ダーナの神話 第十話 書き換えられた神話

  • 2014.10.25 Saturday
  • 11:59
JUGEMテーマ:自作小説
二人のダーナ


ダーナは病院の窓から外を眺めていた。
綺麗なオーロラが病院を覆い、その向こうで妖精が飛びまわっている。
「アメル・・・とうとう裏切ったわね・・・。」
オーロラに触れて消えていく妖精達を見つめながら、ダーナは悲しい想いを抱いていた。
空を飛び回っている妖精は、元々は人間の魂だった。
集めた人間の魂から、お気に入りの者を妖精に姿を変えたのだ。
ダーナと共に月に行けるのは、この妖精達だけ。そうでないものはこの星に残していくつもりだった。
「ひどいわアメル。あなたが殺した妖精の中には、マリの弟だっていたかもしれないのよ。
なのにどうして・・・・・・。」
アメルが自分のことを嫌っているのは知っていた。
しかしここまで完全に裏切るとは思っておらず、深く傷ついていた。
自分のことを一番理解してくれていると思っていたのに、最後の最後で見放されてしまった。
誰も彼もが自分のことを嫌い、言いようの無いなしみと悲しみが渦巻いた。
「いいわ・・・誰もいらない・・・。妖精達さえいれば、ダーナの神話は完成するんだから。
いらないものはみんな消えちゃえばいいのよ。」
暗い感情は妖精にも伝わり、さらに凶悪さを増して街を襲う。
自分の邪魔をする者は全てが敵であり、ダーナの心は憎しみだけで満たされていった。
病院に残る者達が、慌てて地下に避難しようとしていた。
そして一人の看護師が、ダーナを見つけて駆け寄って来た。
「麻理ちゃん!目が覚めたの!?」
しかし部屋の様子を見て凍りついた。
「な・・・・・。」
言葉を失って固まる看護士を、ダーナは可笑しそうに見つめた。
部屋にはいくつもの死体が転がっていた。
集中治療室に入れられていたダーナは、この部屋にいる者を全て殺していた。
「ここには海から生まれた魂しかなかったの。看護士さんは私から生まれたみたいね。
じっとしてれば殺したりしないわ。」
「麻理ちゃんが・・・殺した・・・?」
「あなたは月へは行けないけど、この星に住むことは許してあげる。よかったわね。」
二コリと微笑むダーナに恐怖を覚え、看護士は後ずさった。
しかし我に戻ってダーナを抱きかかえ、部屋から駆け出して行く。
「麻理ちゃんも避難しないと!ここにいたら危ないから!」
看護士の腕の中で、ダーナはうんざりしたようにため息をついた。そして短く何かを唱えた。
すると突然看護士は倒れ、白目を向いて絶命してしまった。
彼女の身体から魂が抜け出し、ダーナはじっとそれを見つめた。
「じっとしてれば殺したりしないって言ったのに。馬鹿よね、ほんと・・・。」
そう言ってパチンと魂を弾き、跡形もなく消し飛ばしてしまった。
「どうしてみんな私の言うことを聞かないのかしら?ほんとに困った子達。」
後ろを振り変えると、地下に逃げようとする医者や看護士が走って来た。
患者を誘導しながら、引きつった顔で恐怖に怯えている。
「この病院って、ほとんど海から生まれた魂しかいないのね。」
ダーナは再び何かを唱え、ふっと息を吐き出した。するとこちらに向かって来た者は全員倒れ、そのまま死んでいった。
可笑しそうに笑いながら病院を駆け回り、次々に死体の山を作っていくダーナ。
海から生まれた者は殺し、自分の子供は残した。
そしてダーナのお眼鏡に叶う者は妖精に姿を変え、病院の中に解き放った。
妖精達は笑いながら炎や雷を放ち、病院を地獄に変えていく。
