勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第四十五話 天を突く光(6)

  • 2014.12.12 Friday
  • 12:20
JUGEMテーマ:自作小説
ダキニの尻尾にじいさんが噛みついている。
稲荷の姿に変化して、大きな牙を突き立てていた。
「じ・・・じいさん・・・。すっかり忘れてた・・・・。」
じいさんは俺を見つめ、ニヤリと笑う。そして力任せにダキニを投げ飛ばした。
「このジジイ!まだくたばってなかったか!!」
ダキニは空中で一回転し、爪を振って襲いかかってきた。
じいさんは間一髪でそれをかわし、「忘れるなんて冷たいのお」と笑った。
「有川君、早くベンジャミンの所へ行って来い。ここは儂が何とかするから。」
「な・・・なんとかって・・・じいさん勝てるのか?」
「・・・・・微妙に無理。」
「じゃあダメじゃんか!」
「仕方ないじゃろう。ダキニは恐ろしいほどパワーアップしとるんじゃから。しかしまあ・・・時間は稼いでみせるわい。」
「時間・・・?」
「ウズメがオオクニヌシ殿に伝えたんじゃろう?ならばもうじき使いの者を寄こして下さる。それまでの辛抱じゃ。」
そう言って大きな尻尾を振り、「行け!」と叫んだ。
「これより先は神の争い事!人間が立ち入れる領域ではない!」
「じいさん・・・・。」
俺は思った。きっとじいさんは死ぬ気だと・・・・。
でも・・・それは納得いかない。出会って半日も経ってないけど、それでもこの憎めないじいさんを死なせたくはなかった。
「じいさん・・・人間だって戦えるぞ。だってこんなに良い物を持ってるんだからな!」
俺は文江さんのプロマイドを握りしめ、ダキニの前に立った。
「おいダキニ!これをやるよ!」
そう言ってプロマイドを放り投げると、パクリと咥えた。
「何これ?・・・・・ヨモギの写真?」
「そうさ。なんでも幽霊を追い払う力があるらしいぞ。ありがたく取っとけ!」
「はあ?何をわけの分からないことを言ってんの?」
ダキニはペッとプロマイドを吐き捨て、じいさんに襲いかかった。
「エロじじい!両足とも棺桶に突っ込んでやるわ!」
「むうん!年寄りとて甘く見るなよ!」
巨大な稲荷がぶつかり合い、激しい戦いが起きる。
ダキニは勢いに任せて押し切ろうとするが、「あれ?」と動きを止めた。
「・・・・なんだか・・・力が・・・・抜けてるような・・・・。」
そう言って自分の身体を見ると、中からたくさんの浮幽霊が出て来た。
「ちょ・・・ちょっと!勝手に出るんじゃない!!」
浮幽霊たちはワラワラと出て来て、文江さんのプロマイドに向かって行く。
そして膝をついて手を合わせ、《ありがたや・・・ありがたや・・・》と祈り始めた。
《成仏したい・・・》《どうか天国へ・・・》《なんて優しい笑顔のおばさん・・・私を神様の元へ導いて下さい・・・》
浮幽霊たちは口々にそう願い、一人一人天へと昇っていく。
それを見たダキニは、「何なのよアレは!?」と叫んだ。
「なんでヨモギの写真にあんな力があるわけ!?」
信じられないというふうに首を振ると、じいさんが「人柄じゃな・・・」と答えた。
「ヨモギは稲荷の中でも特に優しい。それに最近はクリスチャンになったとか。」
「それが何!?どうして下っ端稲荷にあんな力が・・・・、」
「だから人柄じゃろう。苦しむ魂は、いつでも救済を求めるおるものじゃ。ヨモギの持つ優しさ、それにクリスチャンとしての慈愛の精神が、浮幽霊たちを鎮めておるのじゃ。」
「そ・・・そんな!そんなのってアリ!?だってアイツは稲荷で、クリスチャンだからってそんな・・・・、」
「別に不思議なことではないぞ。元々この国の神々は自由奔放。仏教に帰依した八幡神だっておるし、異国の神を祭る神社もある。であれば、稲荷がキリストの神を崇めたとて、万物を神とする八百万の精神には反すまい?」
「そ・・・そんな・・・何なのよそのいい加減な理屈は!?私はそんなの認めない!!せっかく妖怪から神になったのに・・・・こんな馬鹿げたことって・・・・。」
