猫又 八兵衛 第十四話 孤高のボス(2)

  • 2014.12.30 Tuesday
  • 14:27
JUGEMテーマ:自作小説
チョンマゲは言った。ボスの座を巡って争うのは普通のことだと。
この町を仕切るカミカゼは、今その座を脅かされようとしていた。
いや・・・彼が負けるとは考えにくいから、危険が迫っているのはヘチョコとモミアゲの方かもしれない。
俺は魚獲りに奮闘するゴンベエたちの元を後にして、しばらく一匹で考えていた。
ボスの座を巡って、猫又同士が喧嘩をする。
それは正しいことなのかもしれないが、良い事なのかどうかは計りかねていた。
しかしじっと考えに耽っていても仕方がない。
時計の針が午後三時を差す頃、電車に揺られてタカシに会いに行った。
じいさんとばあさんに挨拶をして家に上がる。そして部屋の前まで来て、「タカシ」とノックをした。
いつもなら喜んで出て来るのに、今日は部屋に引きこもっている。
襖に耳を立ててみると、中からペンを動かす音が聞こえる。きっと絵を描いているのだろう。
「タカシ、まだ昨日のことを怒っているのか?」
「八兵衛は来なくていいです。」
「昨日は悪かったよ。どう描こうとお前の自由だ。出しゃばった俺が悪かった。」
「八兵衛は来なくていいです。」
「なあタカシ、今日は星と光の館に行かないか?久しぶりにプラネタリウムを見よう。」
「・・・・八兵衛は来なくていいです。」
「絵を描くには広い見聞・・・・、色んなものを見るのが必要だ。一緒にプラネタリウムを見よう。」
「・・・・八兵衛は来なくていいです。」
「どうしてそこまで怒る?いつもは一日あれば機嫌を直してくれるじゃないか。そんなに俺の言ったことが気に障ったのか?」
「・・・・来なくていいです。」
「タカシ、入ってもいいか?」
「来なくていいです。」
「・・・・学校で何かあったか?」
「・・・・・・・・・・・。」
「あったんだな?俺にグチグチ言われたくらいじゃ、お前はここまで怒らない。だから学校で何か言われたんだろう?」
「問題ありません。」
「いいや、ある。もしお前を傷つけた奴がいるのなら、俺はソイツを許さない。何があったのか教えてくれ。」
「問題ありません。」
「・・・・・入るぞ。」
俺は襖に手をかけ、ゆっくりと開けた。タカシは「問題ありません」と続けていたが、俺を見て黙り込んだ。
「タカシ・・・・何があったのか聞かせてくれ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「絵はちゃんと描いてるんだな・・・。どれ。」
「ん!」
「大丈夫だ、もう偉そうにアレコレ言ったりしない。隠さないで見せてくれ。」
そう言いながら近づくと、タカシは絵を捨ててしまった。
グシャグシャに丸め、ゴミ箱に押し込もうとしている。
「おいおい、せっかく描いたのに・・・・・、」
絵に手を伸ばすと、「これはダメです・・・・」と泣き出してしまった。
「分かった、この絵は見ない。でも・・・・そこまで嫌がる理由はなんだ?どうして泣く?」
「下手糞です。」
「ん?何が?」
「ソーセージと言われました・・・・。」
「ソーセージ?何のことだ?」
「タカシ君の絵はソーセージと言われました。」
「・・・・意味が分からない。タカシ、ちゃんと聞いてやるから、ゆっくり話せ。」
俺はタカシの頭を撫で、椅子に座らせた。そして膝ついて目線を合わせ、そっと手を握った。
「学校で・・・・何か傷つくことがあったんだな?」
「ソーセージと言われました・・・・。」
「それはお前の絵を見て、そう言われたんだな?」
「先生に見せました。ソーセージと言われました・・・。下手糞と言われました。」
「先生がそう言ったんだな?お前の絵は下手糞だと。」
「ソーセージと言われました。下手糞と言われました・・・・。」
「いいや、そんなことはない。お前の絵は立派だよ。・・・・・・それで、どの先生がそんな酷いことを言ったんだ?担任か?それとも図画の先生か?」
