猫又 八兵衛 第十五話 ロックは死なない

  • 2014.12.31 Wednesday
  • 13:34
JUGEMテーマ:自作小説
猫又だって、たまには買い物をする。
人間ほど物欲はないが、それでも欲しい物はあったりするのだ。
梅雨が過ぎて夏の匂いが迫る頃、俺は大きな中古書店に来ていた。
ここには高尚な芸術書からエロ本まで、多種多様な本が並んでいる。
しかも中古なので値段も安く、いくら立ち読みしても構わないときている。
ならば暇つぶしにこれほど便利な場所はなく、欲しい本があれば安く手に入るというわけだ。
俺は芸術書の棚でじっと本を読んでいた。
『誰でも分かる水彩画』
最近タカシが水彩にハマったものだから、俺もちょっと勉強してみようと思ったのだ。
「下手なアドバイスをしたら、また機嫌を損ねてしまう。少しは知識を入れておかないと・・・・。」
真剣に本を読み、付け焼刃の知識を叩き込んでいく。
「水彩にも色々種類があるんだなあ・・・。タカシが買ったのはどれだ?」
絵具の種類は幾つもあり、覚えるだけでも大変だった。
しっかりと勉強するつもりが、だんだんと飽きてきて本を閉じた。
「まあいい。家に帰ってゆっくり読もう。」
中古300円のその本を買い、店を出ようとする。しかし書店の向こうに別の店があることに気づき、足を止めた。
「そういえばリサイクルショップも入ってるんだったな。ちょっと覗いていくか。」
本屋のスペースを抜け、リサイクルショップの方に足を踏み入れる。
同じ店舗内に複数の店があるのは便利で、さらに暇つぶしが加速してしまう。
時計にカメラ、貴金属にスマホ、それにフィギュアや帽子など、たくさんの中古品が置かれている。
それらを流し見しながら、奥へと向かって歩いて行った。
すると幾つもギターが並んだスペースがあって、少し興味を惹かれた。
「音楽か・・・・。これもまた芸術、しかしどうやって弾くんだろうな?」
壁にはエレキギター、エレキベースが掛かっていて、その下にはクラシックギターとアコースティックギターが並べられていた。
「値札があるから分かるけど、見た目だけじゃクラシックギターとアコースティックギターの違いも分からない・・・。いったい何が違うんだ?音か?値段か?」
手近にあった一本を取り、ポロロンと鳴らしてみる。そうして何度も鳴らしていると、店員からジロリと睨まれた。
「店の中で鳴らしちゃ迷惑だよな。」
ギターを戻し、店員の視線を避けるように背中を向ける。
もうそろそろ帰ろうかと思い、出口に向かって歩き出した時だった。
「ライアーズ。」
「ん?」
突然誰かに話しかけられ、後ろ振り向く。
「ライアーズ、知ってる?」
「・・・いや、申し訳ないが知らない。」
そこに立っていたのは、くたびれたTシャツに汚れたジャージを穿いた、白髪の男だった。
顔にはいくつも皺が刻まれ、少し背が曲がっている。右手には丸く膨らんだビニール袋を提げ、愛想の良い笑みを浮かべていた。
「ライアーズ、知らない?」
知らないと答えははずなのに、なぜか同じ質問をしてくる。俺はニコリと笑い、「申し訳ないが知りません」と答えた。
「カシミヤ文化ホールって知ってる?」
「いえ。」
「じゃあ星と光の館は?」
「それなら知っています。」
「そこから薬屋の方に歩いて、信号を左に曲がったらあるんよ。」
「ほう。」
「それで文化ホールの中に喫茶店があるんだけど知ってる?」
「・・・・・・・・・・。」
俺は何も答えなかった。そもそも文化ホール自体を知らないのに、中に入っている喫茶店をどうやって知るというのか?
