猫又 八兵衛 第十八話 孤独よさようなら(前編)2

  • 2015.01.03 Saturday
  • 09:22
JUGEMテーマ:自作小説
釣りをした翌日、俺たちは三人で海に向かった。
ほんの近い場所なのに、タカシの要望で車に乗って行った。
「八兵衛も車くらい運転出来ないとね。」
ムクゲはそう言って笑い、ビーチに座って砂浜を眺めた。
「なんかさ・・・・水着ってどんどん派手になっていくねえ。ほんの50年くらい前までは、女の人が太ももを見せただけでも大騒ぎだったのに。」
「時代ってやつさ。ムクゲは泳がないのか?水着に変化してないけど?」
「あ、見たい?」
「違う。せっかく海へ来たんだから、泳がないのかと聞いているだけだ。」
「もう海なんて腐るほど泳いだもん。眺めてるだけで充分。それに露出の多い恰好って好きじゃないし。」
「可笑しなもんだよな。猫の時は何とも思わないのに、人間に化けると裸が恥ずかしくなる。」
「人間社会の通念が身に付くからね。そういう八兵衛は、最近まで裸に化けてたじゃない?」
「そうだな・・・・。服を再現出来ないってのもあったけど、なんだか考え方が変わっちまった。今じゃ裸で歩くなんて無理だよ。」
「そういうもんよ、社会の通念って。みんな裸で暮らし始めたら、誰も恥ずかしいと思わなくなるわ。」
ムクゲはまた砂浜を眺め、「昨日の釣りはどうだった?」と尋ねた。
「帰って来てから何にも答えてくれなたっけど、何かあった?」
そう言って意地悪そうに笑い、近くで遊ぶタカシを見つめた。
「男同士の会話でもしてきた?」
「まあそんなところだ。」
「そう。で・・・・・決心は固まった?」
「ああ、タカシは俺とれんあいするそうだ。」
「それ前から言ってるじゃない。」
「お前ともれんあいするそうだ。」
「ほんとに?」
「そう言っていた。どうやらかなり好かれているらしい。」
それを聞いたムクゲは嬉しそうに微笑み、「タカシ君」と呼んだ。
「私ともれんあいしてくれるの?」
「問題ないです。」
「ああ・・・・そういうのはちゃんと言ってよ!後でかき氷買ってあげる!んん〜!」
ムクゲはニコニコと笑いながら、タカシの頬を撫で回した。そしてこちらを振り返って、「決心したってことでいいのね?」と睨んだ。
「もうそれしかないだろう。迷っている間にも、孤独の呪いはどんどん進んでいくんだ。現に・・・・お前は帰ろうとしていただろう?」
「・・・・そうだね。なんか急に心が冷めて来て、このまま帰っちゃってもいいかなあって・・・・。」
「宿に戻るのがもう少し遅かったら、きっとお前は帰っていた。危ないところだった。」
「うん・・・・。ならモタモタしていられないね。早くチョンマゲに知らせないと。」
「そうだな・・・。あんまり待たせたら悪い。」
チョンマゲはずっと俺の決心が固まるのを待ってくれている。
優柔不断に決めかねている俺を見かねて、「少しこの町から離れたらどうだ?」と言ってくれたのだ。
いつもと違う場所に行って考えれば、頭がすっきりして答えが出やすくなるだろうと。
チョンマゲの言うとおり、ここへ来てよかった。
あのまま町にいたら、まだ決心は固まっていなかったかもしれない。
「さすがは最年長の猫又、良いアドバイスだった。」
その日はうんと海で遊び、タカシは満足していた。
ムクゲにかき氷を買ってもらい、焼きそばも一緒に平らげて腹が大きくなっていた。
そして海から上がってすぐに寝てしまった。
「今日は楽しい一日だったな、タカシ。」
眠るタカシの頬をつつき、青い海を後にする。
宿に戻ってチェックアウトを済ませ、ムクゲの運転で町まで戻って来た。
