勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 最終話 猫神様のご神託(3)

  • 2014.12.16 Tuesday
  • 13:51
JUGEMテーマ:自作小説
たまきのいなくなった神社で項垂れていた俺は、藤井たちに気づいて顔を上げた。
「悠ちゃん・・・・。」
「・・・・いない・・・たまきがいないんだ・・・。」
「マサカリたちから悠ちゃんとたまきのことを聞いたよ。
なんていうか・・・・本当に大切な人だったんだね、悠ちゃんにとって・・・。」
藤井は俺の隣に腰を下ろし、同じように庭を見つめた。
「たまきって、悠ちゃんの心を開いてくれた人なんでしょ?」
「ああ・・・ていうか人じゃない、猫だ・・・。」
「そうだったね、猫神様なんだよね。」
そう言って藤井は俺に手を重ねる。そしてその手を握りしめ、「辛いね・・・」と言った。
「まず・・・悠ちゃんに謝らなきゃね。ごめんね、一人でほったらかしにして。ジャスミンを預けたまま、私だけ自分の夢を追っちゃって・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「ずっと悠ちゃんには悪いと思ってた。でも・・・・私には私の行く道があった。だから間違った選択じゃなかったと思ってる。自分勝手に聞こえるだろうけど、夢を追うのってそういうことだから。」
藤井は動物たちの方を見つめ、小さく笑いかける。
その目は以前の藤井と違って、すごく大人びて見えた。
「悠ちゃんと離れて暮らしているうちに、一つ気づいたことがあるんだ。なんだか分かる?」
そう言って俺の顔を覗きこみ、じっと目で訴えかけてきた。
俺は答える気になれず、ただ庭を睨んでいた。
「今は・・・何も喋りたくないかな?」
「・・・いいや、聞いてるよ。」
「じゃあ勝手に喋るね・・・。もし聞きたくなかったら、独り言だと思って聞き流して。」
そう前置きをしてから、街に目をやって喋り出した。
「悠ちゃんと離れて気づいたことっていうのはね、私はずいぶん自分に甘えていたんだなっていうこと。いつだって支えになってくれる人が傍にいて、しかも楽しい仲間がたくさんいる中で暮らしてた。けど・・・・それじゃ本当に辛い目に遭う動物は助けられないんだって気づいたの。自分自身が恵まれた環境にいるのに、どうして辛い境遇にいる動物の気持ちが理解できる?そう思わされる場面が・・・何度もあった。」
「・・・・そうか・・・大変だったんだな・・・。」
投げやりに言うと、「かなりね」と笑った。
「その時に、ああ・・・まだまだ自分は大人に成り切れてないんだなって知った。だって辛いことがある度に、悠ちゃんやこの街での生活に戻りたいって思ってたから。ここには楽しい思い出がたくさんあって、今でも胸の中で輝いてる。でも・・・・結局思い出は思い出でしかないんだよね。それだけじゃ・・・人間は前へ進めないから。」
藤井は境内から立ち上がり、街がよく見える方へ向かう。
木立の開けた場所から街を見下ろし、よく一緒に散歩した土手を眺めていた。
「あそこ・・・懐かしいね。たくさん思い出が詰まってる。あの土手の向こうには公園があって、そこが一番の思い出の場所・・・。私と・・・悠ちゃんにとって。」
藤井の視線の先には、川を挟んで大きな川原が広がっていた。
ここからでも犬を散歩させている人が見え、近くの高校の野球部が練習をしていた。
いつもと変わらない景色、いつもと変わらない光景。
藤井はそんな街を懐かしそうに見つめながら、囁くように言った。
「この街で過ごしたこと、そしてあの公園に詰まった思い出・・・・きっと私は忘れないと思う。この先どんな人生を歩んだって、きっと・・・・この胸から消えることはない。だって・・・・一番好きな人と過ごした場所だから。」
そう言ってこちらを振り向き、真っ直ぐに俺を見つめた。
「私ね・・・新しい夢が出来たの・・・・。ペット探偵を経験して、やっぱり動物に関わる仕事が好きだって思った。だからこのまま終われない。思い出は思い出として胸にしまって、前に進もうと思う。」
藤井の強い視線が、射抜くように俺を見つめている。
手元が痒くなり、蚊を叩いてから「くそ・・・」とぼやいた。
「ずいぶん刺されちゃった・・・・後でもっと痒くなるな。」
赤くなった刺し痕を押さえ、爪でバッテンを刻んで痒みを紛らわす。
飛んできた蚊を手で払い、境内から立ち上がって背伸びをした。
「なあ藤井・・・・実は猫神様からご神託があってな。」
「ご神託?」
「ああ、なんでも近いうちに俺は、選択を迫られるんだとさ。愛しい人を取るか、それとも自分の道を行くか?それによって、俺の人生は大きく変わるらしい。これは偉い猫神様からのご神託だから、きっとインチキなんかじゃない。だから・・・・ずっと考えてたんだよ。もし選択を迫られたら、いったいどっちの道を取ろうかって。」
刺された腕を掻きながら、藤井の隣に立った。
そして街を見下ろし、川原に広がるいつもと変わらぬ景色を睨んだ。
「それで・・・もし愛しい人を取ったら、俺は不幸に巻き込まれるって言われた。」
「不幸・・・・?」
「ああ、でもたった一つだけそれを避ける道があるそうなんだ。」
そう言って藤井の方を振り向くと、首を傾げて答えを待っていた。
「愛しい人を取り、なおかつ不幸な道を避ける方法・・・・。それは、どちらかが動物と話せる力を消すってことだ。」
そう答えると、藤井は何を言っているのか分からないというふうに困っていた。
「まあ・・・そういう顔になるわな。俺の言っている意味、分からないだろ?」
「ごめん・・・ちょっと意味が・・・・。」
「うん、俺もよく分からない。けどご神託なんてそういうもんだと思う。信じるか信じないかは、俺次第だって言われたしな。」
「じゃあ・・・・悠ちゃんは信じるの?そのご神託を。」
「ああ、信じるよ。なんたって猫神様からのご神託だ。俺の・・・一番信頼する奴の言葉だからな。」
「そっか・・・。なら・・・それを私に聞かせてどうするつもり?まさかどっちかが動物と話せる力を失くして、一緒にいようって言うつもり?」
藤井は問いかけるような目で見つめてくる。その目には少しだけ怒りが含まれているように感じたので、肩を竦めて笑った。
「いいや、そんなことを言うつもりはないよ。
だって動物と話せる力を消す方法なんて分からないし、もし分かったとしても消す気はない。それはお前だって同じだろ?」
