水面の白影 第十五話 水面の白影

  • 2014.10.14 Tuesday
  • 12:17
JUGEMテーマ:自作小説
おじさんが二人いる・・・・。叔父さんの後ろに、もう一人の叔父さんが重なっている。
《なんで叔父さんが二人も・・・・?》
疑問に思いながら底まで辿り着くと、叔父さんは狛犬の牙を握っていた。
《あれは俺が投げた奴か?・・・・・いや、違うな。よく見ると形が違う。きっともう一本の牙なんや。》
叔父さんは野暮用があって破魔木神社まで行ったと言っていた。きっとそれは、もう一つの狛犬の牙をもらいに行く為だったんだろう。
でもそれならそう時間は掛らないはずだ。ならば他にも用事があったってことなのか・・・・?
池の底に立ちながら叔父さんを見つめていると、幸子が手を伸ばした。
《広明・・・・一緒に行こう・・・・。お母さんと二人だけで、誰もいない場所へ・・・・。》
《・・・・お母さん・・・。ええよ、俺はお母さんと一緒に行ったる。でもな、その代わり約束してくれ。もうここにおる若い奴らに手を出さへんて。》
叔父さんは優しい目でそう言った。しかし俺はふと疑問を感じ、叔父さんをじっと睨んだ。
《なんで叔父さんの声が聞こえるんや?叔父さんは生きてる人間やから、こんな水の底で声なんか聞こえるわけがないのに・・・・・。》
叔父さんの声は、幸子と同じように頭に響いてくる。
《・・・・叔父さん、もしかして死人やとか・・・・?いやいや、それは有り得へん。この人はさっき俺を助けてくれたやないか。死んだ人間があんなこと出来るはずがない。》
叔父さんは生きている人間なのに、まるで霊魂と話すように頭に声が響いてくる。不思議に思って首を捻っていると、幸子が叔父さんに抱きついた。
《広明が二人いる・・・・。一人は死んでるけど、もう一人は生きてる・・・・。私は双子を産んだ覚えなんてないのに、どうして・・・・・・。》
それを聞いた時、パッと疑が解けた。
《そうか・・・・。叔父さんに重なって見えるもう一つの霊魂は、生まれてくる前に死んだ兄弟か・・・・。》
これで叔父さんが破魔木神社に行った理由が分かった。きっと叔父さんは、御神木に封じた自分の兄弟を迎えに行っていたのだ。
そして・・・・今喋っているのは、もう一人の叔父さんの方だ。だから頭に声が響いてくるんだ・・・・。
《お母さん・・・・俺は広明の兄弟や。生まれて来る前に死んでしもたけど、間違いなくお母さんの子供や。》
《・・・・ほんとに?私のお腹の中に、もう一人子供がいたの・・・・?》
《そうや。本来やったら、俺はあのまま消えるはずやった。でも広明のおかげで、こうして現世にとどまってる・・・。
でもあまりに悪さをしたもんやから、とうとう見限られてしもたけどな。》
もう一人の叔父さんは悲しそうな目で笑い、自分の罪を悔やんでいた。
《お姉ちゃんには悪いことをした・・・・。広明の大事な人やのに、俺が殺してしもたんや・・・。あれはお母さんが広明を乗っ取ったせいと違うで。
俺が広明を乗っ取ってやらしたことなんや。だから俺はとうとう広明の怒りを買って、神社の御神木に閉じ込められてしもた・・・。
きっと永遠にこのままなんやろなと思ってたけど、広明はこうしてまた迎えに来てくれた・・・。》
もう一人の叔父さんは、広明叔父さんの魂を振り返る。その顔は後悔の色に満ちていて、《悪かった・・・・》と頭を下げた。
《俺は生まれて来る前に死んでしもた。せっかくこの世に生を受けたのに、陽の目を見ることなく消えてもたんや・・・。
でもそれが納得出来へんかったから、ずっと広明の中に留まってた。》
もう一人の叔父さんの声は、誰に向けているものでもなかった。きっと・・・・自分自身に対して向けられたものなんだろう。
《俺は自分が生まれてきた意味が欲しかった・・・・。
陽の目を見いへん短い人生やったけど、せめてこの世に生を受けた意味があれば、あの世へ旅立つのも納得出来ると思ったんや・・・。
だからずっと自分が生まれた意味を探して来た。そしてやっと・・・・・その答えが見つかったわ。》
