ダーナの神話 第八話 新たな神話

  • 2014.10.23 Thursday
  • 13:48
JUGEMテーマ:自作小説
ダーナと神様


《ねえ神様、みんなひどいのよ。みんなが私を悪者扱いするの。
アメルもケンイチも、彼の弟も・・・・。ねえ神様、私は悪い子なんかじゃないわよね?》
『・・・・・・・・・・。』
《私は物語の主人公なのよ。それにこの神話は私が創ったのに・・・。
どうしてみんな私を悪者にしようとするの?
私はただ、みんなとお月様へ行って幸せに暮らしたいだけなのに・・・。》
『・・・・・・・・・・。』
《私は海なんて嫌い。例えお月様に行ったあとでも、あの星に海が残るなんて許せない。
あんなものは、どの世界にも必要ないものなのよ。》
『・・・・・・・・・・。』
《分かってるわ・・・。でも嫌なの・・・私は海が嫌い。
海を見るのも、潮風が香るのも、波音が聞こえるのも、全部嫌・・・。
だって・・・あそこには苦しい思い出しかないもの。
あの野蛮人が私をいたぶって汚した場所だもの・・・。
あいつの魂が生まれて、眠っている場所だもの。それにあいつに似た魂もたくさん・・・。》
『・・・・・・・・・・。』
《知ってるわ。でも、もう理屈じゃないの。そんなこと言ったら、私の神話は台無しになっちゃう・・・。
何の為にたくさん魂を集めたのか分からなくなっちゃう・・・。》
『・・・・・・・・・・。』
《そうね。私の創った天国は偽物よ。生まれ変わりはあるけれど、本物の天国じゃない。
いつかお月様に行く為の仲間集めなんだから・・・。
気に入らない魂は消すけど、お気に入りの魂はずっとあそこにいるの。
だって、その方がみんな幸せでしょ?私の創った神話の中には、苦しみなんてないんだから。》
『・・・・・・・・・・。』
《それは違うわ。私から生まれた魂に自由なんてない。だって私が生みの親なんだから。
親は子供を自由にしていいのよ。あの野蛮人がそうしたように。》
『・・・・・・・・・・。』
《そうね、こんなのあの野蛮人と同じ考えね。でも、どうして私だけ辛い目に遭わなきゃいけないの?
主人公の私が辛い目に遭ってるんだから、脇役達はそれに従うしかないのよ。
なんたって、ダーナの神話は私が一番偉いんだから。》
『・・・・・・・・・・。』
《なんで?どうしてそんなことを言うの?神様は私の味方なんでしょ?》
『・・・・・・・・・・。』
《無理よ。今さら良い子になんかなれない・・・。
そんなこと言うくらいだったら、最初から私に力を与えなければよかったのよ。
偉そうに言ってるけど、神様にだって責任はあるでしょ?》
『・・・・・・・・・・。』
《嫌よ、今さら神様の創った天国なんかに行きたくないわ。
そんなとこに行ったら、私の今までの努力が無駄になっちゃうじゃない。
それにあそこには汚れた海の魂がウヨウヨしているんでしょ?
私は絶対そんなところに行くたくない。》
『・・・・・・・・・・。』
《決まってるわ。私は物語を完成させるだけ。空想の世界だけでは終わらない、本物の物語を創るの。
だって、頭の中だけなんて寂しいじゃない。
神話は作りものなんかじゃない。ちゃんと人の頭の中にあるのよ。
だったらそれを現実に持ち出して何が悪いの?
ダーナの神話はどの神話よりも素晴らしいんだから。
確かにケルト神話を元にして創ったけど、でも私の想像力から生まれた神話よ。
だから、ケルト神話よりもずっと素晴らしいの。
世界中のどの神話より、みんなを幸せに出来るわ。》
『・・・・・・・・・・。』
《そんなことないわ!私は間違ってなんかいない!神様から与えられた力を、正しいことに使ってるわ!
