水面の白影 最終話 忌まわしき夏は蘇る

  • 2014.10.15 Wednesday
  • 14:52
JUGEMテーマ:自作小説
夏がやって来る度に、毎年思うことがある。水面に浮かぶ白い影と、濁った池の仄暗さだ。
あの日から四年・・・大学を卒業して社会人になり、ようやく仕事にも慣れてきた。
人生とは分からないもので、なぜか俺の隣には加奈子がいない。しかしその代わりに、地味な化粧をした美人が座っていた。
「ねえ、そろそろ同棲したいなって思うんだけど・・・・。」
「そうやな。もう付き合って一年やし、お互いのこともよく知ってるしな。ええんとちゃうか?」
「だよね。私も一人で生活するより、二人の方が楽かなって。最近仕事も変えたし、巫女のバイトも辞めたもんだから収入が減っちゃって。」
「なんや、結局は金の為かい。」
そう言うと、朋子は「そうだよ」と笑った。
「ずっとお金の無い生活をしてたからね。あんたの弟のおかげでさ。」
「ああ、信也な。アイツいつまで経っても成長せえへんからな。来年で大学を卒業やいうのに、あれで大丈夫かいな。」
ネクタイを締めながら、甘ったれた弟の顔を思い浮かべた。就職して今の住まいへ来てから、随分と会う機会が減ってしまった。
時々連絡はしているけど、あまり俺たちのことを快くは思っていないようだ。
《まあ・・・それも当然か。自分を振った女が兄貴と付き合ってるんやから。立場が逆やったら、俺だって避けるわな。》
あの池の騒動からすぐ後、信也と朋子は付き合い始めた。最初はうまくいっていたみたいだが、やがて二人の間に亀裂が入り始めた。
朋子は本当に信也のことを大事にしていた。いつか立派な大人になると信じて、どんなことでも手を貸してやっていた。
しかし・・・・それがいけなかった。甘ったれの信也は、いつまで経っても成長しようとはしなかった。
ただただ朋子に甘え、好きな時にセックスを求め、金が無くなれば借りていた。
そしてこともあろうに、バイト先で別の女を作ったのだ。それも金のことしか頭にない、実に下らない女と。
頭の良い朋子はすぐに浮気を見抜いた。そして本気で信也に怒り、別れを切り出したのだ。
信也は反省して謝ったが、また同じことを繰り返した。とうとう堪忍袋の緒が切れた朋子は、信也に本気でビンタをかましてこう言った。
『信也君は変わった!昔はそんな子じゃなかったのに、まるで別人みたいになった!これ以上あんたの子守りをするのはゴメンよ!』
あの時の修羅場は、なぜか俺の部屋で行われた。加奈子と二人きりの時間を楽しんでいたのに、朋子が信也を掴まえて押しかけてきたのだ。
兄貴の部屋で彼女に振られた信也。あの時の顔は、まさに別人のように思えた。なんの自信もなくし、明るささえも失われていた。
するとそれを見ていた加奈子が、信也に同情を抱き始めた。昔から信也をよく知る加奈子は、ある意味朋子以上に信也を気に掛けている。もちろん変な意味じゃなくて。
しかし・・・・ある時を境に、加奈子にも心情の変化が表れ始めた。
俺が就職して引っ越したものだから、会える時間が限られてきたのだ。気が強いように見えて、実は寂しがり屋の加奈子は、いつでも傍にいてくれる男を見つめるようになった。
そしてその男とは、信也だった・・・・・。
元々お気楽で、しかも明るさが売りの二人は、恋仲になるのにそう時間は掛らなかった。
ある時俺が実家に帰ると、信也と加奈子の浮気現場を目撃してしまったのだ。
《ああ・・・やっぱりか・・・・。》
あの時の俺は、ずいぶんと冷静な目で二人を見ていた。なぜなら、俺に対する加奈子の気持ちが薄れていることは知っていたからだ。
ほとんど連絡も寄こさず、こっちから電話を掛けてもなかなか出ない。それにたまにデートに誘っても、うにゃうにゃと言い訳をして断っていたからだ。
それに信也は信也で、朋子を失った悲しみがある。だから仲の良い加奈子に手を出すのは簡単に予想が出来た。
俺は『邪魔して悪いな』と言い残し、すぐに実家をあとにした。あの日以来、信也との関係はギクシャクしている。そして加奈子とは二度と会っていない・・・・。
そしてこの俺自身はというと、始めたばかりの仕事が忙しくて、恋愛にかまけている余裕はなかった。
そのおかげで加奈子を失った悲しみに暮れずに済んだんだけど、一ついいことがあった。それは朋子と再会したことだ。