そしてコンサートの喫茶店のマスターに車を返し、すぐに集会所へ向かった。
電車に揺られ、窓の外に流れるカシミヤ町を睨む。
「一緒にプラネタリウムを見ることは、もう二度とないんだな。」
ぽつりと呟くと、タカシを負ぶったムクゲが肩を叩いてきた。
「本当なら代わってあげたい。でも・・・・・、」
「いいさ、悲しまないでくれ。猫又になって10年、色々と楽しかった。」
「ウソ言うんじゃないわよ。大した経験してないクセに・・・・・。」
「そんなことないさ。本来の寿命より長く生きたんだ。その分楽しかったよ。」
「私はアンタの10倍は生きてる。なのに先に死んじゃうことになるなんて・・・・。」
「うん、まあ・・・・そういうこともある。」
電車は駅に着き、乗客に揉まれながらホームへ降りる。
そのせいでタカシが目を覚まし、「ん」とあくびをした。
「なあタカシ。海は楽しかったか?」
「八兵衛とれんあいします。」
「ムクゲは?」
「れんあいします。」
「だとさ。直接聞けてよかったな。」
そう言って笑いかけると、ムクゲは首を振った。
「やめてよ・・・・そういうの・・・・。」
「どうして?」
「だって・・・・辛いじゃない・・・。」
「・・・・そうだな。術が終われば、もうタカシとは・・・・・、」
蘇生の術には多くの制約がある。そのうちの一つは、術に関わった猫又は蘇生者に会えなくなるということだ。
俺は死ぬからどっちにしろ会えない。しかしムクゲも会えなくなる。
タカシに会ったら最後、蘇生の術が解けて死んでしまうから。
だから今日が最後になる。三人でこうして歩く日は、二度と訪れない。
寂しいのは誰もが同じ。だから俺もムクゲも口を開かなかった。
タカシだけが「れんあいします」と繰り返し、何かに怯えるように震えていた。
集会所に来ると、チョンマゲがぽつりと座っていた。
俺たちに気づくなり「よう!」と尻尾を上げ、「決心はついたか?」と尋ねてきた。
「ああ、おかげさんでね。」
「ほら、俺のアドバイス通りにしてよかっただろう?ちょっと見直したろう?」
「見直すも何も、お前のことはすごい奴だと思ってるよ。」
「そりゃありがたいね。」
チョンマゲは満足そうに頷き、「で、戻って来たってことはやるんだな?」と睨んだ。
「ああ、決心したよ。・・・・やってくれ。」
そう言ってムクゲに目配せすると、ためらいがちに頷いた。
「タカシ君、ちょっと下りようか。」
「嫌です。」
「どうして?」
「・・・・・・・・。」
「八兵衛、この子何かを感じ取ってるよ・・・・。」
「分かってる。」
俺はタカシを抱き上げ、そっと下ろした。
「れんあいします。」
「そうだな。」
「れんあいします。」
「うん。」
「八兵衛とムクゲとれんあいします。」
「・・・・いいや、俺もムクゲも、お前とはれんあい出来ないんだ。だってお前は人間だからな。」
「猫です。」
「違う。お前は人間だ。だからちゃんと人間に育ててもらわないといけない。それがお前の幸せなんだ。」
「問題ないです。」
「あるよ。このままじゃダメなんだ。」
タカシはブルブルと震え、今にも泣き出しそうになっている。
俺のズボンを必死に掴み、潤んだ瞳で見上げてくる。
「八兵衛とれんあいします。」
「・・・・タカシ、気持ちは分かるが、困らせないでくれ。」
「れんあいします。」
「チョンマゲ、気にせずにやってくれ。」
タカシから離れ、「そこでじっとしてろ」と睨んだ。
チョンマゲがタカシに近づき、尻尾を振って眠りの術を掛けようとしている。
強烈な睡魔がタカシを遅い、目を閉じてその場に座る。そしてこのまま眠るだろうと思った時、突然大声で叫んだ。
「れんあいするうううううう!!」