そもそも、私がこんな風になっちゃったのはあの野蛮人のせいよ!
もし神様があの時助けてくれていたら、私は幸せな人生を送れた!
なのに・・・死んだ後に手を差し伸べるなんて・・・・。
そんなことするくらいだったら、生きてる内に助けてよ!
神様だって、自分がいいように世界を楽しんでいるだけじゃない!
私だけが間違っているみたいに言わないでよ!》
『・・・・・・・・・・。』
《無駄よ、もう何を言ってもね・・・。そんなに止めさせたいなら、私を消しちゃえばいいんだわ。
神様ならそれくらいわけないでしょ?
でもそうしないのは、神様が私のこと愛しているから。そして、私の神話を楽しんでいるからよ。
だから・・・私は絶対に止めない。結末はすぐそこまで来ているんだから。》
『・・・・・・・・・・。』
《もうお話することなんてないわ。私はやらなきゃいけないことがあるの。
おかしな魂の持主が、私の神話を邪魔しようとしているから。
ダーナの神話を邪魔する奴は、誰だって許さないわ。
あの神話は私の楽園なんだから、誰にも汚させたりしない。》
『・・・・・・・・・・。』
《そうね、神様は今まで通り、高い所から世界を見ているだけでいいのよ。
いちいちちょっかい出さなくても、私がちゃんと素晴らしい世界を創ってあげるわ。
そしたら神様もそこで一緒に暮らしましょ。きっと楽しいわよ。》
『・・・・・・・・・・。』
《わかった・・・。じゃあまたね。悪い魂をやっつけたら、また会いに来るわ・・・・・・。》


            *****


二つの物語


目覚まし時計の音で目を覚まし、幸也はベッドから降りてトイレに向かった。
シャワーを浴び、簡単な朝食を用意して黙々と食べる。
時計を見ると昼前を差していて、すっかり生活のリズムが乱れていることを感じた。
「里美がおらんようになってからダメダメやな、俺。」
つくづく神話以外のことに取り柄がなく、溜まった洗濯物を洗いながら考えた。
《俺にとって、里美の存在がどれほど大きかったか分かるな。
あいつがおらんと、ほんまに俺はダメ人間かもしれん・・・。》
およそ欠点らしい欠点が無かった里美は、どんなことでもテキパキとこなした。
神業のように見える正確な仕事で、あっさりと何でも解決した。
改めて彼女のありがたさを痛感し、洗濯機のスイッチを入れて部屋に戻った。
そしてまだ新聞を入れてなかったことに気づき、ポストを確認してみた。
「ん?なんやこれ?」
そこには新聞やチラシに混じって、大きな茶封筒が入っていた。
差し出し人を見てみると、『野本香織』と書いてあった。
「野本香織・・・・・、ああ!麻理ちゃんのお母さんか。」
慌てて封筒を持って部屋に入り、ハサミで丁寧に封を開けた。
そして中から出て来たのは、可愛らしい文字が並んだ原稿用紙だった。
「麻理ちゃん・・・書いてくれたんやな・・・。」
嬉しくて涙が出そうになるのを堪える。
水を飲んで気持ちを落ち着け、部屋に戻って原稿用紙を眺めた。
「短期間でようこれだけ書いたな・・・。麻理ちゃん物書きの才能があるんかもな。」
麻里の才能に感心し、原稿用紙に書かれたタイトルを読んだ。
『海の中の妖精』
「なかなかメルヘンチックなタイトルやな。どれ、読ましてもらおか。」
幸也はじっくりと文字を追い、麻理が創った物語の中に没頭していった。


            *


昔々、この世界にはたくさんの妖精がいた。
花が咲き乱れる幸せな島で、みんなが平和に暮らしていた。
そしてその島はちょっと変わった所にあって、自由に行き来できる場所ではなかった。
深い深い海の底に入った亀裂の、もっと深い海に浮かぶ島だった。
そこにはたくさんの命が暮らしていた。
妖精もたくさんいたし、それ以外の動物も幸せに暮らしていた。