朋子は信也と別れたあと、俺たちとは会わなくなってしまった。それもそのはずで、朋子にとっては俺たちが心を許せる唯一の存在だったからだ。
だから信也と別れたあと、何かに裏切られた気持ちになって、姿を消してしまったのだ。
だからもう二度と会うことはないと思っていたのに、なぜか今の職場でばったり再会してしまった。
『久しぶり。また会えて嬉しい。』
俺の顔を見るなり、朋子ははにかんだ笑顔を見せた。どうやらしばらく前から派遣社員として来ていたらしく、俺の存在には気づいていたようだ。
部署がいくつにも分かれる大きな会社だから、俺の方はまったく気づかなかったけど・・・・・。
それから俺たちは、仕事以外でもちょくちょく会うようになった。ご飯を食べに行ったり、近くの行楽地へ遊びに行ったり。そして何度目かのデートの時に、初めて寝た。
これはちょっと下世話な話かもしれないが、俺と朋子はセックスの相性がとてもよかった。
デートの流れで酒を飲み、またその流れでセックスをしただけなのに、気がつけば夜が明けるまで抱いていた。
セックスが終わったあと、朋子は疲れた顔でこう言った。
『隆志君て、ほんとうに絶倫なんだね。信也君とは正反対。』
あの時の俺は、きっとみっともない顔で笑っていただろう。正面から絶倫と言われる悲しさ、そして信也との性事情など知りたくないという気持ち悪さ。
朋子はそんな俺を見て、クスクスと笑っていた。
『振られた者同士、勢いで付き合っちゃおうか。セックスの相性もいいし。』
朋子はサラリとそう言った。彼女の口からそんな言葉が出てくることに驚きだったけど、特に異論はないので付き合うことにした。
幸い俺たちの相性がいいのはセックスだけじゃなかった。付き合えば付き合うほど、どうして四年前の夏から付き合わなかったのだろうと思うくらいに、相性がよかった。
はっきり言って、俺と朋子の性格は正反対だ。俺は大人しそうに見えても、かなり情熱的なところがある。
対する朋子はいつでも冷静沈着で、まるで氷のような女に思えることもあった。
でもまあ・・・正反対の者ほど惹かれるというし、今の俺たちはかなり上手くいっている。
この関係がどこまで続かは分からないけど、同棲を始めるのは悪いことじゃないかもしれない。
鏡を見ながらネクタイを締め、時計を填めて振り返った。
「同棲してもええけど、お前もきちんと金入れてや。こっちはまだそんなに稼げる身分じゃないんやから。」
そう釘を刺すと、朋子は「まさかあ」と笑った。
「大きな企業の社員なのに、そんなに稼ぎが少ないはずはないでしょ?」
「それは出世してからの話や。今の時代、若手社員なんてどこも同じくらいの給料やで。」
「そうなの?」
「そうそう。時間給に換算すれば、派遣のお前の方が稼いでるはずや。」
「ふう〜ん・・・じゃあやっぱり同棲はやめとこうかな。」
「おい!やっぱり結局は金かい。」
朋子は「冗談」と笑い、後ろから抱きついてきた。
「・・・やっぱり、付き合うなら大人の男がいいわ。」
「お前は信也が初めての男やったっけ?」
「うん・・・。あの池の騒動が終わるまでは、男を嫌ってたからね。だからついしょうもない男に引っ掛かちゃった。」
「人の弟をしょうもないとか言うな。」
「・・・・ごめん。でも勘違いしてたのよね、恋愛と母性ってやつをさ。私は信也君の彼女であって、お母さんじゃないから。なんでも甘えられたら疲れちゃう・・・・。」
朋子は背中に頭をくっつけてくる。そして頬にキスをしてきた。
「今日は遅い?」
「いや、どうやろな・・・・。あのアホの係長がいらんことさえ言わんかったら、案外早く終わるんとちゃうか?」
「ああ・・・あの人ね・・・。やる気はあるけど、ちょっと中身がついてきてないのが残念っていうか・・・。」
「やる気と意地を勘違いしてるだけのアホや。まあ近いうちにどっかへ飛ばされるらしいけどな。」
俺は後ろを振り向き、正面から朋子を抱き寄せた。
「まあそんなことはともかく、お前も今日は仕事やろ?お互い早く終わったら、どっか飯でも食いに行くか?」
「そうしたいのは山々だけど、今日はちょっと無理かな?」
「なんでや?ここんところあんまり会えへんかったやないか。行きたくないんか?」
そう尋ねると、朋子は目を伏せて黙り込んだ。