「いい加減じゃからこそ、お主は妖怪から神に成れたのであろう?そうでなければ、妖怪のまま悪者とされておったはずじゃ。」
「・・・うう・・・うぐぐ・・・・ウウウオオオオオオオオオン!!」
ダキニは天に向かって吠えた。稲妻のような叫びは空まで届き、割れた雲から一筋の光が射した。
その光はダキニの顔を照らし、見る見るうちに人の姿に戻っていく。
「ダキニよ・・・・これ以上争っても無駄じゃ。天におわす太陽の女神が、お主の悪行をしかと見ておられる。もしこれ以上暴れるようであれば、お主は本当に神の座を追われるぞ?」
「・・・・・・・・・・。」
「もうじきここへオオクニヌシ殿の使いが来る。それまで大人しくしていることじゃ。」
「・・・・うう・・・ああ・・・ああ・・ああああ・・・・・。」
ダキニはその場に膝をつき、天を仰いだまま黙り込んだ。
「じいさん・・・・いったいどうなってんだ・・・・?」
「もう大丈夫じゃ。これ以上暴れたりはせん。」
「で・・でも・・・ダキニのことだから、またいつ暴れ出すか・・・・、」
「問題ない。もしそうなたっとしても、儂が止めて見せる。お前さんのおかげで、ダキニは力を失くしたからのう。」
そう言ってじいさんは文江さんのプロマイドを見つめ、小さく笑った。
「有川君よ、たまきは責任を持って儂が助けよう。だから行って来なさい。友を助ける為、ベンジャミンの社へ・・・。」
じいさんは大きな尻尾を動かし、早く行けというふうに振った。
俺は放心しきったダキニを見つめた。天から射す光はまだ降り注いでいて、彼女の顔を美しく照らしている。
その顔は憑き物が落ちたようにスッキリしていて、そのままずっと天を仰いでいた。
「・・・・ダキニ・・・もう悪さはしないでくれよ。お前だって、この国を治める神様の一員なんだから。」
俺はダキニに背を向け、沼を後にした。
後ろから沖田とマサカリたちがついて来て、俺の横に並ぶ。
「なんだか分からないけど、とりあえずダキニは大人しくなった。後はベンジャミンだけだ。」
「そうだな・・・。アイツ・・・俺たちの説得に応じてくれるかな?」
「さあな・・・。でもけしかけたのは俺だから、責任は取るさ。藤井のことや、お前の猫を蹴飛ばしたことも含めてな。」
沖田は前を走り、「早く来い!」と叫んだ。
「翔子さんも心配だけど、モンブランのことも気になる。どうか無事でいてくれよ!」
モンブランのことはとても心配だけど、藤井が一緒にいてくれる。それだけで大きな心の支えだった。
とりあえず俺は、翔子さんを助けることに集中しないといけない。
藤井のいない一年、翔子さんには色々と助けてもらった。仕事を紹介してくれたり、動物を助ける活動を手伝ってくれたり。
しかも・・・こんな俺を好きだと言ってくれた・・・・。
《翔子さん、今行きますからね!無事でいて下さいよ!》
山道を駆け抜け、あの小さな神社に辿り着く。
沖田がそっと手を伸ばすと、鳥居の先の空間がグニャリと歪んだ。
「じゃあ行くぞ、俺の手を掴め!」
沖田の差し出した手を掴み、鳥居を睨んで息を飲む。
動物たちも周りに集まって来て、神妙な顔で俺を見上げた。
「これが最後だな・・・・。翔子さんを助けて、もうそろそろこんな厄介事は終わらせよう。」
俺たちは頷き合い、鳥居の中へ飛び込んで行った。
小さな鳥居は掃除機のように俺たちを吸い込み、ベンジャミンのいる神社へ飛ばしていく。
激しい風が身を包み、遠い道のりを超えてワープしていく。
そして・・・・見たこともない神社に出た。
大きく頑丈そうな鳥居に、お金の掛っていそうな新しい社。
その新しい社の前に、三人の人影があった。一人はアカリさん、しかし後の二人は知らない人物だった。
一人は若い男で、もう一人は気の強そうな美人。
みんなが俺の方を見つめていて、アカリさんが足早に駆けよって来た。
「悠一君!無事だったんだね!」
「ええ・・・ウズメさんが来てくれたから。でも今はそれより・・・・、」
俺は目の前の社を睨み、ゆっくりと歩いて行った。そして鐘の前で立ち止まり、閉じられた扉を見つめた。