「もちろんよ。これは生まれた時からあった力だもん。これのおかげで、悠ちゃんと一緒に動物を助けて来たんだから。」
「そうだよなあ。この力がなかったら、俺たちが付き合うこともなかった。だから・・・やっぱり手放せないよな、この力は?」
「絶対に無理だよ。いくらお金を積まれたってね。」
藤井はそう答えて笑った。俺も小さく笑い返し、しばらく沈黙が流れた。
俺は街を見下ろしながら、藤井はまだ俺を見つめながら、お互いに言葉を探していた。
「・・・・だったら・・・俺はやっぱり選ぶしかないんだよなあ。愛しい人を取るか、自分の道を取るか。」
そう呟くと、藤井は「もう決まってるんじゃないの?」と笑った。
「悠ちゃんって、迷ってる時はそんな顔しないもん。
もっとこう眉間に皺を寄せて、いかにも困ってますって顔をするから。」
藤井は眉間に皺を寄せ、いかにも困ってますという顔をしてみせた。
「なんだよそれ?モノマネのつもりか?」
「ふふふ、分かりやすいでしょ?でも今の悠ちゃんはこんな顔してない。もっとこう・・・・悩みながらもスッキリした顔をしてる。だからもう答えは決まってるんでしょ?」
「・・・・うん、もう決まってるよ。」
俺は藤井の目を見つめ返し、ご神託に対する答えを言った。
「俺・・・やっぱりペット探偵をやってみるよ。」
そう答えると、藤井は一瞬だけ寂しそうな顔をした。
しかしすぐに表情を戻し、「それはベンジャミンとの約束だから?」と尋ねた。
「それもある。けど・・・・それだけじゃない。」
「じゃあどうして?覚悟のいる辛い仕事なのに、わざわざそれを選ぶ理由って何なの?ただの意地?それとも・・・・コマチさんが手伝ってくれるから?」
「・・・・いいや、どっちも違うよ。」
そう答えてから、俺は猫神神社を振り返った。
そしてゆっくりと近づき、葉っぱの積もった境内を撫でた。
「俺にはさ・・・・ペット探偵をやらなきゃいけない理由があるんだ。いつもはここにいるはずの猫が、どこにも見当たらない。帰って来る様子もなさそうだし、このままだといつ会えるかも分からない。だったら・・・・こっちから会いに行くしかないだろ?」
そう言って神社を見つめると、藤井は「悠ちゃん・・・」と近づいて来た。
「やっぱり・・・・あの人は悠ちゃんにとって特別なんだね。」
「・・・・うん。俺ってやっぱりマザコンかな?」
「多分ね。でもマザコンじゃない男の人っていないんじゃない?」
「それバカにしてる?」
「ちょっとだけね。だって男の人ってみんな子供だもん。違う?」
「多分・・・・当たってる。」
肩を竦めて答えると、藤井はクスクスと笑った。
「じゃあ・・・悠ちゃんの意志はもう決まってるんだね?」
「ああ、俺はペット探偵になって、何年経ってもアイツを探し出す。でもその為には、まだまだ俺は未熟だと思う。だから・・・いつかアイツに手が届くように、前に進んでみようと思うんだ。」
そう答えると、藤井は「分かった、じゃあもう何も言わない」と頷いた。
「悠ちゃんには悠ちゃんの、そして私には私の行くべき道がある。だから・・・それでいいんだよね?」
「うん、それしかないと思う。お前が言うように、思い出だけじゃ前に進めないからな。」
俺たちは見つめ合い、神社の静けさの中に佇んでいた。
長く続いた夏は、俺たちに一つの決断をさせた。どんなに愛しい人であろうと、行くべき道は異なることもあると・・・。
「じゃあ・・・今日が最後の夜だね。今から帰るのはしんどいから、今日は泊まって行っていい?」
「ああ、でもマイちゃんたちもいるけどいいか?」
「全然平気。一緒にいられる最後の夜だから、みんなで楽しく過ごそうよ。翔子さんや稲荷のみんなも呼んで。」
「そうだな・・・・・そうするか!」
俺と藤井は何も言わずに頷き合い、社の前に立った。
そしてお賽銭を投げ入れ、それぞれの祈りを捧げた。
今・・・・この神社に主はいない。でもきっとどこかで、この願いを聞いてくれているはずだ。
短く祈りを捧げ、社に背を向けて階段に向かう。すると待ち構えていたように動物たちが駆け寄って来た。
「ようやく話がまとまったか・・・・。とっくに餌の時間を過ぎてるから、飢え死にするかと思ったぜ。」
「ちょっと食べないくらいで死にはしないわよ。せっかくのしんみりした空気を壊さないでちょうだい。」
「まさかこういう方向に話がまとまるとはなあ。ちょっと意外だったかも。」
「そうか?俺はこうなることを予想してたぜ。なんたって悠一はあの猫神にご執心だからな。ママ大好きなんだよ。」
「イヤよねえ・・・いい歳してマザコンなんて。私が恋人だったら、尻尾で巻き上げてから頭を齧ってやるわ。」
「お前ら・・・口の悪さだけは相変わらずだな・・・。」
「ふふふ、でもそれがみんなの面白いところじゃない。ねえ?」
藤井はそう言って動物たちの元に駆け寄り、「今日は盛大にパーっとやろう!」と手を叩いた。
「そうだそうだ!今日は盛大にやろう!たっぷり犬缶食わしてくれよ!」
「あんた・・・・また太る気?いい加減にしないと腹が裂けるわよ?」
藤井と動物たちは楽しそうに喋りながら階段を下りて行く。
俺は後ろを振り返り、主のいない神社を睨んだ。
「たまき・・・・俺は必ずお前に会う。その時までに、今よりもっと成長してみせるよ。だから・・・・またいつか・・・。」
神社はひっそりと佇み、暮れゆく陽の中にシルエットを浮かばせている。
もうたまきはいないけど、きっとこれからもここには来ることになる。
なぜだか分からないけど、そんな予感がした。
階段の先には藤井たちが待っていて、「早く!」と手を振っていた。
俺たちは猫神神社を後にし、スーパーへ行って酒やら肉やらを買い込んだ。
そしてみんなに連絡を取り、俺の狭い部屋に集まってこの夏の苦労を労った。
残念ながらウズメさんは来ることが出来なかった。
今回の一件の後始末に追われ、じいさんと一緒に稲荷の今後について話し合っているらしい。
だからメールだけ寄こしてくれた。「お疲れさま」・・・・と。
藤井、動物たち、マイちゃんとノズチ君、それに翔子さんとアカリさん。寺市さんと文江さんもやって来て、狭い部屋が随分と賑やかになった。
藤井は動物たちと戯れているし、翔子さんはアカリさんと笑い合っているし、寺市さんと文江さんはイチャイチャと手を握っていた。
そんな光景を見つめながら酒を飲んでいると、「みんな楽しそうだね」とマイちゃんが言った。
「なんだか大変なことばかりだったから、みんな肩の荷が降りたんだろうね。」
「まさか誰もこんな夏になるとは思わなかったからね。マイちゃんはどう?疲れてない?」