そう尋ねると、タカシはゆっくりと首を振った。一瞬だけ俺の目を見つめ、すぐに俯いてしまう。
ズズッと鼻すすり上げ、紅潮した頬に涙が伝っていく。
「タカシ、これは大事なことなんだ。いったどの先生がそんな酷いことを言ったんだ?」
「隣の先生・・・・・・。」
「隣?隣のクラスってことか?」
「四年二組です・・・・・。」
「名前は?」
「樋笠先生です・・・・。」
「じゃあ四年二組の樋笠っていう先生が、お前の絵に酷いことを言ったんだな?」
「ソーセージと言われました・・・・。」
「そこが分からない。その樋笠という先生は、いったい何を見てソーセージと言ったんだ?」
「ドルドル・・・・。」
「ドルドル?」
「ドルドルがソーセージと言われました・・・・。下手糞と言われました・・・・・。」
タカシは傷ついていた・・・・。小さな手が震え、頬がどんどん紅潮していく。
大好きなドルドルをソーセージだと揶揄されたこと、そして一生懸命描いた絵を下手糞と言われたこと。
そのせいでタカシは大きく傷つき、せっかく描いた絵をゴミ箱に捨ててしまった。
俺はそっとその絵を取り上げ、丁寧に広げた。
そこには昨日描いていた、孔雀に乗るドルドルが描かれていた。
背景は相変わらずで、逆さまのドリンクバー、壁についた椅子、そして首の長い店員がいる。
「・・・・タカシ、それはいつ言われたんだ?」
「昨日です・・・・。」
「そうか・・・・・。なら俺は、お前が傷ついているとも知らずに、アレやコレやと余計なことを言っていたわけだ。」
絵を見つめながら、昨日言ったことを思い出す。
その樋笠という教師を、俺は許せない。しかしその教師と似たようなことを、この俺自身がしていたのだと気づかされた。
「どう描こうと本人の自由だ。その道で飯を食ってるならともなく、好きでやってることなら、他人からアレやコレやと文句を付けられる筋合いはないよな。」
俺は丁寧に絵を引き伸ばし、机の上に置いた。
「もうくしゃくしゃになってしまったが、まだ完成じゃないんだろ?」
「・・・・・・・・・・・。」
「捨てちまうほど感情的になるってことは、それだけ真剣に描いていたってことだ。ほら、もう一度ペンを握って、最後まで描けばいい。」
そう言ってタカシの背中を撫でると、じっと絵を睨んでいた。
「ソーセージじゃありません・・・・。」
「ああ、これはソーセージじゃない。立派なゴリラだ。」
「下手糞かもしれません・・・・。」
「そこは認めるんだな・・・・。まあどんなことでも練習だよ。俺だって猫又になって10年、まだまだ失敗だらけだ。だから色々と周りに助けてもらってる。タカシだって、もし辛いことがあったら何でも言えばいい。」
一人で悩みを抱えるのは辛いことである。今俺に出来ることは、タカシの傍にいて支えてやることだ。
だからどんな悩みでも相談してほしかったし、思っていることがあるなら話してほしかった。
しかし・・・・それは無理強いできない。タカシが自分から口を開くまで、待つ必要があるのだ。
「タカシ、この絵が完成したら美術写真家に見てもらおう。」
「?」
「ほら、この前一緒に行っただろ、孔雀焼の写真店に。あの時にいたお姉さんだ。」
「綺麗な写真でした。」
「そうだな。彼女ならきっとお前の絵を真剣に見てくれるはずさ。だからその先生の言ったことは忘れろ。」
「・・・・ん。」
「よし!でも・・・もしまた酷いことを言ってきたら、その時は俺に相談しろよ。・・・・タダじゃおかない。」
思わず感情が高ぶり、目だけが猫に戻ってしまう。タカシはビクリと怯え、俺は「すまん」と謝った。
その日、タカシは頑張って絵を完成させた。夕食を食い、風呂に入った後も、真剣に色鉛筆を動かしていた。
絵は見る見るうちに完成していき、画用紙の中にタカシの世界が刻まれる。
そして夜の九時を回った頃、ようやく絵は完成した。
タカシは大きなあくびをし、布団に入って「問題ないそうです」と呟いた。
「何が問題ないんだ?」
