ダーナの神話 第七話 世界を蝕む神話

  • 2014.10.22 Wednesday
  • 13:43
JUGEMテーマ:自作小説
ダーナの過去


ダーナはとても不幸な少女だった。
彼女が生まれるのと同時に母親は死に、父親に育てられた。
漁師だった父はとても逞しく、ダーナのことを何よりも大切にしてくれた。
しかしある時父は死んだ。
荒れた波に船をひっくり返され、帰らぬ人となった。
親を失い、兄弟もいなかったダーナは孤独に悲しむことになる。しかし父の知り合いの漁師が、彼女を養子として引き取ると言った。
その男もまた、海のせいで妻と息子を失っていた。
初めは優しく接してくれていた義父だったが、やがておかしな行動を取り始めた。
必要以上にダーナの身体に触れるようになり、おでこにしてくれていたキスも、なぜか唇に重ねるようになっていた。
ダーナは幼いながらも違和感を覚え、徐々にエスカレートしていく過度なスキンシップを嫌悪するようになっていた。
ある時、義父のキスを拒むと、途端に表情を変えて殴りつけた。
そして倒れるダーナに覆いかぶさり、おぞましい行為に走った。
ダーナは叫び声を上げ、必死に抵抗した。しかし子供と大人では、力の差は歴然だった。
義父のおぞましい行為は、ダーナと身体を心を汚していった・・・。
それからは地獄の日々が始まった。
本性を露わした義父は、事あるごとに暴力を振るった。
幼いダーナに全ての家事を押し付け、飯がまずいと言っては殴り、部屋が汚いと言っては蹴り、態度が悪いと言っては罵った。
そして数日おきに、あのおぞましい行為に走った。
彼女は周りに助けを求めたが、誰もが外面の良い義父の言葉を信用し、ダーナの言葉は信じてもらえなかった。
海の傍に立つ家には、潮風と波の音が響く。
ダーナは義父の仕打ちの中で、常に海を感じることになった。
それに漁師である義父は、海の臭いでまみれていた。おぞましい行為を受ける度に、その臭いに吐き気を覚えた。
義父の仕打ちから解放されると、屋根に上がって月を眺めるのが日課になっていた。
手を伸ばしても絶対に届かない月は、きっとこの世界とは違う世界が広がっているんだろうと感じた。
いつかあそこに行ってみたい。
あのお月様で、楽しい仲間達と笑いながら暮らせたら、それはどんなに幸せだろう。
ダーナは現実の苦しさから逃れる為、空想の世界に浸るようになった。
家の中にあった「ケルト神話」を読み耽り、あの野蛮人の義父がどうしてこんな本を持っているのだろうかと不思議に思いながらも、神話の世界に没頭していった。
義父はそんなダーナが気に食わず、本を海へ投げ捨ててしまった。
心の拠り所を無くしたダーナは、頭の中で神話の世界を思い描くようになっていた。
義父がいない時は日向ぼっこをしながら。義父に苦しめられている時はその苦痛から逃れる為に。
現実と空想の境目がなくなるほど、頭の中の世界に没頭していった。
彼女は自分で創った物語に『ダーナの神話』と名付けた。
《私が主人公で、素晴らしい仲間達とお月様で暮らすの。いつかきっとそうなるわ。》
その空想はいつか現実になると信じながら、地獄のような日々に耐えていた。
しかし、その義父も海の事故で亡くなった。
船から海に落とされ、岸壁に叩きつけられて死んだのだ。
ダーナはようやく地獄の日々から解放された。しかし・・・またしても一人になってしまった。
誰も帰って来ない家でじっとしていると、旅をしながら絵を描いている男に出会った。
彼はとても裕福な家で育ち、金と時間を持て余していた。
そして旅の途中でダーナを見つけるなり、モデルになってくれと頼まれた。
男は明るい太陽の下ではなく、暗い部屋に蝋燭を灯してダーナを描いた。
その方が、君の中に宿る悲しみや怒りが表現出来るからといって。
初めて会った人間に心の内を見透かされ、ダーナは驚いた。
そして男の描き上げた絵に感心し、この絵を欲しいと頼んだ。
彼は心良く絵をくれた。
そして男もダーナのことを気に入り、彼女の生い立ちを聞いて同情を覚えた。
よかったら家へ来るかと誘われ、迷わず頷いた。
男の家はとても立派で、まるでお伽話に出て来る屋敷のようだった。
家の中に案内されたダーナは、彼の妻と娘に紹介された。
男の家族はダーナのことを憐れに思い、養子として引き取った。
それからのダーナは、とても幸せな日々を過ごした。
あの義父との時間が地獄なら、ここはまさに天国だと思った。
新しい家族はいつだって優しくしてくれて、本当の家族のように接してくれた
義母は読み書きを教えてくれたし、義妹のアメルはいつも一緒に遊んでくれた。
ある日、ダーナは自分の考えた『ダーナの神話』を語った。