「全然平気。それよりもこれからの事が気になっちゃって、ねえノズチ君?」
「へん!気になるも何も、要するにペット探偵をやりゃいいんだろ?そんなもん俺が粉砕してやるぜ!」
「いやいや・・・粉砕しちゃマズイよ。ちゃんと依頼を受けて、動物を助けないと。」
「でも大変そうな仕事だよね。悠一君!色々あるだろうけど、一緒に頑張って行こうね!」
マイちゃんは拳を握り、やる気満々の目で見つめてくる。
《ホントにいつも前向きで明るい子だよなあ・・・・。一緒にいると元気になってくるよ。》
こんなふうにいつでも前向きでいられるなら、少々の不安なんて吹き飛んでしまうだろう。
「あのさ・・・マイちゃん。」
「なあに?」
「そんなに前向きな性格なのに、どうして人見知りなの?」
「うッ・・・それはその・・・・恥ずかしいから・・・。」
「どうして?」
「どうしてって・・・・。私・・・あんまり自分に自信が無いんだ・・・。
だからせめて、見た目だけでも明るくしようと思って・・・・。」
そう言ってマイちゃんは俯く。自信のなさそうな顔で、プチプチとノズチ君の鱗を千切っていた。
《なるほど・・・・そういう理由でこんなに明るいわけか。マイちゃんはマイちゃんで、自分なりの悩みを抱えてるってわけだ。》
俺はグラスの酒を飲み干し、マイちゃんの頭を撫でた。
「なあマイちゃん。俺だってけっこう人見知りだけど、でもどうにかんるもんだよ。だから・・・いつかきっと自分に自信が持てるようになるよ。」
「ほんと・・・?」
「ほんとほんと。それにマイちゃんの明るさがあれば、俺も元気になってくるよ。ペット探偵だってきっと上手くいく。力を合わせて頑張ろう。」
そう言って手を差し出すと、マイちゃんは「ふぐッ・・・・」と泣き始めた。
「ちょ・・・ちょっと!なんで泣くの?」
「だ・・・だって・・・・そんなふうに言ってもらったの初めてだから・・・。タヌキの間でもドジだのマヌケだの言われてたから・・・・嬉しくて・・・・。」
「そんなことないよ。きっと俺だけじゃペット探偵は務まらない。
だからマイちゃんが協力してくれれば、きっと上手くいきそうな気がするんだ。」
「う・・・・えぐッ・・・・ふごッ・・・・・。」
マイちゃんはグスグスと泣き出し、それに気づいた動物たちが「何泣かしてんだよ」と茶化し始めた。
アカリさんからは「最低ね」と言われ、翔子さんは「まあまあ」と取り成している。
寺市さんと文江さんは知らん顔でイチャついていて、マイちゃんは余計に泣き始めた。
「ちょ・・・ちょっと・・・・。もういい加減泣きやんでくれよ・・・。」
困る俺を見てみんなが笑っているが、藤井はだけは表情を崩さなかった。
物言いたそうな顔でこちらを見ていて、目が合うとサッと逸らしてしまった。
みんなそれぞれ思うところがあるようで、笑いながらも時折真面目な話をした。
気がつけば日付が変わろうとしていて、楽しかった宴会もお開きになった。
それぞれが手を振って部屋を出て行き、暗い夜の中へ家路についていく。
《楽しい夜だったな・・・。こんなにはしゃいだのは久しぶりだ。》
部屋には動物たちとマイちゃんノズチ君、それに藤井だけとなっていた。
翔子さん達が帰ったとはいえ、まだまだたくさんいる。
しかし藤井以外ははしゃぎ疲れて眠そうにしていて、ものの数分で夢の中へと旅立っていった。
「みんな・・・よく頑張ってくれたよな。ありがとう。」
押入れからタオルケットを出し、みんなに掛けてやる。
すると藤井が立ち上がり、「ちょっと散歩に行かない?」と外を指差した。
「いいけど・・・どこ行くんだ?」
「あの公園。一番の思い出の場所でしょ?」
藤井は俺を置いてドアに向かい、足音を響かせながら階段を下りていった。
「あの公園か・・・・。二人で行くのは久しぶりだな。」
部屋の電気を消し、みんなを起こさないように外に出た。
そして藤井と二人並んで、とっぷり暗くなった夜の道を歩いて行った。
田舎というのは、夜中になれば街灯さえ消える。真っ暗な中を月明かりを頼りに歩き、俺たちが出会った公園までやって来た。
「・・・・変わらないね、ここは。」
藤井は公園の中へ歩いて行く。そしてぐるりと辺りを見渡した。
遊具、砂場、奥に広がる林、そして囲いの中に飾られた機関車。
思い出深い物がたくさんあって、それらを噛みしめるように眺めていた。
「ねえ悠ちゃん・・・・。もう私に迷いはないけど、悠ちゃんはどう思ってる?この先二人が別々の道を行くことに・・・・なんの迷いもない?」
いきなりそう尋ねられて、少しだけ戸惑った。でももう俺の中で答えは決まっている。
だから迷うことなく言った。
「ああ、迷いはないよ。俺は俺の道を・・・藤井は藤井の道を行けばいい。だから・・・その・・・・別れるのは寂しいけど、仕方ないよ・・・。」
あえて避けてきた「別れる」という言葉を言ってしまい、妙に胸が詰まった。
でも誤魔化しても仕方がない。別々の道を行くということは、俺たちが別れることに他ならないのだから。
藤井は背中で俺の声を聞いていて、「そっか・・・」と頷いた。
「どうした?もしかして迷ってるって言ってほしかったか?」
「・・・正直・・・ちょっとね。でもそれはただのワガママだから・・・。だから・・・・別に・・・・・。」
藤井は背中を見せたまま、決してこちらを振り返ろうとはしなかった。
そして俺も藤井の顔を見ようとはしなかった。
だって・・・きっとお互いが知っているから。
ここで見つめ合えば、自分の道を行く決心が揺らぐかもしれないから。
散々悩んで、せっかく答えを出したのに、その想いが負けてしまうかもしれないから・・・。
だから俺たちは、しばらく顔を合わせなかった。お互いの感情が落ち着くまで・・・。
藤井は大きく鼻をすすり、目元を拭ってから振り返った。
その目は赤くなっていて、それを誤魔化すように笑っていた。
「・・・・・帰ろうか?」
「もういいのか?」
「うん・・・・。最後の思い出に、二人でここに来たかっただけだから・・・。」
夜の公園に風がなびき、俺たちの間を駆け抜けていく。
遊具は揺れ、林の葉がざわめき、機関車の囲いがキシキシと音を立てる。
俺たちは何も言わずに歩き出し、無言のまま家路についた。
部屋に入ると、藤井はすぐに眠りについた。エアコンの冷気を避けるように隅に寝転び、薄い毛布に顔を埋めていた。
俺はしばらく窓の外を眺めていた。
スヤスヤと眠るみんなの寝息を聞きながら、風と共に運ばれてくる虫の声を聞いていた。
壁にもたれかかり、じっと目を閉じる。