社の奥から獣臭い気配が漂っている。怒るベンジャミンの気が、社全体を覆っていた。


            *


この神社はヤバイ・・・。なぜって?僕の勘がそう言っているからさ。
別にモルダーとスカリーじゃないけど、思わずそう言いたくなってしまう。
《ベンジャミンの奴・・・よっぽど気が立ってるな。まあ無理もないか、人質を取って立て篭もってるんだから。》
ベンジャミンは追い詰められている。
稲荷の長になる為に誘拐をしたのに、今では稲荷でいられるかどうかも怪しいのだから。
《きっと普通に説得しても出て来ないだろうな。かといって今さら沖田が謝ったところで、ちょっと無理そうだな・・・。》
社から漏れるベンジャミンの怒りは、身も凍るほどのものだった。
ここまで怒っているとは思わなかったので、もう沖田に謝らせる作戦は通用しそうになかった。
《勢い込んで来たのはいいけど、どうやって説得するか全く考えてなかったなあ・・・。
下手に刺激すると危険だし、かといってこのままだとジリ貧だ。いったいどうすれば・・・・、》
社を睨みながら考えていると、「あの・・・・・、」と声がした。
振り返ると、そこには先ほどの若い男が立っていた。オロオロとした仕草で、上目づかいに俺を見つめている。
《誰だこの人?高そうなスーツを着てるけど、翔子さんの会社の人か?》
じっと男を睨んでいると、「・・・有川さんですよね?」と尋ねられた。
「え?ああ、俺は有川だけど・・・・アンタ誰?」
そう尋ね返すと、男はピシッと背筋を伸ばした。
「ぼ・・・僕は冴木晴香といいます!稲松文具の社長をやっております!」
「しゃ・・・社長!?」
「はい!・・・・て言っても、就任したのはつい最近ですけど・・・・。」
冴木とやらは、苦笑いしながら頭を掻いた。
《まだ随分若いな。きっと俺より年下だろう。それなのに社長って、いったいどれだけ仕事が出来るんだろう。》
感心した眼差しで見つめていると、冴木君は恥ずかしそうに手を振った。
「こんな若僧が大企業の社長だなんて、ちょっと信じられないでしょ?」
「・・・正直、ちょっと疑わしいな。もしかして前の社長の息子さんとか?」
「いえいえ!そんなんじゃありません!これにはちょっと事情がありまして・・・・、」
冴木君が説明しようとした時、もう一人の見知らぬ人物が口を開いた。
「今はそんな話をしている場合じゃないでしょ?翔子ちゃんの身が懸かってるんだから。」
そう言ったのは、肩からカメラをぶら下げた美人だった。
女性にしてはかなり逞しい筋肉をしていて、ラフな服装から引きしまった二の腕が覗いていた。
「有川悠一さん・・・・で間違いなないのよね?」
そう言って気の強そうな顔をこちらに向けた。
「ええ、そうですけど・・・・あなたは?」
「ん?翔子ちゃんの友達よ。御神祐希っていうの。フリーのライターをやってるわ。」
御神さんとやらはカメラを掲げ、ニコリと微笑んだ。
「あなたのことは翔子ちゃんから聞いてるわ。随分と彼女のお気に入りなんだってね?」
「お・・・お気に入り・・・ですか?」
「知らないの?翔子ちゃんってあなたのことを話す時は、すんごく嬉しそうなんだから。きっとアレは恋してるわね。」
そう言ってニヤリと笑い、冴木君の肩を叩いた。
「社長も負けちゃダメよ〜。ウカウカしてると有川さんに取られちゃうわよ。」
「だから・・・その社長っていうのはやめて下さいよ!どうせ今だけなんだから・・・。」
「それもそうね。本当ならそのクビさえ危ういだもんね。」
そう言ってまた冴木君の肩を叩いていた。
「あ、あの・・・・、」
「ああ、ごめんね。今は冴木君のことなんてどうでもいいわね。」
御神さんは社の前に立ち、険しい顔で睨んだ。
「実はね・・・私は翔子ちゃんと一緒に、密猟者を追いかけていたのよ。」
「み・・・密猟者?」
「ええ。彼女から相談を受けてね、私たちで調べていたの。」
「そういえばそんなこと言ってたな。そっちの筋に詳しい人がいるって。じゃあそれが御神さんだったわけですか?」
