ダーナの神話 第六話 消えゆく魂

  • 2014.10.21 Tuesday
  • 11:31
JUGEMテーマ:自作小説
消えゆく魂


幸也はまだ実家にいた。
予定ではとっくに自分のマンションへ帰っているはずだったのに、そうもいかなくなっていた。今、彼の手には一枚の絵があった。
写実的な西洋画で、ハガキ大の小さな額に入っていた。
そこにはウェーブのかかった金髪をなびかせ、青い目でこちらを見つめる美しい少女がいた。
背景は暗く、蝋燭の火が一本灯っているだけだった。
「この子がダーナ・・・。」
じっと見ていると吸い込まれるほど美しい瞳をしているが、それと同時に怖さを覚える目でもあった。
一見純粋な少女に見えるが、その表情の奥には暗い感情が宿っているように感じた。
絵を足元に置き、窓の外を見つめて四日前のことを思い出した。
「あの二人の言うたこと、とてもじゃないけど信じられんわ・・・。
なんちゅうか・・・・まさに神話の中の出来事いう感じやなあ・・・。」


            *


四日前の朝、幸也は車を走らせて兄の言った場所に向かった。
山登りの経験などほとんどなかったので、ちゃんと登山用のウェアを着用して、ブーツも履いていった。
リュックには水と食料を詰め、戦場に赴くような決意で出発したのだった。
しかしその山は随分小さく、道もなだらかなだった。わざわざこんな格好をしてくるまでもなかったなと思った。
「山を登ること自体は簡単やけど、渓流なんてどこにあんねん?あんまり道外れて遭難しても嫌やしな・・・。」
そう思いながらひたすら歩いていると、突然に何かが心に引っ掛かった。
「なんや?今・・・なんか違和感が・・・。」
足を止め、脇に逸れる細い獣道に目をやった。
この奥から何かを感じ、気がつけばそちらに向かって進んでいた。
中々険しい道で、転ばないように注意しながら歩いていった。すると微かに水の流れる音が聞こえ、慎重に進んでいった。
「おお、渓流や・・・。」
綺麗な水が草に覆われた岩肌を流れていく。
幸也は膝をついて水に触れてみた。
「冷たッ!山の水っちゅうのは夏でも冷たいもんやなあ。」
ズボンで手を拭き、立ち上がって周りを見渡した。すると対岸に大きな木がそびえているのを見つけた。
「おお、なんかすごい木やな。荘厳というか、迫力があるというか・・・。」
幸也はしばらく見惚れ、これが兄の言っていた木だと確信した。
「向こうまで行かなあかんわけやけど・・・。」
渓流の流れは遅く、また大した深さもないようだった。
川の中から所々に岩が突き出ていて、それを上手く渡っていけば対岸に着けそうな感じがした。
「よっしゃ!行くか。マリオになった気分でピョンピョン跳んでいけばええんや!」
意気込んで最初の一歩を踏み出すが、岩に張り付いた苔で足を滑らせ、盛大に川へ落ちてしまった。
「うわあ!冷たい!」
慌てて岩にしがみつき、這い上がって身体を震わせた。
「最悪や・・・いきなり落ちるなんて。着替え持って来てへんのに。」
裾を掴んで水を絞り出し、凍えながら立ち上がった。
「マリオは無理や。もっと慎重に行こう・・・。」
足を滑らせないようにゆっくりと岩を渡っていき、なんとか対岸の木に辿り着いた。
「おお・・・近くで見るとますます迫力があるなあ。」
幸也は木に近づき、そっと触れてみた。
「・・・・・・ん?」
何かおかしな事に気づき、手を離して木を見上げてみた。
「・・・・・動いとる?・・・・んなアホな。」
もう一度手を触れてみると、そこには確かに鼓動のようなものを感じた。
幸也は驚き、そして興味を覚えて耳を当ててみた。
ドクン、ドクンと波打つ鼓動がはっきりと聞こえる。しばらく耳を当てていると、人の声が聞こえた。