「どうした?・・・・もしかして信也と復縁したとかじゃないよな?」
半分冗談で尋ねると、「有り得ないから」と本気で怒られてしまった。
「そうじゃなくて、今日はちょっと別の仕事が入っちゃって・・・・。」
「別の仕事?なんや?俺に言いにくいような仕事か?」
「・・・・言いにくいと言えば言いにくいかな。・・・あ、でも水商売とかじゃないからね。」
「分かっとるわ。そんな仕事が出来る性格と違うやろ。」
朋子から身体を離し、鏡を見て髪を整えた。そしてベッドの横に置いてある鞄を掴み、ドアへ向かった。
「別に言いたくなかったら言わんでええで。」
靴を履きながらそう言うと、朋子は慌てて駆けよってきた。
「ごめん・・・怒ってる?」
「アホ。お前を信用してるだけや。」
トントンと靴を鳴らし、立ち上がって朋子の頭を撫でた。
「いくら彼氏でも、言いたくないことは言わんでええ。そこまでお前を束縛する気はないよ。」
そう言うと、朋子はなんとも言えない顔で困っていた。我ながらいいセリフを言ったつもりだが、朋子にとってはそうではなかったのか?
《束縛をする気がないってことは、そこまで気に掛けてないって取られたんかな?別にそういうつもりで言うたんと違うんやけど・・・・・。》
朋子は俯いたまま顔を上げない。いったい何をそんなに悩んでいるのか分からないが、時計を確認するともう時間がなかった。
「ごめん、帰ってから話そう。」
朋子の頭をワシャワシャと撫で、ドアを開けて出て行こうとした。すると「隆志」と呼び止められた。
「ん?なんや?」
「・・・・隆志は・・・もう加奈子ちゃんに未練はない?」
「どうしたんや急に?」
「いや・・・・なんとなく・・・・。」
朋子は顔を上げて俺の目を見つめた。しかしすぐに俯いてしまい、申し訳なさそうな表情をしていた。
《ああ・・・・これは・・・・。》
この時俺は、ハッキリと朋子の気持ちを悟った。彼女はまだ信也に心を惹かれている。
今のような下らない男になる前の、純粋な信也が忘れられないのだ。
「あのな朋子。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
部屋に引き返し、俯いた朋子の顔を見ちめる。
「加奈子と別れた時、俺はすごい辛かった。なんたってアイツとは小学生の時からの付き合いやからな。
男女の関係になってからだって、昔と変わらず付き合ってた。アイツは家族みたいなもんやねん。だから・・・・別れた時はショックやった。」
朋子は顔を上げ、ゴクリと息を飲んでいた。真剣に俺の言葉を聞き、頭の中でよく噛みしめるように・・・・。
「大事な人と別れるっちゅうことは、誰でも辛いもんや。それが家族であれ、恋人であれ、やっぱり別れは寂しい。でもその寂しさを埋めるのは、新しい出会いなんや。」
「新しい出会い・・・・。」
「そうや。俺は加奈子と別れて沈んでる時に、必死に仕事で誤魔化そうとしてた。でもそこでお前と再会して、今の関係になった。
もしそれがなかったら、今でも加奈子を引きずってたかもしれへん。それが・・・・俺の正直な気持ちや。」
「・・・・・・・・・。」
今言ったことは、何の偽りもない正直な気持ちだ。だからきっと、朋子なら正直な気持ちを返してくれるはずだ。
だって・・・・以前は人の色が見える力を持っていたんだから。
それなら今だって、ある程度は人の内面を見抜けるはずだ。もうあんな力がなくたって、きっと朋子は俺の心を見抜くはずだ。
「・・・そう。じゃあ私と再会しなかったら、まだ加奈子ちゃんのことが好きだったってことね・・・?」
「そういうことになるな。でも俺とお前は出会った。だからそれが大事やと思ってる。昔のことなんてどうでもええねん。今の真剣な気持ちを大事にせんとな。」
そう言って朋子の頭を撫で、腕時計を確認した。
「あ、こらヤバイ!マジで遅刻してまうわ。」
慌てて駆け出し、マンションの廊下を走っていく。
「朋子!今の自分の気持ちを大事にしろ。せっかくしょうもない能力から解放されたんや。俺のことなんか気にせんと、自由にしたらええねん。」
「・・・隆志・・・・。」
朋子は一瞬だけ泣きそうな顔になり、すぐにこう言った。
「やっぱり今日は一緒にご飯に行こう!さっさと仕事を終わらして帰って来るから。」
「・・・・分かった!ほなまた夜にな。」