義母はあまりによく出来た話に感心し、それは是非紙に書いて残すべきだと言った。
頭の良かったダーナはすっかり読み書きを身につけていて、義母の言う通り紙に物語を記し始めた。
それは『ダーナの神話』が、文字という形で現実の世界に姿を現した瞬間だった。
家族との幸せな日々、そして神話を綴る楽しさ、さらにアメルという可愛い妹。
全てが満たされ、全ての苦痛が過去にものになっていた。
ダーナは疑わなかった。
この時間は永遠に続くもので、絶対に壊れることはないのだと。
しかしそんな確信をあっさりと壊すような出来事が起こった。
使用人の火の不始末のせいで、火事が起こったのだ。
義母はダーナとアメルの手を引き、燃え盛る廊下を駆け抜けた。しかし背中に大きな火傷を追い、その場で息絶えた。
地下のアトリエにいた義父は、慌ててダーナ達の元まで駆けつけた。そして二人を抱えて、燃え盛る家の中を駆け出した。
しかし行く手を炎に阻まれ、背後にも火が迫っていた。
義父は近くにあった窓を開き、咄嗟に二人を投げ落とした。
そして義父もまた、炎に巻かれて死んでいった。
庭に投げ落とされたダーナは、その衝撃で身体を痛めていた。
息が出来ないほど痛かったが、それでも何とか立ち上がった。
隣で倒れるアメルを起こし、庭の外へ逃げようとした。
しかし・・・アメルは死んでいた。
落下の衝撃に耐え切れず、ピクリとも動かなくなっていた。
ダーナはアメルを抱きしめ、大声で泣いた。
突然の火事。死んでしまった家族。永遠に続くと思っていた幸せは、一瞬にして崩壊してしまった。
ダーナはそんな現実を受け止めることが出来ず、ただ泣いていた。
そしてその時、門の外からこちらを眺めている人影に気づいた。
それはこの家の使用人たちだった。
使用人たちは我先にと逃げ出していた。火事を起こした張本人も、まるで他人事のようにこちらを見ているだけだった。
その時・・・ダーナの中に怒りが湧いてきた。
それは燃え盛る炎よりも激しい怒りで、自分自身が燃え尽きてしまいそうなほどだった。
こちらを見ている使用人達。それらがあの義父と重なって見えた。
普段は良い顔をしておきながら、その内側では自分のことしか考えていない。
娘だろうが雇い主だろうが、都合のいいように利用する。表では良い顔をしているが、その内側は醜いほど歪んでいる。
おぞましく汚れた魂の持主。
この時・・・ダーナは自分の神話に書き足した。
この世界には汚れた魂を持つ者がいて、それは海からやって来た者達だ・・・と。
ダーナにとっての悪の象徴は、漁師の義父だった。
海で生き、海で死んでいった命。
彼と彼に似た者は、全て汚れた魂の持主で、海とは悪魔の巣窟であると。
潮の香りは義父の家を思い出させ、波音は地獄の日々を蘇らせる。
ダーナには海が魔界のように思えた。そしてそんなものは消してしまうべきだと考えた。
動かなくなったアメルを寝かし、ダーナは裏口に向かって走った。
そして山へ続く道を駆けのぼり、深い森まで辿り着いた。
木によじ登り、夜空に輝く月を見上げた。
もう生きることなどどうでもよかった。
ただこの場所で、死ぬまでこうしていたかった。
ダーナは食べることも眠ることもせず、ひたすら木の上で月を眺めていた。
あの屋敷は、ダーナにとっての月だった。ひたすら憧れた月の世界だった。
全てが満たされた、幸福な世界だった。
それが失われた今、今度は本当にあの月へ行きたいと願った。
ずっと月を見上げていたダーナだったが、やがて力尽きて木から落ちてしまった。
《神様・・・どうか生まれ変わったら・・・私をあの月へ連れて行って・・・。
もう・・・こんな世界は嫌・・・。お願いだから・・・お月様に・・・。》
ダーナはそう呟いたきり動かなくなった。そして森の生き物の糧となり、この世界から消え去った。
しかし人々が「神」と崇める大きな存在は、ダーナのことを気に入った。
それは彼女が創った『ダーナの神話』を気に入ったからだった。
そしてほんの少しだけ、自分の力を分け与えた。
ダーナの肉体は滅んだが、その魂と想いは残った。
そして彼女の創った『ダーナの神話』は、空想を超えて現実に押し寄せて来た。
死したダーナは自らの神話の中で生き続け、物語の主人公を演じ続けた。
空想と現実、それは徐々に境目を無くし、やがて世界そのものが変わり始めた。
歴史も、時代も、そして全ての命が変化の波を受け、歪んだ世界へと形を変えた。
ダーナは今も主人公を演じている。
自分の創った神話に浸り、ひたすら主人公を演じ続けている。
そして・・・『ダーナの神話』の結末は、もうそこまで迫っていた。
空想の壁を乗り越え、『ダーナの神話』を現実のものとする為に・・・・・。