《下手に相手をしていると、無駄に時間を食いそうだ。もうそろそろタカシの所へ行かないといけないし、適当に切り上げるか。》
白髪の男は「知ってる?」と繰り返す。俺は強めに「知りません」と答え、「連れが待っていますので」とその場を後にした。
「明後日にね、そこの喫茶店でライアーズがコンサートやるから。五時からだよ。一人1000円、ワンドリンク付き。子供は無料だから。」
俺は何も答えず、ただ頭を下げて去って行く。そして店から出て、「なんだあのじいさんは・・・」と振り返った。
「いきなりコンサートの勧誘をされても行くわけないだろう。」
そう思いながら店を睨んでいると、さっきのじいさんが出て来た。
そして小走りに駆け寄って来て、手にしたビニール袋を見せつけた。
「ベルト要らない?」
「は?」
「これ、ベルト。買わない?」
「要りません。」
「どうして?」
「理由などないです。そこにリサイクルショップがあるんだから、売って来たらどうですか?」
「買ってくれなかったんよ。」
「そうですか。ではこれで。」
もはや笑顔を見せる気にもなれず、一瞥をくれてから立ち去る。
大きな駐車場を出てから振り返ると、じいさんはいなくなっていた。
「なんなんだアレは・・・・。非常識というか、無礼というか・・・・。」
俺はあの手のタイプが苦手である。
相手の話を聞かず、ただ自分の言いたいことを一方的に言う。これでは会話が成り立たず、意志の疎通など不可能だ。
「この世の中、色んな奴がいるのは分かるが、合う合わないはあるもんだ。どうか二度とあのじいさんと遭遇しませんように。」
水彩画の本を脇に抱え、足早に店を後にした。


            *


その日の夕方、タカシにあの変なじいさんの話をしてやった。
すると「ん」と言って、あのじいさんの似顔絵を描いてみせた。
お世辞にも出来がいいとは言えなかったが、特徴はよく捉えている。
俺はその絵を見つめながら、「知ってるのか?」と尋ねた。
「ライアーズ。」
「お前も誘われたのか?」
「七月十日、カシミヤ文化ホールの喫茶店で、五時からやるんよ。ジュースも飲めるし、子供は無料なんよ。」
「よく似てるな。」
「子供は無料なんよ。」
「うん、似てる。」
「子供は無料なんよ。」
「タカシ?」
「子供は・・・・、」
「分かった、行きたいんだな。」
「ジュースが飲めます。」
「それが目的か・・・・。まあいい、コンサートなんて滅多に行く機会がないからな。明後日に行ってみるか?」
「子供は無料なんよ。」
「後でじいさんとばあさんに話してみよう。そう遠くはないし、ダメだとは言わないだろう。」
俺はごろりと寝転がり、大きなあくびをした。
「八兵衛はいつも寝てます。」
「猫だからな。」
「猫じゃありません。猫又です。」
「猫の延長みたいなもんだ。よく寝るのは仕方ない。」
「ムクゲもよく寝ます。」
「そうだったかな?アイツが寝てるところはあまり見たことがないような・・・・。」
「昨日も寝ました。」
「ん?」
「一昨日も寝ました。」
「・・・・・タカシ、ちょっと待て。」
俺は身体を起こし、ためらいがちに尋ねた。
「もしかして・・・・ムクゲがここに来たのか?」
「一昨日の前も寝ました。」
「・・・・その前は?」
「その前も寝ました。」
「いつからここへ来ている?」
「七月二日からです。」
「一週間くらい前からか・・・・。タカシ、それは本当にムクゲなんだな?」
「今日も来ます。」
「今日も・・・・。どうして今まで黙っていた?」
「言ってはダメだと言われました。」
「そうか。でも言っちゃったぞ、お前。」
そう言うと、タカシはピタリとペンを止めた。
「・・・・・・・・・・・・。」
「心配するな。お前から聞いたって言わないよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「大丈夫だ。もしバレてもムクゲは怒ったりしない。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「泣くな。聞いた俺が悪いんだ。お前は何も悪くない。」
タカシはペンを握りしめ、じっと固まったまま動かない。
「分かってる。怒られるのが怖いんじゃないんだよな。言ってはダメだと言われたのに、言ってしまった自分が情けないんだよな。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「さっきも言ったけど、聞いた俺が悪いんだ。泣かなくていい。それより絵を描け。海を泳ぐゴリラなんて面白いじゃないか。」
画用紙にはいつものようにゴリラが描かれていて、海の中を泳いでいた。
海底にはなぜか柿の木が生え、その枝に孔雀が止まっている。
そしていくつかの遊具が並んでいて、裸の男と少年が遊んでいた。
「この裸の男は俺か・・・・。こうして見ると、変態以外の何者でもないな。」
客観的に見る自分の姿に、思っていたより愕然とする。
しかし・・・・この絵は面白い。タカシと出会ってから今までに起きたことが、一枚の画用紙に凝縮されている。