《・・・よ・・・こそ・・・。・・・わ・・・し・・は・・・あめ・・・る・・・。》
「・・・・・ッ!」
これにはさすがに驚いて後ずさった。
「な・・・なんや?どうなっとるんや・・・?」
《・・・だい・・・ぶ・・よ・・・。・・こわ・・ら・・・い・・・で・・・。》
「・・・・・これは・・・あの時とそっくりや・・・。」
数日前に聞いた兄の声は、電波の悪いケータイのようにプツリプツリと途切れて聞こえた。
そして今の声もそれと同じように聞こえた。
幸也は興奮し、木に向かって叫んでいた。
「兄ちゃん!兄ちゃんなんかッ?」
《ちが・・・う・・・。・・わた・・し・・・は・・・あめ・・・る・・・。》
「・・・あめる?あめるって兄ちゃんが言うてたあのあめるか?」
《・・・そう・・・。・・わた・・・し・・・が・・・あめ・・る・・・。》
「・・・・・この木が・・・あめる・・・。」
てっきりあめるとは人の名前だと思い込んでいた。
名前からして外国人かもしれないとは思っていたが、まさか木の名前だったとは驚きだった。
幸也はしばらく立ち竦み、アメルに問いかけた。
「なんかよう分からんけど、あんたがアメルか・・・。兄ちゃんにここへ来いって言われたんやけど、あんた兄ちゃんのこと知ってんのか?」
《ケン・・・イチ・・・は・・・、・・・とも・・・だ・・・ち・・・。》
「友達・・・。昔っから変わったとこがある人やったけど、まさか木と友達とは・・・。」
《もう・・い・・・ど・・・、わた・・・に・・・ふ・・・れて・・・。》
「・・・もう一回触るんか?」
《・・そう・・・。あ・・・なた・・・の・・・、い・・しき・・・なか・・に・・・。》
「・・・なんか分からんけど、それで兄ちゃんに会えるんやったら・・・。」
幸也は言われた通りにアメルに触れた。
すると木の鼓動が大きくなり、頭の中を揺らすほど強烈に響いてきた。
「ちょっとッ・・・、なんやこれ・・・。」
《・・・ダメ・・・。て・・・を・・・はな・・・さ・・・い・・で・・・。》
鼓動はどんどん大きくなり、意識を揺さぶって視界をぼやけさせていく。
真っすぐに立っていることができなくなり、膝をついて目を閉じた。
《なんやこれ・・・。まるで・・・眠りに落ちていくような・・・。
いや、違う・・・。これは・・・夢の中に立ってるような・・・。》
不思議な感覚が意識を覆い、現実と非現実の区別がつかなくなっていく。
自分と自分でないものを隔てる壁が壊され、まるでどこにも自分がいないような、しかし全てが自分であるような感覚に陥っていった。
全てが混ざり合って景色が歪み、一瞬だけ意識が途切れた。
そして・・・目を覚ました時には、頭はスッキリとしていた。
「なんやったんや今のは・・・。」
膝をついて立ち上がると、目の前にそびえていた大木は消えていた。
それ以外の景色にまったく変化はなく、ぐるりと辺りを見回してみた。
「どうなっとんや?なんで木が消えとるんや?」
そう呟いて木があった場所を振り向くと、そこには二人の人間が立っていた。
一人は長い金色の髪に、青い瞳をした美しい女性。まるで中世のヨーロッパに出て来るような布服を着ていた。
その隣には青いTシャツにジーパンを履いた、頼りなさそうな青年が立っていた。
「兄ちゃんッ!」
幸也は叫んで兄の元に駆け寄った。
震える目で兄を見つめ、泣きそうになるのを我慢しながら唇を噛む。
「幸也・・・久しぶりやな。」
そう言って憲一はニコリと笑いかけた。
「嘘やろ・・・信じられへん・・・。兄ちゃん・・・。」
堪えていた涙が流れ落ち、小さく嗚咽を漏らした。
「ええ大人が泣くなや。みっともない。」
「そんなこと言うたって・・・。泣くやろ普通・・・。」
目の前に立つ人物は、五年前に亡くなったはずの兄だった。あまりの嬉しさに涙を流し、兄に話しかけた。
