第八話 無駄な努力もたまには実るさ(3)

  • 2010.04.24 Saturday
  • 11:40
 人気の少ないショッピングモールの屋上で罵声を上げながらののしり合う、晴れた日の休日。
この休日は、俺の正しい過ごし方でないことは確かで、家で惰眠を貪ることと天秤にかけても確実に惰眠の方が有意義な気がする。
屋上にまばらにいた人達は、最初はこの修羅場を面白そうに眺めていたが、気が付けばみんな何処かへ消えていた。
過激なアトラクションも、長く眺めていれば嫌気がさして飽きてきたのだろう。
今屋上にいるのは俺と罵り合っている三人だけである。
頭が完全に沸騰しているスキナーはもうどんな理屈も受けつない様子であったが、それを必死に奥さんとニコライがなだめている。
俺もそろそろこの無意味な罵り合いに付き合わされるのはごめんなので仲裁に入ることにした。
「みんなとりあえず落ち着こう。スキナー、君はそれでもFBIの人間か?
冷静さを欠くにもほどがある。少しは頭を冷やすんだ。」
俺の言葉で一旦罵り合いは止まり、スキナーは頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「あなた、ごめんなさい・・・。こんなことになるなんて。
おなたを傷付けたことを謝るわ。」
奥さんは申し訳なさそうにスキナーの肩に手を置いてそう言った。
スキナーは声を殺して泣いていて、細かく震える肩からはいつもの毅然としたスキナーからは想像も出来ないほど惨めに見えた。
「くそう。何でなんだ。やはり俺が包茎だから・・・。」
いつまで言ってるんだ!
さっきからそればかりである。
「あ、あの、その。こんな大事になるなんて・・・。
すみません。僕は奥さんと不倫をしていました。1ヶ月前に奥さんが道端でナマズの飼い方という本を落としたのを僕が拾ったことがきっかけなんです。
目を見た瞬間に野菜的な奥さんの顔にビビっときて、それで僕の家に誘った所から始まったんです。
最初は軽い気持ちだったんですが、だんだん深い仲になっていって・・・。
でも信じて下さい。僕は何処かでけじめをつけて関係を終わらせるつもりだったんです。
だって、奥さんが本当に愛しているのは旦那さんなんだって付き合っているうちに分かったから。
ちなみに僕は包茎じゃありません。」
「このお!」
途中までは大人しく聞いていたのに、包茎じゃ無いと分かった途端に怒りだしたスキナーを俺は制止し、これ以上怒ると体に悪いぞと言ってなだめる。
「あなた。ごめんなさい、不倫なんかして。
でも信じて。私が愛しているのはあなただけなのよ。
君のそのカボチャのような栄養たっぷりな顔と、大豆のようなタンパク質豊富な感じの性格に惚れた。
俺を一生支えてくれってプロポーズしてくれた言葉は今でも忘れないわ。」
奥さんは涙を流しながらニンジンが描かれたハンカチで口元を押さえている。
どこまでも野菜的な人だ。
「ニコライ、ごめんなさい。あなたとの関係は今日で終わりよ。
やっぱり私にはこの人しかいないから。」
「いや、僕の方こそ申し訳ない。
実は今日のデートが終わったら、僕の方もそろそろこの関係を終わりにしないかと言おうとしていたんだ。
こんな関係はいつまでも続けておくべきじゃないからね・・・。」
どうやら奥さんとニコライは話しがついたようだ。
問題はスキナーだが、この二人を許してくれるのだろうか?