俺は手を振り、慌てて階段を下りていく。ほんとうはエレベーターの方が早いんだろうけど、なんだか気持が焦ってしまったのだ。
それは会社に遅刻するからではなく、心の整理がつかなかったからだ。
「なんか・・・・長くないような気がするな、この先・・・・・。」
あの下らない能力は消えても、破局を察知する感覚は磨かれているらしい。どうやら俺は、自分で思っている以上に加奈子のことがトラウマになっているようだ。
《朋子・・・・ごめん。さっきの言葉やけど、ちょっとだけ嘘ついてもたわ。俺もお前と一緒で、まだ加奈子のことが・・・・・・。》
その先は頭から振り払い、ひたすら階段を駆け降りた。人通りの多い道を駆け抜け、バス停へと向かう。しかし間一髪のところでバスを逃してしまった。
《あかん・・・あのアホ係長にグチグチ言われてまう・・・。》
この瞬間、俺の遅刻が確定した。それは何とも言えない嫌な気分で、モヤモヤとした暗い気持ちになってしまった。
《タイミングを逃したら、取り返しのつかんこともあるわな。それが遅刻程度やったらええけど、もっと大事なことやったら・・・・・。》
忘れようとしていた加奈子のことが、不意に蘇る。加奈子の笑う顔、加奈子の温もり、そして加奈子のアホな言動・・・・。
どうやら俺は、今でもしっかりとあのアホのことが好きらしい・・・・。
バスの去ったバス停には誰もいなくなる。青いベンチがポツンと佇み、次に訪れる人を待っていた。
俺はゆっくりと腰を下ろし、ポケットからスマホを取り出した。そして弟の番号を呼び出し、少し迷ってから電話を掛けた。
「・・・・ああ、もしもし?俺やけど。ちょっと聞きたいことがあんねんけど、今大丈夫か?いや、大したことじゃないねんけど、お前って最近加奈子とどうなんかなと思ってさ。」
きっと・・・・・今が過去へ引き返すギリギリのタイミングだと思った。これ以上時間が経てば、もう昔には戻れない。久しぶりに話す弟の声は、まるで別人のように思えた。


            *


二度あることは三度あるという。ならば一度あることは二度あるということだ。
どうやら俺は、その二度目の中に足を踏み入れてしまったらしい。
ここは破魔木神社。もう決して訪れることはないと思っていた場所に、またしても助けを求めることになっていた。
神主の星野さんが、御神木の前で祈りを捧げている。その横には信也が座っていて、虚ろな目で放心していた。
「・・・・・・・よし。これでいいでしょう。」
神主さんは目を開けて振り向き、信也の肩を叩いた。
「信也君・・・・どうですか?まだ別の声が聞こえますか?」
そう尋ねられた信也は、ゆっくりと首を振った。
「そうですか。これで悪い霊はいなくなりました。もう大丈夫ですよ。」
神主さんはニコリと笑い、巫女装束を着た朋子と頷き合っていた。
「五年前・・・・あなたのお兄さんと朋子さんの能力を封じました。あの時に君の能力も一緒に封じておくべきでした。
そうすれば、こんな悪い霊に取りつかれることはなかったのに・・・・。」
そう言って御神木を見つめ、そっと手を触れていた。
「あの時の信也君は、まだ能力を開花させていませんでした。だからそのまま放置したのですが、それは間違いだったようです。
そのせいであなたはずいぶんと苦しむことになった。この四年間、さぞ辛かったでしょうね・・・・。」
神主さんに肩を叩かれると、信也は泣きそうな顔になった。そして隣に立つ加奈子が、心配そうに手を握った。
「信ちゃん・・・ずっと前から様子がおかしかった・・・。まるで別人みたいになってしもて、たまに叫んだり暴れたり・・・・。
もしかしたら病気に罹ってるんかなって疑ったけど、そうじゃなかった。だから何も出来へんまま見てるしかなかったんやけど・・・。」
加奈子は辛そうな顔で言い、チラリと俺の方を見た。
「でも・・・もうこれ以上我慢出来へんようになったんや・・・。だから隆志に相談しようとしたんやけど、信ちゃんからそれは絶対にやめてくれって言われた。
でもこのままじゃどうしようもないから、仕方なしに朋子さんに・・・・・。」
そう言って視線を向けられた朋子は、「ごめん・・・・」と呟いた。
「隆志には内緒にしておく約束だったのに、つい口を滑らせちゃった・・・・。」
「ううん、こっちこそゴメン。昨日隆志から信ちゃんに電話があって、つい私が代わってしもたんや。だから・・・・このことを最初に言うたのは私や。ごめん・・・。」