「俺・・・ずっと思っててん。兄ちゃんは絶対に事故死なんかやあらへんって。
兄ちゃんみたいな臆病な人が、川に落ちるような危ない場所に行くわけないし・・・。」
「えらい言われようやな。」
憲一は可笑しそうに笑い、隣に立つ女性を見つめた。
「こいつが俺の弟の幸也や。あんまり似てへんやろ。」
「そんなことないわ。私はよく似てると思う。」
金髪の女性は二コリと微笑み、手を差し出した。
「初めまして、私はアメル。あの大木に宿る魂よ。」
「・・・初めまして・・・加々美幸也です・・・。」
アメルと握手をかわし、まじまじと彼女を見つめた。
どう見ても日本人ではなく、まるで神話の中に出て来そうな、美しい女神や精霊を思わせる容姿をしていた。
「兄ちゃん・・・この人は・・・?」
「彼女は俺の友達や。こっちに来てからずっと仲良うしてもらってんねん。」
「ははあ・・・、兄ちゃんがこんな美人と・・・。」
「なんや、さっきからチクチク刺さる言い方するな。」
憲一とアメルは笑い合い、幸也は夢でも見ているような気分だった。
「なんか・・・分からへんことだらけやわ・・・。」
これを理屈で解釈するのは無理だと思い、放心状態になった。
しかしすぐに大事なことを思い出し、兄に詰め寄った。
「そうや、里美は!?あいつはどこにおるんや!?」
憲一とアメルは笑顔を消して口を噤み、幸也と目を合わせようとしなかった。
「兄ちゃん!里美は?死んだはずの兄ちゃんがここにおるんやったら、里美も近くにおるんやろ?あいつにも会わせてくれや!」
「それは・・・・・。」
言い淀む憲一に良くない雰囲気を感じ、胸に不安が込み上げてきた。
誰かに不幸があった時に漂う独特の雰囲気。
これは何度経験しても慣れるものではなかった。
「里美は・・・ここにおらんのやな?」
「うん・・・。ちょっとの間だけ一緒におったけど・・・。」
「そうか・・・。ほな天国に行ったっちゅうことやな?」
「・・・・それは・・・。」
言いづらそうにする憲一に代わり、アメルが口を開いた。
「サトミはもういないわ。天国にも地獄にもいない。」
「どういうことや?」
顔を強張らせて尋ねると、アメルは平静を保ったまま言った。
「消えちゃったわ。ううん、正確には消された。サトミの魂は、ダーナが塵に還しちゃったのよ。」
「消された?どういうことや・・・?」
「そのままの意味よ。サトミはダーナの怒りをかって、その魂を消滅させられた。
サトミっていう存在自体が、塵となってこの世界の一部に戻ったってことよ。」
「な・・・なんやて・・・。消されたやって?」
幸也の顔が震える。アメルは彼の悲しみを受け止めるように、真っすぐ見据えていた。
「・・・ほな・・・サトミはもうどこにもおらんいうことか?天国に行かれへんかったいうことか?」
「そうよ。残念だけど・・・サトミはもうどこにもいないわ。どんなに待ったって、生まれ変わることもない・・・。」
「そ、そんな・・・。なんでや!なんでそんなことになってしもたんや!
ダーナいう奴がやったんやな?そいつの怒りをこうて、サトミは消されてしもたんやな?」
「うん・・・。」
幸也は拳を握り、アメルに食ってかかった。
「ならそのダーナいう奴をここへ呼べ!俺が・・・俺が里美の仇を討つ!
消されるなんて・・・そんなん・・・。俺は許さへん、絶対にそいつを許さへんぞ!
今すぐここへ呼べ!それが無理やったら俺をそいつのとこへ連れて行け!」
憲一は二人の間に割って入り、幸也を引き離した。
「やめろ!落ち着かんかい!」
「五月蠅い!兄ちゃんに俺の気持ちがわかるか!?
里美はな、兄ちゃんを失って傷ついてた俺を助けてくれたんや!
ずっと俺のこと支えてくれてたんや!もうじき・・・もうじき結婚するはずやったんや!