スキナーはまだ泣いていて、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭っていた。
「お前、どうして浮気なんかしたんだ?やっぱり俺が包茎だから・・・。」
まだ言うか。
「そんなことで浮気なんかするわけないでしょう。あなたの包茎なんか27年間付き合ってきてもうとっくに慣れているわよ。
ただ最近は仕事が忙しいからってあまり二人の時間が持てなかったじゃない。
それで寂しくなってつい・・・。」
「そうなのか?」
涙で赤くなった目でスキナーが奥さんを見上げる。
「私はもっとあなたとの二人の時間が欲しかったの。
でも仕事の邪魔は出来ないと思ってすっと我慢していたのよ。
それで寂しさを紛らわそうとナマズでも飼おうと思ったの。
ナマズの飼育の本を買って、その帰りにニコライと出会ったのよ。
でもね、信じて。私が本当に愛しているのはあなた一人だけよ。」
「エムリン・・・。」
スキナーは立ちあがって奥さんを抱きしめた。
奥さんもスキナーを抱きしめ、ここに今回の浮気の事件は決着をみたことになるのだろう。
「スキナーさん、本当に申し訳ない。
今後二度と奥さんには近づきません。」
ニコライが真剣な顔でスキナーに謝った。
「今回のことは仕事にかまけてエムリンに寂しい思いをさせていた私にも原因がある。
包茎、包茎と叫んで悪かったな。
もう私の妻には手を出さないと誓うのなら今回のことは水に流そう。」
スキナーはいつもの毅然とした態度に戻っていて、ニコライに対しても大人の対応を見せている。
「勿論です。もうあなたの奥さんに手を出すことはありません。」
奥さんは二コリと笑ってニコライに別れの言葉を言った。
「あなたにも迷惑をかけたわね。もう会うことは無いでしょう。
さようなら。」
俺は何故かちょっと感動し始めていた。
「いや、悪いのは僕の方だから。
どうやらもうここにいてはお二人の邪魔になるようだ。
僕はさっさと退散しますよ。
ではお二人ともお幸せに。」
ジャック・バウアーのように格好をつけて走り去るニコライは、少しだけ本物のニコラス・ケイジに見えた。
しかし屋上から去るときに見せた、本人にとっては最高のつもりの笑顔はやはりくたびれたニコラス・ケイジだった。
「さて、事件は片付いたな。俺もそろそろ帰るとするよ。」
「こんなことに巻き込んですまなかったな、モルダー。
お礼に次回のキャサリンの餌やりは私が代わるよ。」
「気にしなくても、ローテーションから言って次は君だ。
それは俺が代わるよ。
キャサリンとランデブーする時間があったら、奥さんを大事にしてあげることだ。」
「モルダー・・・。」
俺はやっと帰れると思い、大きなあくびをしながらエレベータへ向かう。
去り際に二人の会話が聞こえてきた。
「あなた、随分包茎のことを気にしているのね?」
「う、うむ。そのせいで君を満足させられずに浮気されたんじゃないかと疑ったくらいだからな。」
俺は少し足を止め、二人の会話に耳を傾けた。
「うふふ、私は知っているわよ。あなたが私の為に努力してくれていることを。」
「何のことだ?」
「いやねえ、毎日お風呂でムキムキして鍛えているんでしょう。」
「何故知っている!?」
「分かるわよ。だって最近のあなたのあれ、感度が違うもの。
いつもより長くお風呂に入っていると思っていたらそんなことをしていたのね。」
「う、うむ。」
普通に聞いているとおそろしく恥ずかしくなる会話だった。
「でもそれは全て私を思ってくれてのことじゃない。
だから私はあなたのあれの感度が上がる度に嬉しくなったわ。
だってその分だけ私は愛されているってことじゃない。
あなたの努力、とっても嬉しいわ。
愛してるわよ、あなた。」
「俺もだ、エムリン。」
振り返って見なくても、二人が抱き合っていることは分かる。
恥ずかしく聞いていた会話だが、その中に少し感動も混じっている。
よかったな、スキナー。
無駄な努力もたまには実るさ。
俺はまたあくびをしてエレベーターに乗り、一階のボタンを押して目をつぶる。
やれやれといった休日だった。
今さら帰って惰眠を貪ろうかという気にはなれず、本気で先ほどのセガール似の男のスクワットに混じろうかなんてイカれた考えまで出てくる。
エレベーターが一階に着き、俺は出口に向かって足を進める。
そしてふと出口の近くで外を見るとやはりセガール似の男はスクワットを続けていた。
警官と一緒に。
そしてニコライも一緒に。

                              第八話 完
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