しかもまだまだ完成ではなさそうなので、これからもっと色んなものが描かれるだろう。
「この絵の続きが早く見たい。ほら、泣いてないで描かないと。」
タカシはしばらくぐずっていたが、やがてペンを動かし始めた。
以前に比べると遥かに速く、そして正確に描いていく。
《随分慣れたもんだな。まあずっと描いているから、その分上達も早いんだろう。》
何事も練習次第で上手くなる。物事の上達は、練習なくしてはあり得ない。
タカシの絵はそう教えてくれた気がした。
《しかしそうは言っても、やはり向き不向きはあるもんだ。俺が絵を始めたところで、一年後には猫も描けるかどうか怪しいな。》
真剣にペンを振るうタカシを横目に、再び寝転がる。そしてムクゲのことを思い浮かべた。
《まさか戻って来ていたなんて・・・。ということは、もう完全な人間になったってことか?》
俺はもう一度身を起こし、「なあタカシ?」と尋ねた。
「ムクゲは人間の姿をしていたか?」
「猫です。」
「猫・・・・。じゃあまだ人間になっていないんだな。ならどうして戻って来て・・・・・。」
カミカゼは言っていた。ムクゲは完全な人間になるまでは戻って来ないと。
《あのムクゲが、自分で言い出したことを途中で曲げるとは思えない。何か事情があるのか?》
ムクゲの顔を思い浮かべながら、じっと考える。
しかしいくら考えたところで答えが出るはずもなく、「ここで待つか」と寝転んだ。
「今日もここへ来るんだ。その時に話を聞いてみよう。それに何より、またムクゲに会いたいしな。」
ムクゲが去ってから三ヶ月。大した時間は経っていないが、毎日のように会っていた者がいなくなると寂しい。
だから再び会えるかと思うと、正直嬉しかった。
その日、俺は夜遅くまでタカシの家にいた。
しかしいくら待ってもムクゲは現れず、タカシは眠ってしまった。
時計を見ると午後10時。空には半分欠けた月が浮かんでいて、流れゆく雲を照らしている。
俺は窓を開け、暗くなった庭を見渡してみた。
「・・・・・来ないな。もしかして俺がいるからか?」
ムクゲは鋭い奴だ。だから俺がいるのに気づいて、今日は来ないつもりなのかもしれない。
「もしそうだとしたら、顔を合わせたくない事情があるってことだ。やっぱり気になるな。いったいどうして戻って来た?」
暗い夜空を見上げながら、そっと窓を閉める。
その日はじいさんに許可をもらい、タカシの家に泊まった。
途中で何度か目を覚ましたが、やはりムクゲは来なかった。
次の日も遅くまで居候したが、どんなに待っても来ない。
「やっぱり俺がいるせいか?・・・・・まあいい。無理に会おうと思っても、向こうにその気がないなら仕方がない。いつか会いに来てくれると信じて待つか。」
その日はタカシの家には泊まらず、夜道を一人で帰って行った。
「明日はコンサートか。タカシの奴、意外と楽しみにしていたな。」
俺はタカシの家を振り返り、「また明日」と呟く。
ほのかな夏の香りを感じながら、湿気の漂う夜道を歩いて行った。


            *


次の日の朝、俺はタカシの家に行く前に集会所に寄っていた。
ハルとゴンベエは相変わらずイチャついていて、その隣でチョンマゲが毛づくろいをしていた。
「なあチョンマゲ、ちょっといいか?」
そう尋ねると、「ダメだ」と言われた。
「今忙しい。見て分かるだろ?」
「たかが毛づくろいじゃないか。後でも出来る。」
「いいや、そういうわけにはいかない。」
「どうして?」
「どうしてもだ。これはゼントルマンの身だしなみなんだ。」
「・・・・?何を言ってるか分からないぞ。」
そう言って顔をしかめると、ハルが「デートなのよ」と笑った。
「チョンマゲはこれからデートをするの。」
「デート?誰と?」
「それは教えてくれないのよ。でもデートをすることだけは確かなのよねえ?」
ハルは茶化すように笑いかける。チョンマゲは「まあな」と答え、熱心に毛づくろいを続けていた。
「そうやって毛づくろいをするってことは、相手はメス猫だな。」
「いや、そうでもない。」
「じゃあ人間の女か?」
「まあそんなところだ。」
「だったら毛づくろいに意味はない。どうせ人間に化けるんだから。」
そう言ってやると、チョンマゲはピタリと固まった。
「本当だ・・・・・これ意味ないや。」
「気づいてよかったな。なら俺の話を聞いてくれ。」
俺はタカシの家にムクゲが来ていることを耳打ちした。するとチョンマゲは特に驚く様子もなく、「そうか」と答えた。
「驚かないのか?」
「別に。」
「どうして?」
「前から知ってるからだ。アイツはちょくちょくこの町に戻って来ていた。」
「そうなのか?いつ頃からだ?」
「この前のボスの座を巡る戦いの後からだ。」
「・・・・どうして教えてくれなかった?」
「口止めされてたから。」
「でも喋ってるじゃないか。」
「俺が教える前に、お前が知ってたからだ。なら口止めもクソもないだろ。」
「まあ・・・そうだけど・・・・。」
なんだか釈然としなかった。タカシもチョンマゲもムクゲが戻って来ていることを知っていたのに、どうして俺だけが知らないのか?