やのに、やのになんで・・・・・なんでや・・・・・。」
幸也は憲一の胸倉を掴み、その場に泣き崩れた。
もしかしたら里美に会えるのではないかという期待があった分、ショックは大きかった。
いつでも凛としていて、堂々といていて、自分を引っ張ってくれた。
こんな不甲斐ない男には不釣り合いな、出来過ぎた女性だった。
『出来る女はね、手を焼く男に惹かれるものよ。完璧な男なんてつまらないしね。』
いつかそう笑っていたのを思い出し、兄の足元に突っ伏して泣いた。
たくさん助けられて、たくさん支えてもらったのに、何も返せなかった。
あまりに自分が不甲斐なく、悔しさと悲しさでいっぱいだった。
「幸也・・・。」
憲一は弟の背中を撫で、その悲しみを分かち合うようにじっと目を瞑っていた。
「悲しむ気持ちは分かるけど、今は時間がないんや。俺の話を聞いてくれんか?」
「・・・うう・・・く・・・。」
憲一は泣き崩れる幸也を立たせ、優しく肩を叩いた。
「すまん、辛いよな・・・。でも今は俺とアメルの話を聞いてほしいんや。
でないと取り返しのつかんへんことになる。」
優しい口調だったが、その声には鬼気迫るものがあった。
幸也は顔を上げ、瞳を震わせながら兄を見た。
「ええか幸也。ダーナはな、この世界から海を無くそうとしとる。あの子が人を殺して魂を集めてんのはその為や。」
「人を・・・殺す・・・?」
「そうや。あの子は自分から生まれた命は、自分の好きにしてええと思ってるんや。
里美さんが死んだのは偶然なんかやあらへん。ダーナが殺したんや。」
「そうか・・・。やっぱり事故死なんかとちゃうかったんやな!
兄ちゃんが死んだのも、里美が死んだのも、全部ダーナいう奴のせいなんやな?」
「・・・いや、俺の場合は・・・・、」
憲一は言いづらそうに顔を伏せた。するとアメルが先を続けた。
「ごめんなさいコウヤ・・・。ケンイチを殺したのは・・・私なの・・・。」
「あんたが・・・?」
「うん、私がダーナに頼んで、ケンイチをここへ連れて来てもらったの・・・。」
「なんでや?なんでそんなことすんねん・・・。兄ちゃんが死んで、残されたもんがどれだけ悲しんだか・・・あんた分かってんのか・・・?」
幸也は憎しみの目でアメルを睨んだ。
「幸也・・・今はそのことはええねん。」
「ええことあるかい!みんなどれだけ悲しんだと思ってんねん!
俺もオカンも、それに由美だって・・・家族はみんな悲しんだんや!!」
「・・・ごめんなさい・・・。」
アメルがそう呟くと、「何がごめんなさいや!」と掴みかかった。
憲一は「落ち着け!」と止めに入り、自分の方を向かせた。
「ええから!今は聞いてくれ!もうすぐダーナの神話の結末がやってくるんや!
そうなったら海は消えて、そこから生まれた命も全部失われてしまうんや!」
「なんや・・・何を言うてるかまったく分からん・・・。」
「分からんでもええ。ただお前に力を貸して欲しいんや。
ほんまはもっと早うにお前を呼ぶべきやったけど、ダーナが神様に会いに行く日しか無理やったんや。
でももうすぐ帰って来よるから、今はとにかく聞いてくれや、な?」
憲一はアメルを振り向き、彼女に向かって頷いた。
アメルは長い金髪を揺らして幸也の前に立ち、彼の手を握った。
「コウヤ・・・。あなたはとても不思議な魂を持っているわ。
ダーナと海の間に生まれた、本当に不思議な魂を。」
「ダーナと海の間に・・・?」
「そうよ。普通はね、どちらかの魂しか持たないはずなのに、あなたは両方の魂を受け継いでいるの。
そういう人は、本来は『ダーナの神話』には登場しないはずの魂なのよ。
もっと分かりやすく言えば、あなたは物語の外にいる人っていうことよ。」
幸也はチンプンカンプンだった。するとアメルは彼の頭の中を見透かすように笑った。
「理解出来なくてもいいわ。言葉には限界があるからね。だから・・・直接見た方がいい。
『ダーナの神話』がどういう物語なのか、そしてダーナという少女が何者なのか、実際に見せてあげる・・・。」
アメルは目を閉じ、強く幸也の手を握った。