「うん、みんないい子ね。生き残った人達は大人しくしてなさいね。
でないと妖精にやっつけられちゃうわよ。」
ダーナは歌いながら駆け回り、妖精と共に踊った。
地獄としか言いようの無い光景の中で、楽しそうにはしゃいでいた。
死ぬ者、助かる者、そして妖精に姿を変える者。
すべてはダーナの意志に逆らうことが出来ず、何もかもが彼女の手に委ねられていた。
「もういいわ。そろそろ外に出ましょうか。」
妖精を引き連れ、ダーナは屋上に向かった。
そこには最愛の妹のアメルがいるはずだが、彼女も殺すつもりだった。
邪魔をするなら、例えアメルでも生かしておかない。
死体の山を飛び越え、まるでピクニックでも楽しむかのように、スキップをしながら進んでいく。
そして屋上へ続く階段を上ろうとした時、一人の男が駆けて来た。
脇に何かを抱え、ダーナに気づくと足を止めた。
「麻理ちゃん・・・、いや、ダーナか?」
「あなたは・・・コウヤね。ケンイチの弟で、おかしな魂の持主・・・。」
「そうや。海とお前の間に生まれた魂や。」
妖精達が幸也に向かって襲いかかろうとするが、ダーナは手を上げて止めた。
「じっとしてなさい。彼とはお話をしてみたかったの。」
ゆっくりと幸也に近づき、服の裾を持ってお辞儀をした。
「初めまして、私はダーナ。あなたの兄さんのことはよく知ってるわ。」
「そうか・・・。俺は加々美幸也や。お前に大切な人を何人も奪われた。
兄ちゃんも里美も、麻理ちゃんも・・・。」
「うふふ、ごめんね。でもケンイチはアメルが連れて来てって頼んだのよ。私のせいじゃないわ。」
「分かっとる。けど・・・俺はお前が許せんのじゃ。自分勝手に命を弄んで、気に入らんものは全部壊そうとする・・・。
お前も妖精も・・・全部悪魔や!お前がダーナの神話さえ創らんかったら・・・。」
幸也は悔しそうに顔を歪める。それを見たダーナは、ニコリと笑って彼の前に立った。
「私がいなかったら、アメルもケンイチも生まれていないわ。サトミだっけ?
その人も生まれてこなかったし、むしろ私に感謝するべきなんじゃないかしら?」
幸也は口を噤み、手に抱えたバッグを見つめた。
そして麻理の創った神話を取り出し、ダーナの前に差し出した。
「これは麻理ちゃんが創った神話や。お前と同じようにケルト神話を元にしとる。」
「知ってるわ。マリの弟と一緒に読んだもの。よく出来てるわよね。」
「それだけか?他に何も感じんかったか?」
「別に。よく出来てるなあって思っただけよ。」
幸也は「そうか・・・」と呟き、麻里の神話に目を落とした。
「この神話はな、ダーナの神話と違って、最後は改心するんや。」
「改心?」
「そうや。ここにはダフネいう神様が出てくるけど、彼女はお前と同じように憎しみを抱いとる。
全ての妖精を憎んで、妖精の島を平らげてしまうんや。
せやけど、そのことを後悔して改心するんや。最後は妖精の島を復活させて、守り神になる。それで妖精達と仲良く暮らすいう物語や。」
「それが?」
「ダーナの神話は海を憎んだままで終わる。海と、そこから生まれた魂を憎んだままや。
自分がやっとる間違いにも気づかんと、そのまま終わる。
自分がどれほど愚かで阿呆か、まったく気づかんまま終わるんや!」
幸也は怒りに満ちた目で叫んだ。しかしダーナは表情を変えない。
冷たい目をしたまま、ゆっくりと妖精達を振り返った。
「麻理は辛い思いをしたことがないからね。憎しみっていう感情を知らないのよ。」
「違う!麻理ちゃんかて弟を失って辛い思いをした。
けど・・・辛い経験をしたからこそ、誰かを傷つける愚かさを知っとるんや!
