ダーナの神話 第九話 暴走する神話

  • 2014.10.24 Friday
  • 12:09
JUGEMテーマ:自作小説
重なる魂


《初めまして・・・じゃないわね。一度会ってるものね。》
《・・・・・・・・・・。》
《うふふ、そんなに怖がらなくてもいいわ。
私はダーナ。あなたの弟から聞いてるでしょ?》
《・・・・・・・・・・。》
《シュンは天国にいるわよ。しばらくここにいたけど、シュンはとても良い子だから天国に連れて行ってあげたの。》
《・・・・・・・・・・。》
《無理よ、シュンには会えないわ。気持ちは分かるけどね。》
《・・・・・・・・・・。》
《へえ、勘が鋭いのね。あなたの言う通り、シュンは私が連れていったの。
殺したなんて人聞きの悪いこと言わないでね。
シュンは私から生まれた魂だから、私の世界にいるのが一番の幸せなのよ。》
《・・・・・・・・・・。》
《ふふふ、無理よ。二度とシュンには会えないわ。
だってあなたは海から生まれた汚れた魂だもの。私の世界へは行けないわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《そう・・・。あの人から私のことを聞いたのね。
まったく変な魂よね。私と海の間に生まれるなんて。》
《・・・・・・・・・・。》
《うふふ、同情なんかしなくていいわ。別に誰かに可哀想なんて思ってほしいわけじゃないから。
私はたまたま不幸な人生を送った。けどそのおかげでダーナの神話が生まれた。それだけよ。》
《・・・・・・・・・・。》
《そういうのはね、辛い思いをしたことが無い人には分からないのよ。
ほら、病気の苦しみは病気をした人じゃないと分からないっていうでしょ?
あれと一緒よ。》
《・・・・・・・・・・。》
《そうね、大事な人を失う痛みはあなたも知ってるわよね。
けどあなた自身が辛い思いをしたわけじゃないでしょ?
あなた、大人の男の人に酷いことをされた経験がある?
殴られたり、身体を汚されたり・・・そういうの経験したこと無いでしょ。》
《・・・・・・・・・・。》
《あらあら、もう黙っちゃうの?ごめんね、別に苛めるつもりで言ったわけじゃないの。
私は説教臭い言い方が嫌なだけ。最近は神様まで私にお説教するのよ。
誰もかれもが私のことを嫌いみたいなの。どうしてかしらね?》
《・・・・・・・・・・。》
《何を言ってるの?私は元々素直よ。だから一生懸命頑張ってるのよ。
それなのにコソコソと邪魔をする奴らがいるから・・・。
あなただってその一人でしょ?コウヤとかいう人から頼まれて、物語を創ったんでしょ?
知ってるわよ、あなたが創った物語がどんな話か。
だって出来上がった物語を、シュンの前にお供えしたでしょ?
だから私もシュンと一緒に読ませてもらったの。》
《・・・・・・・・・・。》
《そうよ、シュンは天国よ。でもそれは私が創った天国だから、いつでも会いにいけるの。
だって私はダーナの神話の主人公であり、神様なんだから。天国だって、私の世界の一部なのよ。》
《・・・・・・・・・・。》
《そうよね、やっぱりシュンに会いたいわよね。
ほんとうはね、海から生まれた魂はシュンのいる天国には行けないの。
でもね、もし私のお願いを聞いてくれるなら、連れていってあげてもいいわよ。》
《・・・・・・・・・・。》
《簡単なことよ。あのコウヤって人から、あなたの創った物語を奪い返してほしいの。
そしてもう二度と彼に協力しないって約束して。
それが出来るなら、特別にシュンに会わせてあげる。》
《・・・・・・・・・・。》
《どうして迷うの?シュンに会いたいんでしょ?心配しなくてもちゃんと約束は守るわ。
私は嘘つきの大人とは違うんだから。》
《・・・・・・・・・・。》
《大丈夫よ。あなたの物語を取り返すだけでいんだから。
彼に電話をかけて「返してほしい」っていうだけで済むでしょ?