「八兵衛が泊まっても、問題ないそうです。」
「じいさんがとばあさんがそう言ってたのか?」
「・・・・・・・・・。」
「独断か・・・・。悪いがさすがにお前の独断じゃ泊まれない。今日はもう遅いから、また明日会いに来る。」
「問題ないそうです。」
「・・・・いつか泊りがけで遠くへ遊びに行こう。」
「ムクゲも来ますか?」
「・・・・さあな。でももしこの町に戻って来たら誘ってみよう。三人でデカイ動物園にでも行かないかってな。」
「ん。」
「じゃあなタカシ、今日はぐっすり寝ろ。そして次の日曜日にでも、美術写真家に絵を見てもらおう。」
「んん!」
タカシは口元だけ笑わせ、嬉しそうに目を閉じる。そして布団から手を伸ばしてきた。
「分かったよ、寝るまで傍にいてやる。」
俺は小さなその手を握り返し、「おやすみ」とゆすった。
タカシはすぐに眠りに落ち、小さな寝息を立て始めた。
・・・・起こさないようにそっと手を離し、机に置かれた絵を見つめる。
孔雀に乗ったゴリラが、色鮮やかでちぐはぐなファミレスの中を飛んでいる。
「・・・・面白い絵だ。センスのない俺の詩より、遥かに良い出来だ。」
しばらく絵を見つめてから、部屋の電気を消す。居間にいたじいさんとばあさんに頭を下げ、「また明日来ます」と家を後にした。
今日、タカシに会って本当に良かったと思う。
一つはタカシと仲直り出来たこと、もう一つは彼の素晴らしい絵を見れたこと、そして最後に・・・・俺自身の悩みに答えが出たことだ。
「タカシは酷いことを言われても絵を完成させた。ちゃんと自分のやるべきことをやったんだ。ならば俺も・・・・自分に素直になるか。」
チョンマゲの話を聞いてから、ずっと悩んでいた。ヘチョコとモミアゲを放っておくべきか?それとも止めるべきか?
「散々考えたけど、やっぱり放っておくことは出来ない。しかしボスの座を巡って争うのも、また道理だ。ならば俺も、その戦いに参加するしかない。カミカゼの味方となって。」
夜道を歩きながら、遮断機の下りた踏切の前に立つ。
おそらく俺の力ではヘチョコに敵わないだろう。しかしモミアゲの方なら何とか戦えるかもしれない。
もし奴らがカミカゼに戦いを挑んだら、俺はすぐに加勢する。
その為にはカミカゼの傍にいないといけない。
「今日の夜中・・・・カミカゼは集会に来るだろうか?もしやって来たら、ヘチョコたちの企みを伝えないとな。」
踏切のランプが光り、赤く点滅しながら音を鳴らす。
電車が迫り、闇を切り裂いて走って行った。


            *


喧嘩が強い・・・・・というのは、オスとして憧れるものだ。
その日の夜中、俺はオスとしてカミカゼに尊敬の念を抱いていた。
夜中の集会にやって来ると、カミカゼが先に来ていた。
そして彼の前には、ボロボロに傷ついた二匹の猫が横たわっていた。
「カミカゼ・・・・・。」
俺は息を飲みながら近づき、哀れに横たわる猫たちを見つめた。
「ヘチョコ、モミアゲ・・・・・。生きてるか?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・息はしているな。でも当分立てそうにないな・・・・。」
二匹は辛うじて生きている。しかしこれでもかというくらいに叩きのめされていて、見るのも痛々しいほどだった。
どうしてこんなことになったのか、理解は一瞬で済んだ。
なぜなら俺のすぐ横に、堂々たる風格のボスが座っていたからだ。
「・・・・返り討ちにしたのか?」
そう尋ねると、カミカゼは怖い目で睨んできた。
「八兵衛、お前もコイツらの仲間か?」
「いいや、逆だ。お前に加勢しようと思ってやって来た。でも・・・・その必要はなかったみたいだな。」
「コイツらが俺を狙っていることを知っていたんだな?」
「ああ、昨日その二匹がコソコソ何かを話してたんだよ。それをチョンマゲに相談したら、カミカゼを倒してボスになるつもりなんだろうと。」
「そうか。・・・・で、チョンマゲはなんと?」
