第5話 それはただの生理現象さ(3)

  • 2010.04.15 Thursday
  • 18:01
 悪臭が漂い、薄暗い部屋の中で俺は人生というものについて少し考えていた。
小便を我慢し続ける少年と、食うことしか頭にない刑事が出会うこの瞬間、それは俺の人生にとって何を意味するのだろう。
クリアしたゲームのレベル上げより空しい時間が過ぎてゆくであろうことは想像出来るが、果たして、それは俺の人生にとって必要なものなのだろうか?
ジェフは優しい目でキバールに近づき、彼の様子をじっと観察している。
時折頷き、まるで何かを採点しているようでもあった。
しばらくキバールを眺めた後、ジェフは愛おしい教え子に語りかけるような口調で言った。
「完成まで7割といった所か。だがまだそれではダメだな。」
俺には目も合わさなかったキバールが、驚くような表情でジェフを見上げる。
「君はよく頑張っている方だ。事実、そのやり方ならかなり限界近くまでオシッコを我慢出来るだろう。
だが見ろ。君は今も少し漏らしている。
それではダメなんだ。」
悟りを開いたかのような口調で尿意を我慢することに対して意見するこの男は、一体何者なのか?
知りたくもないが、どうやらこの事件においては力を発揮しそうな感じではあった。
「あなたは一体・・・。」
ジェフの言葉に多いに興味を持ったキバールは、少し尊敬するような目で答えた。
さきほどの手を合わせて体をブルブルと震わす行為は中断されていて、それに気が付かないキバールは完全に漏らしていた。
「ああ、何てこった。また失敗だ。」
オシッコがズボンの股間部分をまんべんなく湿らす頃、キバールはようやく自分が漏らしている事に気付いた。
「やれやれ、すぐに新しい下着とズボンに履き替えないと。」
俺がそう言うとキバールは猛烈に拒否した。
「そんなのは二流のやることだ。僕は成功するまで絶対に履き替えないと誓ったんだ。」
そう言うとキバールは近くにあった小型のヒーターにスイッチを入れ、それを股に挟むようにしてオシッコで濡れたズボンを乾かしている。
俺は馬鹿らしくなって目を背け、もう一度部屋をぐるりと見渡した。
部屋の左側には大量の食糧と水が積まれていて、人一人が半年は生活出来るくらいの量だった。
そして俺はさっきから気になっていることを聞いた。
「なあキバール。オシッコは我慢しているとして、その、大の方はどうしているんだ?」
そう言うとキバールは部屋の右端を目で指した。
なんとそこには大量とオマルがあった。
悪臭の原因はこいつか!
「僕はまだ修行中の身でね。オシッコすら我慢出来ないのに、ウンコまで我慢しようなんてとても無理さ。
でもいつかはきっと我慢してみせるけどね。」
ヒーターの温風で気持ち良さそうにしながら、少し笑顔でキバールは答えた。
オシッコもウンコも、我慢する必要がどこにある。
ここはトイレの無い映画館じゃ無いんだぞ。
「その通りだ。オシッコすらろくに我慢できない奴がウンコを我慢しようなどと10年早い。」
ジェフはヒーターでオシッコを乾かしているキバールに力説を始めた。
「君のやり方は間違いでは無い。かつて俺も通った道だ。
しかし、あの体勢で我慢するだけでは完成には至らないのだ。
それを今から俺が証明してみせよう。」
そう言うとジェフは積んであったペットボトルの水を三本一気に飲み干した。
一体この男の胃袋はどうなっているんだ。
「モルダー。」
「何だ?」
俺は疲れたような呆れたような口調で返事をした。
「君は気付いていただろうか?
共に行動したこの三日間、俺が一回しかトイレに行っていないことを。」
知るか。
「それも君と合流した2日目の話だから、もう丸三日間トイレに行っていないことになる。
正直俺も結構来る所まで来ているんだよ。」
このアホは何を言っているんだ?
「そして今、ペットボトル三本、量にして6リットルの水が俺の中に注がれた。
これは起爆剤さ。」
こいつの頭の中がとうに爆発していることはわかるが、起爆剤とはまさかオシッコのということだろうか。
「うーん、来たぞ。こいつはいい。
かなり激しくて波がある。少しでも気を抜けば持っていかれそうだ。」
顔をしかめたジェフはさきほどキバールが座っていたイスで同じような体勢をとり、ブルブルと体を震わせ始めた。
「よく見るんだ!キバール、このやり方ではあと一分も持たない。
もうすでに少しチビってしまった。」
乾きかけのズボンを手で触りながら興味深そうにジェフを見ているキバールは、教えを乞う弟子のように真剣な表情だった。
「こいつで我慢できなくなったらこうするんだ!」
そう言ってジェフは勢い良くイスを飛び降り、腕立て伏せを始めた。
「見ろ!これが君のしていたやり方のもう一段階上の方法だ。
筋トレという高度に筋肉を使う動きをすることで腹筋に力が入り、そして腕立てをするという方向に意識を持っていく事でさっきよりも長く耐えられるんだ。」
腕立て伏せをして尿意をごまかしているだけのことを、そんなに偉そうに語られてもどう聞いていいか困ってしまうが、キバールは感心した様子で見ている。
「ただしスクワットは気をつけろよ!あれはしゃがんだ時に少しずつ持っていかれるからな!」
俺はこいつを誰かに持ち去って欲しかった。
勢いに乗ってきたジェフはさらに続ける。
「そして次はこいつだ!