「そういうこと。商売柄色んな所に顔が利くもんでね、アレやコレやとコネを使って追いかけていたのよ。」
「アレやコレや・・・ですか?」
「そう、アレやコレやでね。」
そう言ってウィンクを飛ばし、再び社を睨んだ。
「そのアレやコレやの甲斐あって、ようやく密猟者を捕まえることが出来たってわけ。情報は全て警察に渡したから、刑務所行きは確実ね。」
堂々と言い切るその姿は、どこかたまきに通じるものがあった。
どうやら俺の周りには、気の強い女が多いらしい。
「でもね、密猟者を追ううちに、ちょっと厄介な出来事があったのよ。」
「厄介な事・・・・?」
そう尋ねると、御神さんは社を指差した。
「この中に立て篭もってるお稲荷さんに出くわしたのよ。」
「べ・・・ベンジャミンに!?」
「あのベンジャミンっていう男、裏じゃかなり有名な金貸しでね。そいつが私に絡んで来たのよ。」
「絡むって・・・・脅されたってことですか?」
「いいえ、その逆。密猟者を捕まえるのにに手を貸してくれたのよ。自分の知りうる限りの情報を教えてくれて、何ならボディガードまでしようかって言ってくれたわ。」
「なんでボディガードですか?」
「だって相手は密猟者だもの。何かあったらマズイでしょ?」
「ああ、確かに・・・・。」
「ありがたい話だけど、私は自分の身くらいは自分で守れる。だから情報だけ教えてもらったわ。けど・・・どうにも引っ掛かったのよねえ。有名な金貸しが、どうして密猟者を捕まえるのに手を貸すんだろうって。だからこれもアレやコレやのコネで調べていくうちに、どうもベンジャミンは、密猟者を憎んでいるんじゃないかと思ったわけ。アイツは金貸しのクセに、やたらと動物には優しいのよ。それに・・・過去には密猟者を殺したことがあるみたいだし・・・・。」
それを聞いた俺は、沖田の方に目をやった。沖田は目を逸らし、険しい顔で怒りを抑えていた。
《この御神って人・・・どんなコネを持ってるんだよ。よくここまで調べたな。》
感心しながら見つめていると、ニコリと笑われた。
「あの・・・・今の話は翔子さんも知ってるんですか?」
「いいえ、彼女は知らないわ。ベンジャミンには会ったことすらないから。」
「いや、そんなはずはないですよ。翔子さんは一度ベンジャミンに会っています。その時に俺を助けてくれたんだから。」
そう言うと、御神さんは「それホント?」と目を向けた。
「ええ、ベンジャミンが言いがかりをつけて、金を寄こせと言ってきたことがあるんです。その時に翔子さんが助けてくれたんですよ。」
「・・・・・そう。じゃああの子黙ってたのね。」
御神さんは「まったく・・・」と呟き、「何か理由があるんでしょ?」と尋ねた。
「ええ。俺を助ける為に、七億も肩代わりしてくれたんですよ。」
「七億?ちょっと大きな数字ね。」
ちょっとどころではないと思うが、御神さんは「七億か・・・」と呟いていた。
「あの子・・・きっと私や冴木君に余計な心配をかけまいと黙っていたのね。相変わらず意地っ張りな子だわ。」
そう言ってから、突然カメラをいじり出した。
「ベンジャミンのことを調べていくうちに、アイツが金貸し以外のことをやっているのに気づいたの。」
「金貸し以外のこと・・・・?」
「ええ、動物を助けるボランティアをしてたのよ。ほら、コレ。」
そう言ってカメラの液晶を見せられると、そこにはやたらと厳つい顔の男が写っていた。
高そうな白いスーツに、プロレスラーのようなガタイ。それに写真でも分かるほど堅気じゃない雰囲気を出している。
そんなゴツイ男が子犬を抱きしめ、笑顔で周りに話しかけていた。
「これがベンジャミンが人間の時の姿か・・・。まさか動物愛護のボランティアまでやってたなんて・・・。」
「意外でしょ?金貸しが動物のボランティアだなんて。ベンジャミンは無類の動物好きなのよ。
だから密猟者を捕まえるのに手を貸してくれたわけ。
けど・・・ちょっとやり過ぎな所もあってね。見つけた密猟者をその場で殺そうとしたのよ。」
「こ・・・殺すですって!?」