人も、馬も、鳥や虫も、みんなが平和に暮らしていた。
ある時、その場所へ他所者達がやって来た。
彼らは遠い国からやって来た神様の一族で、ダーナ神族と呼ばれる者達だった。
他の神様との戦争に負けて、住む場所を求めてここへやって来たのだ。
妖精たちは、喜んで彼らを迎え入れた。
《ここにはたくさんの幸せと、たくさんの喜びがあるから、私達と一緒に暮らしましょう。
何の争いもない平和な世界で、戦いの傷を癒してください。》
ダーナの神々は妖精に感謝し、そこに生きる者達と平和に暮らした。
しかし一人だけ、それが気に食わない者がいた。
逞しい身体に鎧を身に着け、鋭い槍を持った戦いの神様は、平和に暮らすことを拒んだ。
そして仲間の神々を唆して、この場所を自分達だけのものにしようと言い始めた。
やがて平和だった島に、争いの時がやってきた。
戦いの神と、彼に味方するダーナの神々。そして元々ここに住んでいた妖精や生き物達。
両者の間に激しい争いが起こった。
しかし妖精は戦うのが下手で、ダーナの神々にやられていくばかりであった。
それでも妖精は不思議な魔法で神々に対抗したが、馬や鳥や虫は、成す術なくやられていった。
その中で、たった一人だけ妖精に味方するダーナの神がいた。
それは金色の髪に、青い瞳をした少女の神だった。彼女は妖精の為に力を貸してくれた。
少女はダフネという名前の神様で、水を上手く使ってダーナの神々を倒していった。
そして妖精の中にも勇敢な者がいて、シュンという少年の姿をした妖精が果敢に戦った。
ダフネとシュンは必死に戦い、妖精や動物を守った。
そして奪われていた島の半分を取り戻し、妖精達は喜んだ。
しかしそれは悲劇の始まりでもあって、戦いを知らない妖精達が、戦うということを知った瞬間でもあった。
すると、今度は妖精同士の間で争いが起こった。
ダーナの神々と和解して、皆で平和に暮らそうという者達。
ダーナの神々を追い出して、元々この島にいた者だけで暮らそうという者達。
悲しいことに、妖精同士の戦いは激しさを増し、多くの妖精が命を落としていった。
ダーナの神々はその隙を突いて、再び妖精に戦いを仕掛けてきた。
口の上手い戦いの神は、妖精の一部を仲間に引み、さらに激しく襲い掛かってきた。
シュンは大きな怪我を負って動けなくなり、代わりに姉のマリが戦うことになった。
マリはとても臆病な妖精で、弟の代わりなんて出来ないと言った。
しかしマリの父と母は、この島の平和の為に戦ってくれと頼んだ。
そして臆病者のマリの為に、コーヤという一人の妖精を仲間につけてくれた。
コーヤはとても物知りで、マリのどんな質問にも答えてくれる賢い妖精だった。
それでもマリは怖かった。戦いなんて嫌だと泣いた。すると、それを見かねたダフネが言った。
《今はみんな争うことばかり考えて、正気じゃなくなっているわ。
神々も妖精も、戦って勝つことしか頭にないのよ。
だからみんなを正気に戻さないといけないわ。
シュンもコーヤも、あなたのお父さんもお母さんも、みんな争うことなんて望んでいない。
私だって、自分の仲間と戦いたくなんてないわ。
でもね、逃げてるばかりじゃダメなのよ。どんなに嫌でも、戦わなければいけない時ってあるの。
大事なのは、何の為に戦うかってことよ。》
ダフネの言葉に、マリは考え込んでしまった。
戦いそのものが嫌いなのに、戦う理由なんて考えられなかった。
そんなマリをよそに、ダーナの神々との争い、そして妖精同士の争いは続いていた。
取り戻した島の半分も奪われ、ダーナの神々はそこに大きなお城を立てた。
そして街を造り、子供を産んでダーナの世界を築いていった。
島の半分は完全にダーナの神々のものになり、島からは完全な平和は失われていった。