今から三年前、暇が欲しいという理由で会社を辞めた時、俺はまだまだガキだった。
何も知らず、何も行動を起こさず、何かを目指すこともなく、ただ日常を消化しようとしていた。
でも・・・・もうそんな日々は、遠い昔のことのように思えた。
人との出会いが、動物との出会いが、そして猫神や稲荷との出会いが、俺を変えていった。
そして・・・これからもそれは続くだろう。俺が望もうと望むまいと、良くも悪くも人生は変わっていく。
それを受け入れ、乗り越えられるかは分からない。
でも・・・変化を受け入れることは悪いことじゃない。だって・・・・人はそれを成長と呼ぶのだから。
だからこの先も、俺は変わっていく。変わっていかなきゃいけない。
目を閉じ、静かにそんなことを考えていると、いつの間にか眠っていた。
そして目が覚めた時には、窓から薄い光が射していた。
気の早い夏の太陽は、午前五時だというのに空を照らしている。
青く薄い光が街を覆い、ほんのひと時だけ涼しい空気を運んでくる。
俺はエアコンのスイッチを切り、窓を開けて風を入れた。
緩やかな風がカーテンを揺らし、部屋の中へそよいでいく。
その風に誘われるように部屋を振り向くと、もうそこに藤井の姿はなかった。
羽織っていた毛布は俺の肩に掛けられていて、テーブルの上には一枚の書置きがあった。
みんなを起こさないようにゆっくりと歩き、そっと書置きに手を伸ばす。
そこにはよく見慣れた文字で、短い文章が綴ってあった。
『あなたに出会えて本当に良かった。きっといつまでも忘れないと思う。お互いが成長した時、また会えたらいいね。いつかそんな日が来るのを待ってます。じゃあね。大好きだったよ・・・・悠ちゃん。』
「・・・・・・・・・・。」
短い文章を何度も読み返し、頭の中で藤井の声が再生される。
耳に馴染んだあの声で、何度も何度も再生されていく。
・・・・気がつけば、目を覚ました動物たちが俺を見ていた。
みんな真面目な顔でじっと睨んでいて、マサカリがぼそりと呟いた。
「泣くな悠一、男だろ。」
「・・・・うるさい。お前ら・・・ずっと起きてやがったな。」
目を逸らし、涙を拭って立ち上がる。そして散歩用のリードを持って来て、マサカリの首に繋いだ。
「ちょっと早いけど散歩の時間だ。・・・・行くか?」
「当たりめえよ!俺は四度の飯の次に散歩が好きだからな!」
リードを繋ぐと、マサカリはお尻を揺らしながら玄関へ駆けて行った。
「ほんっとに空気を読まないバカ犬よねえ。何はしゃいでんだか・・・。」
「いやいや、空気を呼んだからはしゃいでるんだ。モテない男同士、散歩でも行って傷を舐め合う為に。」
「そんないいもんじゃねえだろ。あのアホはただ散歩に行きたいだけだ。見ろよ、本当に脳ミソが詰まってるのか怪しい顔してるぜ。」
「はあ・・・あんた達はどんな時でも口が悪いわねえ。きっとこれを最後に悠一のモテ期だって終わるわ。ちょっとは同情してあげたらどうなのよ?」
「だからマリナ・・・・それフォローになってないから。」
背中に動物たちの毒舌を受けながら、靴を履いてドアを開けた。
すると「悠一君」と呼ばれ、ふと後ろを振り返った。
「マイちゃん・・・・君も起きてたの?」
「んん・・・まあね。」
「そっか。余計な気を使わせちゃったな。もう少しゆっくり眠りなよ、疲れてるだろ?」
そう言って散歩に出かけようとすると、「行ってらっしゃい」と手を振ってきた。
「ああ・・・行ってきます。」
俺も手を振り返し、マサカリを連れていつもの土手に向かった。
あの公園を通り抜け、徐々に高くなっていく日射しを受けながら、土手を越えて川原に下りて行った。
涼しい朝には犬を連れた人が何人もいて、すれ違う度に挨拶を交わす。
そして堤防の前までやって来て、対岸の猫神神社を眺めた。
「もうたまきはいないけど、あそこにはまだまだお世話になりそうな気がするんだよなあ。」
「不吉なこと言うなよ。俺はもう稲荷だのなんだのはゴメンだぜ。」
「いや、そうじゃなくてさ・・・。これからも、あそこは俺にとって大事な場所になるような気がするんだ。」
「ふん!鈍いクセに偉そうなこと言ってんじゃねえよ。次に稲荷なんかと揉めたら、預金通帳を持って家出してやるからな。」
マサカリはプリプリ怒りながら、近くの草にマーキングをしていた。
すると遠くの方から人影が歩いて来て、「有川さん!」と手を振った。
「おお!翔子じゃねえか!それにコロンも一緒だ!」
マサカリはダッシュで駆け出し、俺の手からリードがすっぽ抜ける。
「おいコラ!勝手に行くな!」
「コロ〜ン!!」
マサカリは愛しきコロンの元へ駆け寄っていく。
何度振られてもアタックするつもりのようで、その意気込みには恐れ入る。
「果たしてマサカリの恋は上手くいくか?しばらくは他の動物のネタにされるな。」
そう言って苦笑いしながら、俺も翔子さんの方へ歩いて行く。
マサカリは早くも撃沈されたようで、ガックリと項垂れていた。
そして翔子さんから撫でてもらい、案の定おやつを貰っていた。
「コロンよりそっちが目当てか・・・・。こりゃ恋が叶うのはまだまだ先だな。」
翔子さんはしょぼくれたマサカリを慰め、俺の方に手を振った。
「すいません、またおやつをもらっちゃって・・・。」
頭を下げながら走って行く途中、ビュっと風が吹いた。
その風に押されるように後ろを振り向くと、一瞬だけ幻が見えた。
俺と動物たち、そして・・・・藤井が並んで歩く姿が・・・・。
しかし幻はすぐに消え去り、何もない風景へと戻っていく。
「・・・・・・・・・・。」
俺たちは前に進む為に、あの幸せな時間を手放した。
それが良いことか悪いことかはまだ分からないけど、胸には悲しみが溢れてくる。
しかしもう涙は流さない。前に進む為に踏み出したこの足を、今さら止めることは出来ないのだから。
消えた幻は胸の中にしまい、後ろを振り返らずに走って行く。
マサカリのリードを掴み、翔子さんと朝の挨拶を交わして川原を歩いた。
翔子さんは色々と話しかけてくる。
稲松文具に戻ることにしたこと。カレンとジャスミンが仲良くやっていること。
止まらないおしゃべりを聞きながら、高くなっていく日射しの元を歩いて行った。
藤井と別れた悲しみはしばらく続くだろう。でもそれだって、いつかは一つの思い出に変わるはずだ。
決して消えることのない、輝く記憶となって・・・。
俺は翔子さんとお喋りしながら、いつものように散歩をする。
長い長い夏が、一瞬見えたあの幻のように過ぎようとしていた・・・。