そう叫んで立ち上がり、俺の足にしがみ付いた。
「八兵衛とれんあいするうううう!!」
「タカシ・・・・。」
「れんあいするうううう!れんあいするううううう!!」
とても子供とは思えない力で抱きつき、何度も何度も叫ぶ。
強烈な睡魔が襲っているだろうに、必死に目を開けて俺を睨んでいる。
「八兵衛ええええええええ!!あああああああああ!!」
あまりに大声で泣くので、牛乳屋から人が出て来る。
訝しそうな目で、「あんたら何やってるの・・・・」と睨まれた。
「八兵衛えええええええ!!!」
「・・・・・・・・。」
俺はタカシを抱き上げ、そのまま走り出した。
「ムクゲ、チョンマゲ!」
そう叫んで「ついて来い」と言うと、後を追って来た。
このままあの場所にいたら警察を呼ばれるだろう。というより、もう呼んでいるかもしれない。
だから走った。泣き喚くタカシを抱いて、誰もいない場所へと走った。
そして公園の向こうにある河原まで来て、堤防の下の草むらへと下りた。
「タカシ・・・・・ごめん・・・・ごめんな・・・。」
草むらの中に膝をつき、泣きじゃくるタカシを抱きしめる。
「俺だって離れたくない!でも仕方ないんだよ!このままだとお前は死ぬから!だから仕方ないんだよ!」
「ああああああああ!!」
「悲しいのはお前だけじゃない!俺も一緒なんだ!でもお前には生きていてほしいから!仕方ないんだよ!!」
「れんあいするうううううう!ああああああああん!!」
タカシは泣き止まない。俺の背中に手を回し、痛いほど指を立ててくる。
そんな姿を見たムクゲは、辛そうに顔を逸らした。
「タカシ!一人じゃないから!お前を一人にさせない為にやるんだ!」
「ああああああああ!!」
「俺がいなくなっても寂しくないから!ムクゲやチョンマゲと会えなくなっても寂しくないから!」
「八兵衛ええええええああああああああ!!」
「大丈夫・・・寂しくない・・・・一人じゃないから。お前の家族も戻って来てくれる。お父さんもお母さんも、じいさんとばあさんも、お前を大事にしてくれる。それにいつかきっと、本当に恋愛したい人にだって出会える。ハルとゴンベエみたいに、バカみたいにイチャつく人に出会える。」
「八兵衛がいいいいいいいい!八兵衛がいいいいいいい!!」
タカシは泣き止まない。喉が潰れそうなほど叫び、見るに耐えかねたムクゲが抱きしめた。
「大丈夫・・・・八兵衛の言うとおり、一人になんかならないから・・・・。ねえタカシ君、大丈夫だよ・・・・。」
俺とムクゲに抱かれても、タカシは一向に泣き止まない。
嫌々という風に首を振り、あらん限りの声で泣き喚いた。
するとチョンマゲが「見ちゃいられない・・・」と呟き、また尻尾を振った。
その瞬間、タカシの声が弱くなった。
「八兵衛・・・・・・八兵衛・・・・・・。」
そう囁きながら目を閉じ、ゆっくりと眠っていった。
「これ以上泣かれたら決心が揺らぐだろ?早いところやろう。」
チョンマゲは静かに、しかし力強い口調で言った。眠ったタカシの傍に立ち、「やるぞ?」と睨んでくる。
「・・・・・・・・・・。」
「八兵衛。」
「・・・・・ああ、分かってる。」
正直なところ、まだ迷いがある。タカシが泣き喚いたせいで、余計に迷いが強くなってきた。
しかしもう迷っている時ではない。俺は「頼む」と頷き、タカシから離れた。
「では・・・・・。」
チョンマゲは目を閉じ、ユラユラと尻尾を振る。そしてその尻尾を何倍にも大きく膨らませ、タカシに巻きつけた。
永眠の術・・・・。眠った人間を死へと誘う、呪われた術。
その術が、今まさにタカシの命を奪った。
尻尾からほどかれたタカシは、まったく息をせずに横たわっていた。