「ほっとけって言われたよ。」
「良い答えだ。なのにお前はここへやって来た。どうしてだ?」
「だから加勢する為さ。お前にこの事を伝えようと思って。でもとっくに事は終わってた。だからビックリしてるよ。」
「・・・そうじゃない。」
「ん?」
「どうして俺に加勢しに来たのか聞いてるんだ。」
そう言ってカミカゼは二匹を蹴飛ばした。
「おい!もうそれ以上は・・・・、」
「二度と反抗する気が起きないようにしてやる。」
「もう勝負はついてる。」
「いや、コイツらはきっとまた襲ってくる。特にこっちの若いのはな。」
カミカゼは牙を剥き出し、モミアゲの首に噛みついた。そして足で頭を押さえつけ、そのまま牙を食い込ませていく。
「よせ!死ぬぞ!」
俺は慌てて飛びかかったが、あっさりと振り払われた。モミアゲは今にも死にそうな声で、「助けて・・・・」と呟いた。
「カミカゼ!もうやめてやれ!苦しんでる!」
いくら叫んでもカミカゼは止まらない、そしてモミアゲを持ち上げ、そのまま地面に叩きつけた。
モミアゲの身体がバウンドし、ピクピクと痙攣して動かなくなる。
カミカゼはノシノシと近づいて行き、頭を踏みつけてこう言った。
「おい若僧・・・・・二つ選択肢をやる。好きな方を選べ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「一つ、ここで死ぬ。もう一つ、この町を去る。今すぐどっちか選べ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「聞こえん。はっきり言え。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「そうか。なら傷が癒えたらすぐに消えろ。次に見かけたら殺すぞ。」
そう言って踵を返し、今度はヘチョコの方に向かって行く。
そして同じように頭を踏みつけ、「お前がそそのかしたんだろ?」と睨んだ。
「モミアゲ一匹で俺と戦おうなんて思うわけがない。だからお前があの若僧をそそのかしたんだろう?」
「・・・・・・知るか。」
「そうかい。それはYESと受け取らせてもうらぞ。」
カミカゼはまた牙を剥き出し、ヘチョコに噛みつこうとした。その目は強い殺気がこもっていて、俺の背中がブルリと震えた。
「カミカゼ!」
咄嗟に割って入り、ヘチョコを引き離した。
「もういいだろう。ここまでやれば二度と反抗なんてしないさ。」
「何の保証もない言葉だな。次に襲ってきたら、お前が身代わりにでもなるってのか?」
「いいや、そんなのはゴメンだ。」
「ならどけ。お前ごと殺してもいいんだぞ?」
「無理だな。カミカゼはそんなことをするような奴じゃない。」
「以前ならそうだったかもしれない。でも今は違うぞ。」
そう言った瞬間、本当に飛びかかって来た。俺は力いっぱい抵抗したが、あっさりと組み伏せられてしまう。
そして首に牙を当てられ、グッと刺し込まれそうになった。
《マズイ!これは死ぬ!》
逃げようとしたが、俺の力ではビクともしない。変化の術を使おうにも、尻尾を踏まれているのでそれも無理だった。
《まさか本当に殺そうとするなんて・・・・俺の考えが甘かったか・・・・・。》
カミカゼなら絶対にこんな事をするはずがない。そうタカを括っていた自分の甘さに腹が立つ。
このまま牙を打ち込まれたら死ぬのは確実。しかし逃げる術もないので、もう・・・・どうしようもなかった。
「待て待て。落ち着けお前ら。」
・・・・突然よく知る声が響く。その瞬間に身体が軽くなり、自由に動けるようになった。
「だからほっとけって言っただろ。せっかくの忠告を無視するからこんなことに・・・・。」
そう言って俺の危機を救ったのはチョンマゲだった。いつもの温水洋一似の男に化け、その手にカミカゼを抱いている。
「チョンマゲ・・・・下ろせ。」
「八兵衛に手を出さないか?」
「・・・・邪魔をしないのならな。」
「だそうだ。八兵衛、もうこれ以上関わるな。」