「ええ、なんとか私が止めたけど、あの時のベンジャミンの顔・・・・人間のものじゃなかったわ。まるで猛獣みたいな顔をしていた。私も商売柄色んな人に会ったけど、あんな奴は初めてだった・・・。だから事が終わったら会わないでおこうとしたんだけど、アイツは執拗に絡んできた。」
「どうしてですか?もう密猟者は捕まえたのに・・・。」
「密猟者を捕まえたからよ。アイツは私の腕を買って、これからも一緒に動物を助けようって言いだした。でも私は動物愛護団体じゃないからね。キッパリと断ったわ。そうしたら・・・・私にストーカーを始めたのよ。執拗に付き纏うようになって、さすがの私も身の危険を感じた。だからしばらくアイツの前から姿をくらましたんだけど・・・・その隙に翔子ちゃんを狙ったみたいね。」
俺はカメラの画像を見つめながら、そこに写るベンジャミンのことを考えていた。
《お前・・・本当に動物を助けることに命を懸けていたんだな。そこまでの想いがあるから、誘拐までしても稲荷の長になろうと・・・。》
はっきり言って、ベンジャミンには同情を覚える。愛しい者を人間に殺され、稲荷になってからも冷遇されていた。
それでも困っている動物を助けようと、必死にもがいていたんだ・・・。
じっと画像に見入っていると、沖田が「あの・・・・、」と入って来た。
「あんたらは北川翔子の友人なんだな?」
そう尋ねると、冴木君が「ええ・・・」と答えた。
「そうですけど・・・・あなたは・・・?」
「沖田ってもんだ。・・・密猟をやっている。」
「み・・・密猟者!?」
「ああ・・・そこの美人さんが追いかけていた人種と同じだよ。」
そう言って御神さんに視線を飛ばすと、彼女は興味も無さそうに笑った。
「もう密猟の件は終わったわ。だからあなたをどうこうしようなんて思ってないわよ。」
「分かってる・・・。俺が言いたいのは・・・・北川翔子が誘拐されたのは、俺の責任ってことだ。」
「どういうこと?」
「俺がベンジャミンをそそのかしたんだ・・・。アイツの思惑を利用して、誘拐をけしかけた。
だから・・・こうなったのは全て俺の責任だ。申し訳ない・・・。」
そう言って沖田は頭を下げる。冴木君と御神さんは顔を見合わせ、険しい表情をしていた。
「あんたが・・・課長をこんな目に遭わせたんだな?」
さっきまで大人しかった冴木君が、急に鋭い目で睨む。そして御神さんも「なるほど・・・」と呟いた。
「ウズメさんて人が、神社に向かって沖田がどうとか叫んでたのよ。あれはアナタのことだったのね・・・。」
御神さんは沖田に近づき、グイッと胸倉を掴んだ。
「翔子ちゃんはね、私の大事な友達なの。もし何かあったら・・・・タダじゃ済まさないわよ?」
「・・・ああ、その時は好きにしてくれ。」
沖田は御神さんの手を払い、社の前に立った。
「さっきのあんたらの会話は聞いてたよ。ベンジャミンの奴・・・動物愛護のボランティアをしてたんだってな?」
「ええ、そうよ。厳つい顔に似合わずね。それがどうかした?」
「・・・・いや、ちょっとな・・・・。」
そう言って俺を睨み、「藤井からあの事を聞いているか?」と尋ねてきた。
「あの事・・・・・・って、どの事?」
「最近やたらとペットがいなくなるって話だよ。聞いてないか?」
「ええっと・・・ああ!確かそんな話をしてたな。」
藤井は言っていた。最近ペットが盗まれる事件が相次いでいると。
そして・・・・こんなことも言っていた。
沖田の車のトランクから、猫の声が聞こえたと。「助けて」と呟く猫の声が・・・・。
「なあ沖田。お前・・・もしかしてそのペットの盗難に関わってるのか?」
「・・・・・・・・・・。」
「黙るなよ。もしかしてお前が犯人とかじゃないよな?ペット探偵の仕事を得る為に、自作自演してたとかじゃないよな?」
そう尋ねてみたものの、実はかなり黒に近いんじゃないかと疑っている。
沖田はじっと黙っていた。重々しく口を閉ざし、俺の視線から逃げるように目を逸らした。
「・・・・俺は・・・野生動物は嫌いだ・・・。ママを殺したからな。でも・・・ペットは好きなんだ。ママを失くす前から犬を飼っていたから、ペットは好きだ・・・。」