            *****


あの夏のことを思い出していると、いつの間にか雪はやんでいた。
その代わりに冷たい風が吹きつけ、温くなった缶コーヒーをすすった。
「もう冷めちゃったね、コーヒー。」
マイちゃんがフラフラと缶を振り、手元に抱いて温めようとしていた。
「そんなんじゃ温まらないよ。」
「でも温いコーヒーって気持ち悪いし・・・・。」
「じゃあコーヒーより暖かいもんでも食べに行こう。いつまでもここにいたら風邪引いちゃうよ。」
そう言って立ち上がると、マイちゃんは「もういいの?」と尋ねた。
「せっかく来たんだから、もうちょっといたら?」
「そうしたいんだけど、どうも寒くて・・・・。マイちゃんは大丈夫なの?」
「全然平気。だってタヌキだから。」
「でも今は人間だろ?」
「ううん、中だけタヌキに化けてるの、ほら。」
そう言ってマイちゃんは服をめくってみせる。
「ちょ・・・ちょっと!こんな場所ではしたない・・・・・って、ホントだ・・・・。服の下だけタヌキの毛皮になってる・・・・。」
「部分変化の術っていうの。顔だけタヌキにもなれるよ。」
マイちゃんはゴニョゴニョと何かを唱え、「えい!」と叫んだ。
するとボワリと白い煙が上がり、顔だけカバになっていた。
「ま・・・また失敗してるぞ!不気味だから元に戻して!」
「え?・・・・・ああああ!何コレ気持ち悪い!」
「自分でやったんだろ!早く戻して!」
顔だけカバになった不気味な姿は、長く見ているとトラウマになりそうだった。
マイちゃんは慌てて元に戻り、それと同時に「くしゅん!」とくしゃみをした。
「ダメだ・・・・元に戻したら、身体まで人間になっちゃった・・・。寒い!」
「じゃあ早く行こう。ほら、これ巻いて。」
俺はマフラーを外し、マイちゃんの首に巻いてあげた。
「これ暖かい・・・・カシミヤ?」
「ただの合成繊維だよ。そんな高級なもん持ってるわけないだろ。」
マイちゃんは嬉しそうにマフラーを握り、顔を埋めて暖かそうにしていた。
しかしそれでもまだ寒いようで、ブルブルと身体を擦っていた。
「早く下りよ!どっかで暖かいもの食べたい!」
「分かってる。でもお尻のシッポも消そうな。モフモフしたのがズボンからはみ出てるぞ。」
「え?・・・・ああああ!またしても!!」
マイちゃんは慌ててシッポを消し、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
俺は笑いを噛み殺しながら彼女の背中を押し、階段を下りようとした。
しかしその時、ふと後ろを振り返ってみた。
「あのおばさん・・・・まだお願い事をしてるのか?」
この寒い中で、おばさんはまだ目を閉じて祈っていた。
きっとよほどの事情があるに違いない。そうでなければ、ここまで熱心に祈ったりはしないだろう。
「マイちゃん、ちょっとだけ待ってて。」
俺はおばさんに駆け寄り、「すいません」と声を掛けた。
「あの・・・さっきからずっと祈ってらっしゃいますけど、何かあったんですか?」
そう尋ねると、おばさんは泣きそうな顔で俺の手を握ってきた。
「ね・・・・・猫が・・・・猫がいなくなったんです!一昨日から帰って来ないんですよお!!」
そう言って俺の胸倉を掴み、ガクガクと揺さぶった。
「ちょ・・・ちょっと・・・苦しい・・・・。」
「いつもはすぐ帰って来るのに・・・・。きっと事故にでも遭って帰れないんでいるんです!!ああ・・・・・私の可愛い猫・・・・いったいどこにいるの・・・・。」
「だ・・・だから・・・苦しい・・・・。とりあえず落ち着いて下さい・・・。」
「え?・・・ああ!すいません・・・なんか気が動転しちゃって・・・。」
「いや、気持ちは分かりますよ。僕も猫を飼ってるから、帰って来ないと心配ですよね?」
そう答えると、おばさんはブルブルと首を振った。
「違います!猫じゃなくて犬です!」
「は?・・・いや、でもさっきは猫って・・・・・、」
「ネコって名前の犬なんです!犬が帰って来ないんですよお・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
俺はおばさんの手をそっと外し、心の中で突っ込んだ。
《紛らわしい名前付けるな!勘違いしちゃったじゃないか!》
おばさんはオイオイと泣き始め、再び神社に祈っていた。
「どうか・・・どうかネコが帰って来ますように・・・・。」
その顔は真剣そのもので、本気で猫・・・・いや、犬を心配しているのが窺える。
しかし残念ながら、いくら祈っても意味はない。
だって・・・・この神社には、もう猫神はいないのだから・・・・。
《ここで会ったのも何かの縁か・・・・。ちょっと力になってあげよう。》