それでも腰を上げようとしないマリの代わりに、シュンは傷を負ったまま戦いに臨んだ。
ダフネとコーヤを引き連れ、島に平和を取り戻す為に戦い続けた。
マリは自分だけじっとしているのが恥ずかしくなり、覚悟を決めて立ち上がった。
アメリアという仲良しの妖精を引き連れ、シュン達の元へ向かった。
そこでは激しい戦いが起こっていて、ダフネの水が荒れ狂い、シュンの魔法が神々を苦しめていた。
物知りのコーヤはすっかり神々のことを調べ上げていて、彼らの弱点を攻めていた。
マリはアメリアと一緒に戦いに加わり、島に平和を取り戻す為に戦った。
しかしダーナの神々の守りは固く、対立する妖精からも攻められた。
そして遂には追い詰められ、逃げ場を失ってしまった。
《みんな、私の周りに集まって。》
ダフネは水を紡いで大きな家を造り、その中でみんなを守った。
神々と妖精の争いは続いていて、マリ達は一歩も家の中から出ることが出来なくなってしまった。
《いったいいつになったら、この争いは終わるのかしら?》
外からは昼も夜も戦いの声が響いていて、マリは眠ることも出来なかった。
《誰もかれもが自分勝手なんだわ。戦う者なんて、みんなそうよ。》
かつての平和な島を思い出し、マリは自分の殻に閉じこもってしまった。
魔法の糸を紡いで繭を作り、その中から出て来なくなってしまった。
そしてシュンやダフネの言葉も無視して、繭の中で深い眠りについてしまった。
困ったシュン達は、なんとかマリに出て来てもらおうと楽しい歌を歌った。
踊ったり笑ったり、マリの気を惹こうと頑張った。
しかしまったく出て来る様子のないマリに愛想を尽かし、誰も歌を歌わなくなった。
水の家はみんなを守ってくれたが、その中は退屈で仕方なかった。
するとコーヤとアメリアは手を繋いで、水の家を出て行くと言った。
みんなが知らない内に、二人は恋に落ちていたのだ。
《アメリアのお腹には僕の赤ちゃんがいるんだ。いつまでもこんな所にいられないよ。》
物知りのコーヤはこの島にある安全な洞窟を知っていて、そこでアメリアと暮らすつもりだった。
二人は羽を広げて飛び立ち、どこかへ消え去ってしまった。
やがて水の家もだんだんと形が保てなくなり、シュンとダフネも家から出て行くことにした。
《いつまでもここにいたら戦いは終わらない。僕は平和を取り戻す為に戦うよ。》
未だに傷の癒えない身体を引きずって、シュンは戦いの中に飛んでいった。
ダフネはマリの繭にそっと手を触れ、足元に水で作った宝石を置いた。
《いつかその繭から出て来る気になったら、この宝石を持っていくといいわ。
きっと、マリに大切なことを教えてくれるから。》
ダフネはそう言い残してシュンの後を追っていった。
マリは自分を情けなく思いながらも、まだ繭の外に出る気にはなれなかった。
外では相変わらず激しい戦いが続いていた。
神々も妖精も、一歩も引かずに戦っていた。
戦いを知らなかった妖精が、戦うことを覚えて魔法の使い方も変わっていった。
動きを止めたり眠らせたりする魔法から、炎を吹いたり雷や竜巻を起こす魔法を覚えていった。
ダーナの神々は、妖精に戦いを覚えさせてしまったことを後悔していた。
自分達のせいで、大人しかった妖精が手強い敵に姿を変えてしまったからだ。
魔法の槍や剣を持って奮闘するが、妖精は巧みに戦って神々の武器を奪い取ってしまった。
一番強い戦いの神様も、自慢の槍を奪われてしまった。
それは一振りするだけで山をも貫く魔法の槍で、それを奪われた戦いの神様は戦う気力を失った。
そしてブルブルと震えながら、お城に籠ってしまった。
大将を失ったダーナの神々は、妖精の繰り出す魔法の前に次々と倒れていった。
やがて妖精達はダーナの街を壊し始め、奪った魔法の武器で酷い行為を始めた。