            *****


筋書きのない神話


退院してからすっかり落ち着きを取り戻した麻理は、学校が終わると一目散に家に帰るようになっていた。
友達からの誘いも断り、息を切らしながら家に走った。
勢い良くドアを開け、部屋に入ってランドセルを投げ出す。
そして机に座って紙とシャーペンを取り出した。
横にはこの前買ったケルト神話を置き、息をついてからページを開いた。
「よっし!やらなくちゃ!」
麻理はペンを走らせ、紙を文字で埋め尽くしていく。
ケルト神話を元に、自分なりの神話を考えて書き綴っていく。
数日前に幸也から電話をもらい、ある頼みごとをされた。
それは神話を書いてくれないかというものだった。
《麻理ちゃんなりの神話でええねん。出来たらケルト神話を元にしてほしいんやけど、お願い出来るかな?》
麻理は喜んで引き受けた。
ちょうどケルト神話を読み終えたばかりで、そのことを伝えると幸也は笑っていた。
《すごい偶然やな、数ある中でそれを選ぶなんて。でも・・・もしかしたら運命なんかもしれんな。》
幸也は『ダーナの神話』と、そしてダーナという少女について語ってくれた。
随分オブラートに包んで語っていたが、勘のいい麻理は、彼の言葉の奥にあるものを感じ取っていた。
《きっとダーナはすごく辛い目に遭ったんだ。子供の私に聞かせられないような・・・。》
幸也からの電話を切ると、麻理はすぐに神話を書き始めた。
これがどういう意味を持つのかは分からない。
しかしとても大事なことであると感じていた。
きっと幸也は自分で神話を綴る力はないのだろう。
学者として物語の分析は出来ても、自らが物語を生み出す想像力は持っていない。
だから自分に頼んできたのだ。
いつか幸也に言われた言葉を思い出した。
《麻理ちゃんは俺に似とるかもしれんな。》
あの時は麻理もそう思ったが、今は違った。彼が学者なら、私は作家だと。
物語を生み出し、形にしていく。頭の中の世界を、紙の上に呼び起こすことが出来るのだと。
そう思うとちょっぴり優越感に浸れた。
しかし想像力だけでは手に負えないこともある。だからたまに幸也に電話をかけて、分からないことを質問した。
彼は的確な答えをくれて、その度に麻理のペンは勢いを増していった。
そしてもうすぐ完成する。
ケルト神話から想像力を膨らませ、麻理の神話が出来上がっていく。
これを書きながら、麻理は気づいたことがあった。
《きっとダーナは私と似てるんだ。あの子も私と同じくらい鋭くて、想像力のある子だったんだ。・・・ただ幸せに恵まれなかっただけで・・・・。》
もし出来ることなら、ダーナと会ってじっくり話をしてみたいと思った。
俊が手を振って去っていった日、ダーナは楽しそうに微笑んでいた。
自分の生み出した物語の中で生き続けることは、何よりも幸せで楽しいことなのだろう。
その気持ちは麻理にも分かる。
しかし物語は物語で、現実には有り得ない。いや、あってはいけない。
神話は神話だからこそ面白い。だから楽しめる。
入院している時、医者は言った。
もしかしたら、神話の中には本当に起きたことがあるかもしれないと。
そして実際に、神話の中には本物の歴史が含まれていることもある。
大人になったら、私も物語の中から現実にあったものを見つけ出したいと思った。
しかし自分で物語を書いているうちに、そんなことはどうでもよくなった。
遺跡は見つかっても、アテナやポセイドンは見つけられない。
どんなに科学が発達したって、魔法の武器や道具は創れない。
なぜなら、それは空想の世界のことだから。現実の世界では、どこを探したって見つけられないから。
だから人は夢や希望を詰めるのだ。空想の中にそれを託し、世界を創り上げていくのだ。
そこには確かに夢があるし、胸がワクワクする何かがある。
そういえば俊は恐竜が好きだったことを思い出した。
麻理は何の興味も無かったが、俊はしょっちゅう恐竜の図鑑を眺めていた。
あれだって、とっくの昔にこの世界からいなくなっている。どこを探したって会えない。
だからこそ夢があるのだ。もし現代に恐竜が生き残っていたら、俊もあれほど夢中になったりはしなかっただろう。
空想と現実は決して交わってはならない。そんなことが起きれば、とても不幸なことになってしまう。
神様や魔法の道具が存在するのは、物語の中だけで充分だ。
本を開けばいつでも会えるし、何なら自分が創り出すことも出来る。
そう思うと、物語を創るのは楽しくて仕方がない。
《この紙の上は全てが自由で、何にも縛れらる必要なんてないんだ。》
何かに取り憑かれたように、麻理はペンを走らせていく。
文字の間違い?そんなのどうでもいい。文法?それもどうでもいい。
そんなの後からいくらだって直せる。大事なのは、自分が思い描く世界を創り出すことだ。
下手くそでもいいから、この紙の上に創り出すことだ。
書けば書くほど世界が広がり、麻理は一心不乱に部屋に籠った。
宿題もそっちのけで、ただ神話の中に没頭していった。
この物語には俊が出て来る。幸也も出て来る。ダーナも麻理も、お父さんやお母さんだって、みんな出て来る。
みんなが神様や妖精と喧嘩をしたり、仲直りをしたり・・・時には恋だってする。
心の中から溢れてくるエネルギーは止めようがなく、次々に文字が浮かんでくる。
しかしさすがに手が痛くなってきて、ペンを置いて息をついた。
「ダーナが書いた物語、読んでみたかったなあ。きっと面白いはずなのに・・・。
おじさん、きっとこれを使ってダーナの神話に対抗するつもりなんだ。
でも物語って比べるものじゃないのにな。ずっと神話を読んでいるのに、そんなことも分からないのかな?」
再びペンを持って書き始めようとした時、母から声がかかった。
「麻理〜。ご飯よ、下りて来なさい〜。」
「は〜い。ちょっと待って〜。」
ペンを置いて手をぶらぶらさせ、ウェットティッシュで拭った。
そして机の上に飾ってある俊の写真を見つめ、小さく微笑みかけた。
「これが出来上がったら、俊にも見せてあげるからね。その後は恐竜の物語を創ってあげる。楽しみにしててね。」
麻理は椅子から立ち上がり、ドアを開けてトタトタと階段を下りていった。