そうするだけでシュンと会えるのよ。》
《・・・・・・・・・・。》
《そう・・・・。どうしても嫌なのね。だったらシュンの魂を消しちゃうわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《だって仕方ないじゃない。あなたが協力してくれないんだから。
ああ、可哀想なシュン。意地っ張りなお姉ちゃんのせいで消えちゃうなんて。
シュンはあんなにお姉ちゃんのことが好きなのに・・・・・。》
《・・・・・・・・・・。》
《うふふ、卑怯なんて言わないでよ。あなたはシュンのお姉ちゃんかもしれないけど、私はシュンの魂を生んだ親なのよ。
子供はね、親に従うしかないの。シュンの魂は私のものだから、私の自由にしていいの。卑怯なんて言われる筋合いはないわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《・・・残念だわ。ここまで言っても頷いてくれないなんて。
あなた最近ここへ来たサトミっていう人に似てるわね。》
《・・・・・・・・・・。》
《そうよ、コウヤの大切な彼女だったけど、私がここへ連れてきたの。
でもね、すごく生意気な魂だったの。だから消しちゃったわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《どうしてあなたが悲しむの?大して親しくもない人でしょ?》
《・・・・・・・・・・。》
《そうね、あなたは優しい子だものね。私もずっと前はそうだったわ。
でもね、優しいってどういうことかしら?誰かの為に涙を流すことかしら?それとも大切な人を守ることかしら?
あなたはサトミの為に涙は流すけど、シュンの為には協力しないのね。
そういうのって優しいっていうのかな?私だったら、絶対に家族を選ぶと思うけど。》
《・・・・・・・・・・。》
《どうしても嫌なの?その理由を聞かせて。》
《・・・・・・・・・・。》
《それはコウヤがそう言ったの?》
《・・・・・・・・・・。》
《ふうん・・・あなた頭がいいのね。自分で考えて気づくなんてすごいわね。
確かにコウヤはあなたの物語を使って、私の神話を打ち消そうとしている。
ううん、正確には書き換えようとしてるのね。だからあの物語は絶対に必要なわけよ。
この役目は他の誰かじゃダメなの。コウヤが認めた人でないと意味がないのよ。
それを知っていてあの物語を創ったわけね。》
《・・・・・・・・・・。》
《ええ、分かってるわ。それはあくまできっかけで、途中から物語を創るのが楽しくなったんでしょ?
その気持ちはすごくよく分かるわ。
私もダーナの神話を考えている時だけが、一番楽しくて幸せな時間だった。
物語を創るって、すごく純粋なことだもの。》
《・・・・・・・・・・。》
《空想は空想、現実は現実。そんなの誰が決めたの?
私はたまたま神様から力を与えられて、自分の神話をこの世界に持ち出しただけよ。
責めるんなら神様を責めてよ。》
《・・・・・・・・・・。》
《さっきも言ったけど、お説教って嫌いなの。特に私と同じくらい女の子に偉そうに言われたくないわ。
何の辛い思いもせず、ぬくぬくと育ってきたくせにさ。
弟を失ったくらいでなんだっていうの?私はね、大切な人をみんな失ったのよ。
それだけじゃない。あの野蛮人にも酷い目に遭わされたわ。この痛みがあなたに分かる?》
《・・・・・・・・・・。》
《そんなのただの言葉よ。実際に何も経験していないあなたに、偉そうに言われる筋合いはないわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《ああ、分かったわ。もういい・・・・・。
あなたってどこか私と似てるような気がしたから、あまり手荒な真似はしないでおこうって決めてたのに。
私の頼みを聞いてくれるなら、シュンにも会わせてあげるし、ちゃんと元の世界に戻してあげようと思ってたのに・・・・・。》
《・・・・・・・・・・。》
《もうあなたと話し合うことなんてないわ。
私の頼みを聞いてくれないのなら手段は選ばない・・・。悪いけど、あなたは死んでね。
そしてその身体はしばらく使わせてもらうわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《今さら怖がっても遅いのよ。何度もチャンスをあげたでしょ?