もう一人の叔父さんは顔を上げ、何かを決意したように頷いた。
《お母さん、俺と一緒に逝こうや・・・。もうここにおったって、なんにもならへん。ただ生きている人間を苦しめるだけや。
だから俺が一緒に逝ったるから、もうこんな悪さはやめよ?俺はきっと・・・・お母さんをこの世の呪縛から解放する為に生まれてきたんや・・・。
だから一緒に逝こう・・・・。》
もう一人の叔父さんは、広明叔父さんに身体を返した。そして霊魂となって幸子に近づき、その手を握って微笑んだ。
《大丈夫・・・・一人やないで・・・。もし地獄に行くとしても、一緒に苦しんだる。だからもう終わりにしよ・・・・な?》
《・・・・・・・・・・・・。》
幸子は何も答えない。ただ黙ってもう一人の叔父さんを見つめている。
《ほな・・・・・逝こう。ここじゃない、別の世界へ・・・・。》
もう一人の叔父さんは、とても柔らかい眼差しをしていた。そして幸子を抱きしめ、スッとその中へ入っていった・・・・。
《もう一人の広明・・・・私の息子・・・・・。》
幸子の顔から、憑き物が落ちたように歪みが消えていく。ボロボロだった身体も綺麗になり、額に刺さった爪も消えていく。その姿は、娘の浅子さんによく似ていた。
《ありがとう・・・・私の子供・・・。向こうに行ったら、ちゃんと名前を付けてあげるからね・・・・。》
幸子は涙を流し、ふわっと池の底から浮き上がる。それはとても感動的な光景で、しばらくこのまま見ていたいと思った。
《例え悪霊でも、話せば分かるんやな・・・・。もう幸子にトドメを刺す必要はないわ。》
ここまで来れば安心だと思い、水面に向かって泳ぎ出した。さすがに息が限界に近づいていて、呼吸をしないと俺まで昇天する羽目になってしまう。
それは広明叔父さんも同じようで、水面に向かって泳ぎ出した。
幸子はその身に息子を宿したまま、水面の近くまで浮き上がる。するとどこからか光が射してきて、その姿を美しく照らした。
《これは・・・まるで月の光や・・・・。でも今日は新月やのになんで・・・・?》
不思議に思って見つめていると、射し込む光の中に小さな影が見えた。
《あれは・・・・俺が投げた狛犬の牙か?》
小さな影は、ユラユラと揺れながらこちらに近づいてくる。俺はその牙を手に取り、しっかりと握った。
《こいつが光を放ってたんか・・・・。》
狛犬の牙を握りしめ、水面まで向かう。そして池から顔を出した時、みんなが心配そうに見つめていた。
「隆志!」
「加奈子・・・・心配かけて悪かったな。俺は大丈夫や。あの悪霊も改心してくれたみたいやぞ。」
手を振りながらそう言って、みんなの元まで泳いでいく。すると朋子さんが急に立ち上がり、「そうじゃない!」と叫んだ。
「早くこっちまで逃げて!じゃないと隆志君まで・・・・・、」
「ん?俺までなんや?」
朋子さんは青い顔で震えながら、俺の後ろを指差した。
「・・・・広明さんが・・・・・、」
「え?叔父さんがどうかしたんか?」
そう言って朋子さんの指差す方を振り返ると、幸子が叔父さんを羽交い絞めにしていた。
《広明・・・・あんたも一緒に逝こう・・・。あんたも私の子供なんだから・・・・。》
幸子は青い光に包まれながら、今にも叔父さんを連れて行こうとしている。そして叔父さんもまた、それに抵抗しようとはしなかった。
「・・・・しゃあないな・・・。いくらアイツに乗っ取られてたとはいえ、俺は姉ちゃんを殺したんや・・・。その報いは受けなあかんか。」
幸子は叔父さんを抱いたまま水面に立ち、白い影をまとった。そしてクレイアニメのような不気味な動きで、スタスタと水面を走り出した。
「こっちに来る・・・・・。」
幸子は鬼の形相で俺を睨み、《どいて!》と叫んだ。
「や、やばい・・・・。」
慌てて逃げようとしたが、幸子の走るスピードの方が速い。このままでは追いつかれると思い、力を振り絞って叫んだ。
「叔父さん!お母さんは言うてたで!もう叔父さんのことは恨んでないって!あれは叔父さんじゃなくて、別の誰かがやったことやって!