この物語のダーナはそのことに気づいた。だから最後に改心したんや!」
「自分の意志を貫く覚悟がなかっただけでしょ。要するに弱いのよ。」
「そうやない。アメルは言うとったぞ。勇気と優しさが合わさったら、強さになるって。
麻理ちゃんは両方持っとった。あの子は強い子やった。
弱いのはお前の方とちゃうか?だから改心することが出来んと、一人で突っ走っとんや!
そらみんなから嫌われるわな。誰だって、自分勝手な奴と友達になりとうないからな。」
「・・・・・・・・・。」
ダーナは何も答えず、ゆっくりと手を持ち上げた。
そして幸也を振り返り、二コリと笑った。
「あなたもお説教?ほんとにうんざりするわ。
誰も彼もが偉そうに・・・いったい何様のつもりかしら?」
「説教なんかとちゃう。当たり前のことを言うとうるだけや。
お前の周りの者は、みんなお前を心配しとったんとちゃうか?アメルかて、きっとお前のことは大事に想ってるはずや。」
「そんなことないわ。アメルは私を裏切った。私の影の分際で・・・・・。」
「そうや、彼女は影やった。でもそれに我慢出来へんようになった。
兄ちゃんに出会って、アメルは変わったんや。お前のことを嫌いになったわけとちゃう。」
「アメルのことを何も知らないくせに・・・・・。やっぱりお説教じゃない。」
「そうやない。俺はただ、お前にこの神話を・・・・・、」
「ああ!もういいわ!これ以上話すことなんてんない。
あなたも汚れた魂の持主よ。だって半分は海から生まれたんでしょ?」
ダーナの顔は憎しみに満ちていた。誰も自分のことを理解してくれない悲しさ。
そして誰も自分を受け入れてくれない苛立ち。それらをもう我慢出来なくなっていた。
「ほんとはね、もっと早くあなたを殺したかった。
でもあなたみたいな魂はダーナの神話に登場しないから、手が出せなかったのよね。
でも今は違う。私の神話が現実を飲み込み始めたから、あなたも妖精に殺されるわ。
可愛い私の子供たちが、魂まで食らい尽くす!」
ダーナの手が振り下ろされ、妖精達が一斉に襲いかかってきた。
《頼む・・・・頼むぞ!》
そう願いながら、幸也は麻理の神話を前に出した。
すると妖精達はピタリと動きを止め、お互いに顔を見合わせた。
ダーナは「なに・・・?」と驚いていたが、すぐに怒鳴り声を上げた。
「あなた達、何やってるの!さっさとそいつを殺しなさい!」
しかし妖精はその言葉を無視して、幸也の足元に降り立った。
「よっしゃ・・・・。よっしゃあああ!!」
「そんな・・・。」
ダーナは言葉を失い、信じられないというふうに立ち尽くしていた。
それを見た幸也は、ホッとため息をついた。
《麻理ちゃん・・・君の物語は勝ったで・・・。》
幸也は麻理の神話を持ったまま、ダーナに近づいた。
そして放心する彼女を見下ろし、そっと膝をついた。
「ダーナ。物語は書き足すことが出来るんや。特に神話ってやつはな。」
「・・・・・・・・・。」
ダーナは答えない。俯いたまま、虚ろな目で震えていた。
『海の中の妖精』
それは麻里が創った神話。
その下にはもう一つ、別のタイトルが付いていた。
「〜ダーナの神話 妖精の物語〜」
麻理はケルト神話を元にして、この神話を創った。
そしてダーナの神話も、ケルト神話が元になっていた。
幸也はそこに目をつけ、ダーナの神話の続編を創ろうと思った。
一度走り出した神話が止められないのであれば、その結末を変えてしまえばいい。
幸也はダーナの神話には登場しない魂で、いわば物語の外の人間だった。
登場人物が話を書き換えるのは無理だが、物語の外にいる人間なら可能かもしれない。
そこでダーナの神話の続編を書こうと思ったのだが、幸也にはそれだけの想像力がなかった。