わがままな子供にはお仕置きが必要なの。あなたは死んで、シュンとは別の天国に行く。
じっと待っていれば、いつか神様が生まれ変わらせてくれるわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《うふふ、どこに逃げても無駄よ。ここは私の世界なんだから。
それじゃあさようなら・・・・マリ・・・。》


            *****


魂の叫び


幸也は病院に向かって車を走らせていた。
幸い高速は空いていて、車を飛ばして麻理のいる病院に向かっていた。
「麻理ちゃん・・・。命に別条はないっていうてたけど・・・。」


          *


夕方に電話がかかってきた。
着信は麻理の家からで、仕事の手を止めて電話に出た。
「もしもし?」
『もしもし、加々美幸也さんですか?』
知らない男の声だった。やや緊張しながら「そうです」と答えると、電話の向こうから沈んだ声が返ってきた。
『私、麻理の父親なんですが、いつも娘がお世話になっているそうで・・・。』
「ああ!麻理ちゃんのお父さんですか。初めまして、加々美幸也といいます。」
『いえいえ、こちらこそ麻理の相談に乗って頂いていたそうで・・・。
あんな子供の夢に付き合わせてしまってすみません・・・。』
電話の声は深く沈んでいて、背筋に寒気を覚えた。
《これは・・・この感覚は・・・・。誰かに不幸があった時の・・・。》
ケータイを持つ手が震え、まさかとは思いつつ尋ねてみた。
「あの・・・麻理ちゃんから電話をもらう予定やったんですけど・・・何かあったんですか・・・?」
しばらくの沈黙のあと、麻理の父は答えた。
『実は学校から帰って来る途中・・・川に落ちて溺れたんです・・・・・。』
「・・・・・・・・。」
身体から力が抜けていくのを感じた。床を踏んでいる感覚がなくなって、その場に倒れそうだった。
『幸い近くを通りかかった人が助けてくれて、救急車を呼んでくれたんです。
医者が言うには命に別条は無いらしくて、時間が経てば目を覚ますだろうと・・・。』
「あ・・・ああ・・・・よかった!生きてるんですね!?」
『はい・・・。しかし今は眠ったままでして・・・。
妻は病院に着くなり発狂したように叫び出してしまって・・・。
なにせ俊のことがありましたから。』
「確か俊君も・・・・・・。」
『ええ、川で溺れて・・・。それにまだ一年しか経っていませんから、当時のことがフラッシュバックしたのかもしれません。
妻があまりに慌てるもんだから、かえって私のほうは冷静になれたんですけど・・・。』
「とりあえず命に別条は無いんですね?」
『はい、医者はそう言っていましたが・・・・・。』
「・・・何か気になることでも?」
麻理の父はしばらく沈黙し、幸也はゴクリと息を飲んで言葉を待った。
『その・・・麻理が生きていたのはもちろん嬉しいことなんですが・・・。
でも私の職場に電話がかかって来た時には・・・その・・・麻理は死んでいたそうなんです・・・。』
「死んでいた?どういうことですか?」
『川で見つかった時には、すでに脈がなかったみたいで・・・。
病院で蘇生を施しても、息を吹き返さなかったらしいんです。』
「でもさっきは命に別条はないって・・・・。」
『はい。医者は信じられないと言っていました・・・。
生命反応は完全に停止していたのに、なぜか急に蘇ったと・・・。こんなことは考えられないって。』
「・・・そうですか・・・。」
幸也は直感的に思った。「ダーナの仕業だ」と。
『今はまったく命に別条はありません。
後遺症が残る可能性はあるけど、近いうちに目を覚ますそうです。』
「それはよかった。麻理ちゃんまで川で溺れてなんてことになったら・・・。」
『そうなんです。だから・・・非現実的かもしれないですけど、きっと俊が守ってくれたのかなって・・・。
二人はとても仲が良かったですから、きっと俊が助けてくれたんだろうって思っているんです。』
違う・・・俊はもう麻理の近くにはいない。
彼はダーナによって遠い所に連れて行かれてしまったのだ。
しかしそんなことは口に出せず、ケータイを握り直して、ペンとメモ用紙を用意して尋ねた。
「僕も病院へ行きます。場所を教えて頂いていいですか?」
しかし麻理の父はすぐには答えなかった。そしてしばらく黙った後、沈んだ声で答えた。
『すみませんが、今は勘弁していただけませんか・・・。
これから僕達の親も来るし、それに妻が・・・・・。」
「ああ、いえ、決してご迷惑になるようなことはしません。
僕も麻理ちゃんのことが心配なんです。だから・・・・、」
『違うんです。そういうことじゃなくて・・・・。』
麻理の父は言葉を詰まらせ、言いづらそうに先を続けた。
『実は妻がですね・・・加々美さんのことをあまり良く思っていないみたいで・・・。』
その言葉を聞いて固まる幸也だったが、あまり意外には思っていなかった。
麻理の母はとても丁寧で愛想のいい人だが、自分の心を表に出すタイプではないと感じていた。
彼女の言葉の端々に、自分に対する不快感を持っていることは気づいていたのだ。
しかし今はなんとしても麻理の元へ行きたかった。
彼女は確実にダーナの被害者であり、そしてダーナの神話を食い止める為にあの物語を綴ってくれたのだ。
そう思うと居ても立ってもいられず、頭を下げて懇願していた。
「お願いします!場所を教えて頂けませんか?」
『いや、だから今は無理だと・・・・、』
「無理を承知でお願いしているんです!