だから死なんでええねん!お母さんは、とっくに叔父さんのことを許してるんやから!」
渾身の声でそう叫ぶと、叔父さんは「ほんまか・・・?」と顔を上げた。
「ホンマや!だからもう何も気に病む必要はないんや!叔父さんまで一緒に死ぬことはないんやで!」
「・・・・姉ちゃんが・・・許してくれた・・・・。」
叔父さんは震える瞳で涙を浮かべ、「姉ちゃん・・・・」と囁いた。しかし相変わらず抵抗する様子はなさそうで、このままでは幸子に連れて行かれてしまう。
《このまま無事に終わると思ったのに、なんでこんなことに・・・・。》
大人しく成仏してくれると思った幸子は、より狂った悪霊になってしまった。
《こいつはただの自己中女や・・・。ほんまに自分の子供が大事なんやったら、一緒に連れて行くわけがあらへん。》
俺は少なからず幸子に同情を覚えていた。こんな暗い池でずっと苦しみ、霊魂となっても子供のことを求めていた。
それは息子への愛から来るものだと思っていたけど、どうもそうじゃなかったらしい。
《コイツはきっと、自分のことしか考えてないんや。息子や周りのもんがどうなろうが、自分さよければそれでええって奴なんや・・・・・。》
幸子に対するわずかな同情は消え、激しい怒りが湧いてくる。やはりここでコイツを仕留めないと、この池の悲劇は終わらないのだ。
「隆志!早く逃げて!」
「お兄!」
加奈子と信也が叫んでいる。朋子さんも「隆志君!」と身を乗り出し、池に飛び込もうとしていた。
《もう迷ってられへん・・・・。こいつはキッチリ痛い目に遭わして、この世から消えてもらわなあかん!》
幸子は叔父さんを抱えたまま走って来る。真っ直ぐに俺を睨みながら・・・・。
しかし逃げてはいけない。向こうから来てくれるのなら、ここで迎え撃つだけだ。
「この自己中の馬鹿女!ええ加減に叔父さんを離さんかい!」
《邪魔するなあああああああ!殺すぞガキいいいいいいい!》
「ボケ!それはこっちのセリフじゃあああああ!」
俺は右手に牙を構え、そして左手を前に出した。その左手に幸子が迫り、ほんの軽く触れた。
「俺は素人とちゃうぞ!水面に叩きつけたるわ!」
左手で幸子の腕を掴み、力いっぱい引き寄せた。相手は勢い余って水面に倒れこみ、叔父さんを放した。
「叔父さんはもう関係ない。向こうに逝きたいんやったら、お前だけで逝ってこい!」
左腕で幸子の首を絞め、その頭に思い切り牙を突き刺した。
《ぎゃああああああああああ!》
幸子は俺の腕を振り払い、痛みのあまり暴れ回っている。
《死んだ息子が一緒に逝ってくれるって言うてるんや!これ以上ワガママぬかすな!》
暴れ狂う幸子の胸に、牙を握った拳を振り下ろす。鉤状になった牙が幸子の胸を貫き、深く食い込んでいった。
《いだあああああああああいいいい!》
幸子は狂ったように胸を掻き毟り、刺さった牙を抜いた。そして俺に襲いかかって来ようとした時、急にその動きを止めた。
《お母さん・・・もうええやろ。広明は生きてるんや。一緒には逝かれへん・・・・。》
もう一人の叔父さんの声が響き、青い光が強くなる。幸子は見る見るうちに白い影に変わり、ノイズのかかったテレビのように荒れ狂った。
《逝きたくない!まだこっちにいたいよおおおおお!》
「それがお前の本音やないか・・・・結局自分のことしか考えてへんのじゃ!グダグダ言うとらんと、さっさと逝ってこんかい!」
幸子は必死に暴れる。白い影となったまま、水面の上を駆けまわって叫んでいた。
すると池の中から何かが浮かび上がり、水面の上を流れていった。そして幸子の前まで来ると、大きな人の顔が現れた・・・・。
《なんやあれ・・・・・?》
大きな顔は、皺の刻まれた彫りの深い顔立ちをしていた。そして鋭い目で幸子を睨み、一言だけ呟いた。
《・・・・許せ・・・・。》
そう呟いた途端、幸子は大人しくなった・・・。そしてさっきまでの怒りが嘘のように、人の姿に戻って穏やかな表情を見せた。
水面に現れた人の顔は、そんな幸子を見て目を閉じた。そしてふっと息を吹きかけ、夜の暗闇の中へと吹き飛ばしていった。
幸子はそのまま宙に舞い上げられ、死んだ息子と一緒に霧となって消えてしまった。