俺は俯く三人を見つめ、バスを見逃した昨日のことを思い出していた。
あの時信也に電話を掛けると、すぐに加奈子が代わった。そして信也の様子がおかしいと相談されたのだ。俺はすぐにマンションに引き返し、朋子にこの事を話した。
《きっと朋子やったら何か知ってるはずや。》
何の根拠もないけど、なぜかそう思った。いや・・・根拠がないわけじゃないか。
俺はあの時点で、朋子を少しだけ疑っていたのだ。もしかしたらまだ信也と連絡を取っているのではないかと。
別にそれならそれでいいのだが、、朋子にさっきの電話の事を話すと驚きの言葉が返ってきた。
『信也君は、悪い霊に取り憑かれているかもしれない。』
巫女の経験がある朋子は、少なからずそういったものに敏感になっていたらしい。だから少し前に加奈子から相談を受けた時、すぐに神主さんに相談した。
そしてもし悪い霊に取り憑かれているのなら、この神社で除霊しようということになった。
昨日朋子が言っていた別の仕事とは、巫女として除霊の手伝いをすることだったのだ。
「信也・・・・調子はどうや?」
信也の傍に立ち、安心させるように笑いかける。
「・・・なんか変な気分。でも・・・スッキリしたわ。もう悪い霊の声が聞こえへんから。」
「そらよかった。でもお前・・・・大学に入る直前からこういう状態やったんやろ?なんで誰にも相談せえへんかってん?」
そう尋ねると、信也は子供のように唇を尖らせた。
「だって・・・霊に取り憑かれたなんて、認めたくなかったから・・・・。」
「お前・・・・それで四年間も苦しんでたんか?」
「いや・・・それだけじゃないけど・・・。」
信也はごにょごにょと口ごもり、朋子の方を見た。
「ああ・・・朋子のことがあったからか?」
「うん・・・。お兄が朋子さんと付き合ってるから、ますます相談出来へんようになってしもた・・・。でも・・・こうして元に戻れてよかった・・・。」
信也はポロリと涙をこぼし、鼻水をすすった。
「なあお兄・・・・。」
「なんや?」
「お兄・・・・朋子さんのこと愛してるんか?」
唐突な質問に、思わず「は?」と答えてしまう。
「だから・・・朋子さんのこと好きなんかって聞いてるんや。」
「そら好きやで。だから付き合ってるんやないか。」
「じゃあ・・・・加奈ちゃんとどっちが好きやねん・・・・?」
「どっちがって・・・・質問の意味が分からんわ。」
「ウソつけよ。お兄は怒ってるんやろ?俺が加奈ちゃんを奪ったこと・・・。」
信也は顔を上げ、俺の目を睨んだ。その目は怒りとも悲しみともつかない色をしていた。
「確かに俺は、加奈ちゃんといらんことしてもた・・・・。でもそれは最初だけで、あとはただの友達や。」
「・・・・そうなんか?でも前に実家に帰った時、お前と加奈子はキスしとったやないか。」
「だから・・・それはあの時だけやねん!あれ以上のことはしてないし、あれからすぐに友達に戻った。
でもお兄は言い訳する暇もなく帰ってまうし、加奈ちゃんのことに触れるのはタブーみたいな雰囲気出してたやないか!だから何も言われへんかったんや・・・。」
「・・・そう・・・なんか・・・・?」
チラリと加奈子の方を見ると、「ごめんな・・・」と俯いた。
「隆志が引っ越して、今までみたいに会えへようになって寂しかったから、つい・・・。
それに信ちゃんは信ちゃんで、朋子さんに振られて落ち込んでた。だからちょっと、お互いの傷を舐め合う感じであんなことに・・・・。」
「・・・なんやそれ?そんなんやったら早く言うてくれよ!」
顔をしかめて言うと、加奈子は「言えるわけないやん!」と叫んだ。
「私は隆志のことが好きやってん!なのに・・・その弟とキスしてるところを見られて、なんて言い訳したらええの?」
「・・・・加奈子・・・・。」
「私は自分が寂しいからって、隆志を傷つけた。だからこっちから言い訳なんて出来へんやんか!」
久しぶりに見る加奈子の泣き顔は、妙に心を落ち着かせた。
《相変わらずヒステリックやな・・・。でも懐かしい・・・・。》
加奈子はキンキンする声でまくしたて、「アホ!」だの「ボケ!」だのを連呼していた。
「私はずっと隆志から連絡が来るのを待ってた!こっちから出来へんから、あんたから行動を起こすのを待ってたんや!