許しを乞う者を討ち取り、逃げ惑う者を飲み込んでいった。
あんなに勇ましかった戦いの神様は、お城の中で怯えるだけだった。
妖精達は街を壊し終えると、お城の周りを取り囲んだ。
そして魔法の武器を一斉に投げつけた。
立派なお城はあっという間に壊され、中に籠っていた神々は宙に投げ出された。
妖精は炎や竜巻を起こし、ダーナの神々を倒していった。
雷を降らせ、毒の息をばら撒き、全ての神々を滅ぼすつもりだった。
最後に残された戦いの神様は、地面に頭を付けて許しを乞うた。
《もう二度と悪いことはしない。この島からも出て行くから、どうか許してほしい。》
あんなに勇ましく堂々としていた戦いの神様は、恐怖のあまりに白髪の生えたおじいさんになってしまった。
妖精達はクスクスと笑った。
そして戦いの神様の頼みを断り、大きな火柱を造って焼いてしまおうとした。
戦いの神様は死ぬことを覚悟して、さらによぼよぼのおじいさんになってしまった。
そこへシュンとダフネが駆けつけて、妖精と戦いの神様の間に立ち塞がった。
そして両手を広げ、おじいさんを守るようにして叫んだ。
《もう勝負はついている!こんなおじいさんを焼くなんて酷過ぎるぞ!》
《妖精は優しい心の持ち主なんでしょう?だったらもう許してあげて!》
二人は必死に訴えたが、妖精達は迷うことなく火柱を放った。
戦いの神様も、そしてシュンとダフネも火柱に飲み込まれてしまった。
天までつく大きな火柱は、あっというまに三人を焼いてしまった。
ダーナの神々は一人残らずこの島からいなくなった。
《私・・・許さないわ・・・。あなた達を・・・絶対に許さない・・・。》
火柱の中で、ダフネは大きな憎しみを抱いて消えていった。
まだ繭の中にいたマリは、戦いの声が聞こえなくなったことに気づいて繭から出て来た。
水の家はすっかり消え去っていて、大きなお城のあったダーナの街はどこにもなくなっていた。
《妖精が全部やっつけちゃったんだわ・・・。》
空にはたくさんの妖精が飛び周り、喜びの歌を歌っていた。
それは美しい歌声だったが、とても悲しい歌にも聞こえた。
マリは近くに飛んで来た妖精に、シュンとダフネのことを尋ねた。
《ねえ、二人はどこにいるか知らない?》
すると妖精は笑いながら答えた。
《みんな火柱に飲み込まれたよ。悪い神様と一緒にね。》
《じゃあ二人はもういなくなっちゃったの?》
《そうだよ。悪い奴らはみんなやっつけた。これで全て元通りさ。》
妖精はそう言い残して、空高く舞い上がっていった。
《そんな・・・。シュンとダフネがいなくなっちゃったなんて・・・。》
マリは座り込んでわんわんと泣き始めた。
自分が繭の中に閉じこもっている間に、シュンとダフネが消えてしまった。
あまりに寂しくて、そしてあまりに自分が情けなくて、ずっと泣き続けた。
その間に何度も太陽が昇り、何度も月が輝いた。
あまりにずっと泣き続けるので、溢れた涙が洪水となって島を飲み込んでいった。
せっかく平和になった島は、マリの涙の中に沈んでしまった。
それでも泣き続けるマリを見かねて、ダフネの魂がそっと囁いた。
《思い出して。私があなたに残してあげたものを・・・。》
そう言われて、マリはダフネが置いて行った水の宝石を思い出した。
足元に浮かぶ宝石を拾い、その美しさに目を奪われていった。
その宝石の中に詰まっていたのは、ダフネの記憶だった。
彼女は元々ダーナという名前だったこと。とてもとても辛い過去を背負い、海を憎んでいたこと。
しかし仲間との出会いで優しくなれたこと。そしてダフネと名前を変え、月の女神になったこと。
そこには平和と優しさを願うダフネの想いが詰まっていた。
水の宝石は弾けて虹色の光となり、マリに降り注いだ。