幸也は再び意識を揺さぶられ、視界がぼやけていく。
倒れそうになった身体を憲一に支えられながら、アメルの手を通じて自分の中に何かが入ってくるのを感じた。
世界が、意識が、すべて溶け合って、再び意識を失った。
次に目を覚ました時、幸也はのどかな港町に立っていた。
そして、そこから始まった全ての物語を見た。
ダーナという少女の生い立ち。彼女が辿った運命、彼女が綴った神話、彼女の最期。
そして・・・『ダーナの神話』のせいで、世界が変貌していく様を。
現実と夢が混ざり合い、チグハグなパズルのように成り立つ世界。
現実と非現実が行き交い、空想が大きな壁を越えてこちらへ押し寄せて来ようとしている。
たった一人の少女の妄想が、現実になりつつある。
ダーナ神話の結末は、すぐそこまで来ていた。
「これは・・・・ええことなんか、悪いことなんか?」
『ダーナの神話』の最後では、人はいなくなっていた。
代わりに、とある者がそこらじゅうに溢れて・・・いや、飛び交っていた。
それは神話の中でしか登場しない、空想の生き物だった。
「これがダーナの神話・・・・・。」
そこでプツリと意識が途切れ、目を覚ました時には元の場所に倒れていた。
目の前には大木がそびえ、兄とアメルの姿は消えていた。
再び木に触れてみても、もう何も感じなかった。
しかし大木の根元に何かが落ちていることに気づき、それを拾った。
「これは・・・ダーナやないか。彼女の肖像画や・・・。」
絵の中に描かれた少女と目が合った時、どこからともなくアメルの声が聞こえてきた。
《コウヤ・・・。彼女の物語を見たのなら、あなたのやるべきことは分かるはず・・・。
どうか・・・ダーナの神話を食い止めて・・・。物語の外に立つあなたなら、きっと出来るはず・・・・・。》
アメルの声は消え、幸也は絵を持ったまま大木を見上げた。
「兄ちゃん、アメル・・・。」
アメルが見せてくれたダーナの生い立ち、そして『ダーナの神話』。
それを見た幸也は、アメルの言葉の意味を理解していた。
それは自分がやるべきことを理解した瞬間でもあったが、幸也は迷っていた。
「時間が無いのは分かっとる。せやけど、少しだけ時間をくれ・・・。考える時間を・・・・。」
絵をリュックにしまい、兄とアメルに別れを告げてその場を後にした。


            *


あの日からずっと考えていた。
『ダーナの神話』を食い止めるということは、空想の世界を在るべき場所へ戻すこと。
そうなれば、彼女から生まれた命はこの世界から消えてしまうことを意味していた。
しかしそれは消滅を意味するのではなく、この現実と呼ばれる世界から去っていくことだった。
兄もアメルも、本来はこの世界に存在する魂ではなかった。
二人には二人のいるべき場所があり、それはダーナが綴った神話の世界の中だ。
幸也は絵を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「こんな女の子が・・・あんな酷い目に・・・。さぞ辛かったやろうなあ・・・。」
瞳を潤ませながら、絵の中の少女を見つめた。
もし自分がダーナと同じ立場だったら、おそらく耐えられない。
そして、そんな彼女が描いた『ダーナの神話』も、今なら理解出来るような気がした。
現実から逃れる場所は空想だけ。
それはどんなことにも縛られない自由の世界。
何の苦しみもない、自分だけの理想の世界。
暗い過去を持つダーナは、自分が置かれた現実とは正反対の空想を描いた。
「残念や・・・。神話は神話やから楽しめるのに・・・現実に起こったらそれは・・・もう神話とは呼べへんのとちゃうか?
空想は空想やから楽しいのに・・・。せやけどダーナを責めることは出来んな。彼女を追いこんだんはその現実なんやから。」
幸也はダーナの絵を胸に抱え、思考も感情も放り投げて目を瞑った。
暗い瞼の裏に、ダーナの顔がはっきりと浮かんでいた。

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