そう言って社を見上げ、懺悔でもするかのように続けた。
「ペット探偵を始めたのは、俺の仲間を殺したベンジャミンを捜す為だった。けど・・・意外とやりがいがあった。そして・・・多くの苦しむペットたちに出会ったんだ。どんなペットだって、その運命は飼い主の手に委ねられている。だから・・・不幸な境遇にある動物を助けようと・・・・・、」
「お前・・・・もしかしてさらったのか?その・・・不幸な境遇のペットとやらを・・・・。」
「ああ・・・見ていられなかったからな。盗んだペットは、俺が責任を持って里親を探したよ。でも全部は無理だった。だから・・・・離れた所に家を借りて、そこで面倒を看ている。」
「じゃあ・・・お前が犯人なんだな?」
「そうだよ、ペットの盗難は俺が犯人だ。でも悪いことをしたとは思っていない。人間に運命を握られているペットは、人間の手でしか運命を変えられない。だから・・・・俺が変えてやったよ。なるべく良い方向にな。けどベンジャミンの奴まで同じ事をしているとは思わなかったよ。」
沖田はさらに社に近づく。ヒリヒリと殺気の漂う社に、臆することなく近づいて行く。
「ベンジャミンは・・・俺と似ているのかもしれない。大切な者を失くし、消えることのない怒りを抱いている。そして俺は野生動物を、アイツは人間を殺し、埋められない悲しみを誤魔化してきた。でも・・・まさかお互いに動物愛護のボランティアをしていたとはな。まあ俺のは犯罪だけど、それでも不幸な境遇のペットを助けようって想いは一緒さ。」
そう言って肩に掛けた銃を構え、社に向けた。
「おい!何する気だ!?」
「ベンジャミンを殺す。もうそれ以外に北川翔子を救う手は無いだろう?」
「よせ!稲荷にそんなもん効かないよ!ダキニの時に思い知っただろ!?」
「でも丸腰よりはマシだろ?この社からはビリビリとアイツの怒りが伝わって来る。もうどんな説得にも応じないよ。力づくでも人質を助けないと。」
「でも・・・人間の勝てる相手じゃない。強硬な手段に出たって、お前が殺されるだけだ。」
「いいさ、そうなっても。」
「よくないよ!人を見殺しに出来るか!」
俺は沖田の腕を掴んで止めようとした。しかしアッサリと振り払われ、尻もちをついてしまった。
「なあ有川・・・・藤井はもう完全に俺のことを嫌ってるよ。」
「はあ?なんだよこんな時に・・・・、」
「それに・・・俺はいくつも罪を重ねた。密猟にペットの盗難、あとは藤井の誘拐だ。それにベンジャミンにも誘拐をそそのかした。」
「だから何だよ?こんな時に懺悔なんかしたって・・・・、」
「もう無いんだよ!」
「はあ?さっきから何を言って・・・・、」
「俺には何も無い!藤井もいない!ママもいない!坂田達も・・・・俺を見限るだろう。でも全部自業自得さ!別に刑務所に行くのは構わない!でも・・・出て来た後は何も無いんだ!また・・・またママを失った頃に戻るだけだ・・・・。」
「沖田・・・・。」
沖田の肩が震えている。自分の歩む先には何も無いという悲しさに、その肩を震わせている。
今の沖田が最も恐れているのも、それは孤独だ。
そして・・・その気持ちは俺にもよく分かる。
かつて誰も心を開ける相手がおらず、マイちゃんと出会うまでは友達さえいなかった。
しかし・・・今は違う。孤独というのは、自分が心を閉ざした瞬間から始まる。
周りが自分から遠ざかっていくんじゃない。自分が周りを遠ざけていくんだ。
孤独というのは、そうやって自分の殻に閉じこもった瞬間から始まる・・・。
今の沖田は、まさにその状態だった。周りが見えず、ただ母を失った時の悲しみに暮れている。
きっとコイツは、お袋さんを亡くした時からずっと心を閉ざしたままだったんだろう。
藤井という一筋の光はあったが、それさえも遠ざけようとしている。
だから・・・その勘違いを訂正してやらないといけない。
「なあ沖田・・・。藤井は確かにお前に良い印象を持っていない。でもな、きちんと謝れば許してくれるさ。藤井は心の狭い奴じゃない。だからお前が心の底から謝れば、きっと許してくれる。だから何も無いなんてことはないよ・・・・。とにかく今は銃を下ろして、俺の話を聞いて・・・・、」