そう言ってカミカゼを下ろし、俺の前に膝をついた。
「危うく死ぬところだったな。スリル満点だったか?」
「笑うところか・・・。それよりヘチョコを助けてやってくれ!このままでは殺される。」
「ああ、そうだな。でも仕方ない。失敗すれば殺されるなんて、それを覚悟の上でやったんだろうから。」
「頼むよ!お前だけが頼りなんだ!アイツを止めてくれ!」
「無理だよ。俺じゃカミカゼに勝てない。下手すりゃこっちまで殺されるからな。」
チョンマゲは俺を抱いたまま、植え込みの近くに腰を下ろした。しかも変化できないように、しっかりと尻尾を掴んでいる。
俺は「止めてくれ」と頼もうとしたが、やめた。いくら頼んだところで、チョンマゲはこのまま見ているだけだろう。
《いいさ。変化が出来ないならもう一つの術がある。》
俺は顔の横に浮かぶ見えない針を動かした。そしてしっかりとカミカゼに狙いを定める。
《ヘチョコは言っていた。読心の術は悟られたら無効化されると。しかし油断している相手なら通用するとも言っていた。》
今のカミカゼは普通じゃない。以前の彼と違って、何かが切れているように感じる。
その心を探る為に針を飛ばしたのだが、アッサリと防がれてしまった。
「俺の心を探ってどうするつもりだ?」
カミカゼがこちらに殺気を向ける。チョンマゲは咄嗟に身構えたが、俺は「下ろしてくれないか?」と頼んだ。
「危ないぞ。殺されるかもしれない。」
「じゃあその時は守ってくれ。」
「自信はないぞ?」
「いいよ。早く下ろしてくれ。」
チョンマゲはためらいがちに俺を下ろし、腕を組んで見下ろした。
カミカゼはまだ俺を睨んでいて、「どうして心を読もうとした?」と威圧してくる。
「どうしてって・・・いつものお前と違う感じがしたからさ。だから心を探ってその原因を掴めば、どうにか止められるんじゃないかと。」
「誰も変わってなんかいない。」
「いいや、さっき自分で言ったじゃないか。以前の俺とは違うって。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「チョンマゲが言っていたぞ。お前は優しい奴だって。だったら勝負のついた相手にトドメを刺すことはないだろう?」
「また襲って来るかもしれない。」
「でもモミアゲにはトドメを刺さなかった。」
「アイツには選択肢をやっただけだ。」
「じゃあヘチョコにも選択肢をくれてやれよ。」
「いや、コイツはそれなりの覚悟をもって挑んできたんだ。きっと死ぬ方を選ぶに決まってる。」
「・・・・じゃあチョンマゲは?コイツだって勝負に負けたのに、こうして生きている。それどころか町に留まることも認めてるじゃないか。」
「ソイツにはもう野心はない。放っておいても問題ないからそうしただけだ。」
「そうか。いくら言っても聞く耳を持たないんだな。ムクゲがいたらこんな事は許さないだろうに・・・・。」
何気なくそう呟くと、カミカゼはポロリとこぼした。
「・・・・アイツがいりゃ・・・・こんなことはしてねえよ。」
それはとても小さな呟きだったが、今までのどんな言葉よりも強い感情がこもっていた。
だから俺は尋ねた。「お前が変わった原因というのは、ムクゲと別れたからか?」・・・と。
カミカゼはすぐには答えなかった。しかしさっきまでの殺気はどこへやら、その目は「そうだ」と認めるように揺れていた。
「カミカゼ・・・・。これは俺の勘だけど、お前がボスになったのはムクゲと関係があるんじゃないのか?」
そう尋ねると、カミカゼは背中を向けた。太い尻尾をブンブンと振り回し、いかにも不機嫌そうにしていた。
「お前がボスになったのが40年前、そしてムクゲと付き合い始めたのも40年前。この二つに何か関係があるのか?」
「・・・・ない。」
「疑わしいな。この数字の一致が偶然とは思えな・・・・・、」
「そうじゃない。俺には何も無いと言ったんだ。」
そう言ってこちらを振り向き、また殺気の宿った目で睨んだ。