まず真っすぐ立つ!そして両手は力いっぱい拳を握る!
足は少しクロスさせるようにして全身に力を入れ、頭の中で楽しいことを考えるんだ。」
ズボンが乾いたのか、キバールはヒーターのスイッチを切って立ちあがり、真剣そのものの眼差しでジェフの動きを見ている。
「だがこれだけではまだ足りない。
コツはどちらかの足の指でもう一方の足を刺激するように踏むんだ!
周りに人がいてもオシッコを我慢しているのを悟られないようにする時に役立つぞ。」
どう見てもオシッコをしたいのがバレバレだが、街中で腕立て伏せをするよりかはマシだろう。
「そして最終形がこれだ!」
そう言うとジェフは何かの民族舞踊のような変な踊りを始めた。
時折股間を引いて腰をくねらせている。
これを外でやったらすぐに変態と認定されるだろう。
「動きの中に尿意を隠す!
肉体的な面と意識的な面とのダブル効果で長くオシッコを我慢出来ることは間違いなしだ!」
キバールは感心しきりのようで、もはや羨望の眼差しでジェフを見ている。
このままいけばこの少年はアホな大人のせいでアホになってしまうだろうが、ジェフの迫力が凄まじく、止めるのが躊躇われた。
「何をやっているキバール!
君も一緒にやるんだ!この動きをマスターして尿意をウェイティングし、キープ・オン・ザ・オシッコをマスターするんだ。」
キバールは大きく頷いて懸命にジェフの動きを真似ようとしている。
オシッコを我慢する為の踊りを、アホな刑事とちょっと残念な考え方の少年がステージで大勢の観客を前にしたように熱く踊っている。
それはだんだんエスカレートしていき、二人は何か通じ合ったのか目と目を合わせて笑っていて、実に楽しそうだった。
俺はジェフに回し蹴りをくらわした。
「ぐあ!何をするんだモルダー!」
漏らさないように股間を抑え、仰向けになったカエルのような体勢でジェフが言った。
「何をするんだだと!こんなアホなことをいつまで続ける気だ?
そんなにオシッコがしたいのならトイレに行けばいいだろう!」
限界までオシッコを我慢するなんてアクションゲームでラスボスまで行った時くらいだ。」
しかしジェフはゆっくりと立ち上がり、首を振りながらこう言った。
「モルダー。君は何も分かっていないよ。
オシッコもウンコもいわゆる排泄行為だ。
しかしその前に何がある?
食べるという行為だろう。
長く排泄が我慢出来るということは、その分長く食事が楽しめるというものだろう。
だから俺は日々排泄行動を我慢する研究を重ねてきた。
そしてその一部をこの同志である青年に伝授することの何処がいけない?
俺はこの少年の為にやっているんだ。」
おそらくこいつは事件の前提を理解していない。
キバールは少し残念な所はあるが、まだ大人には遠い少年であり、食欲が頭の中を9割以上も占めているジェフとは違う。
「なあキバール。君は食べる為にオシッコを我慢しているのかい?」
キバールはぶんぶんと首を振り、思いっきり否定した。
「全然違うよ。ある人から言われたんだ。
君がオシッコを我慢できる究極の体勢を発見出来たら、それは大いなる人類に対する貢献になる。
でもしっぱいしたらオシッコを我慢で出来ない人が増えてやがて人類の存亡に関わる危機になるだろうって。」
「そのある人っていうのは君の友達か知り合いかい?」
「いや、違うよ。ケータイにかかってきたんだ。
名前はレイだったかな。
お前には人類の英雄になれる見込みがある。
だからこの試練を与えようってね。
僕人類の英雄になりたかったんだ。」
やはり少し残念な少年だ。
まあ男の子っていうのは何時の時代も英雄だとか選ばれし者ってやつに憧れるものではあるが。
「キバール。君は水やジュースを飲んだりしたらオシッコに行きたくなるだろう。」
素直にうんと頷くキバールは黄ばんだズボンを気にしていた。
「いいかい。それはただの生理現象さ。
オシッコがしたくなったら、トイレに行けばいい。
いくらそんなものを我慢しても英雄にはなれないからな。
それとその下着とズボンはさっさと履き替えた方がいいだろう。
あとそこのオマルに溜まったウンコも処分しておくんだ。」
キバールはとても悲しそうな顔で今にも泣きそうになっていた。
「そんな!僕英雄になれないの?