その瞬間、消えたはずの島が再び現れ、そこにはシュンやコーヤやアメリアもいた。
ダーナの神々がやってくる前の、平和な島が復活していた。
マリは大喜びでみんなの元に駆け寄り、何日も歌いながら踊って過ごした。
ダフネの魂は、みんなの周りをぐるぐると回りながら一緒に歌い、やがて天に昇っていった。
《マリ。もうすぐ新しい争いがやってくるわ。それは憎しみに取り憑かれた私の怨念よ。》
《ダフネの怨念?それはダフネの分身のようなもの?》
《違う。あれは私であって私じゃない。私から生まれた恐ろしい怪物よ。
ダーナの神々より、もっと恐ろしい怪物・・・。》
そう言い残し、ダフネは空へと消えていった。
マリは不安な気持ちになり、みんなと踊るのをやめた。
そしてダフネが言い残した言葉を伝えると、やがてやってくるダフネの怨念に備えた。
あれから長い年月が立ち、マリもシュンも立派な大人の妖精になっていた。
コーヤとアメリアの間には子供が生まれ、島には平和が続いていた。
しかしそれを打ち破るように、黒い影が島を襲った。そして長い舌を伸ばして、みんなを飲み込んでしまった。
シュンもコーヤもアメリアも、全てが黒い影の中に飲み込まれてしまった。
マリはたった一人残され、黒い影に怯えて洞窟の中に逃げ込んだ。
その黒い影とは、ダフネの怨念だった。
目に映るものが何もかも憎くて、なんでも飲み込もうとした。
マリは洞窟の中でぶるぶると震えながら祈っていた。
《シュン、ダフネ、コーヤ、アメリア・・・。私まだ消えたくないわ。
もっとみんなと一緒に、楽しく暮らしたかった・・・。》
ダフネの怨念は洞窟の中に隠れているマリを見つけ出し、長い舌を伸ばしてペロリと飲み込んでしまった。
マリは綿飴のように消え去り、島には誰もいなくなってしまった。
島に咲き誇っていた花は枯れてしまい、馬や虫や鳥も全ていなくなってしまった。
ダフネの怨念は誰もいなくなった島を見つめて、急に悲しみ始めた。
そして自分が愚かなことをしたと嘆いた。
もし出来ることなら、自分が飲み込んだものを全て吐き出して、元に戻したいと思った。
海よりも深い悲しみと、夜よりも暗い孤独に耐えきれずになって、ダフネの怨念は島を抱きしめながら溶けてしまった。
黒い影は島じゅうに染みわたり、深い森を造った。
やがて海を漂う生き物の中から、島へ移り住む者が出て来た。
それは森を生きていく為に姿を変え、妖精の心と神様の体を持った生き物になった。
優しい心を持ち、神様のような強い力を持っていた。
そして天に輝くお月様から祝福されて、子供を産んだ。
生まれた子供は光となって島に飛び散り、色んな生き物に姿を変えた。
妖精や馬、鳥や虫やイタチ、そして人間が生まれた瞬間だった。
この時から妖精は、恥ずかしがり屋になって姿を見せなくなった。
深い森の奥で、誰にも会わないようにひっそりと暮らした。
島に生える緑には、ダフネの怨念の後悔が詰まっていた。
そしてもう二度と妖精を傷つけないと誓い、特別の住処を与え、他のどんな生き物からも守った。
そして誰もこの島に入って来られないようにする為に、海から浮かび上がって空に出た。
ぐんぐんと空を昇り、雲を突き抜けて舞い上がっていった。
そして空のてっぺんにある天の国に着いた時、ダフネの魂が微笑みながら手を振った。
《もう二度とこの星へ戻ってきちゃダメよ。だって、みんなが幸せな国なんて誰もが羨むから。
そうしたらまた誰かが島に入って来て、争いが起きちゃうわ。
私から生まれた、私じゃない魂よ・・・。あなたはあのお月様へ向かいなさい。
あそこは誰の手も届かない静かな世界。その代わり、二度とここに戻ってきちゃダメ。
それが約束出来るなら、私がお月様まで引っ張っていってあげるわ。》