それを四年も待たせて・・・挙句に別の女と付き合って・・・ほんまアホとちゃうか!この四年間を返せ!」
「知らんがな!四年も待つお前がアホやろ!そこまで待つくらいやったら、さっさと誤解を解けよ!」
「だからそれが出来へんかったって言うてるやろ!」
「なんでやねん!電話一本ですむやんけ!」
「そんな簡単なもんと違うねん!女心は蜘蛛の巣より複雑やの!あんたこの四年間で腑抜けになって・・・・死ね!」
「なんで死ななあかんねん!言うてること滅茶苦茶やないか。」
四年ぶりに会ったというのに、加奈子はまったく変わっていなかった。この支離滅裂な言動、すぐに感情的になる性格、それに何より、昔よりも綺麗になっていた。
《懐かしい・・・ほんま懐かしいわ。やっぱり俺はコイツを失いたくない・・・。》
加奈子はまだ怒っている。鼓膜が破れるかと思うほど、キンキンと喚きながら・・・。
そして最後に、「今でも隆志のことが好きなんや!」と叫んだ。それを聞いた俺は迷わずにこう答えた。
「俺も好きや。まだ加奈子のことが好きや。」
そう返すと、加奈子はキツネにつままれたような顔で固まっていた。
「なんでよ?あんた今は朋子さんと付き合って・・・・・、」
「いいや、俺が好きなのはお前だけや。それに・・・・それは向こうも一緒や。」
そう言って朋子の方を見ると、心配そうに信也の手を握っていた。
「大丈夫?」
「うん、朋子さんが助けてくれたから。」
「どうしてもっと早く言ってくれなかったの?あれが悪霊の仕業だって分かってたら、信也君と別れたりしなかったのに・・・・。」
「だって・・・・朋子さんにフラれてショックやってんもん・・・。それにお兄と付き合うし・・・・。」
「違う!あれは信也君を忘れる為に・・・仕方なく勢いで・・・・・。」
「でも付き合ったことに変わりはないやん・・・。だからてっきり嫌われたんやと思って・・・・・・。」
「・・・そうだね、ごめん。私もてっきり信也君が加奈子ちゃんと付き合ってると思ってたから・・・・。」
朋子さんはギュッと信也の手を握り、必死に弁明していた。そして信也は信也で何度も謝っていた。
「ごめんな朋子さん・・・。」
「ううん、もういいの。悪い霊は封じ込めたし、お互いの誤解は解けたんだし。だから信也君さえよかったら、また昔に戻れたらいいなって・・・・、」
「・・・・うん。俺も朋子さんに傍におってほしい。まだまだガキやけど、いつかちゃんとした大人になって、朋子さんを守るから。」
一件落着とは、まさにこういうことを言うのだろう。四年という年月が掛ってしまったが、みんなが納まるべき鞘に納まった。
俺には加奈子、信也には朋子。・・・・うん、やっぱりこっちの方がシックリくる。
別れを告げないまま、俺と朋子は終わりを迎え、そしてすぐに新しい恋人が見つかった。ギリギリのところで引き返したおかげで、こうしてみんなが幸せになることが出来た。
「なあ隆志。」
加奈子に呼ばれて振り向くと、目の前にタコみたいな口があった。
「なんやねんいきなり。怖いわ・・・・。」
「ええやん。仲直りのチューしよ。」
「・・・ならせめてその口をやめい。普通でええねん、普通で。」
加奈子は唇を戻し、サッと顔を近づけてきた。俺もサッと顔を近づけ、ほんの軽く唇を合わせた。四年ぶりのキスは、妙に恥ずかしく感じた。
皆がハッピーエンド。もう悪い霊もいないし、愛する人と仲直りをすることが出来た。
時には昔に引き返すことで、大事なものを取り戻せることだってあるんだ。
「ほな帰ろか。」
「そやな。久しぶりにみんなでご飯でも行こうよ。」
「あ、俺流しそうめん食べたい。この辺にあるかな?」
「私知ってるよ。ちょっと遠いけど、けっこう美味しいんだ。」
「よっしゃ!じゃあそこへ行こう。朋子・・・いや、弟の彼女を呼び捨ては悪いな。朋子さんはその格好のままでな。」
