と叫んだ。
「・・・色・・・か?朋子さんは人の色が見えるから・・・・。」
「そうや。朋子さんは人の色から何でも見抜いてまう。お前の想いなんて、とうの昔に気づいてるはずや、なあ?」
そう言って朋子さんに笑いかけると、小さくはにかみながら信也を見つめていた。
「信也君。」
「え・・・ああ・・・・はい・・・・。」
「ありがとうね、私も信也君のことは嫌いじゃないよ。」
「ああ・・・うん・・・。俺も・・・・嫌いじゃないで・・・。ていうか、どっちかっていうと好きなんやけど・・・・。」
信也は顔を真っ赤にして、握った手を離してしまった。
「ねえ信也君、ちょっと時間をくれないかな?」
「時間・・・・?」
「うん・・・私ね、ずっと人を避けてきたの。特に男の人はね・・・。今は信也君のことを弟のようにしか見てないから大丈夫。
でももし男として迫られたら、今まで通りに出来るかどうかは分からない・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
傍目にも分かるほど信也のテンションが下がっていく。しかしこの流れはそう悪くない。俺が思っていたよりも、この恋には可能性があるように思う。
だから頑張れ信也!ここは逃げずに、正面から朋子さんと向かい合う時だ。
「信也君・・・私は初めて心を許せる人たちに出会った気がする。君と隆志君と、それに加奈子ちゃんも。だからね、今はこの関係を崩したくないんだ・・・。」
「・・・・うん・・・・。」
「でもね、もしかしたら、いつか信也君を男として受け入れられるようになるかもしれない。その為には時間が必要だと思う。私にも、信也君にも・・・・。」
「俺にも・・・・?」
「だって今の信也君、まだまだ子供だから。それは歳のせいだけじゃなくて、こっちの方もね。」
そう言って朋子さんは、信也の胸に触れた。
「いつか信也君が、もっと大人になって隆志君を安心させられるようになったら、その時は真剣に君と向き合ってみる。
だからそれまでは、今のままでいようよ。大丈夫、私は逃げたりしないから、ね?」
「・・・・・うん・・・・。」
信也は泣きそうな顔で頷く。これはまだまだ朋子さんと付き合うには時間がかかりそうだけど、でもとりあえずは逃げなかった。
それだけでも成長したもんだと思い、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてやった。
「信也よ、頑張れ。兄貴として応援してやるから。」
「・・・・うるさいな・・・子供扱いすんな・・・・。」
とうとう泣きだした信也を見て、朋子さんと目を合わせて笑ってしまった。
「さて、そんじゃ帰るか。とりあえず叔父さんの所に行こう。ちっとは文句言ったらな気が済まへん。」
「そうだね・・・・・。ほら、いつまでも泣いてないで行くよ。」
「・・・・ふぁい・・・・。」
うん、これはもし付き合ったとしても、完全に尻に敷かれるな。でもまあ、気弱な信也には、これくらいしっかりした女性の方がいいかもしれない。
三人で並んで参道を歩き、途中で朋子さんが足を止めた。
「ごめん、今気づいたけど巫女装束のままだった・・・・。」
「ええやん、それ似合ってるで。」
「いや、そういう問題じゃないから・・・。ごめん、ちょっと着替えて来るから待ってて。」
朋子さんは慌てて神社に引き返していく。
「朋子さん!」
「なに?」
「ちょっと一枚撮らせて。」
俺はスマホを構え、射光に浮かぶ巫女装束の朋子さんを写した。
「オッケー!これ友達に自慢したろ。」
「いや、それはやめて!恥ずかしいから・・・・・。」
「なんで?めっちゃ似合ってるからええやん。ほな次は横顔をもう一枚・・・、」
すると信也が手を広げて立ちふさがり、いっちょ前に睨んできた。
「俺の許可なしに朋子さんを撮影すんな!」
「何言うてんねん。もう彼氏気どりか?」
「違うわ!朋子さんに対して失礼やろって言うてんねん!」
「ほなお前この写真いらんのか?」
そう言って撮ったばかりの写真を見せつけると、言葉を失くして見入っていた。
「これ後で送ったるから、もう一枚撮らせてや、な?」
「・・・・・いやいや、あかんて!・・・でも、ちょっとくらいやったらええかも。」
そんなやり取りをしているうちに、朋子さんはサッと逃げて行ってしまった。
「ああ!ごめん朋子さん!この兄貴アホやから許したって!」
信也は慌てて後を追いかけ、参道の向こうへ消えてしまった。
「アホはお前やろ。まあええわ、ちょっとの間壁紙にしとこ。」
現役の、それも生の巫女さんを写せる機会なんてそうはない。さっそく壁紙に設定し、大学の奴らに自慢してやろうと思った。
しかしその瞬間、後頭部にとてつもない衝撃が走った。あまりの痛みに座りこむと、今度は背中に衝撃が走った。
「痛いな!誰やねん!」
「誰やねんちゃうやろ!なんでまた私だけのけ者よ!」
「か、加奈子・・・・・。」
いらぬトラブルメーカーがまたやって来て、思わず顔をしかめてしまった。
「私も仲間やろ!なんでのけ者にすんの!」
「してへんがな・・・。ていうか何でここにおること知ってんねん・・・。」
「広明さんを問い詰めたんや!もし教えへんかったら、一生呪いの手紙出したるってな!」
「子供かお前は・・・・。」
「そんなんどうでもええねん!それより・・・・この壁紙は何よ?」
加奈子は俺の手からスマホを奪い取り、プルプルと震えていた。
「あ、いや・・・それは・・・・。」
「これ・・・・朋子さんやん・・・。あんたやっぱりあの人のことを・・・・。」
加奈子の目に涙が溜まっていく。そして今にもスマホを破壊しようとしていた。
「待て待て!これはちょっとした手違いやから!」
「うるさい!人をのけ者にするわ、あまつさえ浮気まで・・・・。」
「だから違うって!人の話を聞けよ。」
「・・・・巫女さんがええの?」
「は?」
「だからそんなに巫女さんがええのって聞いてるんや。」
「いや・・・そら嫌いな男はあんまりおらんやろ・・・・。」
「ふう〜ん・・・・ほな私も巫女さんになるわ。」
「は?」
「私ここでバイトするから。そしたら巫女さんになれるやろ?」
加奈子はポイっとスマホを投げ捨て、一目散に神社へ走って行った。
「おいコラ!いらんことすんな!」
「なんでよ?私に巫女さんのカッコウしてほしくないの?それやったら撮り放題やで?」
「・・・・・それは・・・アリやな・・・・。いやいや、でもそんな理由でやるもんと違うやろ!とりあえず俺の話を聞いてからやな・・・・・、」
加奈子は俺の制止を振り切り、何がなんでも巫女さんになると喚いている。信也は必死に朋子さんに謝っていて、「もういいから着替えさせて!」と怒られていた。
どうやら女の尻に敷かれるのは兄弟揃って一緒のようだ。境内の前で騒ぐ俺たちの声は、セミの声よりうるさく響いていた。

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