だから麻理に頼んだ。この仕事を頼むのは、彼女しかいないと思ったから。
ダーナと似た彼女が、優れた想像力で物語を書けば、それは充分に続編と成りうるだろう。
そして最後に自分が手を加えて『〜ダーナの神話 妖精の物語〜』と副題をつければ、これで続編の完成である。
これをダーナの元へ持っていけば、きっとのこ神話が現実に押し寄せるだろうと考えていた。
ダーナは神様から与えられた力で、ダーナの神話を現実に持ち込んだ。
ならばこの神話をダーナの元へ持っていけば、同じように現実に押し寄せてくるに違いない。
なぜなら、どちらも『ダーナの神話』に変わりはないのだから。
神話は一人の人間が創るものではない。長い時間を経て、多くの人が関わりながら創られていくものだ。
その間に話は書き換えられ、継ぎ足され、形を変えながら完成していく。
『ダーナの神話』はダーナだけのものではない。
その物語を読んだ者ならば、誰でもそこに自分の世界を書き足せるのだ。
想像力を持ち、物語の外にいる人間なら誰でも可能なのだ。
幸也は麻理と力を合わせて、ダーナの神話を『進化』させた。
この世界に押し寄せたダーナの神話は形を変え、ダーナが望んだ未来ではなくり始めた。
言葉を失って立ち尽くすダーナに、幸也は静かな口調で言った。
「君は・・・こういう結果になると思ってなかったんやろ?
麻理ちゃんの神話が、何か厄介なことになるとは感じとったやろうな。
でも自分の神話が変えられるなんて、一つも考えてなかったやろ?」
「・・・・・・・・・。」
幸也はダーナの手を取り、麻理の神話を渡した。
ダーナの手は小さく震えていて、受け取った神話を暗い顔で見つめていた。
苦しみの中で創り上げた自分の神話が、他人の手によってあっさりと結末を変えられたことを、認めたくなかった。
「君がどれだけ辛い思いをしたかはよう知っとる。きっと俺なら耐えられへんかったと思う・・・。」
「・・・・・・・・。」
「でもな、なんで神様が君に力を与えたんか、よう考えてみたらええ。
神様はこんなことをさせる為に力を与えたんと違うやろ?
報われへんかった君の魂を憐れに思って、本当に月へ行けるようにしてくれたんや。」
ダーナは何も答えず、ぎゅっと麻理の神話を握りしめた。その顔には無念が滲んでいた。
「この世界は誰のもんでもあらへん。なんというか・・・言うなれば公園と一緒や。
みんなの物であって、誰の物でもない。だから一人の人間が好き勝手にすることは許されへんのや。」
ダーナは唇を噛み、呻くように呟いた。
「・・・知ってるわ・・・そんなこと・・・・・。」
「知ってるんやったら、なんで途中で引き返されへんかった?
これは俺の勘やけど、君は憎しみだけで動いてたんと違うんとちゃうか?」
持っていた神話を足元に落とし、ダーナは窓から外を見つめた。
まだオーロラは輝いていて、暴れていた妖精達は大人しくなっていた。
そしてどこからか大きな黒い影が現れ、長い舌を伸ばして妖精を食べ始めた。
それは麻里の神話に登場する、ダーナの怨念だった。
黒い影の前では、さすがの妖精も成す術がない。まるで米粒のように平らげられている。
「あれは君から生まれた化け物や。けど君とは別物や。君は・・・あんなに醜くあらへんやろ?」
幸也はそっと肩に手を置いた。
足元に散らばった麻理の神話に、ダーナの目から涙が落ちる。
「俺・・・君の気持ちが分かるよ・・・。物語が現実になったらどれほど楽しいやろうって、いつも思ってた。
それは君も一緒やろ?憎しみなんかやのうて、もっと純粋な心で物語を創ったはずや。
君はただ・・・楽しい物語の世界で、幸せに暮らしたかっただけや、そうやろ?」