絶対に邪魔になるようなことはしませんし、麻理ちゃんのお母さんにも顔を会わせないようにします。
だから病院の場所を教えて下さい!」
『そんなことを言われても・・・・、』
無茶を言っていることは承知していた。
娘が息を吹き返してホッとしている所に、他人など来てほしくはないだろう。
しかし幸也の胸には言いようの無い不安があった。
これがダーナの仕業なら、放っておくわけにはいかない。
きっと彼女はこちらの意図に気づいて、妨害工作に出て来たのだ。
ならばここでじっとしているわけにはいかず、焦る気持ちを押さえながら何度も頼み込んだ。
そして渋る父親から、なんとか病院の場所を教えてもらったのだ。


          *


高速を飛ばせば一時間半くらいで麻理のいる病院に着く。
そう思うと気づかないうちにスピードを出していて、白バイに切符を切られてしまった。
ゴールド免許が台無しになってしまったが、今はとにかく麻理の元へ急がなければならない。
しかし高速を抜けて一般道に下りると、渋滞に捉まった。
時刻は午後六時前を差していて、ちょうど仕事終わりの帰宅ラッシュだった。
「くそ!こんな時に・・・。」
ハンドルを叩き、のろのろと進む車の列を睨んだ。
しかしその時、ふっと目の前を何かが通り過ぎた。
「なんや・・・?」
注意して見ていると、また何かが通り過ぎた。
「これは・・・・、」
ふわふわと車の前を飛び交っているのは、小さな妖精だった。
お伽話に出て来るような可愛らしい姿をしていて、羽を動かしながら自由自在に飛んでいる。
「・・・・・・・・。」
幸也は車から降りて妖精を見つめた。
まるで空を遊泳するように飛び周り、クスクスと笑いながら高く舞い上がって行く。
それを目で追っていくと、その先にはとんでもない光景が広がっていた。
「な、なんやこれ・・・・・空が・・・。」
そこにはムクドリの大群のように飛びまわる、無数の妖精がいた。
空を埋め尽くすほどたくさんの妖精が飛びまわる光景は、とても可愛らしいなどと言えるものではなかった。
「気味が悪い・・・なんなんやこれ・・・・。」
あまりの不気味な光景に立ち尽くしていると、後ろからクラクションを鳴らされた。
早く行けよと怒鳴られたが、それでも動くことが出来なかった。
《これは・・・他の人間には見えてへんのか・・・?》
すると突然ケータイが鳴りだし、慌てて確認してみるとケンイチからだった。
「なんでや・・・?兄ちゃんの番号は消えたはずやのに・・・。」
電話に出てみると、あの時と同じように兄の声が聞こえてきた。
《こう・・・や・・・。き・・・る・・・か・・・?》
「兄ちゃんか?」
《もう・・・ぐ・・・かん・・・つ・・・する・・・。だ・・・な・・・わ・・が・・。》
「もう・・・ぐ・・・?どういうことや?いや、それより今えらいことになってんねん!
空に妖精が飛びまわってて・・・・・、」
そう言いかけた時、突然誰かに胸ぐらを掴まれた。
「てめえ!いい加減にしろよ!さっさと車動かせっつってんだよ!