そう思って、「よかったらお手伝いしましょうか?」と尋ねた。
「へ?手伝うって何を・・・・・?」
「だから猫・・・・じゃなくて、犬を捜すお手伝いです。」
「ほ・・・・ホントに?ホントに手伝ってくれるんですか?」
「ええ、俺でよかったらお手伝いさせて下さい。」
そう言って笑いかけると、おばさんは目を見開いて俺の胸倉を掴んだ。
「ありがとうございますうううううう!!旦那はほっとけって言うし、息子は知らん顔だし!それに娘は家出中だし、私はパートで忙しいし!だから・・・・だからどうか手伝って下さい!お願いしますうううううう!!!」
「ちょ・・・ちょっと・・・・ホントに死ぬからやめて・・・・・。」
危うく殺されそうになりながら、何とかおばさんを宥めた。
するとマイちゃんが駆け寄って来て、俺のコートのポケットに手を突っ込んだ。
「おばさん、よかったらこれ・・・・連絡して下さい!」
そう言って取り出したのは、俺の名刺だった。
『ペット探偵 有川悠一』
職業と名前、そして事務所の住所と連絡先が書かれた名刺を、マイちゃんは「どうぞ!」と押し付けた。
「彼は敏腕ペット探偵なんです!アフリカのミーアキャットから、シベリアの山猫まで、どんな動物でも見つけ出すプロ中のプロですよ!」
「ちょ、ちょっとマイちゃん!何をデタラメなこと言って・・・・・、」
そう言って止めようとしたら、おばさんは「凄い!」と感激した。
「シベリアの猫を見つけるくらいなら、日本の柴犬なんてすぐ見つけられますよね!?」
「え?いや・・・今のはこの子が勝手に言っただけで・・・・、」
「いいえ!!こうして出会ったのも何かのご縁!!どうかうちのネコを見つけて下さい!この通り!」
おばさんは深く頭を下げ、なぜか俺を拝み始めた。
《な・・・なんかとんでもない誤解をしてるぞ、このおばさん・・・・。》
俺がペット探偵になって四カ月。一度も依頼が来たことはない。
だからもちろん収入はゼロなわけで、コンビニでバイトをしながら食い繋いでいた。
《仕事は欲しい・・・・。けど嘘を言って仕事を取るのはちょっと・・・・、》
そう思って断ろうとした時、マイちゃんが「やった!依頼が来たよ!」と手を叩いた。
「悠一君!何をボケっとしてるの!もっと詳しく話を聞かないと!」
「いや・・・嘘をついて依頼を取るのは・・・・・、」
「ゴチャゴチャ言ってないで、早く話を聞く!マサカリ達が飢え死にしてもいいの?」
「・・・・それは・・・良くないな・・・。」
「でしょ?だったらこういうチャンスは逃しちゃダメ!ゴキブリのようにしつこく追いかけて、ムカデのようにブスリと刺すの!」
「それ・・・・逆に相手が逃げて行くだけだよ。」
とは言ったものの、正直な所を言うと、やっぱり仕事は欲しい。
事務所を構えて四カ月、一度も依頼がないのは寂し過ぎるからな・・・・。
「じゃ・・・じゃあ・・・引き受けようかな、この依頼。」
そう答えると、マイちゃんは「そうこなくっちゃ!」と喜んだ。
「さ、さ、依頼人様。こんな所じゃアレだから、どこか店に行って話しましょう。」
「はい!その・・・・うちのネコ、よろしくお願いします!!」
おばさんは頭を下げ、マイちゃんに案内されて階段を下りて行く。
「ほら、早く来こ!悠一君が話を聞かないと意味ないよ!」
「あ・・・ああ!そうだな。」
なんだかよく分からないけど、いきなり依頼が舞い込んで来た。
いや、それよりもだ・・・・。あのマイちゃんの強引な依頼の取り方・・・・まるでやり手のビジネスマンのようだった。
《マイちゃん・・・普段は大人しいクセに、金が絡むと豹変するのか。意外と商売の才能があったりしてな。》
思わぬ彼女の一面を知って、感心しながら階段を下りて行く。
《とりあえずこの仕事を成功させれば、他にも依頼が来るかもしれない。そうやってちょっとずつ前に進んでいけば、いつかきっと・・・・。》
俺は神社を振り返り、どこかへ消えてしまった猫神のことを想った。
「たまき・・・・。今はまだ無理だけど、いつか必ずお前を見つける。
その時・・・・もっと立派に成長した姿を見せられるよう、地道に頑張っていくよ。」
神社に頭を下げ、先を行くマイちゃんを追いかけた。
俺の初めての依頼、ペット探偵としての第一歩・・・・・必ず成功させてみせる!
冬の風は冷たいけど、心は熱くなってくる。
まずは猫という名の犬を見つけないといけない。柴犬だと言っていたけど、もっと詳しく情報を集めないとな。
俺とマイちゃんは、丁重に依頼人をエスコートしていく。
山を下り、近くの喫茶店に入り、メモ帳を片手におばさんの話を聞いた。
冬の風が窓を鳴らし、再び降り始めた雪を舞い上げていった。