麻理の神話に落ちる涙は、小雨のように数を増していく。
文字は黒く滲み、まるで川のように溢れだした。。
それは吸い込まれるように宙へ消え、光となって弾け飛んだ。
飛び散った光の粒子は、小さな妖精へと姿を変えた。そしてクスクスと笑いながら、ダーナの中に吸い込まれていった。
麻理の神話がダーナに乗り移り、その姿が変わっていく。
麻里の神話が現実に押し寄せたせいで、ダーナからダフネへと変わっていく。
憎しみと悲しみに満ちていた少女は、優しき心を持つ女神へと変貌を遂げた。
今まさに目の前で神話が描かれていることに、幸也は感動と興奮を覚えた。
本の中にしかなかった神話が、こうして現実に起こっている。まるで少年のように喜びに震え、息を飲んでダフネを見つめていた。
ダフネは妖精を飲み込む黒い影を見つめながら、静かな声で呟いた。
「私・・・自分が間違っていたなんて思わないわ。でも、もう少し優しくなってもいいかもしれない。」
そう言って幸也の方を振り向き、屈託のない顔で笑いかけた。
《ああ・・・これが、これが本来のダーナなんや。純真で、優しい笑顔や・・・。》
美しく輝く金色の髪に、透き通るような白い肌、そして空のように澄んだ青い瞳。
麻理の神話では月の女神ということになっているが、その姿は充分に月の女神の威厳と美しさを備えていた。
本物の女神に会えるとは思いもよらず、幸也の目尻はうっすらと光っていた。
「ねえコウヤ。あなたは言ったわよね、神話は書き足せるって。」
「そうや。神話は形を変えていくもんや。その証拠に、君はダフネになったやないか。」
「そうね・・・。あんなに憧れた月の女神になれるなんて、麻理に感謝しなくちゃね。」
そう言って周りの妖精達を見つめ、そっと頭を撫でた。
「このままじゃこの子達はみんな飲み込まれちゃうわ。それはあまりにも可哀想よね。
私の身勝手のせいでこうなったんだから、ちゃんと守ってあげないと。」
ダフネは幸也の手を取り、屋上へ続く階段を見上げた。
「一緒に行きましょう。あの黒い影を止めるのを手伝って。」
「もちろんや。もうこの神話を終わらせよう。」
そう言った時、幸也は異変に気づいた。なんと自分まで妖精に変わっていたのだ。
「な・・・なんやこれ!?なんで俺まで妖精に・・・・、」
「何を驚いているの?麻理の神話にはあなたも登場するのよ、妖精としてね。」
ダフネは幸也の手を引き、屋上に駆け上がった。
そして勢いよくドアを開けると、アメルが空を見上げながら立っていた。
「アメル!」
幸也が叫ぶと、アメルはこちらを見て驚いていた。
「ダーナ・・・?それにその妖精は・・・。」
「俺や、幸也や。神話好きが高じて、とうとうこんな姿になってしもたわ!」
アメルはしばらく言葉を失っていたが、すぐに状況を理解した。
「幸也!うまくいったのね!ダーナの神話を食い止めることに成功したのね!」
そう言って幸也を抱きしめ、嬉しそうに踊っていた。
「ちょ、ちょっと!目え回るがな・・・。」
「あはは、ごめん。でもその姿似合ってるよ。」
アメルは嬉しかった。幸也のおかげで、悲しい結末は食い止められた。
そして・・・月の女神に変わった姉に微笑んだ。
「ダーナ・・・ごめんね・・・。私まであなたの元を離れて・・・。」
ダフネは黙って首を振り、足元に目を落としながら言った。
「いいの、悪いのは私だから。お姉ちゃんのくせに、ずっと妹に甘えっぱなしだったみたい。私の方こそ・・・ごめんね。」
「・・・・ダーナ・・・。」
幸也はアメルを見上げ、ペシペシと手を叩いた。
「なんや、みんな泣いてばっかりやな。」
「だって・・・。」
アメルは目を真っ赤にしながら、最悪の結末が食い止められたことに、心底ホッとしていた。