ベラベラ電話してんじゃねえよ!後ろの渋滞見えねえのか!」
「す、すんません・・・。すぐ動かします。」
慌てて車に乗り込み、前の交差点を左折して近くのコンビニに停めた。
「もしもし、兄ちゃん!」
《・・・は・・・や・・・く・・・。もう・・・す・・・ぐ・・・おわ・・・る・・・。》
「・・・・・もうすぐ終わる?何が終わるんや?」
《・・・この・・・せ・・・か・・い・・・が・・・、だ・・・な・・・に・・・・。》
「・・・・この世界が・・?」
《・・・よう・・・せ・・い・・は・・・、う・・・み・・・を・・・け・・・す・・・。》
「妖精は・・・海を消す・・・。もしかしてダーナの神話の終わりが近づいてるんか?」
《・・そう・・・・。よう・・・せ・・・は・・・、う・・み・・と・・・か・・ら・・・。》
「・・・・妖精は海と・・・から・・・?どういうことや?」
《う・・・み・・・から・・・れ・・・た・・・まし・・・い・・・こ・・・ろ・・す・・。》
「こ・・・ろ・・す?・・・もしかして・・・海から生まれた魂を殺すいうことか?」
《そう・・・。だか・・・ら・・・は・・・や・・・く・・・おれ・・・の・・とこ・・・。》
「それは分かってる、兄ちゃんのところに行ったらええんやろ?
でも今すぐには無理や。今は麻理ちゃんいう子が・・・・・・、」
その時、突然地面を揺るがすほどの轟音が響いた。
辺りに眩い閃光が走り、ビリビリと空気が震えて車の窓ガラスが振動する。
「な、なんや・・・?」
再び閃光が走り、鼓膜が破れるかと思うほどの爆音が響いた。
「これは・・・落雷・・・?」
近くの街路樹が燃え上がり、人々が悲鳴を上げて逃げていく。
少し離れた場所では何人かが倒れていて、身体から煙を上げていた。
「これは・・・妖精の仕業か・・・?」
空を舞っていた妖精は、笑い声を上げながら再び雷を落とした。
コンビニに直撃した雷は、火花を上げてガラスを吹き飛ばし、中から人が逃げ出してくる。
次々に降ってくる雷は建物を壊していき、通行人を焼いていった。
悲鳴が響いて人々が逃げ惑い、車は我先に逃げようと信号を無視して事故を起こしていた。
そして妖精の群れの一部が街まで下りて来て、大きく息を吸い込んで火を吹いた。
ビルや店が一瞬にして炎に包まれ、中にいた客が火だるまになって駆け出してくる。
燃えた人々は踊り狂いながら炎にまかれ、次々と道路に倒れていった。
辺りは悲鳴と怒号が飛び交い、歩道は妖精に殺された人々で埋め尽くされていく。
車は衝突を繰り返して歩道に乗り上げ、大型トラックがビルの壁面に突っ込んだ。
雷と炎、そして人々の悲鳴と死体、まるで地獄絵図のような光景が広がっていた。
「・・・やばい・・・ダーナの神話が終わりに近づいとんや・・・。」
自分もここにいてはまずいと思い、エンジンを吹かして駐車場を飛び出した。
しかし高速で突っ込んで来た車が衝突し、幸也の車はひっくり返って道路を転がっていった。
ドアが大きく歪んで外れ、回転する車から投げ出された。
「うわああああ!」
車と同じように道路を転がっていき、何かにぶつかって止まった。
「や、やばい・・・殺されるッ・・・。」
立ち上がろうとして地面に手をつくと、ぐにゃりと柔らかいものに触れた。
「うわあ!」
幸也がぶつかったものは死体だった。
雷に焼かれ、煙を上げる無惨な死体に、恐怖で足が動かなくなった。
手をついて地面を這い、逃げ惑う人々の間を縫っていく。
ピカピカと空が輝き、その度に雷鳴が響いて雷が落ちてくる。