     〜みんなそれぞれ・・・・・〜


『ああ!お久しぶりです有川さん!どうです?ペット探偵は上手くいってますか?
私でよかったらいつでもお手伝いしますよ!・・・・って言いたいんだけど、そうもいなかくなっちゃったんですよね・・・。
実は私、来月からシンガポールに行かなきゃいけないんです。
向こうの支社でトラブルがあって、それの対応を任されちゃって・・・。
はあ・・・稲松文具を辞めて、ようやく自由になれたと思ったのに・・・。
まだまだあの会社にいなきゃいけないみたいです・・・・。
それに冴木君ったら、社長職をほったらかして私について行くとか言うんですよ。
あの子・・・・根は良い子なんだけど、どこかズレてる所があるんですよねえ・・・。
まあそれはキッパリ断って、向こうへ行くまでは特別に休みを取らせてもらったんです。
だから・・・・一度私とデートしましょうよ!
いや、別に深い意味とかじゃなくて、日本を離れる前に思い出を作っておきたいっていうか・・・・。
・・・・え?OKですか!?ホントに!?
よかったあ・・・・・断られたらどうしようかと思って・・・。すっごく緊張してたんです。
有川さん!私・・・・すっごく可愛い服を着ていきますからね!
そして一生の思い出に残るようなデートを・・・・・・って、ちょっとごめんなさい。
もしもし?ああ、冴木君。・・・・・・へ?社長を辞めた?どうして!?
・・・・・・だからあ・・・一緒に行くのは無理って言ったでしょ!!
遊びで行くんじゃないんだからね!だいたい君はいつもそうやって勝手なことを・・・・・、』




『ふん!誰かと思ったら有川か・・・・。お前の顔なんて二度と見たくない!さっさと出て行け!
え?住民票の変更だって?なんだお前?どっかに引っ越すのか?
ああ、いいぞ。いくらでも変更してやる。北海道でも沖縄でも、イタリアでもジンバブエでも、どこへでも好きな所へ行っちまえ!そして二度と顔を見せるな!お前のせいで俺は・・・俺は・・・・一番下っ端の稲荷になっちまったんだよおおお!
今の俺の仕事を知ってるか!?先輩稲荷の飯を作り、風呂で背中を流し、その後は布団を敷いてマッサージをするんだ。
それが終わったら無理矢理ゲームの相手をさせられて、上手く負けてやらなきゃいけない。
その後は市役所へ来て、お堅い公務員の仕事だ!
このみじめさがお前に分かるか!?・・・・・・え?分からない?
ちくしょう!!ほら!さっさとこの用紙に記入しろ!!
行き先はどこだ?月か?火星か?それともあの世か?
どこでもいいからとっと出て行け!俺は・・・俺は・・・・ウオオオオン!!ダキニ様あああああん!!』




『あら、銭湯に顔を出すなんて珍しいわね?もしかしてまたここで働きたいの?
言っとくけど、今はバイトの募集はしてないわよ。
ていうか、ここのオーナーがウズメさんじゃなくて、別の人に変わったのよねえ・・・・。
いったい誰だと思う?なんと・・・・寺市さんと文江さんなのよ!
あの二人・・・・仕事中だってのにイチャイチャしやがって・・・・いつか雷を落としてやろうと思ってるのよ。
ん?私?まあ・・・そうねえ・・・これと言って変わりはないかな。
あ!でも一つニュースがあってね。なんと・・・ようやく私も自分の神社を持てることになったのよ!
ねえねえ?どこだと思う?当ててみて!
・・・・・・・なんで正解を言っちゃうのよ。ホント君って空気が読めないわね。
こういう時はわざと間違えて、相手を立てるもんでしょうが。
まったく・・・・そんなんじゃいつかコマチさんにも嫌われるわよ。
けどまあ、君のおかげでこうして生きていられるのよね。
今は子供たちと幸せに暮らしてるわ。あのベンジャミンの神社でね・・・・。
悠一君・・・ありがとね。今日は特別にタダでお風呂に入ってもいいわよ。
ああ、それと悪いんだけど、サウナマットを交換しといて。タダで入る代わりに。
ああ、それとついでに脱衣所の掃除もお願い。タダで入る代わりに。
ああ、それともう一つ、トイレ掃除とタオルの洗濯と、ええっと後は・・・・・・・・、』




『ああ、有川さん。お久しぶりです。ていうか・・・なんでサウナマットを抱えてるんですか?
まあそんなことはどうもいいや。あのね・・・僕彼女が出来たんですよ!
大学のサークルの子なんですけどね、なんとその子も稲荷なんです!
ぽっちゃりしてて、ふくよかで、しかもめっちゃくちゃ優しいんですよ!
結婚式には有川さんも呼んであげますからね!
あ!そうそう・・・これあげます!近所の自販機で売ってたシューマイジュース。ほら、飲んでみて下さい。
・・・・・・どうですか?え?やっぱりマズイ?
そっかあ・・・先に有川さんに毒味させといてよかったあ・・・・。
じゃあ彼女にはこっちの高級マスカットジュースを・・・・、』




『ふえええ〜ん!稲荷の世界なんて退屈だよお〜!もう一回ウズメさんの銭湯で働きたいよお!
・・・・とういわけで、コッソリ抜け出してきちゃった。
さてさて、みんな私が来たら驚くだろうなあ。・・・・ん?ウズメさんがいない・・・。
ていうかあのツルピカのおっさんはいったい誰?アカリさんに思いっきりビンタされてるけど・・・。
・・・まあいっか!せっかく来たんだし、みんなに挨拶しなきゃ!
あれ?いたの有川君。言っとくけど、もう君のことなんか好きじゃないからね。
今の私には・・・愛しい愛しい片思いの相手がいるの・・・・。
ああ、ツムギ君・・・・あなたを想うと夜も眠れない。
とりあえず仲間を集めて、みんなで彼を罠に嵌めて、それから、それから、ええっと・・・・・、』





『いやあ、銭湯の仕事も中々に大変なものですな。
ですがウズメ殿たってのお願いとあれば、断るわけにはいきませんからな。
不慣れながらも、それなりに頑張っておりますぞ!
しかし・・・・一つ悩みがあってですな・・・・。
あのアカリさんという稲荷、いっつも怖い目で睨んで来るんです。
私はただ文江さんと仲良くしてるだけなのに、どうしてビンタをされなきゃいけないのか・・・。
この前なんか、風呂の栓を開ける棒で叩かれたんですぞ!
まったく・・・・最近の若いモンは・・・。
ですがまあ、相手は稲荷。ここはグッと我慢して、大人な態度で臨みましょうぞ。
ちなみにですな、実はおめでたいニュースが一つあって・・・・・。
なんと文江さん!ご懐妊したんですぞ!!
いやあ!私もとうとう一児の父になるのかあ・・・・。
名前はマリアにしようか?いやいや、それともユダにするか・・・・。
え?ユダだと裏切り者になるからやめとけって?そもそもどうして稲荷と人間で妊娠することが出来たのかって?
・・・・・っふっふっふ、それには事情がありましてな。おや?まだ知らない?
じゃあ直接本人に聞いてみればよろしい。
さあて、有川さんに構っている場合ではない。名前はマリアにするか?それともユダにするか?
いやいや、ここは意表をついてモーゼにする手も・・・・・、』