「お前の言うとおり、ボスになったことと、ムクゲと付き合い始めたことには関係がある。でもそれは、そんなに勘ぐるようなデカイ問題じゃないんだ。」
「じゃあ聞かせてくれないか?そのデカイ問題じゃないやつとやらを。」
「・・・・カッコをつけたかっただけだ。」
「カッコ・・・・?」
「ムクゲの前で、いい所を見せたかっただけだ。それ以外に理由はない。」
「・・・・それは・・・確かにデカイ問題じゃないな。」
「笑いたきゃ笑え。」
「まさか。実にカミカゼらしい理由だと思うよ。」
そう返すと、苛立たしそうに「チ!」と舌打ちをした。
「俺はな、ムクゲに出会うまで、メスなんざ遊び相手くらいにしか考えてなかった。散々相手を振り回して、飽きたらポイだ。」
「最低だな。」
「自覚はある。でもやめられなかった。しかし・・・・それを本気でやめようと思った瞬間がある。それがムクゲと出会った時だ。アイツは何度俺が言い寄っても落ちなかった。でも俺だって諦めたくなかった。だから何度も気持ちを伝えているうちに、こう言われたんだ。『あなたがボスになって、この町を立派に治めてくれたら付き合ってあげる』ってな。俺がボスになった理由はそれだけだ。そしてアイツに傍にいてもらう為に、常に良いボスでいようと決めた。」
「じゃあムクゲがいなくなったから、もう良いボスを演じるのはやめようと?」
「さっきも言っただろ。俺はただアイツの前でカッコをつけたかっただけだ。でも・・・・もういない。そして二度と俺の元には戻って来ない。だから今の俺には何も無い。ただボスの椅子があるだけで、これだけは失うわけにはいかないんだ。」
それを聞いて、ようやくカミカゼの本心が理解できた。
ここまで徹底的にヘチョコとモミアゲを痛めつけたのは、とにかくボスの椅子を守りたかったから。ただそれだけだった。
ならば確かに今までのカミカゼとは違う。今まではムクゲの為に良いボスを努めていた。
しかし今のカミカゼは、ボスであり続けることだけが目的だった。
この違いは大きく、カミカゼにとっても、この町の猫にとっても重要な問題だった。
「カミカゼ。」
今まで黙っていたチョンマゲが口を開いた。
「今日のところはこの辺で勘弁してやってくれないか?」
「お前も八兵衛と同じことを言うのか。」
「いいや、八兵衛より責任を持って言っている。もしそいつらがまた襲って来たら、俺が身代わりになってやる。」
「信用できない。」
「お前は俺をこの町に留まらせてくれた。負けたら殺されてもおかしくないのに、ちゃんとこの町で生きている。だからこれは恩返しみたいなもんだよ。」
そう答えると、カミカゼはじっと黙り込んだ。太い尻尾を振り回し、チョンマゲを睨んでいる。
「・・・・もういい。白けた。」
そう言って殺気を引っ込め、「その言葉に責任を持てよ」と釘を刺した。
「約束するさ。何かあったら俺が身代わりになる。お前に危害は及ばない。」
「最年長の猫又の言葉・・・・・信用しよう。」
カミカゼは踵を返し、ヘチョコに一瞥をくれてから去って行く。
黒い身体は夜の中へ溶け込み、すぐに姿が見えなくなってしまった。
俺とチョンマゲは顔を見合わせ、ホッとため息をつく。
どうなることかと思ったが、とりあえず誰も殺されなくてよかった。
俺は人間に変化し、傷ついた二匹を抱き上げた。そしてチョンマゲと共に集会所を後にする時、ふと後ろを振り返った。
誰もいなくなった集会所には、月明かりに照らされた血の跡が残っていた。


            *


あれから十日が過ぎ、二つのニュースが舞い込んできた。
一つは喜ばしいニュース。しかしもう一つは残念なニュースだ。
まず嬉しいニュースの方から行くと、タカシの絵がある写真雑誌に掲載されたのだ。
美術写真家こと香川和佳子に絵を見せると、喜んで写真を撮り始めた。
和佳子の下した評価は、「私には分からない」だった。
タカシの絵を見て面白いとはしゃぎ、散々悩んで出て来た答えがこれである。
ハッキリ言おう。最高の答えだ!