島に宿るダフネの怨念は、全ての憎しみを取り除いて綺麗な魂になっていた。
そして自らをダーナと名乗り、ダフネに引っ張られてお月様まで飛んでいった。
島はお月様の裏側に舞い降りた。
青い星に住む者達が、こっちを見て羨ましがらないように。
そして月に住む魂が、青い星に行きたがらないように。
二つの世界は隔てられ、分厚い壁が作られて行き来できないようになった。
《私から生まれた憎しみの心はもうないわ。
あなたはダーナ。私だけど私じゃない、ダーナという一つの魂よ。
これからも妖精を守ってあげてね。》
ダフネは特別な魔法をかけ、島の平和と幸せが長く続くようにした。
そして笑って手を振りながら、青い星へ帰っていった。
ダーナは嬉しさで涙を流し、それは島から溢れて海を創った。
月の裏側は青い海で満たされ、島はその中に潜っていった。
島に住む者達は、やがて全てが妖精になった。
長い時間をかけ、馬や虫、それに人間までもが妖精に変わった。
恥ずかしがり屋の妖精は、もう隠れる必要がなくなって森の外へ出て来た。
そして花が咲き乱れる島で、ずっと平和に暮らした。
やがてダーナの魂は、島から離れて海と同化した。
そしてダフネとそっくりの姿となって。妖精達を見守るようになった。
ダーナは月の女神となり、妖精は彼女を守り神と崇めた。
ダーナと妖精達は、いつまでも幸せに暮らした。


            *


「ふう・・・・・。」
物語を読み終えた幸也は、キッチンに行って水を飲んだ。
そして麻理の創った物語を思い返していた。
「よう出来とる。とても子供が創ったとは思えんな・・・。
麻理ちゃん、あれからようさん本を読んだんやろうなあ。
ケルト神話を元にして創ったいうても、ほとんどオリジナルや。」
幸也は部屋に戻り、麻理の家に電話をかけた。
数回のコールのあと、麻理の母親が出た。
『もしもし野本です。』
「ああ、麻理ちゃんのお母さんですか?加々美です。」
『ああ、どうも!この前はあの子にお電話くださってありがとうございました。お忙しかったでしょうに。』
「いえいえ、とんでもありません。何か分かったら教えるって約束してましたからね。
それより麻理ちゃんが書いた物語を読ませてもらいました。なんというか・・・ほんまに面白い物語でした。
とても子供が創ったとは思えん出来やと思います。」
『ああ、あれですか。なんだか最近部屋に籠っていたから、いったい何をしてるんだろうと思ってたんです。
そしたら物語を書いてるんだって言って。
友達との遊びも断って、宿題や家の手伝いもせずに一心不乱に書いていたんですよ。」
「そこまで一生懸命書いてくれてたんですか・・・。なんかそれ聞いたら、余計にありがたい気持ちになってきました・・・。」
『加々美さんから頼まれたんだと言っていましたが、最後の方は好きだから書いているんだと言っていました。
出来上がった時はすごく嬉しそうにしていて、私や主人に読んでくれってせがんでいたんです。
私はあんまり本を読まないので、あれが良い出来なのかどうかは分からないですけど、主人は褒めていました。
麻理はすごく嬉しそうにしていましたよ。』
「僕もすごく良い出来やと思います。麻理ちゃん文章も上手いし、話もちゃんと考えてあるし。
難しい言葉なんかも使ってるから、よっぽど真剣に書いたんやなと思います。」
『ありがとうございます。でもあそこまで何もかもほったらかしてやるっていうのは、ちょっと心配でもったんです。
再来年は中学に上がるんですが、出来れば私立へ行かせたいと思っているんです。
だからもっと勉強の方に力を入れてほしいんですが・・・。』
「なんかすいません・・・。大事な時期に無理なお願いをしてしもたみたいで・・・。」
『いえいえ、そういう意味で言ったんじゃないんです!