《・・・・なんや?どうなってんねん・・・・。》
呆然としながら、幸子が消えた夜空を見上げる。そして大きな顔を振り返ると、ゆっくりと池に沈んでいった。
「あの顔は・・・・まさか・・・・・。」
一瞬の出来事に、その場にいた誰もが呆気に取られていた。そして大きな顔の消えた水面では、蛇を象った白い像が浮かんでいた。
「あれはもしかして・・・・。」
黒い水を掻きわけ、蛇の像へ近づいていく。そっと手を伸ばし、それを掴み取った。
「・・・これが御神体か・・・・?ほなさっきの大きな顔は、希恵門ってことなんか?」
白い蛇の御神体は、汚れた池に浸かっているにも関わらず、汚れが一つなかった。
そしていつか誰かに見つけてもらえるのを待っていたかのように、静かに喜んでいるように感じた。
「・・・・希恵門、俺らのご先祖様か・・・・。まったくもってはた迷惑な神様やで。余計な力は残すわ、池に霊魂を集めるわ・・・・。
でもこうして引き上げられてよかった。またあの神社に祭ってあげるから、もうこんな事は勘弁してくれよ。」
俺は御神体を持ったまま、加奈子たちの方へ泳いで行った。すると叔父さんに手を掴まれ、深く頭を下げられた。
「ありがとう・・・・。これでようやく終わった・・・・・・。」
「そやな。でもまだ仕事が残ってるで。コイツを神社に返さなあかん。叔父さんも一緒に行くか?」
「・・・いや、もうええわ。死ぬの覚悟してここへ来たのに、まだこうして生きとる・・・。そしたら急に死ぬのが怖くなってしもてなあ・・・。
もこんな事には二度と関わりたくないわ・・・・。」
「そうか・・・・・。ほなこれは俺らだけで返してくるわ。叔父さんはゆっくり休んで。」
叔父さんは何度も頷き、「ありがとう」と呟いた。そして岸に戻ると、加奈子が抱きついてきて「このドアホ!」と殴られた。
「どんだけ心配したと思ってんねん!しばらくセックスさせへんからな!」
そう言ってわんわんと泣き、手に持った御神体を見て叫んだ。
「ヘビ嫌いやねん!近づけんといて!」
「痛ッ・・・・・殴るなや・・・・。」
抱きついたり殴ったり、相変わらずコロコロと態度の変わるやつだ。でもそれが加奈子の魅力だから、笑いながら御神体を近づけてやった。
「きゃあ!やめて!」
「神様に対して失礼なやっちゃな。もっと近くで見てみいな。」
二人でふざけ合っていると、信也と朋子さんが吹き出した。
「お兄、それバチ当たるで?」
「そうそう、また希恵門に呪われるかもよ?」
「ちょっとくらいええやんか。どんだけコイツに迷惑掛けられたと思ってんねん。」
「まあ・・・確かにそうやなあ。ほなもう一回池に戻しとくか?」
「アホ言え!冗談でもお断りや!」
コツンと信也の頭を叩くと、「痛いよお・・・」と朋子さんに抱きついていた。
「はいはい、痛い痛いの飛んでいけ。」
朋子さんは完全に信也を飼いならしたようで、すでに尻に敷かれている気がしないでもない。でもお似合いのカップルだから、きっとこの先もうまくいくだろう。
「さて・・・ほんなら帰ろか。もうこんな所には用はないし。」
みんなはコクコクと頷き、足早に池から離れて行った。
「叔父さん、帰ろうよ。みんな行ってまうで?」
「ああ・・・分かってる・・・・。」
叔父さんは暗い水面を睨みつけている。そしてゆっくりと目を閉じ、死者を弔うように手を合わせていた。
その時、山から温い風が吹き下ろしてきた。それは水面を波立たせ、濁った池に波紋が広がっていった。まるでこの池を浄化していくように・・・・・。
・・・・出来るなら、もう二度とこの池に関わりたくない・・・・。そしてこの御神体を返して、すぐにでも霊魂と話せる力なんて消し去ってほしい。
もう幽霊なんてゴメンだし、特殊な能力だってゴメンだ・・・・。
フェンスを潜って池を後にする時、一度だけ後ろを振り向いた。もう誰もいなくなった暗い池は、幽霊がいる時より不気味に感じられた。
「・・・・怖・・・・。」
山から吹く風に背中を押され、池から離れていく。車に揺られて家に着くまで、誰も池のある方を振り返ろうとはしなかった。

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