ダーナは変わった。幸也も無事だった。それに何より、これからも憲一と一緒に暮らせるかと思うと、涙を抑えることが出来なかった。
しばらくにこやかな雰囲気に包まれていたが、三人は笑いを止めた。
大きな黒い影が近づいて来たのだ。
目に映る物全てが憎く、負の感情しか持たない黒い影。
ダフネの憎しみから生まれた怪物が、全てを無に還そうとしていた。
「来たわね、私から生まれた怪物が・・・・・。」
ダフネは自分の分身を睨み、皆を守るように立ちはだかった。
黒い影は病院に迫り、その手を伸ばして来る。
病院を覆うオーロラが、巨大なその手を弾いた。
しかし黒い影は止まらない。何度も手を叩きつけ、遂にはオーロラを引き裂いてしまった。
「おい!やばいぞ!」
幸也が叫ぶと、ダフネは黒い影の方に歩きながら言った。
「みんなは後ろに下がってて。」
「ダーナ!危ないわ!」
アメルは引きとめようとしたが、ダフネはニコリと笑って言った。
「大丈夫、心配しないで。今の私はダーナじゃなくてダフネ。月の女神なんだから。」
アメルは心配そうに見つめ、私も戦うと言おうとした。
しかし幸也は「待て待て」と手を叩いた。
「ダーナは成長したんや。あの子の中にはもう憎しみはない。今は強くて優しい月の女神なんや。」
「でも・・・・ダーナ一人じゃ・・・・。」
オーロラを引き裂いた黒い影は、憎しみの目でダフネを睨んだ。
「あなたは私であって私じゃない。でも・・・あなたの気持ちは分かるわ。」
ダフネは目を閉じ、魔法の言葉を呟いた。
それは強力な風となって渦を巻き、黒い影を縛り上げた。
しかし黒い影の方も負けてはいない。長い舌を伸ばして、ダフネを巻き取ってしまった。
「ダーナ!」
「来ちゃダメよ!コウヤとアメルには神話を書き換えてもらわなきゃいけないの!
そして・・・空想と現実の世界を切り離して!」
「空想と現実を切り離すって・・・。そんなのどうすればいいの!?」
「アメルなら出来る!だって・・・アメルは神様が生み出した命だから。
あなただって、私と同じように神様に愛された一つの命。
だからすぐにケンイチとマリのところへ飛んでいって!」
「ケンイチとアメルのところへ・・・・?」
幸也とアメルは、顔を見合わせて首を捻った。
「いいから早く!でないと全ての妖精が飲み込まれちゃう!コウヤだって消えちゃうのよ!」
それを聞いた途端、アメルの表情が変わった。
「コウヤ!ケンイチとマリのところまで行きましょう!」
「いや、でもダフネが・・・。」
「いいから!きっとダーナには何か考えがあるのよ!」
アメルは風を集めて空に舞い上がった。
そして瞬く間に音速を越え、ケンイチとマリのいる渓流へと向かって行った。
「みんな、私のせいでごめんね・・・。」
自分の生み出した化け物のせいで、皆を危険に晒してしまった。
ダフネはギュッと胸を抑え、黒い影を睨みつけた。
「あなたの好きにはさせないわ。アメル達が戻って来るまで大人しくしてなさい!」
黒い影は、ダフネの風を振りほどいて暴れ回った。大きな手で妖精を掴み、次々に飲み込んでいく。
「やめて!その子達を食べないで!」
ダフネも黒い影の舌をふりほどき、ふっと息を吐いた。すると水の泡が立ち昇って、ぶくぶくと黒い影を包んでいった。
「みんな、今のうちに遠くへ逃げて!」
妖精達はパニックになりながら、蜘蛛の子を散らしたように逃げて行く。
しかし待ち構えていた戦闘機に攻撃され、爆炎を上げて消し飛んでしまった。
「ああ!やめて!もうその子達は暴れないから!」
妖精も負けじと応戦し、空中では激しい戦いが起こる。
雷とミサイルが飛び交い、さながら戦場のようになってしまった。
