空想の世界を見る、描く、求める

  • 2014.12.23 Tuesday
  • 14:34
JUGEMテーマ:芸術
この世ではない世界があるとしたら、それはあの世のことでしょうか?
私はそうは思いません。そもそもあの世というものを信じていないので。
でも存在しないと言っているわけじゃないんです。
あの世とは、ある世界の一部でしかないと思っているんです。
それは人が描く空想の世界。
神も悪魔も、仏も鬼も、全てが人の頭による空想の産物。
だから現実にはないんだけれど、でも空想の世界には存在しているんです。
空想は現実じゃありません。そもそも現実にあったら空想じゃないですから。
例えばドラえもん。実在はしませんが、存在はしています。
ドラえもんという言葉を聞けば、あの丸っこい顔に青と白の模様を思い浮かべるはずです。
そして四次元ポケットから様々な道具を出し、のび太君を助けてあげます。
ドラゴンと一言いうだけで、誰もがその姿を思い浮かべることも出来るでしょう。
ドラゴンというのは大きなトカゲの姿をしていて、厳つい顔に硬そうな鱗、翼が生えていて火を吐くんだよ。
こんなことをわざわざ説明しなくたって、ドラゴンと一言いうだけで済むんです。
それは誰の頭にも、ドラゴンを思い浮かべることが出来るからです。
人の頭の中に、ちゃんと住んでいるんです。
だからドラえもんもドラゴンも、実在はしないけど存在はするんです。
ウルトラマンや仮面ライダー、多くのヒーローも同様です。
特に神話レベルの神や悪魔になると、これはもうあらゆる創作物に登場します。
中には曜日や正座の名前として使われるものもあって、知らず知らずのうちに口にしている場合もあります。
神話の神々は、そのほとんどが宗教的な役割を終えています。
でもそのかげで、宗教に縛られない自由を得ました。
だからより大きく、深く、空想の世界に広がっているわけです。
神話の神々は実在はしないけど、存在はしているということです。
全部・・・全部人の頭の中に住んでいるんです。
妖精だって魔女だって、ちゃんと空想の世界にはいるんです。
いくら手を伸ばして決して届かない世界に、彼ら、そして彼女らは生きているんです。
だから人はそれを求めるんです。
特に現実が辛い時、空想の世界へと手を伸ばし、それを見つめます。
この辛い現実から離れられたら、いったいどれほど楽になれるだろうかと・・・。
でも触れることは叶わないんです。どんなに願っても、向こうへ行くことは出来ません。
だから空想の世界を見るか、それとも自分で描くかのどちらかなんです。
そしてどっちの行動を取るにしても、それは空想の世界を求めていることに他なりません。
神も仏も実在はしない。でも存在はする。
人がその名前を、そして姿形を覚えている限り、決していなくなることはありません。
私は神や仏に会いたいとは思いませんが、妖精や変身ヒーローには会ってみたいです。
こんなことを言ったら熱心な宗教信者の人は怒るかもしれないけど、神も仏も、ウルトラマンも仮面ライダーも、全て同じ空想の存在なんです。
人が生み出した、空想の世界を生きる住人です。
人間がいる限り、空想の住人もまた生き続けるでしょう。
神話の神々は何の役にも立たず、現実に干渉することも出来ない。
宗教の役割からも見放され、今ではゲームや漫画で活躍する始末。
でもだからいい。それがいいんです。
空想は現実とは交わらない。ただ目を上げて、見つめるだけです。
何があっても現実に干渉しない。だからいい。だから自由なんです。
そして遥か昔から、人間はそういう世界に憧れを抱いてきました。
天国も映画もドラマも文学も、全ては空想。だからいいんです。
空想の世界には果てしない自由があり、それを見て楽しむことも、自分で描いて楽しむことも自由です。
こんなことを出来るのは、この地球上の生命で人間だけです。
人間だけが、空想の世界を生み出せる。
だから私は、人間に生まれて本当に良かったと、とても幸せに思っています。

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