猫又 八兵衛 第十九話 孤独よさようなら(後編)

  • 2015.01.04 Sunday
  • 10:02
JUGEMテーマ:自作小説
タカシは死んだ・・・・。
孤独の呪いを解く為に、永眠の術をかけて死なせた。
本来ならこの後、蘇生の術で生き返るはずだった、しかしなぜか失敗した。
その原因は、蘇生の術を使う為の条件を満たしていないから。
突然現れたカミカゼは、混乱する俺たちに向かってそう言った。
「・・・・カミカゼ。まったく状況が飲み込めないんだ。蘇生の術は失敗するし、お前の言っている意味も分からない。それに・・・・タカシはどうなってる?死んでからもう一分が過ぎてしまったが・・・・、」
そう言ってタカシの方を見ると、カミカゼの尻尾に包まれていた。
その尻尾は白髪のように色が落ち、パラパラと毛が抜け始めていた。
「タカシはどうなってる・・・・?もう蘇生の術は間に合わないのか?」
そう尋ねると、「まだ間に合う」と答えた。
「俺の尻尾をくれてやってる。時間は延びる。」
「尻尾を・・・・?」
「変化の術だ。尻尾だけ変化させて、このガキの肉の一部にしてやってる。だから多少は時間がもつ。」
「そんなこと出来るのか・・・・?」
「出来る何も、やってなきゃもう手遅れだ。しかしあまり長い時間は持たない。変化の術は所詮まやかしだ。だから早く蘇生の術を使え。」
そう言ってチョンマゲとムクゲを睨み、「さあ」と促した。
ムクゲは複雑な表情で「カミカゼ・・・」と呟き、すぐに首を振った。
「再会の感傷に浸ってる場合じゃないね。すぐに術を施さないと・・・・。でもさ、さっきこう言ってたよね?私たちの術は条件を満たしてないって。それっていったいどういうこと?このままだと何度やっても失敗するってことなの?」
「ああ。蘇生の術には猫又の命が必要だが、誰でもいいってわけじゃない。あまりに蘇生者に近しい者だと失敗するんだ。」
「どうして?」
「考えてもみろ。誰だって自分の大切な者を生き返らせたいと願うだろ?子供を亡くした者、愛しい飼い主を亡くした者、それに唯一無二の親友を亡くした者。そんな奴らは、自分の命と引き換えにでも術を使いたがる。しかしそれを許せば、ポンポンと死者が復活してしまうだろう?そうなれば、自然界の掟を根底から覆すような事態になってしまう。だから蘇生者に近しい者は、自分の命をくれてやることが出来ないのさ。」
「・・・・そうなんだ・・・・。知らなかった・・・・。」
ムクゲは情けなさそうに俯く。するとカミカゼは「仕方ないさ」と呟いた。
「滅多に使う術じゃないからな。意外とこのルールを知らない者は多いんだ。この俺だって、過去に一度だけ目の当たりにしたことがあるから知っていただけだ。」
そう言ってチョンマゲの方を見て、「そっちの猫又が知らないのは問題だがな」とぼやいた。
「300年も生きてんだ。無知は罪だぜ?」
「・・・・面目ない。」
チョンマゲはがっくりと項垂れる。しかしすぐに顔を上げ、「いいのか?」と尋ねた。
「お前は・・・・タカシに命をくれてやると言ったな?」
「ああ。」
「何の関係もない子供なのに、どうしてそこまでする?」
「ただの気紛れだ。だから気が変わらないうちにやれよ。」
「・・・・いや、はいそうですかってわけにはいかない。お前とは古い付き合いだ。せめて理由を聞かせてほしい。」
「早くしないとこのガキは手遅れになるぞ?」
「いよいよとなったら術を掛けさせてもらうよ。でもどうか理由を聞かせてほしい。だって・・・そうじゃないとムクゲが・・・・・、」
そう言ってムクゲの方を見ると、俯いたまま固まっていた。
突然カミカゼと再会して混乱しているだろうに、急に俺の命を使えと言われても、すぐには答えを出せないだろう。
いくら別れた相手とはいえ、40年も連れ添った仲である。ムクゲの心には激しい葛藤が渦巻いているに違いなかった。
だから俺は言った。「どうしても俺の命じゃ無理なのか?」と。カミカゼは「無理だ」と答え、「早くしろ」と二匹を睨んだ。
「そう長い時間はもたないんだ。迷っている暇はない。」