あの子は昔から一つのことに集中すると、周りが見えなくなるところがあって・・・それが少し心配なんです。
でもあんなに一生懸命になる麻理を見たのは久しぶりで、少し嬉しい気持ちもあるんです。
俊が亡くなってから、どこか上の空みたいなところがありましたから。』
「好きなことがあるのはええことですよ。僕もよう母に怒られてました。
神話ばっかり読んでないで勉強せえって。でもそのおかげで神話に関する仕事をしとるわけですからね。
一つのことに没頭するいうのも、中々悪いもんとちゃうかなって。
まあ子供を持ったことがない僕が言うのもあれなんですけど・・・。」
『いえ、おっしゃることは分かります。
私は昔から何かに夢中になったことが無いから、そういうものを持っている人が羨ましいなと思っていたんです。
でもやっぱり自分の子供のことになると、シビアになるというか・・・。
大きな成功なんてしなくてもいいから、人並みに幸せになってほしいと思っているんです。
亡くなった俊の分まで・・・・。』
電話の向こうで涙ぐむ声が聞こえ、幸也は間を置いてから言った。
「今、麻理ちゃんはいますか?」
『いえ、今は学校に行っていますから。』
「ああ、そうか・・・。平日の昼間ですもんね・・・。」
『三時過ぎには帰ってくると思いますから、後で電話させましょうか?』
「すいません、お願い出来ますか。」
『加々美さんから電話があったって言ったら、きっと喜ぶと思います。
自分の物語の出来が気になって、早く加々美さんの意見を聞きたいと言っていましたから。』
「そうですか、ほなその時にじっくり感想を言わせてもらいます。それじゃ失礼します。」
『はい、失礼します。』
幸也はケータイを置き、椅子の背もたれに身体を預けた。
「そっか、学校やんな。里美がおらんようになってから、時間の感覚が止まってるから忘れとったわ。」
麻理から電話がくるまでの間、幸也は何度も『海の中の妖精』を読み返した。
もし自分にも物語を創る力があれば、果たして神話学者の道に進んでいたかは分からない。
胸を躍らせる物語はたくさんあるが、自分はいつも受け取る側だった。
そう思うと、ダーナと麻理が少し羨ましく思えた。
「俺の周りには、俺の持ってないもんを持っとる奴が多いな。
そういう人からは、俺はどういう風に映ってんねやろな。」
神話好きが高じてそれに関わる仕事に就き、その中で里美や麻理と出会った。
そう思うと、幸也は少しだけ可笑しくなった。
「ある意味、俺って女に振り回されとるんかもしれんな。
ダーナにしたって女の子やし、どうも俺は女難の相が出とるんかもしれん。
兄ちゃんの彼女、えらい美人やし、性格も良さそうやったなあ・・・。
でも兄ちゃんはけっこうモテてたからなあ。自分じゃ全然気づいてなかったけど。
言い寄ったのは、案外アメルの方からかもしれんな。」
あんまり愚痴をこぼしていると里美に悪いと思い、机に立てた彼女の写真に謝った。
「お前はちゃんと俺の中におるよ。魂が消えたかて、俺の中からは消えへん。
この先もずっと、お前のことだけは忘れたりせえへんからな。」
幸也は写真を持ち、里美に微笑みかけた。
写真の中の彼女が、ツンと怒っているように感じた。

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