そう思うと疎外感を感じ、なんとなく拗ねてみた。
「俺だけのけ者か。」
「その通りだ。ハルもゴンベエも知っているからな。」
「なんだって?コイツらもか?」
驚きながらハルとゴンベエを睨むと、二匹して肩を竦めた。
「ムクゲから言わないでって口止めされてたから。」
「そうそう。別にお前をのけ者にしたわけじゃないんだぜ。」
「そう言われると余計に疎外感を感じるよ。どうして俺だけ教えてくれないんだ・・・・。」
そう呟いて項垂れると、はっと気づいたことがあった。
「カミカゼも知ってるのか?」
チョンマゲは「ああ」と答え、「でも会ってないけどな」と言った。
「カミカゼの耳には入ってるはずだ。でもまだ顔を合わせていない。」
「そうか・・・。カミカゼは会いたいだろうに。」
「ムクゲの方に会う気がないんだろ。それにカミカゼも別れたメスを追いかけるような奴じゃない。未練には思っていても、自分から会いに行こうとはしないだろう。」
「そうだな・・・・。でもさ、どうして俺だけ教えてもらえなかったんだろう?たまたまタカシから聞いたからよかったものの、そうじゃなきゃ知らないままだった。何か理由があるのか?」
そう尋ねると、チョンマゲは「ある」と答えた。
「でもまだ言えない。」
「またそれか・・・・。ならゴンベエ、お前が教えてくれよ。どうしてムクゲは口止めをしていたんだ?」
「さあ?」
「さあって・・・・何も知らないのか?」
「理由は聞いてない。なあハル?」
「うん。私たちはたまたまムクゲに会っただけだから。その時に口止めされたの。八兵衛には言わないでって。」
「・・・・・・・・・・。」
「拗ねた?」
「ああ、かなりな。ムクゲとは良い友達だと思っていたのに、こうして俺だけ仲間外れにされた。」
なんだか沈んだ気分になってしまい、晴れた空さえ淀んで見える。
気がつけばトボトボと歩き出していて、「どこ行くの?」と尋ねられた。
「タカシのところだ。今日はコンサートを見に行くんだよ・・・・。」
「へえ、コンサート!で、で、誰の?」
「ライアーズだそうだ。」
「ライアーズ?聞いたことないわね・・・・。」
「俺も聞いたことがないさ。」
「きっとインディーズってやつよ。デビュー前のバンド。」
「ああ、要するに素人か。」
「そんなことないわよ。インディーズでも上手いバンドはたくさんあるんだから。あえてプロにならない人たちだっているのよ。」
「よく知ってるな。誰に聞いた?」
「ムクゲ。彼女って音楽が好きだったから。人間に化けて、よくライブに行ってたみたいよ。」
「へえ、アイツは音楽が好きだったのか。・・・・いや、でも分かる気がするな。アイツも音楽だの絵だのは嫌いじゃなさそうだから。」
「洋楽とかもたくさん知ってたのよ。何とかいうアレとか・・・・何とかいうソレとか・・・・。」
「お前が音楽に興味のないことは分かった。まあとにかく今日は帰る。じゃあな。」
俺は尻尾を振って集会所を後にする。するとゴンベエが「チョンマゲも帰るのか?」と尋ねていた。
「デートだからな。」
「でもそれって夕方からなんじゃ?」
「ゼントルメンは早めに行くもんだ。じゃあな。」
チョンマゲは尻尾を振り、足早に去って行った。
ハルとゴンベエは顔を見合わせ、「ゼントルメンだって」と吹き出していた。
《チョンマゲはデートか。俺以外の猫又は本当に女好きだな。》
チョンマゲの消えた方に尻尾を振り、俺もタカシの元へと向かう。
人間に変化し、電車に乗り、駅を降りてゆっくりと歩いて行く。
すると踏切を越えた辺りで、例のじいさんと出くわした。
「・・・・・・・・・・。」
思わず目が合ってしまう。出来れば引き返したいが、向こうはニコニコとこちらに近づいて来た。
「ライアーズ?」
「・・・・ええ。行きますよ。」
「子供は無料だから。」
「子供も連れて行きます。ちなみに私は興味はありません。あくまで子供が行きたがっているんです。」
「いいよ、ロックは。心が弾けるから。」
じいさんはニコニコと笑い、今日もビニール袋を持っていた。
そして案の定それを売りつけてきた。
「ベルト、要らない?」
「要りません。」
「1000円。」
「要らないと言っている。」
「どうして?」
「・・・・・・悪いけど先を急ぐので。」
もう目を合わせる気にもなれず、じいさんを避けて先を行く。