『聞いて下さい有川さん!私妊娠したんですよ!え?もう知ってる?
ふふふ・・・・寺市さんったら。会う人会う人に自慢しちゃって・・・・まったくもう。
あのね、実は私・・・・稲荷じゃなくなったんです!
どうしても寺市さんとの子供が欲しくて、白髭様に相談したんです。そしたらなんと、人間にしてくれたんですよ!
これでようやく寺市さんと結ばれることが出来ました。ほんとに今は幸せです。
けど・・・もう稲荷には戻れないんですよね・・・。
そう思うとちょっと寂しいけど、でも全然後悔はしていません。
いつか有川さんも、心の底から幸せになれる人と出会えますよ。
それまでは寂しいだろけど頑張って・・・・って、ああ!また寺市さんが叩かれてる!ちょっとアカリさん!
斧で叩いたら死んじゃうから・・・・・、』




『ふっふっふ・・・・ようやくアマテラス殿との食事にこぎつけたわい。
さあて、店はどこがいいかのう?ナマハゲの天ぷらか?それとも海坊主の刺身か?
・・・・・・よし!ここは無難にイタリアンにしよう!
ええっと・・・・ドラキュラの吸血ワインに、悪魔の角の蒸し焼き、それとメデューサのヘビ頭パスタの予約と・・・・。
・・・・なんじゃさっきから!今はお前さんと話しとる暇はない!儂は忙しいんじゃ!
・・・・・ん?どの店も失敗するって?
むむむ・・・・のう有川君、取り引きといこう。
良い店を教えてくれたら、代わりにウズメの着替え写真を・・・・・・、』




『あら?悠一君もお買い物?最近は何でもコンビニに売ってるから助かるわよねえ。
ああ、アカリちゃんから聞いたのね。そうなのよ、あの銭湯の仕事が出来なくなっちゃって・・・・。
だってダキニ様が罰を受けて謹慎中だから、その間は私が稲荷の長をやらなきゃいけなくて。
本当は白髭様がやってくれたら助かるんだけど、あのじいさんは女にかまけてばっかりだから。
・・・・・ん?何この写真?どうして私の着替えが・・・・・・。
ねえ悠一君?怒らないから犯人を教えて。
・・・・・そう、やっぱりあのエロジジイだったのね!
神社に戻ったらボコボコに殴り倒してズボンのお尻を引き千切って、その後トイレに突っ込んでスッポンで突いてやるわ!!
・・・・・あ、ちょっと悠一君!どこ行くの?その写真を返しなさい!ちょっと悠一君・・・・・、』




『なんだ?わざわざ面会に来たのかよ?律儀な奴だな。
けど・・・・嬉しいよ。刑が確定するまでは、独房で閉じ込められてるからな。
今回のことで親父に見限られたけど、逆に清々してるよ。
もう俺は親父には頼らない。ここを出たら、まっとうに生きていくつもりでいるんだ。
ん?坂田たちはどうなったかって?心配するな、主犯は俺だからな。
アイツらは命令されてやっただけだ。きっと情状酌量になるだろうって弁護士が言ってたよ。
・・・・・藤井のことは・・・・まだ忘れられないよ。
身勝手だっていうのは分かってるけど、でもいつか・・・・またアイツと仲良くしたい。
で?お前はどうなんだ?俺の仕事を引き継いでペット探偵をやってるんだって?
なかなか難しいだろうけど、お前ならきっと出来るよ。
なんたって動物と話せる力があって、藤井だっているんだからな。
・・・・どうした?そんな顔して?何かあったのか?
・・・・いや、言いたくないならいいさ。誰だって人に知られたくないことはあるからな。
まあ色々あるだろうけど、とりあえず頑張れよ。
お前には色んな味方がいるんだ、いつだって一人じゃないさ。
じゃあ・・・・独房に戻るよ、藤井によろしくな。』




『久しぶり、悠ちゃん。もうじき日本を離れることになったので、手紙を書きました。
私が今から行く所は、野生の王国が広がるアフリカです。
ここは野生動物の楽園でもあるけど、密猟が絶えない所でもあります。
この一年、ペット探偵の仕事をしているうちに、この国を出て活動してみたいと思いました。
苦しむ動物がいるのは日本だけじゃないから、外の世界ではどうなっているんだろうと気になったんです。
そして色々と調べてみると、目を覆いたくなるような現状がありました。
悠ちゃんは知ってますか?動物を助ける為に、戦争をしている国へ行った人がいることを。
その人はバグダッドの動物園を救う為に、単身戦場へ乗り込んで行ったんです。
そこで色んな人の協力を得ながら、なんとか動物園を救うことに成功したそうです。
この話を本で知った時、世の中には凄い人がいるんだと思いました。
自分の覚悟次第で、色んな事を変えられるんだって気づかせてくれたから。
だから・・・・私はこの国を離れます。とある動物保護団体の支援の元に、向こうへボランティアとして行ってきます。
こっちに戻って来るのはいつになるか分からないけど、でもいつか必ず帰って来ます。
その時、お互いがもっと成長出来ていたらいいね。
遠いアフリカの大地から、悠ちゃんがペット探偵として上手くいくように祈っています。
あ!そうそう!この前みんなで宴会をした時の写真、手紙に同封しておくね。
それじゃ・・・・・いつかまた。』




「・・・・・なあ悠一。いつまでも写真を見てないで、さっさと仕事に行こうぜ。」
「そうよ。せっかくの初依頼なんだから、なんとしても成功させないと。」
「そうだよなあ、このチャンスを逃したら、もう二度と依頼が来なくなったりして・・・・。」
「よし!じゃあこうしよう!悠一は置いといて、俺たちとコマチだけで探すんだ!その方が効率的だぜ。」
「それもそうね。コマチさんとノズチ君がいれば、だいたいのことは解決しそうだもんね。」
「へん!ていうかお前らもいらねえんだよ!俺とコマチだけで充分だ、なあ?」
「ダメよそんなの。ここはみんなで行って、手分けして探すの。
ほらほら、もう写真はおしまい。早くネコを見つけに行こう。おばさんが首を長くして待ってるよ。
有川探偵の初仕事、みんなで成功させるんだから!」



            勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 -完-

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