分からないものを分かったように語る奴より、分からないものを分からないと言ってくれる人間の方が、よっぽど信用出来る。
和佳子は分からないながらもタカシの絵を気に入ってくれて、何枚も写真を撮った。
そしてタカシが絵を抱えた一枚が、写真雑誌のコンテストで一位となった。
別にこれはタカシの絵が評価されたわけではないが、タカシはとても喜んでいた。
そして賞を与えた審査員曰く、「くちゃくちゃになった絵を嬉しそうに持っているのが印象的」らしい。
まったくもって絵の評価とは関係ないが、タカシが喜ぶならそれでいい。
嫌味を言ってきた教師のことだけが心配だったが、あれからは特に何もないようである。
タカシはさらに絵に邁進し、今では風景も描くようになっていた。
自閉症を抱えた少年は、一歩一歩地道に未来の画家へと近づいている。
いつか本当の画家になるその時まで、俺はタカシを支えてやろうと決めた。
次に悪いニュースの方であるが、これはかなり寂しい出来事だ。
ヘチョコとモミアゲ、この二匹が町から去ってしまった。
モミアゲはこの町を去るしかなかった。死か追放かの二択を迫られ、この町からの追放を選んだのから。
アイツとはそこまで親しかったわけじゃないが、やはり仲間が去るのは悲しい。
そしてヘチョコの方であるが、彼もまたこの町を去ってしまった。
カミカゼに傷つけられたあの夜、すぐに夜間診療をやっている動物病院に連れて行った。
ヘチョコもモミアゲも命に別状はなかったが、心に刻まれた傷は大きかった。
モミアゲは傷が治るとすぐに町から出て行ったが、ヘチョコはしばらく悩んでいた。
チョンマゲのおかげで一命を取り留め、とりあえずはその事に感謝していた。
しかし時間が経つにつれて、俺たちとは話さなくなってしまった。
特に夜中の集会所にはまったく顔を見せなかった。カミカゼと鉢合わせする可能性があるから、当たり前といえば当たり前だが・・・。
しかしだんだんと朝と夕方にも顔を見せなくなり、どうしているのだろうかと心配になっていた。
すると昨日、「ヘチョコならもう来ないわよ」とハルが言った。
「他の猫が噂してたの。ヘチョコはこの町を出たって。いったい何があったんだろ?八兵衛は何か知ってる?」
俺は「知らない」とだけ答え、今に至るまで沈んだ気持ちでいた。
「あんな大喧嘩があった後じゃ、町にいづらいのは分かる。でも・・・・やはり寂しいな。」
ムクゲ、ヘチョコ、モミアゲ、この半年の間に、三匹も猫又がいなくなってしまった。
俺が生まれる前からこの町にいた猫たちが、たった半年でも三匹も去っていくなんて・・・・。
「異常といえば異常だが、誰かが去る時なんてそんなものかもしれないな。」
そう言って自分を納得させ、植え込みの中で昼寝を続けた。
今は集会の時間ではない。だから誰もいないし、誰の声も聞こえない。
でも去って行った仲間のことを思うと、みんなの声が聞こえてきそうだった。
誰もいない静寂の中、陽射しが降り注いで植え込みに影を作る。
俺はその影を見つめながら、消えた猫又たちのことを思い続けていた。

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