後ろを振り返ると妖精の群れが一斉に炎を吹き出していて、高速道路が焼かれていた。
高熱に耐えられなくなった高架が溶け始め、その下に避難していた人達を押し潰しながら崩れていった。
「はあ・・・はあ・・・、地獄や・・・ここは地獄やッ・・・。」
もはや麻理の病院に向かうどころではない。このままでは自分も死んでしまう。
幸也は力を振り絞って立ち上がり、全力で走った。
後ろを振り向かず、この地獄から抜け出す為にひたすら走った。
しかし・・・すぐにその足は止まった。
「そんな・・・逃げ場がないやん・・・。」
前方の遠い空からも、大量の妖精が押し寄せていた。
空を見渡すと四方八方から妖精が飛んで来て、夕焼けの空を埋め尽くしていた。
「・・・・・・・・。」
幸也は言葉を失って立ち尽くし、クスクスと笑う妖精達を見上げた。
何も考えることが出来ず、ただひたすら妖精を見つめていると、あることに気がついた。
「こいつら・・・殺す人間を選んどるんか・・・?」
一見無作為に虐殺をしているように見えるが、注意深く観察するとそうではなかった。
これだけの雷と炎にさらされながら、まったく傷を負ってない人間がいるのである。
炎に焼かれた店から数人の人間が駆け出してくるが、火ダルマになっている人の中に無傷の人がいる。
さっき崩れた高架の下からも、まるで何事もなかったかのように這いだして来る人がいた。
ここで幸也は兄の言葉を思い出した。
『妖精は海から生まれた魂を殺す』
「そうか・・・。ダーナから生まれた命は助かっとんや。
ということは・・・この世界はもうほとんどダーナの神話に飲み込まれてるんや・・・。」
遠くからバタバタとヘリコプターの音が聞こえ、幸也は後ろを振り返った。
「あれは・・・自衛隊のヘリか・・・?」
三機の武装したヘリコプターが上空に現れ、妖精の群れに向かって攻撃を始めた。
「他の人にもこいつらが見えてるんか?」
自衛隊のヘリは妖精に向かって機関銃を放った。
しかし撃ち出された弾は妖精の前でピタリと止まった。妖精達はクスクスと笑い、両手を前に出した。
すると止まっていた弾が反転して、自衛隊のヘリに向かっていった。
被弾したヘリはバランスを崩し、そこへトドメとばかりに雷が降り注ぐ。
爆炎があがり、三機のヘリは成す術なく撃墜されていった。
「無理や・・・。こいつらは神話の中の生き物なんや・・・。人間の武器では勝たれへん・・・。」
人々の悲鳴の中に、大きな怒声が響く。目を向けると、機動隊が現れて妖精を見上げていた。
驚く表情を見せながらも、街の人を避難させようと誘導している。
《無駄や・・・。逃げ場なんかない。避難する場所なんか無いんや。
助かるのはダーナから生まれた魂だけや。》
機動隊の列に雷と炎が襲いかかり、一瞬にして全滅させられてしまった。
かなりの人数がいたはずなのに、機動隊の人間は全員が死んでいた。
「あれだけ人数がおったら、ダーナから生まれた魂もあったはずやのに・・・。
もしかして抵抗する奴は容赦なく殺していくんか?」
無傷で生き残った人間が、妖精にめがけて石を投げていた。
しかし雷を落とされて、あっさりと殺されてしまった。
「こいつら・・・抵抗する者には容赦ないんや・・・。
里美かてダーナから生まれた命やのに、文句言うただけで消されてしもた・・・。
こいつらは妖精なんかやない。ダーナも妖精も、全部悪魔やないか!」
激しい怒りが湧き起こり、倒れた街路樹の枝を持って妖精に襲いかかった。
「この化け物どもが!好き勝手しやがって・・・。
何の権利があってこんなことするんじゃ!お前らなんか妖精とちゃう!