「ダメ!そんなことしてる場合じゃないのに・・・。」
黒い影はその隙に水の泡を飲み干し、妖精と自衛隊に目を向けた。
そして獣のように大きく吠え、腕を伸ばして襲いかかった。
妖精も戦闘機も鷲掴みにされ、黒い影の口に飲み込まれていく。
地上でこちらを見上げていた自衛隊や機動隊も、長い舌に巻かれて食べられてしまった。
「お願い!もうやめて!そんなことしたら後悔が増すだけよ!」
しかし黒い影は止まらない。人も妖精も、そしてビルも車も、目につくものは全て平らげていった。
街の半分は更地のように何も無くなり、応援に駆けつけた自衛隊もあっさりと飲み込まれていく。
逃げのびた妖精は、怯えながら身を寄せ合っている。
黒い影は雄叫びを上げ、舌を伸ばして襲いかかった。
「みんなじっとしてないで逃げて!」
ダフネは魔法を唱え、アーチ状の水の橋を作り出した。
それを黒い影の頭まで伸ばすと、橋を駆けて飛び乗った。
「大人しくしなさい!でないと痛い目に遭わすわよ!」
黒い影は鬱陶しそうに手を振るが、ダフネはそれをかわして何かを呟いた。
すると途端に黒い影は苦しみ始め、手をついて動きを止めた。
「みんな、今のうちにもっと遠くへ逃げるのよ!大丈夫、私が守って・・・、」
その時、突然背後で爆炎が上がった。
自衛隊の戦闘機が、黒い影にミサイルを撃ち込んだのだ。
ダフネは水の壁を造って身を守った。しかし凄まじい爆風のせいで、宙に投げ出されてしまった。
「きゃあああああ!」
ダフネは真っ逆さまに落ちていく。しかし咄嗟に妖精たちが助けに来た。
ダフネを持ち上げ、黒い影から逃げていく。
「ありがとう。でもここにいたら危ないわ。私はいいからみんな逃げて。」
しかし妖精はぶるぶると首を振って、ダフネを安全な場所まで運んでいった。
黒い影は憎らしそうにこちらを見つめるが、ダフネの唱えた呪文のせいで動けなかった。
そこへまたミサイルが直撃し、黒い影は怒りの声を上げて戦闘機を振り返った。
「ダメだって言ってるでしょ!刺激しちゃ怒るだけよ!」
必死に訴えるダフネだったが、その声は届かなかった。戦闘機は長い舌に巻き取られ、次々と飲み込まれていく。
神話の筋書きを変えない限り、黒い影は暴れ続ける。全ての妖精を平らげて、後悔の念を抱くまで破壊と殺戮は止まらない。
《アメル、コウヤ・・・。早く戻って来て・・・。》
ダフネは後悔していた。
空想を現実に持ち込むことが、どれほど危険なことかを。
幸也の言う通り、神様はこんなことの為に力を与えたのではなかった。
そのことを知っていながら、憎しみに任せて力を使ったことを悔やんでいた。
《お願い神様・・・。もう特別な力なんていらないから、世界を元に戻して。
空想の世界を、現実の世界から追い払って・・・お願い・・・。》
祈るダフネであったが、その願いが届かないことは知っていた。
神様はいつも見ているだけ。そして気が向いた時だけ力を貸してくれる。
こちらから懇願した時は、絶対といっていいほど力を貸してくれなかった。
《酷いわ・・・何もしてくれないなんて・・・。やっぱり神様は身勝手なんだ・・・。》
辛い過去が蘇り、生きている時に何もしてくれなかった神様を憎んだ。
そして余計な力を与えて、普通に死なせてくれなかった神様を恨んだ。
黒い影の暴虐は止まらない。妖精も人間も、何もかも平らげようとしている。
この破壊の先には平和が訪れる筋書きだが、もうこんな光景を見るのは耐えられなかった。
《早く・・・早く戻って来て・・・お願い!》
透き通る瞳から、海のように青い涙が流れ落ちた。

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