そう言って冗談を飛ばすと、朋子さんは「それは勘弁して・・・」と赤くなっていた。
四年前ここへ来た時みたいに、俺たちはセミより大きな声で喚き合った。
すると黙って見ていた神主さんが、「ちょっといいですか?」と尋ねた。
「お帰りになる前に、一つだけお願いがあるんですが。」
「ええ、いいですよ。神主さんには散々お世話になったから。」
ビシッと背筋を伸ばし、神主さんに向き合う。すると向こうも背筋を伸ばし、よく通る声で言った。
「実はですね・・・・まだ全ての御神体が戻ってきたわけじゃないんです。」
「え?どういうことですか・・・・?」
「残念ながら、あと三体ほど行方不明の御神体があるんです。そしてその内の一つの居場所が分かったんですよ。
ここからそう遠くない所にある、小さなダムに沈んでいるようなんです。ただあの池と同じように悪霊がうろついているので、もう一度手を貸して頂けないかと思いまして。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
全員の顔が引きつる。もう終わったと思ったのに、また幽霊退治をしろというのか?
はっきり言って二度とゴメンだ!誰があんなことに関わるものか!
「封じた力は一時的に解放します。だからどうか・・・・もう一度お力添えを。」
神主さんは直角に腰を曲げ、深く頭を下げる。その雰囲気は真剣そのもので、決して冗談で言っているわけではなさそうだった。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
俺は信也に目配せをして、車が停めてある方を睨んだ。するとコクリと頷き、朋子さんの手を引いて下がり出した。
神主さんはまだ頭を下げていて、俺たちの方は見えていない。俺は加奈子の手を握り、低い声で言った。
「・・・・すいませんけど、これからみんなで飯を食いに行くので・・・・。」
神主さんは僅かに顔を上げ、俺を睨む。
「・・・・引き受けてもらえないと・・・・?」
「はい。お世話になった恩は忘れないけど、幽霊退治は二度とゴメンです。希恵門の力を受け継ぐ者は他にもいるんでしょう?だったらその人たちにお願いします。」
きっぱりそう言って頭を下げた。
「加奈子、行こう。」
「・・・うん。」
俺たちは手を繋ぎ、車の停めてある空き地まで向かった。信也と朋子さんは「早く早く!」と手招きをして、今すぐに逃げ出そうとしていた。
「待って下さい!どうかもう一度力を!」
神主さんが慌てて走って来る。俺たちは車に乗り込み、一目散に逃げ出した。
「やってられるか!そんなに幽霊退治がしたいなら、自分でやったらええねん!」
「ほんまやで!これ以上度私らを巻きこまんといてほしいわ!」
「ホンマにな・・・。悪霊を祓ってくれたのは感謝するけど、でも前の時の件でチャラやんな?」
「確かにそうだけど、巫女の衣装のままで来ちゃった・・・。これ郵送で返しても大丈夫かな・・・・?」
狭い車内に、みんなの不安と不満が募る。ルームミラーにはまだ追いかけて来る神主さんが映っていて、何かを必死に唱えていた。
「何してんねんあの人・・・・。」
じっとミラーを見つめていると、神主さんは塩のようなものをばら撒いた。するとその瞬間、朋子さんが「ああ!」と絶叫した。
「色が・・・・また色が見えるようになってる・・・・。」
「ホンマか?」
「消えたはずなのにどうして・・・・。」
朋子さんは青い顔をして震えていた。そして俺の方にも異変があって、またしても幽霊の声が聞こえるようになっていた。そこら辺を漂う霊魂から、いつくもの声が聞こえてくる。
それはあの池の時のように、頭の中に直接響いてくる声だった。ずっと聞いていると、脳ミソが破壊されるような恐ろしい声・・・・。
それは信也も同じようで、頭を押さえてうずくまっていた。
《あの神主・・・さっき何かを唱えてたんはこの為やったんか。俺らが頼みを聞かへんもんやから、また能力を復活させようと・・・・。》