            *****


兄の憂い


憲一は憂いていた。アメルに膝枕をしてもらいながら、木々の間から空を見上げていた。
「コウヤはうまくやってくれるかな?」
「大丈夫や、あいつは俺と違ってしっかりしとるからな。」
あくびをして目をこすり、身を起こしてアメルを抱き寄せた。
そして今度は憲一が膝枕をしてやった。
「ありがとう。」
アメルは目を閉じて憲一の手を握った。
「なあアメル?」
「なあに?」
「・・・・いや、なんでもない・・・。」
アメルはクスッと笑い、目を開けて憲一を見つめた。
「何回も同じことを聞くわよね、ケンイチって。どうして私があなたを好きになったのか聞きたいんでしょ?」
「・・・・そうや・・・。」
「何度も答えてるのに満足しないの?」
「俺は・・・自分に自信がないんや。なんでアメルみたいな美人が、俺のこと好きなんか分からへん・・・。」
何度もやり取りした会話だが、アメルは面倒くさがることなく答えた。
「私はずっと長い間生きてるのよ。だから今までに色んな魂を見てきた。
その中でケンイチの魂が一番綺麗だったから好きになった。それだけよ。」
「魂か・・・・。よう分からへんねん。いくら説明されてもピンと来こおへん。心っていうならまだ分かるけど・・・。」
「だったらそれでいいわ。心でも魂でもどっちでもいい。こういうのって、言葉じゃ表せないから。」
「そうやな・・・。ここへ来てから、そのことは実感しとる。
ダーナの神話とか、神様とか、理屈では説明がつかへんもんな。」
「そうよ。だから私がケンイチを好きことも、言葉になんて出来ない。
あなたを好きっていうその気持ちがあるだけ。何度もそう言ってるのに、やっぱり納得しない?」
「いや、頭では分かるんやけど、なんというか・・・・。
俺は女性と付き合ったことなんてないから、こういう時どういう顔をしたらええか分からんのや・・・。」
「そのままでいいのよ。ケンイチはケンイチだから、格好をつけたり誤魔化さなくても大丈夫よ。
そんなことしたって、私はすぐ見抜いちゃうから。」
「・・・そうか。なら・・・俺も自分に素直になった方がええってことやな?」
「そうよ。ずっとそう言ってるじゃない。自分の気持ちを誤魔化す必要なんてないって。」
ケンイチはアメルの手を握りしめ、目を逸らして俯いた。
「俺も・・・アメルのことが好きや・・・。ここへ来て長いこと経つけど、ずっと前から好きやった・・・。
でもどう伝えてええか分からんかったから・・・。」
アメルはケンイチの気持ちに気づいていた。
しかしこうして言葉にして伝えられると、やはり嬉しかった。
「ねえケンイチ、言葉ってすごいね。私、今飛び上がりそうなほど嬉しいわ。
ずっとケンイチの気持ちには気づいていた。けどちゃんと言葉で伝えられると、すごく嬉しい・・・。」
アメルは身体を起こし、恥ずかしそうに俯くケンイチに抱きついた。
「ケンイチ・・・。私、ずっと一人ぼっちだったわ。
ここにはたくさんの人が来たけど、誰にも心を開いたことはなかった。
でも・・・それでいいと思ってた。私は一人でいるのが好きだったから。」