その眼光は鋭く、有無を言わさぬ迫力があった。チョンマゲは「分かったよ・・・」と頷き、ムクゲの肩を叩いた。
「なあムクゲ・・・・納得出来ないかもしれないけど、タカシの命が懸ってるんだ。ここはもう腹を決めよう。」
「・・・・・・・・・・。」
「ムクゲ。」
「・・・・・・一言でいい。」
ムクゲはカミカゼを見据え、「一言だけでいいから、理由を聞かせて」と言った。
「このままじゃ・・・・私は一生モヤモヤを抱えたまま生きることになる。だから・・・これは私の為だと思って聞かせて。」
そう頼みこむと、カミカゼの表情がわずかに変化した。「私の為だと思って」、どうやらその部分に反応したらしく、ムクゲの目を見返して答えた。
「お前を悲しませたくないからだ。」
「・・・・・・・・・・。」
「納得しないか?」
「・・・・うん。でも一言でいいって言ったから、それでい・・・・、」
「俺は散々好き勝手に生きてきた。」
「カミカゼ・・・・?」
「お前と出会う前は、自分のことだけを考えて生きていた。それで満足していたし、これからもそうやって生きるんだろうと思っていた。でもお前と会って、俺は変わった。一人で好き勝手に生きること・・・・それが如何に虚しいものかを知ったんだ。」
「・・・・・・・・・。」
「お前と出会うまで、俺には自分しかなかった。でもお前と出会ってから、お前と過ごす時間が最も大切なものになった。俺はお前と出会う為に生まれて来た。本気でそう思えるくらいに、幸せな時間だった・・・・・。」
カミカゼは淡々と語る。軽い用事でも言い渡すように、抑揚のない口調だった。
しかしその顔は後悔の色が滲んでいて、胸の内で暗い感情を堪えているように感じられた。
「俺は孤独だった・・・・。長くそうやって生きてきたから、そういう生き方が身に付いてしまったんだ。だから・・・・最後の最後まで不器用なままだった。意地を張り、素直になれず、お前が去るのを見送ってしまった・・・・。俺は・・・また孤独に戻ってしまった。もうボスの座を守ることくらいしか、やる事が残されていない。そう思って無為に過ごしていた時に、お前がこの町に戻って来たことを知った。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ヨリを戻そうなんて都合の良いことを言うつもりはない。しかし出来ることなら、もう一回くらいお前の喜ぶ顔が見たかった。だから・・・・それだけさ。お前の前でカッコをつけたいっていう、最後の意地だ。」
そう言ってカミカゼは微笑んだ。彼が笑う姿を見るなんて初めてで、嬉しいような切ないような気持ちになった。
ムクゲは何も答えず、チョンマゲの方を睨んだ。
「・・・・やろう、蘇生の術。」
「ああ、もうこれ以上引き延ばせない。カミカゼ・・・・・いいな?」
「最初からやれと言っている。早くしろ。」
カミカゼは尻尾をほどき、タカシの傍に寄りそう。そして俺を睨み、「陰から支えてやれ」と言った。
「お前はもうこの術に関わってしまった。だからガキが復活しても会うことは出来ない。」
「分かっている。元々死ぬつもりだったんだ。問題ないよ。」
「いいや、生きている以上は責任がある。このガキが本当に幸せになるまで、陰から見守ってやれ。」
そう言ってまた笑う。俺は「そうするよ」と答えてから、深く頭を下げた。
「ありがとう。タカシの為に・・・・ありがとう・・・・。」
「このガキの為じゃない。」
「分かってる。でも・・・・ありがとう・・・・。」
いくら礼を言っても足りないというのは、まさにこういう事を言うのだろう。
まさかカミカゼのおかげでタカシの命が救われるとは思わなかった。感謝の念だけが胸を満たし、しばらく顔を上げることが出来なかった。
「では・・・・・。」
チョンマゲが合図を出し、ムクゲと共に再度術に取りかかる。
膨らんだ尻尾がタカシとカミカゼを包み、命の移動が始まる。
蘇生の術はあっという間に終わり、二匹の尻尾がほどかれる。
そこには横たわるタカシとカミカゼがいて、命の移動が完了していた。
タカシはまだ寝ているが、その胸は穏やかに上下しており、小さな寝息を立てている。