あまりに強引なやり方に、頭がカッと熱くなった。するとよく知る声が頭に響いてきて、背筋がゾクリとした。
《どうか私の頼みを聞いて下さい・・・。もし断るなら、いつまでもその能力は消えませんよ・・・・。だから戻って来て下さい・・・・。》
全身に鳥肌が立った・・・。それはこの能力が復活したからではなく、神主さんの声が直接頭に響いてくるからだった・・・。
《なんであの人の声が頭の中に聞こえんねん・・・・・。これじゃあまるで・・・・・・。》
頭の中に響く声は、幽霊の声だけである。そう思うとまた背筋がゾクリとした。
《あかん、あかん!この先を考えるのはやめとこう・・・・・。》
アクセルを踏み、猛スピードで逃げて行く。ルームミラーには神主さんの代わりに白い影が映っていた。それもクレイアニメのような、気持ちの悪い動きをする影が・・・・・。
《冗談じゃないで・・・・もう幽霊なんて二度とゴメンや!》
白い影は、気持ちの悪い動きで追いかけて来る。俺はギアを上げ、アクセルを踏み込んでスピードを上げた。
「お兄!前ヤバイ!」
突然信也が叫ぶ。すると目の前に赤信号の交差点が迫っていた。
「ヤバイッ!」
咄嗟にブレーキを掛けるが、勢いのついた車は止まらない。そして交差点で横転してしまった。
車はオモチャの転がり、床と天井がグルグルと回ってから、腕に激痛が走った。
「・・・・・・・ッ!」
あまりの痛みに息が出来なくなる。しかし自分のことより信也たちの無事が気になった。俺は逆さまの状態になりながらみんなを見渡した。
「大丈夫か!」
そう叫んだ時、大きなクラクションが響いた。大型トラックがブレーキの音を響かせながら突っ込んで来たのだ。
《あかん・・・これ死んだ・・・・。》
トラックが迫り、目の前にナンバープレートが映る。そして凄まじい音を響かせて、俺たちの車を吹き飛ばした。
車はオモチャのように転がっていき、グシャグシャになりながら電柱にぶつかる。俺は開いたドアから投げ出され、歩道の段差に乗り上げた。
「・・・・・・・ッ!」
呼吸が苦しい・・・・。腕に激痛が走る・・・。いや、そんなことよりあいつらはどうなった?加奈子は?信也は?朋子さんは?
なんとか顔を上げると、大破した車から全員が投げ出されていた。加奈子は泣きながら怯え、信也は身体を抱いてうずくまり、朋子さんは虚ろな目で宙を睨んでいた。
《・・・・信じられへん・・・あれだけの事故やのに、みんな生きてるなんて・・・・。》
加奈子も信也も、そして朋子さんも、幸い大きな怪我はなさそうだった。しかし何かに目を奪われ、ブルブルと震えていた。
《なんや・・・さっきの事故より怖いものでもあるんか・・・・?》
そう思って顔を上げると、目の前に白い影がいた。そしてすぐに神主さんの姿に変わり、満面の笑みで微笑んだ。
「よかったですね、みんな助かって。その悪運の強さなら、全ての御神体を回収できるでしょう。だから・・・・どうかお力添えを。」
そう言って腰を直角に曲げる神主さん。今の俺には、もう断る気力は残っていなかった。
四年の年月を超え、あの時の夏が再び追いかけてくる。恋人はそれぞれの鞘に戻り、そして再び悪霊退治に踏み出そうとしている。
二度あることは三度あるというが、どうやら三度くらいでは終わりそうにない。
この日を境に、ここにいる誰もが夏を嫌いになるだろう。
先ほど事故を起こしたトラックは民家に突っ込んでいた。そしてその中から白い影が現れ、頭の中に声を響かせてきた。
『まだ死にたくなかった・・・・助けてくれ・・・・』
俺は立ち上がり、目を閉じてセミの声を聞いた。うるさい合唱が、少しだけ頭の中を楽にしてくれた。



                   -完-

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