「ムクゲ。」
「うん・・・・。」
ムクゲは猫に戻り、タカシを挟んでチョンマゲと向かい合った。
二匹のベテランの猫又が、すぐに蘇生の術に取りかかる。
先ほどと同じように尻尾を膨らませ、タカシを取り囲んだ。
「八兵衛、中へ。」
「ああ。」
俺も猫に戻り、タカシの傍に立つ。この術が終わった後、俺はもう生きてはいない。
こうしてタカシに触れるのも、これが最後だ。
「タカシ・・・・一人じゃない。俺の命が、いつだってお前の傍にいるからな。」
タカシの頬を舐め、寄りそうように横たわる。
二つの尻尾が俺たちを包み、蘇生の術が開始された。
蘇生の術とは、死者に猫又の命を与えることである。俺のこの命が、タカシの亡骸へと移されることなのだ。
尻尾で包まれた暗闇の中で、命の移動が始まる。
眠るように力が抜けていき、俺の肉体から命が奪われていく・・・・・・はずだった。
「・・・・・・なんだ?」
俺たちを包んでいた尻尾が突然ほどかれる。何事かと思って立ち上がると、二匹は「え?」と呟いた。
「どうした?早くやってくれ。でないと一分が過ぎてしまう。」
焦りながらそう言うと、チョンマゲは首を捻った。
「いや、術は施したぞ。」
「なんだって?でも俺は生きてるぞ。」
「・・・・・・失敗・・・・かもしれない。」
「はあ?」
「条件は整えた。でも上手くいかない・・・・。なぜか分からないけど、命が移動してないんだ。」
「そんな馬鹿な・・・・。じゃあタカシはどうなる!?」
俺は後ろに横たわるタカシを見つめた。
「タカシ・・・・。」
近づいてみると、タカシは死んだままだった。呼吸が止まり、瞼を開いても瞳孔が反応しない。
タカシが死んでから、もう三十秒は経っている。俺は「もう一度!!」と叫んだ。
「早くするんだ!手遅れになる!」
チョンマゲは慌てて尻尾で包み、ムクゲは青ざめたまま固まっている。
「おいムクゲ!」
「・・・・・え?ああ・・・・。」
「もう一度だ!早くしてくれ!」
予想外の出来事に、誰もがパニックになっている。しかし混乱している場合ではなかった。
もう術を使うのに残された時間は少ない。
二匹は再度尻尾で包み、蘇生の術を施す。しかし結果は同じで、命の移動は始まらなかった。
「そんな・・・・どうして!?」
ムクゲが青ざめたまま叫ぶ。「もう一度!」と言って尻尾で包むが、チョンマゲは「無理だ・・・」と止めた。
「なんで!?早くしないと・・・・、」
「ダメなんだ。二度もやって上手くいかないってことは、条件を満たしていないってことなんだ。」
「そんなことない!ちゃんと条件は整えて・・・・・、」
「喧嘩してる場合か!!もう時間がない!」
俺がそう叫んだ時、背後の草むらでガサガサと音がした。
何かと思って振り向くと、草の陰から大きな黒い猫が現れた。
「か・・・カミカゼ・・・・、」
「どけ。」
そう言って俺を押しのけ、尻尾を太くしてタカシを包む。
すると尻尾の毛が見る見るうちに白くなり、白髪のように抜け落ちていった。
「これで多少は時間が稼げる。」
「・・・・え?」
「え?じゃない。早くしないとこのガキは死ぬ。」
カミカゼはドスの利いた声で言い、俺たちを見渡した。
「お前らの術は条件を満たしていない。だから俺が命をくれてやる。もう一度蘇生の術を使え。」
「・・・・・・・・・。」
「早くしろ。気が変わっても知らんぞ。」
術の失敗、突然のカミカゼの登場。予想もしないことが立て続けに起こり、混乱はますます強まる。
誰もが状況を理解出来ない中、カミカゼだけが冷静な目で睨んでいた。

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