「・・・・・・・・・。」
「でもね、ケンイチと出会って変わった。本当に好きな人が出来るって、こういうことなんだって。
そうなるとね、もう一人ぼっちに戻りたいとは思えない。
ケンイチがいなくなるなら、私も一緒に消えてしまいたい・・・。
そう思うくらい、ケンイチの事が好き・・・・。」
気がつけば、ケンイチもアメルの背中に手を回していた。
そしてその温もりを感じて目を瞑った。
「コウヤがダーナの神話を食い止めたら、私達はここにいられなくなるわ。きっと現実の世界から追い出される。
その時・・・・もしかしたらケンイチは・・・。」
「分かっとる。消えてしまうかもしれへんのやろ?俺っていう登場人物は、ダーナの神話に記されてへんからな。
言うなればモブキャラってやつや。」
それを聞いたアメルは、悲しい声で言った。
「そんなの嫌・・・。ケンイチがいなくなるなら、私の生きている意味なんてない。
どうせダーナの影として創られただけだし、ケンイチと一緒に消えてしまいたい・・・。」
「アメル・・・。」
ケンイチは彼女の頭を撫でながら、気の利いた言葉が返せない自分を情けなく思った。
自分が死んだのはアメルが望んだからだ。しかしそのおかげでこうして出会うことが出来た。
《アメルと出会えたことは、俺にとって一番の幸せや。
でも・・・幸也は大切な人を失った。だからこれ以上あいつを不幸な目に遭わせたくない。》
幸也にダーナの過去を見せたのは、ある理由があったからだった。
それはダーナの神話に対抗する為に、新たな神話を綴ってもらうこと。
神話には神話で、空想には空想で対抗する。それが一番良い方法だと思った。
《でも・・・幸也を巻き込んだのは申し訳ないと思ってる。
俺らがコソコソやってるのは、きっとダーナも気づいてるやろう。だからこそ・・・幸也の身が心配や。》
ダーナに対抗する唯一の希望は、特殊な魂を持つ幸也だけ。
逆にいえば、ダーナが何かを仕掛けて来るとしたら、それは幸也に対してだ。
憲一はアメルも大切だが、弟の身も案じていた。
《誰か他に頼れる人間はおらんかな?》
そう思っても誰も思い浮かばない。イライラと焦りが募り、思わずアメルを抱き寄せた。
《幸也・・・気いつけろよ。油断してるとお前も里美さんみたいに・・・。》
憲一の暗い雰囲気を感じ取り、アメルは顔を上げた。
「ケンイチ・・・。コウヤが心配なのね?」
「・・・あいつは大事な人を亡くした。せやけどそれに負けんと懸命に生きとる。
だから・・・これから幸せにならんとあかんのや。絶対にダーナに傷つけさせたりさせへんぞ・・・。」
「ケンイチ・・・。気持ちは分かるけど、ダーナに逆らったりしたらダメよ。
そんなことしたら消されちゃうわ。もしそうなったら私は・・・・・。」
「大丈夫や、俺にそんな度胸はないから。でも・・・もし幸也になんかあった時は分からんけどな。」
「・・・・ケンイチ・・・。」
二人は身を寄せ合うように抱き合った。
そして手を握り合い、どうか幸也が無事でいてくれるように願った。

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