あんなに頑張ってオシッコを我慢したのに!
ちくしょう!僕は騙されていたんだ!
こんなことならさっさとトイレにいってパソコンで「尿意を催した時にありがちなこと」ってスレでも立てておけばよかった。」
落ち込むキバールの背中を俺はポンポンと叩いてやり、とりあえずこの悪臭のするオマルに溜まったウンコの山を君のお母さんと一緒に処分しようと言った。
下の階へ降りようとした時、股間を抑えたままジェフが言ってきた。
「そうだ。ついでにウンコの我慢の仕方も・・・。」
俺はジェフの股間に後ろ蹴りを入れた。
口からは泡を吹き、下からは盛大にオシッコを漏らしてジェフはその場に倒れ込んだ。
「ちょっとおじさん。人の部屋でオシッコを漏らさないでよ、汚いなあ。」
俺は何も言わず、とりあえずキバールの背中を押して母親の所まで連れて行った。
無事に部屋から出てきたキバールに母親は涙を流して喜び、キバールもこれからはオシッコがしたくなったらトイレに行くと約束した。
事件は無事に解決したわけだ。
され、二階で倒れているアホを連れて帰ろうかと思った時にキバールの家の電話が鳴った。
母親が電話に出たが、顔が強張ってこちらを見ている。
俺は受話器を受けとり、電話を代わった。
「もしもし、失礼だがどちらさんかな?」
相手はしばらく無言であったが、ふうとため息が聞こえた後、話しかけてきた。
「まさかXファイルの捜査官が来ているとはな。
計画は失敗だ。」
「お前は一体誰だ?何故こんなことをさせた?
どうして俺がXファイルの捜査官だとしっている?」
またしばらく間が空いてから返事が来た。
「モルダー。君が優秀なXファイルの捜査官というのは有名だよ。
俺はレイという者だ、よろしく。
今日はスカリーとのコンビではなかったようだな。
まあもっとも彼女とのコンビならもっと早く事件は解決されていたか。」
スカリーのことまで知っているとは。
こいつは何者なんだ?
「モルダー捜査官。今日の所は潔く負けを認めよう。
だが我々の野望はまだ終わったわけではない。
またいずれ、お目にかかる時がくるかもしれないな。
では、その時まで。」
「おい待て!お前は一体何者なんだ?」
聞き返したが電話は切れていた。
かなり気になる電話ではあったが、切られた以上はどうしようもない。
今はとにかく事件が解決したことを喜ぶべきだろう。
抱き合う親子を頬笑みながら見ていると、二階からジョンが降りてきた。
「すいませんがお母さん。替えのパンツとズボンを貸してもらえないだろうか?
あと出来れば何か食べ物を。」
俺は渾身のアッパーでジェフを気絶させて肩に乗せ、親子に部屋のオマルに溜まったウンコの処分するように言い、そして別れの挨拶をしてキバールの家を後にした。
3日後、いつものように出勤するとスキナーが声をかけてきた。
「この前の事件はご苦労さん。
仕事が一段落ついたら君も休暇を取るといい。」
「ああ、是非そうしたいね。」
色んな意味で疲れた事件だったので、休暇でもとって何処かでのんびりしたいものだ。
「ああ、それともう一つ。
今日から君たちと同じ職場で働くことになったジェフ捜査官だ。」
俺は飲みかけていたコーヒーを吹き出しそうになり、スキナーに詰め寄った。
「おい!何故こいつがここにいるんだ。
これから俺達と一緒に働くっていうのか?」
「そうだ。聞く所によると今回の事件の解決に多いに彼が活躍したそうじゃないか。
きっと我々の心強い味方になってくれると思ってね、よろしく頼むよ。」
そう言ってスキナーは去っていった。
目が合うとジェフは軽くウィンクを飛ばしてきた。
両手にはチキンとコーラを持っている。
俺は大きくため息をついて自分のデスクまで歩いて行き、途中ですれ違ったスカリーが皮肉っぽい目の微笑で挨拶をしてきた。
それだけで少しは心が救われるというものだ。
自分のデスクに座り、一口コーヒーを飲んで顔をこするとスカリーの呟きが聞こえてきた。
新しいキャサリンの世話係が出来たわねと。
しかしそれはやめた方がいいだろう。
そいつならマヨネーズと一緒にキャサリンを食べかねないからな。
俺はどうでもよくなって、とりあえずコーヒーを飲み干し、しばらくデスクで居眠りをすることにした。
横目でジェフを見ると両手で拳を作って一方の足の指でもう一方の足を踏んでいた。
俺は思った。
さっさとトイレに行けよ。
まあその内、スカリーの金的蹴りで盛大にオシッコをぶちまけるのは目に見えていて、その金的蹴りが俺以外の誰かにかまされることになることにちょっと嫉妬する。
やれやれ、俺も充分変態かもな。
オシッコをしたくなったが、面倒くさいので居眠りの後で行くことにした。

                            第5話 完                                                 



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