ただの化け物じゃ!悪魔と一緒じゃ!くたばれ!」
枝を持って暴れ回る幸也を、妖精たちはクスクスと笑った。
「なんじゃい!殺すんやったら殺せ!その代わり一匹でも道連れにしたるわ!」
幸也は枝を振り上げて殴りかかった。しかしあっさりとかわされてしまい、バランスを崩して道路に倒れた。
妖精達から大きな笑いが起き、幸也の周りに集まって両手をかざした。
頭上にバリバリと電気が溜まり、巨大な雷球が浮かび上がる。
《ごめん兄ちゃん・・・俺はここまでやわ・・・。
ダーナの神話を食い止めることは出来へんかった・・・。許してや・・・。》
妖精達は手を振り下ろし、雷球から雷が放たれた。
閃光と轟音が響き、幸也は目を閉じて死を覚悟した。
「・・・・・・・・・・・・。」
しかしいくら待っても雷は落ちて来ず、不思議に思ってゆっくりと目を開けてみた。
すると目の前に一人の女性が立っていて、両手を広げて雷を受け止めていた。
「あんたは・・・・アメル・・・。」
アメルは幸也を振り返って二コリと微笑む。
そして受け止めた雷を撃ち返し、妖精経ちを消し飛ばした。
「諦めちゃダメよ。あなたしかダーナの神話を止められないんだから。」
そう言って幸也の車を指差した。
「あの中にマリの創った神話があるでしょ?あれを持ってダーナの所まで行きましょう。」
「いや、ダーナの所まで行くって言われても・・・。」
「いい、よく聞いてね。悲しいことだけど・・・・マリは死んだわ。」
「え?どういうことや?麻理ちゃんは生きてるって・・・・。」
アメルは悲しそうに首を振り、幸也の目を見て言った。
「マリは殺されたわ。もちろんダーナがやったの。今はケンイチと一緒に、あの渓流の傍にいるわ。」
「いや、でも麻理ちゃんは生きてるって、あの子のお父さんが言うてたで。
だから俺は病院に行こうとして・・・・、」
「違うわ、マリは死んだの。彼女の魂はもうこの世にはいないわ。」
「ほな・・・麻理ちゃんが生きてるいうのはどういうことや?」
「ダーナがマリを殺したあと、その身体を奪い取ったのよ。
だから病院にいるのはマリじゃなくてダーナよ。」
「麻理ちゃんが・・・・・死んだ・・・・。」
麻理の父は、彼女が一度死んだと言っていた。そしてその後息を吹き返したと。
《じゃあその時に、ダーナが麻理ちゃんの身体を奪い取ったいうことか?》
麻理はもう死んでいる。この世にあるのは彼女の肉体だけだ。
そう思うと、涙を流して俯いた。
《また・・・またや・・・。なんで俺の周りの大事な人は・・・・・。》
アメルはそっと幸也の涙を拭い、慰めるように肩を撫でた。
「辛い気持ちはよく分かる・・・。けど今は悲しんでいる場合じゃないわ。
今すぐにマリの神話を持ってダーナの所へいかないと、取り返しのつかないことになる。」
幸也は鼻をすすりあげ、顔を上げて頷いた。
「そうやな。こんな地獄をみたいな光景を見せられたら、じっとしてるわけにはいかんわ。
俺・・・・何が何でもダーナを止めてみせる!絶対にや!」
アメルは励ますように頷いた。幸也はもう一度涙を拭い、車に駆けて行った。
妖精達が幸也のあとを追うが、アメルは両手を広げて叫んだ。
「待ちなさい!私はアメル。ダーナの妹であり、ダーナの影よ。
私の言葉に従って、大人しくしていなさい!」
妖精達は一瞬動きを止めたが、クスクスと笑って幸也に襲いかかった。
「もう・・・無理ね・・・。私の言葉じゃ止められない・・・。」
アメルは広げた両手をかざし、その中に風を集めていった。
それは渦巻くつむじ風となり、幸也に向かっていった。
妖精達は幸也に向かって炎を吹いたが、アメルの放った風が彼を守った。
「妖精よ。その人を傷つけることは許さないわ!」
アメルは再び風を集め、空まで届く風の柱を造った。
それは巨大な竜巻に変わり、飛び交う妖精達を次々と飲み込んでいった。
「コウヤ、あなたは私が守る!私の愛するケンイチの弟だもの。絶対に死なせたりしないわ!」
幸也は麻理の神話が入った鞄を掴んで、アメルの元に駆け寄った。
アメルは彼の手を取り、竜巻の中に飛び込んだ。
凄まじい勢いで空まで持ち上げられ、竜巻のてっぺんから投げ出される。