対してカミカゼの方は、魂が抜けたように脱力し、半目を開けて息絶えていた。
気がつけば俺はタカシに、そしてムクゲはカミカゼの方に駆け寄っていた。
「タカシ!」
そう叫んで頬を叩くと、チョンマゲに「起こすな!」と怒鳴られた。
「目が覚めたらお前と会ってしまう。術をかけた意味がなくなる。」
「あ・・・・ああ・・・・そうだったな・・・・。」
「心配しなくても、もう呪いは解けてるよ。その子は・・・・一人じゃなくなる。」
その言葉に、俺は大きく頷いた。寝息を立てるタカシの顔を見つめながら、「よかったな・・・・」と呟いた。
「もう大丈夫だ。お前は何も背負わなくていい。俺なんかいなくても、一人じゃないんだ。」
孤独の呪いが解けたこと。それはすなわちタカシとの別れを意味する。
しかしそこにあったのは、予想していた感情とは違った。
もう二度と会えない寂しさに襲われると思っていたのに、それを上回る喜びがあったのだ。
タカシは一人じゃない。これから親元に戻り、学校に通い、いつか本当の恋愛が出来る可能性がある。
自閉症を抱えながらの人生は、人より大変かもしれない。それでも孤独の中で死ぬより遥かにいい。
生きていれば、そこには可能性がある。出会い、幸福、夢、全ては生きてこその可能性だ。
だからやっぱり、喜びの方が強い。大声を上げて飛び上がりたいほどに。
しかしそうもいかなかった。俺の隣では、言葉を失くして悲しむ者がいる。
最愛だったはずのパートナーを失い、痛みを押し殺したような顔で佇むムクゲがいる。
かける言葉が見つからず、何も言えずに見つめるしかなかった。
「・・・・・・意地っ張り・・・・・。」
ムクゲは一言だけそう呟き、カミカゼに寄り添った。頬をすり寄せ、目を閉じて匂いをかいでいる。
そして一筋だけ涙を流し、目を閉じたまま天を仰いだ。
「・・・・タカシ君は・・・・?」
「助かったよ。カミカゼのおかげだ。」
「・・・・・よかった。もし失敗したらって・・・・怖くて逃げ出しそうだった・・・・。よかった・・・・。」
ムクゲの感じた恐怖は、きっと俺より何倍も強烈だっただろう。
タカシの蘇生、カミカゼの死、失敗した時の痛みを考えると、最後まで付き合ってくれたことに感謝せざるをえなかった。
「ムクゲ・・・・・ありがとう。」
「いいよ・・・・タカシ君が助かったなら、それでいい・・・・。」
ムクゲはまだ天を仰いでいて、チラリとタカシの方を見た。寝息を立てるその姿に、「よかった・・・」と繰り返す。
「・・・犠牲はあったけど、目的は果たせた。これでタカシは自由だ。」
チョンマゲはそう言って踵を返した。
「八兵衛、お前はタカシを運んでやれ。もう呪いは解けたんだ。家に連れて帰っても問題ないよ。」
「でもムクゲは・・・・・、」
「そっとしておいてやれよ。」
「・・・・分かった。色々と手を貸してくれて助かったよ。ありがとう。」
チョンマゲは尻尾を振り、「またな」と言って去って行った。
俺は後ろを振り返り、タカシの顔を見つめる。そして頬に触れようとした時、急に目を覚ました。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
タカシの視界に俺が入る。背筋の毛がぞわりと波打ち、思わず後ずさった。
・・・・術が解ける・・・・。せっかくかけた術が・・・・カミカゼの命を犠牲にしてまでかけた術が・・・・解けてしまう。
俺は震えながら後ずさり、草むらの中に座りこんでしまった。
今さら隠れても遅いと分かっているが、それでもタカシの視界から逃れる。
その時ふと気づいた。
《ムクゲ!そこにいたらダメだ!》
ムクゲはまだカミカゼの傍に座っていて、辛そうに見つめている。
タカシはキョロキョロと辺りを見渡し、小さく首を捻っていた。
「八兵衛。」
俺の名前を呼び、辺りを見渡す。するとその声に気づいたムクゲが、ギョッとした顔で引きつった。
「タカシ君・・・・・。」
タカシの視界に自分が入ってしまったことに気づき、俺と同じように後ずさる。
しかし途中で足を止め、じっと睨んでいた。
「ムクゲ!何してる!?」