そう言って沖田に近づいた瞬間、突然社の扉が開いた。
そしてその向こうから大きな手が伸びて来て、沖田の頭を鷲掴みにした。
「沖田!!」
慌てて駆け寄ると、沖田は社に向かって銃を撃った。放たれた弾丸が扉の向こうに飛んでいき、グニャリと空間が歪んだ。
《ここもダキニの社と同じなんだ・・・。この中が別の場所へ繋がっている!》
俺は沖田に飛びつき、力いっぱい引っ張った。
「ベンジャミン!お前だろう!?いい加減そこから出て来いよ!俺たちと話をしよう!」
そう呼びかけると、短く返事があった。
《・・・有川さん・・・・・。》
「こ・・・これは翔子さんの声!翔子さん!無事なんですか!?今すぐ助けますからね!」
《・・・有川さん・・・この稲荷は・・・すごく寂しがってる・・・・。
だから・・・・助けてあげて・・・・。有川さんなら・・・きっと・・・・、》
翔子さんの声が細く、そして弱々しく聞こえる。どうやらかなり参っているようだ。
「翔子さん!しっかりして下さい!今すぐに助けて・・・・て、うおおおおおお!!」
沖田はズルズルと引きずられ、社の中へ飲み込まれていく。
《クソ!ベンジャミンと力比べしたって勝てるわけがない・・・。このままじゃ俺まで・・・、》
俺も沖田もズルズルと中に引きずられていく。そして社に飲み込まれようとした時、誰かが俺の身体を引っ張った。
「あんた・・・無茶してんじゃないわよ!」
「アカリさん!」
アカリさんは俺の身体に手を回し、足を踏ん張って支えている。しかしそれでもベンジャミンの力には勝てない。
「この馬鹿力・・・・昔っから変わってないわ!」
そう叫んで稲荷に変化した。稲荷の姿になったアカリさんを見るのは初めてだけど、ベンジャミンよりも一回り小さい。
これでは勝負は見えている・・・・。
それでもアカリさんは必死に引っ張った。俺の身体に腕を回し、最後にはズボンに噛みついて引っ張り出した。
「ちょ・・・ちょっとアカリさん!ズボンが破ける!!」
「ひょんはほとひっへるはあい!?あんはもひっはりははい!!」
「何言ってるか分かんないですよ!って・・・・・ぬあああああああ!!」
沖田はズルズルと引きずられ、そのまま社に飲み込まれてしまった。
「なんてこった・・・・早く助けないと!」
そう言って飛び込もうとすると、マサカリたちまでついて来た。
「俺たちも行くぜ!」
「ここからが本番!俺のいいとこ見せちゃうよ!」
「いやいや、ここは俺が活躍して、ハムスターの地位に貢献だ!」
「はあ・・・どいつも役に立たなさそう・・・・。」
「お前ら・・・・ついて来る気か?」
「はん!当たり前だろ!ていうか先に行くぜ!!」
「あ、コラ!勝手なことを・・・・、」
動物たちは「お先!」と言って、社の中へ飛び込んでいった。
それを見たアカリさんは、「私たちも行くわよ!」と俺を抱えた。
「ここまで来たらベンジャミンとやり合うしかない!」
「やり合うって・・・アカリさん勝てるんですか!?」
「無理に決まってるでしょ!だからって黙って見てるわけにはいかない!悠一君も腹を括りなさい!」
そう叫んで飛び込もうとすると、冴木君と御神さんまで追いかけて来た。
「あんた達は来なくていい!悪いけど足手まといになるからそこで待ってて!!」
アカリさんに怒鳴られ、二人はピタリと足を止めた。
きっと稲荷の姿を見るのは初めてだったんだろう。怯えた表情でコクコクと頷いていた。
「悠一君!翔子ちゃんを助けるわよ!」
「分かってます!これが最後ですからね!」
「そうよ・・・もうここで終わりにしないと・・・・。行きましょう!」
アカリさんは尻尾で俺を掴み、社の中へ飛び込んだ。激しい風が駆け抜け、別の場所へと運んで行く。
この奇妙で不思議な夏も、これで最後になるだろう。
俺は激しい風を受けながら、ワープゾーンの先へと抜けて行った。

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