そのまま高く舞い上がり、麻理のいる病院に向かって飛んで行った。
「す、すごい・・・。」
幸也は興奮して街を見下ろす。
すると妖精達は、先ほどよりも激しさを増して街を襲っていた。
「アメル!あいつら何とか出来へんのか!?」
「無理よ。ダーナを止めない限りいくらでも湧いてくるわ。」
「で、でも・・・このままやったら街の人が・・・・、」
言いかける幸也の言葉を遮り、アメルは笑った。
「コウヤ、あなたはケンイチに似てとても優しい人だわ。
でも・・・ケンイチにはないものを持っている。」
「兄ちゃんにないもの?特殊な魂のことか?」
「ううん、違うわ。あなたにはあって、ケンイチにはないもの。それは勇気よ。
ケンイチはとても優しい人だけど、ちょっと臆病な所がある。
けどあなたは勇気を持った人。優しさと勇気、二つ合わされば強さに変わる。
不思議な魂と、強い心を持ったコウヤなら、きっとダーナの神話を止められるわ。」
アメルの身体が輝き、ぐんぐんと速度を増していく。
前方の空では、自衛隊の戦闘機やヘリが妖精と戦っていた。
こちらに気づいた妖精の一部が襲いかかってくるが、アメルは構うことなく突っ込んでいった。
妖精は特大の雷を放ってきたが、アメルは風を起こしてそれを防いだ。
「オテンバでヤンチャなダーナの子供達。ここはあなた達のいる世界じゃないわ。」
アメルはひゅっと息を吸い込み、勢い良く吹き出した。
それは荒れ狂う風となって妖精達を巻き込み、空の彼方へと消し去ってしまった。
そして戦闘機の横を飛び抜け、少しだけ振り返ってまた息を吹き出した。
戦闘機やヘリに纏わりついていた妖精達は、激しい風の中に消えていった。
パイロットはゴーグルを上げて、驚いた顔を見せていた。
《凄いなアメル・・・。さすがダーナの妹や。こら兄ちゃん尻に敷かれるで。》
アメルはさらにスピードを上げる。そして音速を越えて、あっという間に病院まで辿り着いた。
「やばい!病院まで襲われとる!」
「大丈夫、私に任せて。」
そう言って屋上に降り立ち、空に向かって手を上げた。
《夕焼けに浮かぶ幼い月よ・・・。ほんの少しでいいから、私に魔力を分け与えて。》
アメルがそう願うと、夕焼けの空に月が輝いた。
そして青と緑が織り重なるオーロラが現れ、、病院を包んでいった。
妖精は雷や炎を放つが、オーロラは音も無くそれを吸いこんでいく。
強引に中に入ろうとする妖精もいたが、オーロラに触れた瞬間に、砂のように崩れ去った。
「すごい・・・。何やこれ・・・?」
「ほんの少しだけお月様に力を貸してもらったの。でも長くは続かないわ。
あなたはその間にダーナの所へ行って。」
「アメルは?」
「私がここを離れたらオーロラが消えちゃうわ。だから早く!」
幸也は「分かった」と頷き、麻理の神話が入った鞄を握りしめた。
「絶対にダーナを止めてみせる。その時までアメルも無事でおれよ!」
「うん。コウヤのこと・・・信じてるわ。」
幸也は手を振り、病院の中へと走って行った。
「大丈夫、あなたならきっとダーナの神話を止められる。
それまで私は、絶対にここを守ってみせるわ!この命に代えても。」
アメルは空を見上げ、オーロラの外を飛び回る妖精を睨んだ。
妖精も憎らしそうにアメルを睨み、しつこく雷や炎を放ってくる。
「無駄よ。あなた達じゃこれは破れない。それにもしこのオーロラが消えても、私は戦う。
私はダーナの身代わりなんかじゃない。自分の意志で・・・自分の大切なものの為に戦うんだから!」
アメルは憲一と出会い、初めて恋をした。そして愛する人と共に過ごす喜びを知った。
そんな愛する人の弟が、命を張って戦おうとしている。ならば自分も、命を懸けてそれを守ろうと決めていた。
《コウヤは必ずダーナを止めてくれる。それまで・・・死んでもここは守ってみせる!》
アメルの気迫は妖精にも伝わり、じりじりとオーロラから離れていく。
しかしダーナの神話の完結は、もうすぐそこまで迫っていた。
遠い地平線の向こうでは、徐々に海が消えようとしていた。

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