すると「ライアーズ見たいんよ!」と叫んだ。
俺は足を止め、じいさんを振り返る。その恰好は一昨日とまったく一緒で、くたびれたジャンバーに汚れたジャージだった。
「行きたいなら行けばいいでしょう。」
「お金がないんよ。ベルト買ってくれん?」
「・・・・失礼ですが、ご家族は?」
「おらん。」
「では・・・・家は?」
「ない。」
「・・・・・気を悪くされたらすみません。その・・・・ホームレスということですか?」
「いや。住む場所はあるんよ。でも自分の家じゃないから。」
「居候ということですか?」
「まあ・・・・そんなもん。」
「そうですか。申し訳ありませんが、ベルトは買えません。コンサートに行きたい気持ちは分かるが・・・・、」
「ライアーズ行かせてくれん?」
「・・・・・・・・・・・。」
「お願い。お願いします。」
じいさんはビニール袋を提げたまま、深く頭を下げる。
「やめて下さい。」
俺は慌てて駆け寄り、じいさんの頭を上げさせた。
彼の顔は真剣そのもので、「ベルト買って」と俺の手を握った。
「ロックはいいよ。心が弾けるから。」
「好きなんですか?」
「うん。たくさん聴いた。ツェッぺリンもストーンズも、イーグルスも聴いた。どれもええよ。」
「そうですか・・・・。申し訳ないが、私は音楽に疎いもので・・・・、」
「ツェッぺリンはね、ドラムが凄いから。ジョン・ボーナム、知ってる?」
「いえ、だから音楽には疎くて・・・・、」
「でも死んじゃったんよ、ボーナム。それでツェッぺリンは解散。ロバート・プラントは喉やられたし。移民の歌、聴いたことあるでしょ?」
「移民の歌?聞いたことないです。」
「それはないよ。よくテレビとかでも流れるから。聴いたら絶対に分かるって。ギターはね、ジミー・ペイジ。世界三大ギタリストの一人。後二人はジェフ・ベックとエリック・クラプトン。その後にジミ・ヘンドリックスが出て来て・・・・、」
じいさんの音楽話はとどまるところを知らない。
ジミーなんとかから始まり、ジョンなんとかやリッチーなんとかやらが出て来る。
このままではいつ終わるか分からないので、「ちょっと落ち着いて」と止めた。
「じいさん、急に砕けた口調になって悪いが、俺は人と会う約束がある。」
「いいよ、砕けても。敬語じゃなくていいよ。」
「分かった。なら尋ねるけど、じいさんはどうしてもライアーズのコンサートに行きたいんだな?」
「うん。」
「だからベルトを買ってほしいと?」
「そう。要らん?」
「ベルトは要らないが、じいさんの情熱は伝わった。だから一本買おう。1000円でいいんだな?」
そう言って財布を取り出すと、じいさんはまた手を握ってきた。
「ありがとう!ありがとう!」
「そこまで感謝しなくてもいい。それに頭を上げてくれ。」
「あんた神様。ほんと神様。」
「1000円で神様か・・・・。ずいぶんと安くなったもんだな、神様も。」
じいさんはゴソゴソとビニール袋を漁る。どうやら一番綺麗なやつを選んでいるようだ。
「これ、短いけど。」
「本当に短いな・・・・・。子供用じゃないのか?」
「そう。だって子供の時に買ってもらったやつだから。」
「おいおい・・・・それじゃ思い出の品じゃないのか?」
「いいの、ライアーズ見たいから。はい。」
「・・・・・分かった。じゃあ1000円な。」
ベルトと交換に1000円を渡す。じいさんは嬉しそうにそれを見つめ。ポケットから小銭入れを取り出した。
そして丁寧に折って中に押し込み、「ありがとう!ありがとう!」と何度も頭を下げた。
「いい加減やめてくれ。ただベルトを買っただけだ。」
「じゃあね。今日の五時からだから。子供は無料だから。」
「ああ。じいさんもコンサートを楽しめよ。」
じいさんはニコニコと笑顔を振りまき、嬉しそうに去って行く。
「しつこくベルトを売りたがっていたのはこの為か。よっぽどコンサートに行きたかったんだな。」
俺は買ったベルトをクルクルと丸め、ポケットに押し込んだ。
コンサートが始まるまでまだ時間がある。
タカシに何か買っていってやろうと思い、途中にあるコンビニに寄っていく。
スナック菓子とジュースを買い、じんわりと暑い空気の中を歩いて行った。

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