彼女は何かを見定めるようにタカシを睨んでいる。そしてトコトコと近づき、「タカシ君?」と呼んだ。
しかしタカシは反応しない。「八兵衛!」と叫んで、手をついて立ち上がろうとした。
「八兵衛!八兵衛!」
叫び声は、だんだんと泣き声に変わる。何度も俺の名前を叫び、立ち上がって歩こうとした。
しかしすぐに転んでしまい、また手をついて立ち上がろうとする。その度によろめき、まるで酔っぱらいのように足元がおぼつかない。
「タカシ・・・・どうしたんだ?」
不思議に思って見つめていると、ムクゲが「まずい・・・・」と漏らした。
「タカシ君・・・・目が見えてない・・・・。」
「なんだって?」
「それに耳も聞こえてないわ・・・・。」
「はあ?」
「だって死なないもの!普通なら私たちの姿を見ただけで術が解ける。でもこうして生きてるわ。きっと視力を失ってるのよ。だから私たちに気づかない。それに呼んでも返事をしないから、聴力も失くしてるんだわ・・・・。」
「そんな・・・まさか。」
「だって見てよ!まるで酔っぱらいみたいにフラフラしてる。視力と聴力を失って、周りの状況が掴めないのよ。」
ムクゲの言うとおり、タカシは周りの状況を把握出来ていなかった。
草に足を取られて何度も転び、すぐ近くにいる俺たちにさえ気づかない。
それに「タカシ!」と呼びかけても、まるでこちらを見ようとしなかった。
「なんで・・・・・術は成功したんだろう!?どうして目と耳を失う!」
「・・・・・完璧じゃなかったのかも・・・・。」
「何が!?」
「だから蘇生の術よ!一分以上経ってから術をかけてしまった。カミカゼがなんとか時間を延ばしてくれたけど、でも完璧にはいかなかった。だからこんな事に・・・・。」
「術は不完全にかかってしまった。だから後遺症みたいなものが出てしまったということか・・・・?」
「それしか考えられない。蘇生自体は上手くいったけど、完全には復活出来なかった。一分を越えてしまった皺寄せが、視力と聴力に出てしまったんだわ・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
俺は何も言えずに黙り込んだ。そんなことはないと言いたかったかが、今のタカシを見る限りでは認めざるをえない。
必死に俺の名前を叫び、何度も転んでいる。しかし諦めずに立ち上がり、なんとか俺を捜そうとしていた。
「タカシ!」
見るのが辛くなって走り出す。すると「触れちゃダメ!」と止められた。
「触れたらバレる可能性がある!そうなったら術が解けちゃう!」
「ならどうしたらいい!?このまま放っておくのか?」
「・・・・・辛いけど、もうどうしようもないわ・・・・。私たちが未完全な術をかけてしまったせいで、タカシ君は目と耳を失った。なんとかしてあげたいけど、これ以上関わったら術が解ける可能性がある。」
「そうだけど・・・・、」
「もしタカシ君が死んじゃったら、全てが無駄になってしまう。だから・・・もう何もしないで・・・・・。」
ムクゲはそう言ってカミカゼの亡骸を見つめた。最愛の者を犠牲にしてまで得た結果を、どうしても無駄にしたくないとその目が言っている。
「全ては私の責任よ・・・・・。八兵衛は悪くない。チョンマゲだって、ただ私に付き合ってくれただけ。それにカミカゼまで犠牲にした・・・。何もかも私が悪いの・・・・。全部、全部私が背負うから、これ以上は何もしないで・・・・。」
そう言って項垂れ、俺に頭を寄せてくる。気丈なムクゲがこんなふうにんるなんて、いったいどれほど辛いかが伝わってくる。
でも俺は納得出来なかった。いくら蘇生したとはいえ、こんな結果で満足出来るわけがなかった。
「タカシはようやく孤独の呪いから解放された。だからこれ以上、何も背負わせたくないんだ・・・・・。」
俺はムクゲを置いて走った。
「八兵衛!」
ムクゲの声が追いかけて来るが、それを無視して走った。堤防を駆け上がり、遠くに見える猫又の元まで。
「チョンマゲ!!」
大声で呼ぶと、不思議そうな顔でこちらを振り返った。

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